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あの戦争を考える 10


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ところで、少し話を変えて、戦後の日米関係が日本を戦争の危機から遠ざけているから、経験は必要が無いとの護憲派の主張の一つに、米国は日本という国をあの戦争を通じて理解した、守ることが米国の利益になると判断したからだ、と言うのがある。むろん、それもある面事実だろう。日本がソ連に取り込まれ日本が当時世界を二分していた一方のソ連の対米橋頭堡になるのは避けたいというのは本当だろう。それはあくまで日本の地理的な理由であり、彼らが心底日本、日本人を理解したからではない。米国が日本を理解しなければならない理由があるとは、彼らは考えない。米国に付き従っている限り、日本を支援する方が敵対、あるいは絶対支配するよりはやりやすいということだ。

よく知られた戦後の写真に、昭和天皇が戦後初めて進駐軍司令官、ダグラス・マッカーサーの元を訪れた時の写真だ。マッカーサーは通常の米軍指揮官の服装であり、礼服ではない。両手を腰に当て、コーンパイプを口にくわえたまま足を開いて突っ立っている。その脇に、遥かに背の低い昭和天皇が、礼服で直立不動でならんでいる写真だ。

この写真は、日本政府が公表しないようにと進駐軍に頼んだが、進駐軍は全国の新聞にこの写真を掲載するように命じた。

ところで、このときの会見は秘密だったはずだが、内容が漏れている。誰の仕業かは分からないが、とにかくこのときの会見で、天皇陛下が「自分がこの戦争の全ての責任を負っている。自分はどの様な処分を受けても処刑されても甘んじてそれを受け入れるが、国民には責任がない、国民は今飢えに苦しんでいるのでありなにとぞ閣下のお力により日本国民を助けていただきたい」とマッカーサーに言い、マッカーサーは後に彼の自伝で「その時自分は衝撃を受けた。これほど高貴な人物を今まで見たことが無かった」と語り、それから彼の日本統治に対する考えが変わって、本国の、日本人の7割を餓死させろと言う指令を覆し、食料援助などに力を注いだ、という話が日本では大受けしている。

マッカーサーがこのとき本当にそのような心境になり、昭和天皇に心底の尊敬の念を抱いたかどうかはわからない。米国本国の指令に日本を徹底的に支配しろという司令はあったろうし、それは東京裁判やその後の思想コントロール、憲法制定などにも十分にうかがえる。果たしてマッカーサーがそこまで変えさせることが出来たかどうかは分からないが、ただ全権を任された総司令官が戦後の米国の対日方針にほとんど影響を与えることが出来なかったのかどうかは疑問が残る。

さて、上記の会見について、米国側などではマッカーサーの心境の変化などにはほとんど触れていないようだ。私が見た限りだが、日本で伝えられているような会見の模様が海外では別に伝えられているようには思えない。

例えば英文記事で MacArther Emeror Hirohito first meet 等などの単語を個別に、あるいは組み合わせて検索してみると色々な記事が出てくる。いくつか見ただけだが、概ね私の抱いた感想はそれらから得ている。

彼の自叙伝としてはDouglas MacArthur His Famous Autobiography Reminiscences があるが、私は読んでいないので、会見について彼がどの様に書いているのかは知らない。

確かに戦後米国人の意識も変わりはしたろうし、対日観もかなり良くなっているのは事実だ。が、それは日本が米国に寄り添っているからで有り、今のところそうする方が日本にとって有利なのと、確かにアジアの後進性、ヨーロッパの差別社会、豪州の明確な人種差別意識、そして話にならない中国ロシアなどに比べれば戦後から日本の選択肢は米国と絆を築くことしか無かった。

価値観は天地ほども違うが、妥協は出来たということだ。それは今でも変わらない。そして今米国は明らかに劣化しつつある。科学技術などはめざましく進歩しているが人権意識の低さ、社会格差、不平等、差別、無教養などなど所詮西欧国家であり、それに様々な他文化が未消化のまま入り組んでいる。日本が最初から米国を理想としていたわけではないが、受け入れる物は受け入れる姿勢はあったと思う。が、近年それに対し疑いを持つ日本人が増えてきたような気がする。大衆文化は確かに良いだろうが、精神文化と呼べる物が彼の国にあるのかという思いだ。

つまりは、日米が離反する、敵対では無い、離反する傾向が更に大きくなる懸念を私は持っている。

といって、まさか中国と精神的に接近するわけにはいかない。となると、日本の選択肢は自ずと限られてくるのではないか。


ー 続く





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あの戦争を考える 9


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確かに表面的には人種差別意識は無くなったかに見える。があくまでそれは理性と学識を持った格差社会である欧米の一部の人間達だけのことと考えて置いた方が良い。むろん、それ以外の人間達がむき出しの人種差別意識を持っているかと言えば、無論違う。が、既に精神の奥底にしみこんでしまっている差別意識は、ふとした時、表に出てくる。

前にも書いたが、アンジェリーナ・ジョリーの「アンブロークン」という映画で、極悪非道の日本軍人を描き、ずいぶん彼女は叩かれた。無論、自分では日本人に対する差別意識などあるなどとは考えていなく、ごく普通にあの悪逆非道な日本人を描いただけのことだ。念のために書いておくが、彼女自身は常日頃人種差別に対して批判的で被差別者達のために活動をしている。その彼女が意図的な日本人差別をするはずが無い。心底の差別意識に自分で気がついていなかったのだ。

映画「猿の惑星」や「戦場にかける橋」などなど無数にあると言われているが、それらが全て差別によると憤慨しても仕方があるまい。ただ、西欧人を差別した映画というのは存在したことがないとは思う。アジアの映画などに出てくる西欧人俳優も大抵は英雄や正義の実践者として描かれているのではないか。この違いは、掘り下げてみると納得できる。つまり、無意識レベルの人種差別は決して無くなっていないし、今後も無くならないだろうということだ。

差別意識とはいわば本能のような物で、無論日本人にもある。人間だけではなく、猿や鹿などでもそうだし、そもそも蟻や蜂など集団生活をする虫も、他の群れの同じ蟻や蜂を攻撃する。結局同種同士でまとまった方が協力になれるし、餌や縄張りでも同じ群れで他の群れに対抗する方がよりよく採れると言うことだろう。むろん、餌や縄張りが無限にあるならそれぞれの取り分が減ることは無いが、それらが限られているなら、ある群れが独り占めにした方が全体で分け合うよりも結局は優れた能力を維持できる。人間はそのようにして群れ同士が争ってきたし、国家という集団を作ればその単位で争ってきた。そうしなければ食料も必要な資源も得られなかったからだ。

同じ種類で群れ、他の群れと争うのは生物の本能だ。人間がいかに理性を高めようとその本当が無くなるわけではない。あくまで理性、つまりは損得勘定で意識していないだけだ。つまり、現代は争わなくともとりあえず得られるし、多く持つ国が少なくしか持てない国に幾分か分けることで争いによる損失よりも少ない損失で済むからそうしているまでだ。

差別は悪い、というのは元々は問題にならなかった。差別により多くが得られるなら差別意識をとがめる理由など無いからであり、まさにかつての西欧はそうだったし、世界中がそうだった。

差別される側も、更に自分たちの中で差別している。中国人の周辺への差別意識は中華思想という形で未だに続いているし、朝鮮などの東南アジアに対する差別はひどい物だ。ベトナムやタイから女性を金で買って性奴隷にしているなど未だに頻繁にある。

自分たちがこびへつらう西欧人の反対意識を他のアジアアフリカ人に対して露骨に示しているだけのことだ。

なお、日本は他国と違い長年日本人だけで国家を作り、独特の価値観を共有する集団として存在していたから、差別意識が有るにしろそれが表面化することは他国ほどは無かったようだ。近年朝鮮人や中国人に対する差別意識がもし出てきたのだとしたらそれは中朝に対する嫌悪感がそうさせているのだろう。が、中韓人としてもあくまで個人で判断すべきであり、差別意識で判断するのであればそれはまずいと思う。

今、世界はそれなりに豊かになったし差別の必要が無いから差別が表面化することは無くなり、だから戦争もその意味でも減少したとは言えるのだろう。が、その世界経済がかなり怪しくなってきている。西欧はつい最近まで中国がどうせ自分たちを越える筈が無いと思ったかどうかは知らないが、自分たちの経済の衰退を、人権意識も無視してにじり寄りAIIBに参加したり中国市場を目指して大量進出した。米国もかつて中国の人権問題など意に介さなかったキッシンジャーの主導で米中国交が結ばれた。中国が経済発展すれば膨大な市場になると言う理由だ。日本も慌てて追随した。

今米国が表向き中国の人権問題を非難し、経済制裁を加えているが、中国の人権無視を助長させ世界の新たな脅威を育てたのは米国だ。そして、本来白人国家である米国にかつての中国人が隷属したように、中国の経済が向上しようがかつての関係は崩れないと思っていたのだとしたら(あくまで私の邪推でしかないが)やはり米国というのは負けた経験が無いために現在の状況を予想も出来なかったし念頭にも無かったろう。そこを中国に操られかつては対日戦に踏み込んだのも中国に乗せられたからと言うのが大きな理由、そして米国の明確な人種差別意識の故だ。中国は白人国家に逆らうはずが無いが、日本は生意気に自分たちの言うことを聞かない、と言うわけだ。これはかつてそうだったという話で、今の米国人をそれで責める意味も理由も無い。

が、上記のことが今後繰り返されないとの保証など全くない。彼らは米国人なのだ。人間の、いや生物の本能が常に理性で抑えられるはずが無いのだ。現に今の米国の状況を見ると最悪の状況に突き進む他の選択肢はないかのようだ。米国の基本的な知的レベルが空恐ろしいほど低いのは実際に米国に行ってみればよく分かる。なお、西欧でも似たような物だが、それが今表面化してきている。

ー 続く






あの戦争を考える 8

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あの戦争が間違っていたのか正しい判断の結果だったのかは無論分からない。歴史は一つしか無いのだし、そのほかの可能性はあくまで可能性でしかない、事実ではないのだ。が、それでも敢えて考えてみれば、人間とはどの様な物か、世界はどの様に形作られてきたのかなどをあの戦争が無かった場合に当てはめて想像することは出来るだろう。そしてその想像の結論が、先に書いた、非欧米国家、人種は未だに欧米国家に隷属し人権意識もそれに即した物でしかなかったろう。私にはその結論しか出せない。日本も、あるいは二級人類国家としてはそれなりに豊かになれたかも知れないし、それなりに欧米に逆らわない限り自由を与えられていたかも知れない。かつて、ギリシャローマ時代の奴隷でも、かなり豊かな生活をしていた奴隷は居たし奴隷だからと言って常に過酷な労働を強いられていたわけではない。古代ローマでは医師や官吏、教師などは奴隷の仕事だったし、家庭を持ったり財産を持ったりすることも許されていた。ただし、病気や高齢化で使えなくなった奴隷は捨てられていたとは言う。

結局、仮にWW2で日本が戦わなかったら、今の世界は欧米人と奴隷の世界になっていたかも知れないとは思う。ただし、古代ローマから奴隷の反乱は常に有り、結局それが奴隷解放につながりもしたのだから、もしかしたら遠い未来、被欧米人が奴隷から解放される日は来るのかも知れないが、しかし仮にその時が来たとしても到底欧米とならぶ様な立場になれるとは思わない。その頃には、到底同じ人類とも言えないほど劣化している可能性がある。それは隣の朝鮮や中国、そして一部の途上国を観ればよく分かる。彼らにもチャンスはあったはずだし、古代の奴隷よりはましだったはずだが、そのチャンスを自ら活かし向上する能力自体が大昔に失われてしまっているからだ。

戦争は悪だ。言うまでも無い。が、戦争に負けることは善悪という次元のことではない。自分たちが戦争を望まなくとも戦争を仕掛けられたら負けることは絶対にあってはならない。その前に戦争を仕掛けさせない様に出来る能力を持っていなければならない。今米国に戦争を仕掛ける国は無い。中国ロシアに仕掛ける国も無いだろう。その米国でさえ、中ロはもとより北朝鮮にも戦争を仕掛けない。理由は言うまでもなく、結局北朝鮮は戦争を仕掛けさせない能力を持っているということだ。北朝鮮の態勢をいくら批判しようが憎もうが、現実には戦争を仕掛けさせない事実を認めなければ、日本がどうなのかも理解出来るはずが無い。

しかし、言うまでも無いがまた戦争をすれば日本と同じように自分たちも発展できる、先進国を見返すことが出来ると考える国は無いだろうか。それは誰にも分からないだろうが、普通に考えればそんな国は無いだろうし、戦争で地位を向上させるなどのチャンスは無い。あの戦争の頃は、最強の国でも日本を相手に手こずったし、英仏は米国の支援が無ければドイツに蹂躙されていたろう。現実にフランスは負けて占領されているし、英国も時間の問題と言われていた。

が、今は米国は愚か、中ロやおそらく英仏とまともに戦争の出来る国など無い。まず勝てる可能性はゼロだし、万が一休戦に持ち込んでも失う物が大きすぎる。したがって、非欧米国家、人種が今の地位を得る可能性はあの最後の世界大戦が最後のチャンスだった。そのチャンスに挑んだのが日本だったというわけだ。日本にその意思があったかどうかは分からないが、ただあのままでは先行き必ず欧米に隷属を強いられるとの危機感はあったろう。

ただし、今あのような世界規模の戦争が起きる可能性は極めて低いが、途上国同士の限定戦争の可能性は常にある。さらに、相対的に米国の力が弱くなっている事実も見逃すわけには行かないだろう。確かに今も米国は圧倒的な資力、軍事力、科学技術力を持っている。が、内情は極めて脆弱であり、近年それがますます表面化してきている。すなわち、格差問題であり今の米国の格差はとうの昔に限界を超えている。一握りの富裕層が世界の富の半分を所有しているが、米国の貧困層は日本人には想像出来ないほどにひどい。まずホームレスの数が急速に増えているし、社会保障制度もろくに無い。医療は現実には破綻している。確かに医療技術は世界でも突出しているが、その恩恵を大半の米国人は受けられない。国家による医療保険制度が無く、また訴訟社会であることから医師が訴えられる事が多いために、それをカバーするためにも医療費は天井知らずに上がっている。盲腸の手術で日本なら保険適用で8-10万円、後期高齢者ならそ3万程度。米国では凡そ600万円。これは極端かも知れないが、民間の医療保険に入っていなければこのくらいかかるそうだ。

糖尿病の治療に必要なインシュリンの価格が暴騰し、死ぬ人間が激増しているとの報道もあった。

中国なども似たような物だが、言い換えれば米国はある面中国と同じなのだ。貧富の差が極端に拡大し、社会保障がなく、まともな医療を受けられるのは富裕層だけということだ。その結果、今の米国には社会主義を目指せと主張する米国人が激増しているという。

つまり米国が居るから世界から戦争が減っていると言う状況がいつまで続くかは分からないのだ。確かに核が存在するという違いは第二次世界大戦の頃とは違う。が、核は使わなくとも通常兵器に限って戦争をすると言う発想は米国には常にあったし、政権に対する支持率が下がると、米国は戦争をどこかに仕掛けていた。今までの戦争を遡って調べてみると多かれ少なかれその傾向がある。今もトランプ政権がかなり批判を受け、またウクライナ疑惑などで支持率が危なくなってきたのに伴い、対イランの姿勢が厳しくなっている。

一方中国に対しては最近は手控えているようだ。むろん、中国を本気で追い詰めればどうなるかがはっきりしているからだが、その分途上国に対しては国内の不満をそらすために軍事行動を執る可能性は米国には常にある。



ー 続く





あの戦争を考える 7

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何度も書いているが、戦争は必ず自分たちが正しく相手が悪いと言うことになっていて例外は無い。第二次世界大戦も米国が正しく、日本が間違っていたと今でも米国人の多くは考えているし、日本ではその逆だが、ただ現在ではそれを持ち出してどうこう言う必要も無いから相手の結論に別に異論を挟む必要も無い。先進国とはそういう物だろうし、それは西欧でも同じことだ。

ただし、劣等国ではそうではそうでは無いことを私たちは中韓を見るにつけつくづく思う。朝鮮に至っては、日本と戦争をしたことなど秀吉時代以来無い。先の戦争では、日本軍として戦ったし、現実に多くの朝鮮人軍人が朝鮮名のまま靖国に祀られている。それでも今ではまるで日本と戦争をしたあげく朝鮮が負けて植民地支配をされたような歴史を創り上げている。

中国も似たような物だ。結局、強烈な劣等感がそうさせるのだろうがだからといって日本が遠慮する理由など無いのに、あの慰安婦実際は売春婦協定で日本が謝罪し金まで払ったのが現在では徴用工実際は応募工問題で、それにより朝鮮は墓穴を掘っている。

結局戦争でどちらが悪かったのかと今更言っても仕方が無いし、また互いに当事者世代はほとんどいなくなり現世代で責任のなすり合いをするのは意味も無いし単に物事を悪化させるだけだ。ただし、相手を責めるためでは無く、何が原因で戦争になったのかを掘り下げ記憶することは大切だ。それにより、将来同じ過ちを繰り返す危険性を減らせるからだ。

公式な結論は無論出せる物ではないだろうが、あくまで私の出している結論は、あの戦争は欧米の人種差別意識が理由だと思っている。国家間にはそれなりの摩擦はあるだろうが、双方がそれを解決する意志があればなんとかなる。が人種差別意識、宗教差別は解決の方法がない。かつて欧米はアジアアフリカ中南米などを一方的に侵略植民地化した。むろん、人種差別意識がそうさせていたのだが、当時の欧米にはおそらく人種差別意識すら無かったろう。非西欧人を人間と認めていなかったからだ。

日本が戦争に踏み切った直接の原因は、米国から突きつけられたハル・ノートにあるとされている。その内容についてはいくらでも資料があるので此処で詳細に書くこともしないが、結局は日本が得てきた全ての対外的権利を放棄しろと言うことだった。それで、自分たちも放棄するというならまだ話は別だったろうが、自分たちはそうしないということであり、詰まりは日本は無条件で自分たちに従えと言うことだ。その時代、アジアアフリカ中南米の大半が欧米に蹂躙され植民地化されていた時代、結局は日本がどうなるかは目に見えていた。

日本も本来そうなるべきだったのが、日本が予想外の力を身につけたから米国はそれを叩き潰し本来の非白人が白人国家に取るべき態度をとらせるとの意思表示だったわけだ。米国にとって別にそれが悪意だと思っていたわけではない。あくまで当然の申し渡しでしかなかった。日本がそれに反発するなど予想もしていなかったろうし、日本がそんな立場では無いとも思っていた。別にそう思っていたというよりそれ以外の概念を持っていなかったと言えるのではないか。

米国だけではない。当時既に日本人科学者の何人かは世界でも画期的な成果を上げていたが、ノーベル賞の対象にはならなかった。これと同じだろう。

当時と今は違うから、同じ理由で戦争になるわけがないというのは違う。

ー 続く






あの戦争を考える 6


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結局、戦争とはいずれの場合も理不尽なのだ。今世界から戦争が少なくなっている理由に、圧倒的な米国の軍事力があるのは間違いが無い。もし、米国が今の力を持っていなければ、中国やロシアがおとなしくしているはずはないのだ。ただし、それは米国の理想に同調しているからではなく、米国との軍事衝突が決して得にはならないからだ。

また核兵器所有国家同士の戦争も無い。むろん、双方に理性があれば核抜きで戦争をするかも知れないが、そもそも戦争で理性を保つなり無理な相談であり、想定もしていなかった事の次第によっては核が使用される可能性がある。核所有をしていなければ絶対に核は使われないが、核を持っていれば仮に当初それを使わないつもりでいてもその通りに進展するわけではない。先の戦争でも軍の暴走がかなりあったのは事実だろう。

結局核使用を絶対にしないと断言できるほど人間は冷静ではないし、冷静なら戦争をすることもない。結局核を持つことで戦争が抑止されている。

しかし、あの第二次世界大戦の頃は核が無かった。それでも米国は日本が歯向かうはずがないと高をくくっていたろうが、日本は歯向かった。結局あの戦争を終結させるためには核を使うしか無かったと米国は当時は考えたろうし、また日本に対してなら核を使うこともためらいは無かった。当時の日本は既に戦争遂行がほとんど無理になっていて、本土決戦が現実の物になっていた。国民は竹槍で戦う訓練をしていた。

その状況をみて、自分も戦勝国として日本から領土などをむしり取り、そして戦後発言権を得るためにソ連が日ソ不可侵条約を一方的に無視して日本に攻撃を仕掛けた。トルーマンは、ソ連牽制のために当時使う必要も無かった原子爆弾を使ったとされている。日本に勝つためではなくソ連を牽制するために使ったのだ。トルーマンは非西欧の日本に原爆を使うことに何のためらいも持っていなかったと言われている。

今の米国はそんな事は考えていないだろうが、ただヘイトクライムに走る無知な米国人にはそれはためらう事は無いと思われる。彼らはそれほどの屑だから。

結局、戦争とは理性が無くなるから起きる。自分の主張が正しい、相手の言うことは間違っている、いや聞く必要も無いというのが戦争の原因だ。その基本は今でも無論同じだ。人間が本質的に持っている意識であり、ただそれを押さえつける力が存在するから戦争が減っているだけのことだ。

もともと繰り返すが米国は極めて自分勝手な国だ。例えば、米国が主導して纏めたパリ協定、すなわち地球温暖化防止協定から米国は一方的に脱退を宣言し、そして来年11月に現実に米国は脱退する。トランプの選挙目当ての行動であり、また実際米国の政治には巨大化石燃料産業が大きな影響力を持っている。

TPPも米国は一方的に脱退し、貿易問題は個別に協議すべきだとトランプは主張し、実際にはその巨大な経済力を使って一方的に相手を痛めつけているだけだが、それがTPPでは出来ないから脱退したと言うだけのことだ。

この手の身勝手は米国には極めて多い。戦争で負けるはずがないと思っているから、他国の言い分を聞く必要が無い。米国の言い分を通しておけば世界は平和だという理屈だ。

その米国も核保有国には軍事的な行動は執らない。理由は分かりきっている。

第二次世界大戦はその戦争抑止力がまだどこにもなかった。だから戦争になった。

あの戦争により、日本の在り方に自らを鼓舞した植民地は次々に独立した。あの戦争が無かったら、あるいは日本が戦わなかったら植民地は今でもあったろうし、そうすれば中国の台頭などあり得なかったし、欧米は更に強大になっていたろう。今の現実に存在する世界とは全く別の世界になっていたはずだ。

日本の戦争が絶対に正しかったというのは意味が無い。ただ、あのとき戦争に踏み切らなかったら今の日本も世界も無かったというのは間違いないだろう。

仮にだが、当時の日本に米国に匹敵するだけの軍事力があったとしたら、むろん、米国が日本を開戦に追い込むようなことはしなかったはずだ。これもわかり切ったことだ。

実際には日本にはその力は無かったし、日本はありとあらゆる方法で和平を探っていた。ソ連にさえもその仲介を依頼していたくらいだ。その依頼を受けてソ連は追い詰め裸多日本の状況を理解し、裏切るための準備をしていたとも言える。日本の失敗の一つは、満州国経営の折、国境を接したソ連の実態、本質を理解してなかったことが、不可侵条約が何の役にも立たないどころか日本を追い詰めた原因の一つになった事も理解できていたかも知れない。裏切り者を信じるとはこういうことであり、いくら戦うためと言いながらヒトラーやムッソリーニと組んだことも日本の当時の判断がいかに稚拙だったかを示している。

ー 続く





あの戦争を考える 5

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また、日本にしてもその精神性はいつまでも恨まず、済んだことは水に流して、努力をし以前以上の状態にする。これは最近の自然災害からの復帰でも分かるが、元々の日本人の特徴であり、だからこそ戦争で負けはしたものの戦ったことについての反省はほとんど聞かれない。いわば最善を尽くした結果であり、負けた相手国を恨む事もしない。戦争が終わった以上、そこからの復興が最優先されるべき事と考え、実際に世界が驚くほどの速さで復興した。むろん、そこには米国の協力支援もあった。が、仮に日本が米国に対し恨みを募らせ不平不満を並べていたら決してこうはならなかったろう。、また米国にしても、別に自分たちの行為を反省したから日本を支援したのではない。日本が協力的であることを見て、自らの側に入れた方が得だと理解したのだろうし、また日本が裏切らないことも理解したし、米国が勝ったとは言え、あれほど巨大な国力の差がありながら、日本が米国や西欧の主立った国々を戦争を敢行したその精神性は確かに認めたろう。それまで、中国や朝鮮他のアジア諸国の状態を見て、日本は全く別だし、また信頼できるとも理解したから、今の日米関係があると私は思っている。

ただし、米国が信頼できるかは別の話で、これについては後述する。つまり米国と近づいていることで日本の安全も繁栄も得られているが、米国をそれで信頼できるかといえば、必ずしもそうではないと言うことだ。

ところで、アジアやアフリカ、南米などそれまで西欧に蹂躙されるまま、そして諦め西欧に服従するしかないと思っていた地域が、奮い立ったのは言うまでも無い。戦後、再度これらの地域を支配しようと戻ってきた西欧と自ら戦い、これらの地域は次々と独立した。また多くの日本人が現地に残り欧米との戦闘に加わり指揮をしたのは様々な実例がある。結果として、これら独立した国々の対日観はおしなべて良い。これらの地域には親日国が大半を占めると言って良い。

もし、あの大戦が無く、日本が戦う事が無かったら、アジア諸国が自ら独立戦争に立ち上がることはまず無かったろう。西欧人にはどうしても勝てないとの思い込みが、機会も無く克服されるなどあり得ないからだ。そしてあの第二次大戦が、アジアアフリカが主権を得る最後のチャンスだったと言うことだ。

ただし、アジアでも中韓の反日は、国家を纏めるための手段だったし、そもそも自分たちもへりくだっていた欧米と日本が戦い、アジアの多の国々がそれに勇気づけられ独立をしたからだ。中華思想では、何度も書いているように中国は自らが中心の花で、朝鮮はその第一の臣下であり、日本を始めアジアも西欧も蛮族だったはずだ。その蛮族に一方的に虐げられ支配され手も足も出なかったのが、東夷として見下していた日本が西欧諸国と肩を並べる地位にある事がどうしても認められなかったからだ。それは基本的に今も変わらない。中国は今は米国との軋轢で経済的にも厳しくなったから日本ににじり寄っている。つまり都合で反日政策を引っ込めることが出来るが、白痴の朝鮮ではそれも無理と言うことだ。

その日本だが、一部の西欧人には日本が他のアジアアフリカとは違うことは既に知られていた。よく知られている例では、幕末にアジアを旅行した英国のイザベラ・バードの旅行記がある。これはよく引き合いに出されるが、中国や朝鮮を旅してきた後で日本に来た彼女は、日本が他のアジアとは全く別で、道徳的にも西欧を凌ぐと賞賛している。ただ、彼女はそれでも日本人に対する人種差別は隠そうともしていないし、日本人の道徳などは認めても、人種としては極めて劣るようなことを書いている。

またそれ以前に多くの宣教師達が日本で布教し、そして本国に色々書き送っているが、やはり日本人の道徳、精神性の高さ、知性の高さに驚嘆して書いている記録が残っている。が、彼らもまた、キリスト教徒では無い野蛮人だが、ある面では我々よりも優れていることは認めざるを得ないというような書き方だ。

無論キリスト教は決して公平を旨としていないのはわかり切ったことで、これも引き合いに出すが、モンテスキューが著書「法と精神」の中で、黒人に魂があるとすれば我々はキリスト教徒では無いと言うことになる、と書いている。モンテスキューの時代、アジアのことが余り知られていなかったから彼はアジア人を引き合いに出していないが、同じことだろう。彼一人の思想ではなく、キリスト教徒、ひいては当時の西欧人の認識と言うことだ。それは今も、表面上は無くなったかに見えるが未だに根強く西欧人の精神の奥に存在すると考えて置いた方が良い。良識ある西欧人はそれを表に出さないだけのことだ。

それを踏まえて色々ネットなどを見ると、オーストラリアではアジア人に対する犯罪は頻発しているし、米国もそうだし、そして西欧では一般的だ。彼らの国々に基からある格差の底辺による犯罪が主だが、最近では増える傾向にある。特に米国などでは増えている。

一方アジアでも、韓国人が東南アジアから女性を買って性奴隷にするなどは日常的にあるし、彼らには東南アジア人に対する根深い差別意識がある。

人種差別では無いが、宗教対立からそのような犯罪が頻繁に起きてもいる。一般的にそれらを総合してヘイトクライムと言うが、多くの戦争はヘイトクライムの拡大版である事が多い。

ー 続く




あの戦争を考える 4

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開国して間もないアジアの片隅の島国日本が、続けざまに大国清を破りさらに世界最大の軍事国家ロシアを破ったことはアジアにとってもヨーロッパにとってもそれぞれ反対の意味で大きな衝撃を与えたことは言うまでも無い。

日本は非西欧国家として唯一世界五大強国として国際連盟の一員となり、それなりに大きな影響力を持ってはいたが、根強い人種差別はむしろ警戒感と共に強まったと言えるだろう。黄禍論、イェローペリルとは、最初にドイツで日清戦争の調停に加わった当時のヴィルヘルム2世が言い出した物とされる。それまでヨーロッパは度々モンゴルによる侵略に苦しんでおり、黄色人種の脅威を真剣に考えなければならないと改めて提唱したわけだ。それに追い打ちをかけたのが日露戦争の結果だった。

したがって、非西欧の日本が世界の五大強国の一員として存在すること自体が欧米にとっては不安不満だったと言うことだ。実際に人種差別撤回を国際連盟で訴えた日本に対し、最終的に米国の反対で否決されている。

西欧に遅れていた米国は新たに世界で、特にアジアで新しい領土を獲得するつもりでいた時、日本という存在が邪魔だったと言うことで、前後して日本移民に対する厳しい差別法案を作ったりしている。ヨーロッパも似たような物だし、ドイツ、イタリアなどはその最先端で日本差別をしていたのは、ムッソリーニなどの差別意識などでも有名だ。

そのドイツとイタリア連合に日本が加わったのは戦略的な意味があったからだろうが、いずれ仮に日独伊が勝っていてもドイツイタリアに裏切られていたはずだ。

いよいよ第二次大戦が始まり、米国は日本を資源封鎖などで締め付けた。当時日米は戦争状態では無かったが、日本に負け続けていた中華民国の工作も有り結局日本が嫌でも立ち上がらなければならない状況にアメリカが追い込んだわけだ。

これは想像でしか無いが、米国としては日本が自分に逆らうなどあり得ないと信じていたのではないか。日本は当時中国戦線でかなり疲弊していたはずだし、そして経済規模も日米の開きは40倍ほどあった。かつてはロシアに勝ったかも知れないが、米国にまさか逆らうなどあり得ない、日本は嫌でも自らや極東を米国に差し出すだろう。そうすれば、欧州との話し合いでアジアを好きに分割所有できる位には思っていただろう。なにしろ、米国はかつて侵略により国土を広げてきた国だ。

しかし、思惑とは違い、日本は対米戦に踏み切った。当初の戦線で有利になれば、日本は米国とそれなりの立場で再交渉が出来るはずだと思っていたし、その為にはソ連とも不戦条約を結んでいる。ということで、戦争をしながら一方対米和平工作もしていた。が思惑通りにはならなかった。米国の基本に、あくまで人種差別意識があったし、それはかつて戦争で負けたソ連の裏切りもあった。つまり、日本は欧米ソ連の底なしの悪意偏見まで理解していなかったと言うことだ。

負けはしたが、それでも1:40の国力差がありながら4年近くも日本は欧米と戦い、原爆投下によって降伏した。この事実は、米国の意識を変えた可能性はある。日本を滅亡させるよりはソ連に対する盾として使い、その優秀性を米国のために利用した方が、日本の今後永久に続くであろう反米意識と向き合うよりは良いのではないかとの考え方だ。

それは実際に朝鮮戦争で米国が中ソと戦うようになり、日本を盾とする方が日本に敵意を持たせ続けるよりも有利だとの判断につながったと思える。

ー 続く






あの戦争を考える 3


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ポール・ケネディの代表的な著書に「大国の興亡」がある。1500年から2000年に至る世界の大国の推移を書いたものだが、結局世界は大国の覇権争いとその地位の交代によって歴史が創られてきたということだ。かつてはスペインポルトガル、そして英国フランス、更に米国と最大の力を持った地域国家が入れ替わり、今は中国日本が台頭してきていると言う大雑把な内容だが、それを読んだ感想としては結果を書いているものの何故世界がそのように覇権国の地位が入れ替わってきたのかが書かれていない様な気がする。

なぜ世界の覇権国家は入れ替わってきたのか。少なくとも日本が戦わなければ、今の世界は未だに西欧支配であり、中国を含むアジアアフリカは未だに彼らに隷属していたろう。世界の歴史が始まった頃、世界は小さかった。それぞれの地域に文明の中心がありそれぞれは確かに交流はあったが大規模な接触も無く、結果として互いの覇権争いも無かった。領土を取り合うだけの大規模な戦争をする能力がまだ無かったという理由だ。

世界の文明の発祥地としてあげられる4大文明、即ちエジプト、メソポタミア、インディア、中華(但し近年ではこの概念は用いられていない)だが、その当時ヨーロッパは単なる蛮族の生息地であり、世界の片隅だった。ヨーロッパが台頭し始めたのは、アレキサンダー大王のメソポタミア征服以後、ギリシャローマ時代からだろうから、現実には有史時代の大半をヨーロッパが世界最大の覇権を持っていたことになる。

なぜ後発地域のヨーロッパにそれが出来たのか。

ヨーロッパは気候的にも食料が乏しく、土地も狭く結局はそれを巡って相互に争いが絶えなかった。つまり戦争に明け暮れていたのだが、戦争は科学技術を発展させる。これは厳然たる事実であり、現代でも原則的に通用する。ただし、現代の日本はほとんど唯一の例外と言って良いが、それはさておき、互いに狭い地域で戦争に明け暮れれば嫌でも科学技術が発展し、ごく短期間の内にヨーロッパ地域は世界最先端の科学技術を持つに至った。当然ながら、軍事力も飛躍的に増大し、結果としてアジアアフリカ中南米、豪州を侵し、全てを強奪し更に豊かになった。むろんキリスト教がそれに大きな力を与えていたのは言うまでも無い。

その過程で、侵略された地域ではそれなりに抵抗をしたが到底刃の立つヨーロッパでは無く、長い間には自分たちがヨーロッパに抵抗しても無駄であって、それならおとなしく差し出し、少なくとも存在だけでも許して貰える方がましだと考えるようになったとしてもある面当然だったろう。

ところで、日本はアジアに有りヨーロッパとは全く離れた地域であって、古代のどの文明にも属していないとみられていた。一つはヨーロッパから離れていたし大陸からも孤立した島国であったために侵略を受けることがそれまで無かったという幸運もあった。ただ、それでも侵略されるのは時間の問題とみられていたろうが、現実には日本は侵略されなかった。

それだけではない、まず日本は開国して以来まずアジアの大国、眠れる獅子の清国と戦い、そして勝った。それまでアジアをほとんど従えていた清国が一時より衰弱していたとは言え、日本との戦いに敗れたことはアジアばかりではなく西欧にとっても驚嘆すべき事態だったはずだ。

しかしいずれアジア地域内での戦争であり、有色人種が白色人種に勝てるわけが無いので、日本が西欧の植民地になるのは時間の問題と見られていたろう。そして案の定、当時世界最大の軍事国家とされていたロシアとの戦争が始まった。当時、ニコライ二世は、勇気の無い野蛮な黄色い猿が自ら戦争を始めるわけが無く、自分が決めない限り日本との戦争になるはずが無い、と語っていたと伝えれている。

当時ロシアは朝鮮に対し手を伸ばしており、朝鮮を植民地化すれば極東に橋頭堡を築けるので、いずれ中国日本を植民地化すれば更にロシアは強大になると考えていた。ロシアが朝鮮に進出しても日本が逆らうなどあり得ないと考えていたのだ。

が、現実には日本はロシアに勝った。なお、朝鮮は初めからロシアに恭順することしか考えていなかったのは、日本が朝鮮を併合した理由でもあり、朝鮮が自らロシアと戦うなどありうることではなかった。それは今でも北朝鮮がロシアの支援で朝鮮半島を二分したことにもつながっている。

ー 続く





あの戦争を考える 2


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しかし、無論日本に軍事力があっても無駄だと言うことでは無い。一部の国、例えば中ロ朝鮮や米国、中東諸国には実際に使う為の軍事力が必要だろう。その場合は実戦用の兵器を備えるし、むろん威嚇用の物も必要になる。が日本の場合、実際に戦争があるとすれば今のところ朝鮮半島が最も可能性が高く、後は中ロと言ったところか。とすれば、日本が備える軍事力とはこれらの国々を対戦相手と想定して備えることになる。また、実際日本が実践しているのはその方向のようだ。

ただ、その可能性と言えば現時点ではかなり低いと思われるし、それは前回書いたように現代で戦争をする理由がほとんど無くなっており、実際に戦争もほとんど無くなっている。が、戦争の脅威は常にあるのは、見た目においては一触即発のような状態の地域がそれなりにあるからだ。

たとえば、米国は40年前イランがそれまでの王制を倒し、亡命していたホメイニを迎えて厳格なイスラム宗教国家になって、そのさい400日にわたって学生達が米国大使館を占拠し、大使館員を人質にして依頼国交を断絶している。

パーレビオ王政の頃は、豊富な石油資源と米国と関係でそれなりに豊かに発展していたが、ただ王政の独裁と腐敗、さらに石油価格の暴落、余りに急ぎすぎた近代化の付けでイランは大混乱に陥り、結局厳格なイスラム国家として再生したわけだが、米国との断絶や更に弾圧によりイランの財政は極端に悪化し、その不満はイスラム法典によるいわゆる神に背いた罰として弾圧されますますイランは強固な宗教国家となる。

一時は民主化の要求により、多少は米国に歩み寄る姿勢も見せてはいたが、米国はほとんど受け付けず、イランはますますかたくなになって今に至る。今では米国との一触即発状態にまた切り替えたようだ。

イランの例を挙げたが、中国の南シナ海に於ける領有権問題や、北朝鮮の核保有など耐えることの無い戦争前段階のような状況は世界から絶えることは無い。

我々はほとんど、先の世界大戦を直接は知らないし、その後の世界の大半の変化も戦争とは結びつけてみていない。だが、先の戦争の原因を本当に知り現在の世界に於ける潜在的な危機を知れば、今の日本の護憲運動なるものがいかに危険であるかが理解できるはずなのだ。

私がどうしても彼らを理解できないのは、二度と戦争をしたくないから平和憲法の9条を守るべきだという主張だ。日本が戦争をしなければ世界から戦争が無くなるなら無論問題は無いのだが、あの戦争は日本がしたからなのだろうか。真珠湾攻撃で日本が卑怯なだまし討ちをした、と言うことになっているのが主因なのかも知れないが、そこに至るまで日本を追い詰めた側の責任が全く知られていない。戦争とは一カ国では起きない。あくまで対戦国がある。従って、日本が戦争をしないと決めても戦争を仕掛けられる可能性があるという、全く当たり前の事実がこの平和ボケ論者には理解できないらしいのだ。

もし彼らの言うことが正しければ、第二次戦争に日本が加担する事などあり得なかったはずだ。あの戦争はドイツが始めた物だ。ただし、当時日本は中国戦線で中華民国と戦っていたが、それも満州事変の勃発で対応していたと言うことだし、そもそもその満州事変も日本が今の平和ボケ護憲論者の主張通りにしていたら起きなかったのか。そうではない、あくまであれは中華民国から一方的に仕掛けれた戦争であり、あれで日本が対戦しなければ満州にいた多数の日本人が犠牲になっていたはずなのだ。満州事変は一旦収束したが、その後も中華民国は一方的に日本を挑発し、そして第二次世界大戦終了時まで日本は中国と戦い続けることになる。

日ソ不可侵条約を無視してソ連が一方的に参戦し、日本はまともに応戦できずにいる間に対米戦争で敗戦を認めた。ソ連は一週間一方的に日本人を虐殺し多くをシベリアに抑留し奴隷使役した。戦後にシベリア強制収容所に入れられ奴隷労働をさせるのは当時としても国際法違反だが、一方的に負けたと言うことで未だに日本は北方領土を取られたままだ。

この様な歴史を、今の平和ボケ護憲論者は少しでも学んだことがあるのか。むろん、扇動している者達はよく知っているだろう。だから戦争は日本が一方的に起こしたかのような宣伝をし、馬鹿達はそれに欺されている。何故あの戦争が起きたのか、日本には戦争をしない選択肢は採れたのか、二度とあのような事態にはならないと誰が断言できるのかを、この馬鹿達が少しでも考えてみれば、そして理解してみればあの平和憲法の馬鹿さ加減、危険性も理解できるはずなのだが。

戦争は一カ国だけでは出来ない、話し合いで国家間紛争が解決できるから戦争が起きるわけが無い。が、現実にはあの戦争が起きたし、今も戦争は絶えない。

その現実を護憲論者に理解させるのは本当に無理なのかと思うことがある。

ー 続く





あの戦争を考える 1


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有史以来、この世界から戦争が無くなった時は無い。大小にかかわらず、世界のどこかで戦争が起きていたし、今も起きている。それでも、今はかつて無いほど戦争の少ない時期なのではないかと思う。現在世界で行われている戦争と言えば、アフリカや中東などで行われている小競り合いだけのようだ。

しばらく前までは米ソ冷戦時代が戦後から数十年続き、時には一触即発の時期もあった。朝鮮戦争やベトナム戦争などは米ソの代理戦争だったし、中国などもつい最近まで絶えず周辺国と戦争をしていた。印パもそうだし、イスラエルも何度も戦争をしていた。今でも戦争状態だとさえ言える。

しかし、少し前の時代から見ても、今は例外的に平穏な時代と言える。しばらく前なら、北朝鮮などはとうの昔に米国に蹂躙されていただろう。

理由はいろいろあるだろうが、まず世界の大国同士が直接の戦争をするわけにはいかなくなったと言うことがある。なにしろ、米中ロそれぞれが大量の核兵器を持ち、そして迎撃不可能な攻撃手段を持っている。昔なら互いに戦場で戦っていたのが、今ではボタンを押すだけで地球の裏側でも攻撃でき、しかもそれを防ぐ手段は事実上ない。一旦核戦争になれば確実に攻撃した側も消滅する。と言う状況では、核保有国同士の戦争はまず起きない。

そこで米国などが今やっている戦争は例外なく、抵抗力の無い小国相手に軍事力で恫喝し、一方的に仕掛けるというやり方だ。昔と違い、米国人兵士を現地に送り込んで戦争をする必要は減っている。遠くから空爆をしたりミサイルを飛ばせばそれですむから、ステルス戦闘機やミサイル巡洋艦、空母などを作って世界中に派遣しているわけだ。本来、仮に本格的なミサイル船になれば、それも核ミサイルが使われれば、戦闘機も潜水艦も空母も出る幕が無い。

また、確かに戦争が割に合わなくなってきているという事情もある。上記の様な小国相手の戦争でも、そのコストは昔に比べ桁違いに増えている。米国の軍事費は世界最大でありGDPの3%程を費やしているが、軍事費に計上されていなくとも軍事費と言える予算を加えればとんでもない額になる。むろん、GDP自体が巨大なので、絶対額も巨大だ。

中国は2%程度だが、これは極めて不正確であり実際はもっと大きいと言われている。あくまで軍事力を伸ばし米国と張り合うためだ。

サウジなどはGDPの10%を超えているが、周辺がほとんど敵対国家であるのと、自国で兵器生産が出来ないため、米国などから高い兵器を買っているからだしそれは米国のご機嫌取りにもなるので減らすわけにはいかないのだ。

さて、世界で上から軍事費ランキングを並べてみると、日本は現在は8位だそうだが、唯一GDPの1%以下を費やしている。米国に支払っている経費も加えるならもっと増えるだろうが。

いずれにせよ、かつては兵士の命は消耗品であり、軍事費に計上することも無かったし兵器もそれほど高額ではなかった。だが、現在では下手に戦争をすると国家経済に大きな影響があるので、かつてほどは気楽に戦争が出来なくなり、実際は多くの国が単なる牽制力としての軍事力を持っている状態になっている。となれば、はったりが利けば良いのであって、実際の兵力はあまり関係が無くなっている。日本は1945年以降戦争をしていないが、戦力としては世界でもかなり高く評価されている。が、実際に戦争をしていないのだから実力は分からない。

そして、現実に小競り合いではなくそれなりの戦争になった場合、北朝鮮には勝てない。まずミサイルの撃ち合いでも日本には北朝鮮を攻撃できるミサイルが無い。北朝鮮のミサイルは日本全土をカバーし、核ミサイルもあるとなると、日本が勝てる要素は全くないし、そしてそれは核こそ無いものの日本を攻撃できるミサイルを有している時点で、日本が一方的にやられるだけのことだ。

小競り合いや突発衝突なら日本が勝つだろうし、米国も加担するだろう。が、基本日本には本格的な戦争遂行能力は無い。あくまで小競り合いや米国支援のある場合を除いて、皆無と言って良い。

ー 続く




日韓もし戦わば


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日韓が戦争になることは今のところないと思うが、仮に戦争になった場合、どちらが勝つかというと、結論からすれば朝鮮が勝つ可能性が高い。

むろん、艦船や飛行機などの保有数も質も日本が桁違いに優れているし、兵員数は朝鮮が遥かに多いが、そもそも朝鮮兵が日本に来て上陸でもしない限り白兵戦にはならない。

しかし、それでも日本が負ける可能性があるのは、対地ミサイルの存在だ。朝鮮には、玄武-3シリーズという巡航ミサイルがあり、それぞれ射程は

玄武-3A 500 km -
玄武-3B 1,000 km
玄武-3C 1,500 km-

とされている。つまり日本全土を射程に収めているのだ。因みに東京ーソウル間は940Km余り。むろん、日本には迎撃ミサイルがあるが、対地ミサイルは無い。かつて巡航ミサイル導入を検討したが連立与党の公明党が反対し、現在まで日本にはその種のミサイルは無い。

2017年か射程900kmのミサイル導入を公表したが、実現しているわけではない。そして、今年、F35から発射する射程400Kmの巡航ミサイルを開発すると正式に日本は公表した。

防衛省 長距離巡航ミサイル開発へ 抑止力を強化 F35に搭載「敵射程外から反撃可能」

ただし、これらはあくまで反撃用であり、人口密集地に飛んでくるミサイルにはどうしようも無い。ということは、そのような意志を朝鮮に持たせないために、朝鮮を根本的に叩き潰せる地対地ミサイルが要ると言うことだ。核ミサイルならもっとよい。使わなくて済むからだ。

韓国も、航空機や艦船などの質や数では日本に太刀打ちできないことは理解しているから、ミサイルで決着を付けようとすればすぐに出来るわけだ。日本にはそれに対抗する手段は無い。

本来日本には弾道弾でも開発する技術は十分にある。なにしろ、世界最小の衛星打ち上げロケットを持っているくらいだ。が、あれは兵器ではない。たとえば、地下サイロや山間の秘匿基地からの発射などがいつでも出来る態勢にしておかなくては意味が無い。

日本の通常兵力が優秀であることは朝鮮も北も中国もソ連も知っている。その日本に朝鮮が通常兵器で戦争をするとは考えられない。最初からミサイル攻撃をするだろうし、それが人口密集地に向けられればその損害は計り知れない。つまり朝鮮には日本に対する恫喝手段があるのだ。

ただ、冒頭に書いた様にそのような事態になるとは今はまだ考えなくてもよいだろうが、核でない限り米国が押さえになっているからだ。が、国がどうなろうと反日に明け暮れ無ければ国が保てない朝鮮で、まさかと思う様な決断をする可能性は十分にある。GSOMIA破棄などもそうだ。常識で判断してはならないのだ。

今、自民はかなり支持率を得ている。獅子身中の虫を離して、まともな論議をすべきではないののか。本当の途上国同士の戦争ではない限り、今はミサイル戦の時代なのだ。米国も今では最初にミサイルでたたく方法を採っている。兵士の損失が無いだけ、効率的だしそして結果として費用が掛からない。もし、戦争段階になったら、朝鮮が同じ事を考えないはずは無いだろう。つまりそんな事を考えさせない方法を日本が持つ必要があると言うことだ。





戦争と平和 進化のために

現在では、戦争とは国家間の武力闘争をいう。当然、規模も時代と共に大きくなり、WW2では全世界での死者は8,500万人、当時の全世界の人口が25億人と言われているので、おおよそ3%の人間が死んだことになる。ただし、この種の統計は確認が難しく、諸説有るので大体の数字だが、もし仮にWW3が起きてエスカレートし、大規模な核が使われたりすれば、多分生き残るのが3%に届くか届かないか。

むろん、当時と違い世界は戦争の痛手を経験しているから当時よりは話し合いもするし妥協もするので、このような戦争が起きる可能性は少ない。少ないのであって、絶対にないとは言い切れない。

例えば日頃反日が国是となっている中国でも、都合によっては見せかけだけの親日に舵を切るなどが現実に今起きているし、日本もそれを知っていて敢えて中国と正面からぶつかる意味もないことから中国の似非親日を受け入れている。

一方馬韓国では、反日が講じて経済的に行き詰まり国家破綻が目に見えているのにますます反日にアクセルを踏み込んでいる。そうしないと政権が保たないからだが、国家の存続よりも反日が優先する様な馬鹿が米中の様なサイズだったら、本当にWW3が起きる可能性はある。

人間は理性があれば最終的な争いには踏みとどまるものだが個人の場合はそれが出来ない人間が暴力犯罪を起こすし、国家の場合は自らが破綻しても留まることが出来ないのは、馬韓国やISを見れば分かる。すなわち、理性を持たない異常な人間が絶対に無くならず、犯罪がなくならない様に、理性を持たず自ら破綻の道を選ぶ国家もおそらく無くならないだろう。

ベネズエラは独裁者を選んで国が滅亡に瀕しているし、ブラジルも今独裁政権を選んだ結果おそらく急激に衰退して行くだろう。国民が賢ければ独裁政権を成立させるなどあり得ないのだが、国民が賢いはずの欧米でもポピュリズム政権を次々に選んでいるのは、階級社会の庶民にそれらの候補者が受け入れられているからだ。

WW3は起きないかも知れないが、小規模な戦争は今後も頻発するだろうし、それは日本にとっても人ごとではない。思考力が無く扇動される国民が作る国が隣にあるのだ。かつて悪夢政権を選んだ日本も人ごととは言えない。

大分脇道に逸れたが、戦争はいつでも予期しない時に起きうる物だと言うことを平和ボケした日本人も理解しなければならないのだ。憲法を守れば戦争にならないなどと言うお花畑は戦争が一カ国では出来ないことすら理解できていない。

さて、その戦争の結果、悪いことばかりではない、科学が発展したではないか、という説もある。確かにその通りだ。そもそも、生物が進化するのは競争相手の生物よりも有利になるためであり、その前提として争いがある。限られた食料を奪い合うことから、一部が他の食料を食べる様に進化する、あるいは得にくい食べ物を得られる様に進化する、ライバルを追い払う様に進化する、その積み重ねが、単細胞生物から人類までの進化を果たしてきたと言える。

もし、類人猿段階の全人類がその環境に満足し、ライバル達との争いをやめる生活に落ち着いてしまえば、無論人類の進化はそこで止まる。実際にそうして進化をやめた生物は無数に居る。

究極の生物の定義はいろいろあるだろうが、人類はとりあえず地球の環境を自ら変えて生存に適する様にすることの出来る唯一の生物であり、その意味では究極に進化したはずだが、その人類の中でも争いは絶えず、結局人類史が始まってから常に戦いはあった。国家が形成されてからは国家間の争いも絶えない。そして、結果としてその戦い、戦争に勝った国が最も進化したと言える。この場合、人類の種としての進化ではないが、唯、同じ人類でも住む環境によりその能力が大きく左右されているのも事実だ。今でもセンチネル島やアマゾンのヤノマミ族は未だに文明のひとかけらも知らず、いわば旧石器時代の生活をしている。彼らが孤立して他の人間と戦うことがなかったからだ。

他の生物と戦い、そして勝つことで人類は進化したと言える。

では今でも戦争をするのが正しいのか。むろん、違う。戦う相手は他国だけではなく例えば自然災害や病気などと闘う必要はある。戦争でむろん技術などの進化はあるだろうが、失う物が大きすぎるし負けた場合は存在すら危うくなる。特に大量破壊兵器が世界中に存在する今、戦争によって進化するよりも退化する方がよほど可能性が高い。したがって、自らは戦争をしないが、戦争を仕掛けられた場合に備え、自らの生存を守るための準備は常にしておかなくてはならない。その為にも、進化(無論生物としての進化ではないが)することを常に心がけていなければならないだろう。なにしろ相手も進化し続けているのだから。

結局、この場合の進化も、生物の進化同様戦うことで為されていることは否定できまい。





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専守防衛の本質


狂散頭(きょうさんとう)や利権罠手盗(りっけんみんしゅとう)など夜盗(やとう)の面々は相も変わらず改憲反対、憲法9条護持を訴えている。そうすれば日本が戦争をしなくて済むそうだ。そして、この憲法があったから日本は戦争に巻き込まれなかったのだそうだ。

この連中の頭には何が詰まっているのか本当に分からなくなる。少なくとも脳みそではない。

おそらく、この9条が米国から押しつけられた時、戦争とは例えば日本の真珠湾攻撃くらいの発端を想定していたのだろうし、そして専守防衛もそれなりに有効だったのだろうと思う。因みに、専守防衛とは敵から攻撃を仕掛けられた場合のみそれに対して防衛戦を行い、敵が退いたらそれ以上の深追いをしないことを言う。そして、日米安保が機能し、米国がその専守防衛を助けてくれるという結構な話だ。

共産党などは、その専守防衛能力により日本は七十年以上戦争に巻き込まれずに居られたのだから、今後も9条を護持すれば戦争にはならないという。

この専守防衛については主として二つの大きな問題がある。

1 専守防衛とは、戦争を仕掛けられてからそれに対して戦闘を行い、退けることを言う。しかし、まず戦争を仕掛けられないことが先だろう。仕掛けられてから抵抗して仮に退けることが出来ても、そのままではまた仕掛けられる。その度に退けるだけでは、いずれに重大な被害が生じ、それが繰り返されることで疲弊し、いつかは防衛出来なくなるだけのことだ。

詳細は避けるが、戦争とは攻撃側と防御側では同じ戦闘でも防御側の損害が極端に大きいのが普通だ。例えば外からの補給をたたれた場合のことを考えてみれば良い。

当然ながら、二度と戦争を仕掛けられない様に撤退する敵を追撃し、その戦力を失わせ、降伏させ、二度と日本に戦争を仕掛けようなどと考えることの無い様にすべきでは無いのか。その為には、積極的に追撃し攻撃するだけの装備が要る。現在の自衛隊の装備はあくまで戦争を仕掛けられたらそれを防ぐためだけのものであり、積極的に敵を攻撃する装備はない。

一度戦争を仕掛けられたら、二度とその気を起こさせないための反撃、撃退、撃滅の出来る規模の装備が無ければ危険は永久に去らない。

2 何よりも、戦争を仕掛けさせない為に何をするかがもっと必要であるはずだ。戦争を仕掛けられることが無ければ戦争による疲弊も損失も出て来ない。それに対し、ノー天気な野党は話し合いで戦争を避けるという。その野党連中、今の韓国を見てもそれを言い続けるつもりだろうか。何度も話し合いを持ちかけ、国際協定を守る様に説得を続けたにもかかわらずそれを全て無視し、日本に対しては全て敵意を持って返してくる韓国と話し合いが出来るだろうか。

今のところ、戦争にはなっていないが、時代によっては戦争になってもおかしくないほどの状況なのだ。本来朝鮮人は自力で国を作ったこともないし、近代で戦争をしたことも無く、当然ながら戦争で勝った事なども無い。今の状況で、日本が別に韓国に対し武力攻撃をしているわけではないが、仮に日本が徹底的に経済制裁をし、全ての工業製品の供給をやめ、投資を引き上げ、韓国のための信用保証をやめたら韓国はその瞬間に崩壊する。

日本が助けなくとも他国から助けて貰えば良いとか、日本から供給されない基本材料は自国で作れば良いなど相変わらずだが、日本が完全に韓国を見放せば他国も見放す。その現実が見えていない韓国と話し合いが出来るはずが無い。次元が違うのだ。

仮に韓国に軍事力があれば日本に不意打ちを仕掛けてくることさえあり得るのだ。今でもその可能性が完全なゼロとは言いがたい、というより、国防とはありとあらゆる可能性を考えておかなくてはならないのだから韓国から戦争を仕掛けられる事もありうる、あくまで理屈として可能性としてあり得るわけだ。話し合いで解決出来ないからだ。

むろん国家間の軋轢を外交で解決することは当たり前だし、現実に日本は欧米やアジアアフリカなど世界の大半の国と穏やかな関係を築いている。欧米とはそれなりにかなりの部分で利害が異なるが、それを外交で解決している。

がそれが出来ない敵国が存在するなら、あとは戦争を仕掛けられない為に、牽制のために、軍事力を持つしか無いだろう。その為の軍事力は、専守防衛以上に防衛に徹した戦力と言える。なにしろ使わないことを前提としているのだから。

現在、米国は世界の警官として機能しているが、その装備は実は全面戦争にはあまり役立たない。大国同士が全面戦争になった場合、世界が消滅する。だからこそ、軍事大国同士の戦争は今のところ無い。極端に米国よりも小さな戦力しか持たない国に対し米国が一方的に仕掛けることはあるが、その為に大規模空母艦隊や航空部隊が存在する。中国やロシアとの全面戦争になった場合、それらは全く役立たない。局地戦では米国が勝つことが明らかだから、中ロにしてみれば核を使うしか無い。核搭載弾道ミサイルが飛び交えば空母も艦隊も潜水艦も役に立たない。

現実には米国に戦争を仕掛ける国は無いだろう。結局その意味で強大な軍事力を持つ故に、米国はそれを使わずに済むのだ。

米国並みとは言わないが、仮想敵国が中国ロシアであるなら、日本はそれに対抗出来る牽制力を持つべきだ。









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戦争と平和



トルストイの名作、戦争と平和について論じてみたい、わけではなく昨日2019年6月28日、いつもかけっぱなしにしているラジオのNHK番組、沖縄熱中クラブの中で中学三年生の女の子が詠んだという詩の朗読があった。

ググってみたらpdf版で見つかったので、その気があったらご覧になっていただきたい。

中三 平和の詩 生きる

詩としてはそれなりに良く出来た物だと思うし、そこに込められた作者の思いも分かる。が、大きな問題があるとどうしても思うので書くことにした。

詩の内容は、戦争によって平和はもたらされない、下らない軍事力等持つべきではない、自分が生きている限り、こんなにも多くの命を奪った戦争を絶対に許さないなどなど。14歳のまっすぐな心に打たれる詩だが、ただその内容が現実とは全く違うこと、誰かに教え込まれた理想を現実と思い込んでいることが気になる。

決してこの詩を書いた女子中学生を馬鹿にするつもりはない。また現実を理解しろというのは無理だと思う。が、このような純粋な子供の詩に、本人は理解させずにプロパガンダをしている者達が居る、と私が思うのはよほど私の心がねじ曲がっているからか。

戦争はすべきではない。その通りだ。が戦争を仕掛けられたらどうするのか。下らない軍事力を持たずに、戦争を仕掛けられ一方的に虐殺されるのを座して待つのか、自分はそれでも良いだろうが、子供達も目の前で殺されるのを、下らない軍事力を持つよりはましだと見ていれば良いのだろうか。

確かにかつての戦争で沖縄では多くの犠牲があった。当時の軍部が本土を護るために沖縄での防戦を十分にしなかったなどの批判もあることは知っている。が、実際には当時の日本軍は桁違いの戦力を持つ米国に本土決戦でこうすることなど不可能だった。本土決戦の前に日本が降伏したから、本土での陸上戦は無かったろうが、それも原爆を落とされて初めて降伏したからだ。

沖縄に犠牲を強いたのではなく、いずれ本土でも同じ事が起きていたはずなのだ。だから沖縄は我慢しろというのではない。戦争とはそのようなもので、たしかに日本側にも責任はあったと思う。が基本的にあの戦争でそれなりに戦ったから今の日本の地位があるとも思っている。

そして二度とあのような犠牲を出さないために、軍事力が要るのだ。

彼女の詩の出来は素晴らしくとも、そして本人の心の叫びであろう事は十分伝わるけれど、しかし戦争とは日本が一方的にするのではない。そのようなことは少なくとも近代ではないが、ただ戦争を仕掛けられたら戦わなくてはならないだろう。そして悲惨な戦争にならないように、仕掛けられないように軍事力を持つ必要があるだろう。

戦争を好きな人間はあまり居ないだろうが、きらいだからしなければ良い、憎むべき戦争はすべきでは無い、と言うわけには行かない。

詩で綴られた想いはその通りだろうし、作者の思いも理解する。が、想いと現実が違うことを無視して、それをプロパガンダに利用する者達こそ卑怯ではないのか。NHKは正面から、何故戦争をしてはならないのか、どうすれば戦争にならないのかを論じたことも無いし報じたこともない。



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日本、米国、イラン

トランプはイランを力で屈服させられると思っているのだろうか。力の信奉者であるトランプにしてみれば軍事的圧力にいずれイランは跪くと思っているのかも知れないが、イランにはそれは通じないと思うが。

イランはかつて王政で、かなり宗教を離れた自由主義国家だった。むろん、当時の王政にそれなりの問題はあったと思うが、それを宗教革命で倒し、宗教国家になったのがイランだ。それはサウジなどにも言えるが、結局独裁の手段として宗教を使っているのが大方の中東諸国であり、今その宗教によって国民を縛り付けている国が力に屈することは考えにくいのだが。

そもそもトランプの目的が何なのかよく分からない。どうしても今米国を支配しているユダヤ主義のなせるわざとしか思えないのだが、そもそもイランをそのままにして於いて何か問題があったろうか。むしろサウジの方が積極的に海外に向けてイスラム原理主義を広めようとしているのではないかと思えるのだが。

中東イスラム諸国の価値観をキリスト原理主義やユダヤ教がしみこんでいる米国が理解することなど無理だし、従えることも無理としか思えないのだが。

ISなどのように暴力でイスラム原理主義を(これも本来のイスラム教徒は違い、あくまで独裁の手段として利用されているだけ)広めようとする相手に対し、むろん力で押し返す必要はある。話し合いでの妥協など意味が無いからだが、今のところイランはそうではないだろう。

下手にイランを追い込むと、イランがIS化しかねない危険性をトランプは理解しているだろうか。

トランプ大統領:イラン攻撃は10分前に中止-「相応」でないと判断

イランに対しては空母艦隊を派遣するなど、米国が一方的に軍事的挑発をしているように見えるし、今回米国が攻撃しようとした理由である無人機のイランによる撃墜も、そもそも無人機を飛ばせた米国の意図はこれ自体がイランに対する挑発行為だろう。さらにその前に起きた日本関係のタンカー攻撃がイランによる物だと、その直後に米国が明言しイランを非難した。そのタンカー攻撃は、安倍総理がイラン訪問をした直後だった。

私は公開されていない場所で何が起きているのかを知らないから、タンカー攻撃の犯人、その理由、無人機撃墜、報復攻撃の準備、その中止などの理由が分かるわけではないが、ただどうもタイミングとその一方的な主張からして米国の挑発のような気がしてならない。ただ、そうだと言える根拠は無い。イランに対し一方的に空母艦隊で脅しをかけている都市か思えない米国ならその類いのことをやるだろう、一方イランにはその理由があるとも思えないが、ただイランが私たちとは違う価値観で物を考える国だとの理由からあるいはと言う疑問を完全払拭も出来ない。

イランは昔から親日だ。むろん、日本としては中東諸国と反目し原油輸入を滞らせる理由など無いし、そもそも宗教的な軋轢も全くない。

また、米国イラン戦争が起きた場合、ホルムズ海峡は全閉鎖だろうし、そうなるとアジアはほとんど音を上げる。アジア諸国で石油が採れる国はほとんど無い。せいぜいインドネシアくらいか。今米国との経済戦争で悲鳴を上げている中国にとっては大問題だろう。

日本には大体一年分の石油備蓄があるとされているが、すでに原油価格は上昇して、悪影響が出ている。何としても米国のイラン攻撃をやめさせ、イランに挑発に乗るなとしか言えないだろう。その為に安倍総理はイラン訪問をしたと思う。

安倍首相はイラン訪問で日本の国益と国際社会の安定のために勇気を示した

安倍総理にしてみれば、自分がやめろと言えば双方がやめるなどと思っているはずが無い。ただ、日本がそのようにイランとも話し合いをした、との事実があれば良い。

案外、安倍総理は米国が何らかの対イラン挑発をすることを知らされた上で、イランに行ったのかも知れない。

とにかく、誰が本当なのかなどどうでも良いことで、誰が力で誰を押さえつけるのか、と言うことでしかない。ただ、米国もイランも全く違う価値観を持ち、全く違う価値観で国を作り上げている。つまり話し合いが出来る関係では無い。となると、解決は力によるしかないし、大統領選を控え実績を作りたいトランプとして、対中経済戦争同様、反イスラエル、反西欧のイランをたたく為にハルノートをイランに送ったと考えることも可能だ。ただ、トランプは本当にイスラム国家を理解していないのが危険なのだが。


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靖国神社

2019年6月14日久しぶりに靖国神社に行ってきた。朝から一日中雨が降り、境内にはいつものような賑わいは無かったが、むしろしっとりとした趣があった。


靖国20190614


ここが出来てから150年とのことで大がかりな工事が行われていたが、来るたびにいつも工事をしているので、特にどこがどうなっているのかはわからない。しかし、気がついてみると最初に来た頃からはかなり整備が進んでいるような気がする。

1時間ほど見て回り、最後に修猷館(戦争関連の博物館)を見ようと思ったら、閉館時間が迫っていて入ることが出来なかったが、次の機会とする。いずれ、ここはもう何度も見ているが何度でも見たい。

ところで、替わりに、でもないが何十年ぶりかある種の人たちを見た。旧帝国陸軍の軍服を着た人々だった。おそらく5,50代だろうか。3人が休憩所で談笑をしている。このような人たちがいることは知っていたが、どうしてそうするのかは不明だ。彼らも戦争中は生まれてもいなかったはずだ。無論、それぞれの思いがあるのだろうし、とやかく言うつもりも無いが、服装はともかく、普通の穏やかな人に見えたし静かに談笑していたので別に話しかけることもしなかった。もちろん、普通の老若男女が頻繁に訪れ、頭を垂れ柏手を打って参拝しているのはいつものことだ。

ところで、靖国参拝をまるで軍国主義者のように言う馬鹿どもが居る。以前は日本の総理が普通に、特に終戦記念日に参拝していたようだし、多くの外国要人が総理大臣とともに参拝するなどもあったはずだ。

同じような施設は外国にも普通にあり、米国のアーリントン墓地などもそうだろう。そこに日本の総理が花を捧げ参拝するなど今でも普通にある。考えてみれば、このアーリントン墓地に眠っている米軍兵士の多くは無抵抗の日本人一般市民を百万人単位で殺した憎い相手のはずだが、日本の総理が献花することに普通の日本人は違和感を覚えないのではないか。一般論だが、軍人とは国を守るために戦い、時に命を落とす。国を守り国民を守り家族を守るために自分の命を犠牲にすることもいとわないということになる。むろん、殺された側には別の感覚はあるだろうが、日本の総理が米国の戦争で亡くなった兵士のために祈り、日本と戦い、自国民が日本兵に殺された外国の元首がかつては靖国に参拝した。

戦争が不幸の元であることはむろん否定できないから日本が一方的に他国を侵略したり挑発することはあってはならない。が、侵略されそうになったとき、黙って殺されるべきだと思うなら、そう思う人間だけが殺されれば良い。話し合いで酒でも飲んで戦争が避けられるなら、酒瓶を持って敵兵の前に行けばいい。だが、そのような馬鹿たちのために普通の国民が犠牲になるなどあってはならない。

侵略されそうになったら戦わなくては国も国民も守れない。それが普通の感覚だろうが、それが理解できない人間たちが、靖国参拝反対、終戦記念日に総理が行くのは軍国主義だなどと馬鹿なことをわめく。

靖国神社で参拝をしながら、二度とここにまつられる人が増えないようにと願う。そのためにはそうするだけの力が要るのだと改めて思う。





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何故九条?



いつも読ませていただいているみずきの女子知韓宣言に次のような記事があった。

戦後日本の軍備問題

原文は、「無明」というブログに依る物だが、極めて正確に物事を理解している人だと思う。ただし、韓国人であり、解釈の違いにというよりそれを受け取る思考に日本人とは違う点がままあるが、ただ事実を事実として分析していることには間違いない。したがって、いつも彼の主張に百パーセント同意することは無いが、言っていることは理解出来ると思っている。

今回の記事は、なぜ日本の憲法が現在のような物、すなわち専守防衛のみの軍事力しか持てない様に作られているのか、なぜ今の日本人は平和憲法さえ守っていれば戦争にはならないと信じているのかなどが説明されている。このことについては私も今まで何度も書いているのだが、韓国人の目線で書いていること、韓国人から見ているから分かるのであろう日本人の本質をも突いているのだと思える。

現在の憲法が米国から押しつけられた物であることはよく知られている事実だが、おそらく日本が米国の占領下に有った時代ならやむを得なかったろう。が、その後日本が完全に独立したあと、憲法は改めて日本人が制定すべき物であったはずだ。むろん、日本が独立したとはいえ、当時の日本が米国に逆らえるわけもなく、いわば米国に服従する事を条件に独立したような物だから、米国が日本から去った途端に憲法を改正するわけにも行かなかったのだとは理解出来る。

しかし、その後米国側の考え方が変わり、さらにソ連との対立が激しくなると日本をその防波堤さらに橋頭堡として使うべきと方針が変わった。その為に日本を本来農業国にでもするつもり、つまり実質植民地にでもするつもりが、日本の工業発展を認め日本の工業製品を買うことで日本の資力を付けさせ、対ソ戦に動員する方針に戦略を変えたわけだ。それまでに、日本は実に従順に米国に従っていたし、また日本という国の本質を戦争を通じて米国なりに理解し、日本を支配下に置きながら戦力として使う方が米国の利益になるとでも思ったのか。

また、現実に日本は朝鮮戦争などで米国からの発注で大いに潤った。その時期に米国からの要請、事実上命令で本来完全に武装解除をされていた日本に再度米国の補助のための軍隊を作ることになった。それが警察予備隊だが、当時大勢残っていた旧日本軍軍人が多く関わっていたのは当然だろう。が、それでも武装は非常に貧弱で、まさか朝鮮で戦争が出来るような状況ではなかった。また当然だろうが、当時の日本政府は、米国が作った憲法を盾に軍隊の設立を拒んだ。出来たのは、形ばかりの警察予備隊であり日本の警察の強化組織でしかなかったから、戦争に行くなどとんでもないと日本が言ったのは当たり前だ。そして、日本国民が下手に国家の再建を妨げる再軍備に動かないように、政府は国民を誘導したと勘ぐれば勘ぐれる。

膨大な軍事費を使うことをせずに、国家防衛を米国に丸投げし、国力と資金をとにかく日本の再生に費やした。さらに、戦争で失われた労働力を軍隊に割く必要も無かったのが、その後の日本の驚異的な成長をもたらしたのは言うまでもない。つまり、米軍による武装解除、そして憲法は実に都合が良かったのだ。

その後、国力の増強に従い警察予備隊は、保安隊となり、そして自衛隊になった。が、日本の軍事費は世界でも最低限の部類であり、人数も極めて少ないために成長期の日本にとってそれは極めて都合が良かったのはわかる。

戦後ほとんどの時期を自民党が政権担当をしていたが、初期の頃の専守防衛憲法は自民党にとっても都合が良かったために積極的な再軍備を検討しなかった。憲法が実に都合よく使われたのでありある面それを利用して国民を洗脳したとも言える。それはまた日本の仮想敵国にとっても都合が良かったから、それらと呼応した国内勢力も憲法をまるで国が滅びても守るべき絶対の掟として扱ったのが今の状況を生んでいる。

そもそも、日本人はもともと争うくらいなら謝っておけば済むと考える。また日本人同士ならそれで上手くまとまったし争いも避けられた。どちらが正しいなどは重要ではなく、争いを避けるためには本来被害を受けた方までが謝罪をして丸く収めるのが日本の社会常識だ。

どちらが悪いかを明らかにするなどより争いを避けるのが重要なのだ。それにも問題はあるだろうが、いずれにせよ、日本の社会では千年以上もそのようにされてきた。そしてそれが他国に対しても通用するかのような錯覚が日本人の潜在意識にも染みついている。

今中国韓国が日本敵視を国是としているのも、本来謝罪すべきではない言いがかりに対し日本が謝罪し金まで払ったことが一因だ。そうすれば中国韓国もそれ以上は日本を責めないだろうと理屈ではなく感覚として思い込んでいるからこのような馬鹿なことをしたのだ。日本と他国は全く違うのだと理解出来ない人間が単にお花畑ならともかく政治を司る者達にも居ると言うことだ。

今でも野党は無論、政府内にも韓国と良好関係を築けば両国の軍事協力にも役立つはずだと岩倭防衛相などが言っている。思い込みとはかくも恐ろしいのだが、岩屋防衛相は裏切り者を信ずる危険を全く理解していない。日本はこんな国なのだ。

あの悪夢政権から政権を再奪取してからの自民は少しは変わったかも知れないが、防衛相などを見ていると本質は同じかと思うことがある。

とは言え、安倍総理は憲法改正はすると言っているが九条撤廃では無く、自衛隊の明記に留まっている。むろん、そうする理由は分かる。今の時点で九条撤廃を口にすると政権崩壊につながりかねないからだ。お花畑云々では無く、結局国家とは国民が作る以上、今の国民がお花畑なら九条撤廃はまだ出せないだろう。

今は中国は米国との経済戦争に痛めつけられ日本ににじり寄ってきている。が、本質的に中国が敵であり、ロシアが敵であることは間違いない。それに対し安倍政権が防衛費を増やし、装備を増やしていることはそれなりに心強い。が、今日本を危険に陥れているのが日本国民だと言うことを忘れてはならない。

冒頭のように、韓国の問題を指摘する韓国人がいても、結局韓国を滅ぼすのが韓国人であるのと同じ事だ。



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もし日本が戦争をしていなかったら

先の戦争について、日本では今でも反省の声しきりだし、あんな馬鹿な平和憲法まで押しつけられ、それを神の御言葉の如く担いで二度とあのような間違いをしてはならない、だから平和憲法を守るべきだと言う連中が無数に居る。むろん、現代では憲法学者と名は変えているが護憲教という宗教の神官達で、信者からのお布施でのうのうと生きている。ただし、憲法学者の全てがそうではないだろうが、本当に憲法とは何かを理解している憲法学者を寡聞にして知らない。もし、本当に憲法の意味を理解し、今の憲法は変えなければならないと主張している憲法学者がいたら是非知りたいものだ。

それはさておき、先の戦争をもし日本がしていなかったら今の世界はどうなっていたかを考えてみる。結論を言うと、西欧国家による非西欧世界の植民地化、収奪が常態化しているだろう。それが国家の在り方となり、むろん過去よりも植民地なりにインフラも整備され教育も進んでいるかも知れない。が、あくまで良き植民地として西欧に尽くすためにそのようになっているだけのことだ。

かつて奴隷も別に全てが過酷な肉体労働をしていたわけではなく、学問的に秀でた奴隷が主人の子弟に教育を施すなどもあったようだ。たとえば古代ギリシャなどでは、教師や会計士、医師は多くの場合奴隷が従事する職業だったし、行政に当たる奴隷も存在した。

だから、日本が戦争をしていなかったらおそらく以前よりは豊かに暮らす植民地が非西欧社会の普通の在り方だったろうし、そのなかで隣の半島などは、自分たちは偉い奴隷でイルボン奴隷の上ニダとご主人様である西欧に取り入っていたろう。今でも同じ事をやっているが。

再度、それはさておき、

日本が負けはしたが最終的にそれまで欧米の植民地であったアジアを開放したのはどう考えても事実だろう。それまでアジア人はヨーロッパ人には絶対に勝てないとの思いが普通にあったから、例えば当時の大国の筈である中国もインドも事実上西欧の植民地になっていたのだ。中国もインドも、歴史や科学技術などはかつては明らかに西欧を凌いでいた。人口も多く、国土も広いインド、中国が手もなく英国に蹂躙され事実上の植民地になっていた様子を見れば他のアジア諸国が西欧にたてつくなど不可能と思い込んでいたのも無理は無い。

そもそも、戦争には双方に言い分があるが、今はっきり分かっているのは、米国による対日差別意識があったのは事実だろう。原爆投下が日本のみに行われた時、カナダのキング首相が、白人国家のドイツでは無く、有色人種の日本に落とされたのは良かったと言ったのはよく知られている。また、ドイツは原爆完成時(一九四五年七月)すでに降伏していた(同年五月とのこともある。ただ、明確に人種差別があったのは事実で、日系人キャンプはあったがドイツ系、イタリア系キャンプは無かった。米国ばかりでは無く、他の国にも同じ収容所はあったが、それに対し謝罪し補償したのは米国のみだ。

米国にしてみれば、圧倒的な軍事力をもつ自分たちに日本が立ち向かってくるとは思わなかったし、仮に戦争になっても短期間で圧勝出来ると思い込んでいたろう。が、現実には四年近くかかり、そしてその姿を見たアジア諸国が奮い立って宗主国と戦う決心をしたのは、彼らがそのように言っている。事実アジアでは日本軍はヨーロッパ勢力を事実上たたき出しているし、彼らが戻ってきた時、日本兵が現地の人間を率いて抵抗し独立を成し遂げたとは、彼らも記憶している。

なにより、フビライ以来当時まで西欧人と戦争したのは日本だけなのだ。そして勝ったのも当然日本だけなのだ。アジア人でも西欧人と戦える、勝てるとの認識を彼らに持たせたのは紛れもない事実だろう。だからこそ、東南アジアでも大方対日感情は今でも良い。

戦争には双方に言い分があるだろうし、第三者的にどちらの言い分が正しいと言っても仕方が無い。勝った方が正しいのだ。日本の戦争遂行が全て正しく正義に基づいていた等とは言えないが、ただ、日本が戦争をした結果アジアが独立したのは事実ではないのか。

むろん、歴史は一度しか無い。だからもしを考えても仕方がないが、それまでの西欧とアジアの在り方、歴史を見れば、日本がその在り方を変えたと断言して間違ってはいないだろう。

歴史のIFを敢えて考えてみて、日本が当時立ち上がらなかったら、今の世界は穏やかな宗主国と植民地、一等人種と二等人種の世界になっていただろう。宗主国にしても力だけで植民地を押さえつけておくには負担が大きすぎるから圧倒的な力で反抗心を持たせず、おとなしくしていればそれなりの生活を保障してやるのが得に決まっている。

そうなれば、絶対に植民地が宗主国にたてついて独立し、同等の権利を獲得するなど不可能になっているはずだ。その状態で落ち着いてしまえば、今少なくとも表面上は西欧、非西欧の差別意識がなくなるような世界は実現する理由が無い。それは例えば西欧の階級社会がそれなりに落ち着いている条教でも理解出来るのでは無いか。彼らはそれを不自然だとは思っていない。

言い換えれば、今日本が仮に上辺だけだとしても、欧米と堅い結びつきを保っているのも、彼らが日本の実力を理解し、戦うよりは協力した方が得だと理解したからだ。また、言うまでも無いが、戦争を日本が今後するべきではない。すなわち戦争をしなければならない状況になってはならない。しかし、戦争をしないで済むためにはそれだけの力が必要なのであり、日本が今欧米と戦争をしないで済むのは、その力を日本がかつて示し、そして今も示しているからだと理解すれば、西欧の対日姿勢と他のアジア諸国に対する姿勢の違いの理由が分かる。






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HK

憲法の力



本当は、五月三日にでも書けば良かったのだろうが、憲法とは何かをまた。

何度も何度も書いていることだが、なぜ改憲反対論者は、憲法九条が有れば日本が戦争をしないと信じられるのだろうか。到底理解ができない。戦争を日本の意志だけで行うならむろん憲法でそんな事をしないと決めれば戦争は無くなる。が、戦争は他国から仕掛けられる場合もあるのだ。その場合専守防衛だから、攻撃されても防ぐことが出来る、戦争にならない、万歳ということらしいが、専守防衛とは攻撃されない限り軍事行動が出来ず、相手がそれをやめれば日本はそれ以上の防衛が出来ない。相手は何度でも攻撃を繰り返すことが出来るという,相手にとってありがたい憲法だ。

日本が先に手を出さない限り、(例外はあるが)、相手に戦争を仕掛けさせないことが根本的な戦争防止になるのだが、護憲論者にはそれが理解出来ない。相手が何を考えて戦争を仕掛けてくるのかは、予想は出来ても現状では何も出来ない。自衛隊員や国民が死んでも、相手が目的を果たして引き上げればそれでお終いと言うことになる。つまり自然災害と変わらない。それなら、憲法に、地震が起きてはならない、台風被害があってはならない,豪雪豪雨があってはならない、火山が噴火してはならない、津波は認めないと憲法に明記しておけば良い。

むろん、いかなる国も日本に戦争を仕掛けてはならない、との条項を加えることも大切だ。

いや、護憲論者の頭の中では全く正しい提案だろうが、なぜそれを政府に求めないのだろうか。あ、改憲になるからそれは出来ないのか。

憲法も一般の法律も、所詮は道具であり、社会秩序や国のルールをその時代、その時の事情により定めた者であり、事情が変われば変更するのが当たり前なのだ。決して憲法や一般法則に合わせて時代や事情が存在するのではない。憲法が神のご託宣ではない事を護憲論者は知らないようだ。憲法学者は神官なのだろう。神の御言葉憲法を守ることで日本が守られると説き、それを盲信しているのがパヨク、護憲論者達を言うわけで、彼らにとっては宗教なのに違いない。

後藤宏基とかいう御仁が、戦争を仕掛けてきたら一緒に酒を飲んで話し合って戦争を避ける、と素晴らしい演説をしている。



問題発言3分経過頃

先にも書いたが、吉永小百合、湯川れい子氏など文化人とされる人たちが酒を飲んで云々とまでは言わなくとも、憲法を守って戦争をしてはならないなどと普通に言う。結局酒を飲んで云々とかわらない。憲法を守れば他国から戦争を仕掛けられることが無いとの根拠が全く示されていないのだ。

現実には武力を持たない国が散々蹂躙された例などは無数にある。例えば、ウクライナはソ連から分離した後、武力を持たなければロシアに攻撃されることは無いとして核を放棄し、軍事力を事実上放棄した。そしてロシアに蹂躙されている。

ブータンは小国で、事実上インドに国防を依存していると言って良い。軍事費はGDPの1%。軍事力を持とうにも無理なのだが、結果として中国に好きなように侵略されていると言って良い。

きっと、ウクライナもブータンも酒があれば戦争が避けられることを知らなかったのだ。



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軍国主義の是非

軍国主義国家とは、wikiに依れば「戦争を外交の主たる手段と考え、軍事力を最優先する考え方乃至イデオロギー」とのことである。そして、欧米はかつて日独を軍国主義国家と非難していたそうだ。まったく、よく言うよ、といったところだが、これが勝者の論理であり、現実に戦争に勝った彼らが言っているだけのことだ。

さて、欧米が日独を軍事主義国家だと戯言を言ったのはWW2の頃だが、WW2の敗戦までは、確かに開国以来日本は軍事力増強に大きな力を割き、実際に開国後まもなく当時の大国清との戦争に勝ち、その十年後世界の大国ロシアとの戦争に勝っている。これは、現実には信じがたい事であり、世界が驚嘆したのは無理もない。なにしろ、当時のアジア諸国と言えば未開の野蛮国であり、自力では軍事力も育てられず兵器の開発も出来ないから、西欧から軍事の専門家を呼び、兵隊を雇い、あるいは西欧から兵器を買って軍隊を作ったのだから、西欧との戦いで勝てるはずが無いと思われていた。清は西欧ではないにしろ、アジアの大国であり眠れる獅子の筈で、西欧から多くの軍艦などを買っていた。が、開国直後の小国日本に負けた。清はそれほど衰えていたのだと思っていたら,当時西欧のどの国もまともに戦って勝てるはずがないと思われていたロシアとの戦争も勝ってしまったのだから、欧米が驚いたのも無理はなかろう。

その後、日本は五大国に非西欧として唯一列している。その日本が、今度は世界の先進国大半を相手にして戦争をしたのだから、欧米は日本が国の全てを軍事力に注ぎ、強大になった軍事主義国家だと、自分たちを棚に上げて非難したわけだ。

当時の日本は戦争維持のために軍事力増強を図ったのは事実だし、その為に国家財産の多くを割いたのも事実だ。が、東条内閣までは文民内閣だったし、また当時は天皇が現人神であり、全ては天皇の命により決したことになっていたが、実際は内閣の決定を天皇の名で発しただけのことだ。それは今でも天皇が国会開会の詔書を発するし、国務大臣を認証するようなものだ。

ただ、日本が開国した当時、世界は西欧諸国がアジアアフリカ南北米大陸、豪州とありとあらゆる地域を植民地化していた時期だ。日本にそれに対抗する能力が無ければ当然のように植民地化されるところだったろうし、日本としてはこの列島のみならず、西欧と渡り合うためにも海外に自らの力の及ぶ地域を作らなければならずその為の背景として軍事力を使ったのも事実だ。満州国などは、ロシアを牽制するためにも必要だったが、けっして武力で植民地化したわけではないし、むしろ荒廃した清国から多くの中国人が満州に移住して人口が急激に増えた事実もある。

いずれにせよ、それが出来たのも当時の日本がそれを成し遂げるだけの軍事力を有していたのは間違いない。が、そうしなければ日本が存続出来ない時代だったのだ。そのような時代、状況を作っていたのは西欧諸国だが、彼らがそのような力を持たなければ国が存続出来ないような世界を作っていたのだ。したがって、当時の日本が軍事力に国力の多くを割かざるを得なかったのは、欧米の対非欧米諸国に対する暴力に対抗するにはそうするしか無かったからだ。

現代の日本も実質は軍事大国だといえる。それを表には出していないが、日本の場合、近隣諸国がほとんど仮想敵であり軍事的な力が無ければ存続しかねない状況だからだが、それを表に出さずに、かつての最大の敵であった米国との同盟を組み、専守防衛を謳いながらそれなりの軍事力を有するに至っている。だからこそ、日本は今の地位を築いたとも言える。

平和とは力によって獲得するしかない。それは厳然たる事実であり、今の欧米が先進国であり戦争から遠ざかっていられるのもその軍事力が強大であるからに過ぎない。日本で平和を叫ぶ者達は、戦争が一カ国では出来ないことすら理解していないのだ。日本が戦争をしないと決心すれば戦争が無くなるなら、むろんそれで万々歳、反対する理由など何一つ無いが、現実には他国から戦争を仕掛けられることを避けられないなら日本は単に蹂躙されるだけのこと。世界でも珍しく日本は強盗泥棒チンピラが巣くう地域にある家のような物だ。引っ越し出来るならそうすべきだが、出来ないならチンピラを寄せ付けない方法を採る以外無い。

いま、米国は、他国のために世界の強盗泥棒チンピラを取り締まる役目から手を退こうとしている。それなら、自分でその力を高めるしかない。今なら世界の同意も得られるだろう。現実に世界には明らかに日本にその力を持つことを期待している動きもある。決して日本がその力を自国の欲望のためには使わないと理解しているからだ。それがかつての日本の軍事化とは違う。

平和とは力によってしか得られず保てないことを平和主義者は理解すべきなのだ。


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