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日本を蝕む方法

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国会解散があるのかないのか、いつものようにがたがたしているが、今伝えられている報道によれば、10日に消費税増税案を参議院に提出することを野田総理が決心したそうだ。だが、野党は、その後の解散について言及していないので裏切りだと怒り心頭、その直後に内閣不信任案を提出する事も検討しているという。

実際はどうなるか分からない。内閣不信任案が通り国会が解散しても再選挙では当然民主党は惨敗し、おそらく少数野党になるだろう。だが、自民が返り咲く可能性も低い。したがって、自民にしても解散した後の勝利の目処が立たず、結局は自公民の連立くらいしか可能性がない。それも、今はまだ大阪維新の会が大量候補を出すというので、かなり食い込まれる可能性がある。

ただし、大阪維新の会も橋下氏がこのところ下半身スキャンダルに襲われているし、またその場その場の思いつきがあまりに目立ち、かつてのような期待は集めていない。第一、素人集団の維新の会が仮に政権を採った場合、民主以上ににっちもさっちもいかないのは、普通の人間なら分かるはずだが、日本のお花畑はそこまでの知恵はない。

第一、出す出すと言っている維新の会のマニフェストが未だに出てこず、例の船中八策は、叩かれた途端に単なるたたき台だと引っ込めてしまうようでは、全く期待出来る物ではない。船中八策ではなく暗中模索だと言われる所以だ。

維新の会が政権に力を及ぼすようでは、日本の先行きは更に暗澹たる物になるが、そもそも今の状態の元凶は、お花畑達が民主に政権を採らせたことだ。そして、民主は出来もしないばら撒きマニフェストを示し、今ではそれらほとんどが実現出来ないとさじを投げてしまった。

なにしろ財源がないのだから、採れるところから取りっぱぐれの無い消費税を取るべしとの財務省の命令にただ従うだけの民主政権がまだ居座るなら、当然日本の経済は大きな躓きをしかねない。

その点を、中国が伝えている。日本のマスコミは今は全く情報分析力もなく、単におもしろおかしい記事ばかりを伝えるだけであり、政治報道がまるで芸能ニュース並みの内容しかないのだから、それしか知らないお花畑がますますお花畑になるのも無理はないだろう。

さて、その記事だが

赤文字は引用

日本を挟撃する二重の老化現象


高度成長期に建設された日本のインフラが現在、続々と更新の時期を迎えている。長年にわたる財政難から各地では新プロジェクトが実施できず、インフラの老化現象が年々激しくなっている。使用期限が近付いている、あるいは期限切れとなったインフラが急増しているが、改修できない状況下、事故防止のために使用停止するしかなくなっている。

これについては私が以前から主張している趣旨とほぼ同じだ。ほぼ、とは違う部分もあるからだが、財政難からインフラ整備が出来ない、と言っている間に、本当に整備が聞かなくなる。完全に壊れてしまった橋や道路は、修理や保全が利かず、結局はすべて取り壊し新たに作らなければならなくなる。したがってこれらのインフラ整備は、重大な破損が発生する前にこまめに行わなければならないのであって、金がないから手が付けられないと言っていると、将来資金の都合が付いても修理が出来なくなる。

日本の財政はどうしてこれほど逼迫しているのか。それを説明するには、1つの数字を出すことで事足りる。日本政府の今年の公共事業は4兆5000万円だが、これは1997年の半分以下なのである。地方自治体も状況は同様で、年を経るごとにカツカツの状態になっている。財源が不足している以上、新規公共事業の数を減らすしかない。重点項目はインフラの修復と震災再建事業である。2010年、日本は各地のインフラ修復に4兆7000億円を拠出しており、これは新規プロジェクトの3兆6000億円を上回る。国土交通省の予測によれば、2020年までにその予算は5兆2000億円に膨れ上がり、2030年には7兆1000億円に達するとしている。

つまりインフラ整備の金がないから、やりたくても出来ないのだとの答しか出てこない。だが、なぜインフラ整備の金が出ないのだろうか。以前から、公共投資は政治屋の利権が絡み、土建屋が儲かるだけで税金の無駄遣いだ、のような議論が多くあり、したがって予算が逼迫すると公共投資を削ることが常になってしまった。そして削った予算を福祉に回し、民主のようにばら撒きに使う事になる。

だが、インフラ整備が出来ずに、道路や橋が使用出来なくなると、一番負担を強いられるのはその地域の住民なのだ。移動のために余計な金を使わなければならず、またその地域の産業も大きな負担を余計に強いられ、結局地方での産業振興の妨げになる。

以前も書いたが、インフラ整備は国民の生活を豊かにする。なにも福祉でばらまいたり減税をするだけが国民の生活向上に役立つのではない。単純な話だが、仮に鉄道網がなかったら、遠くへ移動する手段は車しか無くなる。すると、全員が車を持たなければならないがそれは不可能だ。更に、道路がなかったら車も使えない。

すると、幾ら土地が余っていても誰も住めず、産業も興せない。道路や鉄道網だけではなく、電気や水道、ガスなども同じことが言える。すなわち、インフラがあるから人々は安い経費で移動出来、産業が地方でも興せるから人々は収入の道が出来、安い経費で生活が出来る。

インフラ整備は、国民全体の生活水準を上げ、豊かにするのであって、その意味では最も効率的な福祉なのだ。

とすれば、ばら撒きに金をかける発想はたんなるポピュリズムであり、インフラ整備こそが最も有せされるべきではないのか。

たしかに、公共事業にはいつも政治利権が絡み、地方の土建屋が儲かる仕組みが出来ている。それなら、それを排除する仕組みを作るのが本当であって、公共事業を辞めることが国民を豊かにするのではない。


財政がひっ迫しているからといって、この状況を放置すれば、早晩大事故が起こるのは必然である。人命にかかわることであり、喫緊の問題である。とはいえ、寿命を迎えたインフラ設備を等しく修復すれば、財政は破綻する。この困難な状況をどう対処すべきだろうか。

金が有ればすべて解決するのだが、それが出来れば苦労はない。が、だからといって採りやすい税金を国民から搾り取れば、ただでさえ鈍い経済活動が益々鈍る。ここでは税金を上げるのではなく、国民の収入を増やし、税の自然増をねらうべきなのだ。

そのために出来ることは国債の発行しかないだろう。今でも国債発行高がGDPの倍を超している日本は大赤字だと言うがとんでもない嘘であり、金がないのは政府であって、日本国は毎年大幅黒字を積み上げている。それなら、その金を借りて、インフラを整備すれば、その分GDPが拡大し、それだけでも税収は上がるし、インフラ整備で国民が豊かになればそこからも税収増が見込める。

日本は赤字国ではない。イタリアやスペイン、アイスランドとは大違いなのだ。世界最大の債権国が、毎年黒字を積み上げていながら、その金の投資先がないからデフレから脱却出来ず、税収が落ち込み続けている。

一気に国債を発行し、その金でインフラを整備し、国民の生活を豊かにし、産業を振興し、経済規模を拡大して税収を図るべきなのだ。先日紹介した日本版緑の党が主張する「脱経済発展」はそのまま日本の限りない没落を意味する。真っ先に生きてゆけなくなるのは、彼らが救うべきだという低所得者層なのだ。

そこに住む住民にとっては、道路や橋が封鎖され、給水が止まれば、生存にかかわる問題になるからだ。もしそれを実施するのならば、インフラ設備の老朽化が激しい街の住民に対して近隣都市への移住を促し、老朽化した街を廃棄するしかないだろう。しかし、「移民」に対して誰がその住まいを提供するのか。その費用はどこから出すのか。そしてその費用は小さな金額では済まないだろう。

では、国債を大量発行して返すことは出来るのか。今でさえ予算の多くが国債の利払いに充てられている。今に予算のすべてが国債の利払いに充てられるようになったら国際発行は出来ず、日本の国債の利子は急騰し、円は暴落するだろうから、国債の発行は出来ないと主張する御仁がいる。

国債発行が無限に出来ないのは当然だが、その使い道が利益を生まない単なる福祉や、借金返しに費やされるなら当然国債の発行など止めるべきだ。が、国債を発行することでインフラが整備され、産業が活性化し、経済規模が拡大すれば国債の買い戻しが出来る。つまり、返済計画をきちんと立てそれについての準備をきちんとした国債発行は決して破綻しない。

また国債は順次償還されるがそれは次の国債でまかない、即ち借金の借り換えを続けてゆけばよいのは以前にも書いているので繰り返さない。有限の寿命である人間や、中小企業の借金と違い、国家の寿命は事実上無限と考えられるので、国債は数百年単位で返済しても全くかまわない。なお、国家の寿命は有限だとおっしゃる方がいるし、実際に今まで消滅した国家、破綻した国家はたくさんある。

が、そもそも国家が破綻し消滅した場合、借金も消滅する。したがって、国家の信用度がすべてであって、消滅しそうな、或いは破綻しそうな国家から、最も信用度が高く破綻しそうもない国家に金が動く。日本円が高騰し、日本国債の利子が低いままなのはそれを反映している。現実に日本のインフラが全く整備出来ず地方自治体が破綻した場合は、その流れが変わるだろう。だからこそ、日本はインフラ整備を優先しなければならないのだ。

日本がどのようにこの難題を解決させるのか。今後の中国にとっても一見に値するものだろう(作者は上海国際問題研究院信息所所長)。

さらに、昔と違い今は交通手段が発達し通信がリアルタイムで行われ流通が格段に発達している。昔と違い、山奥でも大都市と同じものが2,3日もすれば手にはいるのだ。

しかし、考えてみれば、山奥の一軒家に品物を届け、電気や水道を引き、ネット回線を引くコストは、都市部に集中して行うよりは桁違いのコストがかかる。また3日に一回しか車が通らない高速道路と、都市部で渋滞している高速道路は、土地代は別として建設費は同じなのだから、コストパフォーマンスは桁違いに悪い。

要するに地方に分散して人が住む形式は、かつて日本が農業国家で、流通が発達していない時代のものであり、現在は商業地区、工業地区、農業地区、そして居住区ははっきりと分けて開発すべきなのだ。そうすれば、人の居ない山奥に道路や電信柱、橋を造る必要はない。自然と共に生きるのが大切だというのはある意味寝言でしかない。自然を満喫しながら都市部と同じ利便性を保証しろと言う方が無理なのだ。自然を満喫したければそのコストは自分で払うべきなのであり、居住区に自然を持ち込んだ方がよほど効率がよい。

農業国だった時代の日本の開発は間違っている。インフラ整備は、必要に応じて集中すべきであり、人が住んでいるから整備しなければならないのではない。

商業地域と居住地域は隣接させて行き来を便利にし、広大な郊外は、会社組織にした大規模農業が行えばよい。そのための輸送や電力などのインフラも集中出来るはずだ。そしてそのコストは、大規模農業会社が負担すればよいだろう。これは工業地域にも言えるし、そうすれば環境整備も集中して行えるため、全体のインフラコストは大きく下がる。

要するに、50年前、30年前のインフラを今行っても無駄の極みであり、インフラは集中してそれに会わせて人間が生活をした方がよほど便利で、しかも今よりも自然に恵まれた豊かな生活が出来る。それが嫌で山奥や絶海の孤島に住みたいなら自己負担で行うべきなのだ。

ここでは直接関係がないから深くは触れないが、インフラ同様国家経済を活性化し、税収を上げる手段としてはしっかりとした国防がある。日本人が一番安心して暮らせるのは、国防がそれなりにきちんとしている状態だ。これについては機会を改めて書いてみたい。

さて、インフラに避ける金がないと言うが、むろん下記のような有様では到底無理だ。

脱原発デモに「陽気なお祭り気分で世の中変わらない」の指摘

「みんなで仲良く官邸前でデモするのはいいけど、ニコニコと行進するだけで世の中は動かせません。日本人は1972年に青山通りで手をつないでベトナム戦争反対のデモをしましたが、その3年後にベトナム内戦で大量の死者が出た日、日本は休日でみんな遊んでいた。『ベトナムを思うと夜も眠れない』といっていた人たちがです。陽気なお祭り気分で世の中は変わりませんよ」

毎週官邸前で脱原発デモをしている連中の何人が本当に物事を理解しているかと言えば、どうみても大半が単なるファッションで、自分は正しいことをしていると思っているだけのようだ。本当に原発を停めたままでどんな影響が出てくるかまで全く考えていない。

 しかし、日本経済を見ると、原発の代わりに火力発電を増やすために、実際に天然ガスの輸入が激増している。これが主な原因となって、今年1~6月の貿易収支は計3兆円近い赤字で、比較可能な1979年以降最大の赤字となり、日本経済失速の大きな要因となっている。
 
この状況はもう変わらない。なぜなら、すでに火力発電所に投資をしてしまい、その償却コストがこれからかかってくるからだ。そして、原発は停めても停めなくてもほとんど同じ維持コストがかかり、どうじに原発は劣化してゆく。使わないから原発は劣化しないわけではない。何も生み出さない原発のためのコストが従来通りかかり、そして大量に輸入しなければならない燃料がせっかく上向こうとしている日本経済を破壊しようとしている。

日本経済が落ち込めば、今彼らが将来の子供のためなどと戯言を言っていても現実には将来の子供に取り返しのつかない負担を押しつけることになる。それは単なる経済的負担だけではない。国家の安全保障が脅かされ、日本の主権も将来の子供は失いかねない。

脱原発デモをやっているお祭り騒ぎの連中は、将来の子供達から何もかも奪うためにやっているのだ。


 「デモのなかにいると、自分が世界の中心で正しいことをしているように思えるけど、それは状況に酔っているだけ。実際の国民からすればごく一部の人数で、野球の二軍の試合を生観戦して、『いい試合なのになんで誰も見ないんだ』と憤るのと同じです」
 
 自分が何をしているのか、その結果どうなるのかをすこしでも考える能力があるなら、こんなお祭りデモに参加するなど無いだろう。

 実際、野田首相はこのデモについて「大きな音だね」と語っているのみだ。しかし、作家の落合恵子さんは未来に希望を託す。

 「もうみんな怒っているんですよ。この声を止めることはできない。音ではなく、声なんです。まだ迷って声をあげられない人もたくさんいます。デモをきっかけに、そういう人たちがもっと声をあげるようになれば、状況は確実に変わると思います」


 この種の連中は、みんなが、と二言目には言うが、みんなとは誰のことか。お祭りに参加している連中のことなのか。まともな人間は大騒ぎはしない。単に馬鹿が何かをしているのを見ているだけだ。そして落合圭子氏はみんなとは国民の大半を含まないたんなるお花畑のことだとも気づいていない。
 
 状況がもし変わるとしたら、(すでに変わっているが)電力料金がずるずると上がり、消費税が上がって経済が益々冷え込み、税収が落ちてさらなる増税の声が出て、(相続税などは1,2年先には基礎控除額が6割くらいに下がるなど、すでに増税は方々で計画されている)取り返しのつかない貧乏国家になることを、状況が変わるというならその通りだ。
 
 脱原発を進めるとどうなるかの一つの例が、下記の再生可能エネルギーに関する国民負担の増大だ。

再生可能エネルギーの国民負担「大膨張」予測

2012/8/ 3 12:11

太陽光や風力などの再生可能エネルギーでつくった電気を固定価格で全量買い取る制度(FIT)による国民負担が5年後の2017年には年間約1兆2000億円になるとの試算を電力中央研究所の研究者がまとめた。

これは極めて巨大な金額だが、たんに買い取り価格だけの問題ではない。いま自然再生エネルギー施設を作ると大変な補助金が降りる。この負担も国民がするのだ。すると、5年後の国民負担が1兆2000億円で済むという計算では成り立たない。おそらくこの数倍に登るのではないか。

自然再生エネルギー設備のためには、送電網やバックアップなどさまざまな付帯設備がいる。これは今の所電力会社が負担しなければならず、いずれそのコストは電力料金に上乗せせざるを得ない。

自然再生エネルギー施設は常に維持し、時期が来たら撤去して廃棄しなければならない。そのコストは敷設した人間が行うが、そのコストは見込まれているのだろうか。

電力会社が買い取り価格の変更がないとの前提だが、初年度にあたる2012年度の4.6倍に膨れ上がることになる。

むろん先日紹介した太陽光パネル宣伝屋の言うとおり、今後も太陽光パネルが増えてゆくとすれば、国民負担は飛躍的に増えてゆく。理想は国民全体が太陽光パネルを付けることだろうが、実際にはそんなことになれば一方的に負担をする人間がいなくなり、設置した人間がそれ以上のコストを負担することになる。すなわち破綻する。

朝野氏はこれをベースに、7月に国際エネルギー機関(IEA)が出した再生可能エネルギーの普及状況の予測値をもとに、買い取り価格の変更がないと仮定して試算したところ、2015年には累計総額で1兆2600億円、17年には3兆300億円になると予測した。

17年度には累計で、太陽光発電が258億kW/hと約7倍にも発電量を増やし、風力が64億kW/h、水力16億5700万kW/h、バイオマス105億kW/h、地熱も13億kW/hに「成長」するとみている。

これらすべての自然再生エネルギーに言えることなのだ。

すでに電気料金の内訳をみると、「燃料費調整額」として液化天然ガス(LNG)など火力発電向けの燃料価格の上昇分が転嫁されている。また、現行では太陽光発電の余剰電力を買い取る「太陽光発電促進付加金」が上乗せされ、8月からはさらに「再生可能エネルギー発電促進賦課金」が加算される(2015年4月以降には一本化される予定)。

 金がないためにそのような設備を持てない人間が、金持ちのために負担を強いられる製作が今後も続く。なぜなら、一度設置をしてしまえば20年ほどの償却期間があり、設置した人間は補助金と買い取り制度でコストを計算しているから、それを一方的に廃止すればそれらの人間達が破綻する。それを政府は救済しなければならず、むろんそのコストは一般国民が負担させられる。停めた原発の維持コストを、国民が負担させられるような物だ。

原子力発電の運用状況や燃料価格によっては火力発電の稼働が増えて「燃料調整額」がますます上がるので、国民負担は増すことになる。「5年後、月額400円」ではすまない可能性もある。

すべては、脱原発を打ち出した民主政権と、それをカバーするために持ち出した再生エネルギー法案と、そして自分たちが一番の被害者になり、子供達がもっと大きな被害を受けることさえイメージ出来ないお花畑達のためだ。

単に家系の負担が増えるだけではない。相乗的に企業の操業コストが上がるため国内での製造業が海外との競争に勝てなくなれば、多くは国外に出てゆく。この状況で経済が上向くとすれば、海外資産の積み上げ、そしてその利子で食ってゆくしかなくなるのだがそれはとりもなおさず、日本が物作りを放棄し、富の創出を諦め、欧米と同じ没落の道を辿ることを意味する。

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

日本を挟撃する二重の老化現象

発信時間: 2012-08-04 11:34:02 |

前代未聞の超高齢社会に突入しようとしている日本だが、もう一つの悩ましい問題が緊迫化している。インフラの老朽化である。

高度成長期に建設された日本のインフラが現在、続々と更新の時期を迎えている。長年にわたる財政難から各地では新プロジェクトが実施できず、インフラの老化現象が年々激しくなっている。使用期限が近付いている、あるいは期限切れとなったインフラが急増しているが、改修できない状況下、事故防止のために使用停止するしかなくなっている。

瑞信証券の調べによると、日本の橋梁等インフラ設備の耐用年数は15.3年で、2000年と比較して3.9年増加している。昨年4月までに通行禁止となった橋梁は216本で、3年前と比べて50%も増加している。さらに1658本の橋梁で通行制限が実施されている。日本の橋梁の耐用年数は60年で、今年275本が寿命を迎えるが、10年後にはその数は5倍に急増する。日本の戦後復興は高度成長期に集中しており、この時期、各地で大規模開発が行われた。多くの橋梁もこの時期に建てられた。

昨年4月、静岡県浜松市の天竜川に架かる「原田橋」に吊られたケーブルが老朽化で断裂しているのが発見され、通行禁止となった。この橋は浜松市と愛知県をつなげる唯一の道だったため、通行禁止になったことで市民の不満が噴出した。しかし自治体としては他の選択がなく、そうせざるを得なかったのだ。2007年8月1日、アメリカミネソタ州の大橋が突然崩落して11人が死亡、2人が行方不明、100人が負傷を追う惨劇が起こった。規模は小さいが、日本でも同様の事故が起きている。



昨年の震災では、茨城県が1968年に建造した鹿行大橋の橋脚が崩れ、1人が死亡している。地震の影響は無視できないとはいえ、根本的な原因は設備の老朽化にある。その後、通行禁止となった橋の代わりとなる新しい橋を作らざるを得なかった。

日本の財政はどうしてこれほど逼迫しているのか。それを説明するには、1つの数字を出すことで事足りる。日本政府の今年の公共事業は4兆5000万円だが、これは1997年の半分以下なのである。地方自治体も状況は同様で、年を経るごとにカツカツの状態になっている。財源が不足している以上、新規公共事業の数を減らすしかない。重点項目はインフラの修復と震災再建事業である。2010年、日本は各地のインフラ修復に4兆7000億円を拠出しており、これは新規プロジェクトの3兆6000億円を上回る。国土交通省の予測によれば、2020年までにその予算は5兆2000億円に膨れ上がり、2030年には7兆1000億円に達するとしている。

同じく日本の首都である東京も、厳しい局面に立たされている。東京周辺を取り巻く「首都高速」を例にとれば、2009年までに全長301キロの高速道路の修復箇所は9.6万にも上る。これは2002年の2.7倍である。首都高運営会社は毎年、修復費用として600億円以上を計上している。しかし毎年修復を行ったとしても、新たに生じる修復箇所はそれ以上に増えている。首都高の95%はトンネルや高架橋であり、修復費用は驚くべき金額となる。車両を通しながら半分ずつ修復工事を行っているが、修復工事の30%を終わらせるのに40年がかかっており、その半分が30年以上の歳月を費やしている。首都高を走る車両の多くが大型トラックであり、その比率は東京の一般道路の5倍以上である。大型トラックが多ければ道路の劣化も速い。修復の費用に限りがある中、首都高運営会社は調査チームを組織し、修復箇所を調べて優先順位を付け、計画的に修復していくしかない状態である。

財政がひっ迫しているからといって、この状況を放置すれば、早晩大事故が起こるのは必然である。人命にかかわることであり、喫緊の問題である。とはいえ、寿命を迎えたインフラ設備を等しく修復すれば、財政は破綻する。この困難な状況をどう対処すべきだろうか。

修復を強化すれば費用は確実に増える。しかもその効果は理想的なものではない。高度経済成長期に集中してインフラ整備がなされたことが、今になって面倒をもたらしている。当時のプロジェクトは厳格な工程を経て作られたものが少ない。図面すら見つからないようなありさまのプロジェクトも数多いのだ。これでどうやって修復できるのか。図面が残っているようなプロジェクトでも、実情と合っていないことから、改めて実測しなければならない場合もある。老朽化した設備の危険度を確認するため、施工スタッフは橋のアーチに沿って足場を作る必要があると同時に、車両通行制限をするため、これらの費用や時間もばかにならない。

現状において修復用資金が得られる見込みがない以上、異なる方法を考えるしかない。すなわち現状のインフラ施設の統合である。つまり学校や政府機関、公民館といった施設のうち、激しく老朽化した施設を廃止することである。これはすでに手法の一つとして採用されている。ただしこの手法は建築物に限られ、道路や橋梁、給水施設等のインフラ施設では採用されていない。

そこに住む住民にとっては、道路や橋が封鎖され、給水が止まれば、生存にかかわる問題になるからだ。もしそれを実施するのならば、インフラ設備の老朽化が激しい街の住民に対して近隣都市への移住を促し、老朽化した街を廃棄するしかないだろう。しかし、「移民」に対して誰がその住まいを提供するのか。その費用はどこから出すのか。そしてその費用は小さな金額では済まないだろう。

財政面の改善が見られない状況下、この苦境を脱出するために残された道は、技術革新とさらなるインフラ設備の管理効率の向上である。もちろん現状で即効性のあるアイデアは出ていない。

日本がどのようにこの難題を解決させるのか。今後の中国にとっても一見に値するものだろう(作者は上海国際問題研究院信息所所長)。

脱原発デモに「陽気なお祭り気分で世の中変わらない」の指摘

2012/08/04 10:33更新

 脱原発デモが行われるのは、毎週金曜日に恒例となっている首相官邸前ばかりではない。

 7月16日には代々木公園で「さようなら原発10万人集会」が開かれた。在日米軍のオスプレイが搬入された山口県岩国市、全国各地の電力会社前などでもデモが開かれている。

 原発事故を機に日本中に広がる新しいデモ。しかし、“お祭り感覚”には批判もある。ベトナム戦争を取材した経験のあるジャーナリストの徳岡孝夫さんがいう。

 「みんなで仲良く官邸前でデモするのはいいけど、ニコニコと行進するだけで世の中は動かせません。日本人は1972年に青山通りで手をつないでベトナム戦争反対のデモをしましたが、その3年後にベトナム内戦で大量の死者が出た日、日本は休日でみんな遊んでいた。『ベトナムを思うと夜も眠れない』といっていた人たちがです。陽気なお祭り気分で世の中は変わりませんよ」

 たしかに冷静に見回せば、「脱原発」を目指すときの課題は多い。

 この夏も電力不足により、全国で最大10%の節電要請がなされている。発電コストの安い原発が動かないことにより、東電管内では家庭用で8%超の電気代値上げが予想される。デモの参加者たちに電力不足や値上げについて問えば、

 「猛暑の今夏だって電力が足りているじゃないか」

 「電力会社の数字のごまかしでしょう」という。

 しかし、日本経済を見ると、原発の代わりに火力発電を増やすために、実際に天然ガスの輸入が激増している。これが主な原因となって、今年1~6月の貿易収支は計3兆円近い赤字で、比較可能な1979年以降最大の赤字となり、日本経済失速の大きな要因となっている。

 作家の北尾トロさんは「今回のデモで再稼働がストップすることは難しいでしょう」と現実的に見ている。

 「デモのなかにいると、自分が世界の中心で正しいことをしているように思えるけど、それは状況に酔っているだけ。実際の国民からすればごく一部の人数で、野球の二軍の試合を生観戦して、『いい試合なのになんで誰も見ないんだ』と憤るのと同じです」

 実際、野田首相はこのデモについて「大きな音だね」と語っているのみだ。しかし、作家の落合恵子さんは未来に希望を託す。

 「もうみんな怒っているんですよ。この声を止めることはできない。音ではなく、声なんです。まだ迷って声をあげられない人もたくさんいます。デモをきっかけに、そういう人たちがもっと声をあげるようになれば、状況は確実に変わると思います」

 ※女性セブン2012年8月16日号

再生可能エネルギーの国民負担「大膨張」予測

2012/8/ 3 12:11

太陽光や風力などの再生可能エネルギーでつくった電気を固定価格で全量買い取る制度(FIT)による国民負担が5年後の2017年には年間約1兆2000億円になるとの試算を電力中央研究所の研究者がまとめた。

電力会社が買い取り価格の変更がないとの前提だが、初年度にあたる2012年度の4.6倍に膨れ上がることになる。

国民負担、5年後には「月額400円」上昇か

国民負担が大きいのは、太陽光発電の買い取り価格が高すぎるから?(写真は、ソーラーパネル) 電気中央研究所の主任研究員、朝野賢司氏によると、1キロワット時(kW/h)あたり太陽光発電の買い取り価格を現行の42円、風力発電が23.1円(20kW以上)、水力発電25.2円(1000kW~3万kW以上)などの再生可能エネルギー全体を合算して算出した場合、2012年度の電力会社の買い取り総額を資源エネルギー庁は、50億5000万kW/h、2600億円と見込んでいる。

買い取り対象となる再生可能エネルギーの発電量の内訳は、太陽光発電が37億kW/h、風力が7億kW/h、水力1億5000万kW/h、バイオマス5億kW/hになる。地熱発電はゼロだ。

朝野氏はこれをベースに、7月に国際エネルギー機関(IEA)が出した再生可能エネルギーの普及状況の予測値をもとに、買い取り価格の変更がないと仮定して試算したところ、2015年には累計総額で1兆2600億円、17年には3兆300億円になると予測した。

17年度には累計で、太陽光発電が258億kW/hと約7倍にも発電量を増やし、風力が64億kW/h、水力16億5700万kW/h、バイオマス105億kW/h、地熱も13億kW/hに「成長」するとみている。

それに伴い、7月1日から始まった固定価格買い取り制度により、8月分の電気料金から一般家庭の場合で、12年度は月額平均で87円が上乗せされる。それが2017年には約400円まで上昇する見通しだ。

朝野氏は「買い取り価格は原則1年ごとに見直されることになっていますが、附則で施行後3年間は変更しなくてもかまわないようになっていますから、少なくとも3年間は変更されないでしょう。国民負担を減らすには、この買い取り価格を下げるしかないのに、です」と説明する。

太陽光発電の買い取り価格が「高すぎる」!
再生可能エネルギーの買い取り価格は、太陽光や風力、水力など電源ごとに違う。しかも電力会社が買い取る価格は、買い取り開始年度に適用された価格が10~20年間続く。そのため、現行の買い取り価格が「高い」と値踏みすれば、12年度中に設備を整え運用を開始してしまえば、発電所は儲かることになる。

とはいえ、それが可能なのは太陽光発電だけ。いま、太陽光発電の設備投資にかかるコストは安くあげられる。「風力や地熱は建設に5年以上かかるのに、太陽光はわずか2か月で運用できるようになります。しかも太陽光パネルの在庫は欧州で余っていますから、仕入れも安くあげられる」(前出の電力中央研究所の朝野氏)。

買い取り価格が下げられれば、国民負担も下げられる。朝野氏は「日本の太陽光発電の買い取り価格(42円)は高すぎます」と指摘。「急ぎ、下げるべき」と主張する。

買い取り制度で先行するドイツの太陽光発電の買い取り価格は、1kW/hあたり13~19円(1ユーロ=100円換算)と日本の半値以下だ。

すでに電気料金の内訳をみると、「燃料費調整額」として液化天然ガス(LNG)など火力発電向けの燃料価格の上昇分が転嫁されている。また、現行では太陽光発電の余剰電力を買い取る「太陽光発電促進付加金」が上乗せされ、8月からはさらに「再生可能エネルギー発電促進賦課金」が加算される(2015年4月以降には一本化される予定)。

原子力発電の運用状況や燃料価格によっては火力発電の稼働が増えて「燃料調整額」がますます上がるので、国民負担は増すことになる。「5年後、月額400円」ではすまない可能性もある。

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