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今日のニュースてんこ盛り

平成22年01月31日

一月も最後の日だし、日曜なのでちょっと目に付いたニュースを。

最初は普天間問題。以前から、この問題を国内だけで決着を付けようとする民主の姿勢自体が根本から間違っていると言っていた。ここでは普天間移転先がどこであるべきかを私が論ずるつもりはないし、野辺地が最良だと思っているわけではない。また地元を中心に、反対論があることも承知している。

しかし、この問題は前政権時国同士の合意としているものであり、これを日本の国内事情だけでひっくり返すことは出来ない。国同士の合意とは、前自民政権と、全共和党の約束なのではなく、日米という国家間の合意である。いわば条約のような物であり、もしそれを変えたければ、二国間の教義を経なければならない。

だから、日本国内で民主党がどのような結論を出そうと、国家間の合意をそれでひっくり返すわけには行かないのだ。あくまで、最初からアメリカとの教義を今の合意点から始め、そして国内世論を反映させてアメリカを説得することでしかこの合意は変えられない。

さもなければ、日本は国同士の約束を自国の都合で一方的に破る信用のならない後進国だと認識されても仕方があるまい。

如何に不満でも不合理でも、国家間の合意は、国家間の協議でしか変えられない。

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http://www.nhk.or.jp/news/t10015346301000.html

日本を訪れているアメリカのグレグソン国防次官補は、31日、沖縄県宜野湾市で記者会見し、普天間基地の移設問題は日米安全保障条約が改定されて以来、50年間で最も複雑な問題だとしたうえで、名護市への移設以外に実現可能な案はないというアメリカ側の認識をあらためて示しました。

グレグソン国防次官補は30日から沖縄を訪れていて、31日、宜野湾市のアメリカ総領事公邸で一部の報道機関を対象に記者会見しました。この中でグレグソン次官補は、普天間基地の移設問題について「日米安全保障条約が改定されて以来、この50年間で最も複雑な問題だ」と述べ、この問題が日米間の最大の懸案となっていると指摘しました。そのうえで「今の移設計画は地元の基地負担の軽減などを考えた結果であり、最善のものだ」と述べ、名護市への移設以外に実現可能な案はないというアメリカ側の認識をあらためて示しました。また、グレグソン次官補は、さきの名護市長選挙で基地の移設に反対する候補が当選したことに関連して、「移設問題は日本政府と交渉している。影響がどのようなものになるかは、沖縄県と日本政府の判断だ。鳩山政権が日米合意を見直したいとしているのは理解するが、5月の首相の決断を期待している」と述べ、日本政府が今の移設計画を進めることに期待を示しました。

次は子供手当。

今になって満額支給は難しいと言い出されても、そんなことは財源がないから不可能だとの批判を、絶対に出来るとマニフェストに書いて票を集めたのは民主ではないのか。財源を示すこともせず、今になって計算してみたら無理だ、というのはいわば嘘を承知で有権者をだましていたということになる。

また今にならなければ本当に出来ないことが分からなかったのだとすれば、こんな無能な民主にどうして政治が任せられるのだろうか。もともと、地方にも子供手当の負担を求める、と言い出した頃から、分かっていたのだが。

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http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2010013100073


子ども手当満額「難しい」=11年度以降見通し-野田財務副大臣
 野田佳彦財務副大臣は31日のNHK番組で、2011年度からの子ども手当の満額支給(中学卒業まで1人当たり月額2万6000円)について「難しい。ハードルは高く、これからの作業になる」と述べた。財政状況が厳しい中では衆院選マニフェスト(政権公約)通りに実現するのは困難との見通しを示したものだ。
 具体的な支給額については、野田副大臣は「(11~13年度予算の枠組みを示す)中期財政フレームをこれから(6月までに)策定する。3年間の歳出計画や歳入見通し、歳出削減をどうするのかを検討する中でやっていく」と説明した。さらに番組出演後、記者団に「(満額支給は)普通では困難なので、どういう(歳出・歳入での)知恵を出すのかだ」と語った。 
 10年度に子ども手当を半額の1万3000円支給するための経費は地方・事業主の負担分を含め2兆2554億円。満額支給する11年度以降は5兆円程度が必要となり、税収の大幅な回復が見込めない中で財源確保が問題となっている。(2010/01/31-16:26)

次は中国。とうぜん、中国はアメリカに妥協出来ない。妥協すれば今まで自分たちが最高とプロパガンダをしていた中共が国民の怒りを買う。だから、どうしても強行に出なければならない。

これが中国の自縄自縛であり、折から起きているグーグル撤退問題をアメリカ政府が支援している姿勢とも通じる。妥協は外交でも必要な手段だが、中国はこの妥協という手段が執れない。もし取れば、国民の怒りを中共が抑えきれず、中共が倒れかねないからだ。


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http://news.livedoor.com/article/detail/4578681/

[中国]米との軍首脳交流を停止
2010年01月31日00時01分 / 提供:毎日新聞
 【北京・浦松丈二】中国国防省は30日、米国から台湾への総額約64億ドルの武器売却方針の発表を受け、米中間で合意していた軍首脳らの相互訪問を停止すると決めた。新華社通信が伝えた。中国外務省も同日、安全保障分野の外務次官級協議の延期、武器売却に参加した米企業への制裁を発表した。同省は「国際・地域協力も影響を受ける」と説明しており、北朝鮮やイランの核開発問題への影響も避けられない情勢だ。

 米中軍事交流は08年10月、米国のブッシュ前政権が台湾への武器売却を決め、中国が対抗措置として中断し、オバマ政権発足後に再開していた。

 米中両国は昨年11月、オバマ大統領訪中時の首脳会談で、中国軍の陳炳徳総参謀長とゲーツ米国防長官の年内相互訪問などを決めていた。

 中国国防省は相互訪問の停止について、「両軍関係への悪影響」を考慮したと説明しており、米側の対応次第で次の対抗措置を打ち出す構えだ。

 中国にとって米国による台湾への武器売却は想定の範囲内で、対米関係を冷却化させたくないのが本音だ。しかし、敏感な台湾問題で妥協できないため、素早く対抗措置を打ち出したとみられる。

 今回の武器売却計画は08年にブッシュ前政権下で決定されたものだ。購入する台湾の馬英九政権側も対中融和路線を掲げているため、独立志向の陳水扁前政権時代ほどの脅威にはならない。

 しかし、現在の米中関係は、米ネット検索最大手グーグルを巡る対立▽チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の訪米▽貿易摩擦――など双方の国内事情を背景にした火種を抱えている。

 こうした状況下で、中国は武器売却問題で素早く対抗措置を打ち出す一方、胡錦濤国家主席の訪米を早期に実現させ、関係修復を急ぐ思惑があるとみられている。複数の火種が同時に燃え広がらないよう、慎重な対応を迫られることになる


上記のような問題は日中韓の次の問題でも言える。一旦中共が公式に犠牲者30万と発表してしまった以上、絶対に日本に譲ることは出来ないし、しない。このような問題で共通認識を作り上げるなど不可能なのであり、日本が一方的に中国に譲らなければ終わらない。不用意にこのような事態に踏み込んでしまった政府関係者の不見識を今更ながらあきれるばかりだ。というより、これは安倍政権の時にフーチンタオ氏との間の合意に基づいている。

これは毒餃子事件でも言える。中国は事件をうやむやにしなければならない。少なくとも絶対に解決するなどあり得ない。解決するとすれば、日本人犯人説でしかない。

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http://news.livedoor.com/topics/detail/4579440/

南京虐殺、犠牲者数で隔たり=戦後史は除外?日中歴史研究報告書
2010年01月31日17時08分 / 提供:時事通信社

 日中両国の有識者による歴史共同研究の成果をまとめた報告書が31日、公表された。双方は、日中戦争の原因が基本的に日本側にあり、中国国民に深刻な被害を与えたとの見解では一致。しかし、南京虐殺事件の犠牲者数を中国側が30万人と主張したのに対し、日本側は2万~20万人とするなど、認識の隔たりも浮き彫りとなった。 日中の有識者は共同研究を継続していく方針を確認しているが、政治体制の違いもあり、歴史認識の共有に向けたハードルは高いのが実情だ。

ー以下略ー


ところでこれについてだが、犠牲者数については保留、天安門事件、文革などに対する日本側の認識は、中国側の猛反対で記述されないことになった。最初から分かり切っていたことだ。それとも、中国が日本の意見を採り入れるなどと思っていたのだろうか。

中国との融和友好とは、つまりは日本が全て中国に譲ることでしかない。

今回も結局、この共同研究の結果が中国ではプロパガンダに使われ、日本も中国説を認めた、という報道になる。

02/01 追記

結局思ったとおりの事になる。こうやって、日本がどのように中国との協調を図ろうとも、相手はそれを反日プロパガンダに使う。日本に歩み寄るなどあり得ない。

いい加減にノー天気民主党はその中国を理解してはどうか。

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http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/352589/

日本が侵略認めると強調 中国紙、歴史研究で

2010/02/01 13:05更新

 1日付の一部中国紙は日中両国の有識者による歴史共同研究の報告書公表について「日本側は対中戦争の性格を侵略戦争と認めた」(新京報)などと両国が一致した点を重点的に伝えた。一方、共産党機関紙、人民日報や光明日報など党や政府の影響力が強い新聞は、報告書公表を一切報じていない。

 新京報は南京大虐殺についても「(日本側は)集団虐殺事件と認めた」と報じ、日本で侵略戦争の責任を否定する傾向がある中で学術的に共通認識が深まったことは両国関係に有益との中国側研究者の見解を紹介した。

 両国間で隔たりのある南京大虐殺の犠牲者数について日本側が「4万人、2万人などさまざまな推計がある」と記述したことには触れなかった。(共同)
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おもしろニュース

平成22年01月31日

最近のおもしろニュースは、鳩山総理の施政方針演説に尽きるのではないか。全文は方々に転載されているので読むことは出来る。私は直接は聞いていないが、その夜繰り返し放映されるさわりの部分はうんざりするほど聞いた。こんな人間が日本の総理大臣なのだ。

冒頭の、命を守りたいのです、にはとにかく驚くしかない。我慢して内容を読んでみたが、とにかく中身の何と薄いことか。近頃流行の携帯小説よりも軽い。薄っぺらな言葉だけを散りばめ、読み上げる鳩山総理に総理大臣の資質のひとかけらでも感ずることが出来た人は、むしろ恐ろしく素直というか子供の純真さを失っていないと言うか、はっきり言えば物を判断することの出来ない人なのだろう。とうぜん、あんな施政方針演説をする人自身が、無邪気というか素直というか。

別に総理大臣だからひねくれて良いというのではないが、友愛にしろ命も守るにしろ、具体的にどうすればそうなるかの方法を示さずに並べ立てても意味があるのだろうか。施政方針とは、この国をどのように導いてゆくかの基本だろう。だが、それが、命を守りたい・・とは。むろん、誰も反対しない。

友愛も、平和も、平等も誰も反対しないし、その実現を誰もが願うだろうが、問題はどうすればそれが実現するかであり、総理大臣が示すべきはその方法の筈なのだが。こんな事を書いていても脱力する。

そして、これも当日の夜の、鳩山氏自身が語っていた言葉。具体性に欠けるとの批判があるかとも思うが、理解されると思う、とのこと。

これで理解されるようでは日本国民も終わりではないのか。なにしろ、方策が示されないのに理解出来るはずだと言う総理自体が理解不能だ。

さて、中でも出色は

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http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100129/plc1001291730024-n1.htm


「労働なき富」とは実母資金のこと?共産委員長、首相演説皮肉る
2010.1.29 17:29

 大資産家の鳩山由紀夫首相が29日の施政方針演説で、インド独立の父、ガンジーが「7つの社会的大罪」とした「労働なき富」を「日本と世界が抱える諸問題」と訴えたことに、共産党の志位和夫委員長があきれかえる一幕があった。

ー以下略ー

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総理は、母親から多額の金を受け取っていたことを知らなかったと言い通していた。その上で、申し訳ないとも言っていた。その総理が、労働無き富みを施政方針演説に、なんのてらいもなく入れるとは、この人は基本的に国民を馬鹿にしているのか、自分の立場を本当に理解していないのか。

ところで、命を守ると言えば

こんな記事があった

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http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20100128ASDK2800C28012010.html

1097件という数字を、先日の紙面で知った。昨年1年間に全国で発生した、未遂を含めた殺人事件の警察庁統計である。およそ殺人という犯罪は昭和30年代からほぼ一貫して減り続けていて、昨年は戦後最少を更新したのだという。

ー以下略ー

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日本は犯罪天国だ、安全神話は崩れた云々とメディアも専門家も口をそろえて言う。

しかし、以前から私は言っていたが、日本は世界でも例外的に犯罪が少なく、しかも減少しつつある国であることは紛れもない事実だ。むろん、ショートスパンでは犯罪の増減はあるが、戦後ほぼ一貫して日本の犯罪率は下がっている。

特に凶悪犯罪や、最近問題になっている青少年による犯罪も実は減り続けている。

上記の記事のみならず、犯罪白書や警察庁の資料を見れば明らかなのだが、日本が犯罪天国になった、安全神話は崩れたと言い続けるメディアも専門家も一切そのような資料を示さない。

たしかに、それでも日本には犯罪があるし、毎日ひどい話が満載だ。だから犯罪が印象づけられるのはもっともだし、それに対する用心ももちろん必要だ。防犯意識を高める必要でもあるが、例えば私の周りに実際に犯罪被害にあった人が殆ど居ないのだ。そう言えば去年、出しっぱなしにしていた自転車の空気入れを持って行かれたのが最近の最大の被害だが、報道されなかった。

殺された人も怪我をさせられた人も、泥棒に入られた人も、親戚友人の中にいない。一般の日本人は、同じようなものらしい。周りに聞いてみても居ない。泥棒やスリ、置き引きくらいならたまに聞くが、殺人の被害者は殆ど聞いたことがない。

私が殺人や強盗の話を聞くのはもっぱらニュース報道によってでしかない。日本は犯罪天国なのか、安全神話は崩れたのか。

ニュースを見聞きしている分には日本に犯罪者が溢れているように思えても、実際の資料では、犯罪は減り続け、殺人はピーク時の三分の一。一億二千万の人口で、年間の殺人被害者が千人ちょっとというのは、信じられないほどの少なさなのだが、それが実感出来ないだろうか。

下記はあるブログからの拝借だが、数字については他の資料でも似たり寄ったりであり、つまり全米の大都市で最も安全とされるニューヨークの犯罪発生率が書いてある。

「警視庁が公表している最新の統計(平成19年)の東京都内での殺人件数は133件。同年(2007年)のニューヨーク市の殺人件数は市警(NYPD)調べで498件と東京の3・6倍。強盗は、東京600件に対してNYは2万1733と実に36倍もあり、レイプは東京234件に対し1303件で約5・5倍。空き巣は東京1万3145件、NYが2万1715件と1・6倍だった。」

東京は日本人口の10%が住んでいるので、単純計算でも全国では殺人1330件だから、上記の記事とも矛盾はない。田舎の犯罪発生率が都会より少ないことを考えると、実際は全国の殺人事件はもっと少ないと言えるようだ。

話が逸れたが、とにかく、日本は犯罪発生率は世界でも極端に少なく、全米で一番安全なニューヨークよりも極端に少ない安全神話の国なのだ。

マスコミ報道を鵜呑みにして(犯罪報道自体はむろん事実だが)日本が急速に犯罪国家になったなどと考える必要はない。なにしろ、鳩山総理が命を守ってくれるのだから。


ところで、もう一つマスコミ報道を鵜呑みにしない方がよい事実。

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http://news.livedoor.com/article/detail/4577793/

<在日中国人のブログ>日本人はなぜ中国人より「貧乏くさい」のか?
2010年01月30日06時24分 / 提供:Record China

27日、孔子の第75代直系子孫で日中関係評論家の孔健氏は、「『ケチ』な日本人と『太っ腹』な中国人」と題した記事を中国のブログサイトに発表した。写真は池袋駅構内のユニクロ。2010年1月27日、孔子の第75代直系子孫で日中関係評論家の孔健(こう・けん)氏は、「『ケチ』な日本人と『太っ腹』な中国人」と題した記事を中国のブログサイトに発表した。以下はその概略。

国民1人当たりの国内総生産(GDP)で見ると、日本人は中国人よりかなりの「金持ち」だ。ところが、普段の生活ぶりは非常にケチ。節約ばかり気にするので、貧乏くさいと感じるほどだ。日本の会社員は毎日弁当持参、小中学生の課外活動にも弁当は必須。観光地でも弁当を広げて食べている日本人を良く見掛ける。

霞が関では「合同庁舎」という名のビルにいくつもの省庁が押し込まれている。コピー機の傍らには大量の裏紙。狭い部屋に詰め込まれた大勢の職員は、わずかなスペースで書類の山に埋もれながら仕事をしている。中国は反対だ。役所や役人の公用車に真っ先にお金が使われる。役人が貧乏くさいことの方が問題だからだ。

日本人は金持ちなのに、全くそうは見えない。これは一種の「病気」ではないか。先日、有名企業の社長と食事をした時のこと。社長は食べ残したものを指し、丁寧な態度で秘書に向かって「本当に申し訳ないが、食欲がないから手伝ってくれないか」と言った。これがもし中国だったら、相手への侮辱にほかならない。

しかし、私は日本人のこうした節約精神を心から尊敬する。お金があっても、むやみに贅沢はしない。こうした民族性が、敗戦後の廃墟からあっと言う間に復興を果たした要因なのではないか。一方、中国はいまだに発展途上国だ。衣食もままならない人が数千人もいる。中国人は「太っ腹」も結構だが、こうした現実を十分に肝に銘じるべきだろう。(翻訳・編集/NN)

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面白いので全文掲載したが、これを書いた孔健氏はメディアにも時々登場し、中国について色々語っている人だ。典型的な中国人で、日頃から日中友好を言っている人だが、そのわりに中国について真実を隠して語る人で、あまり信用は出来ない。

しかし、ここに書いてあることはある意味本当で、日本で大金持ちとされる人たちの豪邸は、テレビなどで紹介されため息が出るほどの豪邸だが、海外では本当の大金持ちは日本の金持ちなど足元にも及ばない城に住んでいる。

金の使い方も半端ではないし、また大企業の経営者などが日本の大企業の経営者などは及びもつかない収入を得ていることも事実。なにしろ、大統領が怒りを示すくらいだ。

日本人はインフラなどには金をかけているが、個人の生活は飾り立てることなどしないし、そもそも日本文化では質素、簡略のなかに美をもとめる。これはおそらく他国では理解されない最後の部分ではないのか。

茶の湯の国宝クラスの名器も、知らない人間が見れば単なるゆがんだ汚い茶碗であり、海外の国宝のグラス、例えば金銀宝石で飾り立てた物とは次元が違う。

無駄をしないのは我慢をしているのではなく、無駄をしないで生活を豊かにしているのであり、間違っても海外の、個人が豪勢でも国家が貧しい状態をうらやむようなことではない。中国で一部の富裕層が日本などで金を湯水のように使い、現代の城に住むような生活をしていても、中国が豊かなのではないことを理解すべきだ。

今に中国に飲み込まれる、経済支配されるなどは先日「主張すること」と言う記事でデータを挙げたように、想定しうる未来に於いて、あり得ない。

ただし、民主が中国に日本を売り渡せばどうなるか分からない。少なくとも、外国人参政権に意欲を燃やすような民主では、もしかしたら日本は中国に飲み込まれるかも知れない。その時に、鳩山氏はどうせ居ないだろうから、命を守りたいのです、という空念仏もむなしく響くだけだ。

主張すると言うこと2

平成22年01月30日

 一昨日書いた「主張すると言うこと」に対してコメントをいただいたが、非常に大切な内容と思われるので、ここに改めてご回答と併せて書いてみる。なお、コメントの原文は、上記記事のコメント欄にあるので全文を読める。

>わたしがこのブログにお邪魔しているのは、開示下さる情報量の豊富さと、自分が持つ以外の情報、価値観、思考、意見について得るものが多いと考えているからです。

いつもご来訪いただきありがとうございます。

>しかし、わたし自身が記事に対して意見を述べ反論を加えていくことは半ばあきらめています。

>・わたしの知識、情報量の少なさ
>・わたしの思考の浅さ
>・わたしの意見の稚拙さ

>という致命的要素ももちろんあるのですが、でもだからと言って他のブログ等でも何も意見を書けないかと言えばそうではありません。

何度も書いていますが、わたし自身アクセス出来る資料、分析能力、理解力には限りがあります。当然であり、だからこそここに自分の主張を書いて、それに対するなるべく多くの方々の反応を反映して私の知識をより完全な物にしたいと思っております。

それは人間誰でも完全な知恵、知識を持っている人は居ないはずであり、それを自覚するからこそ、人に意見を聞くのではないでしょうか。しかし、人の意見を聞くからには、まず自分はこう考えると示す必要があります。いわば叩き台です。

民主党をどう考えますか、と人に訊くより、民主党はこのような根拠で危険な政党と考えますが、あなたはどう思いますか、と訊く方がよほど具体性があると思うからです。そのうえで、私が知らなかった民主党の勝れた面を教えていただければ、それが事実であると確認した時点で、民主党に対する私の意見を変えるかも知れません。

色々問題はあるけれど、民主党に政権をまかせても良いと私が考え直すかも知れません。しかし、私が民主党に対して何も言わなければ、その可能性はないでしょう。

誰もが不完全な知識しか持っていません。ですが、多くの人が少しずつの知識を持ち寄り組み合わせてゆけばより完全な知識になるのではないでしょうか。私はネットの一番大きな利点は、多くの人たちが知識を持ち寄る事が出来る点だと考えています。そしてその出発点にこのブログのような叩き台が必要だと考えています。

>何度かのコメントのやり取りを見てもそうですし、他の方とのやり取り(決して多くはありません)を読んでいてもそうですが、たかおじさんは「コメントを歓迎していない」姿勢を見せています。

私はコメントを歓迎していますが、上記に書いたように知識を持ち寄るコメントです。単なる感想は一応聞き置くしかないのです。

>本人が意図しておられるかどうかは別です。結果としてそうなっています。

当然意図しております。

もちろん、人間は全てこのように主義主張、本人の信ずる正当論だけで生きているわけではありません。日常生活に於いては、そんな物を振り回していたのでは人の中では煙たがられて生きて行けないでしょう。仕事上おつきあいのある方々とこのブログにあるような話など殆どしませんし、むしろ触れません。これは日本人特有のようで、これはこれで独自の文化だと思っています。

得意先の社長が、「自分は民主党を応援していて、鳩山さんを心から尊敬している」、と言ったら、それに対し、「社長、それは間違ってます。あの人は全く駄目な人です」と私が言い返す筈はないでしょう。「そうです。確かにあの人はいい人ですねぇ」くらいのことは言うでしょうね。

もちろん、私も日常生活で主義主張を振り回し人に敬遠されるようなことはしていません。その場で結果に関係がなければ、天動説にも反対しません。

だから、このようなブログを開設したのです。このブログの場では世間話はいりませんし、単なる感想もいりません。主義主張をぶつけていただきたい、との目的で開設したわけで、とうぜんながらそのぶつけていただいた主義主張に同意するとは限りません。それでもその主義主張にそれなりの根拠があれば尊重はします。

言うまでもなく、その主義主張に伴う感想や解釈は受け入れますよ。

>「根拠を示せ」というのも、とても曲者です。
>ある意味「根拠信仰」「数字信仰」に陥っているとも言えます。

まず、ここは主義主張を持ち寄る場所をして用意しています。根拠はその最も基本となる要素であり、それを示して欲しいというのは私としては当然です。ただし、上述したように、私が用意した根拠自体が間違っているかも知れず、私が理解していないのかも知れませんから、根拠を持ってきてくださいと言うわけです。

>また、非論理的な人間による政治について語るのに、論理的なアプローチのみを可として他を排除しています。

たしかに人間は理論だけで生きているわけではなく、むしろ感情で生きています。つまり好き嫌いが決定に大きく関わっています。いわゆる、言ってることは正論だが気に入らない、と言う奴ですね。嫌な奴の正論よりも好きな人間の思いこみのを方を受け入れるのは人間の常です。

タレントの噂、グルメの話やファッションなどではもちろんそれで良いでしょうね。主観と好き嫌いだけで成り立つ話題でしょうから。そして、日常では私も多いにそうですよ。

しかし、政治は好き嫌いで済みますか?

例えば昨日鳩山総理が施政方針演説をしましたが、開口一番「命を守りたいのです」、でした。実に崇高ですが、本当に中身がない。小学生の作文なら百点をもらえても、あれを聞いた閣僚席からも失笑が漏れていました。

あれを聞いて、鳩山氏は理想に燃えた今までの俗っぽい政治家とは違う人なのだ、と感ずるのはむろん、人に拠るんでしょうが、あのような演説しか出来ない鳩山氏に危機感を持つのは、政治が根拠を持って為されなければならない事だからです。

私も別に鳩山氏を個人的に憎んでいるわけではありません。おそらく、個人的には好い人なのでしょうが、能力としてあの地位に居るべき人ではない、それは今までの彼の言動を根拠として判断したものです。

政治が人間くさい物であり、好き嫌いで左右される物であることはもちろん承知していますが、だからこそ、イメージだけで有権者を騙し政権を執る政党の実態に触れるのが間違いであるなら、プロパガンダだけで政権を維持している中共と変わりはありませんよ。


>広く世間と意見を交わす態度ではありません。

ここは世間話の場として用意しているわけではありません。

>そして基本的に、たかおじさんの主張と異なる意見を持つ者が発する意見に対して、
>「無知ゆえの愚かな意見」
>と決めつけた上での(ご自身が意識していなくとも)展開が見られます。

そう感ずるのであれば、私の無知を指摘してはいかがでしょうか。もちろん、わたし自身多いに無知な部分があることは自覚していますが、たとえば私が民主党を否定する根拠が私の自民びいきであるかのような前提でおっしゃる方に対しては、やはりそれなりの反応をしますよ。

>ご自身の主張を一方的に開示したいだけであれば、それで問題はありません。


>しかし、コメントを受け付けて他の意見や主張を受けたいと望んでおられるならば、実態としてその反対の事をしておられる、と指摘いたします。

ですから、この場は根拠をもって論争する場なので、根拠を示してください、と言っているわけで、単にそれは違うと思う、理屈だけでは言いきれない、というのであれば、反論になっていません、と言うことです。

>たくさんの記事と主張内容、少数のコメント者とそれに対するやり取りを少し読めば、「ここはコメントをつける場所ではないな」と感じることでしょう。
>他者を寄せ付けない場所になってしまっています。

コメントをくださる方は歓迎しますし、あらしで無い限り拒否はしませんが、後でおっしゃっているように、ここには私が設けたルールがあります。

>そんな中で、敢えてコメントをつける方は、かなり勇気のある(奇特な?)方であるとわたしは思います。

どんなコメントでも別に鼻息荒く書き込む必要はないでしょう。かりにコメントで書いたことを私が否定しても、べつに書いた方への感謝は変わりませんし、とうぜんその方の人間性を否定するものではありません。

わたしも、自分の主張を否定されたからと言って、別に侮辱されたとか人間性を否定されたとも感じません。

意見の相違と人間関係は別物ですよ。しかし、日本人にはどうもその点が足りないようです。所謂面子というやつで、考えを否定されると自分自身を否定されたと思いこんでしまうようです。だからこそ、日常生活では本音を出さないのでしょう。

そのための、日常生活では出せない本音のためのブログなんですがねぇ。

>以上のようなわけで、わたしは記事に対して同意を示すか、疑問な点、追加でお訊きしたい点を書くのみに留めております。

それはあなたのご自由ですが、このように叩き台にはさせていただきます。


>価値観や考え方は、かなり異なっているように思います。

それは全く当然です。

>けれども、たかおじさんを唸らせるような論拠を持ってそれに対抗できるような知力も筆力も持ち合せておりません。ですから、何も意見を書かないのです。

知力、筆力の問題とは思いません。(思うだけですが)。普通に考えて、ある主張に対し、それは違うと思うのであればそれなりの理由があるはず。

一例ですが、中国や韓国に日本の工業は負けていない、根拠はこれこれです、と私が言うのに対し、いややはり日本はもう駄目だ、たかおじさんの言っていることは違う、と感じたのならそれなりの理由があるはずで、その理由を書けば良いだけのことです。

ただし、理屈はともかく俺はこう思う、と言う人に、無理矢理考えを変えなさいという権利も理由も私にはありませんから、最後まで別に私に同意していただくことを、このブログの目的としているわけではありません。

>ただし、事実としてこれは言えます。

>「世論は、論理のみによっては動かない」

まったくです。だから、嘘マニフェストでも友愛でも、イメージで世論を動かした政党が政権を執ったのです。

>もし、論拠不十分なのに、たかおじさんと違う意見を表明する人がいたら、
>なぜそのような意見を持つに至ったか、背景があるはずなのです。
>その背景を探り訂正することで、その人の意見を変える事が可能です。

その人の意見を変えることが目的ではありません。べつに、その人を最後まで説得しなければならない理由も責任も私にはありません。

>意見に感情を伴うことが一般的ですから、論理的なアプローチにとどまらず
>その感情を持つに至った背景にまで踏み込むことが不可欠です。

それこそ、無理という物。その人の生い立ち、家庭環境、社会環境、教育その他諸々によりその人の価値観、好悪の感情ができあがっています。背景とすれば、それが最大の要素です。何人も踏み込むことは出来ません。あくまで、その人が自発的に判断し、必要があれば変えるでしょう。このブログは、その判断材料の一つですよ。

>そのような事を一切省いて、問答無用で切りつける態度では、誰も意見を寄せないし喜んで訪問してくれません。

で、問答無用と切り捨てた例を一つか二つでもあげていただけないでしょうか。私が根拠も無しにそれは違うと言ったことがあるでしょうか。ただし、人がそう思う、と言うだけなら、そうですか、としかいえませんが、一応このような根拠があります、それにたいして反対の根拠がありますか、と問いかけるのは、問答無用とは言わないのではないでしょうか。

>ということは、どんなに正論を述べても、誰にも伝わらなくなってしまいます。
>異なる意見を持つ人が、考えを変えることもありません。
>結果「単に私がこう思うと言うだけの日記」になってしまうのです。
>それで、よろしいのでしょうか。

これについては上記で書いていますので、繰り返しません。

>とまあ、久しぶりに自分の意見を書いてみました。
>「大きなお世話」でしたら、申し訳ありません。

いいえ、ブログの意味を説明するきっかけになりましたから、大きなお世話ではありません。

>「これがたかおじさんのやり方だ」ということでしたら、もちろんそれで結構です。
>全く問題はありません。
>主宰者の専決事項ですから。

私のやり方を”理解していただいた”との前提で、その通りです。

同時に、必ず反論してくれというのではもちろんありません。同意してくださっても、また補足の資料を示してくださってもありがたいですし、またよく分からないからこの点を詳しく説明してくれと言うコメントでも構いません。

英語教育は必然なのか

平成22年01月29日

 少し肩の凝らない話題を。
 
 世の中猫も杓子も英語ブームで、英語学校はどこも満員のようだ。現代人は英語を話せなければ半人前のようなことを言う人もいる。本当にそうなのだろうか。
 
 確かに英語は世界共通言語で使いこなせると非常に便利だ。いろいろな国の人たちと直接意志の疎通が出来る可能性が大きくなるのは確かに便利だし、ネットでもおそらく7,80%は英語による情報なのだろう。
 
 しかし、英語が理解出来なければ日本では生活出来ないのか。無論そんなことはない。世界中の情報が即時邦訳されて日本国内に伝わる。むしろ、海外の方が日本のことを知らないのに、日本は実に良く海外のことを知っている。
 
 昔江戸時代はヨーロッパ言語と言えばオランダ語であり、日本はオランダ語を通じてヨーロッパの情報を得ていた。その後英語を通じて欧米文化に触れるようになり、多くの人たちが英語を学んで実に多くを海外から仕入れた。そして、一般の人たちはその一部の専門家達が日本語に訳した情報を通じて海外のことを知るようになった。
 
 それは今でも全く変わらない。
 
 そもそも英語を学ぶべしと主張する人たちは、英語を知らないと情報に触れることが無くなるというのだが、現実には日本人は海外の人たちが日本を知っているよりも多く、海外について知っている。だから英語を知らないと情報に疎くなると言う事実は全くない。第一、この日本に住んでいて、直接海外の人から情報を得なければならない人がどのくらい居るのだろうか。一生の間に、普通の人たちが海外の人たちを直接意志を通じさせなければならない状況はどのくらいあるのだろう。
 
 ほとんど無い。情報を得るために英語を学ぶ必要は、一般の人たちには全くない。
 
 次に英語絶対論者は、日本語が論理性に欠け、曖昧であるから科学技術を記述するのに不便である。だから、論理的な英語を日本人が身につける必要があるというのだが、実際に日本の科学技術水準は決して世界でも低くはなく国民の教育レベルも決して低くはない。日本語が論理性に欠けるなどは全く事実ではなく、日本語で我々は教育を受け、様々情報に接し、科学技術を発展させてきた。日本語が科学技術に不適切な言語であるなど、まったくの嘘だ。
 
 世界には自国の言語ではまともな教育を受けられず、まともな出版文化が無く、まともな情報に触れることが出来ず、まともな仕事も出来ない国がたくさんある。それらの国では、英語はよりよい生活をする為の必須条件であろう。だから、途上国のビジネスマンや政治家などはおおむね英語を話す。しかし、日本では科学者でもビジネスマンでも政治家でも芸術家でも一流と言われる人たちで英語が苦手という人は沢山居るし、むしろ流暢に話せる人が少ない。
 
 鳩山氏も決してうまいとは思えないし、英語を話せると言っていた麻生前総理もうまいとは思えない。故宮沢喜一氏は英語の達人と言われていたが、聞く機会はなかった。
 
 英語を話せなくても、日本では一流の教育を受け、一流の仕事が出来るのだ。(鳩山氏が一流かどうかは別だが、総理大臣になれると言う意味だ)
 
 もちろん、英語を学ぶな、と言うのではない。本当に海外と仕事をする人たちは英語を学べばよい。また趣味でやる分にはもちろん好きずきである。しかし、英語を生活の必須条件と考え、それを教育として押しつけるのはどうだろうか。中にはてにおはも言えない子供の頃から英語を教え込み、結果としてまともな日本語もまともな英語も話せない人間ができあがる。帰国子女は確かに流暢に英語を話せるだろうが、内容がすばらしいわけではない。日本語としてのニュアンスを理解しなかったり非常識だったりする。
 
 一般に子供の脳に言語中枢ができあがるのは8歳までで、それ以前に外国語を学ぶと母国語として使えるようになるが、8歳以後に外国語を学んでもあくまで外国語としてしか身につけられない、だから小学生から、幼児から英語を学ばせなければならないと主張する人が居る。
 
 そんな必要はない。英語は外国語で良いではないか。大人になってからでも十分に身につけられる。もちろん、発音などはネイティブとはちがうだろうが、国際共通語としての英語はそれで構わない。別にイギリス人、アメリカ人、オーストラリア人と同じ英語を話す必要など全くない。日本人英語を堂々と話せばよい。世界にはインド英語、中国英語、ドイツ英語、スペイン英語が飛び交っている。日本英語で不自由は一切無い。アメリカ人やイギリス人が自分たちを違うと言ったら、それは国際共通語の英語を知らないだけのこと、何も我々がイギリス語、アメリカ語を話す必要もない。
 
 だが、海外との仕事でもしていない限り、そんな日本英語も話す必要など無い。必要になったら学べばよい。大人になってからでも、真剣に、そして必要に迫られればちゃんと実用レベルの英語は身に付く。それは私の体験でも言えるし、多くの人たちがそうだ。
 
 私はかつて仕事上英語を話さなければならなくなり、仕事の合間に英語を勉強した。今では仕事にもプライベートにも不自由なく使いこなせると思っている。もちろんネイティブと比較するつもりもないし、そんな必要もない。
 
 学校で英語を教えるのであれば、ある程度でよい。けっしてそれが必須科目であったり、まして小学校や幼稚園から英語を詰め込む必要など全くない。
 
 英語を話せれば便利だから、学びたいという人に水を差すつもりはない。多いに学んでいただきたいが、仕事で必要でもない限り強迫観念に追い立てられて学ぶ必要など無い。

主張するということ

平成22年01月28日

 私がこのブログを開設し私の日頃感じていることを主張しているのは、単に私がこう思うと言うだけの日記とはちがう。このように思うようになった根拠を可能な限り挙げて主張しているのであり、それに対しては責任を持っている。
 
 このようなブログは方々にあり、むろん私よりも格段に知識も経験も豊富な方々がそれなりに説得力のあるブログを開設されており、私も多いに参考にさせていただいている。しかし、中には一切コメントを受け付けない、あるいは反論、批判を受け付けないブログが多々ある。そのようなブログの場合、私はその解説者がどのような有名人であろうと、中身を信用しないことにしている。
 
 忙しいから反論に対して答えられない、あらしでお祭り状態になるのでコメントは受け付けないと言うのであれば、単にデータベースでしかない。この種のブログを開くからには、反論、批判に対してきちんと答える責任があると私は思っているし、それを拒否するとは再反論出来ない、つまりその理論的裏付けも根拠もない一方的な思いこみでしかないと考えるからだ。
 
 また、ネット全般に言えるが、多くの人たちが意見を持ち寄ることでその内容がますます正確になると思っている。私なりに調べ学び、根拠を挙げて主張している内容については、もちろん正しいと信じているが、それでも私も当然ながら根拠になる資料を間違っていたり、理解していなかったり、あるいは私なりの思いこみで最初から間違っていることがあるかも知れない。人間なのだし、それは当然ありうると思っている。
 
 だからこそ、反論や批判により私の主張の根拠が崩れ、自分の間違いに気がつけば当然主張を修正することにやぶさかではないし、そのように正しい情報を与えてくれる反論者、批判者に対し感謝する。
 
 私がこのブログを開設してまだ一月あまりであり、コメントを入れてくださる方々も少数だが、残念なことに反論されるにしても批判されるにしても根拠を示してくださらない。私は、ここの記事の内容は違うと思う、別の解釈もあると思う、というだけの事であり、私の方から、そう思われる根拠は何ですか、とお尋ねしても返ってこない。
 
 一例だが、今日本は中国や韓国にシェアを奪われ工業が空洞化している、と主張される方がいらっしゃる。それは、私が日本の経済力は盤石であり、中国や韓国に後れを取る兆しはないと言った事に対するコメントなのだ。
 
 もちろん、そのような悲観論が日本に溢れており、そう主張する専門家が多いことも知っている。だから私は、そんなことはないと根拠を示して書いているのだが、コメントをくださる方は、やはり私の認識が間違っており、現実に中国、韓国に負けているとおっしゃるのだ。
 
 私は、ではそのような事実を示す数字の根拠を挙げてください、とお願いしたところ、総合的に考えて、そうとしか思えないとのこと。これは根拠にならない。別にその方をあげつらっているのではない。確かに日本にはそのような主張が多いのだ。新聞を見てもテレビを観ても解説者がみんな同じ事を言っている。しかし、客観的な根拠がまるでない。
 
 私が根拠としている数字は「中国のGDPが日本を抜く?」にも書いてあるが、
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http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/stat_01/

ジェトロ統計  2008年


1,506億4万ドル   (日本からの輸出)
1,161億3,245万ドル (中国からの輸入)

対中貿易黒字 345億ドル ¥100/$ として、3兆4千5百億円

同年、日本の総生産高は49,230億ドル 同490兆円

3.45兆円/490兆円 = 0.7%

つまり、日本経済が中国に依存しているなどとの主張には根拠が無く、この数字は単なる誤差の範囲でしかない。 」

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ということになる。これで、日本経済が中国に依存していると言えるのだろうか。日本は貿易立国ではない。OECD加盟国でも日本よりも貿易依存度が少ないのはアメリカくらいであり、まして、対中国貿易が日本経済に大きな影響を与えているわけではないのだ。


下記は総務省による国別貿易依存度を示したデータであり、エクセルデータなので、画像としてここに乗せる

国別貿易依存度



また韓国については

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http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=125672&servcode=300§code=300

「技術貿易収支、日本・ドイツ比べて低い」
文字サイズ : 小 中 大 関連キーワード : 技術貿易
 現代(ヒョンデ)経済研究院のチュ・ウォン研究委員は27日、韓国の技術貿易収支比率は相変わらず日本やドイツを大きく下回るという研究結果を発表した。技術貿易収支比率は技術輸出額を技術輸入額で割ったものだ。

韓国は07年基準で0.43倍と、日本(3.49倍)やドイツ(1.11倍)を大きく下回る。この比率が1以下なら、輸入する技術が輸出する技術よりも多いことを意味する。
 
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が現実であり、確かに液晶テレビやメモリー、家電製品などの世界シェアは韓国が日本より大きいが、それは日本からの製造設備、技術、原材料を買っているから韓国で製造出来るのであり、韓国が売れば売るほど日本が儲かる仕組みになっている。

これで中国や韓国に日本の工業が負けていると言えるのだろうか。

これは一例に過ぎないが、私の主張に対し反論する方はこのような根拠を示してくれない。

また私の主張に全て根拠が示せるわけではないが、いわば動かしがたい原則という物があり、これに対して根拠を挙げろと言われても不可能な場合が多い。

例えば、太陽が地球の周りを回っていると主張する人に、普通は、それは違うとだれでも言うだろうが、では根拠を挙げて反論出来るだろうか。誰も、現実に地球が太陽の周りを回っている状態を見た人間は居ない。専門家が様々な観測を繰り返しそのように結論づけたのであり、我々はその専門家の結論を正しいとしているわけだ。彼等の結論が正しいから、実際にロケットも打ち上げられるし、観測衛星もきちんと仕事が出来る。

だから、日本経済が破綻するとしきりに言う人に、ではなぜ日本円が強いのかと訊いても、まともに返ってこない。なぜ、日本の海外資産が増えているのか、なぜ国債の利子が低いのか、などなどにも答えはない。円高で輸入関連企業は儲かっているし、輸入資源も値下がりしているから、日本の製造業のコストも下がっているのではないか、強い円を背景に日本企業が海外の企業を買収するケースが激増しているが、それは日本経済の破綻とどのように関係するのかも示していただけない。

日本人は国民一人あたり七百万の借金を負っていると言う専門家に、では日本人は誰から借りていて、誰にいつ返さなければならないのかと訊いても答えは返ってこない。

主張するからには責任を持つべきだろう。責任とは、その主張の内容を裏付ける根拠を示せること、そして反論、批判に対しきちんと答えられることと私は考えている。しかしその反論、批判に根拠がなく、単に違うと思う、と言うだけなら、ああそうですか。でもそれをここでおっしゃってもお相手は出来ませんと言うことになってしまう。

芸能ネタやファッションブログなら多いに主観や好き嫌いを言い合えばいい。しかし、少なくとも根拠を必要とするテーマであれば、反論も根拠を必要とするのではないか。

以前いらっしゃっていた方も、私は日本の政治を語る場合日本国憲法を基準として考えると言ったら、独りよがりだと言って去ってゆかれた。日本国憲法改正の必要性があるかないかではなく、現在の政府のあり方政策が憲法に違反しているか居ないかは単なる主観ではない。政党の好き嫌い、一個人の好き嫌いとは無関係であり、単に法的に合法か違法かだけのことだ。

それを前提として、法的に解釈が間違っているというなら分かるが、だれも裁判を経ずして断言は出来ない。

政治をテーマとしているブログであれば、基本は法律にあっているかどうか問題になる。例の民主党による天皇利用は憲法に明記された天皇の中立性を冒している。千葉法相の不法外国人に対する最高裁の退去命令を撤回したのは、三権分立を冒している。興石氏の、教育に政治的中立など無いという主張は教育基本法の条項を冒している。赤松農水相の民団に於ける公約発言は、公職選挙法違反だ。そもそも、民主の外国人参政権付与法案自体が違反なのだ。

さる方は、違憲だとの結論は出ていないとおっしゃるが、法的根拠を示してくださらない。むろん、世の中には太陽が地球の周りを回っていると主張する人が居るのかも知れないが、そう言う人が居るから、地動説が正しいかどうか結論は出ていないと言えるのだろうか。

私を独りよがりというのであれば、是非その根拠を示し、私が根拠を無視して自説を主張していることを証明していただきたい。もし、その反論により私の主張が間違っていることが明らかになれば私は自説を訂正するにやぶさかではないし、正しい知識を与えてくれた反論者に感謝する。重ねて言うが、私のアクセス出来る資料には限りがあり、私の理解力にも限りがある。だから、主張が間違っている可能性は常にあると思っているが、その時点では正しいと信ずるから主張するのだ。

小沢氏また無神経発言

平成22年01月27日

以前のキリスト教発言と言い、つくづく無神経な人ですな。

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http://news.livedoor.com/article/detail/4572792/

<小沢幹事長>「米国でも黒人選んでまで…」 あいさつで
2010年01月27日22時44分 / 提供:毎日新聞
 民主党の小沢一郎幹事長は27日、那覇市であった党参院議員の会合であいさつし、「米国でもオバマさんという黒人を選んでまで、世の中を変えようと選択した」と述べた。根強い黒人差別を乗り越えた米国を引き合いに日本の政権交代の意義を強調しようとしたとみられるが、批判を受ける可能性がある発言だ。

先進国の条件

平成22年01月27日

 世界には先進国とされる国々がいくつかある。先進国の基準が曖昧であり、どこで線引きをするかは緒論があるので、大方が納得する基準ではG8のロシアを除いた7ヶ国、すなわち日本、アメリカ合衆国、カナダ、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアということなのだろうが、広義では、OECD加盟国の下記が先進国としてみられているとも言える。ただし、これはあくまで拡大解釈であり、異論はあるとしてもG8-ロシアと言ったところだろう。
 
 OECD加盟国
 
オーストリア ,ベルギー ,カナダ ,デンマーク ,フランス ,ドイツ ,ギリシャ ,アイスランド ,アイルランド ,イタリア ,ルクセンブルグ ,オランダ ,ノルウェー ,ポルトガル ,スペイン ,スウェーデン ,スイス ,トルコ ,イギリス ,アメリカ合衆国 , 日本,フィンランド ,オーストラリア ,ニュージーランド ,メキシコ ,チェコ ,ハンガリー ,ポーランド ,韓国 ,スロバキア ,チリ

 この基準には多いに私としては異論があるが、とにかく:

 先進国の基準とは何か。とりあえずWikiには次のようにあるが、これは無難なところだろうと、私も思う。
 
 「先進国(せんしんこく、Developed Country)は、高度な工業化を達成し、技術水準ならびに生活水準の高い、経済発展が大きく進んだ国家のことを指す。」但し、これにはあと、政治的発言力が強い、適切な軍事力(国防力)を有する、という条件がくわえられるべきであろう。
 
 ではこのような先進国になるためにはどのような条件が必要なのだろうか。とうぜん、国民の教育レベルが高く、民度が高いという前提がいるだろう。さもなければ高度な工業化は達成出来ず、したがって生活水準が高くなり経済発展が進む事にはならない。
 
 まず私たちが一番良く知っている日本について考えてみる。このブログでも「民度とは」「日本は超先進国」等にも書いてあるが、日本は数百年前から世界でも突出した先進国の条件を備えている。だからこそ、開国したすぐ後に世界の列強に並び、また第二次世界大戦は世界の殆どの主要国を敵に回して4年もの間戦い抜いた力が、主要国をして心胆寒からしめたことは事実だ。日本は列強の一因として国連の人種差別条項の撤廃を主張し続け、そして近代では有食人国家として初めて白人国家に戦勝し、多くの植民地の独立運動のきっかけを作りそれは今でも根強く支持されている。決して国内の脳内お花畑が主張するように日本がアジアを侵略し今でも嫌われているようなことはない。
 
 脳内お花畑の言うアジアとは特亜のことであり、それ以外の40ヶ国は日本に対し好感を持っている。これはBBSやメリーランド大学の複数年のアンケートでも明らかになっている。
 
 つまり日本は100年前からきわめて高度な工業生産力を持ち、当時は世界でも突出した教養レベルを持ち、そしてそれは今でも続いている。なにより、犯罪発生率が世界でも際だって低く、先進国では最も戦争から遠く、日本文化はじわじわと世界に浸透しつつある。平均寿命が高いというのも条件にはいるだろう。
 
 これはもちろんどこの国でもすぐになれるわけではないし、またその要素が決定的にかける国が多い。まず、独裁国家は可能性が全くない。宗教国家も可能性がない。歴史を正面から見つめて反省すべきを反省しない国はやはり先進国にはなれない。それは断定出来る。
 
 まず、経済が発達するためには自由経済でなければならず、統制経済では競争原理が働かないので生産性も上がらず製品の質も向上しない。生産性や製品の質の向上は経済発展の基礎であるから、自由経済が経済発展の必要不可欠の条件となる。だからこそ、中国も経済だけは形だけ自由経済の形を採らざるを得なかった。ただし、政治が共産主義であり、民主主義ではないので自由経済というわけにはいかない。たんなるモドキでしかない。
 
 およそ、国家にとって最も大きな力は国民の力が如何に集結出来るか、だ。国民が同じ価値観では結局同じ結果しか出ないので、つまりは進歩もない。誰かが不満を持ちそれに対する解決が絶え間のない進歩を生み出す。従って、国民に自由な思考を許さない独裁国家では国民の知恵を集めることが出来ない。たしかに一人二人の優秀な人間が、他の大多数を力づくで従えた方が効率がよいのだろうが、そのためには強大な暴力を用いなければならないし、国民から反感を買い続けていれば、多数の知恵を集めるなど不可能だ。
 
 したがって、独裁国家に先進国になる要素は全くない。
 
 同じ意味で強烈な宗教国家には先進国になる可能性は全くないし、現実に今の世界で宗教国家のまま先進国になっている例はない。
 
 進歩とは過去の反省が必要不可欠だが、某半島のように、自国の失敗を全て隣国の制にする歴史を作り国民を教育しているようでは、先進国になる可能性がない。
 
 先進国とは先に書いたような条件というより、最も基本的な条件は国民が安全で互いに信頼出来、正直であることが得であり、安心して長生き出来ることが大切だろう。いくら国が強くても住んでいる国民がいつも犯罪におびえ、暴力におびえ、戦争におびえているようではとても先進国とは言えないようだ。
 
 今の日本にも無論問題はたくさんある。だが、事実として一番理想的な国ではないのか。理想的とは理想ということではない。人間、いつでも不満を持つ存在だが、それが無くなれば進歩が無くなる。不満があることで進歩があるという矛盾はいつでも存在するのだが、不満が大きすぎるのも確かに不幸だ。そのいみで、日本人の持っている不満は、今命に関わる、安全が脅かされているという種類のものではない。
 
 そんな日本で、日本は駄目な国だ、破綻する、世界中から嫌われていると主張する専門家達がいるが、じゃあ、どこと比べてそういえるのか、の根拠はまるで示さない。日本が経済破綻すると叫んでいる方々は、どうしてそなるのと訊いても、破綻するんだから破綻する、としか言わない。
 
 こちらにコメントをつけてくださる方にも、日本は駄目です、と言う方がいる。ではどうして駄目なんですか、とお聞きしても答えがない。破綻すると思います、だけのようだ。
 
 専門家はそれで飯を食っているから、日本は破綻すると叫ばなければ飯の食い上げになる。中国に負けると言わなければ誰も本を買ってくれない。それだけのことであり、だからこそ、世界最大の債権国であり、通貨も独歩高の日本で、国民一人あたり700万円以上の借金を背負っていると言う。誰から借りた借金なんですか、とお聞きしても答えがない。
 
 どうして破綻する日本の通貨が強いんですか、とお聞きしてもお答えがない。何とも不思議な話だ。
 
 日本は今は最も先進国の条件を満たしている国だ。違うとおっしゃる方は、どこと比べてどのような理由で違うのかをお尋ねしたいといつも思っている。

外国人参政権の欺瞞

平成22年01月26日

これは本日書いた亀井大臣の大暴言の中の記述で、外国人参政権についてまとめた物。

一部重複するが、とにかく今民主党が法案としてあげようとしている外国人参政権付与の件は憲法違反である。

日本国憲法第15条に

第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

とある。それに基づいて制定された公職選挙法には

   第二章 選挙権及び被選挙権


(選挙権)
第九条  日本国民で年齢満二十年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。
2  日本国民たる年齢満二十年以上の者で引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。
3  前項の市町村には、その区域の全部又は一部が廃置分合により当該市町村の区域の全部又は一部となつた市町村であつて、当該廃置分合により消滅した市町村(この項の規定により当該消滅した市町村に含むものとされた市町村を含む。)を含むものとする。
4  第二項の規定によりその属する市町村を包括する都道府県の議会の議員及び長の選挙権を有する者で当該市町村の区域内から引き続き同一都道府県の区域内の他の市町村の区域内に住所を移したものは、同項に規定する住所に関する要件にかかわらず、当該都道府県の議会の議員及び長の選挙権を引き続き有する。
5  第二項の三箇月の期間は、市町村の廃置分合又は境界変更のため中断されることがない。

と明確に規定されている。つまり、参政権を有するのは、日本国民でなければならず、日本国民とは日本国籍を有する者である。

この件に就き、外国人参政権に対する異議申し立てに対する最高裁の判決が下記である。

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選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消

判例 H07.02.28 第三小法廷・判決 平成5(行ツ)163 選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消(第49巻2号639頁)

【判示事項】
  日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項と憲法一五条一項、九三条二項

【要旨】
  日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項は、憲法一五条一項、九三条二項に違反しない。

【参照・法条】
  憲法15条1項,憲法93条2項,地方自治法11条,地方自治法18条,公職選挙法9条2項

【内容】
 件名  選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消 (最高裁判所 平成5(行ツ)163 第三小法廷・判決 棄却)
 原審  H05.06.29 大阪地裁

主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。

理    由

 上告代理人相馬達雄、同平木純二郎、同能瀬敏文の上告理由について

 憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和三五年(オ)第五七九号同年一二月一四日判決・民集一四巻一四号三〇三七頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである。

 このように、憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(前掲昭和三五年一二月一四日判決、最高裁昭和三七年(あ)第九〇〇号同三八年三月二七日判決・刑集一七巻二号一二一頁、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日判決・民集三七巻三号三四五頁)の趣旨に徴して明らかである。

 以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定が憲法一五条一項、九三条二項に違反するものということはできず、その他本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法の右各規定の解釈の誤りがあるということもできない。所論は、地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定に憲法一四条違反があり、そうでないとしても本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法一四条及び右各法令の解釈の誤りがある旨の主張をもしているところ、右主張は、いずれも実質において憲法一五条一項、九三条二項の解釈の誤りをいうに帰するものであって、右主張に理由がないことは既に述べたとおりである。

 以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 最高裁判所第三小法廷
  裁判長裁判官 可部恒雄
  裁判官    園部逸夫
  裁判官    大野正男
  裁判官    千種秀夫
  裁判官    尾崎行信
  
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以上により、「密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。」の部分は、判決に反映しない傍論であり、いわば裁判官の考えとしてはこうも考えれるが、判決には影響しない、と言っている。

ただし、この傍論を取り上げ、外国人参政権が憲法違反ではないとの論がわき起こり、民主が法案に上げたのもこれを根拠としていると見られる。しかし、

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http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/100125/tky1001251934011-n1.htm

外国人参政権 付与許容説の学者が誤り認める 反対集会で日大教授が明かす 
2010.1.25 19:33


 千代田区永田町の憲政記念館で25日に開かれた「永住外国人地方参政権付与に反対する国民集会」。国会議員、地方議員や識者らがげきを飛ばす中、日大の百地章教授(憲法学)が、国内で最初に付与許容説を唱えた学者が自説の誤りを認めたことを明らかにした。

 百地氏によると、外国人の参政権について「国政は無理でも地方レベルなら認めていこう」とする部分的許容説は昭和63年に中央大学の教授が初めて提唱。追随論が噴出し、平成7年の最高裁判決の傍論もこの説に影響を受けたとされている。

 昨年、百地氏が著書をこの教授に送ったところ、「外国人参政権は、地方選でも違憲と考えます」と書かれた年賀状が送付されてきた。本人に電話で確認したところ、「修正する論文を発表する」と明言したという。

 百地氏は「外国人参政権が憲法違反であると、とうとうわが国最初の提唱者にさえ否定されたことは極めて注目すべきこと」と強調。

 さらに「わざわざ憲法を持ち出すまでもなく、わが国の運命に責任を持たない外国人を政治に参加させることは危険すぎてできない」と述べた。
 
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上記でも語られているように、外国人参政権が違憲であることは論を待たない。

また、感覚的に長年日本に住み税金を支払っている外国人は日本人と同等の権利を有するべきであるとの一見物わかりの良さそうな論は、結果として自分の意志で国籍を摂らない外国人に国家運命をゆだねさせることになる。

つまり、国籍をとれば問題がないはずなのに、代を重ねてもとらないのは、日本国に帰属する意志がないからであり、つまり日本の国益のためには働かないと自ら宣告しているような物。そのような外国人になぜ参政権を与えなければならないのか。

また、税金はインフラ使用料と考えれば別に矛盾はない。

これは外国人差別ではない。日本にあって参政権を有することを希望するのであれば日本に帰属する意識を持つべきではないのか。

また、韓国などは相互主義で、在韓日本人にも参政権があるから日本でも奏すべきだと主張しているが、それは内政干渉であり、韓国在住の日本人で参政権を有する者は数十名、一方在日韓国人でそれに当たる者は十万人を超す。けっして相互主義ではあるまい。

もっとも民主党の陰険なことは外国人参政権の法案が国民感情に受け入れられないことからわざわざマニフェストから外し、つまりこの法案は上げませんと約束しながら、政権をもらった途端に最優先で通そうとしているその卑劣さだ。

一方、民団の新年会で赤松農水大臣は、外国人参政権は民団に対する公約だと挨拶をしている。これはゆゆしいことだ。日本国民には約束していない公約を、外国人団体である民団で公約だと宣言した。民主党はどこの国の政党なのか。どの国の国益を守るつもりなのか。

外国人参政権の一般論についてはWiki 外国人参政権の項にある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E5%8F%82%E6%94%BF%E6%A8%A9

亀井大臣また大暴言

平成22年01月26日

まったくあんたに言われたくないとの思いだ。国民が判断力を欠いているから民主党があんなデタラメのマニフェストで政権を執れたのだ。それに亀井氏は、事業仕分けをすれば、埋蔵金を掘り出せば、10兆でも20兆円でもすぐに出てくると言っていたのではないのか。亀井氏にどんな判断力があったのだろうか。
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http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100126-OYT1T00070.htm?from=top

亀井氏「国民の相当数、冷静な判断能力ない」
 国民新党代表の亀井金融相は25日、衛星放送BS11の番組で、小沢民主党幹事長の資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件に関して「今の国民は相当数が大脳皮質で冷静に判断する能力をお持ちでない。新聞が『けしからん』と書いたりすると、その人(小沢氏)が何を言っても耳を貸さない」と述べた。


(2010年1月26日00時48分 読売新聞)

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さて、今民主党が上げようとしている法案に、外国人の参政権付与があるが、これも是非国民に冷静な判断をしてもらいたい。これについては、後で別に詳しく書きたいと思うが、とりあえず、この法案は憲法違反であると解釈される。

日本国憲法第15条に参政権の項目があり、それに基づいて、公職選挙法がある。

公職選挙法

   第二章 選挙権及び被選挙権


(選挙権)
第九条  日本国民で年齢満二十年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。
2  日本国民たる年齢満二十年以上の者で引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。
3  前項の市町村には、その区域の全部又は一部が廃置分合により当該市町村の区域の全部又は一部となつた市町村であつて、当該廃置分合により消滅した市町村(この項の規定により当該消滅した市町村に含むものとされた市町村を含む。)を含むものとする。
4  第二項の規定によりその属する市町村を包括する都道府県の議会の議員及び長の選挙権を有する者で当該市町村の区域内から引き続き同一都道府県の区域内の他の市町村の区域内に住所を移したものは、同項に規定する住所に関する要件にかかわらず、当該都道府県の議会の議員及び長の選挙権を引き続き有する。
5  第二項の三箇月の期間は、市町村の廃置分合又は境界変更のため中断されることがない。

ここに明確に規定されているが、日本国民以外選挙権を与えない事になっている。したがって、外国人参政権は違憲であり、参政権が欲しければ日本国籍をとらなければならない。

これについても唯国籍をとればよいと言うことではないが、原則を曲げる違憲法案を、まったくそれに触れずに民主は上げようとしている。

なお、日本に何十年もいながら、代を重ねながら未だに帰化しないのは、日本国に反感を持ち、出身国に自分が属していると感じているからであり、このような人間に安易に国籍を与えるべきではない。まして、選挙権を与えるべきではない。選挙権は国の命運を左右する基本的な要素であり、それを外国人に与えることが自然感情として当たり前だろうか。まして、憲法違反を敢えて無視して行うべき事だろうか。

未だにこんなミスリード

平成22年01月25日

日経だけではないが、未だにこのような馬鹿なことを書いている記者がいる。そしてそれを真に受けたような民主党の政策。

国民が一人あたり760万円の借金をしているそうだが、誰から借りているのか。
国の借金だそうだが、日本国がどこから借金をしているのか。日本がどこか外国から借りているなら確かに、国民が最終的に返さなければならないのだから、一人あたり借金がいくら、というのはわかる。が、日本がどこの国から金を借りているのか。

実際は日本は世界最大の債権国、つまり外国に金を貸している国だ。差し引き、一円の借金もどこの外国から借りてはいない。つまり日本国は一切借金をしていない。むしろ、日本国は外国に金を貸しているので、国民一人あたり数百万円の金を外国に貸していると表現すべきだろう。

http://www.mof.go.jp/kankou/hyou/g374/374_c.pdf

財務省による「わが国の対外の貸借の現状」等を見ればよく分かる。つまり日本は一円も外国から金を借りていない。

では、ここで取り上げられている借金とはなんなのか。

結局は政府の財政赤字のことを言っているに過ぎない。それを埋めるために国債を発行したことを、馬鹿なことに「国債」すなわち国の債務と解釈しているわけだ。強いて言えば政府が借金をしているのだが、その国債を買っているのは日本の金融機関であり、一般の日本人が預けた金を運用しているに過ぎない。つまり、日本政府が国民から借金をしているのであって、日経に言わせれば、日本国民は日本国民から借金をしているから、日本国民に返さなければならない、さあ大変だ、と言うことだ。

こんな馬鹿な記事を、新聞に書いてあるからと信ずる人たちが、日本はもう駄目だ、破綻だ、中国に吸収されると悲観し、民主党はそれを使ってあおる。

なお、政府が国民から借りることは世界中にあり、それで国家が破綻したことなど一つもない。外国からの借金が返せなくて国が破綻することはある。

なお、国が国民に借金を返すことはない。なぜなら個人と違い国家は永遠に存在することが前提であり借金は次々に借り換えてゆくだけのことだ。

さて、問題のアホ記事。もしこの記事が本当で、日本は借金まみれで破綻するとお考えの人は、なぜ日本が世界一の債権国なのかを説明していただきたい。なぜ日本円の価値が上昇し続けるのかを説明していただきたい。


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http://www.nikkei.co.jp/news/main/20100125ATFS2500O25012010.html

「国の借金」、過去最大の973兆円に 10年度末、1人あたり763万円


 「国の借金」の総額が2010年度末に過去最大の973兆1625億円に達する見通しとなった。財務省が25日、国会へ提出した予算参考資料で明らかになった。今年1月1日時点の推計人口(概算値)の1億2747万人で計算すると、1人あたりの借金は約763万円に上る。

 「国の借金」は国債と借入金、政府短期証券を合わせた債務残高の総額。初めて900兆円の大台を超す09年度末見込み(900兆1377億円)に比べ、73兆248億円増加する。

 国の借金が急増するのは10年度予算案で、財源不足を賄うため、当初予算段階で過去最大となる約44兆3000億円の国債を新規発行するのが主因だ。08年秋に世界金融危機が深刻化して以降、政府は景気を下支えするため、国債増発を伴う大規模な財政出動を繰り返しており、国の借金は過去最大を更新し続けている。 (21:06)

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26日追記 先ほどNHKも同じようなことを報道していた。まるで何の疑問も感じていないような顔でアナウンサーが言っていたが、報道関係者に経済の基礎知識がないとは恐るべき事ではないのか。これでは、中国の刷り込み教育を批判出来ない。

中国のGDPが日本を抜く?

平成22年01月25日

 今年中にも中国のGDPが日本を抜くと言われているし、2030年にはアメリカを抜いて世界一になるとも言われている。年率9%の成長を続ければ当然そうなるだろう。また、事実古代に於いては、ピーク時中国は世界の富の70%を占めていたとも言われている。いずれにせよ、中国が世界経済で落ちこぼれていたのは、人類数千年の歴史で高々二百年ほどに過ぎず、殆どの期間を世界一の経済大国として君臨していたのは間違いがない。
 
 だから、これからの中国は本来の姿に戻るのだ、と言うわけだ。
 
 しかし、これはきわめて疑わしい。もしかしたら一時的に日本を上回るかも知れないが、そのままアメリカをも抜き去るとは考えにくい。もっとも、アメリカの経済力が相対的に落ちてくるとすれば米中の差が縮まるとは言えるかも知れないがそれが恒久的に続くには根拠がなさ過ぎる。
 
1)当時は中国は世界でも最も進んだ文明国家であり、匹敵すると言えばエジプト、インド、メソポタミアくらいしかなかったが、いずれも中国の国土、人口に匹敵する物ではなかったし、また栄枯盛衰もあり比較的継続していた中国ほどの富を蓄えることが出来なかったと考えられる。しかし、現在は中国に匹敵する、あるいはそれ以上の文化力、政治力を備えた国家はたくさんあり、中国のみが抜きんでることはあり得ない。

2)古代に於いては軍事力や農業生産力などが国力を決めたのだろうが、現代では先進国としての絶対条件、つまり自由経済、それを成り立たせる民主主義が絶対的に中国にはかけている。したがって、中国が成長して来るに従い、それに抵抗する力が内外から比例して大きくなるため、中国はそれらと戦わなければならず、それが成長を阻害する。

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http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0123&f=national_0123_001.shtml

急回復の中国に、欧米で広がるバッシングの兆し

  2009年の国内総生産(GDP)の伸び幅が8.7%に達し、世界的な不況の中で一早く回復を見せている中国。一方、米国では失業率の悪化が深刻となっており、輸出の成長が著しい中国に対するバッシングが広がるのではとの見方が強まっている。米国のニュース雑誌「New Statesman」が伝えている。

  中国では12月の輸出が前年比で20%近く増加したのに対し、EUではいまだに不況の影響から抜け出せず、約20%減少という数字が出ている。この対照的な数字だけでも中国バッシングの拡大には十分な要因であり、また中国の安い商品の輸入が米国の失業率を悪化させているという感情の高まりが、新たなバッシングを引き起こすのではないかと、記事では指摘している。

  また、米国の失業率は10%に達しており、国内の不満は膨らむばかり。政府は貿易摩擦は避けたい考えだが、国内の社会的不安を減らすことが優先課題であり、ワシントンが貿易不均衡を是正するため人民元の切り上げを迫ったり、懲罰関税を課すなどの対抗措置に乗り出すのは時間の問題だと見られる。

  しかし記事では、米国が動き出したとしても、中国はすぐに反応せず、ゆっくりとしたペースで人民元の切り上げを進めていくだけではないかとの見方を示している。(編集担当:松井望・山口幸治)

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中国内部に於いては、その状態を改革する機能が存在しないため、いずれ中国は袋小路に追いつめられる。

3)国力の大きな部分は文化力、技術力の充実だが、中国のそれらは世界の最低レベルと言っていい。すでにたびたび書いているので繰り返さないが基本的な民度、技術の軽視、拝金主義、人治主義などが国家の成長を抑える。

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http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=25425

国産車が販売不振、海外メーカーと比べ「技術不足」―中国モバイル版

2008年10月31日、中国自動車報は国産車が深刻な販売不振に陥っていることを報じた。

07年まで5年連続の2ケタ成長を記録した中国では個人消費が活発化、乗用車販売台数も大幅に伸び、07年は879万台の売り上げを記録、03年から倍増した。しかし政府と国民の期待を一身に受けている国産車は不振にあえいでいる。07年の販売台数は124万台と前年から25万台以上増加させたものの、マーケットシェアは大きく低下した。

国産車は低排気量の小型車を主戦場としているが、市民の収入水準の上昇により、メインの市場はより大型の車へとシフトしている。排気量1000cc以下の販売台数は前年比で31%も減少した。一方で大型車も決して好調なわけではない。国産ハイクラス車の代名詞ともいえる「紅旗HQ3」は不振のため16万7000元(約250万円)という空前の値引きを実施した。

中国国産車不振の理由を問えば、技術力不足に尽きるだろう。急成長する中国市場でのポジションを得ようと世界各国の自動車メーカーは現地に合資企業を設立、生き馬の目を抜く激戦区となっている。こうしたなか、国産メーカーの技術革新は明らかに一歩遅れたもの。9・10月の自動車販売台数が前年を割り込むなど景気低迷が現実化しつつあるだけに、国産メーカーはこれまで以上に厳しい状況に置かれている。中国自動車報は、国産メーカーは技術革新のスピードを上げ、海外企業に負けない競争力を得ることしか生き残りの道はないと激励している。(翻訳・編集/KT)

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4)そもそも、中国の公表している経済発展の数字がきわめて疑わしいことは周知の事実であり、地方は成績を上げるために水増しをした数字を中央に上げるため、それらの数字を単純に足すと成長率が年率20%を越してしまうので、適当に調整して発表しているとされている。増大し続ける失業率、資源の消費量の伸びの少なさも、中国公表のGDP伸び率を説明出来ない。

5)嘘で塗り固められた中国が、唯肥大化するだけでは自重で崩壊するとの見方が大きい。

もし、中国が国際社会と協調し、節度ある大国となるのであればむろんそれは世界にとっても有益であり、日本は中国と共存共栄を図ればよい。日本の10倍以上の人口を有し、25倍の国土を有する中国が日本やアメリカ以上の経済大国になることも全く問題はない。だが、中国は内部に抱えた問題故に、世界と妥協することが出来ず、今まで適し政策を採ってきた日本と真の協調を取ることが出来ない。

中国がこのまま成長するには阻害要因が大きすぎる。古代に於いて中国の周辺に競争者がいなかった時期とは違う。中国の台頭が世界に悪影響を与えるからこそ、アメリカは警戒感を強め、周辺国や今ではアフリカなどからも反感を買い、世界中で中国排撃運動が起きているのだ。

ロシアも決して中国に心は許していないし、それはインドも同じ事だ。このような状態で、中国が世界一の大国になることなどあり得ない。もしそうなら世界が中国に膝を屈することを意味するが、それは世界は求めない。だから、中国が世界の工場であることは認めても、支配者となると話は別だ。

内外に大きな矛盾を抱えたもろい国、自重でつぶれそうになっている大国、それが中国の真の姿と言えよう。

ところで参考までに

http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/stat_01/

ジェトロ統計  2008年


1,506億4万ドル   (日本からの輸出)
1,161億3,245万ドル (中国からの輸入)

対中貿易黒字 345億ドル ¥100/$ として、3兆4千5百億円

同年、日本の総生産高は49,230億ドル 同490兆円

3.45兆円/490兆円 = 0.7%

つまり、日本経済が中国に依存しているなどとの主張には根拠が無く、この数字は単なる誤差の範囲でしかない。

ゼロサム受け入れは間違い

平成22年01月24日

 凡そ40年ほど前、ローマクラブが発行した「成長の限界」という本が話題を生んだ。地球上の資源が次々と枯渇し、人類はこのままでは成長の限界を迎え、その後は衰退に向かう、と言うような内容だったと思う。
 
 この本によればたぶん今頃石油やウラニウムなどいくつかの資源がすでに枯渇しているはずなのだが、現実に枯渇した資源があるとは聞いていない。もっとも、あの本に書いてあったのは人類が当時のままに消費を続けていればという条件だから、四十年の間に省エネ省資源技術は飛躍的に発達しており、また石油などは新しい発見が相次ぎ、採掘技術も進んでいるので、何年も枯渇すると言われ続けながら未だに枯渇する兆しはない。
 
 この石油も後数十年で枯渇するとは今でも言われているが、それまでには石油以上に採掘量がある天然ガスやハイドロメタンが使われるようになるだろうし、省エネ技術もさらに進むだろう。なにしろ、ロシアは同じ生産量を上げるのに日本の十八倍のエネルギーを使う。日本は世界でも飛び抜けた省エネ大国であり、世界中が日本並みの省エネ技術を使用すればエネルギー源は数倍枯渇する年数が伸びることになる。
 
 また、昔とは段違いのリサイクル技術も進んでおり、日本でリサイクルを完全に行えば世界最大の希少金属産出国となるとのことだ。
 
 また、食糧の不足も成長の限界を生むと言うのだが、飽食日本にいればそのような実感は湧かない。ただ、世界的に見ればおよそ六十五億の人間の内、十億は飢えに貧していると言うから食糧不足がある面深刻なのは事実だ。しかし、世界では食糧生産を削ってバイオ燃料を作っているくらいだから実は食料生産余力は十分にある。日本でも休耕田がかなりあるくらいだ。つまり一部の地域で食糧不足が深刻になっていると同時に、例えば日本では毎年食料が千万トン廃棄されている。つまり、食料の分配が偏っているのであって、食料の絶対量が足りないのではない。
 
 あと三十年もすれば世界人口が百億人になると言われているが野放しに増えるわけではない。人口の伸びは鈍ってきており、おそらく百億に達することはないとの見通しもある。ただし、このような見方があると言うだけで、実際はどうなるか分からない。
 
 食料生産技術も相当進んでおり、実際は地下でもビルの中でもエネルギーさえあれば農業生産は出来る。実際に食糧不足が起きる兆しはないと言われている。
 
 成長の限界の要素としては、人口増と資源の枯渇だろうが、現時点では双方が極限に向かうことはなさそうだ。
 
 次に、日本では人口減が問題となり、その意味で日本の成長が抑えられ、いつかは経済縮小局面に達するから、外国から千万人の移住者を迎え入れなければならないと主張する人が居る。
 
 しかし、現在仮に全く手段を講じないとして、人口減は年率1パーセントであり、一方生産性は年率2パーセントで上昇している。つまり、労働力不足が起きて日本の産業が衰退する要素はまるでない。十年前と比べてさえ、コンピューターや各種ロボットなどの投入で、生産力は飛躍的に上がっている。大勢の不法入国外国人が日本で仕事を得ているし、そして常に数パーセントの失業率があることを考えると、日本が人口減で労働力不足に陥ることはあり得ない。むろん、人口の無制限な減少は別の意味で解消しなければならないが、実際に人口がゼロになるまで何も出来ないわけではあるまい。つまり、一定の数字まで人口が減ったとしてもそこで落ち着くはずだ。
 
 ところで、経済成長を追い求めると自然破壊をし、環境が破壊され、最終的に人間の生活が成り立たなくなるから、成長する必要はない。低成長かゼロ成長で良いのだと主張する人たちがいる。
 
 では実際にゼロ成長策を採ったとすればどうなるか。人間が生活をしてゆくためには必ず消耗があるので、補充をしなければならない。補充のための生産は必ずいるのだ。そして、全ての生産物が消費者に届けられるわけではない。かならず余剰生産物が発生する。そのための生産もしなければならない。
 
 つまり、生産は常にしなければならず、消費者が消費する為には生産に携わって収入を得なければならない。ところで、生産を支えるのは資源だが、資源は必ず減ってゆく。すると価格が上がるので、今までの収入では変えなくなる。すると収入を増やすために余分に生産しなければならない。また、限られた資源を効率よく使うためには技術を発展させなければならず、そのためにも生産を改良してゆかなければならない。つまり、生産拡大であり、とりもなおさず経済拡大が必要条件となる。
 
 それを怠ると、限られた資源獲得競争に敗れ、生産が出来なくなる。一旦生産が出来なくなると、後は釣瓶落としに経済が縮小し、破綻する。その過程で一番被害を受けるのが、社会的弱者となる。
 
 現在資源の枯渇が心配ないというのは、生産性が高く省資源、リサイクルなどの技術があるからだ。経済発展が停まると、それが全て作用しなくなり、たちまち外国との資源獲得競争に負けるしかない。国の存続に関わるのだ。
 
 バブルはともかく、ゼロサムや低成長で自然に優しい生活をとおっしゃる方々は、そのような生活が強力な生産力に支えられているからと言う理解が足りない。日本でホームレスが成り立つのは彼等の生活を支える余剰物が社会にあるからだ。しかし、最貧国ではホームレスは生きて行けない。ホームレスもまた生産力が支えているのが現実であり、生産力の絶え間無き増強すなわち経済の拡大が続かない限り我々は存在出来ないことを理解すべきだ。

新聞は死ぬのか

平成22年01月23日

 今、日本の新聞社は軒並み業績が悪化し、テレビ局などとの連結決算でも大幅赤字が積み上がっているようだ。毎日新聞などは全国紙であることを諦めたようで、その存続さえ危うくなっている。尤も、毎日新聞はかつて外信のWAIWAIで、十年に渡って日本をおとしめ日本女性を侮辱し続けていたことが判明し、大問題になったのだが、その責任者は今社長に出世している。このような新聞社が長らえるようでは社会正義に反する。
 
 反国家新聞である朝日も凋落が著しく、解体あるいは消滅は時間の問題であろう。
 
 日本ばかりではない。これは世界的な傾向であり、アメリカでもすでに五十社に及ぶ地方紙がつぶれ、大手とされているNYTなども半数のスタッフを解雇している。是に対し、メディアは危機感を覚え、必死に公正な取材が出来なくなり権力をチェックする機能が無くなる、と訴えている。
 
 これほどまでに新聞が凋落したのは言うまでもなくインターネットの普及による。
 
 昔は、新聞に書いてあることは全部真実だとの意識がどうもあったようだ。また事実新聞の方にも社会の木鐸としての意識があったのだろうと思える。事実を書いているか、この点については、今も昔も、一応大手の新聞とされるところでは、意図的に嘘を書く事はないと思ってよい。ただし、毎日新聞はその禁を犯したので一切の信頼を失い、真っ先に凋落の一途をたどっているのだが。
 
 むろん、人間のやることだから、意図的な嘘はないとしても誤報はしばしばある。特に通信社から記事を買って転載している場合などは、その元記事が誤報であれば、当然誤報を載せることになる。外国記事などには多い。また、日本語もろくに読めない記者を日本においている外国新聞社や、そもそも日本についての知識など持っていない外国紙などはかなり誤報を流すようだ。
 
 しかし、これら誤報が故意に情報を捏造したとは言いきれず(中国などでは明らかにそのようなことがあるが)ただ、それが誤報であったと判明したときにメディアがどのような態度を見せるかが重要であろう。間違いは人間であれば避けられない。しかし、間違いだと判明したときの態度で通常の信頼度が判断出来る。
 
 そこで、思い出されるのがオームによる松本サリン事件であり、当時第一通報者のK氏があたかも真犯人であるかのような報道が飛び交った。しかし、半年後あれがK氏とは無関係でありオームによる犯罪であることが判明したわけだが、その後もマスコミによるK氏への謝罪はなかった。読者や語法に対する謝罪のみであり、K氏への謝罪は皆無であったとのこと。さらに、週刊誌のSは最後までその謝罪もしていないと、K氏は言っているとのこと。
 
 誤報を認め被害者に謝罪をする姿勢がマスコミにないのであれば、マスコミ自体の信憑性は多いに疑わしい。
 
 そもそも商業マスコミにとって、ニュースは商品であり、消費者が見聞きしたい報道を、見聞きしたいように脚色して送り出す。脚色とは、主観をあたかも事実のように付け加えたり、ある部分を伝えずある部分を針小棒大に伝えることを言う。嘘ではないにしろ、きわめて偏った印象を与える。そのような記事が消費者に受け入れられるのであれば、むろん、発信する方はそうする。
 
 これが時に国の運命を変える。かつて日本が戦争に突入したとき一部の新聞が国民を煽り立て、政府がそれに抗しきれなくなった面がある。その民意にあおられ、軍人が政府を乗っ取ったのが先の戦争ではなかったのか。むろん、それだけが戦争の原因ではないが、もし当時マスコミがあおらなければ事態は変わっていたかも知れない。
 
 昨今のマスコミ報道を見ていると状態は決して改善していない、それどころか悪化しているような感さえある。報道は事実のみを漏らさず伝えればよい。判断は受けた人間がする。それに徹すればよいのではないのか。
 
 さて、インターネットによる情報と新聞による情報の違いは、一つ、市場原理に従っているかいないか、一方向か双方向か、情報源に近いか遠いかなどだろう。
 
 商業原理に従っているかとは無論情報が商品なのかと言うことだ。金を取って情報を流すのだから当然であり、買ってもらえる記事を選び、買ってもらえるように加工して出荷する。ネットではその度合いがすくない。むろん、ネット新聞や閲覧が有料のサイトなら別だが、大多数の記事は商品ではない。したがっていらざる加工はされていないと見て良い。
 
 ただし、主観が大きくはいるので大半のネット情報は信頼出来ないし、多くは事実さえ捏造している。したがって、むろんそれを念頭に置いて接する必要がある。つまり、インフォーメーションではなく、インテリジェンスとして利用するわけだ。
 
 新聞が一方向であるのに対し、ネットの多くが双方向である事も大きい。仮に事実と違う情報が流されてもそれに対する反論、批判、別根拠なのが提示されるので、全く一方的な捏造記事が流されることもない。たとえば、2ちゃんねるはありとあらゆる書き込みが事実上規制無しに寄せられ、おそらく99.99パーセントは信用出来ないが、それに対すコメントが集中する内に次第に真実が見えてくる場合がある。ネットの情報で何より大きいのは、情報源が非常に大きく、非常に多数の人間が関わっているので、情報が真実に集約されてゆく機会が多い。これは既製メディアとは大きく違う点だ。
 
 情報源に近いかどうかだが、これは既製メディアが専門の取材者(記者)による取材であるのと、情報源の内部からの発信である可能性が高いネットの違いを言っている。
 
 記者は事件が起きてから取材し報道するのだが、各々の記者が内部事情に通じているわけではないから如何に取材が早くても近くても限度がある。実際に記者の知識不足が事実をねじ曲げている例は多々ある。再度松本サリン事件に戻るが、当初犯人とされたK氏が農薬を作ろうとしてサリンを作ってしまったという報道が根強く流れていた。しかし、専門家は、そのようなことはあり得ないと言っていたのだが、報道の陰に隠れて、あたかも、誰もがサリンを作れるような報道が続いていた。これがまたK氏の犯人説を裏付けていたのだ。
 
 もし、記者に科学知識があり、農薬を混ぜ合わせる事でサリンを作れるような物ではないと知っていたら、あのような報道が溢れることはなかったはずだ。
 
 ネットの特徴として、ある会社の不祥事がニュースになる場合、その会社内の人間が情報を発する場合がある。政党についての情報も、各議員の個人ブログなどからの情報が、その個人についての最も確実な情報と言えよう。もちろん、その発言が真実かどうかではなく、その人物がそのように発言したことを事実として伝えているという意味だ。それは、他の情報とつきあわせることで、その人物の言葉自体の真義を判断する材料にもなる。
 
 もし、それがなければ、本人がそう言った事実さえ曖昧になるのだ。
 
 これらを考えると、結果としてネット情報が真実を伝えていると思えるし、また広範囲に伝えられていると言える。
 
 新聞社は報道機関としてより取材機関として残るしかないだろう。報道機関の大きな収入源は新聞購読料や視聴料のほかに広告料がある。しかし、今ではネットによる広告が規制メディアの広告料をしのいでいる。それはそうだろう。ネットを使えば一個人でも全世界に向けて広告を打てるのだ。このようなことは既製メディアでは想像もつかなかったことだ。
 
 結論として紙媒体の新聞は今後いらない。ただし、情報収集の専門家として残ることは可能だろうが、それにかかる費用を果たして得られるかどうかは別だ。いずれにせよ、ネット情報がきちんと機能すれば権力の監視役がいなくなるとの冒頭の懸念はなくなるのではないか。

電気自動車、代替エネルギー

平成22年01月22日


これは以前書いた記事をまとめた物。

 全地球的意識の変化として省エネ、グリーン革命、環境保全などがあり、俄然日本の高い技術が他国に対する強力な競争力としてクローズアップしてきた。

 その一環として、省エネ自動車があり、その分野では今ではトヨタ、ホンダが独走していると言っていい。世界的な自動車販売量の減少、低迷の中で、両社のハイブリッドカーは生産が間に合わないほど売れている。生産が間に合わない主原因は、バッテリーの生産が間に合わない事だそうだ。

 今のところ、両社ともバッテリーはニッケル水素電池を使っているが、ニッサンなどが出そうとしている電池自動車は、リチウム電池を使うという。今のところ、最も能率の良い充電池はリチウム電池で、当然ニッケル水素電池よりもリチウム電池を使った方が車の性能も良くなる。しかし、リチウム電池は充電放電を非常に精密に制御しなければ、劣化が激しく時に発熱して爆発し、車などでは大事故につながりかねない危険性がある。それでなくとも現在のハイブリッド車でさえ電池のコストが非常に高くつくのに純粋な電池車では電池のコストが膨大になり、非常に高価な車になってしまう。

 電池自動車については、今年度の公的研究開発費は70億円。アメリカは2000億円。

 電池自動車自体は非常に構造が簡単であり、ガソリン車が本格化する以前にすでに開発されていて100年以上の歴史がある。ガソリン車が実用化されてからは廃れてしまったが、その後何度も開発が試みられ、そのたびに成功せずに消えている。ひとえに電池の効率が低く、精々一回の充電で2,30キロしか走れずしかも速度も非常に遅く、車としての実用性がほとんど無かったからだ。

 ただし、速度が遅くてしかも走行距離の短い車としては、ゴルフカート、フォークリフト、電動車いすなどでは盛んに使われており、それらでは省エネ、消音、エネルギーコストの低減で実用化されている。

 現在実用化はされていないが、最も高性能の電池自動車は慶応大学で開発された8輪の電池自動車エリーカであろうが、なにしろ試作品とは言え1億円もする。ただし、エネルギーコストは非常に安く、実際500円で東京から大阪へゆけるし、最高速度は優に130キロを超す。ダッシュ力も十分であり、もし単価が下がればそのまま製品化できるレベルになっている。

 ただし、価格が極端に高いので普及は今のところ無理だ。

 もう一つ電池自動車が普及しないネックに充電インフラがある。今実用化されている電池自動車は、一晩充電して160Kmほどの走行が出来るというもの。ガソリン車であれば数百キロは走行できるのでこの差は大きい。山の中で電池切れなどしようものならお手上げになるし、高速道路も走れない。電池を大きくすれば何とかなりそうだが、そうなるとますます高額になるし、下手をすれば電池を運ぶだけになって人間も荷物も載せられない車になる。これでは意味がないので、電池の大きさに自ずと制限があり、値段とのかねあいもあって今のところ一回の充電で160キロくらいが実用の限界になっている。

 しかし、160キロ走れれば、遠距離ドライブはともかく通勤や買い物には十分であり、それが今になって電池自動車が本格化してきた理由だろう。いずれ、量産効果で電池も安くなるだろうし、そして電池の効率も上がるだろう。そうすればもっと高性能で安い電池車が普及してくると思われる。

 その中継技術としてガソリンエンジンと電気モーターを併用したハイブリッド車が普及しているわけで、これだとガソリンスタンドという既製のインフラがそのまま利用でき長時間の充電も必要なく、好きなだけ走行距離を伸ばすことが出来るからだ。ただし、二系統の動力を持っているため、構造が複雑であり、そのための価格も高くなって製造技術が高度になり、先発メーカーが独走しているわけだ。この分野では、他社はおいそれと追いつくことが出来ないために、電池自動車で市場獲得を狙っている。

 電池自動車は構造が非常に簡単であり、なにしろガソリン自動車に先立って開発されていたし、器用な人なら自分で電池自動車を作ることも出来る。なにしろ、電池とモーターをリヤカーに取り付けても電池自動車は出来るのだ。

 だから、どこのメーカーでも簡単に参入できるので、自動車技術が高度な日本メーカーは価格競争で勝てないのではないかとの懸念がある。が、実際はそうではない。構造が簡単なだけに、部品の性能がそのまま車の性能に直結するため、電池、モーター、コントロール回路、車体それぞれに究極の高度な技術を要する。

 まず、電池で言えば世界の高性能電池の大半は日本メーカーが占めており、その技術は簡単に追いつけるレベルではない。モーターも、強力磁石や精密加工技術は日本が突出しており、しかも今後主流となるであろうインホイールモーターやコントローラーでは、日本がやはり抜きんでた技術力を持っていると言っていい。ちなみに、インホイールモーターとは、車輪一つ一つの中に独立したモータを入れて、同期して回すものであり、そのためにプロペラシャフトなどが要らないし、それぞれの車輪を全く独立して向きを変えることが出来るため、車体のデザインが非常に柔軟になる。また、この特性故に、その場で真横に走行できるなど極めて高い操縦性が確保できる。各々の車輪の回転数を変えることで素早く向きを変えることも出来るし、スリッピングを防ぐことも出来る。各々のモーターを精密にコントロールする技術も生半可なものではない。

 むろん、電池の充電放電、回生ブレーキ(ブレーキをかける場合モーターを発電機として電気を発生させ充電する)のコントロールも難しい。

 車体も重い電池を運ぶ頑丈なものであり且つ軽い物でなくてはならず、炭素繊維などを駆使できる日本は有利だ。

 つまり、電池自動車が本格化すれば日本の高度な技術は他国の電池自動車を近づけないだけの車を作り出すと思われる。

 もう一つのネックは先述した充電インフラだ。各家庭で充電できることが魅力だが、それには一晩かかる。むろん、一日かけることも出来るが、それだけ充電できる電池を車が積んでいないのだから、家庭での充電には限度がある。すると、長距離ドライブなどでは外に充電インフラがあれば、すなわちガソリンスタンドに替わる充電スタンドがあればよいが、ここで問題になるのは充電時間がかかりすぎると言うことだ。一晩かかって160キロであり、充電スタンドに何時間も居なければならないのでは、現実には充電スタンドは無理だ。ただし今では急速充電の技術も進み、15分ほどで20キロくらいの走行は出来るようになるとのことだから、例えばスーパーや病院、駐車場などに急速充電設備を置いておけば、用足しの間に充電できる。実際にこれの実施を検討したメーカーがあるが、一回の充電でかかる電力コストは精々数十円であり、これでは充電設備の設置コストが到底回収できない。それで、この案は今のところ沙汰止みになった。

 そこで替わりに考え出されて実際にニッサンが検討しているのは、電池を別売する方法で、車の代金には電池を入れないで販売する。そうすると、むろん車の価格は非常に安くなる。ガソリン車よりもかなり安くなるので、あとは充電スタンドに充電済みの電池を用意しておき、充電する替わりに電池を交換することになる。電池代は実際只のような電気代の替わりに充電代として回収するので、つまり、車の所有者は充電スタンドに立ち寄るたびに電池代を払うことになる。

 これで充電時間と車のコストの問題は解決しそうだが、もともと電池は使い方により劣化に差が出る。また車も長期間使う人もいれば短期間で乗り換える人もいるし、長距離走る人もいれば短距離しか使わない人もいる。それらバラバラの条件の人たちに、同じ単価で電池代を割り振るのはきわめて不公平なことになる。同じ車を使いながら100回の充電しか行わない人は1000回の充電を行う人の十分の一しか電池代を払わない事になるし、また劣化した電池を交換された人は新品の電池を交換された人よりも割高な電池代を払うことになる。

 そして、大勢の人々が共有する電池も使う人により劣化の状態は大きく異なる。乱暴に使う人に使われた電池は早く劣化し、丁寧に車を運転した人は電池の劣化が少ない。それらの人々から同じ充電代を回収するのは不公平ではないのか。多少の違いなら平均化出来ようが、電池の使用率、劣化の度合いは非常に差が大きく、平均化は無理だ。

 たくさんの車に対し、電池はそれ以上にたくさん要る。車が来ても電池がありませんとは言えず、また充電スタンドによってはたくさんの車が来るところと少ししか来ないスタンドが出来る。常に余分な在庫用の電池を用意しなければならず、その予備電池のコストまで充電代に含めるのでは、充電コストは以上に高くなる。つまり、電池の回転率や使用率が大きく異なるが同じ充電代ではその矛盾を正せない。

 これら全ての問題が片づかない限り、電池を別売する方式はうまく行かない。

 結果としては、とにかくきわめて高効率で安い電池が出来、しかもきわめて短時間で、すなわち数分で数百キロ走行できるだけ充電できる方式が完成しない限り、本格的な電池自動車時代は来ない。さらに、充電式自動車がガソリン車に入れ替われば、その電力をまかなう発電所もいるし、送電システムもいる。これらのインフラ整備にはそれなりの時間もコストも掛かる。だから、ハイブリッド車の独走は暫く続くだろう。

 また、今のところ、電池車もハイブリッド車も比較的小型さに限られている。出力が小さいからであり、ガソリン車やジーゼル車のような20トントラックが電池車やハイブリッド車で実現するにはよほどの時間がかかると思われる。したがって、ガソリン車が無くなることはそんなに早く来ない。

 ところで、電池車と似たようなシステムで、キャパシタ車がある。一部実用化されているが、これは電池とは全く違う蓄電装置であり、日本語では蓄電器といわれるものだ。構造はきわめて簡単で、絶縁体を挟んだ導体に電圧をくわえると、電気が貯まるもので、古くはライデン瓶として知られているようにすでに数百年前から知られている。ただし、蓄電量がきわめて小さく、同じ重さの充電池の数万分の一くらいの電気しか貯められないのが今までだったが、最近急速に技術が進み、今では十分に充電池の替わりを果たすものが現れている。例えば手動発電機を内蔵しているフラッシュライトやラジオが売られているが、これらはこの新しいキャパシタを使っている。大型のものが一部フォークリフトに使われているし、またバスなどにも使われている。今後大きく期待をもたれているのがキャパシタ車だ。

 キャパシタの特性として、充電が瞬間的に出来る事が最大の特徴であり、数秒間でフル充電が出来る。また充電電流、放電電流に制限が事実上無い。むろん、回路としての制限はあるが、電池の数十倍数百倍の電流での充放電が可能であり、だからこそ瞬間的な受電が出来ることになる。これだと、ガレージに置いているとき、コンビニや方々の駐車場、スーパー、銀行、などなどに簡単な充電器を置いておけば数秒で充電できるし、交差点などで何らかの充電が出来るなら、町中では改めて充電する必要もなくなる。キャパシタの充電装置は、蓄電池の充電装置に比べ非常に簡単であり、価格もほとんどかからないと言える。

 構造が簡単であり、電池のような劣化が無い。リチウムのような高価な材料を使う必要がないし、爆発のような危険性が少ない。ショートなどすれば爆発の可能性はあるが、電池に比べればずうっと簡単安全と言える。

 いまはまだ充電量が電池より少なく、一回の充電で走行できる距離は数キロから十数キロ止まりのようだ。しかし、これでも買い物や通勤には使えるだろうし、充電が数秒で済むのだから安価な充電器を方々に置いておけば、いや、充電器は車に付けて単にコンセントだけ方々に置いておけば、長距離でない限り十分実用化できると考えて良いのではないか。

 他に道路に充電用の電極を埋め込み、走りながら充電するシステムなどが考えられているがこれは効率が悪いしインフラにコストがかかるので実用化の目処は立っていない。むしろ、キャパシタの性能がもっと向上すればあるいは電池車に替わって爆発的に普及するかも知れない。キャパシタの研究も日本が最先端を行っている。

 最後に、コンセプトを全く変え、一晩の充電で走行距離3,40キロの車も通勤買い物には十分利用できる。それなら従来の、古い技術で十分に可能であり、鉛蓄電池とモーターをガソリン車の燃料タンクやエンジンと交換すればすぐに作ることが出来る。最初からそのように作ればガソリン車よりもかなり安い。

 夜家で充電をすれば奥さんの買い物旦那の通勤、子供の送り迎えには十分使える。そのような車がもっと普及してしかるべきではないかと思うのだが。鉛蓄電池でなくとも、これならニッカド電池やニッケル水素電池でも十分であり、そうなるとコストは多少上がるが走行距離はもっと伸びる。実際にこのような車を専用に作っている会社はあるし、ガソリン車からの改造キットも日本で売られている。なにも、数百キロの走行距離、時速100何キロ等ばかりを目指す必要もないとは思うが。長距離大出力の車と、短距離軽量車との二本立てで開発をすれば、結果として大出力車も安くなるのではないかと考える。

 ここで、他のクリーンエネルギー自動車について書いておきたい。

 1)ガソリン自動車はすでに限界まで技術開発が進み、これ以上環境に優しい省エネ車は難しい。それに、燃料のガソリンが全て輸入(0.3%程国産もあるが)であり、今後原油か価格が高騰すれば今のようにガソリン車が気軽に使えなくなる時代がいずれ来る。なにしろ、原油の枯渇は動かしがたいのだから。

 2)天然ガスは原油よりも豊富にあるし、日本でもかなりの量を産出し、ガソリン車よりもco2発生量は低いが、エネルギー密度が低い(LPGタクシーのトランクにある巨大タンクを見れば分かる)のと、エネルギー補充のためのインフラが出来ていない。したがって、国内でもタクシーなどのごく一部に使われているだけで、本格的普及は難しい。そして、基本的にCO2発生などの問題はガソリン車と同じである。

 3)バイオエネルギーとしてエタノールを使う車がある。今はガソリンと混ぜているが、純粋なアルコールでも車は走る。このバイオエネルギーは、再生産が利きCO2発生が事実上無いことがメリットと言える。むろん、CO2は発生するがこれは本来植物が大気から取り込んだCO2であるため、燃焼で生じても全体量が増えることはないからである。しかし、NOX(酸化窒素)は発生するので、ガソリン車、LPG車と同じ問題を抱えている。このアルコール燃料の問題は、今のところコストが高くガソリンに競合出来ないこと。また、アメリカやブラジルが推進しているトウモロコシやサトウキビなどからの製造では、食料を削ってアルコールを作っているので、食糧不足を生み出すことになる。日本やEUなどが反対しているのはそのためで、食料と競合しない一般セルロースを原料とする方法を日本などでは開発している。技術的には成功しているが、価格的にはまだまだの段階だ。

 しかし、いずれにせよ大規模に生産しそのための技術が向上すれば、価格的にはガソリンに競合出来るようになると見られている。むろん、食料とは無関係な一般の植物、また地上の畑面積を使わなくても良い海藻を原料として作る技術も開発されつつある。

 ただ、価格的にガソリンよりも安くなったとしても、いまのところアルコールエンジンは腐食しやすく、そのためのコストが上昇する懸念はある。新素材の開発やセラミックの多様などで解決を試みる動きはある。

 もう一つの問題はエネルギー密度の低さであり、これはガソリン以外の燃料では常につきまとう問題なので、エンジンなどの改良である程度解決するしかない。

 一方、菜種や大豆から採る油をジーゼル車に使う方法も実際に行われているが、食料との競合という問題は同じである。藻を使用して油を取り出す方法も主流にはなれない。
 
 4)燃料電池車というものがある。燃料電池は、正しくは電池ではなく発電装置であり、燃料を燃料電池で電気に変え、それでモーターを回して車輪を回す方式であり、イメージとしては、ガソリンを積んでガソリンエンジンを回し、それで発電機を回してモーターを回す方式と似ている。実際にジーゼル機関車は、重油エンジンで発電しモーターを回しているのだから同じようなものだ。ただし、これではガソリンエンジンで車輪を動かすのに比べれば効率が悪いだけで、構造的な柔軟性は電気自動車に近いが、メリットは余りに少ない。

 燃料電池を使う車は、エンジンで発電機を回す過程がなく、直接燃料から電気を起こすのでその分校率がよい。したがって、もしこれが実用化されれば、充電池と違い燃料を補充すればよいので既設のガソリンスタンドが少しの改良で使えるし、短時間で長距離走行のための燃料が補充出来るので、充電池を受電する時間や走行距離の制限がない。つまり、ガソリン車のメリットと、電池車のメリットを両方得られる夢のシステムだが、ネックは燃料電池の能力が低いことだ。まともに車を走らせるためには巨大な燃料電池を積まなければならず、車が非常に高額になり、かつ重量物の電池を積む分積載量が大幅に減る。要するにやっと走るだけの車しか出来ない。

 したがって、燃料電池の能力が飛躍的に向上し、価格が飛躍的に下がらない限り、燃料電池車は実用化出来ない。

 なお、燃料電池の燃料としては水素が理想的だが、後述する水素エンジン車と同じ問題を抱えていて、実際はメタノールなどを使用する。

 将来の選択肢の一つではあろうが、燃料電池の改良と通常の充電池の改良の進み具合から将来のメイン方式が決まるだろう。いまのところ、充電池を使う方が可能性が高いと思われる。

 5)水素自動車は水素を発生させるためにエネルギーが要るので、たとえ車に使えてもエネルギー軽減の解決策にはならない。ただ、発生するものはほぼ100%水だけであり車自体の環境負荷は非常に少ないが、水素発生時にCO2発生をしている場合があるので、それは見ておく必要がある。

 水素エネルギーは実際には密度が低い。それは高圧の水素を持ち運ばなくてはならず、結局一度に車に充填出来る水素の量は限られているので、結果として液体であるガソリンやアルコールよりもエネルギー密度が低いことになる。むろん、同じ重量で単純に比べるなら、水素のエネルギー密度は非常に高いから、高圧で持ち運べる技術が完成すればこの問題はなくなる。ただ、高圧水素が事故などで爆発する危険性を完全に排除するには超えなければならない壁はまだまだたくさんある。

 また、水素は分子量が非常に小さいために、様々な素材の中に入り込み変性させ破壊してしまう、いわば金属腐食が非常に激しい物質であるため、大量の貯蔵、パイプによる輸送が出来ない。そのため、水素充填スタンドなどが作りにくく、これにより、一時本命と見られた水素エネルギーの見通しはかなり悲観的になった。

 6)一方、水素を発生させるエネルギーをアルカリ金属発生のために使えば、大量のナトリウムやカリウムを作ることが出来る。なにしろ、ナトリウムなどは事実上無限に存在し、エネルギーさえあれば海水からいくらでも製造出来る。

 このナトリウムなどのアルカリ金属は、水と激しく反応して水素を発生するので、その水素でエンジンを動かす自動車は実現可能である。この利点は、水はどこででも補充出来、アルカリ金属の持ち運びや貯蔵は非常に簡単であるため、アルカリ金属はある程度まとめて積んで置いて、水だけを補充し、走行中は少しずつアルカリ金属と水を反応させて発生する水素をその場でエンジンに供給するわけだ。

 これであれば、アルカリ金属を例えばコンビニやスーパーで買い、水はどこででも補充すればよい。アルカリ金属は扱いさえ間違えなければガソリンや水素のような危険性はないが、補充スタンドを造っても少ない面積の少ない設備投資で可能なので、特に問題はない。

 エネルギー効率はアルカリ金属精製時に非常にたくさん使うことからあまり高くはないし、水素によるエンジン腐食の問題はあるが、水素を持ち運んだり貯蔵したり輸送する問題はなくなる。アルカリ金属を水と反応させたあとには水酸化物が発生するが、これは回収すれば又アルカリ金属製造に使える。

 技術的問題があるとすれば、エネルギー効率の低さ、連続して大量の水素を発生させながらエンジンを動かす際の安全性やその効率、水素エンジンの腐食の問題がある。

 7)ただし、上記の水素やナトリウム金属発生には太陽エネルギー、風力エネルギーなどが使える。これらのエネルギーは天候や時間により非常にムラがあり使いにくいエネルギーであり、大規模な蓄電装置と組み合わせなければ実用化できない面があるが、これらのエネルギーで水素やアルカリ金属を精製すれば、エネルギーを蓄積することになるので高価な充電設備が要らなくなる。この面での利用は考えられる。

 これらの発電設備では、例えば大規模な洋上発電システムなどが実験段階に入っており、陸上では色々制限のある大型風力発電設備を洋上に浮かべた浮島の上に作って、原発並みの電力を発生するシステムの実用化が考えられている。これであれば、土地の狭い日本でも可能であり、デンマークなどではすでに実用段階に入っている。

 この場合発生した電力を如何に消費地まで運ぶかだが、電力ケーブルを引き回すよりも、不安定な発生電力を貯蔵する形で水素を発生し、場合によっては水素を運んだり、あるいは炭酸ガスと共にメタノールを合成して貯蔵、運搬する事などが考えられている。メタノールであれば、ガソリンスタンドのインフラがそのまま使え、また燃料としてそのまま使える。

 8)今日本を初め世界では太陽電池や風力発電装置の建設が進んでいるが、何しろエネルギー密度が非常に低く、また時間的に発生量にムラがあるため、今の火力発電、原子力発電に替わることはほとんど無いだろう。コストに大幅な開きがあるからだが、今後原油が高くなれば事情は変わるだろう。しかしエネルギー密度が低いという問題は解決しない。あくまでこれらのエネルギー源は補助的なものとしての限度がまだまだ続く。

 太陽電池や風力発電装置を作った消費したエネルギーと、これらの設備が寿命を迎える前に発生するエネルギーの収支をかんがえてみると、必ずしもこれらの自然エネルギーが環境に優しいとか省エネになっているとは言えない。

 9)太陽電池は、実際は電池ではなく発電装置であり、繰り返すがエネルギー密度が非常に小さいために、コスト的に重油に対抗するのはほとんど不可能と思われる。また、日本のように国土面積が小さい国では、設置にも限度があり、むしろ各家庭やビルの外壁などに太陽電池を設けて電力の一部をまかなうくらいの事にしか使えない。しかし、これにも実際は大きな公的支援があり、その財源は税金であるため、これらの設備を有していない一般人が、一部の使用者のために費用を負担していることになる。全ての人がこれらの使用を始めれば、結局はそれで浮いた費用は、税金として納めることになるので、無理をしてこのような設備を付けるメリットがない。

 ところで、ソーラーカーというものがあり、大きな太陽電池を車体に貼った車があるが、実用性は全くない。単に走ると言うだけのものであり、環境PRに使えるくらいしかない。

 10)ガソリンエンジンの様な内燃エンジンではなく、外燃エンジンを使う車が一時開発されてきた時期がある。外燃エンジンとは、燃焼をエンジンの外で行うスチームエンジンのようなものであり、これだと木炭でも薪でも使え、燃焼をコントロールしやすいのでバイオ燃料が使えてCO2発生が押さえられ、さらにNOXも押さえられる。またスチームエンジンでも水の替わりにLGPなどを使うことにより、効率を高めることが出来る。この場合のLGPは燃やすのではなく、ピストンを動かす為だけに使い、循環させるので補充の必要がない。本来はフロンなどを使うが、フロンは今使用が制限されているのでLGPが使われるようになる。ただし、外燃エンジンは効率が悪く大型になり使い勝手が良くないなど、何度も開発されながら実用化はされていない。蒸気エンジン自動車自体は、ガソリン車よりもよほど早い時期から作られていた。

 いずれ時代が進めば電池自動車が全ての自動車を占めるようになるだろう。目標として、2030年に充電池の能力を現在の7倍に、価格を40分の1にするとしているので、そうなれば一晩で1000キロ走行分以上の充電が出来るし、急速充電でも十分に実用可能な充電が出来るので、充電スタンドも可能になるだろう。車自体の価格も今の車より安くなる。ただし、電池の改良が進めばだが。

 しかし、家庭で買う車のほとんどの目的は、通勤、通学、買い物、おなじ地域の病院や役所などで、一日走っても精々2,30キロが大半だ。営業の業務用では確かに一日百数十キロ走る場合もあるし、特に都市部でない場所では走行距離はかなり長くなる場合がある。したがって、街乗り専用と考えれば、一回の充電で160キロ走れれば十分であり、その意味で電気自動車は実用化している。ただし、政府の補助がなければ初期投資として軽自動車しかも長距離ドライブの出来ない車で300万以上はちょっと苦しい。

 最初は官公庁などで使ってもらい、メーカーも利益を犠牲にして大量に売ることでまず普及を図り、量産効果で価格を下げ、同時に電池の性能アップを図ることで真の普及を待つしかないだろう。

 いずれ電池性能が大幅に向上すれば、今のガソリン車に完全に置き換わることも可能と考えられる。その意味で今のうちにシェアを採っておく日本の戦略は間違っていないと思える。

 ハイブリッド車はそのつなぎとしてもやはり有望な手段で、その点でもトヨタ、ホンダの戦略は間違っていない。2年前に某半島のヒュンデ自動車は、自分たちもハイブリッド車を開発中で、2年もすれば(つまり現在)ホンダなど抜き去るニダと自信満々だった。日本のネチズンは大笑いをしていたが、今年七月ヒュンデ自動車はLPGハイブリッド車を発売した。燃費がLGPでガソリンより安いというだけで、ハイブリッド車と言うには恥ずかしい燃費の、しかも韓国以外売れないハイブリッド車だった。ホンダを抜き去ったとはついぞ聞いていない。確かに安いが、韓国以外ではLGPスタンドインフラがないので、輸出出来ないし、それに効率自体、日本のガソリン車の効率と大差ない代物だった。2年前、日本のネチズンは永遠の2年と馬鹿にしていたが、まさかこれほどそれが本当だったとは思わなかった。まあ、閑話休題

 急速充電で三菱などが提唱している実用案は、30分の充電で80%の走行距離を得られるというもの。数分で20キロくらいの細切れ充電も可能となる。ただ、充電装置のコストが回収出来ないのが現状だが、これも普及次第では回収出来るようになるかも知れない。問題は誰が負担するかであり、経済の原則は受益者負担だから、それが余りに崩れると不公平になる。それが普及を妨げている。ちょうど、民主のばらまき政策が結局は不公平を国民に押しつけることになっているのと同じだ。子育てや医療費、高速など、利用する人間は負担が軽くなるが、利用しない人間がその分の負担を押しつけられるのに、民主はそれには触れていない。最後は民主を馬鹿にして、この話の落ちとする。

 ついでだから書き添えて置くが特に車には限らず、原油に替わるエネルギー源として様々挙げられているものは次の通りだ。

 1)省エネ

 エネルギー効率を上げることは結局はエネルギー源を新しく得るのと同じ効果をもたらし、しかも環境負荷にも優しいので、まず第一に講ずる手段である。実際に日本の省エネ技術は世界でもダントツであり、同じ製品を生み出すために使用されるエネルギーは、日本を1とすると、アメリカは8、中国は10,ロシアは18倍のエネルギーを使うと言われている。つまり、単純に言えば、日本はロシアの18分の1の原油を輸入すれば同じ物を創ることが出来ると言うことだ。

 2)天然ガス

 日本近海にもかなりの量が埋蔵されており、もしかしたら全ての消費量を日本産のガスでまかなえるかも知れないと言われているが。いまのところ採掘コストが合わない。

 3)石炭

 日本には石炭が比較的豊富にある。海外からの安い石炭や重油が入ってきて、国産の石炭は採算がとれないため、国内の炭田は全て閉鎖されているが、石炭自体は相当量がある。したがって、従来の方法ではなく、地下ガス化や微粉炭採掘方式が確立されると、採算がとれる可能性がある。

 ちなみに、地下ガス化とは地下の石炭層に高熱ガスを送り込み石炭を地下でガスに変えてパイプで導き出す方法。微粉化とは何らかの方法で地下の石炭をその場で微粉化し、高圧水を送り込んで泥状の石炭をポンプでくみ出す方法。今のところ、これらは試験段階であり、実用化はまだされていないが、いずれにせよ深い地下に人間が潜って採炭するのではとうていコストが合わない。

 4)ハイドロメタン

 メタンガスが高圧低温状態では固体化し、地下や海底に固まって存在していることが近年明らかになってきた。しかも日本近海はきわめて豊富なハイドロメタン採掘量が見込まれ、もしこれが利用出来れば、日本の消費量の140年分が確保出来る。ただし、固形のメタンをどのように数百メートル以上の深い海底から安定的に取り出すかが非常に難しく、実用化はまだまだ遠い先のことと思われる。ただし、一部だが、カナダのハイドロメタン層から連続的に採取する技術はすでに日本でも開発済みである。コストと安全性が確保されれば実用化されるだろうし、現実に2015年の実用化を目指して技術試験が進んでいる。

 5)原子力

 一時は世界中から新しい建設がなくなり、原発を廃止する国々も多く出ていたが、今になってドイツなど多くの国で原発の再採用を打ち出しているところが増えてきた。世界で原発を建設出来る国は非常に限られており、アメリカ、ロシア、日本、フランスなどが挙げられその他の国では完全な自力では建設が難しい。

 しかしチェルノブイリやスリーマイル原発の事故以来、ロシアとアメリカという二大原発技術国は20年ほど原発の開発を止めてしまった。残るはフランスと日本くらいしかない。

 事実上、今原発を建設出来るのは、世界では3グループしか無く、全て日本が関わっている。すなわちアレヴァ-三菱、東芝(WH)、GE-日立の3グループに絞られていて、アレヴァ(フランス)、ウェスチングハウス WH、ゼネラルエレクトリック GE 以上アメリカ)が売り、日本が作ると言うことになっている。日本では原発の新設はなかなか厳しいが世界では新設プランが目白押しであり、全てに日本が関わっていると言って間違いではない。例えば韓国などが原発を受注したと喜んでいるが基本設備はWHを通じて日本から買い、特許料を払っている。中国は例によりパクリ原発を造るようだが、どうなることか。まともな技術を使いたいと思えば外国から買わなくてはならない。

 6)核融合

 これは夢の技術であり、実現性は低い。実現してもコスト的に合うかどうかは甚だ懐疑的と言われているが、国際宇宙基地と同じく、国際的なプロジェクトになっていて、日本も一枚噛んでいる。各種の核融合方式があるが、日本はかなり良い成績を収め、フランスに造られる国際核融合設備開発センターの設備の重要部分を日本が提供している。

 7)自然エネルギー

 潮汐、波浪、地熱などは一部実用化されているが、同じくコストや密度の問題があるので、メインにはなり得ない。

 8)太陽発電、風力

 すでに書いているが、様々な問題があり、やはりメインにはなりがたい。

 9)水力

 すでに大規模な実用化が為されており非常に古い技術であり、安定したエネルギー発生が得られる。ただし、環境破壊の問題が従来考えられていた以上に大きな事が分かり、新しい水力発電所の建設はほとんど計画されていないし、将来は廃止の方向が検討されている。

 ただし、小さな水路、都市部の河川などで使用する非常に小規模な水力発電設備は以前より実用化が進んでいる。いずれにせよ、これもメインのエネルギー源にはならない。

 ただし、太陽エネルギーも電気に変えるのではなく、温水器などに利用すれば安い投資で、暖房や風呂などをまかなえるため、全てを太陽電池として考える必要はない。太陽熱や光をそのまま利用する方法をもっと積極的に考えるべきである。

 同じように風力や水力を電気に変えることなくそのまま製粉や油の圧搾などに使用する方法は、小資本で出来るので積極的に利用すべきと思われる。

 風力も昔ながらの帆船を近代工業で造ることで、航行に要するエネルギーを大幅に軽減出来ることが分かっている。」

 このように、自然エネルギーをいちいち電気に変えず、そのままの形で効率よく利用する技術はもっと利用しても良いであろう。

 10)様々なバイオエネルギー

 廃材をチッブとして燃料にしたり、生ゴミや枯れ葉、畜舎などの有機物を発酵させ、メタンガスを発生させて使用するエネルギーの時給はごく一部だが、農村などでは使われている。

 短期的に見れば原油エネルギーがメインとなる時代はもう少し続く。しかし、原油は確実に枯渇し、価格も高騰するので、次世代のエネルギーが確保出来るまでは事実上原子力がメインとなる時代が来る。

 バイオエネルギーや自然エネルギーは、計算上では十分に人類の使用するエネルギー以上が存在するが、コスト的に合うかどうかは別であり、それほど簡単ではない。エネルギー密度が低いので、結局はメインエネルギーにはならないと思われる。

戦争は何故起こるのか

平成22年01月21日

 「平和教育の危うさ」や「あの戦争は間違っていたのか」などでも書いていることなのだが、そもそも戦争は何故起きるのかをまとめて書いてみたい。
 
 人類の歴史始まって以来戦争は常に有ったようで、最初は家族単位の少人数同士が石や棒きれを振り回して戦ったのがおそらく戦争の最初だろう。時代が下るに連れその規模が次第に大きくなり、武器も弓や槍、剣になり、銃が使われるようになり砲が使われ、そして戦艦や戦闘機が現れ爆弾が使われ最終的にはミサイルや核兵器が使われるようになった。規模も数百万から数千万人数億人の人間を巻き込む世界を二分した物にまでなり、もし今核兵器を使った世界全面戦争になったらおそらくそれで人類の歴史は終わるだろう。
 
 それは誰もが知っているので、現在では少なくとも先進大国同士の全面戦争はほとんどないと思われる。もしそんなことになれば、勝者など存在せず、双方が壊滅的な破壊を受けるからであり、そんなことになるよりはかなりの妥協をしても戦争を回避した方がよいと、まともな国なら考えるからだ。
 
 そもそも、戦争とは自国の利益を守るために他国に犠牲を強いる手段の一つであり、その手段として暴力を使う手段なのだから、昔のように圧倒的な力の差があって強国が弱小国を一方的に攻撃して従わせる事が出来た時代はそれが一番手っ取り早かった。しかし、現代の大国同士では犠牲が大きすぎる。
 
 しかし、自国の利益を守るために他国に犠牲を強いるやり方は、もし可能であれば自国の犠牲を最小限に押さえたまま行いたい。出来るなら相手国の抵抗も最小限にしたいというのが現代の戦争に代わる方法だと言えよう。すると、なおさら必要になるのが相手国を恫喝する手段となる。言うことを聞かなければぶっつぶす、とダンビラをかざすあのやり方だ。
 
 これは相手によってはかなり有効なのだが、相手もそんなことばかりされていたのでは堪らないから相手のダンビラよりも大きなダンビラを用意する。するとこちらはダンビラを二本持つ。いや三本持つ、槍も持つ鉄砲もと際限なくエスカレートしているのが現代の軍拡競争と言うことになるだろう。
 
 最新型の核兵器など実際に使ったら相手からもそれに応じた報復を招くし世界中の敵意を買うので使えないのが実情であり、結果現代の最新大型兵器は使わないことを前提としていると言うことになる。ただし、それほど大きくない兵器は、明らかに報復能力が自国より小さな国に対して小突くのには使える。アメリカやロシア、中国などがやっているのは正にそれであり、日頃強大な軍事力を威嚇に使いながら、時にその能力を見せるのが今流行のやり方だ。実際に現代の戦争とはそんな形になっている。
 
 そもそも、戦争は外交の一手段として国際法でも制限付きながら認められているが、実際は侵略戦争を禁じているのであって、自衛権は認めている。当然戦争の当事国は侵略戦争などとは言うはずもなく、自衛戦争であると主張し、結果として戦争はなくならない。
 
 だが実際の所、世界を二分するような大戦争はおそらく起きないだろう。それが何を意味するかまともな人間であれば理解するからと先にも書いた。
 
 しかし、世の中まともな人間ばかりではないし、またまともな人間だけが戦争開始の決定権を握っているわけではない。困ったことに誰もが望まないのに戦争が始まってしまう可能性がある。
 
 たとえば、日本は戦争をしないことを憲法で謳い、専守防衛に徹し、集団自衛権も放棄し、法律ではないが核を持たないと国際的に約束をしている。と言うことは日本には多少の無理を押しつけても譲歩をするという認識を相手国は持つ。実際にチャーチルの言葉だと伝えられているが、日本は譲歩を押しつけると一歩退く。それならと、もう少し押しつけると、また退く。そうやって何度無理を押しつけても飲むので、最後にはもう反発することはないだろうとさらに無理を押しつけると、その瞬間猛烈な反発が返ってきて不意をつかれる。そんなにいやだったのならなぜ最初からそう言わないのか理解出来なかった、とのことだ。チャーチルが本当に言ったかどうかはともかく、今の日本の姿勢を見ていると納得は出来る。
 
 つまり、相手の思考が自分と同じだと考えるとこのような危険がある。そして、戦争はこのような勘違いから起きてしまう、あるいは誰も予想をしていないのに起きてしまうケースもあり得ると言うことだ。
 
 いまその危険を冒しているのが北朝鮮であり、精一杯軍事大国であると背伸びをし、核開発やミサイル開発で国民が飢えに苛まれてもとにかくありとあらゆる不正手段を含めてかき集めた金を軍事力増強に努めているが、それでも北朝鮮をまともな交渉相手と考える国はない。国際的に発言力もなく文化力もなく魅力もなく好感ももたれていない北朝鮮が唯一他国の注目を集め言葉を聞かせる手段は軍事力しかないのだ。
 
 北朝鮮のような国はアフリカ等にもあるが、いかんせん軍事力がないので誰も見向きもせず悲惨な内戦に明け暮れ国は荒廃の一途だ。そして軍事力がなければイラクのような目に遭わされることを心底恐れた金一族と取り巻き連は、なにしろ核を作りそれだけを交渉の手段とするわけだが、それはぎりぎりの状態になれば他の国でも同じ事なのだ。
 
 むろん、外交努力で自国の国益を守るのが最優先だが、それは相手の有ること、相手が譲らなければ最終的に軍事力での恫喝が物を言うわけだ。
 
 北朝鮮は一部の指導層の存在だけが目的で国民はその道具だが、他国に譲歩することはその指導層の生存自体が危うくなる。つまり、蟷螂の斧しか交渉手段がないのに他国と譲歩する余裕がほとんどないせっぱ詰まった状況にある。むろん、北朝鮮が核などを日本に撃ち込めば、北朝鮮自体の存続が危うくなり、指導層の生存も危うくなることは知っているだろうから、核を持ったと言ってもそれをやたらに使うことはしたくないだろう。だが、いよいよとなればそんなことも言っていられず、一か八かをかけてやりかねない。もしかしたら米国や中国が日本をなだめて反撃するなと言うかも知れないし、米中戦争を避けたい両国が日本を助けないかも知れない。日頃、同盟国が攻撃されても助けないと言っている日本なのだからそれは十分考えられる。それなら日本に核を撃ち込んで、それで米中が北朝鮮の要求を呑む可能性もある・・と言うことになる。
 
 また中国も別に日本と戦争をして得をすることがあるとは考えていないだろうが、国策として日本敵視政策を採ってきた関係上、国民には日本が残虐な侵略者であり、しかもその清算をしていないし認めもしていないし謝罪もしていない国だと教えている。つまり、全て悪いのは日本だと国民に教育を施してきた。なにしろ、情報を閉ざしコントロールし、思想の自由を閉ざしてきた中国だから、国民は一方的な刷り込み教育を受けている。
 
 また、中国人にとって昔から芝居がかった見栄が大切であり、若い中国人などには自分が如何に日本に敵意を持っているかを蕩々と語ることで自分を愛国者としてみせる傾向がある。内心はともかく、それが自分を認めさせる手段であれば、別にただで出来るのだからためらう必要はない。本当は日本アニメやJ-ポップを好きで、日本製品を愛好していようが、公共の場では打倒日本、日本鬼子、小日本を叫んで憚らない。事実、その種の事件は各地で無数に起きており、当局が押さえようとしても押さえきれない状態だ。サーチナなどを読めば当局の苦労と、中国人の愛国主張がせめぎ合っている。しかし、反日意識がいつでも反共産党意識に変わりうることを共産党は恐れている。なにしろ、共産党は国民から恨まれているのだ。
 
 最近とみに求心力を失ってきた共産党は日本を敵視することでしか自分たちの正当性を主張出来ず、、もし国民の総攻撃に逢えば自らを支えることが出来ない。つまり、国民が反日意識を高めていけば行くほどその間彼等の敵意が自分たちに向いてくる可能性がひくいので、反日意識を押さえることが出来ない。もし、それに失敗して共産党が日本に対して弱腰だと見られれば、国民の不満が共産党の打倒につながり、それはすぐに指導層の死につながりかねない。
 
 日本やアメリカなどの民主国家では、仮に政権交代があっても旧政権の指導者達は最悪議席を失うだけだし、生命の危険などない。そして、政権の奪還も十分窺える。しかし、中国では、権力の座から引きずり降ろされることで、失脚や自宅軟禁ならまだしも生命を失いかねない。したがって、何としても自分が生きている間は共産党指導部の席にしがみつかなければならないし、自分の次の世代のことを考える余裕などない。
 
 中国の発展にはどうしても日本などの投資、技術が要る。しかし、日本に妥協の姿勢は見せられない。毒餃子でも、ガス田開発でも尖閣列島でもとにかく日本に譲ることは自分たちの弱腰と見られ、人民の怒りを買う。日本に譲りたくても出来ないのだ。
 
 かくて、誰も望まないのに日中関係は険悪化し、日本敵視政策を改めない中国に対する日本の警戒感も増すし、とうぜん対抗上軍拡をしなければならない。なにより、民主国家である日本では、国内世論が対中警戒に移り、中国敵視意識が高まってくれば、政府としてはそれに答えなければならないのだ。かくて、日本政府が国内世論を押さえきれなくなることも、民主国家故にありうる。
 
 アメリカではよくこういう事が起きるし、日本もかつてそうだった。ドイツはそれをナチスが利用したのだ。民主国家とは違う意味で、己の生存がかかっている中国共産党が人民の主戦論に逆らえるはずがない。
 
 ただし、これは最悪のシナリオであり、こうなる可能性はかなり低いと思いたいが、全くないと安心することは出来ないし、万が一にでもこうならないための手段を真剣に考えておく必要がある。
 
 日中とも戦争は望まないが、日本が専守防衛で核放棄を宣言していれば、中国の対日圧力が弱まるはずがない。そして譲るだけ譲って、国の存亡が危うくなる時点で爆発する。このような戦争も十分考えられる。
 
 したがって、中国の指導者に対日圧力は危険だとのメッセージを送り、また彼等に国民向けの対日融和の口実を与えるためにも日本が虚仮威しの軍事力増強と、集団自衛を含む先制攻撃の選択、および大規模な核報復能力を持つ必要がある。それが、中国をして思いとどまらせる唯一の方法だ。彼等は力の信奉者であり力を見せない限り理解しないのだ。
 
 現代の戦争は誰も意図的に大規模な物を起こすことはないだろうが、圧倒的な力の差が有れば限定戦争はあり得る。そして、誰も望まないながら戦争に向かってしまうこともあり得る。
 
 「平和教育の危うさ」でも書いたが、戦争を避けるためには、そしてきわめて特殊な事情を抱えた中国と軋轢を抱えている日本は、強大な自衛力を持つことでしか戦争を防ぐ方法がない。絶対それが可能かどうかは誰にも分からない。だが、一番大きな可能性ではあろう。

 そこで出てくるのが、前にも書いた民主政権の危険性なのだ。民主党は日本が抱えている安全保障上の問題を全く無視している。戦争を避けるためにも国民に今日本が向き合わなければならない危険性をきちんと国民に知らせ認識させる必要がある。具体的には中国と北朝鮮の危険性だ。
 
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http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/335650/

 民主党の小沢一郎幹事長率いる同党訪中団の派遣を機に、民主党内で日本と米国、中国の関係は「正三角形」であるべきだとする意見が勢いを増している。同党の山岡賢次国対委員長は14日、中国・上海市内で開いたシンポジウムで、小沢氏と胡錦濤国家主席との会談でも正三角形論が確認されたと披露した。 ー以下略ー
 
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 少なくとも東アジア共同体構想で日米中が三角形の等距離にあるべきだなどと言うようでは救いようがない。
 
 それを言うと、これらの国が今日本に戦争をしかける理由があるのか、との反論が来る。私も言っているように、今はおそらく無い。中国がそれを望んでいるとは思わないが、だからといって中国と無条件の融和政策でよいのか。中国に誤ったサインを送り続けることで危険性を増しているのではないかということだ。

誤ったサインとは、日本が中国に抗うことが出来ないはずなのに日本に妥協するのは共産党の弱腰外交になるという理由を彼等に与えることだ。

 なおこれ以外に中国には危険性がある。いずれ中国は経済破綻をすると思われる。なぜなら、中国人全部が通常の先進国国民と同じ生活レベルを実現するだけの資源が地球にはないからだ。それはインドなどでも言えるが、中国共産党が生き延びるためにはなりふり構わず資源をかき集めなければならず、これが急速に他国との摩擦を生じている。結局中国はそのために他国と軍事衝突をする可能性が高まり、またそうしなければ共産党指導部は生存もおぼつかない。

また、資源獲得に行き詰まり、GDPの半分以上を稼ぎ出している輸出が、世界不況で行き詰まったり国内の不満が極限まで高まれば、中国は崩壊するしかない。これもまた、共産党指導部の生命に関わる。そのようなとき、偶発戦争の危険性が高まる。
 
 いずれにせよ、中国の実態をもっと知るべきであり、どうすれば彼等に日本敵視が危険を生み出すのかを理解させること自体が、戦争回避には必要なのではないか。そして、力の信奉者である彼等には、力を示さない限りそれを理解させられないし正しいサインを送ることも出来ない。
 
 正しいサインとは、日本には中国を壊滅出来る力があるから、日本とは妥協しなければならないとの口実を中国共産党が人民に示せる理由を与えることだ。理論も理念も通用しない相手に通じるのは、力以外にない。
 
 自衛力とは、相手からの攻撃力を上回る物でなければ意味がない。核攻撃能力を持つ相手に、通常戦力では自衛力にならない。最初から核攻撃はないだろうと言ってもそれは意味がない。日本が無抵抗で占領でもされない限り、エスカレートし、最終的には核攻撃でなければ日本を制圧出来ないとなれば、そうするだろう。だから、日本の自衛力には同然核武装を含まなければならず、それを持った正当な自衛力のみが平和を維持出来るとはそのことだ。
 
 それなのに、核武装論議それ自体がまったく認められない今の状況は異常だ。国民の間で広く時間をかけて協議し、その上でなお核武装をすべきではないというのであれば、それはそれで認めるしかないのではないか。

民主党の検察陰謀論

平成22年01月20日

一連の小沢氏に関する政治資金の不透明な流れにつき、民主党内ではますます検察との対決姿勢が強まり、興石氏などは張り切って動き回っている。

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http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/348001/

張り切る輿石幹事長代行 小沢氏擁護に東奔西走 激励メールも披露 

2010/01/19 23:24更新

記事本文 民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体の土地購入事件を受け、幹事長の「表向きの仕事」を小沢氏に任された輿石東(あずま)幹事長職務代行(参院議員会長)。73歳にして党務NO2に上り詰めた「日教組のドン」は、小沢氏の擁護に向け、さっそく党内を走り回っている。

 輿石氏は19日午前、東京・赤坂の小沢事務所に駆けつけ、小沢氏に「党は一致して支える」と伝えた。その後、集まった記者団に、自身のホームページに寄せられた小沢氏激励のメールのコピーを配布してみせた。

 「小沢一郎は日本の宝です」と書かれ、「自民支持者がネット等で名前を変えたり、複数の端末を使い、さも多くの国民が非難しているようにしたりします」と自民党による世論操作を勘ぐる内容もあったが、輿石氏は同じものを18日の政府・民主党首脳会議でも配布した。

 一方、小沢氏は19日午後、衆院本会議に出席したが、途中で議場を抜け出して国会内で羽田孜元首相と会談。羽田氏が「オレとお前は一心同体だ。羽田グループとして全力で支える」と激励すると、小沢氏は「ありがとう、ありがとう」と繰り返したという。
 
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むろん興石氏ばかりではなく多くの民主議員達が鼻息も荒く検察の陰謀だと息巻いている。そして検察の陰謀と戦うのだと意気軒昂だ。鳩山氏は検察と戦ってくださいと小沢氏を激励し、その発言が不謹慎だと言われると、そんなつもりではなく、無実を主張してくれと言う意味だったと言い訳をしている。

先日の民主党大会でもゲストの鈴木宗男氏が検察陰謀論をブチ上げ言いたい放題だ。しかし、鈴木氏はかつて検察に起訴され裁判で有罪判決を受け刑に服しているし、当然ながら検察に対しては激しい敵意を燃やしているだろう。彼のアジに乗って気勢を上げる民主党大会も又異常だと思えるのだが、それはともかく、本当に検察が事実をねじ曲げ小沢氏を引きずりおろし逮捕する陰謀を持っているのだとしたら、なぜ鳩山氏を不起訴にしたのだろう。

 むろん、立件出来るだけの証拠がなかったから不起訴にしたのだが、証拠がなかったことと鳩山氏が本当に無実なのかは別問題だ。常識で考えて、毎月千五百万円もの金が母親から総額十二億六千万円も渡されていたのに、本人がそれを知らなかったなど通用するだろうか。我々が子供の頃、母親から百円もらうのでも延々と無駄遣いするな、感謝の心を忘れるななどと聞かされなければならなかった。
 
 もちろん、親子関係は人それぞれで、十二億もの金を黙って受け取る本人が知らないうちに渡す親が居るのかもしれないし、気がつかない息子が居るのかも知れない、その間凡そ七年くらいか、音信不通だったわけでもあるまいにそんなことが一回も話題にならず気がつかなかったなど、あり得ないだろうが、むろん、そんな会話が記録に残るわけではなく、検察も立件出来なかっただけだろう。
 
 もし、検察が本当に事実をねじ曲げ小沢氏を追い落とすつもりならなぜ鳩山氏の証拠を少しでっち上げ、鳩山氏を起訴しなかったのだろうか。誰もが検察の立件に納得する状況ではないのか。
 
 私は何も検察が全て正しいなどと言ってはいない。特に最近では足利事件で被疑者に対する検察の姿勢が明らかになるに連れ、検察がかなり結果ありきで捜査していることがあるのだと思う。
 
 だが、それなら十分に鳩山氏を起訴出来たはずだが、なぜ立件しなかったのか。
 
 検察はかつて自民の実力者達を矢継ぎ早に逮捕し起訴した。あれが、アメリカの陰謀、検察の暴走なら、鳩山氏を葬るくらい簡単だったのではないだろうか。なにしろ、秘書達は起訴されているのだ。第一、鳩山氏はかつて野党時代、秘書が有罪なら政治家は辞職すべきだと主張していたはずだが、その矛盾をつきつけられると、過去の言葉を弁解はしない、真摯に受け止めるだけだと言った。受け止めて何をするのか。受け止めるだけなら責任はどうしたのか。なぜ、こんな二枚舌の総理を民主は信ずることが出来るのか、その精神状態が理解出来ない。
 
 現時点では小沢氏は容疑者ですらない。判決を受けて初めて有罪なのであり、現時点では何もない。それなのに、小沢氏は最近やっと事情聴取に応ずると言いだしたがそれは国民感情が余りに悪くなったからやむを得なかったためだろう。民主支持者でさえ、70%程度以上は自ら説明責任を果たせと言っていたのだから。
 
 なぜ民主支持者達は、自分たちに都合が悪くなると検察の陰謀、マスコミの捏造と言い出すのだろうか。マスコミは決して民主叩きなどしていない。末期の自民政権に対するような攻撃はしていない。
 
 小沢氏に対しても、民意に添って説明責任を果たせと言っているだけであり、これすらマスコミが黙殺したらそれこそマスコミの最低限の価値も無かろう。つまり、マスコミは最低限の事実を伝えているに過ぎないが、なぜこれがマスコミによる民主叩きになるのだろうか。
 
 鳩山氏が不起訴になり、不足の税金六億を収めたらそれでちょんとなり、マスコミは見事なほど口をぬぐっているではないか。なぜマスコミの民主叩きと、支持者達は言うのだろうか。それが不思議だ。

捕鯨問題その2

平成22年01月19日

最近のシーシェパードの行為は常軌を逸脱しており、殺傷能力のあるボウガンを彼らが携え、失明の危険性があるレーザーを捕鯨船乗組員に照射したり、腐食性の液体入りの瓶を投げつけたり、捕鯨船の推進器を破壊するロープを引きずったり、捕鯨船の直前を横切ったり停止したりなどその行動はエスカレートの一途である。今では完全に彼らの行動は海賊、あるいはテロリストである。したがって、日本は関係国に厳重に取り締まりを要請し、実効の有無を確認すべきである。また、シーシェパードを海賊と認定し、それに応じた対処を取るべきであろう。誰かが犠牲になってから検討しても遅い。

さすがに、海外の反応もシーシェパードに対しては批判が増えてきており、資金目当てのパフォーマンスに過ぎないことが知られつつあるようだ。

そのようなシーシェパードの行為に対し、オーストラリアは、表面上は暴力を認めないと言いながら、双方に自重を求めている。とりもなおさず、これは日本にも責任があると決めつけているわけだ。

オーストラリア大使館公式サイトの捕鯨に関するFAQ頁によれば

http://www.australia.or.jp/enquiries/whaling.php

要点は以下の通りだが、全文は上記をクリックすれば読める。無断引用は出来ないので、要点のみを挙げる。

「オーストラリアの捕鯨に関する政策はあらゆる商業捕鯨や致死的な調査捕鯨に強く反対している、クジラの捕殺を正当化するような信頼し得る科学的理由は存在しない。」

それを断言出来る根拠をオーストラリアが持っているなら示せばよいが、これは悪魔の証明ではないのか。つまり、不可能なのであり、オーストラリアが断言出来ることではない。

「国際社会は日本やノルウェー、アイスランドを含むあらゆる捕鯨国に捕鯨を中止させる努力を行っていて、合意の上で解決する努力が行われている。」

その合意の場が国際捕鯨委員会ではないのか。その場で承認された日本捕鯨に対し拒否するのは、国際捕鯨委員会自体を拒否しているのではないか。事実として、国際的合意に基づく日本捕鯨が合法であることは認めるべきである。

「遺伝子・分子レベルの技術や衛星用タグ、超音波調査、航空調査といった現代的な調査方法の採用は可能であると、オーストラリアは信じている。」

信ずるのは自由だが、事実を示さない限り根拠にはならない。

「オーストラリアは平和的な抗議を行う権利は認めるが、過激な抗議活動は支持しません。我々は公海における違法な、あるいは誰かを負傷させる可能性のあるいかなる抗議活動も支持しない。」

支持しないが規制もしない。オーストラリアではマスメディアが総じてシーシェパードを支持しているが、それに対する政府の公式なSSの抗議に対する非支持の表明がない。

「シーシェパードはオーストラリアではなく、アメリカを拠点とする組織である。」

都合が悪くなると自分たちは関係がない、との論法に聞こえる。

昨年12月、スティーブン・スミス外務大臣は、オランダおよびニュージーランドの外務大臣と共に、全関係者に対し南極海での責任ある行動を呼びかける強い共同声明を発表した。

これは喧嘩両成敗であり、双方が悪いと決めつけている。しかし、実際は日本側の一方的な被害であり、責任をオーストラリア政府が故意に日本側にも押しつけているということになる。

「先般の日本の捕鯨船とシーシェパード抗議船の衝突に対する、オーストラリアの対応は1月6日に南極海で起きたシーシェパードのアディ・ギル号と日本の捕鯨船第2昭南丸との衝突を深く懸念している。オーストラリア政府は全関係者に対し自制と冷静な対応を求めている。」

上記をさらに明確にした物。つまり、日本も悪いと言っている。

「スティーブ・アーウィン号を含め、すべての船はオーストラリアの国内法に基づき国内の港を使用できます。ジュリア・ギラード副首相は2009年1月8日、政府がスティーブ・アーウィン号による国内への寄港を拒否できる国内法は存在しないため、その入港を認めると公式に発言した。」

SSの行為は、殺傷能力を持つボウガンを携えるなど、明らかに海賊行為、テロ行為である。オーストラリアは海賊、テロリストに便宜を与えている。

「オーストラリアは日本やアイスランド、ノルウェーによるものを含め、あらゆる商業捕鯨や致死的な「調査」捕鯨に反対している。」

ではなぜSSが現在日本のみを標的にしていることに対し、上記の援助を与え、また政府としても日本のみを標的としているのか。

「オーストラリアが日本の活動に懸念を持つのは、日本が世界最大規模の捕鯨活動を行っている。」

規模の大小は分かるが、現実に日本のみを標的にしているのは意図的なものか。

現在南極海におけるミンククジラの数について、国際的合意はありません。

「絶滅危惧種であるかどうかに関係なく、クジラの捕獲を正当化するような信頼に足る科学的理由は存在しない。」

その根拠を示すべき

「日本の致死的な調査捕鯨プログラムは、絶滅危惧種や繁殖の度合が不確かなクジラ種を対象にしている。」

その根拠も示すべき

「オーストラリアは日本の文化と伝統を尊重している。クジラを殺す方法が非人道的である。」

非人道的であるかないかは文化により違う。オーストラリアが決める問題ではない。

「最近のNGOの調査によると日本で鯨肉の人気は落ちており、殺すほどの必要性はないと考えらる。捕殺して生態を研究する必要はない。」

それも日本が決めることであり、オーストラリアが判断することではない。

「クジラが魚の漁獲量に影響を与えているのを示す証拠は全くない。商業捕鯨への支持を集めるために誤った考えに人々を導く試みであると、オーストラリアは捉えている。」

そのようなとらえ方、主張が反捕鯨の支持を集めるために誤った考えに人々を導く試みではないのか。現実に鯨が魚を食べる以上、鯨が居ることで魚が増える、あるいは保護されている根拠は全くない。

日本は鯨を根絶やしにしようとしているのではない。十分に保護をしながら計画的に捕獲をしている。日本の捕鯨が鯨を絶滅させる根拠は全くない。

オーストラリア大使館
03-5232-4111

同広報室

03-5232-4005


またSSが本拠地を置いているアメリカ大使館の受付曰く、とにかく一切メールやファクスでの受付はしないとのこと、受付嬢は非常に事務的というか、つっけんどんで印象は甚だよろしくない。

ただし英語版のサイトにはファクス番号として03-03505-1862が載せられている。

小沢売国奴幹事長

下記発言を撤回いたします。私の発言の証として消去はいたしません

まず、次のビデオを見ていただきたい。中で、小沢氏ご本人が語っている。

http://www.youtube.com/watch?v=uX7xFMvCly8&feature=youtube_gdata

小沢一郎幹事長、ソウルの国民大学で講演「日本人は寄生虫、害虫」

民主党の小沢一郎幹事長は12日、ソウルの国民大学で講演後、約250人の学生と日本人について語り合った。学生から、多くの日本人が学校にも通わず、仕事にも就かないニートについて聞かれ、小沢氏は
「日本のニートの現状はみんな親が悪い。日本人の親は学校にも行かないで、仕事もしないぶらぶら遊んでいる子供を食べさせている」
と持論を披露した。
小沢氏は
「学校にも行かない無職の子どもを責める前に、日本人の親達は子供を甘やかしている。親に民族教育を確りしないといけない」
と主張した。
「日本人の若者は漠然と他人に寄生し寄生虫として生きているとんでもない害虫だ」
とした。
「もともとむ日本人の親達もどうかしている。日本人は動物にも劣る民族といっても過言ではない」
とした。
「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」
とした。
日本の古代歴史についても
「韓半島南部の権力者が日本の国家を樹立したもの」
と述べた。・・・・( ソウル発外電 2009/12/13)

単なるリップサービスの度を超しているだろう。日本が朝鮮民族により征服され皇室も朝鮮がうち立てたという、今では全く否定されているフィクション歴史をとくとくと語るこの小沢氏という人物、心底日本が嫌いで、日本人を侮辱しているのだが、このような人物を売国奴と言わなければ、誰が売国奴なのだろう。

このような発言があったとはついぞ知らなかったが、なぜマスコミは黙殺しているのか。

急ぎ、自民党や平沼氏にメールでこの発言を問題にしていただきたいとお願いした。反映されるかどうかは分からないが、居ても立っても居られない気持ちだった。

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これについては、最終的に一次資料が見つからなかった。むろん、公式発言であるはずはないし、あの講演の場でニートについて質問があった時の発言とのことであり、それについてはネットに無数に出て来ますが、一次資料がない限り、それを事実として取り上げるわけには行きません。

その意味で、謹んでお詫びいたします。今後、もっと慎重に根拠を挙げることを信条とします。わたしもかなり感情的になっていたようで、反省いたしております。ご批判は謹んでお受けいたします。また、小沢氏の名誉を甚だしく傷つけましたことをお詫びいたします。

ただし、小沢氏について、政治家としての資質が無いとは依然信じております。

しかし、今回の国会は相当荒れると思われるが、不思議なことに国会中継がない。相撲などやっているのでそれを優先したいのかも知れないが、録画中継も出来るだろうし、教育テレビも使えるだろう。

今期の会議では例の小沢鳩山両氏の不正資金の流れを野党が厳しく追及すると言っている。しかし、NHKでは中継をしない。これも不思議な偶然なのか。

01月19日追記

本日はNHKによる国会中継が有るようで、この部分は明記しておく。昨日の初日では無かったと思うが、今期国会中継がどのくらい、そしてどの内容について中継があるのか見守りたい。

内閣支持率急降下

平成22年01月18日

今日から通常国会が開会し、いよいよ野党による民主党追求が始まる。しかし、その追求の中身が政治資金の不正な流れだけに偏るようでは、野党、この場合は自民にたいする期待など生まれない。そんなに言うならお前等はどうなんだと言い換えされるのが落ちだ。

むろん、小沢氏や鳩山氏の不透明な金の問題は大きいし、それは追求してもよいが、本来政党同士の論戦と言えば政策にあるのではないか。

今回の調査でも民主の支持率は順調に下がっている。しかし、その理由は政策よりも金の流れの不透明性だ。

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http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100118-OYT1T00041.htm?from=top

女性、無党派層「鳩山離れ」一気に
世論調査

 読売新聞社の緊急全国世論調査で、鳩山内閣支持率は45%に急落し、国民の「鳩山離れ」が一気に進んだことが鮮明になった。

 その要因の一つは女性の離反にある。女性の支持率は41%(前回55%)に下落し、初めて不支持率43%(同32%)が上回った。男性の支持率も57%から50%に下がったが、落ち込みは女性が著しい。

 支持政党のない無党派層でも鳩山内閣への支持は大きく揺らいだ。無党派層に限ってみると、内閣支持率は前回の38%が24%となり、不支持率は55%(前回45%)で初めて過半数を占めた。無党派層では「小沢氏は幹事長を辞任すべきだ」と思う人は73%(全体では70%)、幹事長続投を認めた鳩山首相の判断を適切だとは思わない人は72%(同68%)と高く、「小沢問題」が引き金になったようだ。

 民主支持層を見ると、内閣支持率は90%と高水準を維持しているが、今夏の参院比例選で民主党に投票すると答えた人は69%(前回76%)に減った。小沢氏の幹事長続投や、これを容認した首相の判断への批判は民主支持層でも強く、参院比例選での投票先にも影響したと言えそうだ。(世論調査部 寉田知久)

(2010年1月18日08時09分 読売新聞)


100118政党支持率

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たしかに、まるで金の亡者そのものの小沢氏や、選挙頼みで小沢氏を切ることが出来ない民主党、そうしてリーダーシップどころか能力のひとかけらもない鳩山氏では当然支持率が下がるのは当然だが、むしろ、そんな問題はどの政権にもある。だからよいとは言えないが、政党としての政策が支持率を決めるべきではないのか。その意味で、民主党がなお半分近くの支持率を持っていること自体が間違っている。彼らの実態を知れば、到底、まともな日本人であれば支持など出来ない。

センター試験外国人参政権

 教育基本法では明確に、第25号第8条第1項に、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」と規定されているが、同条第2項において「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」と規定されている。

 しかるに、今回産経新聞の記事によれば、「外国人参政権容認」?の設問」があるとのことだが、その設問として、

「問題は、日本の参政権に関する記述として「適当でないもの」を4つの選択肢の中から選ばせるもので、憲法改正の国民投票の投票資格や被選挙権の年齢などをめぐる選択肢とともに、「最高裁判所は外国人のうちの永住者等に対して地方選挙の選挙権を法律で付与することは憲法上禁止されていないとしている」と書かれていた」

そして問題の正答は、「衆議院議員選挙において、小選挙区で立候補した者が比例代表区で重複して立候補することは禁止されている」という明白な誤りの記述で、外国人参政権に関する選択肢は「誤りではない」ことになっているとのことだ。

言葉を換えれば、受験生が、「最高裁判所は・・」を「適当でないもの」に選んだとしても、「正解」にはならない。つまりこの事項が既知の“常識”であるかのようにあつかわれているのに他ならない。受験生がそう判断し得る問題設定となっている。

しかし、これはあたかも民主党が今期国会に上げようとしている外国人参政権があたかも常識であると、受験生に思わせる刷り込みではないのか。

現実に今大きな論争になっているこの問題がなぜ民主党の党規約にでも書いてあるならともかく、全国規模で行われるセンター試験に記述されているのか。民主党政権下だからとしか言いようがない。

興石東氏は、教育には中立などあり得ないと言って憚らない。その姿勢が今回のセンター試験問題に反映しているとしか言いようがない。

今回のセンター試験問題には他にも批判があるようだが、民主党が民団に全面手弁当で応援を受けた見返りとして、反発が大きいからとマニフェストからわざわざ外したにもかかわらず民団に対する公約として外国人の地方参政権が法案として出される。

民団は言うまでもなく外国の団体であり、日本の国益ではなく彼らの母国の国益のために働く。国民に対する公約であるマニフェストから外した法案を、外国の国益のために働く団体に対する公約として法案提出する民主が売国政党でなくて何だろう。

民主支持率低下は、本来例えば、このような売国行為などの理由によるべきではないのか。


大災害

平成22年01月17日

15年前の今日の未明、阪神淡路大震災が発生した。近代の災害としては未曾有の物であり、6400名あまりが犠牲となった。この震災については、様々な記録があり、今も分析が進んでいるので、当時の記憶が薄れてゆく反面、客観的な記録は増えている。

私があの震災のことを初めて知ったのは当時勤めていた会社の出張先でであり、相手の会社で打ち合わせをしている最中に聞いた記憶がある。詳しいことはその時は分からなかったがかなりの被害が出ているらしいということだった。打ち合わせを終え、よそを回ってからホテルに帰り、テレビを点けて初めてただならぬ大震災であることを知った。

日を追うに連れ詳しい状況が分かってきてあまりの惨状に呆然とした記憶がある。私は被災地に親戚や知人が居ないので直接の被害者は周囲には居ないが、会社の同僚や知人には関西出身の人たちがおり、一人肉親を失った人も居た。直接の被災地ではないが、大阪にに数社の取引先の会社があり、すぐお見舞いに行った。幸い被害らしい物はなかったようだが、それでも相当揺れ家具の転倒や落下物などは有ったという。

あれだけの未曾有の大地震でしかも大都市直下型の地震はほとんど無かったため、直後の神戸の映像などはまるで戦後の焼け野原のような感じだったし、よく知られている高速道路がうねるように横倒しになっていたり、ビルが完全に横倒しになっている状態、木造家屋の密集地の大火災など、未だに記憶に強く残っている。

しかし、関東大震災では死者は10万人を越えていることを考えると、当時よりも密集度の高い神戸で死者が6400名だったのは少ないとも言えるし、古い木造家屋での倒壊による圧死や続いて起きた火災による焼死者が大半であったため、これらの古い木造家屋が無ければ死者は1000名以下だったろうとも言われている。

確かにあれを教訓として通信体制、救助物質の備蓄、救助体制の整備、道路、インフラ、建物のの耐震基準整備などにつながり、その後起きている数々の地震、中越地震や釧路沖地震など、確かに規模自体は阪神淡路大震災程ではなかったにせよ、被害の規模は押さえられている。また、政府の対策も迅速になっている。

そこで思い出されるのは、当時の内閣が社会党党首である村山富市総理のもとにあり、いかにも情報収集や災害救助対策に出遅れ感があったと言うことだ。自衛隊に救助活動命令が出たのは石原信雄幹事長が個人的に行ったとされるし、米軍からの支援申し入れを断ったりしている。そして、当時、二階俊博氏より国会で村山首相に対し初期活動の遅れを指摘され「なにぶん初めてだったので」と答え、それがまた糾弾された。

確かに当時は今ほど体制が整っておらず、おそらく村山氏以外の総理でも出遅れていたはずだとは言われている。

あの経験を踏まえ、日本は救援体制でも整備されそれはその後海外に於ける大災害に際しても相当の実績を上げている。インド洋津波、四川地震などではかなりの実績を上げたようだ。

ところで、先頃ハイチで大地震が起き今世界中が救援活動を行っている。多くの国々が現地で救助活動を行っているようだが、もともとインフラがきわめて貧弱な場所であり、きゅじょかつどうの受け入れ態勢がないために思ったほどの効果は上げられないようだ。

しかし、問題なのは日本が未だに救援隊を送らず、今になっても情報を収集しているということだ。

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http://www.asahi.com/international/update/0116/TKY201001160286.html

ハイチ支援、日本に出遅れ感 首相は「復興に協力」力説2010年1月16日20時55分


ハイチへの出航を控えた15日午後、物資の積み込みが続く米海軍の病院船コンフォート=米ボルティモア、勝田写す

米海軍の病院船コンフォートの内部=勝田写す
 大地震に襲われたハイチのビアンエメ内相は15日、収容された遺体は5万人に達し、死者は最大20万人に上る可能性があるとの見方を示した。ロイター通信が伝えた。発言通りなら22万人以上の犠牲者が出た2004年12月のスマトラ沖地震・津波での規模に迫ることになる。薬や食料の不足で被災者の不安が募る中、各国は続々と支援を表明、米国や中国などの救援隊はすでに現地で活動しているが、「地震大国」日本の出遅れ感は否めない。

 「日本は地震大国。様々な経験と教訓を得ている。ハイチの人々の復興のためにできる限りの協力をすることを誓う」。16日に東京で始まったアジア中南米協力フォーラムで鳩山由紀夫首相は力を込めた。日本にとって災害救援は国際協力の得意分野だ。

 しかし、出遅れを指摘する声もある。地震発生は日本時間13日朝。緊急支援や調査チームの派遣などを発表したのは14日午後になってから。すでに他国は支援に動き出していた。

 岡田克也外相は15日の記者会見で「現場は非常に混乱し、連絡もとれないような状況だ。何が求められているのかしっかり見極めたうえで行動するということは議論があるところだと思うが、間違ったやり方ではないと思っている」と強調した。

 発生から24時間で外務省がハイチにある日本大使館と電話できたのはわずか数回。ようやくつながっても途中で切れる。大使館も建物にひびが入り、立ち入り禁止に。大使館員は在留邦人の安否確認にも追われ、被害の把握や支援の検討に時間がかかった。

 500万ドル(約4億5千万円)を上限とする緊急無償資金協力は各国を意識して打ち出した。外務省幹部は「他国にひけをとらないぐらいの額はかき集めた」と言う。

 だが、国連人道支援調整事務所のウェブサイトにある各国・国際機関による支援額の一覧表に、日本はまだ載っていない。間に合わなかったためとみられる。(東岡徹)

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岡田氏が外交音痴であることは今に始まったことではないが、もちろん鳩山内閣全体の責任だ。

確かに現場が混乱し連絡も取れないというのは各国の救援隊が混乱していることでも事実だろう。だが、それは地震発生直後から分かっていることであり、どうせ現場の状況は他国の動きからしか分からないのだ。

このような一刻一秒を争うときなんと言っても迅速な行動が必要なのであり、とにかく現地に駆けつけ情報を収集しながらその場で出来る救助活動が必要なのだ。とりあえず必要なのは医療スタッフ、医療機器、薬品、水、食料、衣類などだろう。それを現地に飛ばして同時に情報収集をすればよい。

多少の混乱は必ず起きる。その混乱をどうこなすかも救援活動のノウハウではないのか。そうやって、初期に活動を開始すればそれだけ人命を助ける可能性も高まるし、真っ先に活動を開始すれば現地の人々にもそして各国のメディアの目にもふれる。

何度も言うが、世界はプロパガンダで動いているのだ。多少の効率の悪さはあるかも知れないが、とにかく動き活動をする事が如何に大切か、この音痴外相初め素人閣僚集団には理解出来ていない。

絶望的な馬鹿ばかりとしか言いようがない。