今こそ原発推進を2

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 相変わらず、理論も検証もヘチマもない唯の原発反対を言えば環境に優しい進歩人と信じ込んでいる脳内お花畑が跳梁跋扈している。むろん、原発反対を叫ぶ人をすべてアホだとは言わない。しかし、政治的に利用されていることも理解できずにただ原発反対に付和雷同しているアホがどう見ても原発反対論者には多いようだ。そうではない、これだけの理由があるから原発反対なのだときちんと説明してくれる人がいるならもちろん真摯にその主張を聞いてみたいが、どういう訳か、原発は危ないから断固反対という感情論以外に聞いたこともないしネットでもメディアでも見たことがない。
 
 反原発デモで、自分は難しいことは分からないが、子供達のために原発は反対だと参加していたおばさん並みの理屈で反対をしているなら、私はごくごく簡単な理屈で子供達のためにも原発を今手放すわけには行かないと言うしかない。
 
 今般もフランスの二流TVが福島原発と長崎広島を並べて論じ風刺した番組に対し、日本大使館が抗議したという。捕鯨反対論者なども同じことが言えるのだが、原発は核兵器と同じだ、鯨を食うのは野蛮だとの印象操作で理論全く無視した政治屋が世界中にいる。
 
 今の反原発論者がすべてそれに利用されている自覚もなしに乗せられているのではないかと思える。むろん、原発推進論者も政治的に利用されているのではないか、との反論があるだろう。おそらく政治的に原発推進を主張している連中もいるとは思う。だが、ネットでもメディアでも原発推進をすべきだという主張には、単に感情論ではなく、なぜ原発が必要なのか、なぜ廃止できないのか、廃止すべきではないのかを理論づけて説明している物が多い。私も、原発推進を主張するからには可能な限りデータを調べ検証しているが、一番確かなのは事実を確認することだ。
 
 今まで原発事故で死んだ人間は何人居るのか。原発で汚染された環境被害はどのくらい有るのか。原発による環境汚染でどれだけの健康被害が確認されているのかを数字で確認してみれば、明らかに原発による死者、健康被害者、環境汚染は、従来の化石燃料による物より桁違いに少なく、そして自然再生エネルギーに比べても現時点では決して危険だとは言えないのだ。ただ、自然再生エネルギーはまだ技術的に新しいものであり、今後の技術発展が見込めるから、将来的には分からない。ただ、何度も書いているが、まずエネルギー収支から見て原子力に代わるエネルギー源にはなり得ない。それはすでに実証されているのだ。これについては後述する。
 
 ただ、はじめに断っておくが、技術革新は確かにめざましい物があり、将来自然再生可能エネルギーが原子力や火力に代わるメインのエネルギー源に絶対にならないと断言することはしない。とくに、洋上大規模風力発電や地熱発電などは可能性があるとは思う。これについても後述するが、いずれにせよ、今原発を廃して直ちに代替エネルギー源になるわけではない。
 
 後の太陽光エネルギー、各種バイオエネルギーはその密度の低さと環境汚染、リスク、コストなどからおそらくほとんど可能性はない。核融合エネルギーが実用化されればすべて解決するかもしれないが、その目処は立っていない。今世紀中に可能かどうか、あるいは永久に駄目かもしれないとまで言われている。いずれにせよ、原発の代替になるような選択肢には入らない。
 
 さて、今までも書いていることを重複することになるが、原発の問題点は設計が古いことだ。かつて盛んに原発が作られていたが、あのチェルノブイリ事故が起き、その時にヨーロッパでは軒並み原発反対運動がわき上がり、結局ドイツなどでは原発の新設を止めてしまった。その結果、エネルギーコストが極端に跳ね上がり、その重いエネルギーコスト負担に耐えかねて、近年原発ルネッサンスとまで言われているほど、たくさんの原発の新規建設が計画されていた。つまり、原発はその25年間ほとんど技術的な革新がなかった。使われている原発のほとんどが非常に古い設計のまま使われていたのが問題なのだ。
 
 今回事故を起こした福島第一原発も、日本最初の原発であり、すでに想定寿命を超えた40年使われている原子炉だ。問題は、東電も政府も古い原発の安全基準で検査をしていただけであって、新しい基準を検討しなかったことにある。その間、大きな地震が世界中で起き、大規模な津波も起きた。チリ津波やスマトラ沖地震津波などが有ったにもかかわらず、そして、近年日本近海で大規模な地震が起きる恐れがあると言われていたにもかかわらず、津波の第一波で予備電源がすべて失われるままにして置いたこと自体が間違いなのであり、当然技術的に防げた筈の事故を引き起こしてしまった、あれは人災なのだ。

 したがって、現在の技術で原発を補修し、あるいは新設するなら、あの地震や津波では原発は安全なのだと言える訳だ。
 
 様々なデータを検証してみると、火力や水力と比べて原子力ははるかに人命を損なわない安全性を持っていることが明らかになる。さらには原子力は、風力や太陽光発電よりも死亡事故が少ない。

 とりあえず世界のエネルギー源の内訳を見ると、IEA(International Energy Agency)によれば全世界で1年間に消費されるエネルギーは約14万テラ・ワット・アワー(TWh)だ。内訳では、化石燃料は11万TWhを超えて、84%であり、その中でも石油が最大で全エネルギー消費の35%にもる。これだけ、石油の割合が多ければ、とうぜん利権争いは激しくなり、戦争の原因にまでなっている。また石油メジャーや石油産出国が政治的な圧力で原子力を排斥するのも当然だろう。原子力は現在の約6%となっている。

画像 世界のエネルギー供給

世界のエネルギー供給


出所:IEA

 それぞれのエネルギー源がどれぐらいの犠牲者を出しているかを計算してみると、石炭などは採掘でおびただしい数の人が死んでいることは、たとえば、中国だけ毎年数千人が石炭の採掘で死んでいることでも明らかだ。メキシコ湾の石油流出事故を見ても、石油もかなり危険であることがはっきりしている。もちろん、天然ガスの採掘作業も危険だ。
 
 また石油の争奪戦争でもたくさんの人間が死ぬ。これらの数字を計算に入れなくとも、化石燃料による大気汚染で世界中で毎年300万人以上の人間が、呼吸器疾患などで死んでいる。炭鉱夫の数千人や、戦争で死ぬ人間は、大気汚染での死者数に比べれば無視できるほど小さい数といえる。呼吸器疾患ばかりではなく、化石燃料から排出される様々な物質が発ガン性を持っていることは証明されており、それによる癌死亡も当然死者の数に入れなければならない。

 おおよそ化石燃料を1TWh分使うと何人死ぬのか。約25人になる。化石燃料でも、石炭が圧倒的に危険で、次いで石油、そして一番安全なのが天然ガスだが、ひと括りに化石燃料としておいて、石炭はもっとも危険ではあるが、もっとも安価なエネルギー源でもあるので、世界の発電所で広く使われている。

 石油産業や自動車産業は非常に強い政治力を持っているので、これらによる大気汚染の犠牲者についてはあまり報道されていないが、健康被害の明確な科学的証拠がほとんどない低放射線と違い、大気汚染の人体への影響は明確だ。
 
 一例を挙げれば中国では石炭火力で80%ほど発電していて、毎年50万人ほどが死ぬと見られている。また石炭は放射性物質をかなり出す。福島原発の事故のあと、外資系金融業界では多くの従業員が香港オフィスに一時退避したが、原発事故の後に上昇した東京の大気放射線量は毎時0.07マイクロ・シーベルトであり、香港は普段から毎時0.14マイクロ・シーベルトだ。これは中国大陸の石炭火力発電所の影響だ。

 下図では化石燃料を燃やしてできる二酸化硫黄の濃度と死者数が非常にきれいに相関していることを示している。この論文が書かれた当時は、大気汚染によってロンドンでは数千人が毎月死亡していたとされる。日本でも四日市喘息などは、かつて日本の公害の代表例だった、そして大事なことは、そういった有名な公害だけでなく、今でも多くの人間が毎年死んでいるという事実は無視できない。

画像 二酸化硫黄濃度および総粉塵濃度(mg_m3)

二酸化硫黄濃度および総粉塵濃度(mg_m3)


出所: 国立環境研究所

 次に原子力の死亡者数を考えてみる。過去の原子力発電の事故で死者が出たのはチェルノブイリの29名だけ。福島原発の事故でも統計的には多少の人が将来癌で死ぬかもしれないといわれている。チェルノブイリ原発事故では、当時WHOとIAEAの調査で将来4000人ほどの人が癌で死ぬだろうと予想された。しかし20年後のWHOの再調査では「それよりはるかに少ない人しか死ななかった」結論づけている。
 
 というより、明確にチェルノブイリ事故の影響で癌になったといえるだけ明確に癌患者が増えた事実はなかった。その間にも大気汚染、化学物質汚染が進み、さらに癌検診技術の進歩によってより多くの癌患者が発見されるようになったとは言える。だが、世界でも日本でも死亡原因の3分の1位は癌であり、仮に1%癌が増えたところで、これがチェルノブイリや福島の事故によるとの結論はとうてい出せない。
 
 また、ウランの採掘で死ぬ人間の数も計算しなければならない。ウランは石炭などの採掘と違って、人が掘らずにポンプで汲み上げるだけなので、ほとんど人が死なない。また核燃料は石炭などの化学的な燃料と違ってエネルギー密度が桁外れに大きいので、そもそも掘り出す量が石炭の200分の1程度で済む。よってウランの採掘の死者数というのはほとんど報告されていない。

 石炭の採掘では毎年1万人ぐらい死ぬといわれているので、ここはかなり多めに見積もって、ウランの採掘でも被曝による癌などの影響で毎年100人ぐらい死ぬとする。チェルノブイリも多めに見積もって1万人ぐらい死んだとする。原発の歴史はすでに50年ぐらいあるので、1年間に直すと200人ぐらいとなる。すると原子力は採掘と事故で毎年約300人の人が死ぬことになるわけだ。これを1TWh当たりにすると、300人÷8,300TWh=0.04人になる。これでも相当に多めに見積もった数字なのだ。

 石油も石炭も天然ガスも、もちろんプラントの事故によって死ぬ人間も居るが、原子力のように計算に含めない。なぜなら、大気汚染の被害者が多すぎ、プラント事故や採掘作業の事故による死者数は計算上は無視できるほど小さくなるからだ。今の所原子力では、事故が起こらなければ死者がでないことが明らかであり、通常の放射線漏れで死んだ人間は原子力発電始まって以来、一人も居ない。JOCの臨界事故は原発事故ではないし、通常の汚染、すなわち化石燃料による大気汚染とは意味が違うので入れていないが、仮に入れたとしても2名だということを認識しておく必要がある。
 
 すなわち、化石燃料では事故でなくとも多くの人間が間接的に死ぬのに、原発では唯の一人も死なないと言う事実を無視して、原発が危険だというのはどう考えても理屈に合わないのではないか。
 
 ところで、自然再生可能エネルギーについて考えてみる。なにしろ全く新しい技術なので化石燃料や原子力と同じ比較は難しい。
 
 しかし、水力発電は発電技術の中でも一番ふるいといえるほど古く歴史もある自然再生可能エネルギー源だが、ダム工事で死んだ人間は数多くいるし、ダム決壊事故で死んだ人間も無数にいる。まず自然再生可能エネルギーだから安全だとの思いこみは、捨てた方がよい。

 風力はその点大きな事故はあまり無いようだが、しかし、現在の大型風力発電機は一基当たり3000Kw程度の物が出来ていて、回転ブレードの直径は70メートルほどになる。もし、これが事故で倒れたり飛んだりした場合の事故はかなりの物が予想されそうだ。今の所、大規模な事故は報じられていないが、原発に匹敵する風力発電となると、稼働率を考えれば500基から1000基は建てなければならない。稼働率とは、原発は一度運転すれば24時間フル稼働できるが、風力発電なら風任せだし、当然ながらピーク時に発電した電力をいろいろな形で貯めなければならないそのロスが当然あるからだ。
 
 風任せの風力発電は、必要なときに風が吹かなければどうしようもないので、現在風力発電を大規模に作っているオランダやスエーデンなどは、バックアップ用にたくさんの火力発電所を作り、風が吹かないときのために常にアイドリングをしている。結局、風力発電を大規模に作ったため、火力発電所も作らなければならないと言う馬鹿な結果にになっているわけだ。
 
 巨大な蓄電池が有ればむろん、バックアップ用の発電所など要らないが、そんなことは不可能なので、揚水発電所を作るか(電気がたくさん出来たときにポンプを動かして水を高いところにくみ上げ、電気が足りなくなったらくみ上げた水を落として発電機を回す一種のエネルギー貯蔵方式)や、たとえば、水を電気分解して水素やそれで作ったメタノールなどの形でエネルギーを貯蔵する必要がある。そのためのロスが生ずるので、風力発電機の稼働率は相当低くなる。
 
 1000基もの巨大な風力発電機がもし事故を起こした場合の被害は相当な物ではないのか。もちろん、コストでも原発にはとうてい及ばない。
 
 太陽光発電でも風力と同じく、膨大な面積が必要なことから、それに関する事故が想定される。
 
 ちなみに全エネルギーのうち、風力の占める割合は1%程度で、ソーラーの占める割合は0.1%未満が現状だ。

 様々な要因から、推定される犠牲者は、風力は約0.15人/TWh、ソーラーは約0.5人/TWh程度と考えられる。

 こうやって見ると、原子力は化石燃料に比べて圧倒的に犠牲者数が少ないことがわかる。

 その意味で、化石燃料は最悪のエネルギー源だと言えるが、むろん、だからいま化石燃料エネルギーを廃することは無理であり、まして原発を廃するのはとうていあり得ないことだと言えるのではないか。優先順位を考えるなら、原発をふやしても火力発電を減らすべきなのだ。
 
 さらに、化石燃料の問題は、これらの産出国がきわめて限られた地域であり、しかも政治的にも不安定な地域に偏っているので、たとえば現在北アフリカあたりの地域が非常に政情不安定であるように、政治的な不安のある地域に主要エネルギー源を頼ることが国家の安全保障にとっていかに危険であるか分かるだろう。いまでもソマリア沖やインドネシア近海で海賊にタンカーが襲われる事態が頻発している。仮に中国が日本の原油輸入路を封鎖した場合、日本はお手上げになる。原子力にはそのような心配がない。
 
 世界が原発を止めて、といってもすぐには自然再生エネルギーが実用化できないなら、残こるは化石燃料しかないが、そのために化石燃料の高騰がすでに起きていて、それが世界経済に与える悪影響は計り知れず、また新しい紛争や戦争の原因になりかねない。特に中国は新しいエネルギー源を求めて軍事的緊張を世界に広げている。
 
 これはバイオエネルギーでも同じことが言える。記憶に新しいところだが、ブラジルでは耕作地の多くをサトウキビにして、それからアルコールを取り出し専用の車を作ってまで車のアルコール燃料化を進めている。その結果、食料生産が落ち、食料価格が上がっている。同じことがアメリカでは大豆やトウモロコシなどに起きていて、食料生産の代わりにバイオ燃料のための大豆、トウモロコシに転作する農家が増え、食料生産量が落ちている。
 
 このところのロシアにおける小麦の不作、中国の耕作地の砂漠化、オーストラリアの干ばつなどで世界的に食糧不足が見込まれアメリカのバイオ燃料作物への転作も重なって世界的に食料が急騰し、それがまた北アフリカあたりの、暴動の原因になっている。
 
 その意味でバイオ燃料による間接的な犠牲者は数字では示されないとしてもかなりの数に上るだろう。
 
 バイオ燃料に可能性があるとすれば、廃棄されるセルロースのアルコール製造や、特殊な藻による炭化水素製造が言えるだろうが、なんと言っても実用化の目処も立っていない。つまりコストが高すぎるのだ。
 
 その意味で風力や太陽光発電はそれなりに技術的な目処が立っているはずだが、どうして現在あれだけ有望と言われながら全エネルギー源の1%にも満たないのか。つまりコストが合わないのだ。これらはほとんどの国で公的援助がなければ実用化できていない。すなわち、公的援助とは、とどのつまり税金であり国民が負担するわけだが、いくら技術革新でコストが下がっても、これらのエネルギー源が原発に代わる事態になったら国民がどれだけ負担をしなければならないか想像がつくだろう。つまり、これらのエネルギー源は実用化できないのだ。何度も書いたが、エネルギーの収支バランスが取れないからだ。
 
 地熱発電、波力発電、潮流発電、潮汐発電などなど様々な自然再生可能エネルギーが考えられ一部、きわめて小規模実用化例はあるが、原発に代わりうる物とはなり得ない。すべてコストの問題だといえる。
 
 なお、地熱発電は、日本のような火山国ではきわめて有力と言われながら、実際には全エネルギーの0.2%程度しか出来ていない。主な理由として、日本では地熱の利用できる場所はすべて風光明媚な国立公園などにあり、景観を損ねるから利用できないと言われている。しかし、地下に作ることも出来るし、法律を変えれば可能なはずだ。地熱発電は、実際は日本も極めて高い技術を有しており、実際他国に大規模な地熱発電システムを売ったりしている。だが、今の所地下から熱をくみ上げるには様々な制約があり、たとえば有害ガスの排出や耐腐食性、常に変動する地熱からの熱のくみ上げ技術など様々な技術的困難があると聞く。
 
 地熱発電はかなりふるい技術であり、その意味では数百年前から使われている風力と同様こなれた技術だが、それが大規模な利用につながらないのは、それなりに技術的な問題があるのだろう。もしこれが実用化されれば、計算上日本のエネルギーはすべてこれでまかなえると言われているのだが、それなら太陽光でも風力でもバイオエネルギーでも計算上は日本の全エネルギーを十分まかなえるとさんざん聞かされてきた。しかし、それが実現していない。なにより、それが事実を示していると言えるだろう。
 
 計算上そうなっても、実際はそうはならないということだ。
 
 将来は本当にどうなるか分からないし、もしかしたら核融合発電も実用化されるのかもしれないが、いつになるかどうなるか分からないものを当てにして選択肢には入れられない。
 
 そうなると、我々が採りうる最前の選択肢は、原子力発電の安全性を十分に高めて利用してゆくことであり、出来るだけ早く、危険な化石燃料を廃することだ。
 
 もし、それが出来ないと言うのであれば、結局我々は電気を使うことを諦めなければならない。それにより産業が停滞し、経済的に衰弱し、緩やかな死を迎え入れる覚悟を決める必要がある。
 
 ところで、菅内閣が出鱈目だというのは今更だが、また参与が一人辞表を出した。その理由が、政府はすべて場当たり的であり誰が責任を取るのか分からないからというのだ。
 
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首相「原発対応、場当たり的でない」 辞任参与に反論

2011年4月30日11時53分

 菅直人首相は30日午前の衆院予算委員会で、放射線安全学が専門の小佐古敏荘(こさこ・としそう)東大大学院教授が菅政権の原発事故対応を批判して内閣官房参与を辞任したことについて「専門家の間の見解の相違から辞任された。大変残念だが、決して場当たり的な対応ではない」と答弁した。

 小佐古氏は原発事故への助言を求められ3月16日に参与に就任したが、4月29日に菅政権の対応を「法律や指針を軽視し、その場限りだ」として辞意を表明。特に小学校などの校庭利用で文部科学省が採用した放射線の年間被曝(ひばく)量20ミリシーベルトという基準を「とんでもなく高い数値。年間1ミリシーベルトで運用すべきだ」と厳しく批判した。

 首相は「政府は参与の意見も踏まえた議論の結果に基づく助言で対応している」と、小佐古氏の批判はあたらないと反論した。

 高木義明文部科学相は年間被曝量20ミリシーベルトの基準について「国際放射線防護委員会の勧告を踏まえた。この方針で心配ない」と述べた。高木氏は「放射線による疾病よりも、被曝ということ自体のストレスが大きな問題だという評価もある。過度の心配をするのはよくない」とも述べた。

 また、海江田万里経済産業相は、原発事故に伴う東京電力の賠償までの期間が長引いた場合、政府が一時的に立て替えて被害者に支払うことを検討する考えを明らかにした。「(賠償まで)あまり長引くようなら考えないといけない」と語った。

 衆院予算委員会は30日午前、震災の復旧対策を盛り込んだ第1次補正予算案を、全会一致で可決した。30日午後に衆院本会議で可決される見込み。
 
 また小佐古参与は、自分の意見が容れられないことも辞任する理由だとしていたようだが、自分の言うことを聞かないから辞めるというのでは、わがままにすぎる。なにしろ、彼が主張する年間1ミリシーベルトの基準が、あくまで政府がそう決めたというだけであって、国際基準とも大きくかけ離れた低すぎる基準であり、それを超えると健康被害が起こりうるという根拠が全くない。こんな連中が癌総理の側にいたので有れば、癌総理の迷走振りもしょうがないが、いずれにせよ、癌総理が場当たり的で思いついたことを口走ることがもう周囲から完全に見切られているのは事実であり、この小佐古氏も負け馬に乗りたくないだけなのだろうとも思える。
 
 ところで、見事なほど恥知らずに地位にしがみつく癌総理を辞めさせる手段は、実際の所内閣不信任案しかないが、それを成立させるための人数が民主党内部から集まるかどうかはまだ不透明だ。
 
 いずれにせよ、自民、小沢派、反小沢派、民主執行部それぞれが思惑違いであり、癌を取り除いた後の絵がそれぞれ描けていないのが問題だ。どうなることやら。第一次補正予算案は議決されるようだが、第二次以降は通させないと野党は息巻いている。何があってもフランスサミットに癌細胞は行かせないとの決心だそうだ。
 
 一時小沢が担ぎ出されるのではないかと思っていたが、ここに来て政治献金一億円という生臭い話が出てきた。いかにもタイミングがよいが、とうてい単なる偶然とは思えない。

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