FC2ブログ

国土地理院へのメール 寺社のマーク変更について

最初にクリックしていただけるとありがたいです。

人気ブログランキングへ



正月が明けて少ししか経っていないのにまた腹の立つ記事を見た。

「卍」ナチス連想で三重の塔に…外国人向け記号

要するに、近年増えてきた訪日か外国人に便利なように地図で使う記号をわかりやすく作り替えたと言うのだが、その中に寺社を表す卍がある。それが、ナチスを連想させるので、三重の塔のマークに替えたというのだ。卍は元々はヒンズー教や仏教で尊い印であり、実際に多くの寺でこのマークを見ることが出来る。ナチスのハーケンクロイツはこの卍をまねしたものであり偽物なのだが、なぜ偽物と混同されるから本家を替えるなどという馬鹿なことをするのだろうか。

アンケートを採ったらナチスと紛らわしくて誤解を与えるからとの理由だと言うが、ではヒュンダイがホンダと紛らわしいロゴマークを使い、米国などではホンダイと発音し、コマーシャルには力士や富士山を使い、実際多くの外国人がヒュンダイを日本メーカーであると誤解し、中にはホンダと混同しているケースがある。

その誤解を避けるためにホンダがロゴや社名を替えるべきなのだろうか。

国土地理院のやったことは、実際寺社を表す卍がハーケンクロイツと同一だとわざわざ認めるようなものではないのか。まるで、慰安婦問題の妥結のために安部総理が謝罪し、慰安婦の生活支援を補償したようなものだ。あれで、日本がいくら道義的責任(そんな責任も日本が感じるひつようなどないが)だけだと言っても世界ではすでに日本が法的責任を認めて謝罪したと受け取っている。日本の言い訳など全く無視されているし、だからこそ、韓国は民間がやることだから政府は干渉できないと、売春婦増を世界中に立て続け、日本を侮辱する宣伝をますます強めている。

今回こんな小細工をすることで、日本はナチスのマークを寺社に使っていると日本が認めた様なものではないか。役人の事なかれ主義の浅知恵に本当に腹が立ち、下記のようなメールを国土地理院に送った。

-----------------------------------------------------
国土地理院へのメール


このたび、外国人向けに造る新しい地図のピクトグラムの内、寺社のシンボルとして従来の卍に替え三重の塔にすることが決定されたとの報に接し驚いています。理由が、ナチスのハーケンクロイツを思わせるから、似ているからというアンケート結果が多かったからだとか。

ハーケンクロイツが本来の仏教の吉祥であり、ナチスがまねをしたものです。ハーケンクロイツこそがいわば偽物なのであり、その偽物に似ているからマークを替えたとは、あまりにみっともない小細工なのではありませんか。

誤解をする外国人には本来の所以を説明すれば済むこと。誤解をする報が悪いのであり、西欧ではどうであれ、仏教では尊いマークだと説明することがむしろ、彼らのためにもなるでしょう。

単に誤解されるのが嫌だ、西欧がクレームを付けるからと本来の意味を無視して簡単にマークを替えることは、卍がハーケンクロイツと同じものだと日本自らが認めることです。あまりに浅はかな国家毀損です。

ぜひ、卑屈な小細工をやめて、堂々と従来の卍にしてください。なお、私の知る限り、この卍が外国人に非難されたという話は聞きません。

なお、この様な例は初めてではなく、阿波踊りを欧州で紹介した際、阿波の蜂須賀家の家紋である卍を消した法被を着ていたと聞き、本当に残念に思った次第ですが、民間のやること、仕方がないとは思いました。親善が主であれば一々説明できないと思ったのでしょう。しかし、国家機関がこのような誤解を助長するような行為はすべきではないと思います。

-----------------------------------------------------

多少言葉がきついとは思うが、事なかれ主義がどれだけ日本を毀損しているか彼らには全くその感覚がない。アンケートでナチスのマークに似ているといくら多くの回答があったとしても、では日本の寺が千年以上も使っている卍を寺から全てなくすべきなのか。いや、世界の全ての仏教国、ヒンズー教国を侮辱するものではないのか。

小さな事かも知れないが、一般の日本人がこんな事すら何とも思わないなら、慰安婦問題で事実を国際社会に明らかにする、南京虐殺が嘘だと訴えるなど、夢のまた夢ではないのか。

引用記事の確認の場合は、上記のURLをクリックして元記事を参照してください
スポンサーサイト



これでも妥当な結果だったか、慰安婦妥結

最初にクリックしていただけるとありがたいです。

人気ブログランキングへ





自民の桜田議員が、「慰安婦は職業としての売春婦」と予算委員会で発言したことに対し、安部総理は日韓で妥結した件だ、発言はそれをわきまえてするように、との認識を示したそうだ。

安倍首相、自民議員の「慰安婦は売春婦」発言に「日韓合意を踏まえ発言を」

総理としてはこの様に言うしかないだろう。一般人とは違う。与党議員が公式の場でこの様な発言をするのは、今後二度とこの件を政治問題として蒸し返さないと韓国と決めた以上、政治的公式の場である予算委員会で桜田議員のような発言は困る、と言わざるを得ないだろうし、桜田議員も後に発言を撤回している。

案の定韓国側は強硬な非難をしているし、性的暴力は国際的に共通の認識だと言っている。また日本の腐れド左翼も同じようなことを言っている。全ては、例え米国の圧力があったとはいえ、真実を明らかにしないまま、反省の言葉を添えて韓国と妥結した結果であり、実際韓国側は政府こそ今のところ妥結したことを受け入れるように国民に言っているが、それは韓国政府自身が国民の支持を得るために散々国民をあおってきたことだ。案の定、韓国人の大半が今回の妥結は日本の金や政治力に負けた結果だと騒いでいる。

また、欧米メディアの論調はおおむね今回の妥結を歓迎しているがその内容は韓国の主張に沿ったもの、即ち日本が法的な責任を認め謝罪し韓国が受け入れたというものだ。

いずれ韓国はまた蒸し返すだろうし、同じ事が将来も繰り返されるだろう。難癖を付ける韓国が悪いと言っても、実際に謝罪し補償を約束した日本がみずからその責任を認めたと国際社会がとるのは当然なのだ。だが、日本政府が真実を開かすチャンスは永久に失われた。

桜田議員の発言は全く間違っていない。事実を言っただけだが、公的な場所で公的な発言をしたことがふさわしくないと言う。それなら、民間が私的な立場で真実を究明することは差し支えないはずだし、そうしなければ子々孫々日本人は無抵抗な韓国人女性を20万、最近では40万人強制連行し、性奴隷にした野蛮国家の人間として見られ続けることになる。現実に、世界で最も影響力のある米国社会において、韓国系市民は日本のイメージを毀損することに全力を注いでおり、その成功例としてカルフォルニアなどでは彼らの主張に沿った内容、即ち日本軍が朝鮮人女性を強制連行し、性奴隷にした歴史を教えるようになり、日系人の抗議は全く無視されている。

当然ながら韓国政府は民間のやっていることだから今回の妥結とは無関係だし、まして米国で何がされても韓国が関与できることではないと言っている。その韓国の主張を日本が裏付けたのだ。法的責任は認めていないなどといくら安部総理が言っても無駄だ。一国の総理が謝罪し、補償を約したことが全てを決してしまっている。万が一韓国政府がこれを蒸し返さないとしても、民間がやっていると言うことで、永久に日本はおとしめられ続けるだろう。

子々孫々謝罪することの無いようにとの安部総理の言葉だが、子々孫々侮辱を受けることになった。

彼らが民間のやっていることだから政府が関与できないというなら、日本は民間が子々孫々の名誉を守るべきではないのか。日本人は喉元過ぎれば熱さを忘れるかも知れないが、相手は千年恨み続けると大統領が言うような連中だ。

韓国に対し主張を繰り返しても意味はない。あくまで事実を示すのはまず日本国内、そして国際社会だ。とりあえず、私は関係民間団体などにこつこつと訴えることをしている。もし、みなさんの内で尤もだと同意してくださる方がいらっしゃったら、是非知恵を頂きたいし、またこの主旨を広めていただきたいと思う。

追記 2016/01/16

櫻井よしこ氏  あの妥結で、国際世論が大きく日本側に傾いたので、外向的には大きな成果があった。しかし、事実を無視して妥結したことに日本側にも不満があるだろう。今後は民間が100倍、1000倍も事実を国際社会に発信してゆかなければならないと言っている。

櫻井よしこ氏  あの妥結で、国際世論が大きく日本側に傾いたので、外向的には大きな成果があった

むろん、これは大切なことだが、どのような正論でも一方的に言うだけでは第三者から見れば唯の宣伝にしか見えない場合がある。やはり、双方の主張を同じ条件で公開の場で討論する機会を設け、結論は視聴者がおのおの出す形が一番公平ではないのか。

引用記事の確認の場合は、上記のURLをクリックして元記事を参照してください

月は存在するはずがない?

最初にクリックしていただけるとありがたいです。

人気ブログランキングへ




晴れてさえいれば、月はほぼ毎夜出てくる。時には昼間から見えることもある。が、衝撃の事実が判明した。あの月は実は存在していないのだ。我々は数十億年もの間存在し続けていると信じていたあの月は、単なる幻であり、我々は月があるとあまりに固く信じているので、幻とは気づかずに月見をしたり汐の満ち退きを見ていたわけだ。

実は、多くの科学者が、どうやれば人類に実はあの月は存在しないのかを分からせることが出来るか腐心していると言う。とりあえず、この説明から簡単に書いてみようと思う。

私が子供の頃は、月は地球の一部が遠心力で吹き飛んで出来たもので、太平洋はそのあとだと言うのがまことしやかに信じられていた。それが正式な学説だったのかどうかはともかく、子供同士ではそれが疑いもない事実だと思っていた。

が、物理的にそれはあり得ないことで、大陸移動説が真実と認められてからはますますそうなのだが、むろん、原始の地球はどろどろの液体で、高速自転をしていたから、遠心力で溶けかけた固まりが飛び出したなどと聞けばいかにもありそうだが、小さな固まりが仮に飛び出しても直ぐに重力で地球に引き戻される。また隕石の衝突や何かの爆発で勢いよく飛び出したとすればそれは粉々の細かいかけらで、殆どは地球に引き戻され、引き戻されない物は遙か彼方に飛び去るか、もし残ったとしても小さなかけらがバラバラに地球の周回軌道を回るようになる。つまり、月のような大きな物体が(直径で主星である地球の3.6分の1)まとまって遠心力で飛び出す筈がない。物理的にあり得ないのだそうだ。

次に私たちが信じていたのは、どこか他から飛んできた天体が地球の引力に捕まって周囲を回るようになったと言う説だ。確かに原始の太陽系では無数の天体が太陽の周囲を回っていて、それが互いにぶつかり合いくっつき合いして次第にまとまり、内惑星、すなわち水、金、地、火の岩石惑星が出来たのは事実だ。その過程で惑星にまで成長できなかった小さな準惑星があるとき地球に接近し、そのまま引力にとらわれ衛星になったというのだ。これは、他の惑星の衛星などに当てはまることで、木星や土星など巨大惑星には10個以上、あるいは火星にも2個の衛星があり、それらはこの様に初期の段階で小さな天体が主星の引力に補足された物だという。が、これらの衛星は主星に対し精々数パーセントの大きさしかない小さな物ばかりで、地球の月は極端に大きすぎると言うわけだ。こんな大きな天体が地球の傍に来れば間違いなく互いの引力で引き合い、衝突するはずで、実際惑星はそうして出来た。都合良く主星の周回軌道に乗るなど、これも物理的にあり得ない。

今主流となっている説は、ジャイアントインパクト説で、ある時火星クラスの惑星が地球と衝突し、大半は元の地球と合体して寄り大きな惑星になったが、大きなかけらがまとまりきれずにその大きくなった地球の周囲を回るようになったと言うわけだ。なるほどと思ったが、上記のあり得ない説を信ずる科学者達は、これも実はあり得ないと言っている。上述したように、原始の太陽系では小さな惑星が互いに衝突し成長して出来たのだ。その過程で地球の月のような物は唯の一個も存在しないし、これも物理的にあり得ない。巨大な天体同士が衝突した場合、そのエネルギーは衝撃で飛び出した物を粉々にし、遙か彼方に吹き飛ばすか細かい塵となって主星の周りを回るだけだ。それが土星の輪であり、これほど大きくはないが殆どの惑星にはこの様な輪が存在する。地球にも見えないがかすかな輪があるという。いずれにせよ、天体同士がぶつかってその弾みで月が飛び出して更につごう良く地球の周りを回るなんてあり得ないと言うのがこの科学者達の言い分だ。

となれば、我々が毎晩見ている月は、本当は存在しない幻である。以上。

で話が終わるなら、何もここで長々と書く理由もない。実は、日本はどうして存在するのかと言う話をしたかった。

色々考えてみると、実は日本の存在は月の存在のように本来あり得ない事なのだと言える。むろん、日本列島という土地は他の土地が出来たように地球の様々な活動の結果出来たのであり、特別なことではないし、その土地に大昔大陸や太平洋の島国などから人間が移り住んできたことも、他の土地で普通に起きていたことで不思議でもなんでもない。が、日本人が発生して、この日本という国を作ったのが月の誕生ほどもあり得ない事だと言いたいのだ。土地があり、そこに人が集まり歴史を刻みそしてそれぞれの民族が出来それぞれの国が出来る。世界中に今存在する国は殆ど全てそうであり、日本も例外ではないが、しかし世界中の国々は同じではない。

サミュエル・ハンチントンは彼の著書「文明の衝突」の中で、日本は一国で独自の文明を築いていると書いている。日本の人口は世界の2%未満。国土面積は世界の0.25%ほどだ。が、その日本が他の文明と同等の単一文明を築いているというのは、考えてみればきわめて意味が大きい。

ちなみに、ハンチントンは下記の文明をそれぞれ独立した文明としている。


中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方正教会文明、 西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明 ただし、ラテンアメリカ文明は古代のマヤ、インカなどの文明に西欧のカトリック文明が重なったもの、アフリカ文明は、独自の文明といえるほどの存在とは言い切れないとも書いている。

彼の分類が正しいかどうかは異論があるだろうし、日本文明はドイツに似ているなどと言う者も居るようだが、仮に似ている部分があったとしても文明のルールや成り立ちは全く無関係だ。それを言うなら、中国は米国にきわめてよく似た部分があるが、分類としては全くの別物だろう。また、彼は、米国の文明を独立した物と認めていないが、歴史が浅く西欧文明の亜流でしかないとも言えるだろう。キリスト教文明であり、多くの移民のために多少独自性はあるが、独立したアメリカ文明とは到底言えない。

さて、日本文明が古代中国から影響を受けていることは異論はない。文字や宗教、美術などなど多くの影響を受けたことは事実だ。それは地理的条件からも当然であり、日本列島で独自に人類が発生し文明がゼロから始まったのではない限り、一番近い大陸、及び太平洋地域からの人々が集まってきて文明も持ち込んだのは当然だが、それでも日本が独自の古い文明を持っていることは今では世界が認めていると言っていい。なにしろ、言語は文明の根幹を為す要素だろうが、世界中で日本以外に日本語を公用語として使っている国はない。

ところで、話は一寸ずれるが、何十年か前、何かの本で読んだ記憶がある。日本語は世界で一番古い言語なのだとか。そもそも今世界中にいる人類は生物としてはホモサピエンス唯一種であり、およそ4万年前にアフリカから全世界に進出し世界に広がったとされている。それだけの大移動が出来たと言うことは、すでに人類は当然かなり複雑な言語を使用していたはずで、その言語が様々に変化し、現代世界に数千あると思われる多様な言語に分かれた。

もともと、アフリカで一つだった言語が世界各地でそれぞれ違った変化をし、それぞれが影響しあい4万年の間に全く異なった言語になったのだが、それでもインドヨーロッパ語、ウラルアルタイ語など大きな言語ファミリーに属している。が、日本語は全く独立して何処の言語ファミリーにも属していない。しかし、日本語がいきなり日本列島で出来たはずはなく、必ず元の言語があるはずだが、それが何処にも見つからない。

他の言語が変化したのは、主として互いの交流で言語の交換や流入が行われそれぞれの言語に吸収され変化した結果だ。ヨーロッパで使われている言語は数十種類もあるが、元々は共通言語がそれぞれの方言として発達し、ついに全く異なる言語となった。だから、ヨーロッパ言語には語源を共通にする単語がきわめて多い。

人間がヨーロッパからアジアに進出するに従い、その気候に適応した進化をしてアジア人が出来、そこでまた独自の言語が発達した。最後にアジアの果ての日本列島に住み着いた人々は他民族の接触もなく、結局一番ふるい言語を元に最も変化せずに形成されたと言うのだ。

この説が正しいかどうかは私には分からないが、ここで取り上げたのは、文明とはこの様なものではないかと考えるからだ。考えてみると、日本文明の基本はなんと言っても自然との調和であり、現代に至るまで日本人と自然の関わりは他文明とは明らかに異なる。一方西欧文明は自然の克服であり、人間は自然を支配する存在であり、それを神に許されているとする。どちらが古い価値観かと言えばどう考えても自然との協調がもっとも無理がないと思えるのだが。古いとは言ったが、その古い価値観が今でも残っているのは、それが最も人間として無理がないからと思える訳だ。言語がもし世界最古の言語だとするなら、文明も同じ、すなわち他民族からの接触が少ないために価値観の変化も少なかったと考えるのが無理がないと思う。もちろん、他にも日本が自然に恵まれたので、自然を克服する必要がなかった、また自然災害が多いので、自然と闘うよりも自然と協調する方が楽だったとも言える。

言語が世界で孤立しているように、日本文明もまた世界で孤立していると言えるのは、上記からもそうだろうし、なにより海外に出てみて改めて日本が特殊なのだと実感することは多々あるし、また近年日本文化が海外に知られるに連れてその特異性が海外で認識されているようだ。

言うまでもないが、先に書いたように、日本文明が多く中国文明から影響を受けたことは間違いがないが、近年は多く西欧文明の影響も受けている。が、日本は中国の縮小版にはなっていないし、西欧文明の出店にもなっていない。考えてみれば、あたかも中国から派生したように見えながら日本は全く独自の存在であり、まるで地球に対する月のような存在だ、つまりどう考えてもあり得ない存在ではないか・・・ときわめて強引なこじつけだが、冒頭の月の話になるわけだ。つまり、月は存在する筈がないのと同様、日本文明は存在するはずがないということだ。

実際は我々は日本に住んでいるし、生まれてこの方他文明とは全く違うこの日本文明の中で生きている。日本の中にいれば気が付かないが、改めて、日本はきわめて他文明とは断絶しているのだと痛感せざるを得ない。ただし、これは他文明と敵対していると言うことではない。敵対なら、現実には中華、イスラム、東方正教会文明、 西欧文明は明らかに相互に敵対していると見て良い。日本文明は中国とは敵対しているが、文明として敵対しているわけではないし、そもそもハンチントンは中華文明を挙げているが、本来の中華文明は他ならぬ中国人の手によって徹底的に破壊され、今それらしく見えているのは日本などに保存されていたものを中国が再吸収したに過ぎない。中国語や、中華思想はそのまま残っているだろうが、今中国が世界に発信できる中華文明など、唯の一つもない。一方、日本文明は100年以上前から世界に発信され西欧美術や思想に大きな影響を与え続けているし、現代は国家交流や情報交換が進みますます日本文明は広がっている。場合によっては受け入れている方が日本の影響とは全く気が付かない内に受け入れている。

私は、文明の優劣を論ずるつもりはないし、それは無意味だ。文明とはそれぞれ必要に応じて変化し他者と別れ発展してきたものであって、その文明の中にいる人々にとっては一番適切な形になったのだ。が、それが他文明と接触した場合、協調できるか、不干渉でいられるかはきわめて重要な要素だと思う。

西欧文明は他文明を大きく侵略し征服してきたために、他文明はその効率、特に機械文明を受け入れてきた一方、過去の歴史から西欧文明を強く拒否し、さらに敵意を持っているケースが多い。それは中国文明にも言えることで、特に今は形骸化されている中華文明とは別にその根幹を為している中華思想はきわめて独善的であり、絶えず周辺との軋轢を生んでいる。中華文明そのものはすでに消滅しており、残っているのは中華思想のみだが、新しい文明を創造する能力は全くない。

イスラム文明は西欧文明とは明らかな敵対関係にあるが、それは両者が絶えず戦争をしてきたこと、近年は西欧文明によりイスラム文明が侵略されそれに対して強い敵意を持っている。今、たまたま偶然からイスラム圏は豊富な地下資源により膨大な資金力を得ているが、それを活かして機械化するなどが出来ず、その実態は一千年以上も同じ宗教文明であって、いわば袋小路に入っている。今、世界はイスラム圏の石油から離れようとしている。原子力然り、自然再生エネルギー然り、シェルオイル然り、世界各地に比較的広範囲に広がっている天然ガス、さらには核融合やハイドロメタンの実用化を目指して技術発展が進み、そのどれ一つにもイスラム圏は関わっていない。つまりイスラム文明は完全に過去の遺物でしかない。

過去の遺物としては、インダス文明もそうだろう。かつてはインドは世界4大文明(この概念はすでに使われなくなっているが)の一つとして数えられていたが、それは過去の話だ。今はヒンズー教などで残っているとは言えるが、それがインドの最も大きな闇となっている。インドは近年発展してきてはいるが、インダス文明を捨てて発展してきているのであり、大多数の国民はその発展とは無関係だ。

東方正教会文明は、ロシアなどスラブ民族の文明と言っていいかと思うが、明らかに世界の発展からは取り残されている。彼らの存在は、広大な国土、自然資源、人口、軍事力によるものであり、東方正教会文明としては殆ど存在価値が認められていないし、それが彼らの発展に寄与している面は少なくとも外からは見えない。

言っては悪いが、アフリカ文明、ラテン南米文明も同じではないか。彼らにとって近代化、発展とは西欧文明化に他ならない。結局、これらの文明は西欧化することで近代化してきたし、そうしなければならないほど文明としては袋小路に入り込み引き返すことも変化することも出来ないと言うことだ。中華文明、イスラム文明はそれすら出来ていない。1000年以上昔のまま、進化が全く止まっているのに西欧文明を取り入れることも出来ていない。他文明から取り入れることもまた自らの文明を高める大切な新陳代謝なのだし、西欧は今でも比較的積極的にそれをしている。

文明の優劣を論ずるつもりはないが、事実としてそれぞれの文明を比較することは意味がある。結論として私が思うのは、現実に西欧文明が現代の世界の基準であり、近代化とは他の文明が西欧文明に近づくことで為されていると言うことだ。それを拒否するイスラム文明、中華文明は結果としてそれぞれの文明として発展する能力がないために古代の状態で停滞しているか退歩しているし、またそもそも中華文明自体はすでに消滅している。現在あるそれはあくまで複製であり、中国人の日常生活に密着しているわけではない。

インダス文明は、それ自体が発展の障害になっており、今後の発展のためにはインダス文明を棄てるしかない状態になっている。ラテン文明も同様だろう。

結局、西欧文明が他の文明をことごとく侵略し支配した事実は、少なくとも近現代において他の文明よりも優れていたからだとしか考えられない。その顕著な証拠の一つが、他の文明の悉くが、西欧諸国の言語を公用語として取り入れていると言って良い状態だからだ。例外は中国だけだろうが。中国は西欧化を拒み、それならそうしなくとも良いだけの自前の文明を保存発展させているかというと、決してそうではない。要するに、中国には今文明などと言える物が無く西欧化も出来ない状態だと言ってかまわないのではないか。

ところで、日本文明はどうなのだろうか。確かに近代、特に開国後は急速に西欧文明を取り込み、主として科学技術の面で奇跡的な発展をし現代では、西欧文明地域以外で唯一の先進国と言っていい存在になっている。では、日本は西欧化したのか、といえば全く違う。まず上記のような西欧の言語を国語とするような事は決してなかった。宗教も西欧のそれとは全く違う体系であり、しかも日本独自の宗教さえ日常生活の隅々まで浸透させている。ただし、この宗教、神道が果たして宗教なのかといえば、様々な異論があるがつまりは信仰の対象となる神にあたるものがない。天照大神も教義を以て信徒を導いているわけではない。自然の一部、太陽を神格化した存在であり、キリスト教やイスラム教の神、仏陀ともちがう。

一番大きい日本文明の特徴は、確かに最初は他文明、主として中華文明から色々受け取ったろうが、それを完全に自らのものに消化し、今では完全に異なるものに仕上げている。他文明が西欧文明を受け入れているのはあくまで西欧化であって、自らの文明に取り込み消化しているのではない。自らの文明を保っている場合でもあくまで記録として保っているのであって、日常生活がそれに則っているのではない。あくまで生活の基準は西欧文明のままなのだ。一方日本の場合は、日常生活に日本文明がそのままあり、別に残っているのではなく日本文明の中で日本人は生活し、生活の便利なところには西欧文明を取り入れていると言う点だ。

西欧文明の最大の特徴は優れた機械文明だろうが、それはあくまで人間が自然を克服した過程で発展したものだ。一方、日本は世界に冠たる機械工業技術を持っているしそれも西欧のまねではなく(当初は真似だった)、日本独自のきわめて優れたトップクラスのものだ。確かに総合的には米国が突出しているだろうが、米国の科学分野で特に進んでいるのは軍事技術だ。が、民生品で言えば、おそらく日本の技術は米国も凌駕しているだろう。

米国が最先端を行っているその軍事技術を支えている技術、たとえば航空機に使用される軽量高強度の様々な素材や、光学分野などでは今では日本のものが欠かせない。

戦争中、日本は世界でトップクラスの高性能兵器を様々作り、あの工業大国、日本の40倍の工業力を持っていた米国と4年もの間戦い続けた。戦後、米国は日本の科学技術のレベルに驚愕している。つい最近まで世界最大だった潜水艦を日本は作り、航空機を積んで米国本土の爆撃までやっている。高度2万メートルのB-29爆撃機を撃ち落とした15センチ高射砲、絶対に戦うなと米軍パイロットが恐れた零式艦上戦闘機など数々の傑作戦闘機、酸素魚雷、世界最初にブロック工法で組み立てた世界最大の戦艦、なにより世界初の本格的空母機動部隊を造り、それを真似た米国と空母同士の戦闘をやったのが、世界史上唯一の空母対空母の戦闘だった。日本の科学技術が当時世界で有数だったことは、なにより工業技術の粋である兵器を見れば分かる。日本は原爆も開発していたが、いかんせん電力不足と材料になるウラニウムが確保できず実現できなかった。が、技術としては確立していたと言われ、戦後米国が仁科研究所にあった粒子加速器を破壊したことでも日本の核物理学がただならぬものであったことを示しているし、なにより日本人初のノーベル賞がその方面の権威、湯川秀樹博士だったことでも分かるだろう。

他の文明が滅びるか発展するかの基準が西欧文明と反目するか取り入れるかによって決まっているのに、日本文明だけは全く違うのだ。西欧文明の良いところは取り入れるが、それでも日本独自の文明は全く色あせることなく日本人の生活に存在している。ほんの一つあげてみるなら、どの国にも伝統的な文学としての詩はある。が、日本では俳句や短歌がそれこそ何処ででも普通に日常生活の中にあり、テレビやラジオ、新聞、雑誌などにも普通に投稿欄があったりする。天皇から庶民までの歌が編纂された詩集が1300年も前に出来、今に伝えられ、宮中では毎年詩のコンテストがあって、日本中から応募がある。そこでは天皇陛下の作と一市井人の作が同じ場所で発表される。そんな国が他にあるだろうか。

日本文明が日本単独で存在している事も驚きなら、西欧文明とこの様な関わりを持ちながらその独自性を全く失わず、むしろ、近年は日本文明が自分たちの到底及ばない発展をしていることを一部の外国人は理解し始めている。

これが話題になったのは、10数年前の阪神淡路大震災や、4年前の東日本大震災の折、あれだけ悲惨な状況で日本人が全く静かに助け合いルールを守り静かに対処していた姿だった。日本人はあんな時こそ助け合うのは当然だろうと、海外の反応が不思議に思えたが、海外ではあのような場合、警察が最も苦労するのは治安の維持であり、多くの場合大規模な略奪や支援物資の奪い合いが起きる。日本では、警察はまず復興に全力を注ぎ、その能力を治安の維持に割くことなどない。被災地でなくとも一時的に物資が不足したりしたが、それでも被災地に送ることを最優先することに誰も異論を唱えなかった。

津波で流された多くの金庫が警察に集められ、莫大な現金が所有者に戻された。私たちには当たり前でも海外では驚嘆されることであり、あれが日本人は自分たちとは違うと強く彼らに印象づけたようだ。

別に日本文明が一番優れていると言うのではないが、これらは私の作り話ではないことはおわかりになるだろう。日本では当たり前、しかし世界では奇跡などということがいくらでもある。他にも、日本の奇跡的な治安の良さ、犯罪の少なさ、平均寿命や健康寿命の長さ、また外国から帰ってくれば日本の町がどこもかしこも路地の隅々まで驚くほどきれいなことをあらためて認識する。それはまた海外から来る人々が驚くことでもある。

かつて、写真では絵のようにきれいなヨーロッパの町がゴミだらけだったのを初めて見てショックを受けた記憶があるが、その反対のショックを海外から来る人々は受けているようだ。他にも紛失したものがきちんと持ち主に返ってくる、日本人は本当に親切だし店でもごまかしや嘘が無く製品の品質は文句の付けようがない。これは私がそういうのではなく、また私の目から見ても全てが海外の人間の言うとおりだとは思わないが、比較で言うなら明らかにそうだろう。

中国と日本は昔は区別できない外国人は大勢いた。中国から分かれた国が日本だくらいの認識がなかったのは事実だろう。が、実際は、日本は他のどの地域とも違う、全く別の存在であり、こんな国、こんな文明が存在するなどあり得ないと言えそうだ。ちょうど、月は存在するはずがないと言うのと同じでありこじつけながら月の話を最初に持ってきたのはそんな意味がある。

私は日本人だし、他の文明の中で生きたことはない。訪問者として彼の地を訪ねたことはあるがあくまで部外者であり、何処にいても日本人だった。だから、日本にいれば当たり前のことが、外から見れば極端に特別なことであることに気が付いたし、最近ネットで事細かに海外のことを知るすべがある。また、幸い、英語は一応それで仕事に不自由はしない程度に使えるし、初歩的だが他の言語も出来る。それだけ、生で海外の情報を見ることが出来る時代になりだからこそ日本文明がいかに他の文明と異なり、しかも未だに色あせることなく進化を続けている事実は改めて驚嘆に値する。それこそ、月の存在のように、本来あり得ないものが存在していると言うわけだ。

さて、月は存在するはずがないと言って、現実には月はある。幻想でも何でもない。それはあり得ないほどの偶然が重なった結果なのだそうだ。太古の地球がまだ小さくどろどろの状態だった頃、火星くらいの大きさの天体がちょうど絶妙な角度、絶妙な速度で地球にぶつかり合体して今の地球のサイズになった一方、その衝撃で飛び出した一部が飛び去ることもなく粉々になることもなく地球に引き戻されることもなくあの月になったのだという。理論的にはそんな偶然が重なるなどゼロに等しいが、実際に月が存在するからにはそのような偶然が重なったのだ。それは韓国人が月を造ったと主張するのと同じくらいあり得ないが、実際はあり得ない偶然が重なった結果が、月の存在であり、おなじくあり得ない偶然の重なった結果が日本の存在というわけだ。

で、結論だが、先に挙げたサミュエル・ハンチントンの言う中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方正教会文明、 西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明のうち生き残るのは西欧文明と日本文明であり、他の文明は滅びるか、すでに形骸化しており、あるいは西欧文明化することで生き残り、西欧文明は他の文明を吸収しながら発展し、日本文明は西欧文明を取り入れながら決して西欧文明化することなく独自に発展を続け、世界は意識せずに日本文明を取り入れてゆくことで変化する。意識せずに取り入れてゆくとは、若い世代が日本初のアニメやゲームに取り込まれ、和食が世界中に広まってゆく過程が、ちょうど西欧発のポップス、ジャズ、映画、スポーツなどを通じて他の地域の若い世代に浸透しているようなものだと言うことだ。他の文明発のそのようなジャンルで世界に浸透し続けているものは考えつかない。一方、西欧は次第にその根幹としている宗教から、若い世代が明らかに離れている。これは西欧文明が従来のコースから別のコースを進み始めており、これはまた彼らの特徴である優れた機械工業技術も日本にその地位を譲っている厳然たる事実からも言えるだろう。にほ日本文明化とは言えないだろうが、明らかに西欧文明はその姿を急速に変えつつある。

どうも結果として自画自賛に陥っている観があるが、それほど的はずれでもないと思う。それに懸念がないわけでもない。日本文明があまりに異なっていることから、理解されるのは難しいだろうが、それが敵意を生むことも世界には普通にあるのだ。誰かが優れた業績を上げるのは無論当人が表には見えない努力をした結果だろう。むろん、努力の出来る環境にあった事も大きい。貧しく無知な家に生まれた人間は努力のスタート地点にも立てないのだ。

日本文明が発展し続けるのを、どう努力しても、あるいは努力する方法さえ見つからない場合敵意を買うことは、我々は隣国の言いがかりを見るに付け思う。なぜ自分たちで努力をしないのか、と彼らに言っても仕方がない。彼らには努力をする能力さえ最初から無いのだ。むろん、人間としていっているのでない。個人的には他の文明圏の中で育ち教育を受けることで成果を上げることは無数にある。が、他の文明圏に移住しても家庭の中で自分たちの文明を注ぎ込まれれば自らの成果を上げることは極端に困難になる。一方、国から一歩も出なくともその家庭環境などから努力をするチャンスを得ることが可能な場合もあるだろう。が、基本的に人間はその文明が全てのスタート地点であり、そのスタート地点が人間としての可能性をのばしたり摘んだりする。

努力をせず、いや努力をする能力がないために他者を妬み憎む、理不尽と言っても現実にあるのだ。結局、日本文明は世界からすれば孤立しており、もし一人勝ちを続けるならそれが理由で敵意を買うだろうし、現実に日本を良く知る隣国が敵意を向けている。世界に日本文明が知られてゆくに連れ日本がますます敵意を買うとしてもそれは日本にはどうにも出来ないことだと覚悟をする必要がある。どう見ても西欧文明がかつての勢いを失いつつあるとしか思えない今、我々は十分にそれを理解しておく必要があるのではないか。

米国は日本の敵か

最初にクリックしていただけるとありがたいです。

人気ブログランキングへ




私はプロフィールにあるように、日本が独自の核戦力を持つ必要があると信じている。それに対し、今は全世界が非核化を目指しており、唯一の被爆国である日本が核武装をするなどとんでもないことだし、それは日本が軍事国家となる意思を示す物として世界は受け入れない、そもそも日本の国論がそれを許さないという反論を受ける。

それにたいし、技術的、コスト的には日本にとってきわめて簡単、むしろ現状の国防を支えるシステムよりもよほど安上がりであり効果的であること過去にも書いてきた。詳しくは当ブログの”核武装”カテゴリーに詳しく書いてあるので、ここでは繰り返さない。また、唯一の被爆国だから、次の被爆を防ぐためにはどうしても核武装が要るのであり、日本が軍事国家になると言う見当はずれの批判はあたらない。軍事力を行使しなくても済む様になるための抑止力なのだ。

警察官が拳銃を持っているのは、使うためではない、犯罪者に凶器を使う気を無くさせるために持っていると言って良い。現在、日本が戦争を自らする理由もないしそのつもりもない。そして、日本に戦争を仕掛けようとしている国もない。が、戦争とは誰もそんなつもりもないのに始まってしまう事がある。

私たちは過去の戦争を十分に調べてみる必要があるが、一方の国が一方的に相手に戦争を仕掛ける場合、また相手国を挑発して戦争に引きずり込む場合、そして日頃の利害の対立がのっぴきならない状態にまで至ってある日それが戦争という形になる場合など様々だろう。

が、明らかな点が一つある。どんな戦争の始まり方でも、圧倒的な軍事強国に戦争を仕掛ける国はないということだ。戦争が始まる場合軍事大国が一方的に小国を蹂躙する、挑発する、利害の対立を拡大し自らの要求を拡大しながら突き付けるケースが全てなのであり、弱小国から軍事大国にこの様なことをしたケースは皆無だ。日本だけが例外と言えば例外だが、これがまた後述する他国の対日観の原因となっている。

ところで、日本が核武装をすることで他国に戦争を仕掛けたり挑発するだろうか。その必要はないし、現代において過去の歴史を十分に学んだ国は、結局大国といえども一方的に戦争を仕掛けることで失う物は結果として得る物よりも大きいことを学んでいるからだ。

が、それを学ばない国がある。それも日本の隣にある。今でこそ、中国は積極的に日本と戦争をしたいとは思っていないだろうが、それは日本が軍事大国だからではなく、世界的に日本を支持する国の方が多く、結果として中国が失う物が大きいと計算しているからに過ぎない。そうでなければ、中国は過去にベトナムやインドなどと戦争をしている。

ただ、中国は国際社会では遅れてきた国であり、さらにその全体主義独裁体制や人権無視、技術などの盗用などなど、様々な要素から、いわば国際社会では孤立している。それを補うために中国は経済力と軍事力の拡大を続けてきた。が、様々な要因から経済的にはすでにハードランディングが予想されるほど落ち込み、残るは軍事力だけだが、それが尽きて国際的にも中国包囲網が出来つつある。周辺国殆ど全てと敵対し、他国も中国が貯め込んだ金を目当てにつきあいはするが金の切れ目が縁の切れ目であることははっきりしている。それを最も良く知ることの出来る立場の官僚や富豪達はこぞって財産を海外に持ち出し脱出している。

結局中国はハードランディングしかない状況で、勝手につぶれるならともかく、その際の暴走が戦争に至る可能性はむしろ高まっていると言える。その際、標的にされる最も可能性が高いのは日本であることは間違いない。かつて散々蹂躙された欧米には金をつぎ込むことで近づき、日本を敵視し反日政策を採り、日本の侵略から祖国を守った中国共産党との宣伝をしている以上、国家が破綻しそうな状況ではその元凶は日本だとの憎悪を向ける可能性がある。なにしろ、中国には中華思想という根深い病根がある。

そのような中国が隣にいる状況で、日本が徒手空拳でいることがどれだけ危険なことかは想像に難くない。9条信奉者などは、日本が武力を持たなければ、日本が挑発しなければ、日本が戦争を仕掛けられることはない、日本が戦争に巻き込まれることはないなど、何かの信仰でそう思い込んでいるかのようだ。日本が戦争に巻き込まれなかったのは9条のためではなく、あくまで米国の存在があったからだ。

しかし、その米国も、自国を犠牲にして日本を護ることなどあり得ない。

あくまでシミュレーションだが、何らかの理由で日中間の戦争が始まってしまったとする。偶発か意図的かはともかく、最初は小競り合いから始まるだろう。しかし、初期の小競り合いや局地戦なら、中国に勝ち目はない。それこそ、自衛隊の局地戦能力はあらゆる面で中国より優れている。また米国も日本側にたつだろう。ここまでは当然と言っていい。すなわち、この小競り合い段階で中国が日本に勝つ要素は全くない。

そこで、中国が白旗を揚げれば、日本はそれ以上の深追いをせず、あとは戦後処理でおしまいになるのだが、中国はそれでは政権が倒れかねない。なぜなら、アジアの盟主、いや世界に対してアジアの盟主でなければ中国共産党は存在価値がないし、そのために長年反日政策を採ってきたのだ。それが初戦の小競り合いで日本に歯が立たないとなれば、政権が倒れるのは当然だろう。対日戦勝ち抜き、祖国を作り、そして虎視眈々と中国をねらう獣、日本に負けたとなればそうなる。日本等なら、自民政権が倒れても民主政権が倒れても、誰一人財産をなくしたり命を無くすることはあり得ないが、中国の場合、権力の座から引きずりおろされることは即ち生命財産全てを失うことを意味する。実際権力闘争に負けた者達が、腐敗撲滅の名の下に多く粛正されているのだ。その党幹部が命を全うするなどあり得ない。

となると、彼らは何が何でも日本に勝ち、日本を跪かせなければならないのだが、それにはまず飽和攻撃しかない。飽和攻撃とは、防衛能力を超えた攻撃のことであり、劣った兵器でも勝機を得る事が可能だ。飽和攻撃で勝てるはずが負けるなどは無数にあり、朝鮮戦争で米国はソ連や中国よりも圧倒的に優れた兵器を持っていたが、それでもポンコツだが数で圧倒してくる中国に勝つことが出来ず、やっと38度線で休戦に持ち込むのが精々だった。

ベトナム戦争でも、圧倒的な軍事力を有していたはずの米国が泥沼に引きずり込まれ、結局南ベトナムを捨てて撤退し、北によってベトナムは統一された。日米戦争では、日本は兵器の性能では米国に引けをとることはなかったが、いかんせん米国の生産力に負けた。つまり、これも物量、すなわち飽和攻撃に負けたと言っていい。

大陸国と島国では、飽和攻撃になった場合、島国は絶対に勝てない。先の日中戦争でも日本は内陸に引き込まれ補給線をたたれ、結局勝つことが出来なかったのだが、現代陸上戦で中国と戦うことはまず無い。それでもたとえばミサイル戦でも日本は大陸内を自由に移動する敵を探し攻撃しなければならないが、敵は日本という小さな的に集中して攻撃を加えれば済む。したがって、中国は急速に戦線を拡大し、絶え間なくミサイルを撃ち込んでくるなどをするだろう。

なお、海上戦では現代に艦船同士の戦闘があったとしても戦場は限られているし、航空戦になっても日本の能力は高い。したがって、中国が行うとすればミサイル戦になるだろうし、現実に中国は第二砲兵隊や最近はロケット部隊などを創設しミサイル戦に力を入れている。現実に陸上戦になる可能性はほぼゼロであり、海上戦や航空戦では日本相手では中国が楽勝というわけには行かない。爆撃など、到底無理だろう。その点、ミサイルなら広大な国土のどこからでも狭い日本に集中して撃ち込めるわけで、今の中国には十分にそのためのミサイルがあると見て良い。

ただし、日本にはミサイル防衛システムがあり、まず衛星などで発射を見つけてから(これは今のところ米国頼みであり日本はこの種の24時間監視可能な偵察衛星を持っていない)、イージス艦から迎撃ミサイルを撃ち、打ち漏らした物は陸上でパック3システムで落とすとのこと。テスト結果ではほぼ100発100中で迎撃できると関係者は胸を張っているそうだが、いかんせん実戦でミサイル防衛をやったことはないのだ。

かつて、湾岸戦争時代、イラクの用いる旧式のスカッドミサイルを迎撃する率があまりに低くて、迎撃システムが殆ど役立たなかったとされている。むろん、当時からすれば迎撃率は格段に上がったと言いたいところだが、ミサイルの高速性、制御システム、ステルス性なども格段に向上しており、結局いたちごっこなのだ。

この様な場合、攻撃側が断然有利になる。なぜなら、攻撃側がいつでも攻撃時期、攻撃目標を一方的に決め、防御側は攻撃が始まってから防御態勢を採らなくてはならないからだ。

まあ、それでも迎撃はかなり効果が上がるだろうが、100発のミサイルを確実に迎撃できる保証はない。一発でも都市部に着弾すれば、被害は相当な物になるだろうし、それが核だった場合事実上日本は反撃能力を封じられると見て良い。

最初から核を使うことはないだろう、と考えるのは気休めにもならない。使うか使わないかを決めるのは、現実に核を手にしている中国なのだ。

核を使わないまでも、通常弾頭ミサイルが何発か迎撃し損じた時点で日本が中国に屈服すれば中国はその目的を果たしたと言っていい。が、その時点で米国が正面から中国とあたれば、中国には勝ち目はない。日本がどうなろうと、米国は徹底して中国と戦争をする可能性がある。それは中国も想定済みだろうから、当然中国は米国に警告する筈だ。この戦争から手を退け、さもないと米国に核を撃ち込む。

これが単なるハッタリかどうかは中国にしか分からないが、いかんせん中国は権力維持のために自国民すら一説には一億人を殺す国だ。常の国の判断基準で中国を判断することは出来ない。また、中国解放軍のスポークスマンである朱成虎や羅援等という連中は東京を火の海にするとか核を使用することにためらわないとか、人類が半分死んでも中国は残るなど次々に物騒な発言をしている。中国当局は個人の意見だととぼけているが、あれだけ情報規制が厳しく少しでも中共の意向に反する発言は直ちに逮捕拘禁されるような中国で、この発言が野放しなのはつまり中共の肝いりでこの様な過激発言をしていると考えるのが当たり前だろう。

単なる脅しハッタリだと無視することが果たして良いのかどうかは、過去の中国の行為を見ればよい。繰り返すが、権力維持のために人民を億単位殺すことにためらいを持たない中共が、日米のような判断基準を持っているはずだと考えるのがいかに無謀か分かろうという物だ。

一寸話がずれるが、今日1月6日、北朝鮮が水爆実験(本当に水爆かどうかは疑わしいとのこと)を実施した。それに対し国際社会は非難の声を次々に上げたが、面白いのは日本国内の日本人の声だ。放送で聞く限り「絶対に許せません。北朝鮮には直ぐに核実験をやめてほしいです」「北朝鮮が全ての核兵器を捨てるように、日本政府が働きかけるべきだ」まあ、気持ちは分かるが、こんな事をいくら日本で言っても北朝鮮が、「済みません、じゃあ、もう核は廃棄します」と言うわけはない。北朝鮮にしてみれば、例え世界中の敵意を買っても食うや食わずでも核開発を続け、韓国や日本、あるいはミサイルを開発し米国を人質にすることだけで生き残れると考えている。

思い出せば、かつてリビアは核開発を米国の説得でやめ、国際社会に受け入れられたはずがアラブの春であっけなく崩壊し、カダフィ大佐は惨殺された。核開発の疑い(実際は分からないが)で米国の軍事侵略を受け、結局サダム・フセインは死刑になった。今、北朝鮮が核を手放せば、金正温も取り巻き連中もリンチに逢うだろうと思えば、唯一生き残れる方法は核開発だけなのだ、と北朝鮮は信じている。これで、日本人がいくら言っても核が北朝鮮から無くなるわけはない。本当に北朝鮮の核をどうにかしたければ、力尽くで軍事介入でもしなければ、更に北朝鮮の核は危険性を増すだろう。かといって、北朝鮮の恫喝に屈して妥協すれば、それはまた更に北朝鮮の核開発に拍車がかかるだけだ。

結論として、唯一出来ることは北朝鮮を圧倒的な軍事力で押さえ込むことしかない。それをふまえて、中国はどうなのかと考えてみると、上述のように中国もまた生き残りのために核を持っていると考えた方が自然なのだ。なにしろ政治体制一つ見ても、中国と北朝鮮は基本的に権力を握っている者が生き残りのためには軍事力にしか頼れないと信じているとの共通点がある。さて、この件は後でまた触れるとして、

やっと本論なのだが、米国は日本の敵なのか、味方なのかを考えてみる。実際には、今の日米関係はかなりうまくいっていると言えるだろう。が、それは米国が日本の味方だと言うことなのだろうか。

日米の歴史的関係の推移を見れば、まず日本が鎖国政策をやめ開国したのは明らかに米国のペリー来訪があったからだが、当時のペリー来訪は決して他国を訪れる親善大使としてのそれではなく、あくまで砲艦外交であった。米国の求めに応じなければ力によってねじ伏せるとの通告に日本が抗しきれなかったのが理由であり、その結果、後々まで苦しんだ不平等条約を結ばされた。

とはいえ、それでも米国のやり方は、当時の西欧諸国のやり方に比べれば穏やかだったとも言える。当時のアジア諸国はタイを除いて軒並み一方的に西欧諸国の植民地にされ、全く抵抗の出来ない状態だったのだから、日本が植民地にならなかったのは例外とも言える。ただし、日本が島国であり侵略するには難しかったこと、また日本は江戸時代の初期から長崎出島のオランダ人を通じて西欧の動きは良く知っていたし、彼らがアジア諸国を植民地支配していた手口も良く知っていた。その結果が、とにかく日本開国後驚異的なスピードで富国強兵につとめ、四半世紀も経ずして世界屈指の軍事力を持つに至った理由といえるだろう。仮に日本が単に西欧の圧力に屈するだけだったら、間違いなく他のアジア諸国同様植民地にされていた筈だ。

日本が力を蓄えるまでは、西欧の対日外交は事実上砲艦によるものだったのは、数々の記録が示している。

くれぐれも忘れてはならないのは、力による侵略を封ずるのはほほえみでも協力でも妥協でもない。力しかないのだ。

欧米にしてみれば、日本は確かに他のアジア諸国とは違った。島国である利点はあったろうが、数百年前から多くの西欧人が日本を訪れ、その文化、民度の高さに驚嘆し、宣教師などは母国に「キリスト教徒ではない日本人は、きわめて優れた民族であり、場合によっては我々よりも優れている」と書き送っている。

そして、開国間もない日本が、当時のアジアの大国清を戦争で敗り、続いて世界の軍事大国であるロシアを戦争で敗った。アジア人はいずれ西欧の植民地支配を受けるのが当然と考えていた西欧人にとっては、日本は理解しがたい国だったろう。そして、その後の第二次世界大戦では、負けはしたが日本はほぼ世界先進国の大半を相手に4年もの間戦いを続け、その奮闘に触発されたアジア諸国は次々に立ち上がり、程なくアジアから植民地は無くなった。

そこで、西欧の人種的文化的優位を見直せるなら良いのだが、日本を徹底的に悪の帝国として処断することで溜飲を下げさらに、将来自分たちが日本の挑戦を受けない為にも日本に対する徹底的な復讐が行われた。その一つが東京裁判であり、そこで広く植え付けられた日本の戦争犯罪だった。

「侵略戦争」は連合国の宣伝、日本は植民地アジアを解放した

私が記憶している限りでも、昔の米国の映画は、ドイツ兵が残虐で間抜けでいつも悪役だった。そして、他国で上映される米国映画では動物並みの野蛮な日本兵が正義の味方米国兵に懲らしめられる物が多かったという。それはテレビの人気ドラマ、コンバットなどでもその傾向があったし、またその後形を変えて入ってきた、たとえば「戦場に架ける橋」などでは間抜けな日本兵は橋の設計一つ出来ず捕虜の英国兵が設計し橋を架けたことになっている。実際はあの橋は日本軍が設計し、英国人のあまりの無教養に日本兵があきれたという。「猿の惑星」の猿は日本人のことだとは有名な話だ。

しかし、今でももっと別な形でこの様なことは無数にある。スターウォーズは米国の大人気SF映画であり、ありとあらゆる異星人がでてくる。が、人類として出てくるのは殆どが西欧人であり、ごくたまにアフリカ系が出ていた。アジア系が出てきた記憶がないが、小形で、文明の遅れた猿のような住民が住んでいる惑星の話は出てくる。

また、去年話題になった、アンジェリーナ・ジョリーの監督映画「アンブロークン」では残虐な日本軍の拷問の話が出てきて、差別だと日本では上映されなかった。アンジーは、あれは反日映画ではない、人間の魂の再生の話だと言っていた。むろん、あれは反日映画ではない。アンジーは全く疑問無くごく自然に日本人のイメージを映画で描いただけなのだ。

このような感覚は、すでに欧米人の民族性とも言える状況になっており、まともに聞けば日本人は野蛮だ、残虐だなどという西欧人は少ないだろうし、日本社会の安全性、正直さ、几帳面ぶりなどを褒め称える人も多いようだ。が、何かの拍子に、やはりアジア人は、日本人はやっぱりと本音を漏らすケースが本当に多い。

つい70年前米国は日系人だけを強制キャンプに送り、ドイツ人やイタリア人はそうしなかった。後にその件については謝罪し補償もしているが、彼らの民族性が2代、3代で変わるわけがない。またカナダや南米諸国などでも日系人の強制キャンプ送りはあったが、未だに謝罪も補償もない。

確かに、昔と違いあからさまな人種偏見は影を潜めたかに見える。が、民族性として心に染みついている理屈抜きの感情は代々受け継がれてゆくものだ。それを示すのが

トランプ氏 超格差社会から目そらさせ日中を悪者にする作戦

等でもかいま見える。トランプが大統領になる可能性は低いと識者は見ているようだ。が、日本では民主が政権をとったようにどうなるかは分からないし、実際今のオバマ氏は本当に評価が低い。思い切った政策をぶち挙げる候補が支持率を集めるのはいつものことだし、米国の有権者の知的レベルは想像以上に低い。

トランプが高い支持率を得ているのは、それを支持する米国人が実際に多く居ると言うことだ。今、米国の深刻な問題は許容量を遙かに超えた資産格差であり、感覚として上位1%が米国の富の大半を独占している状況であり、米国では金があれば政治も動かせる。一方、これだけ資産格差が進んだせいで中間層が居なくなり、国民の大半は以前よりもかなり貧しくなっている。

一度病気になれば高額な医療費で破産する者が後を絶たず、訴訟社会で金がなければ裁判にも勝てない。つまり、金さえあれば法律もどうにでもなるのが米国なのだ。

先日また米国で銃による大量殺人テロがあり、オバマが涙を流して銃の規制を訴えた。もちろん、彼は人間としては善人なのだろう。が、決断力が無く経験が無く指導力が無く、そして涙を流すことで更に評価は下がったろう。米国の大統領は世界の指導者でなくてはならず、強い人間でなければならないからだ。

だから、トランプのような強いアメリカを取り戻すと言う言葉は米国人に受ける。そして、米国の資産格差がどうして起きたのか、誰が悪いのかとの問題は、日本を悪者にして不満の標的にする。それをトランプはためらう理由がない。そしてその彼が高い支持率を得られるのは、米国人にそれが広く受け入れられるからだ。

ジョージ・タケイさんの収容所体験、NYブロードウェー上演

ただ、以前から私は言っているが、米国と中国は実によく似た国同士だが、大きく違うのは米国には自浄作用があることだ。この記事などは一つの例だが、慰安婦問題にしても原爆投下問題にしても米国内部から確かに事実を検証し知るべきだとの声も出てきている。中国などではこの様な声はあっという間に圧殺されるだろうが、米国では時にこれが大きな動きになる。その点では、西欧よりも救いがあると言っていいだろう。

救いがないとは

国同士お互いを好きになって、思いを一つにしてくれたら…左右靴紐の色が違うシューズでプレー

この様なことを言う。私はイボミの事は良く知らないが、日本で生活し、日本語を学び、日本が好きなのだそうだ。それは事実だろうと思う。が、彼女の言葉がもし正確に伝えられているのだとしたら、「両国の政治的なことや背景など難しいことは分からないのですが、日本のファンの皆様は、本当に良くしてくださいます。私にしてくださっているのと同じように、韓国の人たちに接してほしいなと思います。」とのことだ。

日本人が韓国人を好きになってほしいという。が、どうして日本人に嫌韓感情がありそれが近年増えているのか彼女は知らないのか。一方的に日本人が韓国人を嫌っていると何の疑いもなく思い込んでいるのだとしたら、それは上記のアンジョリーナ・ジョリーと全く変わらない。ごくごく自然にそう信じているのだから、救いがないと言うことだ。

付け加えるまでもないが、個々の韓国人は個々の日本人が判断すればよい。韓国人だから嫌うべき等とは思わない。が、ここで言う韓国人嫌いは明らかに韓国の反日国策であり、また歴史から文化まで全てを捏造し、日本に対しては何をしても許されるとしているその象徴としての韓国人だ。日本語を流暢に話せるほど日本に長く住み日本人と接しているイボミの思いがそれなら、やはりそれも民族性なのだろうと言うわけだ。彼女個人は良い人間なのだろう。心底日韓関係が良くなることを願っているのだろう。が、民族性とはそれとは別物であり、日本との堅固な同盟化を持っている米国もまたそうなのだと考えておく必要がある。

米国は日本の敵なのか。いや、そうではない。今は少なくとも敵ではない。が、彼らもまた自国民の生命財産の保護が最優先であれば、他国を躊躇無く犠牲にするだろう。中国の核に直面したとき、彼らがそうしたとしてもそれは当然と考えるべきであり、日本はそれに対処する準備もしておかなくてはならないと言うことだ。つまり、冒頭の言葉、即ち日本の安全は日本が独力で護らなければならず、そして今日本の最大の脅威が核大国である中国である以上、日本がその中国の核使用を抑止する能力と意志を保たなければならないと言うことだ。それを示すこと以外、中国を抑止することは不可能と考えるのはそのためだ。

引用記事の確認の場合は、上記のURLをクリックして元記事を参照してください

あけましておめでとうございます


明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。


日章旗