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太陽光発電の為したこと

太陽光発電が全くろくでもない物であることは何度も書いているが、今回は何故こんな馬鹿な物がもてはやされるのか、言い換えれば人間の思い込みとはいかに簡単に操られる物かを、太陽光発電を例として書いてみたい。

むろん、太陽光発電、つまり太陽電池には便利な点も沢山有るし、なくなれば太陽光発電くたばれを日頃叫んでいる私も困る。私が使っている電卓には太陽電池が着いているので、電池交換をしなくても使えるのは便利だ。何も太陽光ではなくとも、室内灯で十分に使える。

また無人島などの海上標識などの電源には太陽光が使われるが、それは電池の交換や発電機用の燃料を運ぶより太陽電池で発電し蓄電池にためておいた方がよほど効率が良いからだ。たしか、太陽光でモーターを回し推進力を得る船などがあったと思うが、更に太陽光でプロペラを回し燃料補給無しで長時間飛行する無人機が出来たと聞いている。これで気象観察をしたり場合によっては戦場で偵察などにも使われるのだろうし、なにより国際宇宙ステーションでは大型の太陽電池が設置されていて電力をそれでまかなっている。つまり使うべき所を選ぶなら太陽光発電は今は無くてはならないものだ。

が、一般の電力供給のためには全く酷い物としか言えない。折から、産経新聞の連載記事だが、こんなのがあった。

【太陽光発電は人を幸せにするか】(32) 相次ぐ崩落、自治体の堪忍袋の緒が切れた

ここで書かれているのは大量の太陽光パネルの設置で、山の緑が伐採され、急斜面に設置されたパネルが崩れて大きな被害が出ていることなどから、自治体が太陽光発電パネル設置に待ったを出し始めたというものだ。だが、今更自治体が最初からわかり切っていることをなんで問題にするのかが不思議に思えて仕方が無い。

そもそも、太陽光で従来の化石燃料発電や水力発電、原子力発電に置き換えられると宣伝され、それが本当かどうか自治体も、そしてそれに諸手を挙げて賛成した人々も考えたのだろうか。確かに太陽光は自然エネルギーであり、無尽蔵であり、地球上どこでも手に入り、そして炭酸ガスや煤煙などの問題を起こさない。非常にクリーンで、何しろ無尽蔵にどこにでもあるのだからエネルギーコストが安くなる、と思い込んだのは良いが、本当にそれが正しいのかどうかはもう少し考えてみれば分かるはずだ。ところが、自然のエネルギーだからクリーンだ、という時点でその先を考えないからこんな馬鹿なことになる。

別に専門知識も要らないが、太陽光パネルは誰かが作らなければ存在しない。またどこかから原料を持ってこなくては製造できない。設置しなければ使えない、壊れたら処分しなければならない、維持費もかかるなどなど当たり前のことが、太陽光発電万歳の人たちには思い浮かばなかったようなのだ。

日本は世界でも有数の晴天率の低い国(周囲が海洋なのだから当然)であり、日照時間の必要な太陽光発電には不適当であること、世界でも有数の豪雪地帯であり、雪に埋もれてしまえば太陽光パネルは役に立たずさらに破壊される率が高いこと、屋根に付けることで屋根に負担がかかり壊れやすくなること、風を受けやすくなるため風害による被害が増えること、大規模発電では市街地から離れた場所に設置しなければならないので、設置コスト、メインテナンスコストが割高であること、世界でも最高レベルの森林面積を持っている日本で、広い森林を伐採しなければ設置できず、森林から得られている大気浄化などのメリットが多く犠牲にされていること、多くの場合太陽光パネルが設置された場所は結果として荒れ地になること、多くのパネルは安い中国製などであり、結果として中国企業の利益になっていること。

多くのパネルを製造し、設置し、維持し、最終的に撤去廃棄するまでに生ずる二酸化炭素量、消費電力と、太陽光パネルによって減らせる二酸化炭素量、発生電力の損得勘定はどうなのか。

更に、民主党政権によって定められた太陽光発電を電力会社が買い取り、その負担を一般が負担しなければならない制度により、自宅に設置できる資産家は電力料金の軽減や買い取りにより設置コストをかなり軽減でき場合によっては利益を生みながら、その負担を設置できない一般人が負担させられる不公平。

ざっと考えただけでも太陽光パネル発電のデメリットは限りなく大きい。それに今更やっと気づいた自治体が反旗を翻しているというのが先の記事だが、実際に被害が起きてみないと実感できなかったのか。私は専門家ではないが、それでも民主党が買い取り制度を言い出した頃から馬鹿なことを言うなと何度もブログに書いてきた。

今の問題は単に自然エネルギーだからクリーンだ、との宣伝文句に後先なく飛びついた結果だろう。太陽光パネルにはそれなりの役割があり、それは必要だからこれ自体が悪いわけではない。理解できない馬鹿が主導権を握っているのが問題なのだ。

太陽光発電の問題を例に挙げたが、最大の問題は護憲問題だろう。太陽光発電でだまされたお花畑は、武器を捨て話し合いで戦争を避ければ良い、九条を守れば戦争にならないと本当に信じているのか。戦争とは何故起きるのか、何故今まで戦争がつきないのか、武器を捨てた国で生き残り繁栄している国が本当に存在するのか、などを考えない。馬鹿の極みだろう。戦争を避けるには戦争を仕掛けないのは無論、仕掛けさせないための抑止力が必要だとは、人間がどうして文明を築いてきたのかを少しでも知れば理解できるはずだが、その理解がお花畑には出来ない。平和は尊いとのお題目でそれ以上の思考が出来ないのは、自然エネルギーはクリーンだとのお題目でそれ以上を考えないのと同じ頭の構造をしているからだ。

日本が核を持たなければ世界から核が無くなる、核戦争は絶対なくなるなどと思い込んでいるお花畑も北朝鮮問題がどうして起きているかなど関係はないのだ。

それをお花畑に吹き込んでいる者達が確かに存在する。が、それを吹き込まれるお花畑が実際に日本には多すぎる。つまり、馬鹿が多すぎるのだ。美辞麗句と現実は違うのだ、理想を実現するにはどのような問題を解決しなければならないのかを普通は考える。仕事をしていてもそうだろうし、お花畑といえども日常生活では常に突き当たっている問題でそれなりに解決しているのだろうが、こと国家レベルになると、民主党の美辞麗句にだまされて政権を取らせ、電力料金の高騰に文句を言い、九条を守れば戦争にならないとの宣伝にうっとりしている。これがお花畑だ。悪意はないのだろうが、悪意を持つ者に利用されるのがお花畑だ。



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左翼の論理

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このところ安倍政権の支持率が急速に上昇し、今の政権与党が如何に安定しているかを示している。

一時は、ロシアとの交渉で一方的に対露投資ばかりが話題になり、北方領土返還など一ミリも進まなかったではないかとの批判で支持率が下がったりしたが、元々ロシアとの領土返還などいくら日本に道理が有ろうと実るはずがなかった。これについてはいずれ書くかも知れないが、ロシアを少なくともよけいな事をさせないために餌をばらまいたと考えれば当然の結果だと思う。ロシアはいずれ絶対に信頼してはならない国なのだから。

しかし、中国やロシア、朝鮮は日本ではないので、どうせ日本とは利害が異なる、到底信頼の出来ない国だからと割り切っていればよい。しかし、最も弊害の大きいのは、日本国内にいる”左翼”、”リベラリスト”、”知識人”と言われる連中だろう。""で囲んだのはこれらが本物の左翼、リベラリスト、知識人とは似ても似つかない連中だからだ。

左翼として政権与党に対する反対意見を持つ事自体全く構わないし、誰も彼もが政権与党の言うがままを受け入れるならそれはとんでもないことだ。批判者の居ない政権など、独裁者でしかない。リベラリストとは本来自由主義者の意味であろうが、当然ながら言論思想政治活動などの自由がない社会など到底容認できる物ではない。知識人、当然尊重されてしかるべきだ。知識のない人間など社会人であれば存在しないし、専門分野では専門外の人間よりも知識を持っていて当然だし、それが例えば政治、外交、軍事などなどの知識を持っていてそれを啓蒙する人達はむろん社会には不可欠だ。

だが、私が先に挙げた""付きの連中は似非なのだ。とりあえず、そのような連中の一人が書いている記事をここに挙げる。

もし時間があって無駄にしても良いなら読んでみていただきたい。別に理由があってこの記事を引き合いに出したわけではなく、リテラの記事の中から適当に選んだだけの事。どれ一つを選んでも大して変わらないゴミ記事、典型的な""付きの左翼、リベラリスト、知識人の書いた物だ。なぜ読むのが無駄なのかと言えば、彼の論理がまるで成り立っていないからだ。

何かを批判し反対するのは一向に構わないが、そのためには根拠を示す必要がある。また、根拠を示した上での反論批判は非常に有用であり、下手な迎合よりはよほど人を進歩させる。政権与党に反論し批判するにもそれなりの根拠があるなら、それは貴重な物であり、政府もそして政府支持者も十分に耳を傾ける必要がある。そうすることで、政府もより国民の生活向上に為の政策を採れるだろう。しかるに、この記事では、その根拠がまるで無いのだ。


佐藤優と北原みのりが安倍首相の慰安婦問題の対応を批判!「慰安婦は歴史問題じゃない、男の姿勢が問われている」


この記事は、要するに韓国の言う従軍慰安婦が日本軍に強制連行され、性奴隷にされた事に対し、日本が通り一遍の謝罪だけで、後は金を払えばチャラというのは不遜だ、誠心誠意韓国に謝罪すべきだという例の難癖なのだが、それが成り立つためには、本当に日本軍が手当たり次第に朝鮮人女性を連行し、性奴隷にした事実があるのかから証明しなければならない。そしてそれが事実であるなら日本は誠意有る対応をするべきであろう。

が、何度も過去に書いているが、朝鮮人女性を強制的に連行したり性奴隷にした事実はない。証明されていないのではなく、そのようなことがなかったことが証明されているのだ。当時売春は、教育の対象外であった朝鮮人(のみならず世界中で)合法的な女性の職業であり、日本軍が強制的に連行する必要など無かったし、そして朝鮮人女性が自ら募集に応募し、或いは親に売られるなどして朝鮮人業者が日本軍のために斡旋したものだ。そもそも、駐屯地で強制的に住民を連行し性奴隷にしたりすれば、住民の大反発を買う。そんな事をするより、合法的な職業として高給で募集する方がよほど簡単で、感謝され、住民の反発を抑えるよりもコストもかからない。従軍慰安婦自体は当時は世界で当たり前に存在したし、むしろ兵士による現地女性へのレイプなどが今に至るまで頻発している。

何から何まで根拠を検討してみて、日本軍が朝鮮人女性を強制連行し性奴隷にした事実など無い、無い事が証明されているが、朝鮮はもとより、日本の馬鹿共はその証明された事実を無視し、とにかく日本が悪いとの前提で発言している。

だから、どれもこれも""付きの左翼などの言は取り上げる価値など全くないし、話し合って理解させるなども不可能なのだ。彼らの目的は真実を明らかにする事ではなく、日本を貶め侮辱する事であって、確かにその一部には中国や朝鮮の手先になっていると考えても無理はないだろう。吉永小百合など、完全に共産党の広告塔であり、武器を捨てる事が平和主義だ等と言っている。役者としては優れているのかも知れないが、まともな理解力もない癖に権力を批判すれば知的に見えると思い込んでいる芸人や役者にありがちな存在だ。むろん、役者が芸人が政府批判をしてはならない等とは言わない。批判は大いに結構、しかしそれには根拠が要るということだ。

私自身、今は自民支持、安倍政権支持だが、何から何まで安倍政権のやることなすこと全て支持しているわけではない。移民政策や生ぬるい対中対朝鮮政策などは批判している。いずれ、機会を改めて書くかも知れないが、それはさておき、

何処の国も政権に噛みつく犬はいるし、そのような犬を扇動する連中もいる。言論思想の自由が保障されている国では例外はない。ロシアや北朝鮮、中国のような独裁専制国家では、政府の意に添わない発言や思想は弾圧の対象になるのとはちがう。ちなみに韓国は自称民主国家だが、現実には反日発言以外が全く認められず犯罪扱いされ弾圧されるような国が、唯の一秒も民主国家であった事など無いのは何度も言っている。なにしろ、北朝鮮の正式国名が、朝鮮人民民主主義共和国というのだから、何かの冗談なのだろう。ロシアも民主化したと言うが、全くそんな事はない。あれは紛れもなく独裁国家だ。

とにかく、日本の"左翼etc."は反対のための反対しかしない。何故反対なのかの根本的な理由が全て存在しない。

それを顕著に顕しているのが

共産党大会、初の他党幹部参加 民進など3党…志位和夫委員長「本気の共闘で政権打倒」

だろう。共産党は嘗て野坂参三がソ連のスパで仲間を売っていた事が判明し、数十年間日本共産党のトップにいながら除名された。最近共産党は三年ぶりに党大会を開き、不破哲三が今年も野坂の跡を継いだままのようだ。志位和夫体制がそのまま引き続き承認されたが、選挙もなく同じ人間が単に一方的な承認という形で、同じ地位にとどまる、要するに典型的な独裁政党なのだが、この時代錯誤の独裁主義者達が、少なくとも民主的に成立している自民を批判するなど己を知らないにも程がある。散々、安倍総理を独裁者だと罵っていた共産党がそのまま独裁体制なのだ。

さて、その共産党が、自民から政権を奪うために民進と共闘するそうだ。そして民進もそれに同意し、共産党大会に出席したりしている。しかし、民進内部にも、共産党とはイデオロギーが全く違うので共闘は無理だとの声があるし、それは当然だろう。が、共産党も民進党もそんな事は二の次であり、とにかく政権を倒す事がイデオロギーなどよりも優先されるというわけだ。この様な形で野合するしか、イデオロギーでの共闘が不可能である以上方法はないと言う事らしい。こうなると、もう彼らは政党とは言いがたい。たんなる野合集団であり、彼らの命運も此処にきわまったと言っていいのではないか。

引用記事の確認の場合は、上記のURLをクリックして元記事を参照してください

カルトに陥る人々

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このブログでも最近洗脳やカルトについて書いたが、それが決して人ごとではなく、この日本でも大きな問題になろうとしていると、私は書いた。つまり、事実に目を向けず、都合の良い情報を信じ込むお花畑のことだが、彼等は、繰り返すが日常生活に於いては極めて正常な人々だ。だから普通に接していればその人がまさか何かを全く考えること無しに盲信している人だ等とは到底分からない。

ところで、人のことはそのように観察することは出来るが、私自身は何かを盲信していてそれが誤りなのかも知れないなどとは考えていない、そんな懸念はないだろうか。私も自分では、それなりに普通に生きていて無論個性はあるだろうが、自分ではそれほど非常識だとも思っていない。が、上記の何かを全く考えること無しに盲信していることはないだろうか。仮にそうであっても、じぶんでそれを自覚することなどあり得ない。

さらに一般的なことを考えてみる。私も含めて普通に生活をしている人々にとって、知識の殆ど全ては他から与えられた物、及びそれを基に自分で組み立てた物に限る。例を挙げるなら、私たちは、地球が巨大な球体で、24時間で一回転し、365日で太陽の周りを公転していることを知っている。月が地球の周りをおよそ一月かけて公転していることも知っている。太陽と月はほぼ同じ大きさに見えるが、実際は地球からの距離が桁違いに違うため、サッカーボールと芥子粒ほどにも違う大きさなのに見かけ上同じくらいの大きさに見えるのだと言うことも知っている。が、今それを知っている現代人は誰一人自分でそれを発見したのではない。コペルニクスからガリレオなど多くの科学者がそれを発見し、今に伝えているから私たちはそのような知識を持っている。

昔の人々は円盤状の大地の東側から太陽や月が出てきて西に沈み、大地の下を西から東に移動して又次の日に東から出てくると考えていた。実際私たちが日頃見ている太陽や月の動き、ぐるりと周りを見回しても地平線水平線が見えるだけなのだから、円盤状の大地とその東から西に向かって動き続ける太陽と月の動きは全く矛盾が無く、つまりそのように信じても日常生活には何の支障もない。

光の速さが秒速30万キロだとも私たちは教えられたからそう思っているが、これが300メートル、すなわち音の速さと同じくらいなのだとしても日常生活に支障がない。つまり私たちが事実だと何の疑いもなく信じている事は、実は自分で確認したことなど無い。

リンゴが木から落ちるのも万有引力があるためだと考える理由が私たちにはない。リンゴは熟せば木から落ちる物なのだ。

が、実際は例えば飛行機に乗って太平洋を横切れば嫌でも地球が丸いことは分かるはずなのだが、それは地球が丸いという事実を知っているから気が付くのであって、もし私たちが地球は円盤だと信じていたら、飛行機で太平洋を横切ってもそれと地球が丸いことを結びつけるだろうか。おそらく結びつけない。そのようなことに基本的な知識がないちいさな子供は、考えないだろうが、それと同じ事なのだ。だから、当然結びつけるだろう、と結論を出すのは早い。なぜかは後述する。

誰でも経験するが、遠くで稲光が光って、それから何秒かしてから雷鳴が聞こえる。それは光と音の速さが違うからそのような現象があり、私たちは光と音の速さを知っているから稲光と雷鳴の聞こえる時間差を当たり前と考えるが、大昔の人々はその現象を当たり前と考えていて、なぜとは思わなかった。誰かが光はとてつもなく速いのではないかとの疑問を持って、初めて研究が始まり、そして今の知識が定着したのだ。

リンゴが木から落ちるのはそれが当たり前だからと誰もが思っていたとき、なぜ落ちるのかとニュートンは人類で初めてそれに気が付いた。(ニュートンとリンゴの話は後世の作り話とも言われているが、それはさておき)なぜ、ニュートン以前に、リンゴが木から落ちることに誰も疑問を持たなかったのだろう。

ようするに、自分が当たり前と信じていることに、なぜだろうか、本当だろうかと疑問を持つのは、実は極めて困難であり、希有なことなのだ。私たちは、地球が太陽の周りを回っていると教えられ、それを全く疑わずに信じているが、もしかしたらそれは間違いではないかと疑ったことがあるだろうか。実は太陽は月の周りを回っているのかも知れないと考えたことがあるだろうか。

おそらく十年くらい前だったと思うが、同年輩の人々数人でどこかで飲みながらいつの間にかなぜ夏や冬があるのかという話題になった。普段こんな話を飲み屋でするなどあり得ないが、鮮明に覚えているのはよほど印象に残ったからだ。私が驚いたのは、私以外の全員が、地球の軌道が楕円だと知っていたのはともかく、冬は地球が太陽から遠ざかり、夏は近づくために暑かったり寒かったりするのだと思っていたことだ。

実際は、地球の回転軸、地軸が傾いているために、地球の太陽に対する公転軌道上の位置が違うことで、北半球と南半球で太陽光の当たり具合、正確には当たる角度が変わるために夏と冬の気温の差が出来る。したがって、北半球と南半球では夏冬が逆なのだが、その人達はそれを知らなかった。地球上ではどこも一緒に夏冬になると思っていたのだ。

その時はたまたま私は事実を知っていたからみんなに説明出来た。ただし、本当に理解したかどうかは分からないし、私も別に彼等に教える立場でもないのでいい加減に説明しただけだ。が、私が彼等と同じ誤解をしていた可能性もあるのだ。疑問を持たなければ、地球と太陽の距離が変わるから季節による温度差が出来ると信じていても何の矛盾もない。

今考えてみると、季節の温度差が地球と太陽の距離の変化による物と考えていた人たちに比べ、地軸の傾きによる物と考えていた私が生活面で何か得をしていたわけではない。当時別にそれが議論になったわけでもなく、その人達は、ふーんそうだったのか、と言ってそれで話はおしまいだったし、又私もべつにそれを彼等に教えたわけではない。ただ、「私が聞いたところによると、地球の北半球と南半球は季節が逆で、それは太陽光の当たり具合が季節によって変わるからだそうだ」くらいにしか言っていない。彼等を説得する理由もなかったし、私がそれを主張しなければならない理由は何もなかったからだ。

仕事の上で価格をどうするか、納期はどうするか、仕様はどうするか、支払い方法は・・・などなど細部に至るまで打ち合わせ、双方が同じ内容を納得しなければ実害が出る。が、太陽が月の周りを回っていようが地球と太陽の距離が毎年変わろうが、普通の生活では実害が出ない。

つまり事実かどうかが生活に直接関わるかどうかは、その人の生活状況による。誰でも子供の頃はまともに計算も出来ず言葉も知らず人の嘘も全く疑うことなく信じ込んでいたが、大人の保護があったから何を知らなくても全く困らない。が、自分で生きてゆく様になるためには、様々なことを知らなくてはならず、そのために教育が必要なのだが、一般人にとっては心臓が身体の何処に有ろうが、肝臓の色がどうであろうが全くどうでも良いのに、医師には必要不可欠な知識だ。天文学者や宇宙工学の専門家にとって、太陽が地球の周りを回っていても構わないと言うことはあり得ない。物理学者にとって光の速度は1%の誤差も許されない。

どのような知識を必要とするかはその人の生活による。今まで私が生きてきた生活に於いて、太陽と地球の関係が重要だったことはない。光の速度を考える必要もなかった。

くどくどと書いたのは、なぜ日本のお花畑が自分では考えずに吹き込まれた物を盲信するのかを考えてみたからだ。要するに、お花畑にとって、国防も従軍売春婦も原発も核も自分の生活にとってはどうでも良いからなのではないか、真実がどうであれ自分の生活が変化するわけではないと感じているからではないのかと思ったからだ。

だから、あれだけ集団自衛権がどうした、原発再稼働がこうしたと騒ぎながら、自分の意見を最大限に反映する選挙には行かない。このような、自分には関係がないがとりあえずみんながそう言っているから自分もそう言っておけば波風たたないとの姿勢が、たとえば赤非のやりたい放題の嘘を放置してきたのではないのか。自民がけしからん、増長しているから懲らしめてやろうとの風潮に乗って(確かに当時の自民は最低最悪だった。或面今でもそのようなところはある)自民叩きのマスコミに乗せられ民主党を政権に付けた。そして日本は未曾有の損失を被った。東日本大震災は天災だが、それを巨大な人災にしたのは民主党だ。その現実を見せられ、次の選挙で民主は惨敗し、自民が政権を取り戻したが、そのあとでさえ、投票率は低いままで、例えば東京都では桝添氏が都知事になった。まともな候補を用意出来なかった自民にも責任があるが、前任の猪瀬氏を担いだのも自民であり、彼の不祥事が結局桝添媚韓知事を当選させてしまった。要するに、お花畑は何も学んでいないと言うことだ。

それは都知事が誰でも、政権を何処の馬の骨がとっても自分の生活には直接関係がないと思っているからだろう。

太陽と地球の関係がもし今と違っていたら自分は存在すらしないのだが、いずれ太陽と地球の関係は誰がどのように努力しようと考えようと変わるわけではない。その意味で、考えても考えなくても真実を知っていても知らなくても自分の生活は変わらないが、国家防衛、エネルギー問題、外交問題などなどは自分が変えなければ自分の生活が直接大きく変わり、場合によっては成り立たなくなる。太陽と地球の関係とは全く違うのだが、その区別が付かないからお花畑なのだ。

そうであれば、面倒くさいことを考えたり文句を付けられるよりもみんなが言うことになびいていた方が楽だと言うことになるのだろう。もう一つ理由を挙げるなら、上に書いたように、大人に保護されて生きている子供達の様に、お花畑の人々にとって、知識が無くとも判断力が無くとも問題がないのは、この国があまりに保護が行き届いているから、国民に知識が無くとも判断力が無くとも生きて行けることに通じるのかも知れない。少なくともそう思いこんでいる人々がお花畑になるのではないのか。

次の記事があった。

元慰安婦への日本政府の聞き取り 映像初公開=韓国団体

これは例の河野談話の基になった売春婦聞き取り調査の映像だそうだ。韓国に言わせれば、日本からの要請でこの映像の公開をしなかったのだとのことだが、どうせ韓国の言うことだから嘘だろう。いずれにせよ、両国の協約ともいえる約束で公開しないとしていた映像を韓国は一方的に公開した。約束の概念がない野蛮国家だからと言ってしまえばそれまでだが、その公開理由が、日本が罪も責任も認めないから慰安婦が性奴隷であったという証拠を突きつけたのだそうだ。

その言いぐさが振るっている。慰安婦自身の証言こそ最も確実な証拠なのだそうだ。偽証罪や詐欺罪が日本の数百倍以上の韓国人の証言で、しかも矛盾を指摘されると高齢者で記憶も曖昧なのだから仕方がないと言ってのける。この証言以外韓国から出てきたためしがない。漢字が読めない韓国人からこれ見よがしに強制連行の証拠だとか竹島の証拠などが出てくるが、自爆しているのが落ちであり、彼等が持ち出せるのはばあさん達の証言しかない。

それに対し、菅官房長官の談話があった。

慰安婦聞き取り映像公開「理解に苦しむ」 菅官房長官が不快感

日韓双方でこの映像は公開しないと約束していたのを一方的に保護にした韓国のやり方はいつものことで、そもそも日本が謝りさえすれば韓国はそれ以上追求しないとの約束で日本が事実でもないことを認めた形で謝罪したのが今の強請たかりの原因だ。つまり嘘つきを信用したという当時の宮沢内閣の馬鹿さ加減が悪いのだが、むろん、嘘つき韓国がどうしようもないくずだと言うことを菅長官は言いたかったのではないか。

むしろ、当時のいきさつを全て添付して日本がこの聴き取り映像を全て公開すればよいだろう。韓国は都合の良い編集して公開しているのだから。

そもそも、何処の世界でも法や司法がしっかりしている国では、証言だけでは証拠にならない。その証言の裏付けが取れて初めて証言の証拠能力が出てくる。故意に証言で嘘をつけば偽証罪に問われる。仮に本人が信じ込んでいる場合でも、それが思いこみであるケースが極めて多いのは、良く知られている事実であり、だからこそ、警察などの誘導尋問が厳しく糾弾されているのだ。しかし、証言だけを集め、世界のお花畑をだます手口は結構通用する。当然ながら、感情論で訴えられると事実かどうかなど全く考えずに洗脳されしまうお花畑は世界中にいるのだ。したがって、中国も同じ手を使う。

中国が「抗日活動」強化 南京事件“生存者”100人の証言、ネットで公開

南京事件についてはあれが虚構であることは様々な物的証拠が示している。人口25万の南京で、総勢10万そこそこの日本軍が30万の中国人を虐殺したという話や、虐殺が正に起きている筈の南京に続々と中国人が集まってきて人口が増えた事実。わざわざ殺されに来た中国人の存在が信じられるだろうか。実際は、国民党軍の略奪から日本軍が守ってくれるので、その庇護を求めて中国人が集まってきたのだ。

中国に於いて証言などいくらでも創作出来る。演技指導をして、あるいは役者が涙を流しながら証言したとして、それがなぜ今まで出てこなかったのか。なぜ、虐殺が起きている最中だったはずの南京で、大勢の外国メディアがその事実を伝えていなかったのか。

今では30万虐殺が40万になろうとしている。将来は10億くらいになるのだろうが、中国に於いて数字は常に白髪三千丈だと考えるべきだ。おそらく南京で戦闘に巻き込まれあるいは便衣兵として処刑された中国人は何百人かはいるのだろう。それが3万、10万、20万、30万になり、今では40万になろうとしている。

朝鮮もそうだが、最初は命令されて証言を作り出していたばあさん達や遺族達は、何度も繰り返す嘘を自分で信ずるようになる。それは、子供が自分の嘘を事実だと信じ込むことがあるのと同じだ。特に3,4歳の子供は、自分にとって都合の良い状況を事実だと信じ込むから、例えばどうしてお友達の玩具を取ったのと叱られると、あの子が自分にくれたんだと言い訳をする。親はこんな小さなうちから嘘をついて、将来大変なことになるとショックを受けるが、実際はそのくらいの年齢だと、自分で本当にその玩具を相手からもらったのだと信じている。精神が未熟だとそうなるのだ。

幼い頃から洗脳され精神が未熟のままの中国朝鮮人には同じ事が起きているのだろう。

慰安婦:塩野七生氏「繰り返せば自ら信じるようになる」

韓国では早速塩野氏を右翼認定しているが、これは基本的な心理学の常識であり、心理学者は全員右翼認定されなければならない。

さて、翻って、私は事実でないことを頭から信じ込み盲信していることはないだろうか。あたかも自分で確かめたこともない地動説や光の速度、万有引力の説明を信じているように、本当は日本軍が強制的に朝鮮人女性を20万人連行し、その間夫も親も子も弟も兄も連れて行かれる女性達を黙って見送って全く暴動が起きなかったのを、日本軍が強制連行も性奴隷にしたのも嘘だと思いこんではいないだろうか。

中国が本当は平和を愛する国で、日本が過剰反応しているだけであり、日本が核武装をするなどとんでもない間違いなのに、私は何かの勘違いで中国が危険な国だと思いこんではいないだろうか。鳩山氏の言うように、中国と友好関係を築けば日本の繁栄が約束されるはずなのに、私は思いこみから日本を危険な方向へ追いやろうとしているのではないか。何か日本に危機が迫っても、アメリカは自国を犠牲にしても日本を護ってくれるはずなのに、それを信じない私は信ずることの出来ない異常者なのだろうか。

これをお読みのみなさんはどうお考えだろうか。


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お花畑白書

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このブログでも何度か触れたことがあるが、私の古い知人に根っからの共産党員が居る。もっとも、時々あって話をするようになったのはつい最近のことであり、昔の彼のことは知らないが、本人によれば筋金入りの共産党員なのだそうだ。

しかし彼は通常は極めて常識的であり、学識もあり、社会的にも特に有名人ではないものの彼を知る人で悪く言うのを聞いたことがない。私自身も、彼のことは尊敬できる人物だとかつては思っていたし、今も基本的には人のためには労をいとわない人だとその意味で評価、尊敬している。

が、たまたまその人と安倍政権や中国のことなどを話した時、彼が根っからの共産党員であり極めて固定観念でしか物を見ない人だと分かった。そう分かった時にはそれ以上の話をすることは止めたが、あとで他の人から、「あの人は立派な人だけれど、ちょっと頑固でね、あまりややこしい話はしない方がいいよ」と言われた。つまり彼は地域では尊敬されているが、ややこしい話をしても一切受け付けずまたその人と話をしても仕方がないと言うことだったようだ。

また、実際普段の生活で私たちは仕事でも近所づきあいでも、巨人が強いとか、韓流ドラマがおもしろいとかつまらないとかの話はしても、アベノミックスがどうした、TPPがこうしたなどは話題にしない。興味がないと言うより、相手との関係を壊したくない日本人特有の感覚からだ。

欧米人と話していてよく分かるが、政治の話などをして、喩え意見が違ってもそれで相手との関係がおかしくなるなどはないとの認識がある。仕事でも利害が絡んでいるから時には喧嘩腰の交渉をするが、それが済めば一緒に食事をしたり和気藹々と過ごすことが出来る。日本では、意見の違いすなわち関係悪化という認識があるようだ。

これがまた、大切な隣国である韓国や中国との意見の相違は、余り主張すると関係悪化につながるから触れないで置いた方がよい、というお花畑大量発生の原因になっているのではないかと思える。

つまり上記の共産党員もその意味で誰もが政治や国際関係の話をしないし、またその人がどう思おうと自分の生活には関係がないから、そんな話になっても唯うなずいていればよいと言うことらしい。実は私もその傾向があるし、何が何でもその人を説得しなければならないと思っているわけではない。

ただ、お花畑という言葉を私はここで頻発するが、お花畑の人々も社会一般では善良で世話好きで喜怒哀楽も普通の人々なのだと言うことであり、ただ一つの問題は、自分の立場が日本にどのような影響を与えるかの自覚が無く、そのために自分は何をよりどころにすべきか、そのよりどころを見つけるためにはどんな努力をしなければならいかを一切意識していない人たちなのだ。

その人達も選挙権を持っているから、その人達の動きで民主党政権が生まれ、脱原発が吹き荒れいつの間にかその声が聞こえなくなり、誰かが扇動すれば橋下氏の言動が話題になる。

上記の共産党員は私より年輩であり、どうも地域活動で自民党に幻滅し、共産党を信奉するようになったらしい。たしかに一般庶民からすれば自民党の代議士は地元に利益誘導すると言っても農業や商業組織などに利益をもたらし、土建屋に金を回すしかしていないという認識があり、一方共産党は着実に地域のために働いて、例えば民商などは自民党が相手にしてくれない中小商店などを相手にしている。また専門の医療機関を持ち手広く地域の特に高齢者の医療に取り組んでいる。これは確かに評価すべきであり、なぜ自民がそのような活動をしないのかは地域でも不信の理由になっているようだ。だから、自民は国政では幸い勢いを取り戻しているが、地方政治では芳しくないし、共産勢力の強い地方自治体はかなり多い。

自民も国政レベルで国民の生活改善には相当力を入れているのだが、いかんせん共産党とは地域住民との距離が違う。親身になって地域で相談に乗ってくれる上記共産党員のような活動家が、地域の有力者としかつながっていないかのような自民よりは地方で任期があるのは当然だろう。そのような思いをしている人たちに、例えば自民が防衛体制を見直しているから中国から日本を護っているのだと説明しても、それは地方では実感できない。

ちょうど、ハマスやタリバン、アルカイダなどが、地域の弱者達に直接生活支援をして根強い支持を得ているのと似ている。これらの国々の本当の弱者達にとって、国や役人は権力者であり腐敗しており、ハマス、タリバン、アルカイダこそ自分たちのことを本当に考えてくれていると感ずるのも仕方がない。客観的に国家間関係や自国の安全を考えろと言うのも到底無理なのだ。

共産党は何処でもそれにつけ込んでいる。庶民が高所大所から国のあり方や国際関係などを理解するようになるのは困るのだ。共産党や左翼のプロパガンダを見ると正にそのようにしてお花畑を扇動している。中国が国をまとめるために、国民が情報を得て判断をするようになっては困るから、強力な情報統制をしている。韓国もその意味で極めて強力な情報統制をしているわけだ。

その成果は、上記の地域で尊敬されている老共産党員の例でよく分かる。彼は良識ある人間だが、ただそれは経験で培った物であり、また彼の人のために働きたいとの思いが作り上げた物だ。それはそれで十分尊敬に値するし、社会的な貢献で言えば私などよりよほど上だ。

だが、彼の思考には最初に結論があって、それにそぐわない他者の意見は意識に上らない、それどころかその場の雰囲気を壊す不愉快な物と映るらしい。自分が理解する気のない話題を持ち出すことは自分を侮辱していると考えるのではないか。それは以前から気が付いていたので、最近は彼と政治や中国韓国のことを話すなどはしなかった。なにしろ、彼は隣国同士仲違いするのはまちがっている。日本は昔中国や韓国を侵略しひどいことをしたのだから、彼らが多少口汚くののしっても黙って聞いていればいいのだ、事実などたいした問題ではないということだ。

こういう人物と理論的な論争など出来るはずがない。しかし、20日のことだが、ちょっと話をしていて、たまたま三浦雄一郎氏が80歳でエベレスト登頂に挑んでいると言う話になった。三浦氏が登頂に成功したのはそのときは未だ伝えられていなかったが、とにかく、80過ぎでエベレストに挑戦するとはすごいものだ、確かに昔から様々な記録に挑み普通の人間よりは訓練をつんでいるとはいえ、一念発起して非常に厳しい鍛錬をして体を作り直し、挑戦しているのだから偉いものだと私が感心したら、自分の挑戦のために何人ものサポートを受けている。記録に挑戦したいのなら一人でやればよい、と彼が言うので耳を疑った。

普通のベテラン登山家でも、一人でエベレストには登れない。必ず何人ものサポーターが居て当たり前なのであり、いくら若くてもサポートを受けられると知っていても普通の人間はエベレストに登ろうとは思わないだろう。もちろん、登ってみたいというあこがれは持つかも知れないが、最初からあきらめるのが大半だ。

80歳と言えば、いくら長寿社会の日本でもかなりの高齢であり、近所の山歩きもしなくなる。それなのに、いくら経験があろうと体力があろうと、80でエベレストに挑戦する姿勢が、多くの高齢者達を発憤させるのではないか、その意味でも大変な業績だと思うのだが、老共産党員は道楽だ、そのために何人もの人間を使っている、とお怒りなのだ。

政治や中国韓国の話ではないし、彼自身私よりかなり高齢だがかくしゃくとしている。三浦氏の話は彼にとっても励みになるのではないかと思った私がまちがっていた。彼にとって、ブルジョアの金に飽かせた道楽などもてはやすこと自体がけしからんと言うことなのではないか。べつに確かめたわけではないし確かめようとも思わなかったが、確かに人それぞれだ。

三浦氏のエベレスト登山が誰を傷つけたわけでもないだろうし、むしろ多くの高齢者の励みになったと思うがそう思わない人がいると私には思いも寄らなかっただけだ。

思い起こしてみれば、何気なく中国の今の言葉の大体70%が日本語起源だと言ったら、それは日本語起源だと言えるのかと機嫌を悪くされた。本来の日本語の半分は中国語由来だと言ったら、それはそうだ、とうなずいた。ちなみに、70%の現代中国語が、日本語からの導入であることは証明されているし、古代の大和言葉の半分が漢語に置き換わったことも事実だ。

そんなことは文化の伝承でいくらでもあり、英語もフランス語も大半の単語は共通の語源をもっている。文字も古代ギリシャ発祥の物を使っているが、誰もそんなことを問題にしていないし、ヨーロッパがギリシャ文字を改良して使っていることを指摘しても、その通りだと言うだけのこと、誰も問題にしない。日本も中国から文字を伝えられたことを誰も当たり前に知っているしそれをもって中国に引け目を感じたりもしていない。同様、現代中国語に70%の日本語由来の単語があってもそれで中国に対して優越感も持たない。

が、老共産党員にはそれが我慢ならないらしい。

彼の頭は柔軟に物を考える能力を失っている。しかし、もう数十年も共産党員であり、つまりは若い頃からそのような思考方法を採ってきたのだ。

大なり小なり、お花畑とはこのようにして作られ、このような状態で生涯を終えるのだろうと私が思ったのも無理はないだろう。

韓国は国家全体がお花畑状態だ。

赤文字は引用

原爆投下は「神の懲罰」 韓国紙、日本批判で暴走


【ソウル共同】韓国紙、中央日報が、安倍晋三首相らの歴史認識を批判しながら、広島と長崎への原爆投下を「神の懲罰」と主張し「日本への“仕置き”が足りないと判断するのも神の自由だ」などと、非戦闘員の大量殺りくを肯定するかのようなコラムを掲載したことが22日分かった。安倍氏や橋下徹大阪市長の発言への反発が暴走した形だが、同紙は「社の意見ではない」と弁解したという。

これも前回のエントリーで採り上げたが、コラムで書いておきながら社の意見ではないと、よくまあしゃあしゃあと言えるものだ。そして、韓国政府は一言もそれに対してコメントをしていない。いやしくも他国の政府から抗議を受けた場合は、それが自国の政府宛ではないにしても何らかの反応を示すのが普通だと思うが。

この記事に対しては、日本国内でも相当の反発がわき起こり、それはかつて李明博前大統領の退任直前の行為が日本人の意識を変え、それが民主の大敗、自民大勝の一因になったろう。

アベノミクスは今のところ順調であり、日本経済は一気に活気を取り戻し、それと反比例するように韓国中国経済は急速に悪化し続けている。その不安のはけ口をヒステリックな日本に対する鍼罵倒に費やしている。つくづく馬鹿な国だと思う。

日本に突き放されたら韓国経済は成り立たないことはすでに韓国人の中にも認識されているからそのような記事があるが、それでも日本を罵倒しなければ感情を抑えられない韓国をつくづく哀れに思う。

韓国の対日赤字は急拡大し、日本の対韓国黒字は急拡大している。それでも日本を罵らずにはいられない韓国だから、本質的な解決策を自力で考え出すことの出来ないお花畑国家だというのだ。このようなお花畑は絶対に治らない。上記の老共産党員と同じなのだ。

橋下発言で日本政府の見解要求 国連拷問禁止委、近く対日勧告

 国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会は21、22の両日、ジュネーブで対日審査を行い、従軍慰安婦は必要だったとの日本維新の会共同代表、橋下徹大阪市長の発言に関し、日本政府の見解を求めた。

考えたくはないが、今の国連事務総長が潘基文氏であり、彼が極めて無能であり中立性を持っていないとの批判をさんざんされている人物だ。橋下氏は一地方の行政の長であり、安倍氏は政府の見解とは違うと言っている。その是非はともかく、それでもなお、日本政府の見解を求めたのだとしたら何らかの意図を感じるのも当たり前ではないのか。

 21、22日の対日審査で拷問禁止委は「大阪市長の発言」に繰り返し言及。強制的に慰安婦になったわけではないという主張が日本にあることに言及し、「とうてい受け入れられない」とする厳しい指摘もあった。(共同)

この拷問禁止委なる組織がどれだけ公平中立かはわからない。現在すくなくとも日本では拷問は為されておらずさらに、拷問禁止委の趣旨と、日本による強制的に慰安婦になったわけではないという主張は別物だろう。日本の主張を非難する前に、強制的に慰安婦にされたのかどうかの検証が必要なはずだ。韓国の一方的な主張のみを事実として日本を非難するのであれば、当然この組織の中立性など存在しないと言うことだ。やはり、この組織もお花畑なのだろう。

お花畑とは、影響力を持ちながら最も影響を受けていることで極めて危険なのだ。日本のような民主国家では、敵対国家にとって最も便利で有効な道具になるからだ。お花畑も票を握っている。つまり敵対国家はお花畑をなびかせることで、日本政府を操ることが出来る。

馬鹿だから放っておこうでは済まないことを理解する必要がある。


なお、最後になったが、ついでに韓国の本質がよく分かる話を紹介する。

韓国軍も'慰安婦'運用した

日本軍従軍経験の遺産

韓国戦争当時、韓国軍が軍慰安所を置き、慰安婦制度を運営したという主張が学界で初めて公式提起された。朝鮮戦争当時、韓国軍が慰安所を置いて将兵が使用させたという主張は、その中にいくつかの予備役将軍の回顧録と真の電子の証言によっても裏付けられている。


2011年11月26日12:05 [ハンギョレ21 2011.11.28第887号] 大韓民国政府が抱え主だった

< [ハンギョレ21 2011.11.28第887号] 大部分が町内でなされている性売買 年間 4605万件‘524兆(won)インド小売市場’外国割引店に開かれた >

カテゴリハンギョレ21[週刊誌]

性売買を取り締まるフリをして女性を外貨稼ぎ手段と考えた韓国政府…韓国戦争時に慰安所を設置し、独裁政権は駐韓米軍・日本人対象の性売買を助長した


本文は韓国語である物をオンライン翻訳した物だ。原文はそのままではダウンロードできないのでキャプチャリングしてあるが、サイズが大きすぎるのでここでは載せない。いずれにせよ、この種の記事は急速に削除されていると言うが、この記事が無くとも、韓国兵がベトナムで何をしたかははっきりと記録されている。慰安婦どころの話ではないだろう。

むろん、この記事でも最終的には、悪いのはイルボンと結論は付いているが、万が一上記のお花畑委員会が本当に日本に見解を求めてきたり非難したりしたら、この記事でも紹介してやればよいだろう。


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国を損なうのが日本の知識人?

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知識人とは、知識のある人という意味だろう。しかし、次の記事にあげられている”知識人”が本当に知恵のある人なのかははなはだ疑わしい。特定分野で知識はあるのかもしれないが、全体を見通し判断する知恵に欠けているとしか思えないからだ。

むろん、彼らだけが知識人ではない。多くの知識と知恵をともに有する人々は大勢いる。しかし、己の知識におぼれ、己の知識を絶対として他を批判する連中は、知識はあっても知恵のない愚か者と断ずるのは無謀だろうか。

多少の知識をひけらかし、それを他者が認めず評価せずあまつさえ尊敬もせずにむしろ無視すると怒り狂う人間がいる。俺はこんなに物知りなのにどうして尊敬しないのか、というわけだ。そんな人間だから尊敬などされないし、人々は遠ざかる。すると、ますます持論を振り回し、それが国家をどのようにおとしめようといっさいかまわない。

知識人にも多数有るが、下記などは最悪の部類だろう。

赤文字は引用

日本の知識人や市民団体、独島・尖閣問題めぐり反省求める

 「許すな!憲法改悪・市民連絡会」などの市民団体は28日午後、国会で1270人の署名を添えたアピール文を発表した。同文にはノーベル文学賞受賞者の大江健三郎氏や、本島等・元長崎市長などが署名し「日本は韓国や中国が最も弱く、外交的な主張ができなかった時代に、竹島や尖閣諸島を編入した。日本人は竹島が、韓国国民にとっては侵略や植民地支配の始まりであり象徴だと考えられていることを理解すべきだ」と語った。

ほかに誰が連名しているかは知らない。がとりあえずここで名の上がっている両名を見るなら、大江氏は全く科学的検証をせずに己の知名度だけで脱原発を訴えている老害そのものの存在だ。長崎市長は、かつてオバマ大統領がプラハで核拡散防止を訴えたとき、自分たちはオバマジョリティを名乗り、世界の核拡散防止を訴えてゆくと高らかに宣言し、その直後米国が新型核弾頭の開発を進め臨海前テストを行ったとき抗議をした人物だ。

オバマ氏の核拡散防止が何を意味するか、すなわち、既存の核保有国以外に核を持たせないが、自分たちは核を放棄せず、今後も開発を続けると宣言しただけなのに、それを理解する知識も知恵もなかった人物だ。

竹島は、日本が発言力の最も弱い時期李承晩が勝手に李承晩ラインを引き、竹島を強奪し4万人もの日本人漁船員を人質にとって日本に竹島の放棄を迫ったものだ。その後実行支配を続けているから竹島が韓国の既得権に入るという理屈は通用しない。日本は一貫して竹島の領有を宣言し続けている。つまり韓国が最も力のない時に日本が奪い取ったのではなく、韓国が日本の一番力も発言力もない時人質を取って竹島を強奪したのだ。

尖閣については中国自体が清朝の頃から日本領であることを認める公式文書を何度も出している。70年代になっていきなり領有権を主張し始めたのであり、むろん、日本が中国の力の弱いときに奪い取ったものではない。当時、中国が建国する前、国際的な決定、すなわちサンフランシスコ条約により日本の領有が確認されたのであり、これらの知識人の主張はまったっく特亜の主張通りであるにすぎない。自分で国際法上の精査をしてみたならとうていこのような恥ずべき事は言わないだろう。要するに、誰も自分の偉さを認めないから、人目を引く主張をしている目立ちたがり屋にすぎない。

当然特亜は積極的にこれを利用し、日本の良識ある知識人は正しい歴史を認識しているのに、極右どもは歴史を歪曲しているとの宣伝に使うわけだ。

政府はこのような連中を野放しにせず、公開の場でその主張の裏付けをさせるべきだろう。主張をさせるのだから、これほど言論思想の自由を尊重した処置はないはずだ。

 また、尖閣諸島をめぐる日中両国の対立については「国交正常化40周年という節目に友好を紛争に転じた原因は、石原慎太郎・東京都知事の尖閣購入宣言と、それを契機とした日本政府の国有化方針にある。中国にとってはこれが『領土問題の棚上げ』という暗黙の合意に違反した、いわば『挑発』だと映っても不思議ではない」と指摘した。

国交何年であろうと、匪賊国家、全体国家、独裁国家、軍事国家、ねつ造国家との友好などあり得ない。そのような存在は、十分に警戒し、油断をせずに、決して近づけずにそして目を離さないでいるしかない。むしろ石原氏は本来あるべき正常な日中関係を引き出したと言える。

今の姿が正常な日中関係なのだ。これを、元に戻そうとする民主政権こそ、日本を危うくする売国奴だ。

 一方、日本の経済界を代表する日本経済団体連合会(経団連)の米倉弘昌会長は28日、NHKとのインタビューで「野田佳彦首相は日中間の領土をめぐる対立に際し、もっと柔軟な姿勢を見せるべきだ」と批判した。米倉会長は「野田首相が『尖閣諸島には領有権問題が存在しない』と発言していることは理解に苦しむ」と語った。

米倉涼子は好きだが、この米倉会長のおつむは理解しかねる。あれほど民主党に肩入れし、民主支持を打ち出しながら、脱原発で手のひらを返したのは、所詮自分に見る目が無かっただけのこと。中国の本質も見抜く力がないくせに、国家自体を危険にさらして金儲けが国の安全より大切というのは、金さえ有れば国は要らないと言う”勝ち組”を自称する浅学無知に通ずる。

【社説】日本の知識人は政府の右傾化を阻止できるか

 しかし、日本のごく少数の知識人が出した1枚の声明だけで、日本の右傾化そのものを変えられると信じてはならない。次の選挙で政権獲得が確実視されている自民党は、極右の安倍晋三元首相を再び総裁に選出し、また安倍総裁は同党ナンバー2の幹事長に石破茂・元防衛相を任命した。安倍氏は総裁に就任する前、日本の歴代政権が出した謝罪表明の談話の修正を訴えて支持者を結集。また、石破幹事長もかねてから海兵隊の創設を主張してきた人物だ。最近の日本の世論は、自民党が民主党の2倍近い37%の支持を得るなど、極端な偏りを見せ始めている。

自民党が支持率をのばしたのは、国民がそう望んだからだ。政府の命令で国民が右を向いたり左を向いたり略奪や傷害を起こす奴隷国家ならこのようなことはない。また、骨の髄まで日本に対する劣等感が染みついている朝鮮では、親日が脊髄反射で拒否される。つまり、政府が国民をそのように洗脳したのだ。特亜に共通するのは、感情レベルで国民が洗脳されている点だ。このような国とのまともな論争など出来ない。日本は右から左まで様々な主張が飛び交い、現実に日中友好協会や、日本を攻撃する知識人も存在できる。そのような社会で国民が自由に思想を持ちその数字が政府を動かしたのだ。

自民が右傾化したのではない。国民が望むべき国のあり方を自民に託した結果なのであり特亜の浅はかな推察など遠く及ぶものではない。

 日本は戦前、国外の雰囲気を理解する一部知識人の反対にも関わらず、日中戦争から世界大戦へと突き進み、国と国民を悲劇に追い込んだ。同じように今回も一部知識人が「反省」を表明したが、これによって今後、日本が目覚めることができるか、見守らなければならない。

その知識人がどれだけ日本人の意識を代表しているのか。彼らがどのような馬鹿なことを主張しようと、日本は日本人が考える方向に動いてゆく。独裁国家や洗脳国家には到底理解が出来ないことだろう。

村上春樹氏「日本の政治家、ヒトラーの結末を見よ」

東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。私の経験に基づいて言えば、「ここに来るまでの道のりは長かった」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが、最近では環境は著しく改善された。いま「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々に楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。

村上氏の評価は別として、彼が本当にこのように考えているならそれはとんでもない間違いだ。中国の昔にはそれなりの文化があったろう。が、すべて彼らはそれを破壊してしまった。今の中国に、世界に発信できるどんな文化があるだろうか。

すべて西欧の文化を彼らが起用にこなして、たとえばヨーヨーマのようなアーティストは出るかもしれないが、彼が中国人で中国の音楽を世界に広めたわけではない。

韓国も同じだ。文化のすべてが日本のパクリで成り立っている。

東アジアにどのような文化があるのか。むしろ南アジアに独特の文化がある。が、東アジアの世界に発信している文化といえばほとんどが日本文化だ。中国文化、韓国文化で独自の物がどのように発展しているのか、村上氏は答えられるのだろうか。要するに中国や韓国で村上氏の小説が読まれるようになったのはうれしい、というだけの言葉に聞こえるのだが。まあ、それは良いとして

今回の尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題や、あるいは竹島(独島の日本名)問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。国境線というものが存在する以上、残念ながら領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは出口のない、危険な状況を出現させることになる。

韓国メディアの記事だから、その文化を破壊したのがすべて日本であるかのように印象づけたいのだろうが、村上氏はそんなことは言っていない。彼は文学者としての才能はあるのかもしれないが(とんと分からないので評価はさておき)少なくとも歴史や地政学にはひどく無知なようだ。「国境線というものが存在する以上、残念ながら領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。」とのことだが、現実は村上氏がそう考えても事実はそうではない。そうなるためには双方に理性と知性が必要だが、特亜には両方ともに欠けている。領土問題が実務的に解決可能な案件ならほとんどの戦争は起きなかったはずだ。

1930年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。

ヒトラーの時代と今は違う。だから、世界から大規模な戦争が無くなった。ただ、ヒトラーの時代、いや、その前の時代さながらの外交を続ける国が、問題を起こしているのだ。

村上氏は、結局領土問題をこじらせるのは双方に責任がある、すなわち喧嘩両成敗を言いたいのかもしれないが、これが最も不公平で不毛な結論であることくらい、世界的文学者なら理解して欲しいものだ。

何も権利を持たない者が言いがかりをつけることで権利を得ることを許せば、ルールなど意味を為さない。それこそ、すべてが力によって決まるだけのことだ。

村上氏がこれほど無知な知識人だとは思わなかった。彼の文学が嘘くさいと感じていたのは、あながち私の読解力不足だけが理由ではなかったと思う。

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知識人とは白痴のことか 朝生を見て

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先日のエントリー「改めて文化人、知識人とは」でも書いたが、日本の文化人、知識人とはつまるところ、テレビに出てなんぼの知識人風お笑い芸人だと私は結論づけた。むろん、まともな知識人、インテリも大勢いるのだろうが、あいにくそのような本物の人たちはテレビに余り露出しない。そう言う人たちを呼んで正論を言って貰うと、視聴率が取れないからだろう。

しかし、先日放送されたテレ朝の朝まで生テレビは別の意味で日本の知識人風お笑い芸人が大いに視聴率を稼いだらしい。私自身はテレビを全く観ないので、番組予告は知っていたが別に気にもしていなかった。しかし、放送直後からかなりネット上でも話題になり、動画が次々とUPされているので、私もかいつまんでみた。フルバージョンは到底観る気にならなかったが、部分部分を見るだけで十分理解できたからだ。いや、なぜこの番組がネットで話題になったかをだ。

一言で言えば、やはり日本の文化人、知識人とは知識も判断力も全くない、単にその場でお客さんから投げ銭をもらえるだけの発言をしていることがよく分かる。日頃からアンチ橋下発言をしているサイトでも、あれは全く問題にならない馬鹿の集まりだと認識を新たにしたようだ。

ただし動画はその後次々と削除されており、あまりに長いので私もダウンロードしていないから、たまに編集された物を今は観ることが出来るが、フルバージョンに近い物も存在する。

それはともかく、確かに束になってかかってもこれら芸人文化人達は橋下氏の全く相手にも論戦にもならず、ただただ、揚げ足取り、些細なことの繰り返しに終始していることがよく分かった。これほど酷く彼らの本性を見せた番組というのも滅多にある物ではないし、日頃、彼らが根拠を言わずに同じことを合唱している理由がよく分かる。何も理解していないのだ。

一つの例だが、橋下氏が公務員である教師に対し、国旗掲揚国歌斉唱の時は起立し唱和することを義務化する条例を出したことに対し、言論の圧迫だ、子供達は大人のどたばたに巻き込まれ被害を受けているとの論調に徹している。

これが言論思想の弾圧なのではなく、教師としての職業服務規程なのであり、彼らが個人的に国歌、国旗にどのようなことを感じていようと、職務として子供達に教育を施す場合は、個人の主義主張は引っ込めて貰わなくてはならない。

彼らの個人としての活動として、国旗は軍国主義の象徴だ、国歌は個人崇拝の歌だと言うのはかまわないが、それを教育の場に持ち込むこと自体は、むしろ彼らが言論思想の自由を侵していることになる。

民主党が政権を盗ったとき、地方支部大会で日章旗を切り刻んで党旗を作ったことで糾弾され、時の執行部が陳謝している。日本の公党として、最初から国旗に対して反感があるなら、それを党の姿勢として選挙前に打ち出す義務がありそれをせずに国旗を毀損したから批判をあび、そして陳謝したわけだ。

また彼らの党大会で壇上に掲揚された国旗に対し、ほとんどの登壇者が無視したことも批判に曝され(意外なことにあの瑞穂氏は最初から一礼した)、これも陳謝している。

教員は、もし個人的心情で国旗国歌に反感を持ち、それを教育の場に持ち込みたいなら、少なくとも公立学校に勤めるべきではない。朝鮮学校で金正恩マンセーを教えているのも、いわばそのようなものであって、日本の学校では許されない。とはいえ、実際には地方の学校で在日朝鮮人を呼んで日本軍が朝鮮人女性を性奴隷にしたと教えさせた等が、途絶えることなく報道されている。

先日も、百人切りを生徒に教え、すなわち中国が一方的に主張している南京虐殺を事実として教えていた学校が長崎にあったことが報道されている。

橋本市長とやり合った連中は、そのような教育をする教師達に対しどのような擁護をするつもりだろうか。教師の思想言論を弾圧してはならないと言うだろうか。

彼らが橋下氏に噛みついているそのごたごたが誰のせいなのか責任なのか、公務員として教師として何が義務なのかを橋下氏に指摘されても、それに対する反論ではなくさらに言葉尻をとらえることに終始している。つまり、マスコミが好んで採り上げる、橋下氏は独裁者との論調に単に乗っているだけで理論的裏付けなど何もないのだ。

脱原発、反戦、9条堅持、反核を言いながら、かつてあれだけ左翼が叫んでいた自衛隊反対、軍事力増強反対、反米に対し全く口をつぐんでいるのは、大衆が自衛隊を認知し、防衛庁の省への格上げや米国との同盟に全く異論を持っていないからだ。

今回の論争を見て、つくづく知識人風芸人の正体がよく分かった。テレ朝もなかなかこれで視聴率を稼いだと思う。

さて、この論争については様々なサイトで同じような評価が多いので、いろいろ探してみたら、あったあった、橋下氏は独裁者であるというサイトが。早速ご紹介するが、共産党のサイトだった。

私は同じ左翼と言いながら、社民や民主と違い、共産党は比較的評価している。なにしろ趣旨一貫した思想をもち、主張がわかりやすいのだ。つまり、共産党が言うから、検討にも値しない戯言だとよく分かるのだ。

現実離れした、彼らの教条主義、ドグマであり、彼らが主張するから間違いだと分かるだけ、評価できるではないか。

赤文字は引用

見えた 橋下市長の危険な本質

 話題は橋下氏の進める教育基本条例案の問題に移り、元大阪市教育委員長の池田知隆氏が「どう喝による教育支配は時代錯誤だ」と指摘。「橋下さんはなぜ『君が代』(の起立斉唱強制)にこだわるのか」とただしました。

 山下氏は、橋下氏のねらう教育基本条例案は、知事や市長が「教育目標」を決め、教員が同じ命令に3回違反したら首にできるというものだと述べ、東京都で「君が代」の起立斉唱をしなかった教職員に対する重い処分を取り消した最高裁判決(1月16日)を紹介しました。

 同判決は、「君が代」斉唱の際、1回起立しなかったら戒告、2回で減給、4回目で停職とした東京都の処分について、減給以上は行きすぎであり違法、職権濫用だと指摘。その理由として(1)「日の丸・君が代」問題は個人の世界観・歴史観にかかわる問題であり、セクハラや体罰とは違う(2)学校の式典は年2回であり、2年で教壇に立てなくなるのは重過ぎる―としました。


ここでも共産党の理解力がよく分かる事例だ。最高裁の判決は、橋下氏の主張する教員の服務規程および違反に対する方針を認めているものであって、ただ、その罰則に対する判断が違うだけだ。これについては以前も書いたが、彼らが卒業式を妨害したことに対する処罰を妥当としているのだが、本来そうではなく、彼らの思想信条を教育の場に持ち込むことが間違っているはずなのだ。

いずれにせよ、判決は教師の国歌国旗に対する反発を公の場で明らかにすることをみとめているわけではない。禁じているのだ。

共産党はそれを完全に真反対にとっている。裁判所が教師の暴走を法的に認めたと言っているわけだ。

やはり共産党が言うから間違いだという判断基準は、わかりやすくて良い。

なお、都構想やカジノ構想など、私自身どうかと思う点は橋下氏には多々ある。が、彼が明言するように、いまの大阪には独裁が必要だろう。かつて朴正煕氏が、あの韓国には民主主義は適用できず、強権による独裁が必要だと考えたのは当然だと思うと書いた。また中国には独裁以外の政治形態は実現できないし、ロシアでも民主主義は成り立たずやはり強権による独裁しかないだろう。

が、彼らの問題は、権力の私物化にあるのであって、橋下氏が権力を私物化するなら話は変わるが、今の大阪は強権を以て改革をしなければならないというのは正論だろう。今までの知事や市長が何をしてきたかよく観ればよい。

そして、橋下氏は、市民に尽くす気がないなら辞めてくれと呼びかけたのに対し、すでに650名もが自主退職を申し出ていることからも、彼の主張が正しいことはよく分かる。

ただし、独裁がよいとは思わないし、独裁と言っても日本における独裁は、中国やロシア、まして韓国とも違う。独裁的手法という意味でありそれなら東京都の石原知事も十分そうだ。

独裁は絶対に認めないが、独裁的手法は、大阪に於いては必要だろう。今回の芸人達を見て、つくづくそう思った。

さて、現在フルバージョンの録画を観ている。http://himado.in/80995だが、何時削除されるか分からないので、およそ2時間40分を全部観ることにした。まだ半分程度だが、橋下氏以外の論客のひどさは愕然とする程だ。要するに変えるのは怖いから説明しろと言うだけのこと。変えてどうなるかの1から10まで全て完璧な予言などできない、大筋の方針を言うだけのことだろう。

つまり全て重箱の隅をつついているだけのこと。まったく問題害。問題外の誤植にあらず。

さて、都構想については私なりに理解した。やってみる価値はあると思う。

知識人風芸人も、芸が上手くなければ駄目ですな。さて、これからまだ見続けるけれど、寝られない。

橋下サイドに着いている東氏は、素人と言いながら何を問題としなければならないかは理解している。

結論。都構想については理解した。細かい問題はありそうだが、少なくとも今まで通りでは何も変わらない。また意見ばかりが百出して誰もが責任を取らず既得権益者と戦わないのでは変わらない。結局、民意を受けてその地位に就いた人間が決めるしかないし、それを任されての選挙だろう。選挙時点で何が問題になるかは分からないから、今回の芸人達の言う事前に言わないのは独裁だ白菜だというのは屁理屈だ。

共産党は相変わらず、思想信条の自由と、服務規程の区別さえ付かない狂散頭と確認した。

橋下氏は、個人的には核武装賛成のようだが、現時点で、地方改革を押し進める時点でそれを打ち出す必要はない。それを個人としてどうなのかと執拗に食い下がるあの精神科医は精神がおかしい。核武装自体は評価できる。

脱原発依存については、私は明確に反対である。他の脱原発派と変わらない。ガス発電所を作れ、電気は足りているというだけ。節電と操業短縮と急ごしらえの火力発電で凌いでいるだけであり、これが日本の貿易収支をこれだけの円高にも拘わらず大赤字にしてしまい今後もそれは増大する。安全保障面も全く考慮に無し。この点は橋下氏に真っ向から反対するが、とりあえずは大阪の大掃除だろう。それは支持する。

産業誘致政策については実際の見通しが立っていないようだ。産業誘致は今までもやってきているだろうが成果が上がらないのは何故かの突っ込みをもうすこし聞きたかった。教育問題については、教師の評価を誰がするのか、人事権を誰が持つのかがあまりに割り切りすぎているように思える。

物作りをどうするかがない。また外国を意識しすぎる。


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これは危険な放射線?

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今大騒ぎをしている強制退避がいかに馬鹿げたものか、そして政府の無知無能無策のために、不必要に恐怖を煽られ人生を破壊された人々がいるか、改めて考える必要があるのではないか。そして、政府は未だにその馬鹿さ加減を改めようとしない。


原発警戒区域の年積算線量、最高508ミリシーベルト

 文部科学省は東京電力福島第一原発から20キロ圏内の警戒区域の積算放射線量を、19日に公表した。原発事故発生から1年間の推計値の最高は、西南西3キロにある福島県大熊町小入野で508.1ミリシーベルトにのぼり、除染作業の困難さが改めて示された。最低は南相馬市小高区の3ミリシーベルト台で、数値にばらつきがあった。

 立ち入りが禁止された警戒区域9市町村のうち、8市町村の50地点を調査。事故から来年3月11日までの1年間、毎日、屋外に8時間、木造家屋内に16時間いたと仮定して積算量を推計した。

 計画的避難区域指定などの際に目安とされた年20ミリシーベルトを超えたのは、50地点のうち35地点。第一原発のある大熊町では全12地点が20ミリシーベルトを超え、うち7地点で100ミリシーベルト以上となった。最も高い同町小入野の508.1ミリシーベルトは、一般の人が浴びる人工の放射線量の限度1ミリシーベルトの500年分にあたる。この付近は、国道近くの平野部。

 浪江町では最高が北西20キロの川房で223.7ミリシーベルト、最低は北8キロ地点の4.1ミリシーベルト。

 文科省によると、原発から3キロ圏内の避難住民の一時帰宅が検討されており、参考にするという。
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

現在国際的な規準として標準化している放射線と健康被害の関係値。単位はミリSV

250 白血球の減少。(一度にまとめて受けた場合、以下同じ)

500 リンパ球の減少。
国際放射線防護委員会による人命救助を例外とする上限[要出典]。

1,000 急性放射線障害。悪心(吐き気)、嘔吐など。水晶体混濁。

2,000 出血、脱毛など。5%の人が死亡する。

3,000 - 5,000 50%の人が死亡する。(人体局所の被曝については3,000 : 脱毛、4,000 : 永久不妊、5,000 : 白内障、皮膚の紅斑)[53]

7,000 - 10,000 99%の人が死亡する。ただし、頭部や胴体ではなく手足のみに被曝をした場合は、手足の機能に障害 (熱傷等) が出る。

10,001以上

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本当に危険なのは、まとまった放射線量を短時間に浴びた場合で、原発事故現場でも作業員が汚染水の中に長靴を履かずに入り、500mmSVの被曝をして、一時脚にやけど症状を発し入院して、後ほど退院している。特に後遺症は伝えられていない。

短期間の大量被曝が危険なのは、一時に大量の遺伝子が破壊され修復できないから。しかし、積算で500mmSVなら、短時間に浴びる量は極めて少なく、遺伝子が傷ついたとしてもごく少数であり、人間の自己修復機能で遺伝子は修復される。従って、全く健康には問題がない。

上記の避難地域での検出量は年間の積算量であり、短期間に浴びるのとは全く違う。健康には全く無関係な被曝量であり、まして政府規準の年間積算量2mmSVでは、タバコの煙を吸い込むほどの危険とさほど変わらない。

福流煙を一年吸い続けて被曝する量が1.2mmSV。
喫煙者が二人居る家庭では防護服を着た原子力安全保安院の役人が踏み込んでタバコを吸う親父と兄貴をつまみ出す法律が要る。

まして、上記にある、一般人が自然に浴びる放射線の500年分という表現は、単に脅しのために使っているだけではないのか。本当に500年浴び続けても放射線による発癌で死ぬより、老衰ではるかその前に死ぬのが普通だと誰でも考えるはずだが。

たとえば、某14才のアイドルが脱原発を訴え、脱原発派からやんやの喝采を受けているようだが、これは山本太郎氏がわざわざ子供達を原子力保安院の役人の前に連れて行って、役人がおたおたする様を、無邪気な子供にさえ説明できない役人というイメージでプロパガンダをしたやり方だ。

イメージを使うカルト達が良く用いる卑怯で姑息な手段だが、仮に福島の子供達に役人達がまともに説明しても、一方的に刷り込まれた子供達を納得させられるわけがないし、それが過ぎると、被害者の子供達を虐める傲慢な役人とのイメージが造られてしまう。

コマーシャルに子供と動物を使うのは同じような効果があるからだ。子供と動物には勝てないとベテランの役者が言うのもおなじだ。子供を脱原発の宣伝に使う姑息な手段は脱原発派の使う手だ。

わざわざその子供のことをまるまる私のブログのコメント欄にコピペした例があったので後の方にアーカイブしておく。

14才のアイドルが、確かに自分で考えるのは結構だが、なにぶん幼すぎる。彼女が主張するのはかまわないがそれを利用し、「こんな少女でもしっかりと日本の未来を考えているではないですか、みなさん」とプロパガンダされ、「そうだそうだ、えらいもんだ、それに比べて原発村の汚い利権屋め」といきり立つお花畑が大騒ぎし、普通に考える人は馬鹿なことだと内心苦笑いしながら口をつぐむ。

天然の放射線物質は安全だが、人工の放射線物質は危険だと思いこんでいる人が居た。誰に言われたか知らないが、もう少し自分自身で調べて確認するくらいのことはしてもらいたいと思う。

キュリー夫人やその研究スタッフ達は、天然の放射性物質であるラジウムによる被曝で死んだのだ。(キュリー夫人については異論もあるが、放射線被曝による健康悪化が氏に関わっていることは認知されている)キュリー夫人は、ラジウムを合成したのではない。天然の鉱物であるピッチブレンドからラジウムを抽出し濃縮したのだ。当時はその危険性が認識されていなかったから、放射線防御もせず、まともに被曝した。

天然放射性物質でも濃縮すれば、十分危険な量の放射線を発生し、被曝すれば死に至る。

第一、今騒がれている放射性物質の大半は、天然の放射性物質と全くおなじであり、物理的化学的性質は天然でも人工でも変わりはない。量が多ければ危険であり、少なければ安全である。


某脱原発アイドルに関するコピペコメント

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No title
――5月7日、6月11日と続けて反原発のデモに参加しているが?
藤波:デモのことを“過激で怖いもの”みたいなイメージがあったので、
出るか出ないかけっこう悩みました。
結局、5月7日に初めてデモに加わったんですけど、
その当時、原発に関するニュースも減ってきていて
人々の関心も薄れてきているように感じていたので、
いま一度考え直してほしいと思ったことがデモ参加の決め手になりました。

――デモで童謡の『ふるさと』を歌っていましたが、選曲は自分で?
藤波:はい。被災地の方々がいま大変な状況にあるなか、ふるさとの安らぎというものを
少しでも感じてもらえたらいいなと思って選びました。また、今回の原発事故で、
私は、現代の便利は危険と隣り合わせだったんだなと気づかされました。
だから、不便かもしれないけど大切なものが確かにあった古き良き時代を思い出してほしいなと思って。

――同じく反原発の活動もしている山本太郎さんとも会ったそうですね?
藤波:はい、チャリティーのイベントで、先日、お会いしました。
私のデモの演説を、YouTubeで見てくれたらしく、「一緒にがんばりましょう!」っておっしゃってくれて握手しました。
想像していたとおり、熱血って感じの方でした。(>>2->>5あたりに続きます)

――山本さんは“ドラマ降板”になるなど原発批判で芸能活動に影響も出ているが?
藤波:自分なりの意見を発言する人をたたきつぶすのはよくないことだと思います。
私の周りでも、「原発反対を売りにした売名行為はよくない」とか
「原発問題は政治的な問題なんだからタレントは発言を控えたほうがいい」という声があったみたいですが、
私は自分の意見を変えるつもりはありません。

――では、アイドルとしてはどんな目標が?
藤波:私がアイドルを続けているのは、イベントの後などにファンの方たちとオフ会をやるんですけど、
それが楽しいからというのがいちばんの理由なんです。これからも普通の女の子として生活しながら、
ときどき、“B級アイドル”として活動していけたらなと思っています。
もともと有名になりたいとか目立ちたいといった願望はあまりないんです。

――でも、目立ちたくない女の子がへそピアスなんてする?
藤波:ああ。これは、ファッション好きなお母さんの影響でするようになったんです。
でも、小学4年生でへそにピアスの穴を開けたのはちょっと早すぎたかなぁ。
このせいで鉄棒ができなくなっちゃいましたから(笑い)。

――普通の女の子として、これから勉強していきたいことは?
藤波:高校、大学と進学するつもりでいますが、どういう分野に進むかはまだ具体的に決めてはいません。
いまは社会問題とは別に心理学にも興味があったりします。そのとき自分に興味があることを勉強したいですね。
もちろん、原発に関してもが問題が解決するまではちゃんと意見していきたいと思っています。
“生きるとは何か”“幸せとは何か?”といったテーマを持って活動していきたいです。

――ゆくゆくは政界入りしたりして?
藤波:いえいえ、私はまだ選挙権もないので(笑い)。でも、選挙に出られる年齢になって、
原発問題がいまの状況から何も変わっていなかったとしたら、もしかしたらそれを変えるために
選挙に出ようという気持ちになるかもしれないですね。

http://www.news-postseven.com/archives/20110822_28349.html
2011-08-22 08:22 | 保守革命

妥当な判決

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 この問題は何十年も繰り返されてきたもので、いつの世も馬鹿はいるとあまり気にしていなかったが、最近それを改めて意識したのは、次の記事を読んだときだった。
 
 《》は引用

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橋下知事、君が代不起立教員に激怒

一部抜粋

「バカ教員の思想良心の自由よりも、子どもたちへの祝福が重要だろ!」


卒業式などの行事において、国歌「君が代」斉唱時に起立をしない教員への処分などを定めた条例を、大阪府議会に堤出する方針の「大阪維新の会」。代表をつとめる橋下徹大阪府知事は、19日、同条例の必要性と不起立教員の問題点を自身のTwitterにて次々と書き込んでいる。


「公立の教員は、公務員組織の一員。組織の一員だ。職務命令に従うのは当たり前。」
「職務命令を繰り返して無視する公務員は、公務員を去ってもらう。なぜこんなことが許されるのか。それは絶対的な身分保障に甘えているからだ。組織の一員でありながら、組織決定に嫌だから従わない。ふざけんじゃない。民主的方法で決定を変えよ。」


「バカ教員の思想良心の自由よりも、子どもたちへの祝福が重要だろ!だいたい、公立学校の教員は、日本国の公務員。税金で飯を食べさせてもらっている。国旗、国歌が嫌なら、日本の公務員を辞めろって言うんだ。君が代を起立して歌わない自由はある。それは公務員以外の国民だ。」

と、橋下知事の怒りは収まらない。いずれにせよこの問題、不起立教員ならびに、それを支持する団体からの抵抗は必至。

一方、東京都でも、君が代斉唱と起立、そして式典での国旗掲揚に反対する教員・組織が多数存在し、数年前から東京都庁前をはじめとする都内各地でさまざまな抗議活動を行っている。彼らは2003年10月23日に、石原都知事ならびに東京都教育委委員会が「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」定めた通達に激しく抗議。ちなみにこの通達のことを、「10.23通達(じゅってんにいさんつうたつ)」と彼らは呼んでいる。

 最初に書いたように、このような馬鹿な教職員は昔からいて、今はだいぶ消滅してきていると思っていたが、未だにしぶとくはびこっているようだ。このような連中は、団塊の世代からそれ以上の世代に多いような気がする。
 
 先頃、元赤軍派の丸岡修が病死したが、60だった。今、過去の遺物と思われているこのような人間達がやはり教育界にもしぶとく残っている。そして、市民団体のような顔をして、昔の左翼とはちがう振りをして市民の間に浸透しようとしている。昔ほどではないにしろ、若い世代がこのような前世紀の遺物達に影響を受けているらしいことも見聞きする。
 
 さて、確かにいまから数十年前、日本はかなり混乱していたし、当時社会党が自民との二大政党として君臨していたから、今とはかなり異なった時代だったようだ。そのころ、社会の主流に入れなかった人間は、もう一方のいわゆる左翼運動に身を投じ、そこで存在価値を主張したケースが多い。時代は変わり、社会党は民社党と名を変えて風前の灯火状態になっているから、彼らの時代は終わったのかと思うのは早計であり、彼らは見かけを変え擬態をしながら生き延びている。それが今の民主党であり、仙石、癌、興石などその典型だろう。
 
 閑話休題。
 
 橋下知事の怒りを買った馬鹿教員の一人が、国旗や国家を否定するのは個人の心情であり、思想の自由を保障している以上、国歌斉唱の際起立しなかったことで解雇されたり雇用を拒否されるのは不当である、との訴えを起こした。
 
 一審ではこの教師の訴えを認めたが、控訴審では教師が敗訴し、最高裁判決が最近出て、教師の敗訴が確定した。
 
 これに対し、支援団体などが不当判決だと騒いでいる。
 
 時系列に記事を並べてみる。
 
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国旗国歌条例案を議長に提出 学校行事での国歌斉唱時の起立を義務付け

2011.5.25 20:14

 大阪府の橋下徹知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」(維新)の府議団は25日、府施設での国旗の常時掲揚と、府立学校や府内の市町村立学校の教職員に対し、学校行事での国歌斉唱時に起立を義務づける条例案をまとめ、議長に提出した。27日に開会中の5月府議会に提案する予定。維新は府議会で過半数を占めており、単独でも可決することができる。

 条例案は4条で構成。目的に「府民、とりわけ次代を担う子どもが伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛する意識の高揚に資するとともに、他国を尊重する態度を養うこと」と、府立学校と府内の市町村立学校での「服務規律の厳格化」を掲げた。国旗は執務時間中、施設利用者に見やすい場所に常時掲げるよう定め、国歌斉唱では「教職員は起立により斉唱を行うものとする」と義務づけた。

 条例案に罰則はないが、橋下知事は、職務命令に従わない教職員らの処分基準を定めた条例案を9月議会で提案する方針を表明。また、処分とは別に実名や所属学校名の公表も検討する考えを示している。

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国歌起立条例案に大阪府教育長は「反対」 知事と食い違い

2011.5.27 23:58


 大阪府の橋下徹知事が代表の地域政党「大阪維新の会」府議団が提案した府立学校と府内の市町村立学校の教職員に国歌斉唱時の起立を義務付ける条例案について、府教委の中西正人教育長は27日、府議会代表質問への答弁で、「条例による義務付けは必要ないと考えている」と発言、橋下知事の主張との食い違いをみせた。

 一方で、中西教育長は「府教委の取り組みが不十分であるとの指摘もあり、真摯(しんし)に受け止めなければならない」と、複雑な胸中ものぞかせた。

 その後、答弁に立った橋下知事は「府教委が起立することを決めた平成14年以来、改善されていない。組織として成り立たない以上は政治の出番だ」と強調。「職務命令には徹底的にこだわっていきたい」と述べた。

 さらに橋下知事は記者団に対し、「これは教育委員会制度の問題点。教育長は『必要ない』と言っているが、府民の皆さんはどうなんですかということ。粘り強く指導すると言って9年もかかっている。(府教委が)できないからしようがない」と話した。
 
 これは明らかに橋下知事の言葉に理がある。むろん、思想信条の自由は日本では保証されており、個人として国旗がきらいだとか、国歌は戦争の歌だと思うのは勝手だ。だから、仲間内でそのようなことを話そうが、個人として誰に話そうが実行しようが全く問題はない。だが、教育基本法では、教育は政治的に中立でなければならないと定められており、それに基づいて教育が行われているはずだ。
 
 その教育の場で政治的中立を保つとは、日本国の国民として正しい在り方を元に教育すべきではないのか。国歌を憎んだりおとしめる教育がとうてい中立とは言えない。むろん世界的な目で見れば日本国民としての在り方が中国の在り方や、アメリカの在り方と相反する部分があるのは当然だろう。世界各国価値観や分化がちがうのだからそれぞれの教育でそれぞれの国家に属する望ましい国民となるような目的を持っているはずだ。
 
 そしてほとんどの国では、国歌や国旗に敬意を払うように教育する。それは世界の普遍的な国家に対する姿勢として重要と考えられるからだ。日本には、他国の国旗を毀損した場合の罰則はあるが、日章旗を毀損しても罰則がない。
 
 刑法92条

1項「外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。」

2項「前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。」

 こんな異常な法律があるだろうか。外国国旗を侮辱の目的で毀損するなと言うのは別にかまわないだろうが、それこそ個人の心情による行為であり、日本国の刑法で定めることではないと思うが、それ以前に、なぜ自国の国旗を保護する法律が無いのか。だから、民主党の地方支部が日章旗を切り刻んで民主党のマークを作ったり、民主党本部に日章旗が掲揚されていなかったり、党大会などで登壇した民主党執行部が壇上の日章旗を無視したりする行為が当初厳しく非難された。つまり、日本国民の大半は、ごく自然に日章旗に対する敬意を抱いている。
 
 学校教育に於いて政治的中立をいうなら、国民として望ましい在り方を教育すべきなのであって、これは別に特定の政党を支持しろとか特定の思想をもてというのとは全くちがう。国旗や国家を軽んずる教育はその点で大きく逸脱しているわけだ。もっとも民主の興石氏は、教育に政治的中立はあり得ないなどとうそぶいているから、下記のように枝野氏の「判決を重く受け止めなければならない」と、まるで自分の思想とは反対の判決に対する乾燥のように聞こえる言葉を吐いている。
 
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国歌斉唱の最高裁判断「重く受け止めるべきだ」と枝野氏

2011.5.30 18:09

 枝野幸男官房長官は30日の記者会見で、卒業式での国歌斉唱時の起立を命じた都立高校校長の職務命令を合憲とした最高裁の判断について「司法部における終局の裁判だ。憲法判断権を持っている機関の判断なので、(教育関係者は)内容をしっかりと精査して、重く受け止めるべきだ」と述べた。 
 
 当然ながら、最高裁ではきわめて妥当な判決が出た。
 
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「国際常識を身につけるため、国旗、国歌に敬意を」 国歌斉唱時の起立命令は合憲 最高裁が初判断

2011.5.30 17:42

 卒業式の国歌斉唱で起立しなかったことを理由に、退職後に嘱託教員として雇用しなかったのは違法として、東京都立高の元教諭が都に損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は30日、起立を命じた校長の職務命令を合憲と判断し、元教諭側の上告を棄却した。都に賠償を命じた1審判決を取り消し、元教諭側の逆転敗訴となった2審判決が確定した。

 最高裁は平成19年2月、国歌伴奏を命じた職務命令を合憲と初判断したが、国歌斉唱の起立命令に対する合憲判断は初めて。

 1、2審判決などによると、元教諭は16年3月の都立高の卒業式で起立せず、東京都教育委員会から戒告処分を受けた。19年3月の退職前に再雇用を求めたが、不合格とされた。

 同小法廷は判決理由で、卒業式などでの国歌斉唱の起立は「慣例上の儀礼的な所作」と定義。起立を命じた職務命令について「個人の歴史観や世界観を否定しない。特定の思想の強制や禁止、告白の強要ともいえず、思想、良心を直ちに制約するものとは認められない」と指摘した。

その上で、「『日の丸』や『君が代』が戦前の軍国主義との関係で一定の役割を果たしたとする教育上の信念を持つ者にとっては、思想、良心の自由が間接的に制約される面はあるが、教育上の行事にふさわしい秩序を確保するためには合理的だ」との判断を示した。

 判決は4人の裁判官の全員一致の意見で、うち3人が補足意見を付けた。竹内行夫裁判官は「他国の国旗、国歌に対して敬意をもって接するという国際常識を身に付けるためにも、まず自分の国の国旗、国歌に対する敬意が必要」とした。

その点、何かあると日章旗を燃やしたり破いたりする特亜のサル共にはこのよう国際常識など無い:ブログ主注

 1審東京地裁判決は21年1月、職務命令の違憲性を否定したが、「起立しなかったのは1回だけで不採用は裁量権の乱用にあたる」として都に約210万円の賠償を命じた。2審東京高裁は同年10月、職務命令の合憲性を認め、命令がある以上、元教諭は従う職務上の義務があるとして、1審判決を取り消し、逆転判決を言い渡した。
 
 公務員としての義務は、個人としての思想信条とは無関係であり、それが切り離せない人間は、公務員としての義務を果たす必要のない状態に身を置くべきである。つまり、公務員になるべきではない。単にそれだけのことではないのか。
 
 それでも公務員の地位にしがみつきたいとすれば、自分の思想信条を教育の場に持ち込みたいと言うことだろう。明かな法律違反ではないのか。法的な罰則があって当然だろう。日本は法治国家なのだ。