普通の人が思うこと

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留瀬「ずいぶん待たされましたよ、こんなに暑いのに」
高雄爺「ブログ主も恐縮していた。ちょっとこの猛暑で調子が狂っているみたいだ。まあ、勘弁しておやり」
留「しょうがないなぁ。でもあたしも仕事がありますからね、チャッチャとやりましょう。一つ腹の立つ報道があるんですよ」
高「そうだね、チャッチャとやろう。で、腹が立つ記事ってなんだい」
留「これですよ。もちろん赤文字は引用ですよ」

脱原発求める声、全国に根強く 討論型世論調査終了

 2030年の電源構成の選択肢の取りまとめに向け、政府が開催した「討論型世論調査(DP)」が5日終わった。全国11カ所で実施した意見聴取会も含め、脱原発を求める意識が強く表れた。政府は集まった国民の意見を今後の政策に反映させるが、産業界などは原発維持を強く求めるなど国論が二分されており、8月中を予定していた取りまとめが9月にずれ込む可能性も出てきた。
 
高「ああ、これねぇ。国民の意見が二分は良いんだけれど、原発推進派にはそれなりの根拠が示されているのに、反対派にはそれが全くない。それこそ、極端に対比しているね」
留「ええ、脱原発派の言っていることは、要約すれば原発は必ず大事故を起こし、大災害になるみたいな言い方です」
高「本当にそう聞こえるときがあるよ。」
留「脱原発派の主張には理論などひとかけらもないのに、デモに参加する人たちは不思議に思わないんでしょうかね。電気が足りなくなったらそれでもかまわないみたいな扇動をされてそれで納得してるんでしょうか」
高「電気があまりに身近にあるもんだからそれが足りなくなったときの状況が想像出来ないんだ。考えてもごらん。蛇口をひねれば水が出てくる生活が日本では当たり前だが、これが頻繁に繰り返される摂水制限でどれだけ不自由な思いをするか、水不足が頻発する西日本の人たちは分かるだろう。だから、ダムは自然を破壊するから、今後ダムは造らない、水は使わないでください、水道料は今後上がりますって言われたらみんな納得するかい」
留「しませんよ。ダムを造れってデモをかけるんじゃないですか」
高「でも、ダムは自然破壊が著しく、そして実際に世界中でダム決壊による事故が起き、すくなくとも万単位の人間が死んでいる。地震多発国の日本では、自信でダムが決壊する可能性は極めて高いんだよ。ダム決壊で死んだ人は、原発事故どころの騒ぎではない。第一、原発事故で一般人が死んだ例は皆無だ。やはりダムが危ないから作るべきではないし、みんなが水を使わなければ良いんだ。風呂なんか一ヶ月に一回入ればいいよ」
留「そんなわけには行きませんよ。でも、原発を停めて電気を使わなければいいっていうのはそれと同じに聞こえますね」

 「将来の子供たちの安全を考え、原発はもうやめるべきだ」「電力の安定供給や経済成長のために原発は必要だ」。5日の討論型世論調査は前日に続き、将来の原発比率をめぐる議論が白熱した。
 
高「この、将来の子供達の安全を考え原発を止めろ、というのは連中の常套句だ。一部の扇動者達が言うのに、多くのお花畑が意味も分からずに自分が正しいことを主張していると陶酔しているだけだよ。電力不足で経済が落ち込めば、将来の子供達はとんでもない負担を押しつけられる。資産格差が広がり、社会が不安定になる。国防が脅かされ日本の地位も下がる」
留「噂ですけどね、この脱原発を煽っている連中の影には中国があるっていいますよ」
高「十分に考えられるんじゃないのか。沖縄の基地問題だって、あれは沖縄が中国領だと言い始めている中国にとっては本当に都合がいいし、オスプレイ配備で騒げば、嫌でもオスプレイの安全データが公表される。それは中国にとって貴重な情報だ。日本で脱原発で国民を扇動すれば、日本の原発のデータがより多く公表されるわけだ。それに、日本が化石燃料の輸入を拡大すれば、それを左右出来るのも中国だからね」
留「脱原発デモをしている連中、そんなことまで考えないんでしょうね」
高「考えるわけがないよ。お花畑だもの」

 政府が提示した30年の電源構成の選択肢は、総発電量に占める原発比率が「0%」「15%」「20~25%」の3つ。討論型世論調査は結果を今月中旬に公表し、意見聴取会やパブリックコメントの結果も参考に、今後の中長期的なエネルギー政策「革新的エネルギー・環境戦略」に反映させる。
 
高「これが馬鹿だというのだ。最初から選択肢を3つに絞る理由など全くない。選択肢は、0から100%まであるはずで、それはさまざまな状況で変わりうるだろう。その要求量はあくまで産業の発達具合や、国民の需要、コスト、エネルギー効率などさまざま名要素で変化し、当然ながら今後も原発の技術その安全性も含めて向上してゆく。すなわち、専門家がその割合を決めてゆくことになる。国民がその需要量を決めるなど本来不可能なのだ」

 だが、一連の国民的議論で目立ったのは「0%」を支持する意見だ。

 討論型世論調査では286人の参加者を20組に分け、グループ討論をした後、専門家を交えた全体討論を行うが、進行役は議論を整理せず、声高に意見を主張する人に議論の方向が引っ張られた。


留「ここでもですか。各地の瓦礫受け容れ説明会や、原発再稼働の説明会でも、こんな一部の連中が会議の進行など無視してとにかく怒鳴りまくり、一般の人が黙り込んでしまうとよく言われているじゃないですか。そして責任を取りたくない役所の連中は、騒ぐ者達を排除しない。典型的な左翼運動暖簾中の手じゃないですか」
高「一般の公聴会や説明会で、司会も無視して騒ぐ連中が一般市民な訳がない。はっきりと目的を持ったプロ市民だ」
留「公聴会や説明会でそんな連中を目の当たりにした一般市民はどう思うんでしょうかね」
高「脱原発を叫ぶ連中がうさんくさいと思うんじゃないのか。だが、今日本では脱原発がまるでブームのようになっている。だから、文化人や芸能人などが売名のために、脱原発運動に参加する。普段から脱原発なんか一言も行ったことのない連中だよ。坂本龍一なんか、ニューヨークで、原発で発電された電気をふんだんに使いながら、日本で脱原発を言っているが、彼がなぜ原発が駄目なのか、原発を廃止したらどうなるのかを一度でも説明したことがあるかね」
留「訊いたことはありませんね。たかが電気のために命を失うなと言ってますが、電気が無くて熱中症で死んだり健康を害する人のことは一切言いませんね」
高「吉永小百合や瀬戸内寂聴がそんな説明をしたかい」
留「聞いたことはないですね。あの人達はどんなに電気代が上がっても別に困らないでしょうから、考えないんじゃないですか。電気を使えなくなる人が居るなど、想像もしないと思いますよ」

5日の全体会議では、登壇した識者の多くが、脱原発に伴う再生可能エネルギー産業の発展をアピール。原発ゼロの場合の産業空洞化などのリスクについてはほとんど触れられず、参加者が中立的な視点で判断できたとは言い難い。

高「この識者というのが、要するに世論が脱原発だからそれに乗っていると言うだけのことだ。それが飯の種だから。本を売ったり講演の依頼を受けるためには、いま原発推進などとは言えないわけだよ。連中は、主義主張など金のためにどんな風にでも変える。識者とはそう言う連中のことだ」

 全国各地で実施した意見聴取会では、意見表明を申し込んだ計1447人のうち68%に当たる983人が「原発ゼロ」を支持したが、ここでも政府は電力会社関係者を排除している。
 
留「これがなんと言ってもおかしいですよね。つまり専門家を排除したわけですよ。専門家に説明させないで、とにかく原発反対の連中の意見だけ集めればそりゃ当然原発ゼロとか廃止しろと言う意見に傾くんじゃないですか」
高「つまり、民主政権は、国民の意見に耳を傾ける振りをしながらほんとうは支持率を高めるために最大限の工作をしているわけだ」

 一方、経済界や産業界は「エネルギーが安定的に供給されなければ、産業や雇用の空洞化に拍車がかかる」(経団連)と原発維持を強く求めているが、政府はこれらは文書によるパブリックコメントでのみ受け付けるとしており、公正な形で「国民的議論」がなされたのかどうか不透明だ。
 
留「そもそも、まともな人間は大きな声で騒ぎませんよ。馬鹿ほど乗せられて騒ぐんです。馬鹿ほど先を考えないから、実際に民主党政権など誕生させてしまったわけで、それも政府が国民は馬鹿だから説明しても分からないって決め付けているんじゃないですか」
高「ああ、あの民主党のやることなすこと、まったく国民の真の声を聞いていない。声のでかい連中におもねてばら撒き政策を打ちだし、それで国民から不審を買った。国民の真の声はばら撒きではなく生活の向上なのに」

 討論型世論調査に参加した大阪府の男性会社役員(42)は「自分たちで何も決められない弱い政権が世論を『逃げ道』にしているだけ」と話しており、エネルギーという国家の根幹に関わる問題を、“世論”に委ねようとする政府の無責任さも浮き彫りになっている。(渡部一実)
 
留「確かにこの人の言葉は正鵠を射てますね。政府には何も決められない。だから財務省の言いなりになって増税を打ちだし、外務省の言いなりになって中国や韓国を増長させたということでしょう。そしていま産経省の言いなりになって原発再稼働に動いている。原発再稼働自体は間違ってないけれど、決して国民を納得させた上のことではないから、これだけ反感を買っているんでしょう」
高「そうだよ。本来専門家が決めなければならない原発問題を、いかにも国民の意見だ装いながら、その実声のでかいプロパガンダの言いなりになっているだけだ。これほど危険な政権など、みたこともないよ」
留「そして、それに乗じているのがプロパガンダ屋ですよ。典型的なのが、先の広島原爆慰霊祭で、みんなが黙祷をしているときさえ、直ちに原発をすべて停止しろとシュプレヒコールをあげている連中が居ました。原発と原爆は一切関係がないのに、恰も同一であるかのように印象づけているんですよ」
高「連中は恥知らずだからね。まあ、周回で騒ぐ連中同様、まともな人間なら連中をうさんくさい、信用出来ないと判断するのだろうが、お花畑は脱原発が自分自身の意見だと勘違いしているから、騒ぐ連中と自分は違うと思っている。むろん違うよ。騒ぐ連中に煽られているだけのお花畑なんだから」
留「とにかく、政府の無責任、無能に就いては、同じようなことを言っている人が居ますね。ざっと要点だけ抜き出してみますが」


見当違いな原発依存度シナリオは政府の政策能力がない表れだ

2012年08月06日

 政府が提示している原発依存度の「3つのシナリオ」は根本的に間違っている。また、全国11都市で開かれた意見聴取会も、本来なら専門家が考えるべきことを国民に押しつける安直な手法である。
 
高「全くだ。素人がなんの技術的知識も情報もないのに、単に怖いから原発を停めるべきだと思っているだけのことだよ。彼らがどれだけ化石燃料発電の怖さ、自然再生エネルギーの怖さを理解しているかさえ全くないのに、誰かが原発は危ないと言ったから、それに乗せられているだけだ。そんな連中の多数決で国の運命を決めるなど到底有ってはならない。民主政権が誕生したのも、自分で考えない連中がそうしたんじゃないか」
留「だから、無責任にお花畑に決めさせて、自分たちは国民の言葉に耳を傾けたって言ってるんですよね、あの売国政権は」
高「全くだ」


 エネルギー政策というのは高度な専門知識を要求され、なおかつ長期的な戦略が必要な分野だ。国民にしてみれば、いきなり意見を求められても答えようがない問題である。「原発依存度はどれがいいですか」と聞かれ、仮に「原発はゼロで」と答えてみたところで何の意味もない。
 
高「原発依存度ゼロでも良いさ。で、じゃあ替わりはどうするのとこういう素人お花畑に聞けば、太陽光や風力を使えばいいとか、ガスが安いからそれを使えばいいとか、電気を使わなければいい、経済成長をしなければいいと平気で答える。無知とは恐ろしいよ。目隠しで車を運転して、自分には責任がないと思っている」
留「そして事故を起こしたら、車を使うのが悪い、車を無くしてしまえと言うわけですね」
高「そうだね。原発を停めたために日本の貿易収支の赤字が極端に拡大し続けて、経済発展の妨げになっているし、製造業が多く国外に脱出しているし、中国との資源問題が熾烈になって国家の安全さえ脅かされている。将来の子供にどれだけ負担を押しつければわかるのかねぇ」
留「実際どうにもならなくなったら何かおかしいと思うんじゃないですか?かつて安保反対が知識人の共通の言葉だったけれど、実際に日米安保が無かったら、今頃日本がどうなっているか想像も出来ませんよ。それに匹敵する重大事なのにね」

 政府は、原発依存度のシナリオを3つ並べて国民に選ばせれば、喜んで飛びつくし、国民の意見をよく聞いたことになると思っているのである。実に安直な手法と言わざるを得ない。
 
高「まあ、あの政権自体が中国や左翼に扇動されているからね。一番のお花畑だから仕方がない」
留「政権がお花畑なんて、とんでもないですよ」


工業立国日本は安易に「原発ゼロ」を選ぶべきではない
 そもそも今回のシナリオには、根本的な誤りが2つある。
 
 20年後のことを考えるのに原発ゼロを想定するのは明らかに敗北思想で、工業立国日本が安易に選ぶべき道ではない。

 
高「ブログ主が常々言っているじゃないか。日本は今世界で一番富を創出している国であり、だからこそ世界同時不況のなかで安定した発展をしている。ヨーロッパもアメリカも、物作りからマネーゲームに切り替えてしまったから、おそらくこのままでは景気回復は出来ない。そして自分ではまともな者を何も作れず、単にパクリと安値で輸出をしている中国も韓国も、買ってくれる国が不景気ならまともにその影響を受ける。だから、日本のみが通貨の独歩高であり、そして日本のこの経済規模で確実に成長し震災のマイナス面を克服してしまっている。その日本から物作りを無くするのが、今の政権の方針だし、そしてそうなることを彼らが理解していないから国民に説明が出来ない。そして、安易に国民に脱原発を選ばせている」
留「物作り日本が物作り出来なくなったらどうしようもないじゃないですか」


 唯一の救いは、民主党政権の余命がせいぜいあと数カ月ということで、おそらく本件に関しては何も決まらぬまま政権の命脈が尽きると思われる。つまり意味も中味もない議論に国民もマスコミも付き合わされていた、ということになる。
 
高「ま、本当にこれだけが救いだね。かつてあれだけ安保反対運動が吹き荒れたのに日米安保条約は締結されもう50年以上経つ。脱原発も同じような過程を通れば良いんだがね安保闘争で騒いだ左翼連中などは、今が最後のチャンスだと思って大騒ぎをしているし、当時全く存在しなかった中国が動いている。安保と同じ経過を辿るかどうかは分からないよ。当時の自民政権はそれなりにしっかりしていたが、今の自民は本当に弱腰で、民主と余り変わらない」
留「だから、自民が仮に勝っても下手に脱原発は抑えられないと言うことでしょうかね」
高「抑えなくても良いが、きちんと説明すれば良いんだ。でも無理だろうね」
留「結局、説明出来ないのが一番良くないわけだ。あ、女房からメールだ。ええと、
日曜日に出ていったきり、今まで何をしているんだって。
ブログ主に待たされたんだって説明しても通用するかなぁ」
高「しょうがないよ。説明して納得させるしか。とにかく、今日はお帰り」

高「飛んで帰っていった。まあ尻に敷かれている内が花だ。

あれ、あのわざとらしい咳払い、家内だよ。そういやぁ、日曜日から待たせているからね。

はいはい、かあさん、今行きますよ・・・」


上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

脱原発求める声、全国に根強く 討論型世論調査終了

2012.8.6 05:00


 2030年の電源構成の選択肢の取りまとめに向け、政府が開催した「討論型世論調査(DP)」が5日終わった。全国11カ所で実施した意見聴取会も含め、脱原発を求める意識が強く表れた。政府は集まった国民の意見を今後の政策に反映させるが、産業界などは原発維持を強く求めるなど国論が二分されており、8月中を予定していた取りまとめが9月にずれ込む可能性も出てきた。

 「将来の子供たちの安全を考え、原発はもうやめるべきだ」「電力の安定供給や経済成長のために原発は必要だ」。5日の討論型世論調査は前日に続き、将来の原発比率をめぐる議論が白熱した。

 政府が提示した30年の電源構成の選択肢は、総発電量に占める原発比率が「0%」「15%」「20~25%」の3つ。討論型世論調査は結果を今月中旬に公表し、意見聴取会やパブリックコメントの結果も参考に、今後の中長期的なエネルギー政策「革新的エネルギー・環境戦略」に反映させる。

 だが、一連の国民的議論で目立ったのは「0%」を支持する意見だ。

 討論型世論調査では286人の参加者を20組に分け、グループ討論をした後、専門家を交えた全体討論を行うが、進行役は議論を整理せず、声高に意見を主張する人に議論の方向が引っ張られた。

5日の全体会議では、登壇した識者の多くが、脱原発に伴う再生可能エネルギー産業の発展をアピール。原発ゼロの場合の産業空洞化などのリスクについてはほとんど触れられず、参加者が中立的な視点で判断できたとは言い難い。

 全国各地で実施した意見聴取会では、意見表明を申し込んだ計1447人のうち68%に当たる983人が「原発ゼロ」を支持したが、ここでも政府は電力会社関係者を排除している。

 一方、経済界や産業界は「エネルギーが安定的に供給されなければ、産業や雇用の空洞化に拍車がかかる」(経団連)と原発維持を強く求めているが、政府はこれらは文書によるパブリックコメントでのみ受け付けるとしており、公正な形で「国民的議論」がなされたのかどうか不透明だ。

 討論型世論調査に参加した大阪府の男性会社役員(42)は「自分たちで何も決められない弱い政権が世論を『逃げ道』にしているだけ」と話しており、エネルギーという国家の根幹に関わる問題を、“世論”に委ねようとする政府の無責任さも浮き彫りになっている。(渡部一実)





見当違いな原発依存度シナリオは政府の政策能力がない表れだ

2012年08月06日

 政府が提示している原発依存度の「3つのシナリオ」は根本的に間違っている。また、全国11都市で開かれた意見聴取会も、本来なら専門家が考えるべきことを国民に押しつける安直な手法である。

「3つのシナリオ」に疑問を感じる
 政府のエネルギー・環境会議(議長:古川元久国家戦略担当大臣)は、2030年時点での総発電量に占める原発依存度を0%、15%、20~25%とする3つの案をもとに、再生可能エネルギーの比率を現在の10%から30%前後に引き上げる目標を示している。

 これについて経団連は「いずれも問題が多い」との意見書を発表し、日本商工会議所とともに再生可能エネルギーの目標を容認しない姿勢を示している。

 この原発依存度シナリオを取りまとめたのは古川国家戦略大臣だ。私は、古川さんは優秀な政治家だと評価しているが、今回のシナリオについては疑問を抱いている。

 政府の3つシナリオは次のようなものだ。「2030年におけるエネルギー源のシナリオ」を見ていただきたい。

画像:2030年に於けるエネルギー源のシナリオ


 3つのシナリオに対して、再生可能エネルギー比率はいずれも30%前後となっている。化石燃料比率は50~65%とややばらつきがあるものの、温室効果ガス排出量はマイナス23%、マイナス25%とほぼ同じだ。化石燃料輸入額も15兆~16兆円と似た水準になっている。

 政府はこのシナリオをたたき台にして、各地で意見聴取会を行ってシナリオを1つに絞ろうとしている。しかし、国民から意見を聞いてエネルギー政策を決定するという手法自体に問題がある。

「三択」は政権の政策能力欠如を示している
 経済産業省の前身である通商産業省の影響力が強かった時代は、良くも悪くも国民の意見など聞かなかった。ちゃんとした知識と見識を持った専門家が10年後、20年後の日本の産業の姿を考え、その上でエネルギー政策を決定してきた。

 だからこそ、1970年代のオイルショック後に化石燃料への依存を見直し、原発比率を上げるべく、エネルギー政策を転換してきたのである。その一方で、ブルネイやインドネシアの油田やガス田開発に協力して、原油・液化天然ガス(LNG)調達先の多様化も進めてきた。省エネも推進し、日本はエネルギー効率の非常に高い技術を持つ国となった。

 エネルギー政策というのは高度な専門知識を要求され、なおかつ長期的な戦略が必要な分野だ。国民にしてみれば、いきなり意見を求められても答えようがない問題である。「原発依存度はどれがいいですか」と聞かれ、仮に「原発はゼロで」と答えてみたところで何の意味もない。

 政府は、原発依存度のシナリオを3つ並べて国民に選ばせれば、喜んで飛びつくし、国民の意見をよく聞いたことになると思っているのである。実に安直な手法と言わざるを得ない。

 「三択」で国民に問うというやり方は、いまの政権が自ら考え、正しい政策を国民に提示するという能力がまったくないことを示している。実態はもっとお粗末で、三択を議論させたところ、真ん中の15%という原発依存度が選ばれる(ハズだ)という卑怯な仕掛けとなっている。

 いままでの意見聴取では圧倒的に「原発ゼロ」という意見陳述者が多いので、細野豪志環境大臣兼原発事故担当大臣だけでなく、古川大臣に近い仙谷由人政調会長代行などは15%が望ましい、などと助け船を出さざるを得ないハメになっている。

工業立国日本は安易に「原発ゼロ」を選ぶべきではない
 そもそも今回のシナリオには、根本的な誤りが2つある。

 1つは、いずれのシナリオも原発依存度を減らすという結論に限定してしまっている点だ。原子炉の技術は日々進歩していることを考えれば、2030年に原発がどれくらい使われることになるかというのは、現時点では予測不能なのである。

 現在、米ウェスティングハウス社から「AP1000」と呼ばれる新型原子炉(加圧水型)が販売されている。米国だけでなくバルト三国やベトナム、中国などでの導入が見込まれている。

 このAP1000は、福島第一原発のような全電源喪失状態になったとしても、冷却し続けることができる設計になっている。72時間はどんな事態が起きても冷却でき、その間に電源車やポンプ車を用意できるので、福島第一原発のような事態は防ぐことができる。

 AP1000のような新型原子炉が実証されてくれば、20年後の日本でも、導入してみようという雰囲気が出てくる可能性はある。しかも、AP1000を販売するウェスティングハウスは東芝の傘下であり、日本の世論も前向きに捉えやすい。

 こうした新しい原子炉技術の情報がないまま、現時点で原発依存度を減らすと結論付けるのは早計だ。詳しくは7月25日に発売された拙著『原発再稼働「最後の条件」: 「福島第一」事故検証プロジェクト 最終報告書』(小学館)を参照してもらいたいが、福島第一原発の事故によってわれわれは原子炉の持つ決定的な弱点を知ったと同時に、どのような設計変更をすれば炉心溶融などの過酷事故を防げるのか、ということを学んだ。

 20年後のことを考えるのに原発ゼロを想定するのは明らかに敗北思想で、工業立国日本が安易に選ぶべき道ではない。

供給電力が大きく変動する風力・火力発電
 もう1つの問題点は、再生可能エネルギー比率の数字である。政府は、原発依存度を下げて化石燃料比率を上げると、温室効果ガスの排出量が増えてしまうので、辻褄を合わせるために再生可能エネルギー比率を30%前後に設定している。

 日本では再生可能エネルギーの代表格は水力発電であり、その比率は約9%になる。ということは地熱を5%と想定しても、太陽光と風力を15~20%と想定していることになる。

 これまで日本での実績では、太陽光発電の稼働率は15%、風力発電の稼働率は19%程度である。つまり今後の技術開発があるとしても、風力発電や太陽光発電では最大20%の稼働率しか得られない。

 ということは、もし20%を太陽光と風力に期待するとなると、その設備能力は日本の全電力供給力に等しい100%分の装置をつくらないと、平均20%で発電できないことになる。

 問題は、日本の広い範囲で強風が吹いて太陽が強く照りつけるということになれば、再生可能エネルギーによる発電量だけでまさに100%となることだ。つまり、日本の総需要をその二つの発電源だけでその瞬間にはまかなえることになる。

 その場合、今回合意しているFIT(フィードインタリフ=固定価格買い取り制度)を信じて参入した企業は当然全発電量の買い取りを要求するだろうから、その他の発電装置を止めなくてはならない。

再生エネルギーが20%を超えると技術的に調整不可能になる
 しかし、不安定な再生可能エネルギーの発電量に応じて弾力的に発電量を調整できるのは水力だけである。大型の火力発電所は止めたり動かしたりして簡単に発電量を調整することはできない。

 特に石炭と原子力はベースロード(定格発電・負荷)しかできない。必要に応じて調整できるのはガスタービン発電などだが、日本ではほとんど使われていない。

 余った電力を蓄電池に貯めればいい、という議論もあるが大容量のNAS(ナトリウム・硫黄)電池をもってしてもせいぜい全需要の数%を蓄えるのが限界である。

 一方、太陽も風もないという状況に陥れば、発電量はまさにゼロとなる。その場合にはどのみち従来の火力や原子力などの発電装置で(水力と地熱の負担分想定15%を除いても)85%の能力を維持しておかなくてはならない。

 繰り返すが、気象条件次第で0~100%と大きく発電電力量が変動する再生可能エネルギーに応じて、他の発電装置をオン・オフして調整することは技術的に無理なのである。

 日本の四季や気候を前提にすると太陽と風に依存する再生可能エネルギー比率はせいぜい10%程度までが現実的な上限であって、20%を超えてくると技術的に調整が不可能になるのだ。

政治家も官僚も考えることを止めてしまった
 政府のシナリオは、原子力や再生可能エネルギーの技術的なことを何もわかっていない人がつくったとしか思えない。常識があれば、再生可能エネルギーを30%に設定したりはしないはずである。

 こんな単純な事実もわからずに、見当違いなシナリオを提示して、さらに何の用意もできていない国民にシナリオを選ばせようとする。今の政府は政治家も官僚も、考えるということを止めてしまったかのようだ。

 唯一の救いは、民主党政権の余命がせいぜいあと数カ月ということで、おそらく本件に関しては何も決まらぬまま政権の命脈が尽きると思われる。つまり意味も中味もない議論に国民もマスコミも付き合わされていた、ということになる。





 TeamH2Oが2011年10月に提出した福島第一原発事故に関する報告書をベースにまとめた単行本『原発再稼働「最後の条件」: 「福島第一」事故検証プロジェクト 最終報告書』(小学館)が2012年7月25日に発売されました。


報告書「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」
 米MITで原子力工学博士号を取得し、日立製作所で高速増殖炉の炉心設計を行っていた大前研一氏を総括責任者とするプロジェクト・チーム(TeamH2O)は、「民間の中立的な立場からのセカンド・オピニオン」としての報告書「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」をまとめ、細野豪志環境相兼原発事故担当相に10月28日に提出しました。
 報告書のPDF資料および映像へのリンクは、こちらです。最終報告、補足資料はこちらをご覧ください。


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コメント

表題に異議有り? なんですが

> たかおじさん様

チョッと間をおいた御更新となりました様ですが、世の中の状況は膠着状態が続いておりますので、時流に遅れる事はないのが良い事やら不幸な事やら、何とも申し上げられない次第です。

それで、今回も記事の表題には 疑義 を申し述べたいなと。

それは、各新聞社の原発に対するアンケート結果や公聴会の模様をソコソコに信用せざるを得ないとして、「普通の人が思うこと」との表題は適正ではないと考えられるからです。つまり、誠に残念ながら、普通の人が思うことは「原発反対、原発廃止」と見受けるからです。

ですから、敢えて 「普通」 に拘れば、「普通の人が思う べき こと」なのでしょうか。日本国民の一人として誠に残念なのですが。

それなりに諸事情を知った上で「反原発」を煽っているプロ市民の活動家は別として、大半の方々は稚拙なロジック?に乗せられ、

①原発事故の技術的原因究明が無いのも不思議に思わず、
②日本のエネルギー事情と経済活動に対する原発の寄与も省みる事無く、
③国際社会におけるエネルギー・ソース確保がどんなものか(戦争まで引起している)の現実も直視せず、

「直ちに or 速やかに or 可能な限り最短で 止めよ!」に付和雷同してしまっている愚か者?に陥っているものと見受けます。

まるで、つい70年近く前に、チョウニチ新聞他に乗せられて 「鬼畜米英」 と叫んでいる人々を彷彿とさせます。 日本国民は進歩してはいなかったのか? そう思ってしまう程、残念に感じております。 ...以前のコメントにも同じ様なことを書きましたが。

それは将に、死地に臨んで日本の未来を願った先人の言葉の通りかと思う次第です。

進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩トイフコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダハツテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ 今目覚メズシテイツ救ハレルカ ...

キチンとしたロジックによる自らの考察を放棄し、情緒的判断を科学的にも正しいと思い込み、「社会正義」と主張している荒唐無稽な脱原発論に惑わされている方々、彼らに未来は有るのでしょうか? 

その稚拙なロジックを他の問題に適用した例を示しますと、

原発の危険性や事故の可能性の存在を 「絶対譲れないもの」 とすると、「尖閣諸島の領有権に拘って中国に核ミサイルを打ち込まれる危険性は未曾有の大津波を受けて原発が事故を起こす可能性より高いので、これに関して中国とは事を構えないようにするべき」との様な主張も正しい事となります。...まさかね。

つまり、原発に対する科学技術や日本の経済・社会に対する知見の前に、キチンと物事の是非を論じられる教養(リベラルアーツ)が無い為としか言い様がありません。

残念ですが、たかおじさん様のような方が普通の人であって欲しいのですが、こんな方々が普通の人のようです。

表題に異議有り? なんですが

>2012-08-08 14:57 | ムフフ様

>チョッと間をおいた御更新となりました様ですが、世の中の状況は膠着状態が続いておりますので、時流に遅れる事はないのが良い事やら不幸な事やら、何とも申し上げられない次第です。

いえいえ、時代に流されることなく、ご自分のお考えを述べていただければありがたいです。

>ですから、敢えて 「普通」 に拘れば、「普通の人が思う べき こと」なのでしょうか。日本国民の一人として誠に残念なのですが。

この点については全くおっしゃるとおりです。普通とは、普遍的に通用すると言うことなのでしょう。すなわち今の世の中で最も多くの人たちが普遍的に考える事を考えている人たちが普通の人たちなのでしょうね。したがって、「まともな人たちが考えること」とすべきだったのかも知れません。

しかし、わたしが普通としたのは、人間とは本来考える動物であり、状況を自分で考え判断するのが普通だと思うからです。しかし、おっしゃるように

>それなりに諸事情を知った上で「反原発」を煽っているプロ市民の活動家は別として、大半の方々は稚拙なロジック?に乗せられ、
>
>①原発事故の技術的原因究明が無いのも不思議に思わず、
>②日本のエネルギー事情と経済活動に対する原発の寄与も省みる事無く、
>③国際社会におけるエネルギー・ソース確保がどんなものか(戦争まで引起している)の現実も直視せず、
>
>「直ちに or 速やかに or 可能な限り最短で 止めよ!」に付和雷同してしまっている愚か者?に陥っているものと見受けます。

のような人々が、本当に普通の人類なのだろうかと疑問があるからです。

アンケートを採れば脱原発が主流だとマスコミは言います。が本当にそうなのか、毎週1,2万の人間がデモをやっているけれど、あれが本当に国民の声なのかははなはだ疑問です。日本人の多くはもっと「普通」なのではないかとの思いがあるからです。

>まるで、つい70年近く前に、チョウニチ新聞他に乗せられて 「鬼畜米英」 と叫んでいる人々を彷彿とさせます。 日本国民は進歩してはいなかったのか? そう思ってしまう程、残念に感じております。 ...以前のコメントにも同じ様なことを書きましたが。

とはいえ、現実に民主党政権を誕生させてしまった普通の人たちがいま民主党を糾弾しているのをみると、物を考えないのが普通の人なのか、とも思いますね。

>それは将に、死地に臨んで日本の未来を願った先人の言葉の通りかと思う次第です。
>
>進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩トイフコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダハツテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ 今目覚メズシテイツ救ハレルカ ...
>
>キチンとしたロジックによる自らの考察を放棄し、情緒的判断を科学的にも正しいと思い込み、「社会正義」と主張している荒唐無稽な脱原発論に惑わされている方々、彼らに未来は有るのでしょうか? 

ありますよ。むろん自分で切り開いた未来ではなく、本当に普通に考える人々が切り開く未来の恩恵を受けるだけですが、むろん、自分ではその自覚はありません。
かつて日米安保反対であれだけ国中が荒れながら、半世紀後の今、安保即時破棄を言うのは普通ではない左巻きだけです。

結局は脱原発も、核武装反対も、犬は吠える、されどキャラバンは行くと言うことではないのでしょうか。
>
>その稚拙なロジックを他の問題に適用した例を示しますと、
>

>残念ですが、たかおじさん様のような方が普通の人であって欲しいのですが、こんな方々が普通の人のようです。

私が本当に冷静で理論的かどうかはともかくそうでありたいとは思っています。そしてそうではない人々が普通であり、政治家は彼らにおもね手政治を行うのが普通になってきています。普通とはその意味で極めて危険なのでしょうね。

ただ、長い目で見て今の普通の人たちは、将来原発を受け容れ、核武装を主張する普通の人たちになり、自分たちはその変わり身を一切自覚しないのだと思います。

普通の人とは

なかなか頻繁にうかがうことができませんが、仕方ありません。
閣下におかれましては今夜も御機嫌麗しゅう。

さて、わたくしも「普通の人」に関してはムフフ様と同様に感じました。
「普通の人」は、そんなに物事を深く考えないものなのではないかと思うのです。ただしここでいう「普通の人」とは個々の人格という場合もありましょうが、むしろテーマによって変わってくるものでありまして。

一人の人間が森羅万象について全方向的な知識と関心と思考を持つものではないので、どうしても自らがより重要と感じる領域についてそれらが充実するわけです。

とすると、経済に明るい者は経済的観点を主眼に、技術に詳しい者は技術的見地から、軍事に興味のある者は軍事的側面を考慮しつつモノを申すわけです。どのような知識的背景を有するかによって意見が異なる場合があるのはむしろ当然のことであって、別に非難されるようなことではないでしょう。お互いに意見交換をし、情報を提供し合い、それぞれの考えを吟味し、合意を形成していく。民主主義を(たとい形だけでも)標榜する以上は、必要なプロセスではないかと思います。

高雄爺さんと留瀬さんとて例外ではなく、やはりそれぞれの能力の制約の中でご意見を述べておられるわけです。確かに高雄爺さんはその能力が常人を超越しており相当な見識を持っておられることではありましょうが、だからといって全知全能なわけではありません(たといご本人がそう主張なさったとしても)。よって、あずかり知らぬ部分も少しは有り、絶対善、絶対正義である筈はないのです。

そのご意見の数々は傾聴に値するものではございますが、だからと言ってそれに反する意見を述べる方々が皆全員例外なくバカで阿呆で自分の考えを持たない九官鳥のようなもので木偶の坊で特亜の手先で……という結論に持って行こうとするのはどうにもこれまた極端な話ではないかと思うのであります。

> たかおじさん様のような方が普通の人であって欲しいのですが

たぶん、領域によってはブログ主閣下も「普通の人」としての側面を持っておられると思います。本人が大して重要であると思っていない事項については、大抵だれでも「深く考えない普通の人」なのですから。

わたくしなんぞは「普通過ぎる(バカで阿呆で……以下略)」部類なのでしょうが。


最近身内の者が韓国に行く用事がありまして、そこで出会った人たちにいたく感動して帰って来ました。この一次情報もまた、事実。

普通の人とは

>2012-08-09 02:20 | 成瀬謙三様
>
>なかなか頻繁にうかがうことができませんが、仕方ありません。

おいでになれるときにおいで下されば歓迎いたしますよ。

>さて、わたくしも「普通の人」に関してはムフフ様と同様に感じました。

はい、だから私もムフフ様に、おっしゃるとおりだともうしたはずですが。

>「普通の人」は、そんなに物事を深く考えないものなのではないかと思うのです。

物事を深く考えないと言うならその通りなのですが、全く考えないとなると普通とは言い難いと思いますがね。脱原発の声が目立ちますし、アンケートを採れば脱原発が過半でしょうが、実際物をきちんと考える人を対象にしたら結局は原発は必要と言うことになると思いますよ。それこそ、普通の思考能力があればですが。

私が書いたように、人間とは考える足です(あしからず)。人間が身体能力も特に優れていないのにすべての動物の頂点に立ったのは考える能力が優れていたからですよ。つまり、人間とは考える動物なのであり、それが人間として普通だろうと言っているだけのこと。だから、まともに考えないのは、人間としての価値がないと言うことですよ。

ただし、それこそ普通にそこら辺にいる人々が人生の深淵、森羅万象についていつも沈思黙考しているかと言えばそうじゃないですね。普段はのほほんとしていても、必要なときは考えるべきなのにそれをしない人が多すぎるから、普通の人ならそうはしないじゃないの、言うことですね。
>
>高雄爺さんと留瀬さんとて例外ではなく、やはりそれぞれの能力の制約の中でご意見を述べておられるわけです。

当然至極ですね。

>確かに高雄爺さんはその能力が常人を超越しており相当な見識を持っておられることではありましょうが、だからといって全知全能なわけではありません(たといご本人がそう主張なさったとしても)。よって、あずかり知らぬ部分も少しは有り、絶対善、絶対正義である筈はないのです。

何が言いたいんでしょうかね。当たり前のことをそれほど力んでかく必要もないと思いますが。彼らは普通に考える人々だと言うだけのことですがね。普通に考えない人とは違うということですよ。
>
>そのご意見の数々は傾聴に値するものではございますが、だからと言ってそれに反する意見を述べる方々が皆全員例外なくバカで阿呆で自分の考えを持たない九官鳥のようなもので木偶の坊で特亜の手先で……という結論に持って行こうとするのはどうにもこれまた極端な話ではないかと思うのであります。

誰がそんな馬鹿なことを言ってましたかね。意見の違うことが馬鹿なのではなく、考えないから馬鹿だと言ってるんですがね。

誰もが熟慮すれば同じ結論に達するとは言えませんよ。ただ、脱原発がそれなりの根拠を元にさまざま検証した結果であるならそれを元に主張すればよいのに、単なる情緒で、事も達の未来のために原発を停めろみたいな主張をするのを、馬鹿だとは言っていますが、なにか反論がありますか?

考えた結果の反論は大いに結構。考えもせずに単に煽られて反論も出来ないのは九官鳥。

>> たかおじさん様のような方が普通の人であって欲しいのですが
>
>たぶん、領域によってはブログ主閣下も「普通の人」としての側面を持っておられると思います。

当たり前でしょ。だから、この領域に限ってブログを運営しているわけですがね。それでもこの領域でも私の言葉が100%正だ等と言ってはいないけれど、私は今はそれが一番正しいと思って主張しているということなんですが、それに対し反論らしい反論もせずに何を言いたいんでしょうかね。

>本人が大して重要であると思っていない事項については、大抵だれでも「深く考えない普通の人」なのですから。

はい、だから脱原発派彼らにとって重要ではないのでしょうね。単にお祭り気分で原発反対と言っているだけなのでしょうね。これを馬鹿と表現する以外に何か適切な言葉がありますか。何が重要かの理解さえ出来ていないんですよ。
>
>わたくしなんぞは「普通過ぎる(バカで阿呆で……以下略)」部類なのでしょうが。
>
>
>最近身内の者が韓国に行く用事がありまして、そこで出会った人たちにいたく感動して帰って来ました。この一次情報もまた、事実。

だからそれが何?私が一般の韓国人に対して何か言ってましたか?

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