FC2ブログ

富の移動とはどういう事か

富の移動とはどういう事か

日本は不景気で一般人の間に閉塞感が漂っている。マスコミも経済の専門家も口をそろえて日本は不景気だ不景気だ、日本は大赤字だと言っている。また、多少の上下はあるものの、世界の景気が回復基調にあると見られ、株価が上昇に転じている中、日本株はひとり下降を続けている。

また日本円はユーロやドルなど主要通貨の中で唯一価値が上昇しているため、輸出依存の日本経済はどん底に落ちるだろう、デフレスパイラルに陥っている、とマスコミや経済専門家が合唱する。

本当にそうなのか。

まず日本国は赤字ではない。マスコミ、経済専門家の先生達は日本は大赤字で、老人から赤ん坊まで一人頭600万以上の借金を背負っている。これが将来の日本人達に押しつけられると言う。私の作り話ではなく、少し新聞や関連サイトを見ればそう書いてあるのがよく分かる。

しかし、何度も言っているように、大きな赤字を抱えているのは日本政府であり、日本国ではない。日本政府が金を借りているのはほとんどが国民からだから、つまりは政府の赤字=国民の黒字であることは、バランスシートを見れば当然の話だ。国民は借金などしていないから、老人から赤ん坊まで一人あたり600万の借金等という言い方が如何に意味のない表現か分かるだろう。老人から赤ん坊まで一人あたり600万の貸し金があることをマスコミも経済専門家も言わないのはなぜだ。

日本国としては、国際収支として大幅な黒字であり、貿易も黒字だし、貿易外収支も黒字だ。つまり、日本は世界で最も黒字を積み上げつつある国であって、日本国としての借金など存在しない。

また、日本は貿易立国ではない。貿易による収入は全GDPの中野収入の20%に満たない。むろん、鎖国でもしていない限り貿易がゼロになることはないが、世界基準で言えば10%台の貿易収支なら決して貿易立国などと分類は出来ない。シンガポールなどは100%を遙かに越しているし、韓国や中国など6,70%に達している。また国家経済の数十パーセントが外資による場合もある。日本は国の規模に比べ海外からの投資が少なすぎることが問題になっているくらいだ。

また、日本の製造業も輸出関連の多くが海外に製造拠点を持っているため、円高で輸出が打撃を受けると言われている割に、自動車会社などは急速に業績を回復している。

だからこそ、世界がこれだけ不景気だと言いながら日本円が独歩高なのだ。通貨が強いとは、国の経済がそれだけしっかりしていて、世界がそれを信頼していることを意味する。北朝鮮ウオンやジンバブエドルが世界では全く見向きもされないのは、それぞれの国の経済が破綻しているからであり、通貨が強い国が経済破綻などするわけがない。

去年のリーマンショックまで日本は数年に渡って経済が拡大していた。未曾有の好景気だったのだが、マスコミ、経済専門家は弱々しい好景気、いつ不景気になるか分からないとその間言い続けていた。今となってはそれこそ、日本は明日にでも沈没すると大合唱だ。だが、実際は失業率は低下し、鉱工業生産は軒並み力強く上昇し、大手企業は新しい産業、すなわち省エネ産業や電気自動車などにシフトしつつあり、そして日本はそれらの新分野で世界トップのシェアと技術力を誇っている。また多くの企業が海外の大手企業を買収し、市場を広げている。日本国内では確かに倒産する企業もあるが、新規に起業して躍進している会社もたくさんあるのだ。ユニクロや無印良品、各地のホームセンターなどなど業績が右肩上がりではないか。

今は産業構造が変わっている。古い産業が廃れ、新しい産業が起きるのは常だが、社会の変化が早いために追随出来ない古い体質の産業がつぶれるのは当然であり、またつぶれなければ経済の足を引っ張ることになる。

不景気だ不景気だと言いながら、東京などは再開発がめまぐるしく、数年で景色が一変するほど近代施設が林立している現実を、本当に不景気な国の首都だと言うのか。

産業構造が変化するのは、地方都市の不況にも良く現れている。ビジネスはどうしても投資効率を重んずるので、同じ交通インフラに投資しても、利用者がまるでいない場所と、人口過密地では効率が全く違う。

地方の列車やバスなど、殆ど空で運行し、走るたびに赤字を積み重ねる。地方の高速道路では、車が殆ど通らない。それなら、地方に投資をしないと言うことになる。

言葉は悪いが、田舎に住むということは産業がないと言う現実を受け入れて初めて成り立つのであり、安い土地やきれいな空気を吸いながら都会並みの利便性や収入を求めるのはあり得ない。

ただ、公共事業ではそれも言いきれないから国が行ったり、補助をして、過疎地の交通網、通信網、電力、水道、ガスなどライフラインを維持しなければならない。政府が赤字になるのは当然だろう。それがなければ田舎に人間は全く住めなくなる。

政府の赤字を問題にする人間は、この基本的な事実を無視している。政府が赤字になるのは、治安維持、安全保障、教育、ライフラインなど利益を生まない事業を営むのだから赤字で当然という事実も無視している。これらの事業が利益を生むことはあり得ない。軍事、外交、治安を民間に移行することが可能かどうかを考えればよい。

不景気を示す一例としてテレビが好んで放映するのは、各地の小売店が店じまいをし、シャッター通りが方々に出来ているから不景気だとコメンテーターが嘆くシナリオだ。だが、実際は、客が大型小売店、ホームセンター、通販で買うようになっただけであり、デパートが大不振だというが、コンビニは次々に店舗を増やし、それらコンビニでは銀行ATM、宅配の受付、公共料金の支払いなどなど各種のサービスを細かく行うようになっている。

小売り形態が変わったのであって、日本の小売業が衰退したのではない。ガソリン車が売れなくなっても、ハイブリッド車は予約が一年待ちであり、すぐに電池車が販売される。

古くて効率の悪い産業が廃れるのは当たり前であって、これを徒に保護することは産業の新陳代謝を妨げることになるので、けっして良いことではない。

むろん、そんな古い産業の従業員は新しい産業ですぐに働けるわけではないから失業するだろう。だから職業訓練や求職支援をする必要はあるだろう。そして、新しい産業に適応し、就職出来る人間にとっては有利なはずだ。

今は株が安く、土地も安く、そして各種の債権も安い。だから今大量に買っていれば、いずれ国がつぶれない限りそれらの値段が上がる。つまり、大量にそれらの購入が出来る人々にとっては、財産を殖やす好機なのだ。

資産格差はこのようにして広がる。また、デフレが続けば、これも資産格差を広げることになる。デフレとは、金の価値が高まる事を意味する。例えばデフレが10%あったとすれば、10万円を持っている人の実際の価値は11万になるが、100万円を持っている人は110万円を持つことになる。すなわち、10%のデフレで、9万円の差が生ずることになる。デフレのマイナス面はこのようなところにあるが、物の値段が安くなって確かに生活が楽になっている分もあるのだ。つまり、デフレ率よりも収入増加率が大きければ問題だが、収入が減ったと嘆く人たちのその減少分がデフレ率よりも小さいなら、デフレスパイラルは起きない。

日本の物価が下がりつつあるのは、一つは円高によって海外から買う資源、製品が安くなっているからと、かつてのバブルの狂乱物価を調整している時期だと考えられる。

たしかに急激な富の移動で収入が減っている人は多い。特に社会的弱者に顕著だ。が、今の時期延びている会社、大もうけをしている人は大勢居る。だからこそ、日本国としては黒字が伸び続け、円が高くなっているのだ。円が高くなっただけで、ドル換算での日本の国富が増えていることを理解すべきだ。

損をしている人、生活が苦しい人は悲鳴を上げる。だが、儲かっている人は黙っているのだ。マスコミは悲鳴は報道するが、儲かっている人のこみ上げる笑いは報道しない。

ただし、民主政権には経済の専門家がいない。藤井財務大臣も半世紀前の財務官僚だったろうが、彼には日本経済をコントロールする能力はまるでないし、他の経済閣僚達も推して知るべしだ。

経済とは、金が動くことを言う。みんなが臆病になれば金が動かなくなる。それが不景気なのであり、きわめて心理的な物と言える。いま、外国からも日本人からも民主政権の経済政策、それどころか能力も全く信用されていないし、事実民主の政策は丁度享保の改革のように、単に財政切りつめ贅沢の禁止で金を使うことを締め付け未曾有の不景気になった歴史を繰り返しているだけのことだ。不景気の時に緊縮政策を採れば不景気が改善するわけがない。菅は節約しているのに不景気になるわけはない、といらだったと言うが、勘違いによほどこちらがいらだつ。

確かに無駄はいけない。だが、民主の無駄遣いは再投資になっていない。そして予算の切りつめに奔走して、景気が上向くはずがない。
スポンサーサイト

日本のデフレと科学技術

全く異なるテーマを無理矢理くっつけて論ずる。

科学技術

日頃から日本は科学技術立国であり、だからこそ日本は世界でも希有な存在である、と私は日頃から主張しているが、むろん、そうではないという意見も多々ある。たとえば、下記のような記事を見つけたが、このような意見は別に珍しくもない。

----------------------------------------------

http://news.livedoor.com/article/detail/4465808/

日経は読むな「日本が一番」という幻想
2009年11月24日06時00分

上には上があるし、その順位はいつでも入れかわる。日本もまた世界の中の小さな点にしか過ぎない。

政府の行う「仕分け」の前半が終わった。そのハイライトは、なんといっても文部科学省の推進する「スーパーコンピューター」のプロジェクトへの大幅な予算削減だった。いまだに、文科省はネットでパブリックコメントを求めるなど、悪あがきとも見える動きをしている。これに応え、菅氏直人氏が「復活するかもしれない」とのコメントを発表する場面もあった。

現在、日本のスーパーコンピューターの計算速度は世界22位と、先進国中ではかなり低い順位となっている(アジアのトップは中国の5位)。もっとも、これを世界一にもっていけたとしても、各国ともさまざまなスーパーコンピューターを現在も作っているわけで、一瞬だけ一位になったとしても、その後はわからない。また、今回の予算の無駄使いの疑惑もあちこちで囁(ささや)かれている。

しかも、既にNECや日立製作所などの大手はこのプロジェクトから撤退した(09年5月14日、読売新聞)後であり、富士通一社のみがこのプロジェクトにかかわっている。NECは米インテル社とのスーパーコンピューター開発に向けて走りだしている。

ところで、これらのことをコメントがつけられるニュースサイトなどに書くと「日本の科学技術は優れているのだから……」のような、私から見ればかなり現実とは「ずれて」いる認識が多くのところでされていることがわかる。

簡単に結論を言ってしまうと、日本は既にITとか科学技術ではそんなに大したことがない「二流」の国になりつつある。これが現実である。世界経済フォーラム、いわゆる「ダボス会議」がこの3月に発表したITの国際競争力では日本は17位、という結果が出ていた(08年は19位)。アジアでは韓国などのほうが日本よりも上位にいる。それだけではない。例えば、今回の「仕分け」で予算がそのまま通った、バイオの研究分野である「iPS細胞」についても、日本の研究は世界に冠たるもの、ということになっているが、実際のところ、iPS細胞だけではなく、多くの研究分野があるバイオ研究のトップはやはり米国である。

日本のバイオ専門の研究所である「かずさDNA研究所」は文科省、経済産業省など多くの機関が支えているが、その年間予算はたかだか数十億円。対して、米国のバイオ研究の巨大研究所であるNIH (National Institute of Health)の年間予算は3兆円である。ケタが違うのだ。また、米国には国の援助を求めず、米国の企業や個人の献金などでその予算を賄っている私立の研究所がたくさんある。

「日本の科学技術は大したものだ。世界でも一番だ」という幻想を振りまいたのは、一体誰だろう?
「日本が一番」と言うのならばなぜ、日本のIT技術者は毎日英語の「言語」と格闘しなければならないのだろう?
なぜマイクロソフトやグーグルのように、IT分野でのみ急成長した企業は日本に無いのだろう?

私はこれらの多くのところで根拠の無い「日本は技術で一番幻想」を振りまいたのは、日経新聞をはじめとしたマスコミであろうと考えている。かつては「Japan As No.1」などという書籍もはやったものだし、「これからは日本の時代が来る」と言われたこともあったけれども、逆に言えばそういうことが話題になる、ということは、それだけ珍しいことだったから、ということにほかならない。つまり、そう滅多にあることではないのだ。しかし、日経をはじめとした日本のマスコミは世界を見る日本人の目を、結果として誤らせた、と私は思う。

「えー、ぼくちゃんって、そんなに評価されてるんだ!」と有頂天になった日本の凋落(ちょうらく)は、それからかなり早かったのはご覧の通りだ。「技術立国」とは資源やお金のもともと無い国にとっての希望だったかも知れないが、逆に言えば日本の実力とはその程度のものでしかなかった、ともいえる。

かつて世界一の携帯電話会社と言われたNTTドコモは、気がつけばアッという間に契約数、売上高、利益ともに中国のチャイナモバイルに抜かれた。なにせ13億人の人口を持つ中国である。同社の契約数は5億。まさに、日本人全部が老人から赤ちゃんまで動員しても追いつかない数。当たり前といえば当たり前な話である。

かつて、首都大学東京の学長の西澤潤一氏は日本がその絶頂期にあったとき「日本はやがて、上からは知財でタガをはめられ、下からは安い中国などの製品で攻勢を受けるだろう。このままでは日本の製造業は危ない」と先を見通していた。そして、何もしてこなかった日本の政府と企業は結局なるようにしかならず、今日を迎えた。

いま、日本では多くの優れた研究者や技術者人材が、仕事がなく余っている。一方で子供たちは勉強をしなくなっている。勉強して自分の能力を高くしても将来が知れている、と認識されているからだ。

うぬぼれでもなく、あきらめでもなく、努力して獲得した能力をもとに生きていくことができ、たとえ「一番」ではなくとも、誰でも毎日を生き生きと生きていける日本は、やはり遠い未来にしか見ることができないのだろうか?【了】

----------------------------------------------

しかし、私はこの記事は何か意図的なのでなければ余りに皮相的というか、自虐的に思えて仕方がない。

世界の先進技術でかなり多くを占めているのはアメリカであり、おそらくその次が日本、そしてEUと続く。この傾向はこの十年、二十年変わっていないようだ。ただし、アメリカの先端技術の多くは軍事産業、航空産業、宇宙産業などであり、民生分野では製造業が一つ二つを除いて世界的な競争力を持った物がない。その理由として、極端な訴訟社会であるために製造業が訴訟に巻き込まれつぶされてしまうことが指摘されている。なにしろ、弁護士が駄目元でユーザーを組織し製造業者から金をゆすり取るのがビジネスになっている国なのだからそれも仕方がない。

また、上記の記事でも言われているように、ITなどでは日本は韓国にも抜かれていると言うが、それは事実ではない。韓国が日本に勝っているのはネットの普及率などと言われていたが、今では日本は世界一と言っていい。携帯電話や薄型テレビなどで韓国製品が日本よりもシェアが断然大きいと言われているが、その中身は日本から買っており、したがって、韓国が売れば売るほど対日赤字が増えている事実をみると、決して韓国の技術が日本を抜いているわけではない。

上記の記事の勘違いは、シェアが大きければ技術が進んでいると単純に決めつけていることであり、単にシェアだけで言えば中国製品の多くは世界で一番売れているだろう。なにしろ、手元のパソコンを開けてみても中の部品から外側までmade in china のオンパレードだ。だが、これで中国の科学技術が世界を席巻しているなどとは誰も言わない。

日本製品のシェアが少ないのは、とにかく日本国内でしか需要のない高機能製品に偏るからだ。良い例が携帯で、日本の携帯電話の機能は、外国人が知ると一様に驚く。おそらく、車でも家電でも、日本人の要求が厳しく、またメーカーが多いために嫌でも製品の機能が高まり、それが価格を押し上げているからだと言って良い。

したがって、日本のメーカーが他国に輸出するときは単純化しとにかく価格を下げることで競争力を保とうとするが、それにも限度がある。なにしろ、印度のタタモーターはナノという30万を切る車を作っているが、日本では到底無理だろう。

売れる物を創らないから技術が劣ると言うことではない。日本の特に民生品では十分に技術力が高いと言って間違いはない。

また、上記で言っているスパコンだが、これも皮相的と思う。スパコンは確かに今ではグリッドコンピューティング等という技術が主流となり、つまり多数のコンピューターをネットでつないであたかも一台の巨大なコンピューターのようにする技術が主流になっている。今の世界のスパコンのほとんどはこの技術を使っていて、日本の次世代スパコンも例外ではない。

しかし、同じつなぐなら高速のユニットをつなぐことで全体も高速になる。また、スパコン技術は周辺に波及し、新しいチップなどを生み出すので、高速スパコンを作ることは決して無駄にはならない。また、高速スパコンがあるから出来ることは非常にたくさんある。スパコン競争は無駄と切り捨てて済む問題ではない。

ただし、確かにかつて80年代、日本ではICOTプロジェクトが立ち上げられ、当時の第五世代コンピューター、すなわちAIの先進化をめざしたが、結果としてほとんど成果を上げられなかったと言われている。目に見える成果がなかったのは事実だが、目に見えない成果もなかったのかどうかは分からない。しかし、その時点から確かに日本のコンピューターが一時的だったが世界のトップクラスにあったのは事実だ。

日本の鉄道技術、自動車技術、工作機械、産業資源などなど、世界の最先端にある技術は少なくない。それらは決して単独では存在せず様々に関係しあって高まった物だ。その競争力にスパコンが多大な貢献をしているのも見逃せない。単にスパコンの順位競争の話ではない。そもそも、いま日本が必要としているスパコンを開発すると、自然に世界一となると言うことであり、順位争いとは違う。

さらに、日本企業は他国で発明された物を生産技術で高めるのが得意だと言われている。しかし、近年特に言われているのは、日本国内で要求される製品は余りに完成度が高く、他国では需要がないというのだ。

たとえば、日本の車は燃費に勝れ、丈夫で壊れにくいから人気がある。しかし、当然高い。現在経済成長の著しい発展途上国では、車の需要は非常に高まっているが、とにかく走ればよい、壊れても直す人件費はいくらでもある、第一ドアがとれたくらいなら別に気にしないで乗ると言う感覚。また欧米では、大衆車とは単に脚代わりであり、これもまたなおして乗るまでもないということになる。アメリカではガソリンはまだまだ安いから、別に燃費も気にすることはないとうことだし、また欧米では全く別の需要として数千万から億単位の値段の車が売れる。ヨーロッパのメーカーは、日本や韓国中国印度などとの価格競争は最初から避けて、超高級車の分野で生き残りを図っている。

つまり日本の車は中途半端に高く、中途半端に安い。

家電製品も性能の良さは誰もが認めても、高い。もっと単機能で安い家電に需要がある。

典型的なのは携帯電話で、日本の携帯電話の高機能性は初めて接した外国人が驚くが、なにしろ日本でしかつかえない。海外には日本の携帯電話のような機能の需要がないのだ。

したがって、日本の製品のレベルは非常に高く、もちろん技術的にも世界に並ぶものなしだが、高額なので売れない。良すぎるのだ。ほどほどの性能さえあれば安い方が良いという需要が世界では非常に多い。

上記の記事の筆者が勘違いしているのは、日本製が売れないから技術も二流だとしていることだ。

一流技術があれば、二流製品も作れるが、その逆はない。日本の科学技術が実際の所世界のトップクラスかどうかは分からないし、しゃにむにそれを目指すことだけが正しいとも確かに思わないが、上記の記事のように日本はすでに2流科学しかないのだからスパコンなどにとらわれるなと言う記事、これは無知なのか嘘をついている。

次に、日本はデフレであると菅氏が言う。菅氏が言わなくても、物価が下がり続けていれば、おそらくこれはデフレであろうと誰でも思う。

デフレとは物が余るか、需要が減るか、通貨の価値が上がるときに発生し、インフレはその逆であって、どのよう場合でもインフレかデフレ状態なのであって、物価が全く変化しない、つまりインフレでもデフレでもない状態というのはほとんど無い。

経済状態としては年率2%程度のインフレが望ましいと良く言われているが、それだと金を借りても返すときに実質返す金の価値が減っているから、すなわち金が動く。金が動くとは、つまり経済活動が活発になるから、景気が良くなると言う仕掛けだ。ちなみに、年率2%のインフレでは、借りた金の価値が年率2%下がるので、つまりは利子がかからないのと同じ事になる。

しかし、このインフレはときどき爆発する。例えばアフリカジンバブエのインフレは、毎日100%値段が上がると言われ、現実に100兆ジンバブエドル紙幣が発行されているが、紙幣の発行が間に合わず、紙幣が流通し始めた頃はその紙幣の価値が下がりすぎている状況だ。世界記録的なインフレであり、現実には紙幣に価値が無く、貨幣経済が破綻していることになる。

これほどではなくても戦後の日本やドイツが同じようなインフレを経験しているので、日本ではインフレに対する恐怖心が根強くある。

一方、デフレになって助かるのは、年金生活者、利子生活者など、定期収入ではなく決まった金で暮らしている人々で、大体社会的には弱者が多い。

したがって、今のデフレでも困った困ったというのは製造業、販売業、給与所得者であって、社会的弱者にとって見ればデフレ様々なのだ。

インフレもデフレもすぎれば問題だが、立場により程度によりそれが有利になる事も理解しておくべきだろう。

さて、日本はかつて世界でも物価が高く、東京大阪はもっとも生活費がかかる都市としてランクされていたが、今ではロンドンやパリ、NYなどよりも物価が安くなっている。

収入が減ったと言うが、物価が下がっていてつまり金のかからない生活が出来ているのも事実だ。数年前なら手のでなかった品が、今では普通に変える例が多々ある。時計や電卓、ラジオが100円で買えるようになると、10年前は考えられたろうか。ウィスキーのナポレオンブラックなどは垂涎の的だったが、今ではそこいら辺の酒屋で気楽に買える。

昔とんでもなく高かったパソコンは、今では安値競争が盛んだ。

しかしこれについては誰も騒がない。また、日本で進行しているデフレの主因は輸入物資の値下がりによる物であり、輸入物資が値下がりしているのは円が強くなっているからだ。このメリットも、マスコミや経済学者は指摘しない。

もう一つ、世界でも物価が高いとされてきた日本の物価調整の意味もある。

本来デフレの怖さは、物価が下がり、メーカーの収入が減り、従業員の給与が下がり、また物価が下がるというデフレスパイラルに陥るからだ。しかし、日本の場合、物価が下がる主因が円の強さと物価調整なのであればデフレスパイラルとは違う。

しかし、安心もしていられない。民主が緊縮経済を続ければ本当のデフレスパイラルに陥る。

デフレを解消する方法として、

需要を拡大する。一般国民が消費しないのであれば国家が消費する。公共投資はそのために行われるのであり、全てを不要不急の無駄と切り捨てるのは、デフレに拍車をかけていることになる。民主の馬鹿なところはそこにある。

通貨の流通量を増やす。簡単にはお札を沢山刷る。しかし、いくら刷ってもビルの屋上からばらまくのではなく正当な手段で市場に流通させるためには、金を払う理由がいる。それが経済政策であり、たとえばばらまき、経済振興政策であろう。また新しい需要を作り出すために産業育成、また医療、保険、教育、軍事などへの出費がある。これで、一般人の懐にはいる金は増える。しかし、民主はばらまき以外は全て無駄と称して削減する。一般に、通貨の流通量を増やすとインフレになる。しかし、通貨の流通量を増やすとは、日本経済の信用力を薄めることと言える。ラーメンスープが辛すぎたらお湯を入れるのと同じ事だが、もちろん入れすぎてはまずくなるだけで、辛過ぎもせず薄すぎもしない、丁度良い濃さにすることが大切だ。通貨の流通量も、丁度良い程度に増やせばよい。

これは、必要な予算をむやみに削っていては出来ない。必要であれば国債発行も構わない。

流通量を増やしても唯のばらまきは不公平の拡大になるだけであり、それくらいなら国営の宝くじでも盛大にやった方がまだましだ。

結局、通貨の流通量を絞ったままばらまきをする民主が経済政策をやっている間は、日本のデフレは深刻になりそうだ。

歴史認識と言うこと


日本は正しい歴史を認識すべきだとは中韓がいつも言うことだが、この場合の正しい歴史とは中韓が主張する歴史であり、認識とはそれを日本がそのまま受け入れると言うことだ。

 日本や他のまともな国に於いては、歴史とは学問であり、事実を明らかにしてゆく作業が不可欠である。そのためには、古くからの書籍、海外にある参照資料、発掘遺跡、発掘品、伝承、明らかになっている後代の史実からの類推などなど、様々な手法がある。近年はそれらの資料も蓄積され、また分析技術が進んできたために、従来信じられていた史実が訂正される事は珍しくない。

 また、どの国、どの民族にとっても歴史が全て輝かしい訳ではなく、悲惨な歴史、暗澹たる歴史、明らかに人災としか思えない悲惨が様々明らかになってくることはやむを得ず、時にはこんな事なら知らない方が良かったという歴史もあるだろう。だが、歴史は事実を究明する学問であり、たとえ自分たちの祖先が過ちを犯そうと卑劣なことをしようとそれを覆い隠すことは出来ない。

 ただし、その明らかになった史実に対する感想は、個人や民族、国家によって偏りがあるのは当然と言える。戦争という事実を前に、ほとんどの対戦国同士は自国こそ正義であり、相手が邪悪であったと考える。だが、戦争がはるか過去になった時点では、その戦争の正義の有り場所を双方が論じても結論は出ない事が分かり切っているので、まともな国同士は、そのことには触れず、単に戦争があったと言う事実のみを歴史書に記すにとどめる。

 これはまともな国の話であり、幸い日本はそのまともな国のやり方で歴史を扱っている。が、問題はまともではない国が世界には多数有り、自国のみが正しく相手は間違っている邪悪であると主張するために歴史そのものを改ざんする例は後を絶たない。

 むろん、昔はそれが世界中で当たり前のことであり、たとえば歴史の捏造、曲解、編集となれば王が国を治め民を従えるために王権神授説を作り出し、王は神の代理としてその権力を神から与えられているのだから、民は王に逆らってはならない。王に逆らうとは神に逆らうことである、大きな罪である、との理屈だ。

 ちなみに、本来宗教とは民衆の苦しみを救済する目的で発生したのだろうが、すぐに権力の正当化手段として使われだした。ヨーロッパに於いてはキリスト教が王の任免を決め、法王は諸国の王の上に君臨した。王達は、権威を授けられる為には多いにキリスト教を利用したのだから、双方の利害が一致したわけだ。日本では朝廷と幕府の関係に似ているが、その当時は宗教を利用したことはない。キリスト教はヨーロッパ諸国の植民地政策の先兵として派遣され、その結果ヨーロッパ諸国がアジアアフリカを蹂躙したのは、なんとキリスト教徒が否定しようと事実だ。むろん、右手に剣、左手にコーランで世界を蹂躙したイスラム教も同じ事が言える。自分たちがアジアアフリカを所有し蹂躙するのは神に与えられた権利を行使しているのだと思っているから、むろん罪悪感など無い。今のマニフェストデステニーに通じる感覚だ。

 閑話休題

 洋の東西を問わず、この王権神授説は広く用いられた手法であり、当然中国も長年その手法を採ってきた。そして、至近な例では戦時中の日本がその手法を採り、現人神である天皇の名に逆らう者は非国民であるとの理屈を国民に押しつけ、そのためには日本の歴史も全て改ざんした。むろん、今の日本ではそんなことはない。

 だが、中国では天帝という言葉こそ使わなくなったが、共産主義、毛沢東をその替わりに使っており、これらに逆らうことは即反逆であるとしている。むろん、中国共産党と戦い毛沢東と戦った日本は邪悪の固まりと言うことになる。真実の歴史では、日本が戦ったのは国民党であり、中国共産党とはまともに戦っていない。毛沢東は、国民党と日本軍を戦わせることで双方の消耗を図り、国を乗っ取ったにすぎないが、その史実を認めることは自らの否定につながるので、中国共産党はその歴史を国民に教えることはないし、日本敵視政策を止めることはない。たとえ形ばかり友好を口にしても、現実には日本敵視政策は中国共産党存続のためのキーコンセプトになっている。

 歴史を改ざんすることで自らの正当性を創り上げることは、日本やまともな国々ではやらないことだ。

 中国に事大している韓国ももちろん同じ手法を採っている。

 中韓と日本歴史上の齟齬は様々有る。むろん、解釈や感想に違いがあるのはそれぞれの立場の違いから当然だろう。たとえば、原爆投下に就き、アメリカはあれは必要な攻撃であり、あれによって多数のアメリカ兵および日本人のさらなる犠牲を止めることが出来た、と言うのがアメリカの公式見解であり、日本側の主張は、不必要な一般市民虐殺のテロであったというものだ。このように両国の見解は異なっているが、原爆投下という事実は日米共に否定していない。

 しかし、これが中韓相手となると、歴史上の事実が捏造されるのだ。

 南京虐殺、通州事件、日韓併合、従軍慰安婦、竹島問題などなどが様々あるが、これらが解決されることなどあり得ない。なぜなら、中韓が歴史上の史実を捏造しているからだ。これらの軋轢が無くなれば困るのは中韓であり、けっして円満解決など望んではいない。これらの軋轢の責任が全て日本にあると主張し続けることで政権維持を図っている以上、それは当たり前だろう。

 これらの歴史上の食い違いを一つ一つ検証するには膨大なエネルギーと時間がかかるだろうが、一つ従軍慰安婦につきどのような経過で是が軋轢になり、韓国は何を根拠に是が事実だと主張しているのか、を簡単に述べてみたい。

 そうすれば、韓国が如何に歴史を捏造し日本をおとしめよって政権の維持を図っているかが理解出来る。

 従軍慰安婦問題がクローズアップされてきたのは80年代であり、詳しくはwikiなどにあるからここでは繰り返さない。この問題は韓国の運動により、特にアメリカなどでは国会による日本の謝罪決議などに発展しているが、その運動を起こしているのは韓国系アメリカ人社会であり、かれらは国連による日本非難決議採択をするようにも働きかけている。

 しかし、80年代になって急にこのような問題が提起されたことに大きな不自然さが有る。また、彼らの主張の根拠が、被害者と称する女性達の証言なのだが、総数で20万人も居たとされる”元慰安婦”達の証言が精々数人止まりであり、しかも時間によりその証言が非常に大きく変わってきている。たとえば、一人は14歳の時に親に売られたことがかなり明らかになっている。

 いずれにせよ、根拠が証言だけというのは非常に不自然ではないのか。

 次に、慰安婦と存在を考えるなら、それが当時はどこの軍隊にも普通にあったのが事実なのだ。血気盛りの若い男達の集団で、しかも明日をも知れぬ究極の状態にあり、心がすさんでいるとなれば、当然その性欲処理はどこの軍隊でも大きな問題になる。現実に、当時も今も海外駐在の兵士達による現地女性のレイプは非常に多く発生し、現地の住民達の感情を悪化させている。

 しかし、性欲を我慢しろとは言えず、どこの軍隊でも慰安所を積極的に設けることは行っていた。日本も例外ではないが、韓国が言うように、日本軍が直接慰安所を運営したり、慰安婦を強制連行した事実などない。地元の業者に慰安所の運営や慰安婦の募集を任せていた。

 従って、日本軍に関して言えば多くは日本から募集に応じて現地に赴いた日本人女性が非常に多い。当時は売春は合法であり、また軍人などよりも相当の高給で募集をかけ、それに応じた日本人も多くいたが、もちろん地元の朝鮮人女性達にしてみれば、夢にも想像出来ない高給であり、こぞって慰安婦の応募したとされている。また悪質な現地の業者にだまされ売られた女性もいるだろうし、また多くは親によって売られた。

 当時、親が子供を売る事は日本でもごく当たり前にあり、今の感覚で判断してそれは非道だと言っても仕方がない。

 そのような形で自らの意志で、あるいは親に売られて、あるいは悪質な業者にだまされ売られた朝鮮人女性は多くいた。

 そもそも、日本軍が直接従軍慰安婦を強制的に連行し、性奴隷にするなどが整合的に考えられるだろうか。

 例えば今一応合法的に日本に駐在している米軍が、組織的に日本女性を拉致し、兵士にあてがい性奴隷として虐殺するなど想像出来るだろうか。そのようなことがあった場合、父親、夫、兄弟は黙って指をくわえてみているだろうか。

 とうぜん、当時合法的に朝鮮に滞在していた日本軍が(なにしろ併合時代だから日本軍は国内にいたのと同じであり、決して侵略軍ではない)現地の人間達の激しい敵意を受けるような女性達の強制連行をするだろうか。

 慰安婦が必要であれば、金で解決する方がよほど簡単だし、問題が少ないし、現地に金が落ちるのだから感謝さえされる。激しい敵意を受ける強制連行をするだろうか。到底考えられない。

 また、その時朝鮮の親、夫、兄弟達はどうしてそれを訴えなかったのか。なぜ80年代になるまで黙っていたのか。

 慰安所があった、慰安婦が居た。それは事実だ。当時はそれが合法であり、そうすることで兵士の暴発を防ぐ必要があったから合法的に慰安所を業者に委託して設置し、膨大な金を現地に落とした。それだけのことだ。だから、多くの日本女性も自らの意志で赴いたのだ。

 なぜ、それが80年代になり、いきなり日本軍による強制連行、性奴隷、虐殺の話が出てきたのだろうか。

 日本でも韓国の言いがかりに応ずる動きがあるし、現在の千葉景子法相もその一人だが、実際にこの慰安婦問題が公開され検証された事実は一度もない。

 もしそれが事実だったのなら、認めるべきだろう。いくら世界ではそのようなことが何度もあったからといっても日本だけが例外というわけには行かないだろうが、しかし、その前にそれが事実かどうかの検証が行われてしかるべきではないのか。

 誣告罪や偽証罪が日本の数十倍、数百倍発生する韓国で、なぜ慰安婦の証言やそれを持ち上げる連中の言葉だけが検証の必要もないほどの事実でなければならないのか。

 嘘は悪いことだ、恥ずかしいことだと考える社会は、実は世界ではごく少数だと言って良い。民主主義の先進国と我々が考えているアメリカも、嘘が悪いとは考えていない。だからこそ、世界の弁護士の半分がアメリカ人であり、とにかく言い負かした方が勝ち、ディベートで勝った方が勝ちという社会を創り上げている。彼らにとって真実は重要ではない。正当だと周囲を納得させることが大切なのであって、真実を明らかにすることは問題ではないのだ。

 訴訟社会、ディベート社会とは、嘘を突き通す方が勝ちという社会なのだ。真実はいつか現れるとか、涙まで流して恥ずかしい過去を告白したのだから、あれは本当だろうという日本人の感覚は全く通用しない。中韓はその日本人の感覚につけ込んでいるのだ。

 繰り返すが、世界のほとんどの地域、国、民族の間では、嘘が悪いのではなく説得出来ないのが悪いのだ。これを本当に心底理解する必要がある。

 先の戦争も、日本が世界の価値観を理解していなかったことが一因だと言って良い。あの戦争を繰り返したくなければ、いい加減世界の価値観を理解するべきだ。日本人の美徳は、日本社界でのみ通用することを理解すべきだ。日本の美徳につけ込む国が隣にあることを理解すべきだ。彼らにしてみれば、当然のことをしているのであり、むろんそれにやましさを感ずることなどあり得ない。日本が黙っていればますますかさにかかってくる。

 鳩山氏の友愛、それに基づく東アジア共同体がどのようなものなのか、何が問題なのか理解すべきではないのか。

 歴史書をひもとくのは必要だし、それが原点だが、実は歴史書には本質的な価値観の違いやなぜ中韓が反日政策を採るのかの本当の理由を書いていない。単に昔日本と戦争をしたから、植民地にされたから今でも反日政策の原因になっているとしか書いていないだろう。

 だが、これももう少し踏み込んで考えてみれば、隣国同士はもともと様々な歴史的な問題を抱えていて、ヨーロッパの国同士、アメリカと中南米、などなど戦争の歴史だと言って良い。しかし、ほんの少し前まで戦争をしていたコソボでさえ、戦争が済めば声高に政府同士がそれを蒸し返して非難をすることはしない。

 昔100年も戦争を続けたことがある英仏も、領土を巡って何百年も戦争と講和を繰り返してきた独仏も、内心はともかく互いに敵視政策を採ったりしない。それどころか、EUとしての協調体制を採ろうとしている。

 なぜ、中韓に限って、明らかな国策として日本敵視政策を採っているのか。単に昔戦争をしていたからか、植民地になったからか(これは事実ではないが)。だから、今でも反日なのか。

 そして、30年前に戦争をした中越はいま積極的に接近している。日本以前に中国をさんざん蹂躙した英国始め欧米については、中国は一切非難せず謝罪も補償も要求していない。敵は日本でなければならないからだ。

 日本は本当に世界でも鼻つまみ者なのか。そんなことはない。世界でも日本の国家イメージはダントツでよいし、それはアジアでも同じ事だ。中韓がよく言うアジアの中で孤立する日本という場合のアジアは、中韓だけのことだ。むしろ、中韓は世界でも際だって嫌われていると言っていい。両国には友人が存在せず、まともな同盟国もない。

 しかし、大抵の歴史書にはこのようなことは書いていない。

 だから、本当の反日の意味が分からない。歴史を学ぶのは大切だが、その裏にある事実は、自ら探る必要があるのではないか。

やはり中国を

どうしても中国のことを書きたくなるが、基本的に私は中国が好きなのかも知れない。とにかく、論じてみたいと思う。なぜなら、世界中そろって中国中国と下へも置かぬ扱い。つい最近まで人権問題、侵略、食の安全、不良品とさんざん中国を叩いていたくせに、世界経済が極端に落ち込むと、中国が世界を救うような書きっぷり。しかし、中国の本質は全く変わっていない。

結局、世界は損得で動いているのであり、正義で動くわけではない。現時点では、アメリカに代わって世界の消費を引き受けるのは中国しかないと見て、中国を持ち上げているだけのこと。

しかし、考えてみて少々おかしいのではないか。むろん世界の消費を引き受けるのが中国しかないから中国を持ち上げるという理論は成り立つ。なにしろ、アメリカ人は消費をしなくなり、借金もしなくなり、そしてアメリカは世界の経済牽引役をこれ以上続けるつもりはないと言っている。

だが、中国が世界経済を引っ張るという根拠がまるで示されていないのだ。中国には広大な国土ある。むろん、ロシアもカナダもオーストラリアも広大な国土を持っているが消費には関係がない。

中国の人口は膨大だ。日本の10倍の人口を有するから、消費も日本の十倍あるはずだとの理論がおかしいとは、小学校でかけ算わり算を習った人間なら即座に気が付くはずだ。

人間が居ても金がなければものを買わない。日本にも年収1億の人間と百万の人間が居る。同じ一人でも購買能力差は100倍ではきかない。

中国の経済規模はやっと日本に届くかどうかと言うところだ。10倍の人間が居ても、一人あたりの経済力は日本人の10分の1であり、実際は10分の1以下になる。13億の内10%が日本並みの経済力を持っていれば残りの90%はまったくゼロと言うことになるが現実には年収10万でもあるわけだから、10%の人間も日本と同じレベルというわけではない。

実際には数%の人間が購買力のほとんどを独占しており、その総数は日本にはるか及ばない。これが現実であり、10倍の人間が居るから10倍の購買力があると言うことにはならない。

一般に、昔から貧しい国ほど一部の金持ちは桁違いに金を持っている場合が多く、パキスタン、バングラディシュなどの国々では贅沢品を持つことで権力を見せびらかす必要がある。だが、贅沢品が国内では手に入らないので、海外からとんでもない高級品を買ったりするケースが多い。良く知られている事実だが、貧困国ほど贅沢品が売れる傾向がある。むろん、数は少ないから国全体として良いマーケットというわけではない。それが、今の成金中国に当てはまる。また、確かに安全な食品や高品質の品が国産でなければ、資力のある一部の人間は、割高でも海外から買うことになる。

このような中国に世界消費の牽引車がつとまるはずがない。

また、中国は年々経済格差が拡大し、深刻な問題となっている。人民の不満が近年極限まで高まり、年々暴動の規模が増大しているのが事実であり、そのためにも中国は軍部に金を使う必要があるため、最近の建国60周年で近代化された軍備を誇る軍事パレードを行っている。いわば、あれは国民に対する威圧なのだ。

一体、どこの国が国家的式典に軍事パレードをやるだろう。ロシアでさえ最近はやらないし、西欧も日本もやらない。やるのは、力を示す必要のある国、それも国民を力で押さえつける必要のある国だけだ。

力で人民を押さえつけなければならない国は内部から崩壊する。それを免れた国は歴史上無い。

----------------------------------------------
http://www.asahi.com/international/update/1001/TKY200910010208.html

中国、最新鋭兵器で大規模パレード 建国60周年を祝う

2009年10月1日12時47分

中国建国60周年の軍事パレードで、最新鋭の大陸間弾道ミサイル「東風31」改良型の発射機を載せたトラックが登場した。米国の全土をほぼ射程に収めるとされる=1日午前、北京、川村直子撮影
 【北京=峯村健司】中国建国60周年の祝賀式典が1日午前、北京の天安門広場一帯で開かれた。10年ぶりとなる軍事パレードは、最新鋭の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や戦闘機などを披露し、装備の近代化を内外に誇示。過去最大規模となった。

 胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席が車上から、パレードのために整列した各部隊を閲兵した後、天安門の楼上で演説し、「社会主義だけが中国を救い、改革開放こそが発展をもたらした」と60年間の成果を強調した。

 軍事パレードは1949年の建国以来14回目。今回参加した兵器は52種類。中国軍によると、すべてが国産で約9割が初公開の兵器で、「軍の機械化と情報化を複合した発展が特徴」(高建国・閲兵連合指揮部報道官)だ。

 ミサイル部隊では、米国全土を射程内におくとされるICBM「東風31」改良型のほか、命中精度が高い巡航ミサイル「東海10」などが初公開された。戦闘機では、米国のF16戦闘機に匹敵する性能を持つと言われる自主開発の戦闘機「殲(せん)10」や、空中警戒管制機(AWACS)などが登場した。

 その後、小中学生ら18万人を動員して、パレードとマスゲームを行った。新中国建国後の発展を強調。新疆(しんきょう)ウイグル自治区での騒乱を受け、国内の56民族の「友好と団結」も訴える内容になっている。インターネット上で「税金の無駄遣い」などと批判が出ていることから、前回よりも参加者は6万人少なく、パレードの山車も90台から60台に減らした。

 テロを警戒して、会場周辺のビルやホテルは窓を開けることを禁じられた。当局が動員した約20万人の招待客が広場を埋め尽くし、一般市民が近づくことはできなかった。
 
<引用終わり>

-----------------------

このところ、ヨーロッパが根本的に回復する理由は見つからず、アメリカは民主党政権でやはり先行きは暗い。なにしろ、国家の金を膨大につぎ込まれた金融機関が又息を吹き返し、トップが駆け込みで常識はずれの高給を受け取っている。

鳴り物入りで当選したオバマ氏の支持率も急下降で、特にオリンピック招致失敗などは大変な叩かれようだ。もっとも、IOCでのあの演説は、いかにも上から目線で評判が悪かったのも事実だが。

欧米に経済回復の兆しが無く、日本も鳩山不況が襲ってくるとなれば、とにかく中国からむしり取るより仕方がないと言うことになる。

さて、次のような記事が目に入った。

----------------------------------------------
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0930&f=national_0930_048.shtml

【中国ブログ】中国人から見た日本は物価が高い?真相は・・・


  日本と中国とでは給与に対する物価水準はどれほどの開きがあるのだろうか。中国人ブロガーの日本大学堂氏(ハンドルネーム)が日本と中国の物価について考察している。

  氏は、比較の前提として「同じ国といえども、中国の場合は都市間で物価や給与水準が大きく異なるが、ここでは上海を基準とする」と述べ、「日本と中国の大学新規卒業生の手取り給与平均をそれぞれ15万円と1500元(約2万円)と仮定する」と述べる。

  続けて、日本人と中国人の主食である米の価格を例に、「米の価格は日本では1キロあたり350円、上海では1キロあたり5元(約65円)であるから、給与の全てで米を購入するとなると日本では430キロ、中国では300キロ購入することが出来る。この通り、給与に対する米の物価水準は中国のほうが高いことが分かるだろう」と語る。

  次に氏は、自動車やコカ・コーラを例に挙げる。「日本では100万円ほどで自動車を購入することが出来るが、これは給与6か月分だ。一方、上海では同グレードの車でも5万元から8万元ほどであるから、8年分の給与に値する。コカ・コーラの場合は日本では2リットルのものが約200円ほどであるから、給与の全てで750本購入できる。上海では2.5リットルのものが5.5元であるから一月分の給与で273本しか購入できない」と指摘。

  氏は上記の他にも数々の例を挙げながら、「中国の物価は確かに国際水準よりも低いが、それはあくまでも絶対値の話であり、対給与比で考えれば高いといえるだろう。多くの中国人は日本は物価の高い国だと言っているが、中国のほうが物価が高いのが真相である」と結んでいる。(編集担当:畠山栄)

-----------------------

これは、現実には中国人の購買力が世界の期待に反して非常に小さいことを意味する。

もう少し突っ込んで考えてみると、中国の今の経済力の基は、何度も言われているが世界の工場として安い労働力を提供してきたからだ。労働力が安いから中国人の収入は低いし、また人為的に通貨を安く抑えているため、海外からの輸入品が高い。だから、中国では収入に比べ物価が高いのだ。

ちなみに、かつては中国は食料やエネルギーの大輸出国であったが、今は輸入国に転じ、莫大な資源を買わなければ国内経済を保てなくなっているため、通貨安がじんわりと効いてきているのだ。

また、中国はアメリカに次いでCO2を垂れ流し、公害を垂れ流しそしてエネルギーの無駄が大きいので知られているが、今まではなりふり構わず生産を上げなければならず世界の非難も無視していた。しかし、今では国内問題としてそれらを解決しなければならなくなっている。

CO2を削減するなどと最近になって言い出したのは、それが目的ではなくまして鳩山氏に同意したわけではなく、現実にエネルギーの浪費や公害の拡大を看過出来ないほどのレベルになってしまったからだ。

今後、中国は膨大な環境改善、製品品質の向上、エネルギー効率の改善に金を使わなくてはならない。極限まで拡大した資産格差も何とかしなければならない。とても世界の消費を牽引する余裕など無い。というより、世界がこのままポシャった場合、一番悲惨な目に遭うのは中国だ。それを一番知っているのは中国政府だろう。鳩内閣よりよほど現実を見据えた頭の良い人間がそろっているのだ。

中国からすれば日本の金と技術はのどから手が出るほど欲しい。そして偶然からか必然からか、鳩山氏内閣誕生だ。

最近、サーチナなどには日本礼賛の中国人による記事が大量に出ている。鳩君は主として中国から1000万もの移民を受け入れようと言っている。不思議な符合だ。あたかも、サーチナにある中国人の日本礼賛記事が、中国人を日本に大量に受け入れれば中国の反日は収まるとでも言いたそうだが、全ての記事を政府がコントロールしている中国の発する記事をそのまま受け取るとまたヘラ辛い目に遭う。

中国は宣伝の国だ。都合により、メディアをどのようにでも制御し、国民一人一人の発言も監視している。その状況で、近年になり気味が悪いほど日本礼賛記事が増えたことを不思議に思わない方が不思議だ。

もちろん、日本に来て日本を好きになった中国人は現実にいるのだろうし、中国人全てが日本を憎んでいるわけでもないだろうが、今のところ国家が全て国民の発言をコントロールしている。けっして、自由な発言を中国人がしているわけではないのだ。

さらに、ちょっと旧聞に属するが:

のりピーが逮捕され、様々な虚構が明らかになるに連れ、日本では目立った擁護論は減ってきたようだ。たしかに、今までの過程を見ればやむを得ないと思える。

のりピーは中国でも絶大な人気を誇り、熱狂的なファンが居る。これは日本でも同じ事だろうが、多くの中国人ファンが、のりピーの罪は罪として自分たちは絶対に見捨てない、必ず蘇ることを信ずるとネットでも書いている。

全ての中国人がそうだとは言わないが、一度とことんファンになると、たとえ罪を犯そうと見捨てないというわけで、これは昔から中国人気質の篤い部分だと言われている。だが、これが高ずると、身内の罪はかばう、身内はかばうが他人は踏みつけにしても構わないとの意識につながっているとも指摘されてる。

中国社会では、常に他民族と争い、政府に弾圧され、結果として信ずることが出来るのは身内だけ、身内のためには法も積極的に破ると言う意識につながっている。これは私の分析と言うより、一般的な中国人意識として、ネットでも頻繁にヒットする。

中国がまとまらない、まとめるために暴力を背景としたきわめて強力な政府が要る、まとめるために外に敵を作る必要がある、法は都合によってどう適用しても構わないという、まさに今の中国の現状を示している。

家族や身内をかばうのはむろん、世界中の一般的な意識だろうが、中国ではそれが基準となっている。ただし、文革の折には、子供が親を売るなどが普通にあったが。林彪も子供に売られた結果、逃亡しようとして殺された。

上が上なら下も下であり、彼らにとって決まり事、ルール、法律はあくまで自分の都合でどうにでもなる。今までも日本は何度と無く中国に裏切られだまされている。

いい加減にもう現実を見てはどうか。少し考えれば、中国が世界経済を牽引するなどあり得ず、またアメリカに取って代わるなどもあり得ない。そのことはアメリカも十分知っている。ヨーロッパも知っている。それなのに中国を持ち上げるのは、中国債権を高く売り、中国が大量に持っているドルを紙くずにするため、と考えるのはどうだろうか。

ところでついでだが、外貨準備高が中国は世界一だから、中国の経済力は世界一だ等というのは、あたかも日本政府の借金を日本の借金と言い換えて大騒ぎをするのと同じ、つまりまやかしの嘘だ。

先に書いたように、安い労働力を確保するために中国元を人為的に低く抑えるのが中国のやり方であり、そのためには大規模な通貨市場介入をしなければならず、中国は必要に迫られてドルを大量に買った。だから外貨準備高が大きくなっただけのことだ。

中国が元による国際決済を進めたいのも、アメリカドルに振り回されてせっかく貯め込んだドルが紙くずになるのを恐れているためだし、人民元がもし基軸通貨にでもなれば、今まで安く押さえてきた人民元がそのまま使えると言うことでもある。それに協力を申し出たのが鳩山氏の東アジア共同体構想だ。確信犯なのか馬鹿なのか。両方だろう。

テーマ : 中国問題 - ジャンル : 政治・経済

富の源泉

富の源泉とは、すなわちどうやって稼ぐのかその方法と言うこと。普通の人間でもたくさん収入のある人と、収入の低い人が居る。なぜかは別に考えるまでもない。収入を得る方法が違うのだ。国家にも言える。国家によって経済大国もあれば、貧困国もある。なぜそうなったかは、国富を得る方法が違うのだ。

国富を得る(個人にも言えるが)為の方法として、手っ取り早いのは

1 地下資源を売る  中東諸国、ロシア、アフリカ諸国、オーストラリアなど
2 労働力を売る   中国(国内の賃金を安く抑える)、フィリピン、インドネシアなど(出稼ぎ)、韓国(組立工賃で稼ぐ)
3 金融投資をする  アイルランド、アイスランドなど
4 技術を売る    日本
5 戦争で相手から奪う  かつての欧米、ロシア

等の方法があり、暫く前までは、そして一部の国では、5の争により相手から奪う方法は最も人気のある方法だった。しかし、今ではコストが掛かりすぎるようになり、用いられることはなくなった。1は需要が無くなったり、資源が枯渇したらそれでおしまい。2は労働力が常に安くなければならず、相手国に必要性が無くなればおしまい。3はハイリスクであり、儲かるときはボロ儲けをするが破綻すると徹底して破綻する。4後述、ここの本論である。

技術を売る方法は、尽きることが無く、常に需要があり、また新しい需要を生み出すために無限の富を得る唯一の方法と言っていい。したがって、日本が技術立国を目指し、いまもその姿勢を貫いているのはまことに正しい。

ところで、技術の評価はかなり主観的な物があり、様々な比較があるが大体の印象では、日本の工業技術は様々な分野で国際的にもトップランクだとは言われている。ただし、全ての分野でトップと言うことではなく、一番多くの分野で高い技術を持っているのはアメリカ、ついでEU、そして日本と言うところらしい。アメリカがダントツで、日欧はそれぞれ半分と言うことらしいが、ただし、その分野の偏りは大きい。

特徴的なのは、アメリカが軍事分野できわめてシェアが大きく、それに関する宇宙工学、航空工学などは世界を席巻していると言っていい。日本は民生分野でダントツに技術力が高く、近年では環境改善、省エネ、再生可能エネルギー分野などで健闘している。また素材分野では、日本の技術がなければ世界の工業が成り立たない物が多数ある。

金属チタン、炭素繊維、ファインセラミック、高機能鋼板、また各種電子部品などの基本部品なども挙げられる。これらは日本の製品を使わないわけには行かないので、円高で価格が高くなっても相手国は買わなくてはならず、そして他国で開発してもその開発費をまかなうことが出来ない。

これで何が起きるかというと、例えば韓国などは携帯電話、テレビ、メモリーなどが日本よりも多くのシェアを持っているが、素材や製造設備を日本から買い、特許料を多額に支払っているので、結果として韓国が売れば売るほど、対日赤字が増大する構造になっている。

太陽光発電はドイツなどに抜かれて久しいが、その基幹技術は日本がもっている。さらに今後このような自然エネルギーの率が上がるに従って蓄電技術や送電技術が重要になるが、日本の1100キロボルト送電が新たに国際標準になった。なにしろ、この電圧で技術を確立しているのは日本だけなので、そうならざるを得ない。

いま、ユピキタスICで国際間の熾烈な戦いがある。全ての商品をこれで管理するとなれば標準化した製品を持っている国の競争率はとんでもなく高い。そして、まだ分からないが、おそらく日本が最先端を行っている。ブルーレイデスクやDVDなど、基本的に日本しか開発出来ていない製品については、日本の技術が国際規格にならざるを得ず、どんなに他国が歯ぎしりしても結局一番高い技術を有している国が全てを仕切ることになる。

それは電池や原子力発電、水再生装置など様々な分野で言えることであり、また実際に今各国で原子力発電の導入が大幅に進んでいるが、世界の原子力市場はほとんどが3つのグループによって占められており、全てに日本が関わっている。

いま、円高が進み、日本は輸出が出来なくなるから経済的にダウンするとしきりに言う人たちが居るが、実際には日本の工業界は急速に業績を回復している。なぜなら、いくら円高でも日本から買わざるを得ない物はどうしても買わなくてはならないからだ。もう一つは円高のために日本企業が海外企業を大量に買収している事実、また日本が海外に製造拠点を設けて現地に雇用や産業の機会を与えていること、さらに、日本にとっては海外からの資源が割安で変えるために物価が抑えられているなどのメリットがある。今後は、この円高によるメリットがますます大きくなるだろう。

ところで、世界では日本製品が売れない、シェアが下がっているとの話が出ているが、一部本当だろう。日本製品は確かに性能は良く品質も良いがなにしろ高いので手が出ない。だから安い韓国製品や中国製品でもそこそこ使えるならそれで良いという考え方もあるからだ。

だからこそ、日本は素材を海外に売り、海外から間接的に日本製品を出し、本当の高級品は日本で売るという方式を採っている。世界で一番品質にうるさい日本市場で磨き上げ、それを応用した部品で素材を売り、技術を売っているわけだ。

欧米では安くても使えればよいと言う考え方が支配的だが、高い質の物を磨き上げておけば、それを安く作るときには当然コスト的に非常に有利になる。一例を挙げるなら省エネカーだろう。かつて、燃費の良い車は日本でしか売れず、海外ではとにかく大きくて馬力の大きな車がもてはやされていた。しかし、今では燃費の良い車を作れない巨大メーカーが存続の危機に立たされている。

また同じ鉄鉱石10トンを使って、中国の安全基準☆ゼロの車を作るか(安いが)、韓国の安いけれど壊れやすく性能がまるででない車を作るか、高いけれど省エネでほとんど故障しない日本の車を作るかで、その10トンの鉄鉱石から生み出せる価値に大きな開きがある。

したがって、日本のオーバースペックを問題視する必要はない。高級品を作れるから中級品も作れるのであり、その逆はない。つまり高い技術のみが本当の価値を創造するのだ。

話を元に戻すと、日本の技術を売って富を得ると言う方法のみが未来永劫に渡って変わらない富の源泉と言える。

さて、衆院選で勝利した民主党の鳩山由紀夫代表は、首相として9月22日に米ニューヨークで開かれる気候変動サミットに出席した。そこで鳩山氏は、2020年までに温室効果ガス排出量を1990年比で25%(05年比30%)削減するとした衆院選のマニフェスト(政権公約)の目標を日本の国際公約として各国首脳の前で高らかに宣言した-。
との報が流れている。またしても裏付けのない形ばかりの約束をするわけだが、これを国際的に言質を取られることで日本の産業がどれだけ痛手を被り、ひいてはパイの増大が出来なくなり、ばらまきの財源所の話ではないのだが、鳩山氏はなぜ約束をしたのだろうか。

アメリカは京都議定書にそっぽを向いている。中国もそっぽを向いている。両国とも国内に豊富な石炭資源を持ち、発電所のおよそ50%が猛烈にCO2を排出する石炭火力によるなどの事情による。

日本はすでに限界までCO2を減らし、これ以上の削減が工業生産に及ぼす悪影響は計り知れないが、鳩山氏にとってはどうでも良いことらしい。

CO2削減は大切だから、日本愛よりも地球愛が大切だとおっしゃる。いずれ、省エネ、CO2削減も大切だろうが、それにより、日本の産業が極端に抑制され競争力を失えば嫌でもCO2は削減される。生産が止まり、活動が止まれば必ずそうなる。鳩山氏ののぞみはそれなのか。

技術的にCO2削減をするにもそれだけのコストが掛かる。企業の収益が落ちていているとき、それが最優先なのか。また、技術的に実現出来ない場合は、他国から削減枠を買うことになるが、それは大半中国になるだろう。見積もられるコストは3兆円から10兆円。途上国に先進国から援助をするが、その40%、すなわち一兆円以上を日本が負担する。

アフガニスタンは賄賂や汚職が蔓延しており海外からの援助の大半が政府高官の懐に消える。それは中国でも同じ事であり、四川地震の時の海外からの義援金の90%が役人達のつかみ取りになったとも言われている。

そのようなアフガニスタンに、鳩山氏は五千億ドルの支援を約束した。たいした友愛である。

なぜ中国は大国になれないか

最近いくつかの記事を読んだが、前々から指摘されていることであり、改めて驚くようなことではない。

まず一本目
-----------------------

中国人はなぜ日本を恨むよう教育されるのか?

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0913&f=national_0913_005.shtml

  中国人ブロガーの末世警醒氏(ハンドルネーム)が、「中国人はなぜ日本を恨むよう教育されるのか」とする文章を自らのブログに掲載した。

  末世警醒氏は、「我々中国人は民族の恨みを記憶し続け、日本人を恨むよう教育され続けている。そのため、幼少期の頃の私は日本人と非常に恨んでいたし、それが愛国の印であり、正義だと思っていた」と語る。

  続けて末世警醒氏は「あるとき、ネット上で日系企業の無料コールセンターに電話をかけようと呼びかけている書き込みを見つけた。その意図は、大量の電話をかけることにより日系企業に金銭的負担を与えようとするものだったが、私はそれを見て心が変わった」という。

  末世警醒氏は、幼少期から受けてきた教育によって、知らず知らずのうちに心が捻じ曲げられてしまい、私の心はもう自然で質朴ではなくなっていた、と語る。

  続けて末世警醒氏は、「なぜ我々は日本を恨み続けなければならないのだろうか?中国人が日本人を恨みながらも、中国国民党(注:中国共産党と内戦を繰り広げた政党。共産党との内戦に敗れた後、台湾に本拠地を移し、現在の台湾の第二政党である)を恨もうとしないのはなぜなのだろう?」と疑問を投げかける。

  最後に末世警醒氏は、「私は子供たちに対して、終わりの無い恨みの感情を持たせることは絶対にしたくない。私は下の世代を人間を烈士記念館などに連れて行き、前の世代の恨みを引き継がせたくはないのだ。私は下の世代の人間たちには、太陽が輝き、平和な気持ちで満ちた人生を送ってもらいたい」と結んでいる。(編集担当:畠山栄)


これに対するコメントの一つ

「ブロガーは思慮深い人とは思うが、共産党がなぜ国民党を恨むような教育をしないのかというとこまで行き着いたならいままで受けてきた歴史教育は本当かという疑問がもてないのが今の中国の限界なんだ。なぜイギリスやロシアは恨みの対象になってないのか。南京事件のとき人民解放軍は何をしていたか。父母が経験した文化大革命の実態はどういうものだったか。なぜ学校で学んだ中国近代史、とりわけ日本の対中軍事侵攻や文化大革命に関することにつき反対する書籍が中国内にないのか。日米欧ではすぐ起こる疑問が頭からわいてこないのが中国の限界なんだ。悪口ではなく、客観的にそう思う。」


-----------------------

コメントにもあるように、これが今のところ中国人の思考の限界のようだ。誤解のない様に確認しておくが、中国の価値観に縛られた人間の思考といういみで、個々の中国人について全て当てはめるつもりはない。

また、次のような記事もある。

-----------------------


中国は世界最強国になりうるか、鍵を握るのは日本の民主党政権?

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0907&f=column_0907_005.shtml

  知り合いの韓国メディアの北京特派員から、中国建国60周年の企画用のアンケートに答えてくれと頼まれた。最初の質問は「中国は将来、世界最強国になると思うか」。
 
  昨年あたりから、米中の2大国首脳が定期会談を行い国際社会をしきっていこうという「G2論」が一部米国の専門家の間で話題になり、チャイナメリカという言葉もできた。辛亥革命から約100年、新中国建国から60年。中国の大国崛起物語は最終章に入ったという見方は国内外で広がっている。

  しかし、私はこの質問に「思わない」と答えた。理由は人口が多すぎる。国家の繁栄の定義はいろいろあろうが、国民の生活レベルや社会の安定という点に注目すれば、これだけの人口を満足させるだけの国力など想像もできない。それが実現するときは、資源的にも環境的にも地球滅亡寸前のときだろう。

  中国で民主主義が実現するか、という第2問も人口がネックとなる。民主主義とは血を流さずに政権を交代させる平和的政治システムである。失政によって国民の不満が最大限に高じたとき、独裁政権では暴動、あるいは革命による政権転覆が起き、過去の為政者はギロチンにかけられる。しかし、これだけ人口が多ければ民主化しても国民の利益が二大政党程度くらいでは集約できない。国はいくつかに分裂しなければ落ち着かないだろうが、それまでの過程は想像するだに恐ろしい。

  中国が世界最強国となるには、国内で著しい格差や非人道があっても国民の不満を完全に封じ込めることができる強固な独裁体制と、そういう体制を維持しても、海外の民主主義国家から非人道と非難されないだけの国際世論操作能力、この二つが備わったときだけである。しかし、インターネットなどによる情報のグローバリゼーションをみれば、そんなことはあり得ない。

  だが、今少しだけ、中国が世界最強国なる可能性は残されている。鍵は日本の民主党政権の誕生だ。

  次期外相の岡田克也氏は「中国重視でいく」と言明している。アメリカと距離をはかり、米軍の太平洋におけるフォーメーションの要である沖縄の普天間基地を県外移設したい考えも持っている。これに加えて中国が着々とすすめている「真珠の首飾り」戦略(インド洋をめぐる港建設・増築計画、中国海軍の制海権強化が目的とされる)が完成した暁には、中国も米国と肩を並べる軍事的影響力をもつかもしれない。

  かりに日本が中国の同盟国にでもなれば、今のアメリカの地位に中国を押し上げることは可能かもしれない。鳩山由紀夫氏が月刊誌に書いた“反米論文”に対して米国側が示した過剰なまでの反応は、日本人に自分たちがキャスティングボードを握りうる立場にあることに気付かせた、かもしれない。

  問題は、独裁国家・中国がそういう形で世界最強国になったとしても、世界中の誰ひとり、日本人はもちろん中国人ですら、おそらく喜ばないだろうということだ。民主党政権はくれぐれも血迷わないでほしい。(執筆者:中国ウォッチャー 三河さつき  編集担当:水野陽子)

-----------------------

ここで言われている人口は、これも前々から指摘されている問題だ。人口ばかりではなく国土が大きすぎる国にも言える。全てを同じ価値観でまとめることが非常に難しく、アメリカは軍事力を主とする国力でまとめてきた。また強い宗教観も必要とされ、とにかくバラバラになりそうな国家をまとめるためにはありとあらゆる手段を講ずる必要があった。それがアメリカでは、何か国内に問題が起きると戦争をするという行為につながる。

それがどんなに世界から嫌われようと、そうせざるを得ないのがアメリカであり、アメリカにも分裂の危機は常にある。ある面、中国と非常に似ているのがアメリカだが、なにしろ民主主義を採っているだけ成功していると言えるし、また連邦制も大きな要素だろう。アメリカは50の州のより集まりであり、それぞれの州はあたかも独立国のような存在でもある。それが過度の軋轢を防いで居るのではないだろうか。しかし、戦争という手段に限界が見え、経済力に限りが出てきて、アメリカの衰退を誰もが口にするようになってきた。アメリカが今の地位から降りたときアメリカが分裂する可能性はゼロではない。

それは、せっかくまとまったかに見えるEUが、経済危機でがたがたになり再分裂さえ見えてきたのと重なる。

したがって、中国も余りに巨大な人口そして巨大な国土をまとめるには強烈な中華思想が必要であり、民主主義では不可能であるため、今の独裁体制が不可欠だと言うことになる。独裁体制に限界があるのは中国自身良く知っているだろうが、それを手放すわけには行かず、結局行き着くところまで行けば分裂するより仕方がないわけだ。実際に、実に大勢の中国人達が金をつかんでは国外逃亡をしている事実は何よりその可能性を物語っている。

ロシアも、一度は民主化をしたが途端に国内が四分五裂したため、再び強権国家になりつつある。そうしなければ国をまとめることが出来ないからだ。

国は人口も国土も大きすぎることで得られるメリットはほとんど無い。同じインフラを作り上げるにも、日本であればあっという間に全国に鉄道網、交通網、通信網を築き上げることが出来たのに、アメリカ、ロシア、カナダ、豪州、ブラジル、中国など、だだっぴろい国土を持っている国々はまともなインフラ効果を上げることが出来ていない。広い国土に散った国民をまとめることも出来ない。

つまり国家を形成しまとめるには適切な広さ、人口がある。そう考えると、日本はまさに理想的だとさえ言える。

日本の利点は、

十分に広い国土があること。日本の面積は世界大体60番目であり、200もある国の中ではむしろ広い方だ。しかし、ほとんどが急峻な山岳地帯であるため、人間は国土の16%に90%が住んでいる。結果として手つかずの自然が多くのこり、そして非常に効率の高いインフラを整備することが出来た。

四方を海に囲まれており、日本の排他的経済水域は4,479,358m2、つまり日本の国土377,835m2のおよそ12倍、つまり世界では6位の広さになる。この水域で得られる資源はほぼ無限と言っていい。近年、様々な金属、エネルギーがこの水域に存在することが分かってきている。むろん水産資源は世界でも有数であり、日本人のタンパク質源として役立ってきた。

同じく、四方を海に囲まれていたために、歴史上外敵に曝されることが無かった。これはまさに奇跡とも言える幸運で、世界の大半の国々が近隣同士で戦争に明け暮れていたことを考えると、日本の幸運は信じられないほどだ。

さらに、昔は外敵を防いでいた海が、近年では大量輸送路としてのメリットを最大限に発揮している。すなわち、海外からの物資の輸入、海外への輸出に関するコストが非常に安く済みそれが日本の産業をどれだけ助けたか分からない。日本の重工業は軒並み臨海地方にあるが、それは輸送費が安いためだ。

日本は温帯域にあり、南北に細長く、山岳地形が多く、海に囲まれているためきわめて豊かな自然に恵まれてきた。四季がきちんと別れ、豊富な食料が得られるなど、日本が自然から与えられた恵みはおそらく世界でも一番と言える。これがまた日本人に実に豊かな感性を与え、繊細で深い文化をはぐくむ土壌となった。

そう考えると、日本が今の日本である理由が決して偶然ではなく、国家としてきわめて有利な条件を備えていることが分かる。言い換えれば、中国が如何に不利な条件を備えているかも分かる。だからこそ、今の中国にしかなれないのだ。

故に、中国がこのまま成長を続け、真の大国になる可能性はきわめて低い。ゼロとは言わない。だが、他国からの攻撃を受けずに成長し続けることが出来る可能性はほぼゼロだろう。

中国で生きることは厳しい。だから、中国では人のことを気にかける余裕などなくなり、とにかく自分が生き残るためには何でもしなければならなかった。

次のような記事がある

-----------------------
中国で人を採用する際、履歴書には要注意

http://diamond.jp/series/chinese/10006/

「日本語検定の合格書類のコピーも用意させたのに友人の書類をコピーして、自分の名前に書きかえてたらしい」

「過去に、実際に嘘が発覚したことがある。それでも開き直られた。『書類に偽造があった場合は、その時点で採用を取り消す』と契約書に書いてあるのに、逆切れされ通用しなかったこともある」

「問題が起きてから保証人に電話したら、『保証人になったつもりはない。勝手に名前つかわれただけ』の一点張りでどうしようもなかった」

 中国人を採用しようとした際に、このようなトラブルをよく聞く。人材ビジネス会社は「中国人を採用するときには、書類に偽りがあることが多い。最初から書類の内容をあてにしないように」と注意を促す。実際、中国では「就職のための偽造証明書つくります」とうたった看板をあちこちで見かけ、繁盛している。

 なぜ、こんな問題が起きるのだろう。

 私も企業や大学で中国人の採用のため、面接官を担当したことがある。あるとき、マネジャーポジションを一人応募したところ、30歳の中国人男性が募集してきた。

「日本ではどのような仕事をしていたのですか?」

 聞いたこともない日本企業に3年間勤務していたと履歴書には書いてある。インターネットで検索しても出てこないことについて質問すると「すでに倒産したみたいだ」と返事が返ってきた。そして、動揺することもなく、堂々と「日本企業での習慣は十分に身につけており、営業成績も一番、管理者としても能力が発揮できた」と自己PRした。

「日本では誰と住んでいたのですか?」

「私の中国の実家は日本との貿易の仕事をしており金持ちである。日本では叔父さんと住んでいました。」

 履歴書に多少の間違いがあっても反省も動揺もすることもなく、質問ごとに実家や自分が有能であることを自慢するのだった。

「なぜ? 資格合格書類のコピーも用意させたのに」

「学歴の偽りが多い。大学進学率が増えると学歴のない人はどうしてもコンプレックスに感じているからだろう」

 その背景にはまずは中国人の履歴書への考え方、そしてシステムが日本人と違うことがある。

 中国には1500校近くの大学があり、実際に重点大学100校だけでなく私立の大学名までぜんぶ覚えている人はいないだろう。さらに、中国では教育制度、学校の呼び方が日本とは違う。義務教育は日本と同じ中学生までの6・3制であるが、その後「高級中学」(日本でいう高校)、中等専門学校(4年間)、技術労働者学校(2~3年)、農業中学・職業中学(2~3年)に進学する。いわゆる学士がもらえる大学は本科とし、専門学校は専科、高専、大専などがある。

 呼び方が違うことや大学数や名前を知らない人に対しては、ごまかしもしやすいだろう。中国の日本語検定にはいくつもの種類があり、資格試験のレベルにおいても日本と違う。

 次に、中国では就職するに当たって、戸籍によるしばりが非常に厳しいという点がある。

 16歳以上の人が持つ居民身分書には身分証明書番号があるが、それ以外には、生まれたときに「都市戸籍」と「農村戸籍」のどちらかが与えられる。引越したからといって農村戸籍から都市戸籍に変えられない。そのため企業は手間をはぶくため、まず優先的に都市戸籍の人を採用することになる。どうしても優秀な人材で農村戸籍の人を採用したい場合は「暫住証」(臨時居住所)を取得させるか、人事局で戸籍移動の申請をする。しかし政府は人口が大量に流入し失業者増加を防ぐために優先的に都市部の人を採用するように促進し、農村出身者が都市部で仕事を得るのは不利になっている。

 そんなハンディが多い人にとって「保証人の承諾」などは、合格してからとるからいい」という安易な考えになるのである。

 では、採用者側は、どのようにしてチェックをすればよいのか。

ー以下略ー
-----------------------

これは個人の問題ではなく、中国のあり方の根幹である。このような国が大国として存在出来るだろうか。また、実際に中国は世界の金蔓としか観られていない。それは世界の中国に対する態度を観ていればよく分かる。

中国人が一番良く知っているだろう。

テーマ : 中国問題 - ジャンル : 政治・経済

刷り込み教育の恐ろしさ

 かなり以前のことだが、テレビで最近の若者が右翼、左翼にあこがれる風潮があると報道されていた。一例として、両親が中核派だった20歳の女性が、何の疑いもなく中核派として活動し、革命のために暴力も辞さないと言っている。刷り込み教育の恐ろしさと言うべきか。

 むろん、いつの時代も若い世代が現状に疑問を抱き、何らかの変化をもたらそうと考えるのは必要であり、これがない社会は非常に硬直し発展性がないと考えて良い。しかし、改革には常に抵抗が伴うし、全ての人間の価値観が一斉に同方向に変わるなどあり得ず、ある程度の時間をかけて改革をしてゆく必要がある。

 暴力で反対派を排除し成し遂げた改革など、常に反対派に立場をひっくり返される可能性があるから、それを防ぐために強力な暴力でそれを押さえつけなければならない。つまり、暴力による革命は次の暴力を生むだけのことであり、いかなる主義主張が有ろうと認めるわけには行かない。この20歳の法大女子学生は、就職のためではなく、革命を実戦するために法大に入ったと言っているのだが、人生経験のほとんどを旧中核派の両親の元に育った、いわば生まれながらの刷り込み教育を受けている結果がこうなるわけだ。

 ちなみに、旧中核派の幹部達は、日本でマルクス主義革命を起こすなど誰も考えてはいないと言っている。口ではしきりにアジってはいるが、それは組織の存続のためであり、そんなことが出来るなど旧幹部連中は誰も信じてはいない、と言っているのだ。むろん、現中核派はそんな言葉は事実無根と言っているが、とにかく刷り込み教育で人間の思考力がどのように破壊されるかの見本がこのような20歳の法大女子学生だろう。

 これは右翼にも当然言える。彼らには理論など無い、理性もない。単に思いこみだけで突き進んでいるだけで、かっこいいからと右翼団体に入る若者も多い。

 この刷り込み教育は、中国の現状を示しているし、韓国にも言える。とにかく日本が悪い、何でもかんでも日本が悪いと教え込んだ結果が今の中国、韓国の政治の姿勢に現れている。いちいち上げるまでもないが、サーチナ、中央日報、朝鮮日報などを読めば、彼らの主張に全く根拠がない事がよく分かる。いやしくもマスコミに籍を置き、海外の情報にも接する機会も多いマスコミ関係者の認識が、とにかく根拠を無視した一方的な主張を繰り返すことになる。

 刷り込み教育は、実は誰にでもあり得ることであり、私も自覚しないままその一人なのかも知れない。アメリカでも、マニフェスト・デステニーを信じて、アメリカにとって良いことは世界にとっても良いことなので、なぜアメリカが嫌われるのか理解出来ない連中が無数にいる。

 その意味で、平均的な日本人は、現時点では日本に誇りを持っている割合が増えてはいるが、全て日本が正しいなどと思っている日本人は皆無だろう。正しいか正しくないかは立場によるから、歴史認識もその評価は当然国毎に変わる。しかし、歴史の事実が変わるわけではない。

 日韓併合が韓国側の要請による物であり、それ以前には全くインフラもなければ教育システムもなければ平民の人権も全くなかった韓国に膨大なインフラ、教育システム、人権意識をもちこみ、それが今の韓国の基礎となっている。韓国が自力で近代化したなど、いま韓国が自力で世界十番目の衛星打ち上げ国になると騒いでいるような物だ。

 実態は、一段ロケットをまるまるロシアから提供され、ロシアの設計で打ち上げ台を作り、それに韓国開発の二段目個体ロケットと衛星を積んでいるだけのこと。普通、韓国の衛星をロシアに打ち上げてもらった、と言うべきだろうが、これを自力で打ち上げると主張するのを観ていると、韓国が自力で近代化したと言うのがよく分かる。嘘をついてはいかんと言いたくなるのも当たり前であろう。

 ところで、本当に自力で衛星を打ち上げたのは日本だけと言うのを知っているだろうか。世界で最初に衛星を打ち上げたのはソ連だが、ソ連はドイツのロケット技術をそっくり持ち帰り、それをベースにロケット開発をしてきた。アメリカは、やはりドイツのロケット技術をベースにロケット開発をしている。アメリカには、ドイツロケットの生みの親、フォン・ブラウン博士が行っている。

 世界の国々はほとんど米ソからロケット技術を買うなり援助を受けている。北朝鮮もソ連のスカッドミサイルをいじくり回しているのは周知の事実だし、中国の長征も旧ソ連のソユーズを焼き直した物。結局世界のほとんどのロケットは、ドイツのV2ロケットを祖としている。

 しかし、日本はアメリカから航空機の製造を禁止されロケット技術の支給が全くなかったため、東大のペンシルロケットから初めて、独自のロケット技術を開発し発展させてきた。日本初の衛星「おおすみ」は全く日本独自のロケットで打ち上げられた。この時も旧社会党は、ミサイル開発につながるとイチャモンを付け、大幅に開発を遅らせた。

 その後の日本のロケットも全て日本が独自に開発をしてきた物で、部分的には世界トップクラスの性能を有している。一例としてM5ロケットは世界最大の固体燃料ロケットであり、アメリカがICBM用に譲って欲しいと言ってきたが、武器輸出をしない方針からこれを拒否している。

 むろん、多数の日本製ロケットにはコストの問題から海外の部品を多数使っている部分がある。しかし、基本のロケット技術は日本オリジナルであり、今ではほぼ100%国産部品を使っていると言っていい。コスト的に他国の部品を使うなら、それはアメリカにも普通にあることだ。
 
 ただし、無意味に韓国をおとしめることも控えるべきだろう。先頃ドバイに韓国の企業連合が原子力発電施設の売り込みに初めて成功したと国中が湧いている。たしかに、それはそれで評価しても良いが、ただ、価格が思い切って低かったのが取引成立に影響している。ドバイは先頃政府系企業が支払い停止をした国であり、先行きが不安なことから、韓国以外があまり乗り気ではなかったという事情もあるだろう。
 
 しかし、一番の問題は、同じく売り込んだ日本、アメリカ、フランス企業よりもかなり低い価格で売り込み、しかも今後30年メンテナンスに責任を持たなければならないのだが、韓国の海外事業の評判は芳しくない。クアラルンプールのツインタワーは韓国が建てた方が傾き初め、テナントがなかなか入らない事情があるし、パラオでは韓国企業が架けた橋が崩落し、補償を一切していない。先頃も工事中のインドの橋が崩落した。いずれも韓国企業が絡んでいる。
 
 原子炉がもしチェルノブイリのようなことになったら地球規模の大事故だが、大丈夫なのだろうか。
 
 韓国の鉄鋼、造船は日本から技術移転で出来たもの、但し自力で開発したとは言い張っているが、車も同じ事が言える。何度も引き合いに出しているが、電子産業製品も世界一のシェアを取っていながら、基本技術、素材、製造設備が輸出の増大に比例して増えるので、対日赤字が積み重なってゆく構造になっている。これは原子力発電施設にも同じ事がいえ、韓国が契約した設備の重要部分はフランスアレバやウェスティングハウスから購入している。そして、原発供給の三大グループは全て日本企業が絡んでおり、技術を提供しているので、結局韓国が売れば日本が儲かるという仕組みがこの韓国挙げて大騒ぎの、初の原子力発電施設にも当てはまっている。日本は価格競争に巻き込まれず、きちんと利益を上げ、韓国の対日赤字は又増えたということだ。
 

 閑話休題。

 刷り込み教育だが、人間には理性があるから、中韓でもアメリカでも自ら学んで自らの政府の欺瞞に気がつき批判するものは大勢いる。アメリカの場合と違い、中韓では少なくとも自国ではそれを公表すれば袋だたきに会う。

 歴史をどう評価するかは本当に立場によって違うから、中韓が日本を侵略者だとか暴力的だというのも心情的にはあるのだろう。しかし、歴史を全く捏造し嘘を教え、真実を覆い隠す国では、心情的な違いと全く別次元の話であり、あたかもロシア製ロケットで打ち上げる衛星を自力開発自力打ち上げと主張するのと同じであり、却って軽蔑の理由を自分で作っているのではないか。

 金大中もと韓国大統領が亡くなった。彼については、日本では当たり障りのない哀悼の言葉を贈っているが、実際は国策として日本敵視をした大統領であり、彼が始めた北朝鮮に対する太陽政策の結果北朝鮮は独裁体制が強まり、核ミサイルの開発、軍部の増強につながった。そして結果として、韓国は北に搾り取られるだけ搾り取られ、そして後足で砂をかけられている。

 ノーベル賞にしてもミスユニバースにしても、西欧キリスト教価値観に縛られたコンクールをありがたがるのはそろそろ止めてはどうか。

 ノムヒョン氏にしてもそうだが、死んでしまえば生前の罪は帳消しになり、うやむやになり無かったことになるのは世界各国で同じだが、韓国の場合、なんだかなぁ、と思うことしきり。

 むろん、死者にむち打つ事もしたくはないが、彼が何をしたのかはきちんと早くしておく必要があるのではないか。

 彼が若い頃から軍事政権に対し体を張って抵抗し、何度も投獄され軟禁され拉致され命の危険を感ずる経験をしながら韓国を民主化に導いたという。それに対する評価は評価としてよいだろうが、現実に今の韓国も民主国家ではない。

 民主国家とは思想の自由、言論の自由が保障されていることが前提だが、韓国では親日発言は厳しく制限され、親日法(親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法)は、前代未聞の遡及法であり、過去にさかのぼって法律を適用するというあり得ないことをする国だ。しかも、歴史は捏造に捏造を重ね、子供にも日本を憎むような教育をしている。(いちいち例は挙げないが、「韓国児童の反日絵画」などでググれば一目瞭然)これは刷り込み教育であり、思想の自由、言論の自由を保障しているとは言い難い。日本の教科書にイチャモンは付けるが、自分たちの教科書の中の捏造についてはほっかむり。

 金大中氏が民主化したとする韓国での、今の状態だ。

 今の反日政策のもとを作ったのは金大中氏と言っていい。むろん、初代のイスンマンは別で、そこから引きずってきてはいるのだが。

 となると、彼の民主化への努力とは、嘘ではないのか?

 日本文化に門戸を開いたというが、それ以前から韓国では菓子から放送、文学、漫画などありとあらゆる物が日本のパクリであり、多くの韓国人が自分たちの文化だと信じていた物が実際は日本のパクリであったことを知り愕然としたと告白している。

 ある面、日本文化を閉め出すことなど不可能だったのだ。閉め出すことによって、無制限のパクリを蔓延させ、それで今の韓国文化を形作ってしまったものだから、今になって新たに韓国文化を作り直すことが出来ないだけの話だ。

 病的なウリジナルはそれに対する過剰反応と言っていい。

 金大中氏と言えばノーベル平和賞があるが、これが金で買ったノーベル賞と言われているのはすでに述べた。あの疑惑は未だに解明されていないし、解明されると困るからうやむやになるだろう。

 日韓合同のワールドサッカーは、日本単独開催だったところへ韓国が無理矢理割り込んできて、韓国は二度と開催してはならないと出場選手の多くが吐き捨てるような実績を作った。金大中氏はあたかもこれが韓国の単独開催であるかのように宣言していた。

 そして日本で、天皇に対する非礼きわまりない態度は未だに語りぐさになっている。個人崇拝とは無関係であり、あくまで国民の象徴、国家の象徴である天皇に対する非礼は、日本を踏みにじる事になる。

 金大中氏に対する評価は国毎、個人毎に色々あるだろうが、私には到底評価出来ない。韓国内で軍政に抵抗した民主化したといくら評価されようが、私は彼が日本にとってどのような人間であったかという基準で考えるからだ。

 韓国の地位を持ち上げるために日本を踏み台にし、おとしめる手段を執ったことを許してはならないと言うことだ。それ無しに民主化した、軍政と戦ったというなら、むろんそれなりの評価は出来るのだろうが。

 その意味で、今の李明博大統領のほうが評価出来るが、親北政策を改め、むしろ親日政策を採っていることで韓国では敵視されているようだ。しかし、今までの大統領達が残らず晩節を汚しているのに比べ、彼は苦学生のためにほとんどの私財を提供している。

 今後どのような批判が出てくるかは知らないが、少なくとも私財を提供すると言っていた言葉を実行するだけでも信頼出来るのではないか。それに、今にも危うい韓国経済をそれなりに経営している手段も評価していい。むろん、けちを付ければいくらでも付けられるが、静観していて良いと思う。
 
 余談だが:

 そもそもノーベル平和賞自体が、一方の立場で判断した物が多く、果たして整合性があるのかどうかは甚だ疑問だ。かつて書いたように、ノーベル賞自体が非常に人種差別的な要素を持っていて、過去北里芝三郎は当初ノーベル賞候補に挙がっていながら、受賞したのは共同研究者であったなど、さまざまな疑惑がある。

 ミスユニバースにも言えるが、国際的平均美女をどのように決めるのか甚だ曖昧であり、西欧型美人、すなわち背が高く手足が長く東洋人で有れば吊り目メークだけが受賞するのであれば、何もありがたがる必要はない。

ここで突然中国、及び日中関係について

 なぜ中国共産党は、日本以前にアヘン戦争などで中国を蹂躙していた英国などの欧米を糾弾せず、日本のみを敵視して、全国に抗日記念館を作り、日本人の目に触れないところで反日映画を作り世界中で上映するのか。共産党は日本軍とはまともに戦っていなく、戦っていたのは国民党であり、今暴力と独裁で国民を支配している共産党の存在意義は、抗日せんの英雄であり、建国の党という大義名分だから。

 また、自分たちが白人国家の欧米に敵わないのは仕方がないが、今まで下に見ていた日本に日清戦争で敗れ、また日中戦争で負けるのは絶対に彼らの中華意識からなる面子にかけて絶対に認められない。日本は常に中国の下にいなければならないと、中国は考えていた。今も考えている。江沢民が来日の折り、天皇に近因を授けようとしたのは有名な話。礼装の天皇の前に人民服で現れ(当時外国要人に会うときは中国人でも背広の正装をするのが普通だった)尊大に振る舞った。

 日本は中国の近代化に最大の援助を与え、中国に今まで与えられた外国からの援助の3分の2は日本からの物。しかし、この事実を中国政府は長い間隠していた。北京空港の大半は日本の援助で作られ、当初それを記念するプレートが飾られていたが、いつの間にか撤去されている。むろん、政府の意向であり、誰かのいたずらというわけではない。したがって、多くの中国人は今でも日本の援助が世界でも突出していたこと、様々な援助でインフラが整備されたことを知らない。

 そして、天安門事件で世界から糾弾されていた中国を救った日本にたいし、江沢民は徹底的な反日政策で返した。

 もともと、中国の戦略では謀略が重要視されだからこそ、日中戦争の時、国民党の蒋介石夫人、宗美鈴をアメリカに送り、日本の暴虐を涙ながらに訴えさせた。当時、対日戦に踏み切りたかったルーズベルトはそれを利用し、国内世論を反日に向かわせた。そして、最後通牒であるハルノートを日本に突きつけ真珠湾攻撃をさせたが、ハルノートの実際の記章者はアメリカ民主党に食い込んでいたコミュンテルンの手先ハリー・ホワイトであった。当時の国務長官コーデル・ハルの名前が付いているだけのことだ。

 ちなみに ハルノート、コミュンテルンでググルと沢山出ている。単なる推測ではなく、一次資料も散見されるし、もともとハルノート自体を検証すると納得出来る内容である。ハルノートもネットで参照可能である。
 
http://blogs.yahoo.co.jp/dricamenenguetti/51651495.html

など

ちなみに、ハルノートは宣戦布告や最後通牒ではないないとアメリカは言っているが、あれを突きつけられたらバチカンでも戦争を決意するだろうとインドのパール判事をして言わせた代物。

 なぜアメリカは日本をたたきつぶしたかったのか。むろん、そこに根強い人種差別意識があったが、日清日露戦争で日本が勝ってしまったためにヨーロッパから遅れてアジアに進出しようとしていたアメリカが権益を失ってしまったから。急速に台頭してきた日本を消耗させるために、アメリカの足下に擦り寄ってきた中国を利用たまで。けっして人種差別がなくなっていたわけではなかった。狼を狩るのに犬を使ったと言うこと。
 
 これはアメリカが新大陸を手に入れるために、先住民達に最新武器を渡し互いに殺し合いをさせたり、ヨーロッパが、アフリカの各部族を争わせ、ヨーロッパになびいた一部をアフリカ征服の先兵として使ったようなもの。アメリカは中国を使い、中国はアメリカを違う方法で使った。

 これは歴史が示す中国の謀略だが、それは今でも同じ事であり、中国としても出来れば大規模な戦争はすべきではないと考えている。ただし、核による先制攻撃もあり得ると、中国もアメリカも宣言している。

 今、中国は急成長し、軍事力も強化し、世界でも注目される大国になったが、同時に警戒もされるようになった。中国としては、周辺国を全て従えない限り安心は出来ないというのが基本であり、周辺国との協調は考えない。

 いま、金も軍事力も持った中国が喉から手の出るほど欲しいのは技術であり、さんざんパクったが、所詮オリジナルには及ばない。また、どれほど大きくなっても今のところ、人口十分の一、面積二十五分の一の日本の総資産にも及ばない。

 技術と国民を養う富が喉から手の出るほど欲しいとき、それがすぐそばにある。むろん、戦争で破壊してしまっては元も子もないので、無傷で手に入れるなら、内部に走狗を送り込むに限る。

 中国はそうしてチベット、トルキスタン、内モンゴルを手に入れ、今ネパールも毛派の手に落ち、ミャンマーもタイもそうなりつつある。

 なぜ、太って大人しい日本をそのままにしておく理由があるだろうか、・・と、中国は考える。そして、過去にも向こうから橋龍とか言うカモがネギをしょってやってきたのでハニートラップを噛ませ、秘書に中国美人を送り込んだ。そのカモは次々に別のカモを中国に送り込んでくれた。今度は新しい大ガモが、最新のカモを600羽連れてきた。ハニートラップの中国美人達は大張り切りだった。もちろん、連れてきた大カモは、600羽のカモを残して自分だけは韓国に行った。

 ただしカモ民主議員の中では、本当に、向こうでは一人きりになるな、酒を飲み過ぎるな、女に注意しろと言う通達が出ていたとも、これは噂ですので無視してよいかもしれない。

 ところで、日本の政治家に徹底的に欠けているのは地政学の知識。地政学とは、わかりやすく言えば国同士の歴史、力関係、利害関係、友好関係からどの国とはどのようにつきあうべきかという学問と言っていい。外交と言い換えても良いが、もっと露骨な力関係に重きを置いていると言っていい。それと不可欠なのが軍事学。

 結局、どの国でも、国益を守ることが政治家の使命であり、そのためには裏切りもするし戦争もする。また、外交とは所詮力関係であり、如何に自国の意志を相手国に呑ませるかだが、その背景が国力であり、むろん、経済力、文化力、影響力などと共に絶対に欠かせないのが軍事力だ。軍事力があってこそ、戦争を回避出来る。だからこそ、先進国は軒並み軍事力を一定以上保持する。日本では唯戦争はいけない、だけの教育に徹し、どうすれば戦争をしないで済むかとの教育が全く出来ていない。

 現実には大きな国同士の戦争はこれからはまず起きないだろう。だが、軍事力が抑止力であり外交力の背景である事実はますます大きくなっている。同盟国と離反し、自らの存在意義を保つために日本的姿勢策を採る共産党と不必要に近づく事が何を意味するか、まともな政治家なら考えない。

 これは歴史と現状から組み立てたお話であり、だれがなぜ日本を中国に売り渡すのかというお話は、あくまで私の推論。
 
 世界中に国を売る人間は大勢居て、だまされた者、脅迫された者、莫大な権力や富を約束された者、祖国に憎しみを持っている者それぞれであり、日本の売国奴が何を理由としているかは分からない。また、本人が本当に日本のためになると信じて売国奴に協力している、つまりだまされているケースもあるだろう。しかし、例の人の行動や言葉を見聞きしていると確信犯に思える。

テーマ : 中国問題 - ジャンル : 政治・経済

EUの場合

今までお隣半島や迷惑大陸の某国、及び自己中コメ国などのことを書いてきたが、日本に影響があると言えば、むろんEUも無視は出来ない。ロシアも無視は出来ないが、とりあえずEUに就いて書いてみたい。

今回は最初に思い切りヨーロッパの悪口を書くが、実際に世界に於けるヨーロッパの功績を無視するわけではないし、蓄積された文明や、世界をリードしてきた実力、先進性を否定するものではない。しかし、ヨーロッパといえども完璧であるはずはなく、違った視点で判断しなければ、真のヨーロッパとの連携は築けないと思う。

EUはヨーロッパの大体ほとんどの先進国が加入している組織であることは説明の必要もあるまいが、先進国という概念は民主国家であり、国民が政治に対し自由であることが前提であろう。それを彼らは自負し、時にそれが鼻につく。アメリカのことは成り上がりものとして馬鹿にしているし、ロシアは野蛮な熊としか見ていないし、アジアはアメリカの次の成り上がりものだが、アメリカ以下。アラブ人はテロリスト、アフリカ人は人間ではないというイメージを持っている。

最も、ヨーロッパが先進国として世界の頂点に立ってから精々2,300年くらいのものであり、人類の文明の歴史凡そ1万年の間、殆どヨーロッパは世界の辺境であって、野蛮人が殺し合いをしている地域だった。ナポレオンがエジプト遠征に行き、ピラミッド内の壁画を見て、エジプト王朝に謁見する各民族のうち、一番最初がアフリカ人であって非常に堂々と描かれており、次にアラブ人達であり、最後は裸に入れ墨をした野蛮人として描かれた白人であることを知り、自分たちが野蛮人であることを悟ったという話がある。

実際、ヨーロッパの精神はキリスト教に救われたようなものだが、キリストやマリアなどを彼らは絵画で碧眼金髪、白い肌のヨーロッパ人として描いている。しかし、実際にはキリストもマリアも中東のセム人、つまりユダヤ人であって、決して碧眼金髪白い肌のヨーロッパ人ではない。

神の姿もヨーロッパ人に描いているのは明らかに間違いであり、つまりは日本の隣の半島のウリジナルと変わりはない。神もキリストもマリアもヨーロッパ人ニダと言い通しているのだ。

ジンパブエやローデシアには古代文明が栄えていたことが近年になりやっと分かってきたが、ヨーロッパ人はアフリカに古代文明があった筈など無いと決めつけていて、ジンバブエの石の建築物などはヨーロッパ人が作ったと信じていたし、シバの女王もヨーロッパ人と信じて疑わなかった。モンテスキューは、神は黒人に魂を与えたはずがないと主張した。

こんな事を書くと、それはいつの話だ、現代に於いてそんな意識を持っているはずがないだろうとの反論が来そうだ。むろん、ヨーロッパ人に聞けば、人類皆兄弟、平等であり助け合うべきだと答えるに決まっている。だが、やっていることは残念ながら全く違うことをしっかりと見ておく必要がある。

ただ、ヨーロッパは古くからプロパガンダに長けており、宣伝に金をかけることはアジアアフリカの比ではない。従って、優雅で正しいヨーロッパというイメージを作り上げ、それを日本の女性誌やマスコミがありがたがっているだけのことだ。フランス女性は洗練されておしゃれであり、男は粋であり、イギリス人は紳士であり、ドイツ人は実直でまじめであり、イタリア人は伊達でスマートであるとのイメージを、日本人は割合普通に持っているのではないか。

フランスに行けば、日本女性の方がよほどおしゃれでスマートで色遣いなどが洗練されていることが分かるし、年配女性ではもう同じ人類とは思えないほど化け物じみたフランス人が多い。大都市パリは、写真で見ればきれいだが、路地を見ればゴミだらけ犬の糞だらけ、洗濯もろくにしていない汚い服を着た若者がウロウロしている。

サルコジを見れば分かるがあのような品性の男が大統領になり、人種差別が今は大問題になっている。元々、植民地の人間を、労働力が足りないからと言って安く使うために大量に入れて、不景気になったから差別して追い出そうとしていることから今の混乱が始まった。

フランスの産業はワインや香水だけではない。世界に冠たる軍事産業大国であり武器輸出国だ。過去の奴隷売買やアフリカアジアに対する植民地政策の謝罪も補償も一切していない。ナチスは実際にホロコーストをやったから全てのユダヤ人迫害の罪を押しつけられているが、フランスが実際はドイツ以上のユダヤ人迫害をしていた。

フランス人はドイツ人やイギリス人を徹底的に馬鹿にし、野蛮人扱いにしているが、世界で最も柄が悪く嫌な旅行者の栄光ある一位を占めている。つまりフランス人は世界の鼻つまみ者なのだ。

イギリスもその点ではひけを取らない。中国やインドを蹂躙し、今中国インドが台頭してくると擦り寄っているが、いわばヨーロッパでは島国として一線を画し、EUに入っていても通貨統合はしないなど、自国のわがままは押し通す。紳士だと言われているが、冷酷な皮肉家としても嫌われている。

ドイツはなんと言ってもナチスを支持し、ナチス政権を樹立させた国だが、今は全ての罪をナチスに押しつけ、自分たちも被害者だと言いのけている。科学立国の名が高いが、実際はフランスりあたりに押されているし、またヨーロッパではWW2の敗戦国であり、卑屈に振る舞っている。もっとも、フランスはドイツに占領され降伏して、アメリカに助けられたくせに、戦後いっぱしの戦勝国気取りでドイツに対し厳しく当たっていたのはどこか日本の隣の半島に似ている。

イタリアはヨーロッパでは泥棒としてしか評価されず、WW2では枢軸国としてドイツと一緒に戦っていながら一番はじめに降伏し、あとには連合国としてドイツを攻撃していることから、ドイツからは未だに激しい憎しみを受けているし、他のヨーロッパからもまともに相手にされていない。ベルルスコーニ自体がマフィアとの関係を前々から取り沙汰され、スケベネタで馬鹿にされている国だ。イタリア人自身が、馬鹿にされていることにあきらめを持っているらしい。

地下経済が表経済より規模が大きいと前々から言われているように、産業としてみるべきものもなく、先頃日本人カップルがレストランでぼられたことがニュースになるように、イタリア人は信用できないというのが世界でも通説だ。実は私もローマでぼられたことがある。それも再三に渡ってだ。

過去の栄光にしがみついている筆頭だろう。

ベルギー、オランダ、デンマークなどの小国は、英独仏三国に寄生しているようなものだし、過去の植民地政策に対する悪逆に対して謝罪も補償もしていないのは同じ事。世界でも、英独仏三国以外にEUには発言権を持っている国など無い。

このヨーロッパ人に共通のジョークにはユダヤ人を差別し、ケチをあざけり、ポーランド人の馬鹿振りを笑い、アイルランド人やオランダ人、そしてユダヤ人のケチを笑いものにするものが多い。

他国人を笑いものにするジョークを持っていること自体、これらの地域が如何に思い上がり、自分たちがどう思われているかを知らない事を示している。日本には、同様のジョークはあまり無いはずだが。

今ミスユニバースの季節で最近は日本女性の健闘が目立つが、そもそもミスユニバースはヨーロッパ基準の美人を選ぶコンテストであり、日本代表もきれいではあろうが日本美人とは言い難いし、そして衣装も化粧もヨーロッパ人受けするものに統一されている。このようなコンテストに日本人が出場する意味があるのだろうか。

ノーベル賞についても同じ事が言える。これは前にも書いたが、要するに世界の基準はヨーロッパ人の価値が基準になっており、彼らはそれに疑いを持たない。だから、日本の死刑制度に対し、クレームを付けてくる様な真似をする。

今ここで死刑制度の是非を言うつもりはないが、日本ではおよそ70%の国民が死刑存続を支持している。この国民の意思に基づき、日本では死刑制度を維持しているのだ。EUのクレームは、死刑が犯罪を抑制することにならず、人間が人間の命を奪うことは許されないから、というものだ。だが、そのEUでは日本の何倍も何十倍もの殺人事件が発生している。また人間が人間の命を奪うことは許されない、というのは一つの考え方であり無視は出来ないにしても、彼らのこの価値観の元はキリスト教であり、人間の命を奪うことが出来るのは神だけ、というにすぎない。

現実に日本以上に殺人事件や凶悪事件が発生しているEUが日本に対し、死刑は犯罪を抑制しないとどうして言えるのか。

これは女性の地位に対してもEUやアメリカが日本に文句を付けているのに似ている。またポルノ規制についての押しつけにも言えるだろう。

つまり彼らの価値基準に当てはまらない日本は野蛮だと言っているのだが、現実には、欧米は日本から見れば恐るべき犯罪地域であり、差別地域であり婦女暴行地域であり、女性差別地域なのだ。彼らこそ、日本の価値観に合わせるべきではないのか。

ヨーロッパは日本人が想像も出来ない身分社会であり、庶民と上流階級ははっきりと差別されているし、庶民はそれを受け入れている。ノブレスオブリージという言葉は、立派な言葉として認識されているが、高貴に生まれたものの義務ということであり、身分社会であるからこそ出来た言葉だ。ヨーロッパでは庶民と上流階級では読む新聞も違うし、受ける教育も違うし、話す言葉も違う。イギリス王室が最近反発を受けるのはその反動だし、そもそも多くのヨーロッパ人がアメリカに移住したのは、その身分制度が本国ではどうにもならないからだ。

むろん、法律ではそのような身分制度を固定する条項は一つもない。あくまで文化であり、彼らの意識の問題だと言うことだ。

中韓もそうだが、あまりに他国の内情に口を出しすぎる。日本では、直接日本に損害のない限り他国の制度に口を出すことはしていない。これは国益を背景とした外交とは違う。日本に死刑制度があろうと、児童ポルノ規制が甘かろうと、女性の社会進出が欧米より少なかろうと、直接彼らに損害を与えているわけではない。従って、これらの問題は日本人が考えることであり、その過程で欧米を参考にすることはあるかも知れないが、欧米が言うから制度を改めることがあってはならない。したがって、欧米、特にEUが日本にあれこれ言うのは、腹立たしい。日本に言う前に自分たちを何とかしろと言いたくなるのは当然ではないのか。

ただし、アフリカやイスラム国家に於ける、明らかな人権侵害や内戦などは、他国の内情として放っておくこととは違う。これらの地域が明らかに荒れ果て困窮し多くの人間が無知のまま放置され犠牲になっているからだ。これらの遠因がヨーロッパにあることはさておいても、それは先進国と自負するなら放置しておくべきではないだろうが、日本はEU以上に治安が良く、平和で、平等な社会だ。彼らが日本に学ぶべきであり、間違っても先進国面で日本にあれこれ言うべきではないと言うことだ。

そのお先棒担ぎがオーストラリア、ニュージーランドだが、彼らは野蛮なアジアにあって唯一ヨーロッパ文明を受け継いだ先進国だと思っているのだろう。その意識に基づいた鼻持ちならない行為がままあるが、現実には彼らは犯罪者の流刑地から成り上がった国であり、独自の文化を発展させることも出来ず、ほんの30年ほど前までは南アフリカ同様白豪主義を貫いていた人種差別国家であり、今は勃興するアジアにへつらう事で何とか命脈を保とうとしているだけの地域だ。鉱物資源以外に彼らに産業など無い。精々カンガルーとコアラくらいしか居ない。あ、羊も居た。

ジョークが一つ。ニュージーランドは人口が300万で、羊が900万頭。そこで、ニュージーランドには1200万頭の羊が居るが、その内の300万頭は自分を人間だと思っている。

さんざん悪口を書いたが、日本に於けるヨーロッパのイメージが余りに偏っているからであり、実際にヨーロッパに行ってみると親切な人間も大勢居るし、企業もそれなりにしっかりしている。先進国というだけのことはあるが、それは世界では比較的、と言う意味であり、真の先進国ではない。

とは言え、少し悪口を書きすぎた感もある。実際、ヨーロッパに様々な問題があろうと、政治に対する意識の高さや、暴力だけではなく文明の力で世界を率いてきた実力もある。日本は優れた国だと思うが、しかし、欧米から学ぶべき事はたくさんある。ただし、学んでも全てそのまま取り入れるべきだと言うことではない。歴史も文化も価値観も違う日欧の違いを無視してそのようなことをすべきではないし出来もしないが、それを無視して欧米に学べという輩が確かに日本には多い。欧米にはそんな人間は居ない。これは学んで取り入れるべき事だろう。

アメリカは?

 さんざんお隣の半島や中国のことを書いたが、日本の隣国と言えばアメリカもそうだろう。むろん距離的には半島や中国の何十倍も離れてはいるが、日米の間には海しか無く、つまりある意味直接国境を接して居るとも言える。なにしろ、日米は非常に関係が深い。腐れ縁もあるし有益な縁もあるから無視は出来ないし、また大きな影響を与え合っている。そこでアメリカについて書いてみたい。
 
 なにしろ、日本が鎖国を解いて開国したのはアメリカの訪問によるものだし、なんと言っても近代では戦争をして唯一負けた国だし、そして戦後も様々な影響を受けている。結論を言えば、アメリカとの関係は、戦争は別として日本としても運がよかったと言えよう。これがアメリカの代わりにロシアや中国との関係だったら今の日本はない。チベット、ウィグル、蒙古、それから旧ソ連を見ればよく分かる。
 
 しかし、アメリカが日本の同盟国として優れているのかと言えばむろん、そうではない。ただ、現在の世界で単独で存在しうる国は無いし、特に国防面で単独の国防が成り立つ事もないと言っていい。そのために組むとすればアメリカしかないという苦渋の選択の結果でしかないと言える。ヨーロッパは遠すぎるし、過去の歴史を見てもアメリカ以上に相手にはなりにくい。
 
 なにがアメリカの問題か。一言で言えば自己中に尽きる。アメリカが正義と信じたら絶対に正義であり、アメリカの正義は世界の正義に優先し、他国の正義もアメリカの正義と反すれば敵と見なし、時に戦争も辞さない。これ故に、最近毎年行われている国際的なアンケートでもアメリカは最も嫌われている国の一つになっている。これはアメリカ人にとっても意外で、これだけ世界のために働いているのにアメリカ人がなぜ嫌われるのかとの議論がアメリカ国内でもわき上がっているようだ。先頃の選挙でもオバマ氏が大統領になった理由の一つに、アメリカが余りに世界で嫌われている事にアメリカ国民が愕然とした事があるのだろう。
 
 先頃クリントン国務長官が「アメリカが嫌われているのも一時的なことで、今後はそうではなくなる」と言っていたが、十分上記のことを自覚しているのであろう。
 
 なぜアメリカはそれほど自己中なのか。一つは事実上唯一のスーパーパワーであることで、アメリカは正しいとの強烈な思いが国家をまとめるアイデンティティーになっているのだろう。つまり、力は正義との典型的な思想があるわけだ。
 
 アメリカは建国200年程度の若い国であり、アメリカ独自の歴史はない。しかし、その成り立ちは、ヨーロッパで食い詰めた人間達がほとんど無人の荒野に移り住み、やがて摩擦が起き始めた現地人、すなわちアメリカンオリジン(アメリカインディアン)を一方的に駆逐してまず自分たちのものとしてから、フランスから植民地を買い、メキシコと戦争をして国土を奪い、ロシアから国土を買って、最後に独立国のハワイを一方的に吸収していまの50州を作り上げた。他にもフィリピンを植民地化したり、プエルトリコを植民地にしたり、一時期は日本を占領したりと、やりたい放題で国を大きくしてきた。むろん、そのためには強大な軍事力が必要であったので、アメリカは強大な軍事国家になった。アメリカの軍事費は、そのほかの国々の軍事費を合わせても追いつかないほど大きい。いくら中国が急激に伸びてきても、アメリカの足元にも及ばない。
 
 結果として、アメリカは強大な軍事力で世界に覇を唱えることになった。また、アメリカの産業は軍需産業で成り立っていると言って過言ではなく、かつてアメリカの産業は世界最強であったが、ほとんどが軍需技術からのスピンオフだった。今でもそれは変わらず、アメリカが世界でトップクラスにある技術は、宇宙関連、航空関連、IT関連などだが全て軍需産業と深く関わっている。従ってアメリカの産業に軍需産業は非常に多くの割合を占めており、そのために政治にも軍需産業は非常に大きな影響力を持っている。
 
 いわば、アメリカも中国と同じような構造を持っていると言っていい。アメリカに坂割らない限り平和を享受できるだろうが、一旦にらまれると悲惨なことになる。なにしろ、戦争とは双方に大義名分があるが、アメリカの正義は、相手の正義を悪と決めつけることから始まるから、戦争を始めるにはためらいがない。アメリカにとって、戦争は景気対策であり、日本の公共事業のようなものだ。
 
 アメリカは今や戦争をしないわけには行かないのだ。それでアメリカが好かれるわけがない。いくらアメリカといえども国民が世界中で嫌われる状態は望ましくはない。しかも、相対的にアメリカの影響力が弱まってきていると(実際はそんなことはないが)見られている今、アメリカのイメージを如何によくするかが問題となり、そのためにも長年非難の的であった人種問題をアメリカはクリアしたとばかりにバラク・オバマが大統領になった。
 
 本来実力主義、アメリカンドリームの国(これも虚構)と言われていたアメリカの、富の象徴である金融業界が音を立てて崩れ、しかもその救済のために日本の国家予算の10倍以上もの金を外国からかき集めて投入し、軍縮を奨め、産業を停滞させかねないCO2削減に乗り出し、国民総加入保険を実現化し、日本に対する原爆投下を贖罪するなどをする大統領をアメリカは受け入れがたいと思い始めた。オバマ氏の支持率はこのところ急激に低下しており、同時期のブッシュ氏よりも低くなっている。
 
 このままではオバマ氏が人気を全うできるかどうかも不透明だし、命の危険さえ有る。
 
 さて、日本にとってアメリカは・・と考えると、不幸なことにアメリカには真の世界が見えていない、というよりアメリカは力の信奉者であり、また全てアメリカにとってよいことが世界にとってよいこととの思いがある。したがって、他国のことをまともに学ぼうとしない。
 
 ブッシュ氏がイラクを攻撃したとき、日本やドイツのことを引き合いに出し、イラクもすぐに民主国家になると言って世界中の失笑を買ったことがある。日本もドイツも、アメリカが関わるずっと前から民主国家だったのだ。戦争時期、両国とも独裁国家になったかに見えたが、実際には東条内閣もナチスも国民の選挙の結果生まれた政権だ。一般選挙の実施もアメリカなどよりよほど早い。ブッシュ氏はそんな事さえ知らなかったのだ。
 
 しかしアメリカにはものが見えていないと言う事情は今もあまり変わらない。クリントン氏は先頃アメリカはアジアに帰ってきたと言ったが、ではそれまでどこにいたのか。アメリカは全世界を自分のものだと思っている。だから世界を大きく軍区にわけ、それぞれの担当軍を置いている。中東の戦争はアメリカアジア軍区の担当であり、最近出来たアフリカ軍区は資源闘争が激化しそうな、そして中国がトラブルを起こしそうなアフリカの戦争に備えてのことだ。
 
 アメリカは、世界に自分たちより先進的な国があるとは信じないし、まして自分たちが戦争で勝った日本が実は世界史の中でも最も先進的な国であったこと、そして今でも世界で最も好かれている国の一つであるのがなぜなのかを理解しない。学ぶべきは何なのかを知らない。そもそもアメリカが学ぶ必要があるとも理解していない。
 
 アメリカは急激に成長してきたために、初期の産業を支えるため大勢のアフリカ系奴隷を入れた。当時はすでにヨーロッパに於けるアフリカ奴隷は殆ど居なくなっていたから、奴隷市場はアメリカに移っていたわけだ。
 
 その後もアフリカ系奴隷が解放されると、中国や日本からほとんど奴隷のように移民を入れ、厳しい差別を課して産業を支えた。
 
 アメリカの歴史は暴力と戦争の歴史であり、アメリカ文化と言えばジャズ、ミュージカルくらいしかないが本当に奥の深い文化を育てることが出来ていない。所詮成り上がりで、ある面お人好しで、気に入らないと暴力をふるう。
 
 それがアメリカだ。だが、ロシアや中国よりは1億倍ましだと言うことだ。
 

テーマ : アメリカ合衆国 - ジャンル : 政治・経済

天皇制を考える

選挙戦のさなか、民主党による日本国旗切り刻み事件が起き、少なくともネット上ではかなり話題になっている。すなわち、このような行動が民主の国家に対する感覚を物語っているというわけだ。これは至極もっともなことで、いやしくも国旗や国歌とはその国の象徴であるから、多くの国で国旗侮辱罪なる物が存在する。すなわち、自国の国旗を故意に損壊したり卑しめた場合、刑法に問われる。

しかし、日本にはそれにあたる法律がない。あるのは、外国の国旗を損壊した場合のみである。韓国や中国では日本国旗を踏みつけたり燃やしたり切り刻んだりが恰好のゲームになっているが、日本ではそれは刑法にふれる。

よく例として挙げられるケースとして国立小学校国旗掲揚事件がある。これは2000年3月24日、東京都国立第二小学校の屋上に戦後初めて、日の丸が掲げられたのだが、その時国旗掲揚をした校長に一部の教員、児童、父兄が詰め寄り、児童の意志を無視して国旗を掲揚したのは人権無視であるとして校長に詰め寄り、土下座をさせたというもの。東京都国立第二小学校などでググるとたくさんヒットするだろうが、国旗掲揚と、土下座をさせるのとどちらが人権無視か。毎年卒業式などで国旗掲揚に反対したり国歌斉唱に抵抗して処分される教員が後を絶たない。

しかし、彼らは人権や民主主義を勘違いしているのではないか。個人の思想信条で国旗や国歌を憎むのは或意味自由であろうが、公の場では己の意志を通したければその場の構成員の意志を確かめ、それが全体の意志(多数決であっても)としてまとまった場合それを主張すればよいだろう。自分が反対だから、公の行事を妨げることが正当だというのでは、ごねれば何でも通ると言うことだろう。

国旗掲揚や国歌斉唱が公の行事にはあたらない、それに参加しないのはそれを妨げることにはならないというのも屁理屈だ。その場の構成員として参加していてその場で決められたルールに反するでは排除されても仕方がないだろうし、まして自分たちの信条と違うからと校長に土下座をさせるのでは暴力であろう。

国旗、国歌は今のところ日本国の象徴として合意が出来ている物だ。すなわち、これを公的機関が掲げ、斉唱することは合意としてルールとなっている。個人が反対するのは自由だが、その信条で合意事項に反対するのであればそれなりの手続きを踏む。それが民主主義ではないのか。自分の人権は守るが他者の人権は無視して良いと言うことではあるまい。

国旗国歌に反対する理由として、戦争の時に日本は日章旗のもとに他国を侵略したからと言うのがある。では、今の日本が日章旗のもとに他国を侵略しているだろうか。またかつての戦争が以前にも書いたことだが日本の過ちであったのかという検証を十分につくしても居ない。

国旗は単に布に赤丸を付けた物ではない。日本という無形の概念を形に表し象徴とした物だ。だからこそ、普通の国では国旗掲揚に際しては起立し敬意を表することを法律で規定しているケースが多い。例えばヨーロッパに行きハーケンクロイツの旗を掲揚すれば直ちに警察が来ておそらく引っ張られる。単に布きれの模様だ等という言い訳など通用しない。実際、仏教では仏のシンボルとして卍があり、それを持っていた日本の仏教関係者が取り調べを受けたという話もある。ヨーロッパで仏教のシンボルが卍であり、ハーケンクロイツとは無関係であることなど、今でも知らない人間の方が多いだろう。

閑話休題。

旗とはシンボルなのであり、決してただの布きれではない。まして国旗とは国家のシンボルであり、国旗を尊重することで国家を尊重しているのだ。有名な話だが、日本の公党であり今では政権の座についていやしくも日本のために働くと言っている民主党が、党大会では絶対に国旗を掲揚せず、そして先日の国旗切り刻み事件を起こした。それを指摘された鳩山氏は神聖な党のマークをそんな作りかでは遺憾であると言っただけで、国旗を切り刻んだことに関しては全くの人ごとのようだった。あたかも、秘書がやったことは自分には無関係であるというのと同じだ。民主が党として行った行為については、代表である鳩山氏が、たとえ直接関与していなくとも謝罪すべきだと思うのが自然ではないのか。しかし、鳩山氏は謝罪すべきは神聖な党のマークをそんな作り方で作ったことであって、国旗を既存したことではないらしい。

その後も麻生氏が遊説などでそれを言うと、中傷合戦に自分は加わらないといっている。中傷合戦ではないだろう。あくまで日本国のために働くと公言している公党の姿勢そのものなのだが、それを単なる中傷とする感覚はどう考えても異常としか思えない。

日章旗のもとにアジアを侵略したと言うのであれば、罪は国家にあるだろう。国家を糾弾すればよい。日章旗が国家を動かしたのではない、国家が日章旗を使ったのだ。それは国歌にもいえる。それと、天皇制廃止論者が決まって言うのは、天皇の名の下に戦争をしたから、天皇がいればまた同じ事が起きるという言葉だ。だが、彼らに決まっているのは、天皇制があったからこそ、たとえ争いがあっても天皇の名のもとに日本がこの2000年もの間まとまっていられた事実、そして戦後も天皇が全国を歩いて国民を励まし、たしかにそれが復興の大きな力になっている事実は無視している。

天皇の地位も意味も時代によって変わる。それは世界中の君主でも同じ事であり、かつては日本の支配者であったかも知れないが、そのような時代だったからであって、現代、そのような時代がもし蘇るとすれば、天皇制が有ろうと無かろうと同じ事だ。

君が代が天皇支配を歌っているから国歌としてふさわしくないと言うのだが、国歌などどこの国でも似たような物であり、英国のゴッドセイブザクィーンなどその最たる物だ。あとは戦争で敵をやっつけろというのが多い。

君が代の歌詞が天皇の永久繁栄を願っているから、というのが何だというのだろう。どうしても理屈を付けたければ、今の天皇は日本国の象徴なのだから、日本国の永遠の繁栄を願っている歌詞だと解釈すれば全く問題はないはずだ。それとも、それでは困る、日本国はすぐに滅びるべきであると主張するなら、そのように民主は党是に掲げるべきである。

無論、日本は思想言論自由が保障されているから、天皇制を廃止すべし、天皇制反対の論を持ってももちろん自由だし、そのようなサイト、ブログもたくさんある。しかし、ほぼ共通しているのは、語彙からすれば恐ろしく幼稚で、理論も何もない、いわばまともに論ずるに足りないレベルの主張が多い。ちょーキモい、とかカルトだとか、オームは裁かれたが天皇は裁かれないなどなど。したがって、今彼らのグタグタにまともにつきあう気にはなれない。結局、30年もの間90%の日本人が自然に受け入れているという事実が一番確かな根拠なのではないか。

国旗の話から、やっと本題だが、天皇についても大日本帝国憲法では万世一系神聖にして冒すべからざる日本の支配者として規定されていたが、今の憲法では日本国の象徴であると明記されている。つまり国旗や国歌と同じ扱いであり、はしょって言えば人間ではない。

むろん、生物学的には天皇も人間であり個人としての生活も有れば生活もあるが、天皇として認識される場合、彼の個人的データは無関係である。したがって、天皇が極端な場合人格を有していなくともあるいは人格破綻者でも構わないということになるが、当然ながら犯罪を犯せば人間として裁かれるし、いやでも人間としての振るまいが象徴として観られるのだから、実際には人格は優れている方がよい。

幸いなことに今上天皇はきわめて人格高潔な人物であるとのことだが、むろん実際はどうなのか私は知らない。しかし、人格は特に大きな要素ではないと思っているから人格的に極端な支障がない限り別に構わないと思っているだけだ。

個人崇拝の対象には当然ならない。そこに個人は存在しないから。あくまで国家国民の象徴であり、日本国民として日本国を尊重し、国民を尊重するから、その象徴としての天皇を尊重する。

では万世一系などと言う必要はない。象徴になるなら選挙で選んでも良かろうというのが、例えば象徴としての存在であるドイツの大統領とか、英連邦の総督などだ。だが、現実に日本の天皇家は世界でも最も古くそして直系の祖先が記録に残っている存在だ。確かに神武天皇以下数代、十数代については存在自体が疑われているし、また南北朝の時代、果たして直系が継続したかどうかもあやしい。それでも日本の天皇家がさかのぼれる限り直系で一番古い系統であることに間違いはない。ヨーロッパなど精々数百年、多くは2,300年と言ったところだ。この、少なくとも一千数百年の時をさかのぼることの出来る天皇は、事実として他の誰もが成り代わることの出来ない絶対的な要素だ。一方、誰でもなりうる選挙制での大統領や総督は、その選出過程でどうしても不正が関わる。

おおよそ、日本には世界でも希有な古い企業が多くある国で、100年の歴史を持った企業など、そこいら辺の古い商家や職人では珍しくもないし、300年さかのぼれる企業も日本には多数ある。世界最古の、1500年前に起業した会社も日本にあり、ヨーロッパでは精々数十社が2,300年続いているだけだ。これは彼の地が戦乱に明け暮れた為で、アジアでも中国に数軒あるくらいの物だ。韓国などで一番古い企業も精々80年だ。

とにかく、日本では平安が千年以上続いたので(日本の内戦など、他国ではほんの小競り合いにしか過ぎない)企業も天皇家も長らく存続出来た。長く存続するというのは、それだけの重みを積み重ねてきたと言うことだ。だからこそ、老舗は日本では絶対の信頼がある。

したがって、日本の天皇家は海外でも特別な存在として扱われ、序列では英国国王よりも上とされている。日本の皇室に並ぶ存在は、かつてはエチオピア皇室だけだったが、今は存在しない。

古い家系というのはおいそれと作ることは出来ない。海外で選挙制の大統領を国家元首としているのは、古い王家がないからだ。なお、天皇はエンペラーであり、キングではない。なぜなら、キングはエンペラーに任命された地方の支配者だからだ。

であるならば、国家の象徴として世界太古の天皇家は打ってつけではないのか。たしかに天皇は生まれたときから地位が約束されている。それは不公平だと言うが、言い換えれば職業選択の自由が無く、選挙権もなく、住居の選択もなく行動の自由も大幅に制限されている。気ままに旅行一つ出来ない。つまり人間としての自由や権利を生まれながらに大きく制限されている気の毒な存在であり、私など到底つとまる物ではない。生まれながらに地位が決まり生活が保障されているというのは少し違うと思うが。

今の日本人は凡そ90%が天皇制の存続を認め好ましいとしていて、その支持率はこのところ30年間、ほぼ変化していない。日本は立憲君主制であり、これは君臨すれど統治せずの君主の存在を日本の憲法が規定していると言うことだ。天皇には国事に対する一切の決定権がない。その意味で選挙権を有している我々の方が高い権利を有していると言っていい。天皇は象徴的な国事を執り行うが、決定は一切しない。

国会を召集するのは天皇だが、それを決めるのは内閣であり、天皇ではない。大臣を任命するのは天皇だが指名するのは総理大臣だ。天皇は政府が決めた案件に御璽御名を施し、政府が定める外交に関わるが一切国家間の条約に関与しない。それこそ、徹底的に象徴であり、権力からは用心深く遠ざけられている。

立憲君主制とは、憲法、すなわち国民の合意のもとに認められた君主であると言うことであり、すなわち日本国の象徴だと言うことだ。

わたしは日本の天皇制は非常に優れた制度だと思っている。125代も(無論象徴的な数字であり事実ではないだろうが)も続いた天皇家は、一度失われれば二度と取り返すことが出来ないし、また選挙などと違い一切権力や私利私欲が入り込む余地がない。だからこそ、鎌倉幕府以降、どのような人間が天下を取ろうが、必ず天皇の命を受ける必要があった。過去にも天皇ほど権力から遠い存在は世界でもなかった。だからこそ、世界最古の存在であり得たのだ。この天皇制を最大限に利用したのが今の立憲君主制なのであり、個人崇拝とは全く無縁の物だ。私は日本という国を愛し、日本国民を尊重する。だから、その象徴として天皇を尊重し、国旗を尊重し、国家を尊重する。それらがもっとも権力や利害から遠いところにあると考えるからだ。

ここで繰り返し確認しておくが、

天皇制反対論者の論拠は次の通りだろう

1)天皇が侵略戦争を命令した

 これは明らかに違う。軍部が戦争をする名目として錦の御旗を掲げたに過ぎない。もちろん、天皇自身にも開戦の意志があったとも言われているが、それは天皇の意志で開戦したと言う事ではないだろう。さらに、当時の天皇の地位は、今とは違い日本を統治する存在だった。絶対君主だったわけだが、実際に天皇が絶対君主だった時代はほとんど無い。だが、あの時代、軍部がそれを利用したと言うことだ。
 
 また、あの戦争が間違いであったかどうかは様々な論議が必要だが、侵略戦争では無かった。方法がまずかった面は確かにある。しかし、ほぼ唯一の選択肢であり、また日本は植民地政策を採っていない。
 
 今頃天皇機関説を持ち出しても意味はない。
 
2)天皇の意志で戦争をしたのではなくとも、また天皇が利用される

 昭和憲法は明確に天皇の地位を規定している。また細心の注意を払って天皇を権力から遠ざけている。したがって、天皇の意志で国事を動かすことは憲法改正を必要とするが、それが出来るなら、それが国民の意思と言うことであり、そもそもどのような憲法であろうと戦争は起きる。
 
 また、天皇の名の下に戦争があったかも知れないが、天皇の名の下に日本がまとまってきた事実を帳消しにすることは出来ない。
 
3)外国では天皇が侵略戦争の責任者として憎まれている

 そのようなことを言っているのは中韓鮮のみと考えて良い。実際に世界では天皇は最大限の敬意を持って迎えられている。日本の繁栄の象徴として観られていると言って良い。また、世界の王室の中でも最も古く格式が高いと見なされれている。
 
 なお、オランダなどでは天皇の車に野次馬が卵を投げつけたと言うが、オランダは欧州でもかなり反日感情が強いと言われている。実際に行ってみてそう感じたことはないが、すくなくともアジア支配をしていたところへ日本が来て権益を奪われたことからの逆恨みでしかないし、今ではそのようなこともあまり見聞きしない。
 
4)人間は平等であるはずで、生まれながら天皇という身分が保障されるのはおかしい

 天皇は人間ではない。あくまで日本、日本人の象徴であり、日本人や外国人が尊重するのは象徴としての天皇だ。もちろん、天皇も生物学的には人間であり、それを人間天皇として宣言したがその人間としての天皇を尊重しているわけではない。むろん、人間としての人権は尊重するが全ての人間と等しい。
 
 天皇は象徴であり、一個人ではない。むしろ概念である。
 
 国家国民の象徴であるなら、国家国民が積み重ねてきた歴史と同じ歴史を共有する天皇という象徴がふさわしい。
 

テーマ : 天皇陛下・皇室 - ジャンル : 政治・経済

中国が救世主?とんでもない嘘

ところで、相変わらずメディアは、世界の不況の救世主は中国だ、中国の内需拡大で日本は息を吹き返す云々と相変わらず根拠のない事を言っている。これらの報道の共通した特徴は数字や客観的資料による根拠がないことだ。

中国が世界経済の牽引車になる要素は全くない。

1)中国が公表する経済指標はまったく信用が出来ない。中国は北京政府と対立する地方政権が非常に多くまた力も強く、たとえば北京政府が上海グループと対立して苦労しているなどは誰でも知っている(知らない人仕方がないが)ことであり、コキントウ氏が上海グループの江沢民を押さえ込むことにどれだけ苦心しているかなどは、もう隠しようのない事実。中国はいくつかの軍閥で分割統治されているのが実態であり、かろうじて各地方に飴を配って北京政府が成り立っているのが現状。

したがって、各地方から上がってくるGDPの数字は、互いのライバル意識や単なる数字を上げる為だけのものであって、それらを全て合計すると、中国のGDPを軽く超してしまうのが実際の所。すなわち、中国の公表する経済指数など全くの嘘。第一、中国のGDPののびが本当なら、急速に増えつつある失業者が説明できない。

2)法律が全く機能していなく、全て官僚への袖の下で商法が変わる。上海の工業団地に日本企業などが多数誘致され、工場が稼働する矢先、再開発をするので立ち退くようにとの一方的な通知があった。すなわち、再開発は、工場誘致の時点ですでに決まっており、各国の事業者はだまされ金を取られ、その金は中国の役人の懐に入ったことになる。

このように中国では約束も法律も信用できず、大変な目にあった日本企業は数多い。それでも中国が有望だと言い続けるマスコミはそれなりの理由があるとしか思えない。現実に、日本の対中投資は減りつつあり、その減った部分がインドやベトナムに移っている。

外資がGDPの稼ぎかしら輸出の70%を占める中国から外資が急速に撤退しつつある。あまりの腐敗、労働コストの急上昇、労働の質の低さ、そして法のでたらめさが各国に知られてきたからであり、今はすぐに撤退の出来る足腰の軽い流通、サービス業の進出はあるが、製造設備や技術の移転が絡む製造業は撤退のペースが速まっている。

3)今年の上海自動車ショーは、世界規模で落ちた最後の市場と言うことで世界中の車メーカーが参加したと言っているが、その会場に世界中の売れ筋の車のデッドコピーがオリジナルメーカーの隣に出品されている。もちろん、中国メーカの製品であり、ドイツなどの安全性や性能テストでは☆ゼロなどの、鉄屑呼ばわりされている代物。

4)すぐにパクリ商品が出回るので、各国とも最新技術の製品を中国に持ち込むことはしないし、技術移転もしない。結果として、中国では品質低下がどうしても避けられず品質での競争力が全くない。もともと、中国人の考えでは、値段が安いのであれば偽物を買うことは全く問題がないとする人が多い。

また食料でも安全性が信用できず、チャイナフリーは世界で定着した。中国は低価格の製品を洪水のように輸出して経済を成長させてきたが、今回の世界不況で急ブレーキがかかっている。中国製品の8割を買っていたアメリカへの輸出が止まってしまっている。

工業製品が中国国内で生産過剰になり、価格が下がっている一方、エネルギー、食料などが急激に値上がりし、大多数を占める貧困層を直撃している。さらに、日用品でも国営企業がノルマを達成するためだけに生産し続ける低品質な品は、在庫が増え続けているのに売れない。同じ品でも外国品を買う傾向が強いために、むしろそれらの品が値上がりし、インフレを加速させている。以前にも書いたが、中国食品は信用出来ないために安全な日本製食品を高くても買う中国人が多いのだ。尤も、高い外国品を買える余裕がある人たちはよいが、多くの一般人には到底無理な話で、毒入りと分かっていても中国製品を買わざるを得ない。

5)中国は独裁国家であり、国民は政府の奴隷に過ぎない。国民には主権が無く、いわば国内植民地のようなもの。例えば、普通の国家では、軍隊は国民のために働く、国民に属した組織であるが、中国の解放軍は共産党に属した、いわば私兵であり、異常に多い兵員数と武力警察は国民を暴力で弾圧するための存在。

したがって、多少のデモや暴動は暴力で鎮圧してしまうし、そのための数万単位の人命損傷は、中国にとっては痛くも痒くもない。

オリンピックの最中でさえ、チベット大弾圧が起きたが、中共はたいしたことではないと言っているし、世界各国で非難を浴びボイコットされた聖火ランナーもたいしたことではないと言っている。北京五輪後中国はさらなる経済発展をすると言っていたのが、不動産バブルが崩壊し、経済に急ブレーキがかかっている。

6)すさまじい公害、インフレ、エネルギー、水などの不足、増え続ける経済難民、失業者、世界で排除される中国製輸出品などなど、中国は一触即発の崩壊に瀕している。崩壊すれば中国は前述した各地方の軍閥単位の小国家群に別れ互いに争い続けるだけの存在になる。

7)中国が世界経済の牽引車になるなど、理論的にあり得ず、むしろ大きな障害になるだろう。中国投資は速やかに引き揚げるべきである。

8)日本経済は中国には全く依存していない。日本のGDPの多くとも十数%が輸出であり、対中はその10%、すなわち日本のGDPに対して中国が関係しているのは1.5%前後と言うことになる。つまりこれは誤差の範囲でしかなく、中国が急に崩壊すれば確かに様々な負の影響があるだろうが、経済的には全く影響はない。それと、中国の対日貿易は赤字であり、韓国と同じく、日本の資本財を買って加工し再輸出をしているからであり、日本が輸出を引き締めると中国は輸出が出来なくなる。

現在でも、完成工業品の中に中国での組み立て品や部品を中国で組み立てた(基本部品は日本製)ものしかない。基本部品から中国製の中国ブランドの工業完成品は、少なくとも日本などでは全く売れない。車などは安全基準を通らない。

ロシア製品も韓国製品も日本では売れない。精々売れるのはバケツや束子程度。

9)大原則として、独裁国家、共産国家が繁栄した例は歴史上ない。だからこそ、中国は形だけ資本主義を取り入れたが、政治が共産主義で経済が資本主義などあり得ず、そのひずみが増大し続けている。そして、中国が数世代のうちに民主化できる見込みはあり得ない。結果として、中国の崩壊は避けられず、必死に隠しているが、それも今回の大不況で早まっている。それなのに、中国が有望だと言い続けるマスコミには何かの意図があるのだろうか。

国家の定義は、国土、国民、政府の三要素からなり、近年外国からの承認も含まれるという説もある。しかし厳密に言うと、中国では共産党に政府、国民が属しており、すなわち厳密な意味で国とは認めがたいのだが、とにかく一般的な認識として国家ではあろう。きわめて特殊な、国家もどきというべきが正しいのではないか。

米著名投資家、中国経済の崩壊予測

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/344136/


配信元:
2010/01/09 19:09更新
このニュースに関連したブログ関連ブログをスキップして本文へ移動する
サミュエル・ハンチントン「文明の衝突」から空売りチベットやウィグル博打国家当るも八卦当らぬも八卦だが 共産政権下では『中国政府が発表する経済指標について会計操作…まったく余計な繁栄■■私の感じやすい体を見てください…これでバランスが取れるのだろうか中国経済破たん説と、いや大丈夫という説。どち…
.関連ブログエントリー一覧(バルーンを開くリンクをクリックするとリストが作成されます。閉じるリンクをクリックするとリストが削除されます。)
開く
記事本文 【ワシントン=渡辺浩生】企業の経営危機を予想し、巨額の利益を得たウォール街の投資家が中国経済の「バブル崩壊」を予測、注目を集めている。

 この投資家は米ヘッジファンド「キニコス・アソシエイツ」の設立者であるジェームズ・シャノス氏(51)。2001年に不正会計事件で破綻(はたん)した米エネルギー大手エンロンの経営危機を察知して株を借りて売却、値下がりした時点で買い戻す「空売り」を仕掛けたことで知られている。

関連記事
【国際政治経済学入門】中国経済はなぜ…
どうなる新興2大国 2010 中国&…
記事本文の続き 昨年、4兆元(約53兆4千億円)の景気対策を実施するなど、8%の高度成長を維持した中国経済については、多くのエコノミストが今年も9%台の成長を見込んでいる。

 しかし、8日付の米紙ニューヨーク・タイムズの特集記事「中国を空売りする」によると、シャノス氏は中国経済が「ブームを続けるよりも、崩壊に向かっている」との警告を投資家向けのメールやメディアを通じて発信。過剰な投機資金が流入する中国の不動産市場は「バブル」であり、その規模は昨年11月に信用不安を引き起こしたアラブ首長国連邦のドバイの「1000倍かそれ以上だ」という。

 そのうえで、シャノス氏は中国政府が発表する経済指標について会計操作や虚偽もあると疑い、「売ることのできない量の製品をつくり続けている」などと強調。昨年12月、中国経済の破綻を見込んで建設、インフラ関係の株式を物色していることを明かした。

 シャノス氏が真剣に中国経済の研究を始めたのは、昨年夏。無謀な経営計画による企業の利益の誇張を見抜くことを哲学としてきたシャノス氏だけに「中国株式会社という最大の複合企業の神話の崩壊」(同紙)が的中するか、話題を呼びそうだ。

テーマ : 中国問題 - ジャンル : 政治・経済

そもそも民度とはどのような教育で造られるのか

以前、国の成熟度は民度による、と書いた。そして日本の民度は極めて高いとも書いた。念のために再度書くが、民度とは国民の善し悪しではない。善し悪しはあくまで主観的なものであり、価値観の違う民族同士では善し悪しは比べられないからだ。

しかし、価値観が違っても絶対的な基準として、国が安定しており、思想、言論、職業、宗教、住居などあらゆる自由が犯罪でない限り保障され、経済、技術に優れ、それなりの文化を有し、暴力が少なく国民が健康で長生きするなどの点が優れていることが挙げられるだろう。それらの点では、客観的な統計として日本は間違いなく世界でも上位に位置している。

しかし、当然ながら他文化から観た日本には様々な欠点が見えるに違いない。女性の地位が低い、自分の意見をはっきり持っていない、個性がないなどなど。しかし、これらも海外での基準であり、日本にその基準を当てはめることは間違っている。これもすでに書いた。

民度とはどのように作られるのか。

様々な要因が有ることは以前に述べたが、教育の違いをここでは書きたい。

日本の教育方式には様々な批判が有るようだが、世界の中ではかなりうまく行っていると思える。むろん、時代の変化や国際化などの変化により、教育についても方法論は変わってくるだろうし、変えなければならない部分もかなりあるとは思う。

日本は世界史の中でも際だって特徴的な教育の歴史を有している。それは、数百年前から庶民がきわめて高い教育レベルを持っており、諸外国が教育を支配者層のみに限って被支配者層を無知のままにして置いたのとは対照的な違いと言っていい。江戸時代、日本人の平均識字率は男女ともに75%であり、これは当時の先進地域とされていたヨーロッパでも支配階級のみの教育に偏り、識字率も最大25%、しかも男女差が大きかったのが事実だ。これは、江戸時代全国津々浦々に一万数千もの寺子屋が存在し、庶民の子弟が基礎教育を受けていた。所謂読み書き算盤であり、また職人も商人も奉公先でまず読み書き算盤を教えられるのが普通であった。人口の変化を考えると、当時の一万数千の寺子屋は現在の義務教育機関に匹敵する密度だと言って良い。

これにより、早くから商業が細かく記録され発達したし、また幕府や奉行所の通達が辻々の高札や触書で出来た。小説が庶民の間に愛読され出版業が発達し貸本屋が繁盛した。地方の神社には算額が掲げられ高等数学の問題を解くことが競われた。各地の農民が地方史を編纂し、風土史を残したし、また各地で和歌や俳句講が起きた。なにしろ、子供でさえ読み書きをしていたことに、当時日本を訪れた宣教師などが驚愕している。

その高い教育レベルがあったからこそ、江戸は世界一の大都市でありながら犯罪が少なく、清潔で庶民も毎日風呂に入り、公衆トイレや公衆浴場が発達し華やかな文化が咲き誇った。

日本は機械文明こそあまり発達しなかったが、他の分野では世界に比類のない先進国であり、今とは形は違うが、民主国家の部分さえ有った。庶民が政治を理解し参加する仕組みがあったのはひとえに教育が国民全てに与えられていたからだ。世界では、そして日本人も日本が開国により近代化を始めたと言っているが、当時最先端の近代国家だったのだ。

さかのぼれば、万葉集などは天皇から一庶民までの歌が集められた歌集であり、つまり庶民が歌を詠み残すだけの教養が当時、すなわち7世紀には普及していたと言うことだ。

さて、この長い日本の教育の歴史には、平均化という特徴がある。とにかく全員に一定以上の教育を施し、全体のレベルを上げるということだ。今でも日本の識字率は世界トップであり、成人のほぼ100%が識字者だが、海外での識字者とはかろうじて自分の名前が書ければOKというレベルもあり、実質底辺層の教育レベルは想像もつかないほど低い。

そのかわり、海外ではエリート教育が普通であって、庶民はどうでも一部のエリートに英才教育を施し、彼らエリートが国を率いる方が効率がよいと考える方式だ。そのためアメリカなどには飛び級制度があり、能力さえあれば12,3歳で大学生になることもあり得る。

その結果庶民からは想像も出来ない少数のエリートが確かに生まれている。これはヨーロッパでもまた急進国、すなわち中国やインドでも採用されている方法で、少数のエリートに集中して教育を施し、国を率いさせようとするもので、見た目にはいかにも効率がよい。

その意味で、日本にはエリートが生まれにくく、生まれながらの天才でも普通教育しか受けられないので才能を伸ばす機会が奪われるという指摘がある。それはもっともであり、その方法を取り入れる必要があるとは思うが、同時に、全体に等しく教育を施し結果として平均的な教育レベルが非常に高いと言う状態にすることで、他国が成し遂げない成功を収めている。

少数のエリートの決断は確かに効率的かも知れないが、大衆がそれを理解し支持しなければ動きがとれなくなる。エリートの決断を実行するためには、大衆の意志を無視しなければならず、これはとりもなおさず独裁になる。

民主国家でそれを実行するとなると、大衆は衆愚政治の道具となり、アメリカのように弁の立つもの、容姿の優れたもの、資力のあるものが政治を司るようになる。その意味でアメリカは決して民主国家ではない。

教育を受けきちんと政治を理解する庶民は、政治家にとって小うるさい存在だが、しかしまたきわめて優れた政治を生み出す基となる。なにしろ、庶民が政治を作るのが民主主義だからであり、一部のエリートが政治を作るのでは民主主義とは言えないからだ。

アメリカ式のエリート教育は、一般教育のレベルを上げてその上で実施するのでなければ民主主義に逆行する。物作り一つにしても、エリートが発明してそれを作る人間が居なければ画に描いた餅になる。日本の技術力が世界のトップクラスなのは、技術を理解し発達させる一般人のレベルが非常に高いからだ。

次に教育は中立であり、また事実のみを教える必要がある。際だった宗教教育で科学を無視する教育がイスラム国家では普通であり、またアメリカでも進化論などを学校で教えるか教えないかが未だに議論されている。

歴史にしても歴史を捏造し、特定の隣国を敵視する教育を行うようでは、まともな思考は出来なくなる。中韓が行き詰まるのは、彼らが海外の情報に接して自分たちが受けた教育が嘘であったことにトラウマを持つか、受けた教育にしがみつくしかなくなり、まともな思考が出来なくなることが問題なのだ。100年も200年も前のことは今の価値観で善悪を論じても意味がない。しかし、過去の戦争のことで他国に恨みを持つような教育をしているような中韓に未来がある筈がない。自国の教育が信じられない人間が、国家を支えることなどあり得ないからだ。

また教育の方式にも日本は初等教育では暗記をさせる部分が多く、欧米から応用力が養われていない、と言われている。しかし、人間は成長の過程に於いて幼少期はとにかく記憶が全てなのだ。幼児の記憶力は大人の遠く及ぶものではない。見聞きするものをとにかく全て記憶するのが幼児期なのであり、判断力応用力は、幼児期に蓄えた膨大な知識がなければ役立たない。すなわち、幼児期に於いてこそ詰め込み教育が最も大切なのだ。

幼児期であれば、どんな外国語でも2,3ヶ月で母国語同様に覚えることが出来る。その能力を人間が持っているのは大体8歳までで、それを臨界期という。臨界期までに詰め込んだ知識を基に、人間は理解力、判断力、応用力、推理力を開発してゆく。言い換えれば臨界期までに知識を蓄えることが出来なかった人間はその後の理解力、判断力、応用力、推理力の発達がない。結論を言えば、民度とはこの段階までに形作られる。

幼児に詰め込み教育をするのはかわいそうだ、人権を無視しているなどと馬鹿なことを言う連中が居るが、詰め込み教育は幼児の脳に対して一番適切な教育方法なのだ。4,5歳の子供が怪獣や昆虫、車の名前を大人が及びもつかない早さで覚えるのは、子供の脳がそう出来ているからであり、一番子供が喜ぶ教育なのだ。

一時日本のゆとり教育が子供の学力を徹底的に破壊したと言われるのは、必要なときに詰め込むべき知識を持たせないで教育をしたからだ。

詰め込み教育を施してのち、理解力、判断力、応用力、推理力をのばす教育をすべきなのだ。

さらに、使用する文字により人間の思考力に大きな差が出る。

日本の文字は昔中国から伝わった漢字をそのまま使っていた。しかし、当然ながら中国語と日本語では発音も意味も文法も違うので、漢字をそのまま使うことは出来ない。そのため、意味を伝える文字としては漢字をそのまま書き、返り点を付けることで日本語として読み下す方法を採った。したがって、文字の発音も日本語として読んだ。

一方、特定の漢字の音だけを組み合わせた万葉がなで日本語の音を表す方法も併せてて発達させた。この場合は、漢字の意味は全く無関係に音だけを使用したのだが、万葉集などは、この万葉がなで書かれている。

その後、意味を表す漢字と、音を表す万葉がなを組み合わせるようになったが、そのままでは両者が混じって不便なので、それ以前から使われるようになった漢字を崩して音を表す文字、平かな、及び漢字の部首の一部だけを取り出したカタカナを組み合わせて使うようになり、ここに日本語特有の、表意文字と表音文字を組み合わせる筆記方式が完成した。

中国では未だに漢字のみを使い、表音文字を使わないが、そのためには数万に及ぶ漢字を覚えない限りまともな文章の読み書きが出来ない。それが中国に於ける教育をきわめて困難にしたし、過去に於いても科挙は結局文字を如何に読み書き出来るかだけが重視され、その中身はどうでも良い教育体系が出来てしまった。それが未だに続き、しかも急速に入ってくる海外からの言葉に対応出来ないで居る。結果として音だけを漢字で表す表記が現れ、一目で意味が分かる表意文字の長所が失われた。覚えやすくするためだけに漢字を簡略化した簡略体が普及したため、今では漢字と意味がかけ離れてしまっている。

この一つの例が、清が近代化した際欧米から取り入れた新しい概念を漢字で書き表すことが出来ず、結局当時日本で作られた日本語表記を取り入れることになった。現在、日常の概念を表す中国語の70%が日本語由来となっている。『中華人民共和国』も、『中華』以外は日本語だ。

韓国では、かつてほとんどが文盲であったためとりあえず表音文字であるハングルを普及させ、それを進めて事実上漢字を全廃してしまった。すると、同音異義語をハングルで書いた場合、文章の意味が分からなくなり、結局分からない文字を読まなくなったり使わなくなった。その結果、抽象的な意味を書き表す漢字の使用がなくなったため韓国人の思考が抽象概念を取り扱えなくなっていると指摘されている。なにより、韓国には古文書のたぐいがほとんどないが、ごく少数残っている古文書のたぐいはほとんど漢字で書かれており、それを現代の韓国人は読めない。欧米人はアルファベットで不自由しないのだから、韓国もハングルだけで不自由しないと主張するが、欧米は昔からアルファベットで言葉を発達させてきたのであり、漢字で発達させてきた言葉をハングルで置き換えるのとは意味が違う。流石に、韓国でも今は漢字教育をすべきだという意見が起きている。ベトナムでも同じだそうだが、おそらくもう遅いだろう。

韓国の古文書は日本にたくさん残っており、というより、中国人や日本人が書いた物であり、漢文を読める日本人ならそれらを読めるが、韓国人には読めない。文字の選択一つでどれだけ教育に隔たりが出来るかという例だ。

漢字を取り入れた直後から、表意文字と表音文字のそれぞれの特質を見極め、新たに表音文字を作り出し、漢字、平かな、カタカナ、そして今ではアルファベットさえ組み合わせて表記方式を完成させた日本は奇跡的な教育レベルを保てたにもそれなりの理由があると納得出来る。

なお、かつての韓国は日本と同じ、漢字とハングルを組み合わせていた(日韓併合時)が、その最大のメリットを自ら捨ててしまった。今ではそのような表記システムを持っているのは日本以外、世界には存在しない。

テーマ : 教育問題 - ジャンル : 政治・経済

自民はどうなの?

今まで民主や社民などの悪口をさんざん書いたが、私は自民の積極的支持者でもない。いい加減あきれた部分も数限りなくある。それでも自民がまだ民主や社民よりはましだと言うだけの話だ。いわば苦渋の選択であり、ベンジョコウロギは嫌だが、ゴキブリよりは我慢が出来ると言うこと。

では、自民のどこが駄目かというと、一にも二にも既得権益に縛られすぎる。政党にはどこにも支持母体があり、自民の場合は農民がそのスタートラインに置いては巨大な支持母体だった。当時、日本は国民の70%くらいが農民であり、それまで武士や商人達に虐げられていて発言権がなかったところ、民主政治が始まりとにかく支持者が多い政党が有利となった。すると、今まで発言権の無かった農民は数だけは多かったからすぐに大票田となり、その指示を取り付けた自民がその後権力を握り続けたことになる。

ただし、自民の中枢部はそれまでに権力を作り上げていた下級武士階級であり、農民には一番近い位置にいたと言えるし農民の不満を良く知っていたので結びつきやすかったと言える。

その点、共産党や社会党は外国からの移入思想を元にしていて、理解はされなかったのではないか。

むろん、非常におおざっぱなイメージでしかないが、結局自民は利権や利益誘導で大きくまた権力を握り続ける体質があるということだろう。今、日本の農業人口は大きく減ったが、利権の対象は土木や各種産業、宗教団体などに移ってきた。

また、農村は地域のしがらみが大きく、有力者の元にまとまる傾向が強かったが、それは今でも地方都市で顕著であり、それが政治家の世襲化を固定した。鳩山家、吉田家、小泉家などはすでに地方では絶対的な地盤を有し、後援会も世襲化しているのでこれらの子弟はほぼ自動的に政治家になる。むろん、単なる世襲ではなく、選挙という洗礼を受けているから、と世襲代議士達は言うが、後援会や地盤自体が世襲化されているのでは、地元から立てばよほどのことがない限り落選はしない。

吉田茂曰く、サルは木から落ちてもサルだが、代議士は落ちればただの人と言うことになる。

自民では、地盤や看板のない人間は、金を使うか、有名人になってその集票力を土産にするしかない。それが金を使った組織と人脈作りの所謂田中角栄や糸山栄太郎、小佐野賢治、笹川良一などとの結びつきや、暴力団との結びつきを生んだ。また芸能党と言われるほど芸能人の立候補が相次ぎ、とにかく数だけそろえるやり方が横行している。もっとも、これは民主も負けてはいない。

票に結びつかない弱者、すなわち未組織高齢者、フリーターなどに対しては過去に於いては容赦なく切り捨てが行われてきた。あくまで票田にしか顔を向けていなかった面が確かにある。しかし、未組織は未組織なりに支持政党のない人間が増え、小党乱立になると、自民はあわててばらまきを始めた。

言うまでもないが自民が大切にした官庁との結びつきの結果、天下り団体が無数に出来、全く仕事をしない役所が増え、外郭団体が増えた。一例を挙げれば、首都高が出来て50年。そのほか東名や名神が出来、そのたびに建設費が消却出来たら通行料は無料になる、と自民は確かに約束していた。しかし、現実には通行量は上がるばかりで、言い訳としては新しい高速を造らなければならない、保全費にも金がかかるから、との事だが、それは建設当時から分かっていたことの筈だ。

要するに、各種特殊団体や役人の天下り企業が、高速代金を食っているに過ぎない。したがって、全く車の通らない高速道路が田舎に出来たりする。

そしてその上で、受益者負担の原則から、高速料金を只にする必要はなく、大幅に下げればよいだけのこと。たしかに、メンテナンスには金がかかるのだから、利用する人間が負担すればよいのだ。ただし、単純にそこを通る車だけが受益者なのではなく、地方の産業がそれで発展したり、人の移動が楽になることで経済効果もあるのだから、公的な負担もその意味でやぶさかではない。それに、金を払っても早く行きたい人間から金を取ることは間違いではない。只にしてしまって重体になれば一般道路と変わりはなく、高速を造った意味が薄れてしまう。


ただ、無駄に天下り団体や外郭団体など意味のないどぶに金を捨てることは無いと言っているのだ。

つまり、年金制度などにも言えるが、その時点では口先ばかりで将来は俺の知ったことではないという体質があったのだ。

その意味では今の民主のばらまきに対して一人前の批判など出来ない。

次に、余りにアメリカ一辺倒であり、また旧社会党などが中国や韓国をたきつけ様々な難癖を付けさせた事態に対し、当時は自民の足下がぐらついていた時期でもあり正しい主張をすること無しに、ずるずるとその中韓の強請たかりを許してしまった経緯がある。

むろん、旧社会党、そして今の民主の旧社会党系は未だに売国奴なのだが、その跳梁を許してしまった自民には大きな責任がある。また、自民の金権体質が確かに特亜からの金や色仕掛けに骨抜きにされた面もあるだろう。金丸や橋龍、山拓などなど、どう考えても異常としか思えない。

まだまだ自民の嫌らしい点は数多くある。しかし、長年政権を執ってきた経験で、確かに人材は育っているし、野党の立場で好き勝手なことを言っているのとは違う。ただし、人材とは言ってもごく一部で、大半は有象無象であり、厳しい状況になるとまずそのような有象無象からふるい落とされるから、勝てなくなる。

自民が全く再生するならともかく、現在は民主の変わりに政権を担える状態とはとても言えない。願わくは、単独ではなく自民、民主からの良識派などが合同して新党を作り、政権を執ればよいのだろうが、実際には本当にその能力があるか、政権を任せても良いかの確認期間が要る。すぐにそんな新党が現れるとは期待出来ない。結局、自民を中心とした連立政権辺りが妥協の結果となるのではないか。そうなれば、自民も今までのような好き放題は出来ないだろうし。

テーマ : 自民党 - ジャンル : 政治・経済

原理原則論を再度

前にも書いたが、論争をする基準が統一されていなければ、論争など意味がない。しかし、現実には以前書いたThe JOURNAL に限らずどこにでも原理原則を全く無視、あるいは認識出来ずに自説を主張する人が大勢居る。前にも嘆いたように、1+1=2が、どうして成立するのか証明しろと言う人を相手に討論も出来ないし、説得など思いも寄らない。

ある方はおっしゃる。自然科学を学んだ者として、自然現象以外には原理原則がないのは自明の理だとのこと。だから、人間は社会に原理原則を作る必要があった、それが憲法など法律だとの理解が無いわけだ。

自然現象の原理原則、例えば万有引力、光の速度などは時代が変わっても国が変わっても不変であり、絶対的な原理原則だ。

一方、人間の作る法律は、国毎に違い、時代が変われば変化する。だから、法律の内容が正しいか変える必要があるかは議論されて当然だが、ある時期決定している憲法はその時点で全ての法律の規範となる。これが法律の原理原則だ。

さて、天皇は中立であり得るかどうかの疑問は、憲法で規定されている天皇の立場に沿って行動がとられているかで判断するしかない。

憲法には「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」

とある。将来これが変わるかも知れないが、現時点ではこれに背く行為は憲法違反となる。言うまでもないがこれが成立するのは日本国内に於いてだけである。

それを厳格に確定するために天皇の国事行為は別に法律に規定されている。将来この法律が変わるかどうかに関わらず、現時点ではこれが基準であり、これに則っているか反しているかが天皇の行為を定める。この法律が合理的か不合理かの議論はあったとしてもこの問題とは全く別問題だ。

天皇は日本国の象徴であり、いかなる政党、政府、内閣などの象徴ではない。まさか、知らないとは思わないが念のために書くと、国家の定義は、国土、国民、政府の三要素からなる。つまり、政党も内閣も国家ではなく、国家の要素である。しかし、今回の鳩山内閣のごり押しした習近平氏と天皇の特別会見は明らかに法律で厳格に定められた天皇の国事行為ではなく、したがって小沢氏、鳩山氏の行為は天皇の政治利用であり憲法違反であるとの結論になる。

原理原則を理解しない人々は、人間社会に原理原則など無いとの認識で、つまりその場その場で解釈を変えればよいと考えているのだろう。それを法治ではなく人治という。

日本は三権分立制度を採っているが、千葉法相は明らかにそれを冒した
教育基本法では教育は中立でなければならないと定めているが、興石氏はそれを否定している

民主支持の人たちにはそれは問題ではないのだろうか。自民時代にも同じ事はあったではないか、というのは反論にはならない。自民がやろうが共産党がやろうが法を破る政治家の存在を問題としているのだ。当然、自民に於ける法律違反も糾弾すべきであり、二階氏に議員辞職を勧告出来ない自民も間違っている。

民主の法律違反は今回の鳩山氏の政治資金疑惑でもいえる。民主支持の人々は、親が子に金を渡して何が悪い、私腹を肥やしたわけではないから辞める必要はない、自民やマスコミの偏向画策に踊らされる必要はないとおっしゃる。

しかし、我々が社会の原理原則として当てはめなければならないのは、彼が脱税をしたという事実であり、親からもらおうが私腹を肥やしていなかろうが無関係だ。脱税をしたという事実が、原理原則の法に照らして法律違反だと言うことでしかない。

もう一度言うが、自然現象の原理原則は時や場所に関わらず、永久不変だ。だが、人間社会に置ける原理原則は特定の地域、特定の時期に於いて人間が定めた基準であり、それに従って社会は運営される。全てが法律で決められているわけではないと言うのも事実だが反論にもならない。その事典で法律化する必要が無いか、その術が見つかっていないだけのことだ。

さて、鳩山氏が辞めないのは法律違反だと書いた。もちろん、彼の地位を定めているのは日本国憲法に則った法律による。

1・政治資金規正法 第25条
『政治団体の代表者が当該政治団体の会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠つたときは、50万円以下の罰金に処する。』

鳩山氏はこれに違反している。したがって

2・政治資金規正法 第28条
『第23条から第26条の5まで及び前条第2項の罪を犯し罰金の刑に処せられた者は、その裁判が確定した日から5年間(刑の執行猶予の言渡しを受けた者については、その裁判が確定した日から刑の執行を受けることがなくなるまでの間)、公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権を有しない。』

鳩山氏が第25条で罰金刑になった場合、自動的に被選挙権を失う。

3・国会法109条
『第109条 各議院の議員が、法律に定めた被選の資格を失つたときは、退職者となる。』

これにより、鳩山氏は議員を辞職したなければならない。

4・憲法67条
『第67条 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。』

議員でなくなった鳩山氏は自動的に総理大臣でもなくなる。

問題は、1・の鳩山氏に監督責任があるかどうかであり、この点で検察は容疑不十分としたのだろう。したがって、彼が法的に完全無罪であるならば少なくとも彼が法的に総理大臣を辞職させられる状況ではない。どんなに不服があろうと、これが法的根拠であり、法的根拠の判断をまかされた司法の決定であるから、今は従わなくてはならないが、ただ、国民や野党から、それはおかしいとの声が上がるのは当然であり、また司法判断には異議申し立てが可能であるから、まだこれが確定したわけではない。とうぜん、二階氏のケースにも当てはめるべき事である。例外はいけない。

なお、私は法律専門家ではないので、元ネタを明かせば、ユーチューブにある。

http://www.youtube.com/watch?v=geqm5XHQ12k&feature=related

また、人間社会の基準は全て法律かといえばそうではない。経験則も基準となり、これを理解しない人が過ちを犯す。この場合は法律違反、すなわち犯罪ではないが、事が国家の運営などに関わると多くの人間の命にまで関わる事になる。

物作りを止めろとか、金をばらまけば需要が出来ると主張する人たちがこの部類に入る。物作りを個人から国家に集中する共産主義が全て破綻したのは、この部類の原則を無視した結果だ。

物がなければ金をばらまいてもインフレになるだけのことであり、経済破綻の一番の近道になる例は世界中にあるのに、民主はそれをしようとしている。それを熱烈支持している人たちは、経済原則という経験則を理解しないし、またそんな物があるとも知らないのだ。

中国では多くの国営工場が単に割り当てを消化するために、大量に物を作り続け、不良在庫が山を為している。また国営で保証されているために、単に数だけ作れば品質などどうでも良いから、結果として誰も買わない在庫が方々に野ざらしになっている状態だ。

だから物が余っているのにインフレになると言う現象が中国では起きている。

供給力を高めるとは、消費者が望む物を作る能力を高めることであり、それが出来て初めて消費者が金を使う。そこで金が動き、経済が動く。その逆はあり得ない。いくら金があっても、買いたい物がなければ貯金されてしまうだけであり、経済は沈滞する。

金は使う人間の意志によりどこに向かうかは分からないが、製品は金にしか向かわない。消費者が何かを欲しいと思う要望を企業は汲み取り、製品を作り市場にながし、消費者が買うのであり、この逆はない。そして金が使われるのは金を持っている消費者が希望してから企画、製造、販売、購入とタイムラグがあるのも物理的に避けられない事実であり、だからこそ、経験則として製造が先であり消費はあとからが原理原則となる。法的にも決まっていないし、ルールでもないが経験則としての原理原則であって、民主はそれを無視している。

また経済活動の原則として、バランスシートがある。つまり、誰かの借金は誰かの貸し金であり、今900兆円になんなんとしている借金とは、政府の借金で、貸しているのは国民である。だから、「日本は大変な借金国であり、国民一人一人が600万円以上の借金をしている」というのは全くの嘘なのだが、飽きもせずマスコミは報道し、民主はそれを利用している。だから民主の経済政策は成り立たないのだ。

日本国は借金などしていない。世界一の債権国であり、借金どころか世界中に一番金を貸している国だ。なぜ、政府の借金を国の借金だと言い、国民一人一人が600万の借金だ等と嘘をばらまくのか。どうしてそれを信ずるのか。そう言う人たちは、日本が世界一の債権国であるという事実さえ知らないのだろう。そんな無知な人たちが、人間社会の原理原則を否定しても説得力はまるでない。1+1=2がなぜ成立するかを説明しなければならない相手と数学を論争しても仕方がないだろう。

民主の経済政策は基本の経済原則に背いている。だから成り立たない。きわめて単純ではないのか。経済原則に背いて共産主義、社会主義国家を作ろうとした国々の、唯の一カ国でも成功したところがあったろうか。

結局、政党の政策を判断するにしても、自分の好き嫌いや価値観とは無関係なのであり、自分の属するコミュニティーのルールが行動の基準(思想の基準ではない)であることを認識しない人たちは、思考停止している人たちとしか言えないだろう。オームの幹部達は標準以上の学歴を有し、本来なら優秀な頭脳を持っていたはずだが、思考停止をしてしまったために大量殺人を犯し犯罪者となった。今、彼らの一部は理性を取り戻したとのことだが、後悔しても遅すぎる。

民主支持は犯罪ではないが、思考停止状態でないのであれば、理性的に民主を支持出来る理由をきちんと表明し、反民主を主張する人たちを説き伏せるべきだろう。もし、その主張が、原理原則に則り、正しいと私が判断出来れば、無論私は民主を支持する。

それと、別に民主憎しで反対しているわけではなく、例えば自民時代に出来なかった肝炎患者の救済関連法(福田依子議員、ご苦労様です)や、動物愛護関連法案などは評価している。また、天下りに歯止めをかけようと言う姿勢は諸手をあげて賛成する(ただし、成功はしていないが)、事業仕分けで様々な無駄があることを公開したのも評価はするが、ただしあの手法自体は反対だ。

テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

民度とは

よく、私はここで民度と言う言葉を使う。一つの例を挙げてみたいと思う。これは有名な話なので自分で調べてみればすぐに確認できることだ。

スマトラ沖地震が大変な被害をもたらしたとき、各国は早々に支援を申し出た。日本は、人的支援、資材の送付など素早く動き、さらに義援金として5億ドルの支援を約束した。同時に、お隣の某半島の某国は500万ドルの支援を申し出たが、日本が5億ドルを支援すると知った途端に、その義援金を10倍の5000万ドルに引き揚げることを約束。このさい、某国では、日本が金で歓心を惹く卑劣な行為だとさんざんにののしったとの付属ニュースもあったとか。まあ、これは国家の正式声明ではないと思うけれど。

その後、日本は5億ドルを全て支払った。一方某国は610万ドルに一方的に減額し、しかもその後295万ドルのみ支払い、残りはほっかぶりを決めた。

中国の四川地震が起きたとき某国のサムソンは早速会社としての義援金を送ろうとしたところ、某国政府は、13億もいる中国で1万人が死んだとしてもたいしたことではないし、義援金は送るなと止めたとか。この時に、中国では日本に対する好感度が大幅に上がり、嫌韓意識はいやが上にも高まったとか。

この手の話は枚挙にいとまもないが、最近でも

「国のイメージを失墜させた韓国学支援事業
 外交通商部傘下の国際交流財団は昨年12月、日本の立命館大学、米国のミネソタ大学、ドイツのライプチヒ大学など、海外7大学からの申請を受け、韓国学研究の支援を行うことを約束した。ところが経済状況が悪化したことやウォン安などを理由に、今になってこの約束を取り消した。立命館大学の場合、国際交流財団から14万ドル(約1320万円)の支援を受ける約束が交わされており、日本の大学の中では最初に韓国学の正規講座を開設して担当教授を採用することもすでに決まっていた。同大学は最近、すでにスケジュールまで決まっていた韓国学国際シンポジウムの開催を取り消したという。 ー 略 ー」
 
 つまり、韓国の研究をしてくれる研究機関には、韓国政府が金を出しますと言う約束を、相談も無しに一方的に破棄したと言うこと。どこの国でも、外国が自国のことを研究テーマにしてくれる研究機関に金を出すなどは良くあることであり、研究機関ではその金をあてにして研究者を増やしたり研究資料を購入したりする。だから、あとから金は出せないと言われると、大変なことになる。
 
 星野ジャパンがオリンピックに出たとき、対戦相手の某国チームとスターティングメンバーを決め互いに交換したが、実際の試合が始まったら某国のスターティングメンバーはまたく事前の通知とは違っていた。相手の監督はルール違反ではないからこれも作戦だと言ったが、国際的に批判された。紳士協定の意味を全く理解していなかったわけだ。
 
 某国の造船業は今は世界一の受注量を持っている。しかし、発足した当時、現代造船の社長は、社員を日本の造船会社に送り、コンテナ二本分の機密書類を盗み出したと告白した。それが現代造船の基盤になったわけだが、何の悪びれることもなく当然のこととして日本から技術を盗みだしたと言ったわけだ。罪の意識など全くない。
 
 ボスコ製鉄は世界有数の製鉄会社になったが、新日鐵の技術がそれを支えた。しかし、今では独力で成し遂げたと言っている。そもそもハンガンの奇跡という某国の急速な経済発展は日本からの資金と技術援助がなければ絶対に出来なかったことだが、それも独力で成し遂げたと、某国民は教えられている。
 
 とにかく日本は敵であり、某国は日本と戦って自力で近代化を成し遂げたとの歴史を創造し、学校で教えている。
 
 韓国、もとい某国にはこの手の話が、本当にあきれるほどあり、それが国家イメージを如何に下げ嫌われているのか分からないのだろうかと不思議に思う。それでなくとも外交には嘘が付き物だが、嘘しか無ければ頭から信用されないだろう。某国が熱意を持って反日宣伝をしても、日本海は東海ニダと宣伝しても、日帝が全てを奪ったと宣伝しても、強制連行をされたと宣伝をしても、従軍慰安婦で強制的に性奴隷にされたとわめいても、日本が特に相手にしなければ、どちらが信頼されるかははっきりしている。
 
 某国では偽証罪が日本の数百倍発生し、詐欺罪がきわめて多いなど、嘘が日常的にまかり通っている。
 
 さて、民度という話だが、前々から言うように個々の某国人は個人の責任でつきあうしかない。私は身近に某国人をしらないが、それでも数少ない経験で某国人に被害を受けたことはないし、むしろ好印象を持っている。また、日本人でも、海外で日本人以上の親身になって世話をしてもらった、とか日本人にない熱さを持っているとか、気のいい人間が多いとかなどの話は良く聞く。
 
 しかし、某国が確かに地勢的に中国、日本、ロシアなどの大国の狭間にあり、到底自力では独立できなかったなどの不運があるにしろ、余りに悲惨で嘘に満ちた惨めな歴史を有し、そしていま国家運営に当たっても嘘にまみれ嘘に固めた国しか作れないという事実がある。これが民度という所以ではないのか。
 
 如何に、個々の某国人がよい人間であろうと、国家として、民族としてのあり方ははっきり言って日本が関わりたくない部類である事実は否めない。スマトラ沖地震義援金、海外研究機関への支援一方的打ち切りなどは実際に国としての行為なのだ。強姦事件が以上に多く日本でも要注意国家として旅行社に対し注意を喚起している。裁判での偽証罪の異常な多さ、詐欺罪の多さなど、某国政府のあり方ではなく某国民のあり方なのだ。
 
 研究会では、歴史が好きなだけ捏造曲解され、正論を口にすることは社会的な死を意味する。親日法などという、世界に例のない遡及禁止に反する法律を作るなど、某国が本当に文明などを理解した民族の国なのかと思わざるを得ない。
 
 民度とはこういう事を言う。あるめん、主観的な判断もあるだろうから、客観的な数値や事実で見るしかない。
 
 日本は世界でも最も安全であり、犯罪の少ない国である。
 日本は世界で最も教育レベルの高い国である
 日本は世界で最も長寿の国である
 日本は世界で最も健康寿命の長い国である
 日本は世界でもトップクラスの科学技術立国である
 日本は世界でも資産格差の小さな国である
 日本文化は今世界で受け入れられている
 日本は世界で最も好印象をもたれている国である
 日本は最も戦争をしない国である
 日本にはたかおじさんが居る
 日本は歴史上もっとも教育が古くから普及していた
 日本は男女間差別が最も少ないといえる
 日本は国連に対する拠出金を最も滞納せず、滞納しているアメリカを抜いて実際の支払額は世界一である。
 日本の経済力は世界でトップクラスである。
 日本円は世界で最も信用されている通貨である
 日本食は最も健康的であると認められている
 日本人旅行者は世界で最も歓迎されている
 
 まだまだある。やはり、このような国を作り上げた日本人の民度は世界で一番高いと言って間違いだろうか。もちろん、主観的な判断基準があるので、あくまで客観的な部分に限定しての話だ。私たちも、連日心の暗くなるようなニュースに触れているし、政治のごたごたや企業の不正にうんざりしている。しかし、日本だから日本のニュースが一番報道されるだけであって、世界はもっと犯罪が横行し、暴力、腐敗に満ちている。
 
 客観的に見ると言えば、アフリカ系の人間はアジア系や欧米系、アラブ系に比べIQが低いという事実がある。これは客観的な事実であり、理由として十分な教育を受ける機会に恵まれていないからといえる。つまり十分な教育を受ければ、アフリカ系でもむろんIQはたかくなるし、それなりの業績を上げられると言うことなのだ。
 
 だが、アフリカ系の人間のIQが低いと公に言った為にイギリスに入国を拒否された学者が居る。これはイギリスの判断が間違っており、IQを生物学的な決定要素と決めつけるからそうなる。IQは環境、教育により大きく変化するものであり、アフリカ系の人間は、平均として劣悪な環境、教育が原因でIQが低いのだから、それを何とかしなければ真の平等はあり得ない、とその学者は言っているのだ。
 
 民度にも同じようなことがある。民度が低いというと差別だとの言葉が返ってくるが、なぜ民度が低いのか、どうすれば改善できるのか、国家がレベルアップするのかを真剣に考える必要があるだろう。

 ここではわかりやすい例として、お隣の半島の某国の例を挙げた。しかし、世界中の国で言えることだ。中国がなぜ国内紛争を繰り返し、対外戦争で死ぬよりも内戦で死ぬ人間が桁違いに多く、過去には人口が内戦のために十分の一になったこともあるのはなぜなのか、現在経済成長著しいと言われながら、崩壊も十分ありと思われるのはなぜか、どうして国民は金を貯めると国外に逃げ出し国に戻らないのか、なぜ世界中で警戒され嫌われるのかは、中国人一人一人の問題と言うより、集団になると現れる民度に問題があるとしか言えない。
 
 先に書いた、アフリカはなぜ発展できないのかも、なぜロシアが発展途上国なのか、もイスラム教国がなぜ近代化できないのかも、結局は個人個人の資質とは全く別に集団としての民度の違いと言うしかない。
 
 個人の業績としては、歴史上も現在も優れた中国人、アフリカ人、アラブ人、ロシア人はたくさん居る。民度とはそれとは全く関係のない事らしい。個人と集団では全く違う様相を示すことを理解しなくてはならないのではないか。
 
 何度でも言うが、民度は遺伝とは関係がない。某国人達をあたかも遺伝的の劣っているからと言うような差別発言をする者が、掲示板やブログなどで見受けられるが、このような者達には一切同調しない。国家としてのあり方、民族としてのあり方、集団としてのあり方を私は問題視しているのだ。現実に今の日本人には多くの大陸人、半島人が古来より渡ってきて日本人となっている。日本の民度は、これらの多くの渡来人(というより、日本人の祖先は全てどこからかの渡来人だ)が作り上げたのだ。
 
 さらに、民度のある部分はきわめて主観による判断が関係する。いくら日本が平和だ、健康だ、長生きすると言っても、外国人には、日本には個性がないとか、余りにきちんとしていて窮屈だとか、住みにくいと言う話もある。日本人が日本に住みやすいのは日本人だからであり、日本人としての価値観や行動様式を身につけているから、集団としての日本人の中で暮らしやすいと言うことだ。しかし、日本社会が余りにきちんとしていて、また集団社会であるために、一匹狼が受け入れられず行きにくいと言う面も確かにある。
 
 民度とは、このような面をも考えなければならない。

なぜ途上国は途上国なのか

世界にはどうしようもなく貧困で混乱した国家群と、ごく一部の先進国と言われる国家群がある。世界には200あまりの国家があるが、前にも書いたとおり、先進国といえるのは精々20カ国くらいと言っていい。(国連加盟国で191となっているが、未加盟国をくわえると最大数200を越している。また、国家を自称していながら認められていない地域もある)

貧困国、未開発国といえばアフリカ、アジア、南米などに固まっており、なぜ発展できないのかと質問されれば西欧諸国に搾取されたからだと主張してお終い。だから、援助をよこせ、と続く。自分たちに原因がある、と指摘されるとそれは差別だと一切聞き入れない。

面倒くさいから先進国も、ああそうかい、と適当に金をばらまいて手なずけ、資源を入手し、国連で自国のために票を入れさせる。しかしそれももう限度まで来ているようだ。

これら貧困未開発国に共通しているのは政府が徹底的に腐敗し、権力が私利私欲のためにあることだ。中国があれだけ図体が大きくとも途上国としてしか見られないのは、自力で発展が出来ず外資を取り入れ、外国の技術を取り入れ、安い労働力を奴隷使役して安物を海外に洪水輸出した事による。しかし、それが通用しなくなった。

なぜ、中国は途上国のままなのか。なぜ悲惨な停滞の歴史を繰り返してきたのか、そして今も経済規模だけは大きくなっても人権、政治体型、文化の面で著しく遅れているのだろうか。中国というと上海の摩天楼や海外で金をばらまく富裕層をイメージするが、大多数はまともに教育も受けられず食うに食えない人民が電気も水道もないあばら屋に住んでいると言う実態があることを忘れがちだ。なぜ?それは中国に於いて権力が常に私利私欲のためにあり、歴代王朝そして今の共産党が、自らの存続のために人民を利用している形が変わらないからだし、そして底知れない腐敗が政府を麻痺させている。

最近のことだが、東京がオリンピック誘致活動をしているとき、何人かのIOC委員達が日本に視察にきて、その中にアフリカ系の役員が居た。東京を案内している間に、彼は高級車に目をとめ、あれを買ってくれと同行の日本人に言ったそうだ。なぜそんな要求をするのか、とびっくりして聞き返したら、お前は東京に票が欲しくないのか、と言われたそうだ。嘘か本当かはわからない。しかし、あり得ることで、わたし自身が似たようなことを経験している。某国にプラントを輸出する話を進めていたところ、政府に顔が利くという、全くそれまで接触の無かった人間から連絡があり、リベートを払えば政府に口を利いてやるとのことだった。わたしの居た会社では相手にしなかったが、その事業は立ち消えになった。つまり、どの会社もその種のプラントを輸出することはなかった。似たような話は無数に聞いたし、身近に経験した。したがって、冒頭の話もあり得るとして語られる事が問題なのだ。

それは半島にも言える。日本が併合するまでは、両班と言われる支配階級が、白丁という人民を唯奴隷使役していただけの地域であり、政策もなければ国家予算などというものもなく国民は一切教育とは無縁の生活を強いられていた状態が続いていた。日本が併合して初めて教育が普及し、インフラが整備され白丁に人権が与えられた。本国で差別されていた大勢の白丁は日本に流れてきた。そしていまになり、強制移住させられたと言っている。

今の経済発展も全て日本の資金、技術、人材により始まり、今では日本が介入しなければ自力で発展できたはずだと、世界の誰もが相手にしない主張をしている。経済発展したそうだが、政府が腐敗しているのは相変わらずで、歴代大統領が尽く腐敗し、晩節を汚している。ただし、現大統領李明博氏は、資材の殆どを教育のために寄付するという選挙前の約束を実行しているし、経済的手腕も間違いではなく、歴代大統領が人気取りに使っていた反日政策を採っていない。支持率は最低だが、一本通す芯は通しているので今までの大統領とは違うことを期待したい。大統領であり続けるためには竹島や東海なども言わなくてはならないのだろうが、前職ほどの馬鹿とは天地の違いだ。

さて、韓国もその歴史を通じて、政府は腐敗し人民を搾取していた図式に変化はない。

未開発、貧困と言えばアフリカだが、アフリカの現状はすさまじい。一例としてジンバブエがあるが、電話インフラが破壊されるままになっていたので、民間会社が電話会社を作ったところ、電話事業を免許制にしてその免許を大統領親族が独占した。これは中国や韓国でも普通にあることで、太子党などはその典型だ。政府が人民を食い物にする。中韓が未開発国であることは論を待たない。彼らは金さえつかめば先進国の仲間入りが出来ると思っているのだが、世界ではそれを認めはしない。

警察は道路に検問を設け、金を払わないと通さない。それが数十カ所も数百カ所もあるので、流通が機能しない。これが実情なのだ。つまり、権力とは財産を得るための手段であり、政府は人民の自立を徹底的に妨害する。

アフリカが遅れた理由は幾つもあげられる。

アフリカの主張:資源があったために欧米に狙われた

事実は:自国で管理し技術開発を自ら行おうとしなかった。資源を国家のために使うのではなく利権を独占することのみに関心があった。

アフリカの主張:余りに気候が過酷であり労働生産性が低いままだった

事実は:南アフリカはじめ欧米の植民地になり生産性自体は格段に上がった。システムさえあればアフリカの労働生産性は低くはない。

アフリカの主張:マラリアやエイズなどが生産性を蝕んだ

事実は:ヨーロッパもかつてコレラやペストにより人口の3割が死んだりしているが克服している。

アフリカの主張:強大なヨーロッパに蹂躙された

事実は:かつてアフリカはヨーロッパ以上の文明地域であった。これは中国にも言えるがヨーロッパに蹂躙された。原因はヨーロッパ人に買収され内通するものが大勢いたからだ。アフリカ人奴隷を狩り集めヨーロッパ人に売ったのはアフリカ人だ。中国や韓国が日本に圧迫された時、大勢の内通者が出てきて、日本人があきれた。

以上は彼らが原因はヨーロッパが悪いからだ、季候が悪いからだ云々と主張するいわば俺は悪くない論。だが、上に挙げた理由は全てアフリカが自ら招いた結果論でしかない。

国際援助の半分~80%は途中で搾取され、貧困層に届かない=援助の効率が非常に悪い。それは、港から現地に運ばれる途中、公設私設を問わず検問所が設けられ、そのたびに援助物質が抜き取られる。

圧倒的な貧困しか知らない無教育な人たちに、社会秩序、投資の概念や効果、道徳や約束の概念、家族の助け合い、などは彼等にはない。優秀な子供を学校に通わせるため、親に金を渡すと、親は自分の遊びのために使ってしまう。学校に渡すと、教師が横領する。

共同体のために井戸などを作っても、誰かがその設備を盗んで売り払い、共同で使い続ける発想がない。

被害者意識に基づく国際援助詐欺と、特権意識に基づく自国民からの搾取に徹する指導層


しかし、アフリカ人の最も大きな問題は団結できないことだろう。部族毎にすぐ内戦を始め殺し合いをし、家族同士で殺し合いをする。自分がチャンスをつかんで欧米に脱出できると、国に戻って教育成果を活かそうとはしない。つまり、助け合い、協調の精神が全くない。かつて、アフリカ人の男と、その問題を話したことがあり、たしかにアフリカにはみんなで協力する考え方がないと嘆いていた。しかし、本人はヨーロッパで教育を受け、ヨーロッパで生活をしていて、国に戻るつもりは無かった。

ヨーロッパもかつては互いに戦争ばかりしてまとまりがなかったが、一旦外敵に当たるときは一致団結していた。モンゴルに対して然り、ペルシャ帝国に対して然り。アフリカにも日本以外のアジアにもそのようなことは全くなかった。日中戦争の折、国民党と共産党が一致団結して日本に対抗するなどは決してなかった。むしろ、対抗勢力を弱めるために日本軍を対抗勢力と戦わせるようにした。

貧困国が貧困国である最大の理由は、貧困国にある。かつての先進国はそれにつけ込んだに過ぎない。日本がつけ込まれたなかったのは、当時の被支配民族と明らかに違う資質があったからだ。世界は善意に満ちてはいない。欠点があれば容赦なくそこをつかれるのだ。まして、100年前の世界はそれが今以上に普通のことであり、容赦なく武力を行使していた。そう言う時代だったのだ。

おそらく、貧困国家は今後も貧困のままだろう。そして、国家ぐるみ金次第でどうにでもなる。国連が機能しなくなったのは、金で買収されるこれらの国々にも先進国同様一票があるからだ。また事務総長は弱小国から選ばれるのが常だが、それは強国が国連に必要以上の影響力を持たないためだ。そして、前職のアナンは不正の限りをつくし、イラク石油関連で蓄財した。今のハンギブン事務総長も、無能だと非難され、身内を国連職員に大量登用し非難されている。

事実だから指摘するしかないが、貧困国が貧困未開発国である理由の大半はそれらの国にある。いまでも、彼らの指導者が先進国の指導者と会うとき、必ず援助を期待すると表明するのが当たり前になっているが、援助されて当たり前と信じている指導者が出る間は全く希望はない。

彼らが単に貧困、未開発なら仕方がないが、彼らは世界発展の足を引っ張るしかしていない。それなら、いっそのこと力で押さえつけ彼らの発言権を全て奪ってしまえという誘惑に駆られる先進国が出てきても不思議ではない。

幸福度

幸福度 世界 ランキングで検索してみると色々出てくるが、とにかく日本は世界でも幸福度が低い国なのだそうだ。

またぞろ、こういう統計が出てきたかとうんざりするが、統計には客観的な数字を公平に挙げた統計と、このように作成者の意図がどう考えてもおかしい統計がある。このような場合、統計とは自分が意図する印象を事実として裏付けるための物と考えて良い。

まず、幸福度とは主観による物であり、これを価値観も環境も違う各国で基準を取ることがおかしい。

日本は140カ国くらいの中で90位、40カ国くらいの中でもかなり低く、上位にあるのはいつものように北欧や中南米、最下位はアフリカジンバブエなど。

これでは意図が見え見えとはっきり分かる。社会の公平性、男女間の公平性、自由度、それから国民が自分は幸福だと感じている人の割合などが指標になっているそうだ。

ここまで馬鹿なことをやるとなると笑うしかない。まず情報が閉ざされ外国のことを知らない人々は、自分の生活と外国を比べることが出来ない。また、イスラム国家などでは女性の人権が無視されているケースがあるが、女性達自信がそれを宗教に則って当然と考えていれば、差別されていても幸福だと思っているだろう。

世界の多くが日本より幸福だとのことだが、客観的に考え、犯罪発生率が極端に低く、国民が健康に長生きしている日本では、それでも満足を感じていない、つまり贅沢な悩みを持った人間が多いと言うことでしかない。先進国に幸福度の低い国があるのは、望みが高いからだ。

またアイスランドは相当な高位置に付けているが、現実には財政破綻をしている。

コロンビアは日本よりも幸福度が高いとのことだが、同国では殺人事件が日本の数十倍あり、麻薬が横行し警察は腐敗している。産業もなく、失業率は絶望的に高く経済も破綻し、犯罪組織が深く政府に浸透している。それを諦めてしまえば刹那的な快楽を国民が追い求めるようになるし、悲劇に対しては目をつぶり向き合おうとしなくなる。

このコロンビアが日本より幸福だというのであれば、そもそも我々がまともに悩む必要はない。

日本人がコロンビア人より幸福か不幸かは、誰にも決められない。あくまで自分たちの満足度という主観的な指数があるだけだし、比べられるとすれば絶対に客観的な数字で比べるしかない。つまり、寿命、犯罪発生率、教育度、インフラ、経済力などだろう。

改めてこのような無意味な統計が幅を利かせている事にあきれた次第だ。

核武装論

私は、日本が核武装をすべきだと思う。

 65年前、広島に原爆が落ち、数万人が即死し、その後30万人が直接間接に被害を受けていることが分かった。広島長崎のみならず、日本人が核廃絶を願うのは当然と言っていい。私も心から核廃絶を願う。しかし、私は日本の核武装が絶対に必要だと考えていることは、前々から主張しており、核廃絶への願いがあるからこそ、日本の核武装が必要だと考えているのだ。
 
 現実に核のない世界を願う人間は世界中にたくさん居るが、実際は核保有国は増え続け、そしてそれはなし崩しに既成事実として認められている。インドもパキスタンも核開発をした当初は形ばかり経済制裁などがあったが、今ではアメリカの盟友となっている。願うだけでは核は無くならない。
 
 核を開発しながらアメリカの敵になりたくない、そう思っているのが中国人であり北朝鮮人であり、おそらく韓国人であり、そしてイラン人だろう。核よ、無くなれと叫んだところで核は増えてゆくのだ。日本が唯一の被爆国だから、日本の核武装はすべきではないというのはきわめて的はずれだ。日本が核保有をしないことで喜ぶのは核保有国であり、日本がそのような決心をしても、他国は核を持つ。それが現実なのであり、日本の悲願は核拡散には無関係なのだ。
 
 今、イランが核を保有することを明言しており、アメリカはそれを阻止することに躍起となっているが、最終的にはアメリカには何も出来ない。今のところイスラエルにイランの核開発施設の爆撃を思いとどまらせているが、それもいつまで保つか。そしてその間に、北朝鮮は金のためにミャンマーでもおそらくテロリストにでも核を売るだろう。
 
 イランが北朝鮮に委託して核開発をし、核を保有することをイスラエルはどのように阻止するつもりなのか。現実に北朝鮮には多数のイラン技術者が滞在していることが分かっている。北朝鮮は、金にさえなれば誰とでも取引をする。その北朝鮮の核開発さえ、アメリカは阻止出来ない。
 
 パキスタンのカーン博士の闇のルートの存在が明らかになり、ウランはドバイの闇市場で売り買いされている。残念ながら、日本の悲願とは全く逆方向に世界は動いているのだ。
 
 今できることは、日本が強力な核武装をし、それを以て他国の核使用を牽制することしかない。アメリカの核の傘は今は機能しない。かつて冷戦時代、ソ連はアメリカと戦争になった場合失うものが多すぎるので結局核戦争に踏み切ることが出来なかった。キューバ危機の際、フルシチョフはケネディに負け、それが元で失脚した。
 
 今、ロシアに代わって日本が脅威とするのは中国であり、北朝鮮だろう。中国に関しては、核の先制攻撃もあり得ると公言し、核をはっきりと恫喝の道具として使っている。
 
 アメリカについてはこのような記事がある。
 
---------------------------------------------- 
 
 http://www.asahi.com/international/update/1023/TKY200910230382.html

核の先制不使用「受け入れられない」 米統合参謀議長

2009年10月23日21時4分


 来日中の米軍制服組のトップ、マレン統合参謀本部議長(海軍大将)は23日、東京・赤坂の米国大使館で、朝日新聞などと会見し、岡田克也外相が主張する米国による核兵器の先制不使用について、「受け入れられない」との考えを明らかにした。

 マレン議長はまず、「(核の)脅威が拡大し続けている地域では非常に慎重でなければならない」などと指摘、日本周辺の安全保障環境が、北朝鮮の核兵器開発などで悪化していることを説明した。

 そのうえで、先制不使用について「そのような政策は、拡大抑止(核の傘)の柔軟性を著しく低下させる」、「柔軟性を急激に低下させると、危険性が我々が受け入れられないと考えるレベルに達してしまう」などと述べ、核兵器の使用に制限を加えることは拒否する考えを示した。

 この問題は、20日に行われたゲーツ米国防長官との会談でも岡田外相が「今後、協議したい」と提起したが、ゲーツ氏は「抑止の柔軟性は必要だ」と難色を示していた。

(編集委員・加藤洋一)

----------------------------------------------

 中国で言えばじっさい、多数の東風、巨浪等核搭載ミサイルの照準を日本に合わせている。また人民の命を守る意志を持たず、人民が数億人死んでもアメリカを全滅させられればそれで戦争に勝てると言っているのだ。一方のアメリカは、ベトナム戦争でもイラク戦争でも、アフガンでも数千、数万のアメリカ人が死んだことで厭戦気分がみなぎり、アメリカはそれ以上の戦争に踏み切れない。さらに、911で、アメリカも大規模な攻撃の的になりうることにアメリカ人は心底恐れ(それまで自国が戦場になったことがないから)、オバマが大統領になった。そのアメリカが、中国のミサイルにより数千万から億単位のアメリカ人が死ぬ危険を冒して、日本を守るだろうか。アメリカの今までの行為を見ていてそれを信ずることが出来るとしたらあまりの世間知らずと言わざるを得ない。
 
 全て政治家は自国の利益を優先する。中国の核によるアメリカ人を数千万も死なせながら日本を中国から守ると公約する政治家がアメリカに存在しうるかどうか。今になって集団自衛権を云々する日本ではよく分かるのではないか。
 
 国益を最優先とする外交では、約束など果たされなければ信ずることは出来ない。アメリカがどれだけ国際的な約束を破ってきたか、少し調べれば分かるはずだ。まして、数千万から億単位のアメリカ人の生命を守ることを第一と考えない大統領が当選出来るかどうか、少しは頭を冷やして考えてみればよい。
 
 出来ることは、強力な報復能力を示すことで相手に核を使わせない。それしかない。何も、日本が核兵器を持ったところでそれで先制核攻撃をする必要はない。しかし、万が一日本に核を使用したらたとえ日本が消滅しても相手国を絶対に残さないだけのメッセージは伝えておく必要がある。
 
 次に、広島における被爆記念式典で、市長がアメリカのオバマ大統領の宣言に同調し自分たちはオバマジョリティだと宣言した。さぞかしオバマ大統領もびっくりしているだろう。オバマ大統領はチェコのプラハで核の使用をしたことに対する責任に初めて言及したが、これで世界の核廃絶を宣言したわけではない。あくまで核拡散を許さないと言っているだけであり、またロシアとの核削減交渉も、必要以上の核を処分しようと言っているだけであり、自分たちの核保有を止めるなどとは一言も言っていない。

 そんなことはない、彼ははっきりと核のない世界を目指すと言ったではないか、との反論はもっともだ。
 
----------------------
http://www.asahi.com/international/update/0405/TKY200904050209.html

オバマ米大統領が5日、プラハで行った演説の主要部分は次の通り。

 米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある。米国だけではうまくいかないが、米国は指導的役割を果たすことができる。

 今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。この目標は、すぐに到達できるものではない。おそらく私が生きている間にはできないだろう。忍耐とねばり強さが必要だ。しかし我々は今、世界は変わることができないと我々に語りかける声を無視しなければならない。

 まず、米国は、核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る。

 (冷戦思考に終止符を打つため、米国の安全保障戦略の中での核兵器の役割を減らすとともに、他の国にも同じ行動を取るよう要請する。ただし核兵器が存在する限り、敵を抑止するための、安全で、厳重に管理され、効果的な核戦力を維持する。そしてチェコを含む同盟国に対し、その戦力による防衛を保証する。一方で、米国の核戦力を削減する努力を始める。)

 核弾頭と貯蔵核兵器の削減のため、今年ロシアと新たな戦略兵器削減条約を交渉する。メドベージェフ・ロシア大統領と私は、ロンドンでこのプロセスを始め、今年末までに、法的拘束力があり、かつ大胆な新合意を目指す。この合意は、さらなる削減への舞台となるものであり、他のすべての核兵器国の参加を促す。

 核実験の世界規模での禁止のため、私の政権は、直ちにかつ強力に、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を目指す。50年以上の協議を経た今、核実験はいよいよ禁止される時だ。

ー 後略 ー

--------------------------

 文中の(冷戦思考に終止符を打つため、米国の安全保障戦略の中での核兵器の役割を減らすとともに、他の国にも同じ行動を取るよう要請する。ただし核兵器が存在する限り、敵を抑止するための、安全で、厳重に管理され、効果的な核戦力を維持する。そしてチェコを含む同盟国に対し、その戦力による防衛を保証する。一方で、米国の核戦力を削減する努力を始める。)が主題と観なくてはならない。アメリカは必要な核戦略を保持するが、他国には持つな、と言っているのだ。
 
 実際に米ロの核削減合意も、単に核の照準を外した、あるいは倉庫にしまったと言うだけのことであり、必要となれば数分あるいは数時間で元に戻せる。また、米ロとも、常に核兵器のチェックをし、機能するかどうか、いつでも使える状態かを確認している。
 
 地下核実験の停止合意も、自分たちは豊富な実験データから今では臨界前テストで十分検証出来るようになっているからだ。
 
 広島の原爆記念行事でのオバマジョリティの勘違いは、笑いたくなるほどのレベルだ。オバマ大統領は核廃絶など訴えていない。自分たち以外の核保有国を増やさない、と言っているのだ。
 
 むしろ、日本を守る核の傘は機能しませんよ、と宣言しているようなもの。
 
 かつて、麻生さんはきわめて常識的に核を協議する必要があると言っただけで、ヒステリーを起こす野党は根本的な勘違いをしている。自分が暴力をふるわなければ相手も暴力をふるわないという理想が成り立つなら、警察などいらない。
 
 力を持った警察があるから犯罪が抑止出来る。核を持って、核を抑制出来る。お願いだけで核が無くなるなら国民全員がてるてる坊主に「どうか明日はミサイルが降りませんように」と書いてぶら下げればよい。

 非核武装論者は、日本は非核三原則を掲げているではないか、というが、これは目標、指針であり憲法や国際法には一切関係がない。また国際非核拡散条約批准も、国家防衛が優先されれば特にとらわれることはない。そもそも、核大国が他国に核を持たせないための非核拡散条約は国家の防衛を保証している国際法上違反であり、遵守する義務はない。

 次に、日本が核を持てば核戦争の危険が増大し、人類平和に逆行するという平和ボケは、日本が自衛隊を廃し戦争を放棄し、軍備を放棄すれば世界が平和になるとの空念仏の戯言に過ぎない。

 警察を廃すれば犯罪が無くなるのか、戸締まりをしなければ泥棒は入らないのか。

 現実に、中国は数十基もの大陸弾道弾に大型核を搭載し、日本に照準を合わせている。北朝鮮はノドン、テポドンに積める小型核を開発済みだとも言われているし、現実に核開発を進めると言っている。ロシアの核も日本に向けられた物が多数ある。

 彼らの対日対米外交はその核を背景に行われている。ソ連解体後弱体化したロシアは豊富な資源を有力手段とし、急速に中央集権化を進め軍事大国化をめざしている。その一方、古くなった核兵器の処理費用を日本に出させたりしている。

 中国は公表された数字でも毎年二桁の軍事費増額を計上し、急速に軍備の近代化を進め、今では米ロ以外のただ一国ICBMを持ち、世界中のどこでも攻撃しうるし、核を積んだ原潜も持っている。すなわち、事実上アメリカと通常兵器はともかく、核戦力では互角の存在になっている。

 また、中国は太平洋を二分してアメリカと共同支配しようとアメリカに持ちかけているが、それは本気で日本なども支配下に納めるということだ。

 
北朝鮮については言うまでもない。

 例の韓国も国是として反日を掲げ、現実に核開発をしていた事実がある。教育のせいもあり、韓国の憎悪は日本に向けられている。もっとも、韓国は世界中からも嫌われているが。

 このような状態で、日本に対し何をしても日本は逆らわないとのメッセージがすでに発信され続けている。

 日本のような島国では、核武装は核攻撃の対象になりうる危険が増大するだけで、報復能力としての核武装は無益だとの論があるが、現実に核の先制攻撃を公言している北や中国に対し、非核が安全を保証すると考えるのは認識不足だ。

 日本が核を持って有効な抑止力になりうるかの論もあるが、おそらく全面核戦争になった場合、日本が生き残る可能性は限りなく低い。だが、そうなる前に相手国をも地球上から抹殺するだけの核はもてる。

 有効な戦略爆撃機は今のところ開発保持が非常に困難である。ICBMは全ての技術をすでに日本は有しており、特に問題はないが、それを先制攻撃でつぶされては意味がないので、海面下数千メートルからの発射などが考えられるし、さらに、日本が壊滅しても報復するのであれば、巨大な核を日本で爆発させる方法もある。これであれば、大型核を運搬する必要もないし、核攻撃の直撃を受けても同等の効果を上げられるので、(むろん、それだけの工夫はいる)サイズに制限はない。

 大量のコバルトやカルシウム、セシウムなどで数十メガトン規模の核爆発装置を包み、それを日本で爆発させることで、むろん日本は真っ先に消滅するが、数年以内に放射能汚染で地表にいる生物は地球上から消滅する。そして、地下に潜った人類も数十年は地上に戻ることが出来ない。

 おそらく地球の生物は原生動物あたりのレベルからやり直すことになる。むろん、これはフィクションであるが、核の報復とは自分が生き残ることを考えていては成り立たない。だからそこ、抑止力になりうる。

 限定核なら、特に持つ必要はない。精密に誘導できるミサイルやロボット兵器に優れていればそれだけで優位に立てる。日本の軍事力の恐れられている点はまさにここにある。

 だからこそ、中国はそれを無効にする大量破壊兵器で武装している。このような相手に対しては、同じ手段、しかも自らが消滅しても報復する手段を保たなくてはならない。

 ついでに・・

 中国は航空母艦を建造すると言っている。過去に航空母艦を実際に運用できたのは日本とアメリカだけであり、それは戦争が陸戦や海上戦から航空戦に移った時期とも重なって、現代まで非常に有効な手段であった。

 しかし、日本はあわてて空母を持つ必要はない。無人ステルス戦闘機、ミサイル、情報収集衛星に力を注げばよい。そもそも、空母艦隊を作り、維持するためには膨大な金がかかり、空母艦隊を持つことで他の兵器体系が圧迫される。その意味で、戦闘機は攻撃よりも防御が主となる。空母は要らない。それも訓練に膨大なコストを有し、損傷することがすなわち兵力の低下につながるパイロットを必要としない無人戦闘機、ミサイル型戦闘機(自由に進路を変え、自ら防御する能力を持ち目的地に到達する)が開発されれば一番効率的であり、日本には心神が開発途上にある。

 
今後の戦争は、情報収集、相手国のインフラのピンポイント破壊が出来ればそれで事足りる。将来は航空戦ではなくミサイル戦の時代になる。今後の戦争は非戦闘員の殺傷、施設の破壊を最小限にし、インフラの寸断、軍事拠点をピンポイントで破壊する方向へ行く。

 中国の三峡ダムを破壊すれば流域の大都市が壊滅し、数億の人間が死ぬ。輸送路や送水路、電力網を破壊すれば広大な中国の都市はそれぞれ孤立し、密集した人口を養うことが出来ないので、人口の大半が餓死する。

 日本の場合国土が狭いので、都市が孤立することはない。また急峻な山々があり、平野に存在する中国の大都市よりも攻撃に強い。

 従って通常兵器での戦争では、日本の方が勝ち残る確率が結構高い。今時兵員数はあまり意味がない。
 
 しかし、全ての前提は戦争をしないための外交力であり、戦争になってしまったら最大の失敗だ。戦争をしないための外交力の背景が強力な軍事力であり、核武装である。理想は結構だが、世界は現実で動いている。世界で非核が叫ばれながら核が拡散し、核を背景に発言力を強めている国が方々にあることを、何かの間違いだと無視してはならない。

 

テーマ : 軍事・平和 - ジャンル : 政治・経済

捕鯨問題

まず、下記の記事を読んでいただきたい。

----------------------------------------------

http://news.jams.tv/jlog/view/id-6417

豪政府、日本に捕鯨訴訟を再度警告

2009年12月24日 12時 37分

【キャンベラ24日AAP】   連邦政府は日本政府に対し、「捕鯨をこのまま続けるのであれば国際裁判に訴訟を起こす」ことを再度、警告した。また、 監視船も必要に応じ出港させるともした。

日本は現在、調査目的として南極海で捕鯨活動を行っており、今年はミンククジラ935頭、ナガスクジラ20頭、ザトウクジラ50頭の捕獲を目標にしている。ギャレット連邦環境相は24日、ラジオで「日本の捕鯨活動は我々にとって問題だ」とするとともに、国際裁判への訴訟の可能性を改めて明言した。

南極海では現在、環境保護団体「シーシェパード」の船が日本の監視船に妨害され、捕鯨母船の位置を把握できずにいるが、同団体は、母船の位置を確認できるのは1月初旬ごろとし、「母船を発見する自信はある。今年も日本の捕獲目標数を大幅に削減したい」とした。

----------------------------------------------

結論から言えば、豪政府は遠慮なく日本の捕鯨が違法であると国際司法裁判所に訴えればよいだろうし、日本は受けて立てばよい。今の豪首相ラッド氏は反捕鯨を公約の一つとして、反捕鯨団体の票を得て当選した人間だ。彼の公約にはそれ以外にも不可解な者がたくさんあるが、それはさておき、自分の公約を果たすためにとしかおもえない、今回の処置のようだ。本当に裁判で勝てると思っているのかどうかは分からないが、別に警告も要らない、最初から反捕鯨は謳っていたのだから、さっさと提訴すれば良かったのではないか。

捕鯨問題については議論があってしかるべきだろう。日本内にも捕鯨反対を訴える人間は沢山居るし、私個人としても別にこだわる必要はないと思っている。しかし、日本に捕鯨文化があることは事実であり、それを守りたいという意見が多いのも事実であって、日本が捕鯨を続けるかどうかは、海外の反応もむろん視野に入れながら日本国内でコンセンサスを形作るべきものであろう。別に海外の反対で取りやめることがあってはならないし、また現実に海外にも捕鯨国は存在する。

従って、国際捕鯨委員会で毎年協議を重ね、参加国の同意(多数決の結果)厳密に捕獲数量を決めた上で日本は捕鯨をしている。したがって、もし国際裁判の場で日本が敗訴することがあれば、国際捕鯨委員会の決定が国際法違反と言うことになる。

オーストラリアや米国などの反捕鯨団体の主張にはたぶんに根拠のない感情論が基になっている。曰く、鯨は頭がよい動物だ、鯨を食べなくても牛や豚を食べればよい云々。鯨の頭がよいか悪いかは基準がないので単に推定でしかない。また牛や豚が人間に飼われているから頭が悪いと決めつける根拠にもならない。もともと、彼らが鯨にこのような感情を持つのは、キリスト教と関係がある。聖書のヨナ書に、ヨナが鯨に救われた話が出てきて、キリスト教徒なら誰でも知っている。彼らにはヨナを救った鯨との刷り込みがある。同じように、イエスが呪いをかけて崖から落とした豚は堕落した生き物との刷り込みもある。もちろん、ラッド首相もオーストラリア人もそれを理由にはしないが、刷り込みだから問答無用と言うことだ。

彼らにとって牛や豚は単なる食物なのだろうが、身近で見ていれば牛豚もそれなりに頭の良い動物であり感情も持っていることは分かるが、オーストラリア人からはそれは観察の対象にならないだけのことだ。

もともと、彼らが豪州大陸に移住してきたとき先住民を人間扱いせず、タスマニア人などは狩りの対象としてゲームをした結果、絶滅させてしまった。また白人の土地に現地人が立ち入ったときは無条件で殺戮することも法的に認められていた。

彼らの判断基準で、彼らがハンティングし肉を輸出しているカンガルーは鯨とは無関係、畑を荒らすという理由で狩られ絶滅寸前まで激減しているディンゴも鯨とは無関係という感覚で日本を野蛮国呼ばわりするオーストラリアやラッド氏がまともなのだろうか。

もともと、オーストラリアは30年ほど前まで、かつての南アフリカ並みの人種差別国家であり白豪主義は未だに根強く残っている。統計的には豪州人の十人に一人は人種差別意識を強く持っていることが調査の結果判明している。

人種差別と言えば、ノルウェイなども捕鯨国だが、彼らが日本のみを対象とするのはなぜなのか。

また、シーシェパードの妨害は、捕鯨船の推進器を破壊したり、毒物を捕鯨船の乗組員にぶつけたり、体当たりをしたりとかなり暴力的であり、まさに自分の主張と相反する相手に暴力をふるうテロリストそのものだ。

しかし、オーストラリアでは彼らは英雄視され、メディアも日本非難一色だ。このような状況では、豪政府も単に暴力行為は認めないとの声明を形ばかり出すだけであり現実には彼らに母港を与え保護している。

もともと、環境保護運動は大切であり、それに対する賛同はするが、彼らの大半はNGOであり、強力な資金源が要る。そのためのパフォーマンスが、グリンピースやシーシェパードのような過激団体を生む。彼らは単なるパフォーマンスで金を集めるだけの存在に成り下がり、本来の環境保護とは全くの別物になっている。豪政府は、その彼らの再度に立ち、国際捕鯨委員会で承認された行動を採っている日本を提訴するというのだ。

民主政権がどのような対応をするかは分からないが、ここで折れるようであればここでも一つ外国の圧力に屈するという前例を作ることになる。対米べったりと批判する資格はないだろう。さいわい、かつて岡田外相は、ラッド首相に対し、日本文化を理解しろと申し入れたと聞き及ぶ。その姿勢を貫くことを切望する。

テーマ : 捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル : 政治・経済