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国連無用論


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本題とは違うが、昨日安倍総理の中国人を歓迎するという挨拶が駄目だろう、と書いたが、今日になって、中国湖北省滞在の外国人の入国拒否をすると発表した。

中国・湖北省滞在の外国人、入国拒否 首相が表明

まさか中国の犬WHOが緊急声明を出したからではないだろうが、遅きに失したとはいえ、(今日現在で日本の感染者が十四人と急増し、そして明らかな空気感染患者が発生していることから急遽決めたらしい。なにしろ、これほど患者が増えたのは、中国以外では日本が突出しているのだ。今後も増えるだろう。しかし、これでは不十分だ。湖北省出身者経由者だけではなく中国全土を対象にすべきでは無いのか。現実に、他国、例えば北欧、ロシア、台湾などは、中国人全ての入国を拒否し、自国民の訪中を止めている。米国でも国民に訪中をやめるように勧告している。既に中国全土で人から人への感染が広がっているのだ。何もしないよりはましと言うだけのことだ。

こんなことはとうの昔に分かっていたことだし、本人が拒否すれば強制的に医療検査できない、中国人はたくさん来てくれなくては観光業が困るなどとの寝言を言っていられないとやっと気がついたか。私のブログを読んだのか(それは無いだろうが)

中国の発表もWHOの戯言も絶体に信じないとの大原則を少なくともこれからは守ってほしいものだ。なにしろ連中は、極めて感染力が弱い、濃厚接触しなければ伝染しない、弱い肺炎で直ぐ治るなど言っていたのが大嘘だったし、現在一万人弱の患者がいるというのもおそらくその十倍は居るだろう。既に日本にも大勢感染し潜伏期間の者、あるいは空港の検査を解熱剤でごまかして安全な日本に来ている中国人も既に大勢居るだろう。

従って、上記の決定も遅きに失したと思うし制限範囲がこれでは小さすぎる。本来去年の十二月初めにやっておくべきだった。

まあ、しないよりはましだが、とりあえず国内でも気がかりな人は症状が無くとも自分からチェックを受けるようにして欲しいとは思う。今は国家の権限で症状が有る人は無論疑われる人、即ち中国人や彼らに接した人も強制的に医療検査が出来るようになっている。

去年やっていればもっと安全に出来たはずなのだが、やらないよりはましだ。

さて、本題


国連に存在価値はない。最初に結論を書いてしまうと、こういうことになる。そもそも国際連合とは、国家間のもめ事を解決するために国際間の取り決めを行う場所だ。が、実際には欧米中ロの世界支配の場になっている。

当然だろう。今の国連は第二次世界大戦の戦勝国が作った組織であり、日独などは敵国条例の対象になっている。事実上現在これが実施されることは無いといわれているが、敵国条例対象国、つまり日独などは国連の承認無しに一方的に攻撃を加えることが許されている。

これについて日独は当然ながら廃止を申し入れているが、受け入れられていない。むろん、中ロなど常任理事国が反対すれば廃止されるわけがない。

これなどはほんの一部だが、国連関連の外部機関は大半が途上国の人間が金で買われて作っていると言って良い。今回の中国肺炎騒ぎでも国際保険機構WHOはこんなことをしている。

新型肺炎の世界リスク「並」から「高い」に修正 WHO、記載ミスと説明 - 産経ニュース

WHOが中国の飼い犬になっていることは既に明白であり、超汚染の放射線難癖に同意したのも中国がそのように日本を叩いたからであり、主要国から散々批判されている。

国際連合人権委員会も日本に難癖を付けるのに忙しいが、これも誰の意志かは明白であり、事実の確認など一切していない。つまり、この機関の人間が誰に買われているかが明かという物だ。事実なら日本が批判されてもある意味仕方が無いだろうが、事実無根の避難を繰り返しているのだ。そして、欧米の中国などの人権問題には口をつぐんでいる。

ユネスコが南京虐殺を負の遺産に指定したことは当事国である日本には一言も事前の相談も無かった。一方的に申し立てをそのまま受け入れている。それに乗ろうと、超汚染が慰安婦問題も負の遺産にしようとして、これは今のところ拒否しているが、南京問題で日本が抗議したからだ。しかし、取り消しはしていない。

国連では、常任理事国の反対が一カ国でもあれば採決されないが、一般的には加盟国の多数決で決まる。そして加盟国であれば人口も国力も支出金も関係なく一票であり、その一票が金で買われていることは何度も指摘されているが、是正される兆しは無い。

確かに国際間の取り決めをする国際機関は必要だろうが、今の国連は全くその責を果たしていない。あくまで先進国、それも欧米のための機関であり、途上国は金で動いているだけだ。

従って、今の国連は百害あって一利無しであり、この様な機関は今では通信技術がこれだけ進化している以上特に必要は無いと思う。今は瞬時に仮想会議場をネットで開くことが出来る。その他は単に儀礼として顔を合わせれば良いのであり、G7があれば事足りるだろうし、広げてもG19(G20-超汚染)で十分なはずだ。

なぜか。イランと米国の一触即発状態、北朝鮮と米国の同様の状態、米中の経済摩擦、日本の超汚染ゴキブリ退治問題などなど、国際間には様々な問題があるが、国連がその解決策のために何をしているか。結局、当事国同士の力関係で動いているだけのことではないのか。

途上国支援なら、それも出来る国が自らやっているだけだ。移民問題もそれを選択しているのは当事国だけのことだ。つまり今世界で起きていることが実は国際機関でどうこうするのではなく、当事国同士がやっていることでしか無い。それなら今の通信技術を使って出来るし、形だけの国際問題解決ならG7でもG20でも良いだろう。自ら国際問題解決に貢献できる能力や意思のない国が今の国連のような場に出てきても金で動いているだけではないか。
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そもそも文化とは


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世界に二百もの国が有り、それ以上の民族があるのは、人種で別れていると言うより文化で別れていると言って良い。人間、同じ文化の基で生まれ育ってしまえば、価値観や判断基準は同じになるから、例え人種が違って見かけが異なっていても同じグループとして生活を共にする。それが国だ。

世界に二百の国があるとは、世界に二百の異なった文化があると言って良いのではないか。その文化とは、文明の中から発生してきた物と私は考えている。

そもそも、文明とは何か、文化とは何かについては極めて規定範囲が曖昧で様々な考え方があるのだが、ざっくり言えば文明とはある集団の共通した価値観であり、文化とはその価値観に基づいて形成される更に細分化された価値観、それによる生活様式と言えるのではないか。

現人類、クロマニヨン人が発生したのはアフリカ大陸だとされている。そこで集団生活をしていた人類は当然集団生活のためのルールがあったろうし同じ様な思考をしていたから集団で居られたろうし、その為には同じ価値観を持つようになっていたはずだ。自分たちではそれを自覚はしていなかったろうが、集団生活をする猿やライオン、シマウマなどなど同じ群れの中では自然発生的なルールが出来ているし、いわばその群れの中での共通した価値観が存在しているかのように見える。価値観とまで言えるかどうかはともかく、そのような物が共通していなければ集団生活は出来なかったはずだ。人間は精神的に極めて進化しているから集団を作ったときに価値観の共有も当然あったと思うわけだ。発生当時の人類はそれなりに小集団に別れて時には争うこともあったろうし、それは未開民族では普通に有る。が、或集団が周囲の集団を吸収し、その為には価値観を共有し、結局更に大きくなって行くとは普通に考えられる。

その後、アフリカからそれらの集団が世界中に別れて行き、別々の集団になって行けば、当然それぞれの集団は異なる価値観、ルールを作り出して行くはずだ。元は同じ環境の中で生活して至ろうが、アフリカを出れば、それぞれ異なった地域で生活をして行かなければならず、アフリカ当時の価値観では生活が成り立たない。と言うことで価値観の異なる集団が別々の地域で生活をするようになる。そうなれば、次第に互いの価値観の違いは極めて大きくならざるを得ない。

食料の豊富な地域に行き着き住み着いた集団と、極北の農業など全く出来ない地域で住み着いた集団は、生活のための価値観やルールを同じにするわけには行かない。

結局それが地域毎に別れる文明の発祥と言うことになる訳だ。

世界には大きく分ければ西欧文明、ラテン文明、イスラム文明、アフリカ文明、中華文明、ヒンズー文明、スラブ文明などなどに別れるだろうし、分け方によってはもっと細かく別れるのだろうが、この分け方に基準があるわけではないから、大きく分けてこんな物だろう。しかし、文化となると、それこそ国の数だけ、あるいはそれ以上に別れる。同じ西欧文明でも、北欧と南欧、オーストラリアなどで異なるし、同じ欧州に有りながら、ドイツ、フランス、英国、イタリアなどなど全く違う。

私が、文化とは国の数だけあるというのはそういうことだ。もし文化が同じなら、別に隣り合ったドイツとフランスが別々の国になっている理由が無い。嘗てドイツは東西に別れていたが、今は統一している。それは文化が同じだからだ。超汚染は南も北も全く同じだ。本来一つの国だったのだから当然だ。しかし、ドイツとフランスが統一する可能性は全くない。せいぜいEUとしてまとまっているだけだ。そもそも、EUとはクーデンホーフ・カレルギーが提唱したパン・ヨーロッパが起源になっているが、ゆくゆくはヨーロッパを一つの国にするという理念だった。がそれは今崩れつつある。文化の異なる集団が利害を一致させるなど不可能なのだ。

毎度の話だが、日本は世界でも単一国家で独立した文明を持っている国との見方には、余り異論は無いようだ。つまり日本人の文化、価値観は他国とは大きく異なっている。それがパン・アジアAU Asian Unionで、中国や超汚染と統一できるはずが無い。嘗て超汚染は日本に併合されていたのだ。その結果を見れば、似たような中国とも一緒にされるなど全くの悪夢だろう。

しかし、どの文明が勝っているか、どの文化が勝っているかなどは一概には言えない。誰が判断するかで正反対の判断になるのが分かっているからだ。よく、西欧の調査機関などが、法の公平性、国民の平等などで、自己満足の為のデータを出してくるが西欧基準のランキングなど○の突っ張りにもならない。文明や文化などをランク付けする意味も無い。超汚染などは自分たちが日本を罵り侮辱できるから自分たちが上だと思っている。

私も日本人だからどうしても日本の価値観で考えるのはやむを得ない。中国人や超汚染人が、日本は落ち目だ、直ぐに滅びて無くなるという思い込みに反論する義務も無いし、どうでも良いが、ただそれでも日本の価値観で、これは駄目だろうというものは無数にある。

折からコメントでもいただいたが、ソフトバンクの社員が国家機密とも言える情報をロシア人に売っていたと言うのだ。

機密情報をロシア通商代表部に提供か 不正取得容疑でソフトバンク元社員逮捕

この様な事件は数限りなく起きているが、日本にはスパイ防止法が無い。上記も機密情報漏洩を問われているだけだし、おそらく微罪扱いだろう。国によってはスパイ罪は死刑になる。

それでなくとも、東芝は嘗て超汚染に半導体技術を只で教え、結局超汚染サムソンが開発費かけずに製品を安くつくって日本の半導体産業をほぼ壊滅させた。現代造船に造船技術を盗ませた、高速鉄道技術を中国に盗ませた、製鉄所を中国や超汚染に建ててやって、日本の製鉄業が大打撃を受けたなど枚挙にいとまが無い。

こうなると結局日本人の馬鹿さ加減としか考えられないだろう。中国に高速鉄道技術を教えたとき、中国だけで使うように念を押したにもかかわらず、中国は自力開発だと称して海外に売り込みを図っている。インドネシアに高速鉄道を売るために様々な調査をしデータをインドネシアに渡したらそれをそっくり中国に渡された。このような文化を持つ国々を信ずるなど、ゴキブリを信ずるようなものなのだが、国際社会では欺す方が悪いのではなく、欺される方が馬鹿なのだ。

日本にスパイ防止法が無く、日本に情報を渡すと直ぐに盗まれることから、米国の対日情報管理は西欧の比ではなく厳しい。人種差別だけが理由ではない。

盗むことは悪いことだというのは日本国内だけで通用する価値観であり文化なのだが、それが国際社会でも同じと考えるのが日本のお花畑であり、彼らの票を得なければならない政治家の感覚なのだ。憲法九条を護れば、武器を持たなければ戦争にならないと信ずるお花畑文化が今後日本を危うくして行くのでないかと気がかりでならない。






日本消滅?


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私は、日本が未来永劫問題なく成長し続けるなどとは思っていないが、ただ想定しうる未来では、日本は安定し存在し続けるとは思っている。むろん、とんでもない大災害の連続や戦争などが起きればまた話は変わるだろうが、あくまで想定できる未来ではということだ。

が少しネットを散策してみると出るわ出るわ、日本滅亡論がいくつも見つかる。むろん、隣にあるゴキブリの巣でイルボンは直ぐに消滅するニダ、と囁くゴキブリの声も聞こえるが、それはともかくこのような日本滅亡論、消滅論は十年以上も前からある。丁度、私が中国崩壊論を繰り返しているのに似ているが、まあ中国崩壊論はそれなりの根拠があるし、現実には中国は既に崩壊している。これについては以前も書いたが、またいずれ書くつもりだ。それはさておき、以前から繰り返されている日本消滅論は

借金がGDPの倍にもなっている

輸出が輸入に比べて少なく、即ち貿易収支が赤字になることが多い。

GDPが成長しない

日本製品が最近急成長してきた中国や韓国の製品に市場を奪われている

と言ったところか。しかし、最近特に言われ始めているのが人口減少だ。2019年12月25日の発表だが、日本の出生率が始めて年間九十万人を割ったそうだ。

出生数86万人に急減、初の90万人割れ 19年推計

確かにこれはまずいと思う。が出生率の減少は様々な理由があるが、まず生涯結婚をしない日本人が増えた。それから、晩婚化が進み、昔は二十代の初めに結婚するなど普通だったし、女性は高校を出たら直ぐに結婚するなど珍しくはなかった。が、今では両方とも三十代それも後半になってから初婚というケースが少なくない。

そもそも、結婚しても子供を作らない、作りたくないという夫婦が思いのほか増えているようで、かつて私が子供だった頃は四人兄弟五人兄弟など普通にいたが、今は一人っ子が増え、多くてもせいぜい三人くらいのようだ。私の父の世代だと、六,七人等というのも普通だったから、いまは極端に少ないと。但し、新生児死亡率が極めて低いこともその理由に挙げられ、世界でも日本の新生児死亡率は一番低いとされている。従って、昔は多く子供を生むのは最初から何人かが死ぬことを想定していたからと言うのが理由にあるし、さらに労働力として子供は欠かせなかったからだ。それは今でも途上国などでは普通のことだ。

今の日本は途上国ではないから、少なく産んで育児や教育に集中出来るようにするというのが普通の考え方になる。先進国は多かれ少なかれそうだし、その結果減った労働力を移民に頼ることで補った結果が今の西欧の移民問題になる。日本はその轍を踏まないという選択を盗っている。それでも、移民受け入れが本格化してきたのは本末転倒と思うが。

更に大きな理由として女性の社会進出がある。むろん、意欲があって能力があるなら女性が好きな職業に就くことは極めて大切だが、女性が働くために子供を作らなくなったというのは本末転倒だろう。女性に働くなと言うのではない。働く女性でも子供を安心して育てられる環境を国が積極的に作らなければならないということだ。

その意味では日本はその傾向にあるとは思う。しかし、現実に子供を持ってみれば分かるだろうが、子供を誰かに預けっぱなしにして親が働くのも限度がある。例え祖父母に預けても家庭自体の建設が上手く行かない。子供は親が育てなければ本当の親子関係は築けないと考えておいた方が良い。それは産休を増やしたり子ども手当を増やすことで解決することではないのだ。よく、子供は社会が育てる物だとおっしゃる方が居るが、子供は親が育てる物だと私は思う。

実際、西欧の上流階級などでは子供をベビーシッターに預け親はせっせと外に出ている家などがあるそうだ。その結果、子供は親を親と思わなくなる。産んだから親というのではなく、育てたから親なのが当たり前なのだ。産みの親より育ての親とはまさにその通りだ。

結局これは政府が金を出そうと施設を作ろうと解決しない問題であり、そして人間も所詮哺乳類、子供を母親が産み育て、父親が外で獲物を狩って食料を持ち帰るのが生物としての形態なのであって、その善し悪しを言っても仕方が無い。

結局、これに沿った解決策を講じなければならないと思う。金さえ費やせば子供が増えるはずだなど、とんでもない思い違いだと思う。

さて、何度か書いているが、日本が戦争で荒廃し、その後あっという間に、本当にあっという間に経済復興しそればかりか世界トップの先進国に駆け上がった時、人口は八千万ほどであり、しかも多くの生産設備が失われ多くの男性が戦争に駆り出された後だった。

つまり、そんな状況で日本は大発展したのだが、その後第一次、第二次ベビーブームが起き、一時は年間の出生数は時に二百五十万を超えていた。いわゆる団塊の世代が生まれた時期だ。今年の九十万割れよりはかなり多いが、当時の新生児死亡率を差し引けばそのままの数字が人口増加につながるわけではない。

そして、確かに団塊の世代が社会の中心になった時、日本経済はバブルを迎えたが、その頃は既に日本の人口減少は始まっていた。いや、人口はそれでも極僅かずつ増加はしているが、増加率が急減しているのが、バブルの頃なのだ。

昔と違い、多くの労働は機械化され、同じ生産量を上げるための労働力は今は極端に少なくなっている。むろん、ホワイトカラーでもそれは同じであり、言い換えれば国力の増強のために人口は必ずしも多い必要は無いともいえる。

但し繰り返すが、今の減少率を放置してよいと言うことではない。唯、国としてそれに歯止めをかける方法は上に書いたように、ないが、それでも育児費用、教育費の軽減をもっと推し進める必要はあるはずだ。










国力比較


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The World’s Most Reputable Countries

2018年度、世界の好感度ランキングで、日本は八位。上位は全て西欧諸国であり、日本は唯一の非西欧国であって、日本の次の非西欧国でランクの高いのはシンガポールで二十位、次がタイ、台湾の二十二,二十三位。なお、韓国は三十一位で、非西欧では高い方だ。

つまり、西欧は自分たちが基準であって、また確かに文化度、成熟度で西欧が非西欧よりも高いのは事実だが、彼らにとって見れば非西欧のことはどうでもよいと言うことだろう。韓国を非西欧の中では先進国と見ているが、それは確かに半導体や家電製品などで韓国製が売れている事実からしてそうなるだろう。二級品としてなら、別に韓国製でも構わないし、そもそも韓国製を日本製だと信じ込んでいるあほ西欧人も普通にいる。

ところで、上記は国家としての好感度ランキングであり、直接の国力比較ではないのだが、他国からの好感度も国力に大きな影響を与えていると考えるのは妥当だろう。なにしろ、多くの国が助けてくれるかくれないかは、いざというときに大きなとなってくるはずだ。

唯、上記のランキングで、日本を含む上位十カ国を観てみると、

1  Sweden 81.7 (点数)
2 Finland 81.6
3 Switzerland 81.3
4 Norway 81.1
5 New Zealand 79.7
6 Australia 79.6
7 Canada 79.2
8 Japan 77.7
9 Denmark 76.7
10 Netherlands 76.1

と言うことであり、お世辞にも国際的な影響力を持っている国とは言いがたい。何しろ国連常任理事国が一つも入っていないし全てかなり順位は低い。常任理事国で一番高いのは、英国十六位、フランス十八位。米国三十八位は、むしろ嫌われている方に入るのではないか。ロシア、中国は言うまでもない。

日本も海外ではそれなりに評価は高いが、国際社会を動かすような力があるかどうかは、これは評価方法にも依るので一概には言えないとしても、昨今日本文化が急速に西欧でも受け入れられ、かつては全く知られていなかった例えば酒などが、今では欧米の高級レストランなどで提供されるようになっている。アニメは言うまでもないだろう。車なども既にドイツやフランスなどを凌駕していると言って良いし、宇宙科学を始め各種の科学技術でも極めて高い実績を上げている。

さらに、近年確かに海外からの訪問客が年々激増しているし、またリピーターも多い。すなわち、日本を実際に見て今まで知らなかった異色の文化に触れ、しかもかなりレベルが高いことが知られてきているためだ。以前に比べて、ということでまだまだとは思うが、しかし急速にそれが伸びている。好感度ランキングも日本は急速に上がってきている。あくまで西欧目線のランキングでしかないが、それでも上がっていることを無視は出来ない。つまり、これも国力の一環だと言える。

総合的な国力とは何を基準にするのか。一番イメージとして分かりやすいのは戦争をやったらどこが勝つか、だろうが無論それもまた一部でしかない。

見方を変えて、どの国が一番安定し安全な国になっているかなどが国家としての目標なら、日本は間違いなく最強と言える。これは主観の相違の取り方などとは関係なく、安定し安全で規律正しく国民は健康且つ長寿で文化発信力もあるのだから欧米第一を基準とする欧米諸国でも認めざるを得ないのではないか。が、その日本もまともに戦争をすれば朝鮮にも勝てない可能性がある。この理由は既に書いている。

結局、国力の順位など他国がどの様に認めているかの一点に絞られるのではないか。つまり国家イメージによるということで、実態を反映しているとも言いがたい。全く無視は出来ないとしても、某ゴキブリ国家のようにそれにしがみつくことも逆効果と思われる。








女性議員数

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日本は男女同権の国であるはずだが、国際的にはそのような評価はされていないようだ。これは前から言われているし例えば最近も女性を天皇にしないのは男女同権の精神に反する、直せ、と国連の方からお叱りの声が出たくらいだ。まあ国連の質も近年極めて落ちてきたことはこれを見てもわかるが、誰かスポンサーの意向に沿って何かを言っているのではないかと思えるくらいだ。例のぐれた少女の件や捕鯨の件などもそうだが、天皇制のあり方はあくまで日本が決めることだ。国連が口を挟むことではないが、国連は何かまともなことを最近しただろうか。

それはともかく、話を戻せば、次のような統計が国連でなされた。

女性議員の割合 日本は165位 先進国で最低水準

他にも企業の女性役員数なども日本は他国に比べて比率が低いそうだ。

日本はヨーロッパではない。犯罪や戦争ばかりやっていた、そして途上国を植民地支配し、奴隷を狩集めていたヨーロッパとは違う歴史を刻んできた。そしていまは世界でもトップの安全で争いの少ない長寿国を作り上げた国だ。なぜ、ヨーロッパはいつも上から目線なのかはともかく、自分たちの基準を他の文化圏に押しつける愚をなぜ自覚することが出来ないのだろう。

無論、日本の女性のあり方が完全なわけは無いし、それなりに改める余地はあるはずだが、ただ、世界でも女性の参政権を認めたのは日本が最初とは言わないが、一二を争うほど早かったし、地方に限れば世界で最初だったとする説もある。さもありなんと思えるのは、庶民も含めて江戸時代から女性の教養が世界でも際だって高かったことが様々な証拠を以て確認できる。したがって、庶民の選挙、そして女性の選挙権が世界でも最も早く与えられたのもさもありなんと言うことなのだ。途上国では現在でも文字が書けない国民が、投票用紙に丸をつけて選挙を行う国も珍しくない。

したがって、女性の権利という概念が日本と欧米とは違うのだ。もし欧米が日本にとやかく言うなら、女性が一人で夜中に歩けるようにしてからの話だろう。

さて、国によっては、最初から女性議員の比率を決めて、例えば全体の○○%を女性議員にするとしている国がある。つまり、女性の能力はどうでも最初から性別比率を決めているわけだが、これを結果の平等という。もっとも危険な方式なのだが、馬鹿を納得させるには手っ取り早いやり方と言うことだ。

日本では確かに女性議員の数が少ないかもしれないが、将来女性議員の数が男性を上回ってもそれが能力の差であり有権者が選んだのなら全く問題は無い。

かつて女性党と言った連中が騒いでいた。女性を議員にしろとピンクヘルメットをかぶって馬鹿騒ぎをしていた女性連中だ。しかし、まともに相手にされず今は消えて無くなっている。女性だからだめなのではなく、政策が無かったのだ。

きちんとした政策があり能力があるなら女性だろうが男性だろうがどしどし議員になれば良い。ただ、日本の社会が今はそのように出来ていない面が確かにある。それは誰かがそうしたというより日本の文化価値観がそうさせてきたのだろう。

例えば小学校教員などは女性の方が男性より多いし、幼稚園や保育園となると、男性の方が極端に少ない。これも性差別なのだろうか。結局性による適性の問題だろう。何でもかんでも男女差があってならないなどというのはポピュリズムの故でしかない。能力があれば誰が何をやっても良いはずなのだ。

当然問題もある。

先頃問題になった例として、医師 女性受験者に対する不公平があった

東京医大、女子受験者を一律減点 男女数を操作か

理由として、女性が医師になっても長続きしないから男性を優遇したというのだが、これは問題外だ。激しく糾弾し、再発しないようにしなければならないと思うし、確かに日本価値観に、未だに女性は社会に出ても結婚すれば仕事を辞めるべきという風潮がある。そして女性にもその傾向がある。すなわち職場は伴侶を探す場所だというのだ。むろんごく一部ですべてがそうだと決めつけるわけではないが、女性がそう思い社会がそれを受け入れているのが日本ではないかというのだ。

昔に比べればかなり変わってきた。かつては男性しか出来なかった力仕事を女性が機械を使ってやっている例はかなりあるし、かつてはダンプの運転手は男性と決まっていたのが今では女性も結構見かける。巨大なクレーンやブルドーザを運転する女性も大勢建築現場にいる。変わってきているのだ。欧米に倣ってそうしているのではなく、日本自体の選択だ。

さらに言うなら、欧米では家庭で金を管理するのは夫で、請求書や毎日の費用をそれぞれ妻に渡しているのがほとんどだが、日本では夫の給料を妻が管理し、家計をやりくりし、夫がお小遣いをもらうやり方が普通のようだ。

欧米に何を言われても無視していれば良いと思うのは私が連中の自分たち基準を押しつける上から目線の姿勢に腹立たしい思いをしているからだ。あくまで日本の選択の問題なのだから。







あれも駄目これも駄目


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国連とはあくまで宣伝の場。国連関連機関は金で動く。国連分担金の未払いが増えて、グテーレス事務総長が国連の運営に赤ランプがともっていると悲鳴を上げている。最大負担国の米国始め加盟国の三分の一が未払いだからだ。尤も、未払い国の大半は元々の分担金の少ない途上国だから、大体は米国の未払いが応えているようだ。

日本は今のところ払っているが、現実には停止することも考慮しているとのこと。

何故そうなるかは、国連が今では全くまともに機能していないからと言えるだろう。現在、最も分担金を多く払っているのは中国だが、一方国連の各種機関の首脳達は途上国や世界情勢に確たる影響を持たない国から選出されている。例えば事務総長だが、今のグテーレスはポルトガル出身であり、その前のパンギブンは韓国、その前はアナン、ガーナ出身という具合だ。つまり、金で動く国が、今は最大の分担金を払っている中国の意向を無視できるか・・・と言う話だ。日本が分担金停止を考えているのは、それが理由だからで、私はさっさとそうすれば良いと思っている。

結果として、国連は今では中国の金で動いていると言って過言ではない。元々、国連は民主主義の集大成という形で作られたが、その時点で常任理事国等という物を作り、それをいわゆる第二次世界大戦の戦勝国としたことで根本的に民主主義を裏切っている。

また、上記の様に今では国際的に影響力のある国からは、各機関の首脳は出て来ない。結局、国連は単なる飾りになっているだけで、本質的な世界の動きはG7で決められていると言って過言ではないだろう。昔と違い、今では必要な時に直ぐ専用回線を通じて話し合いが出来、それも秘密裏に出来るのだから、世界を動かすなら別に国連のようなお飾りを使う必要が無くなってきているのだ。

その例として、例えばスェーデン(国際的発言力無し)のグレタ少女が国連機関で演説できる等がある。子供が国連会議で演説するというシナリオに何も裏がないと思うお花畑向けのショーでしかないのはもう明らかだ。しかし、お花畑も票を持っている。考えさせずに票を使わせるのが、このイメージ戦略を使う国のもくろみであり、それに利用されるのが、毎回挙げるように知性の低い欧米階級社会の下層階級と言うことになる。日本などのお花畑も同様だが。むろん、民主主義のなんたるかも知らない途上国も便利な存在というわけだ。

いくつもの例があるが、思いつくままに挙げてみるなら、たとえば朝鮮の主張する慰安婦問題につき、国連人権委員会から派遣されたスリランカ出身の人物クマラスワミが提出した報告書がある。2016年の事だ。彼女は慰安婦の言葉を纏めたとして報告書を書いたのだが、その中には例の吉田清治の本なども参照している。日本は、この報告書には何ら具体的な根拠が無く、吉田証言は本人が撤回していると抗議したがクマラワスミは、吉田証言は一例に過ぎない、自分は元慰安婦の声を聞いた、と日本の抗議を無視した。こんな物なのだ。

似たような物に

「問題を“強調するため”の発言」女子高生の13%が援助交際──国連特別報告者の声明文で新たな波紋

がある。これは2015年にオランダ出身(国際的影響力無し)マオド・ド・ブーア=ブキッキオが日本の女子高生は30%援助交際をしている、と言いだし、日本政府が根拠を示せと言ったら、13%の誤訳だったと言った。しかし、では13%の根拠を出せと言ったら、例えばの話で根拠は無いと言う始末。こんな物が国連では報告書として使われいる。つまり例え話なので撤回する意味がないという訳だ。根拠がないのだから根拠を示す必要が無いと言っているのだろう。まさに朝鮮思考ではないのか。

またIWC 国際捕鯨委員会から先頃日本は脱退したが、本来捕鯨の枠などを決める機関だったIWCに反捕鯨国が入り込み金と工作で日本の捕鯨を阻止する機関にしてしまった。が、世界で捕鯨をしているのは日本だけではないし、ノルウェーなどは日本よりも多く捕鯨している。

結局日本を叩きやすいから叩いたと言うことだろうし、そのように仕向けたのが誰かと言えば、中国も考えられるが、上から目線のキリスト教国と言うことになるだろう。

福島原発事故でも様々な言いがかりが国連関連機関から付けられているのは何度も書いた。女性議員が少ないなども先に書いているが、これも同様だ。ユネスコが南京虐殺を負の遺産に制定した時、日本には一切意見を聞かなかった。一方的に中国の言い分を通したのは、明らかにその意図が分かるだろう。

日本は本当に国連分担金を停止すれば良い。どうせ、国連が何を決めようと、日米欧が動かなければ何も出来ないのだ。また中ロが動かなければ何も出来ない。

こんな馬鹿な物を作ったのは米国だが、その国連が今では数の暴力で中国の物になり、米国が分担金を停止した原因になっている。

国連など不要なのだと、日本も早く理解すべきではないのか。民主主義が機能するのは、民主主義を実践できる民度を持った国だけであり、世界でも数えるほどしかない。それがみそも糞も宗教国家も独裁国家もゴキブリ国家も一緒になって民主主義を国連で実践するなど、あり得ない。米国主導でもし世界に民主主義を・・等と米国が考えたのだとしたら、まあ米国の馬鹿さ加減が分かろうという物。今でも基本変わっていないが、その米国がその気になれば国連を解体させることは出来るだろうが。ある面、日本はその馬鹿な米国を利用しているとも言えるが、これは秘密だ。

大国の興亡

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書庫の整理をしていたら、たまたまポール・ケネディの「大国の興亡」を見つけ、手に取ってみた。上下二巻で、読んだのは発売を待って買った記憶があるから初版発行(日本語版)直後で、1988年、30年あまり前だ。その30年でも世界の勢力図は大きく変わっている。ソ連が崩壊し、ロシアとなってその地位は想像もつかないほど落ちている。

一方中国は形ばかりは大発展したことになっている。西欧は相対的に落ちており、未だに米国の一人勝ちは変わっていない。ただ、その絶対的パワーは落ちていると思うが。もっとも、絶対的パワーとは、単に資力や軍事力のみではない。GAFAと言われる新しいIT産業では米国はいち早く抜け出し、新しい巨人として存在感を示しているが、国家としての成熟度というか完成度がかなり落ちている気がする。

日本は当時バブルの真っ最中で、それこそ飛ぶ鳥落とす勢いであり、東京都全域の地価で全米が買える等と言われた時期だ。確かにその雰囲気は明確に覚えいる。そこから失われた20年とか、先の見えない衰退などと言われているが、現実には日本は考え方によっては米国を凌ぎかねない力を持ち始めているとも思う。中国が急成長し米国に急速に迫っていると言うが、その天麩羅衣が剥がれ始めているのも事実。日米経済戦争で中国がどうなっているかを見ても分かるだろう。

ただ、上記の本では日本が将来も急速な発展を続けて行く可能性がある、と書いているがむろんそれは著者の意見であり別に私がそれを尤もだと思っているわけではない。その上で、近い将来日本がかつての大国のように没落して行く予想もしていない。

そもそも、勃興から滅亡までのサイクルは、1000年前と今では大きく違う。かつての数十年分の変化が世界では起きているが、それは偏に技術の進化による物だ。かつては戦争も100年かかる場合があったが今は極論を言えば数分で決着がつく。今日の大国が明日は存在していないことも物理的にはあり得るのが現代だ。

見方を変えてみよう。技術のみが価値を生み出すとは私が折に触れて書いていることだが、その技術の変転も、昔と今ではとんでもなく違う。今は一月半年の違いが技術レベルのとんでもない差を生み出すのだ。ウリナラが、イルボンの半導体材料など無くとも直ぐに国産化してイルボンを見返してやるニダという夢は結構だが、その為には膨大な蓄積がいる。そんな物があるなら最初から日本から材料を輸入などするはずが無いとは考えられない頭だから直ぐに国産という夢を見られるのだが、現実には技術の蓄積が無ければ技術は発展できない。

で、西欧はその技術の蓄積が出来ていなかった。だから、今では日本に大変な技術格差を付けられ、高級品でしか市場を獲得できなくなった。日本は高級品市場をあまり気にしていない。考えようによってはその棲み分けで西欧との摩擦を避けているとも思えるが、その点は単なる結果論かも知れない。

米国は確かに科学技術産業では大国であり、主として軍事技術から派生した技術は膨大な物がある。が、民生品では日本は愚か、中国にさえ頼っている。それが貿易戦争の理由にもなっている。

またIT技術だがあくまでハードの基本部分は持っている物の独占とは言いがたい。GAFAはソフト技術であり、無論これも極めて大きな資産を生むが、ソフト技術はハードがなければ存在し得ず、そしてそのハードは多くを海外に頼っている。

米国はかつては自動車大国だったが、今では本当に見る影も無い。家電製品でも同じだろう。航空機産業では独走態勢に見えるが、それは市場を握っているからだ。新型の省エネ航空機では日本素材が欠かせない。

むろん、地下資源も国を支えるが、それを開発加工使用するのはあくまで先端技術があってのことであり、資源大国が経済大国というわけではないのはボリビアなどを見ればよく分かる。サウジやドバイなど産油国の豊かさが目立つが、総合的な資産は世界では決して高くはない。

と、これらの状況を鑑みると、国家の興亡は昔は戦争による物であり、今は技術による物である事がよく分かる。むろん、技術と同様戦争と言うより国防能力も必須だが、日本が開国後あっという間に世界の五大国に名を連ね、戦後も瞬く間に経済大国になったのは単に運が良かったからではない。そしてその傾向が今も保たれているなら、日本の寿命が短いとは思えない。

人口減が問題になっているが、戦後働き手が大量に失われ、八千万の人口で現在に至る発展をした。日本のGDPが中国の三分の一等というのも全く違うとも、根拠を挙げて何度も書いている。結果として、日本円が絶体のハードカレンシーとして信頼されている事実がそれを裏付けているだろう。むろん、未来永劫絶体と言うことは無い。日本にも問題は山積している。その上で、日本が朝鮮の願い通り急速に衰退滅亡するとは今は考えられない。


日本の子供の読解力


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「言語の優劣」と題して今年の十月十六,七日続けて書いた記事がある。日本語は他言語と比べ極めて語彙数が多く、また表現にも尊敬語から罵倒語まで様々な表現があり、同じ意味でも発言者や相手との関係、心理的状況が分かる。他言語では、この様な例は無いなどと書いた。

人間は言葉で物を考える。従って、豊富な表現力のある言語で考えるとは、豊富な思考が出来ると言うことだ。これはかつて未開国が先進国に征服され自分たちの言語を支配する国の言葉に代えた例が無数にあるが、むろんそこには強制も有ったろう。しかし、未開国の言語では複雑な思考が出来ず、結果として複雑な文明、科学技術力を発展維持すること出来ないために、それが出来る言語に自ら換えたのだと言うことだ。

しかし、文章を読むとは言語能力と必ずしも一致する能力ではない。文盲でも言語は使えるし、現実に文字を持たない言語もある。日本ではアイヌ語がそうだし、表記はアルファベットを使うようになっている。同様、本来文字を持たない言語がアルファベットで表記されるようになっている例も沢山有る。

がそれがまた問題を起こす。かつて韓国は中国に倣って漢字を表記文字としていた。それは日本も同様なのだが、日本語に合わせて直ぐに平かなやカタカナを考え出し、表意文字である漢字の数を制限し、表音文字である平かなやカタカナと組み合わせて豊富な日本語の語彙に合わせて新しい表現法作り出した。その意味では、日本語の文字は大元は漢字でも全く違う文字システムにして言語自体を変えることはしていない。

一方韓国では、かつては漢字を使用していたがその後ハングルを使い出し、近年になってハングルのみを使い漢字を捨ててしまった。その為に古書が読めないという問題が起きているがそれ以上に問題なのは、漢字によって使われた同音異義語が区別できなくなっている。

かつて日本でも漢字が複雑だから平かなだけにしようと言い出した連中が居たが、ほとんど相手にされていない。日本語表記が表音文字だけでは使い物にならないからだ。かつてコンピュータが会社で使われ始めた頃、漢字が扱えず平かなあるいはカタカナだけで文書を書くしか無かった時期がある。単語切り離して書いたりはしていたが、同音異義語がどうしようもなく違う言葉に置き換えるなど散々苦労したが、結局漢字もコンピューターで使えるようになり、今はほとんど意識しないで文章を書ける。

しかし、韓国では同じ漢字由来の言葉があるのに表音文字だけで書くという最大限の愚行を行い今に至る。結局、韓国人の識字率は高いが、読解力が出鱈目だとはよく知られた事実だ。さて、国際機関が各国の子供の文章読解力を比べたところ、日本は極端に成績が落ちているとのことだ。ただし、科学技術や数学の成績は優れているという。

それは以前から言われており、ゆとり教育の見直しが行われた一つの理由だが、その読解力下降が停まらないというのだ。
平均得点の国際比較


確かに思い当たる節はある。最近、本の売れ行きが極めて悪く、また新しい作家の文章が昔で言えば子供の絵本並みの物がベストセラーになったりしている。ラノベと称する小説など私の年代では読む気にもならない。文章に深みも何もあった物ではない。

私たちの世代が若い頃に読んでいた文学は極めて精緻な文章だったし、海外文学の古典の日本語訳なども原文をそれなりに忠実に訳した物と思えた。例を挙げれば、レミゼラブルはフランスのビクトル・ユーゴーが書いた大河小説だが、最初にミリエル司教に助けて貰ったジャンバルジャンが銀の燭台を盗んだところから始まっていた。

読んだ時期が若かったからだろうが強烈な感動を覚えている。その後、かつて私が読んだ頃の年齢であろう人に何かの機会でこの物語の話になり、互いに読んだ本を本に語ってみたところ、どうも彼の読んだ本は本当のダイジェスト版というか、子供向けの本である事が分かった。かれはそれが原作をそのまま忠実に訳した物だと思い込んでいたのには言葉を失った。

しかし、別に彼だけのことではないようで今はラノベのような物は売れるが複雑な文章は売れないとある出版社の人間が言っていた。詰まり、今の人は難しい文章を読まないというのだ。

考えてみればそうかも知れない。今はツイッターやフェイスブックでほんの一言二言言うのが主流で、非常に込み入った文章を書いているブログやサイトは本当に訪問者がいない。私のブログのことではない。本当に優れた考察で興味深い文章を書いているブログなど有るが、閲覧者数がほとんど無いのだ。

文章を読みこなす力が本当に失われているとすれば、つまりは文章で物を考える能力が失われていることを意味する。確かに現在のお花畑などの書いていることなどを読めば、自分で考えて等いないことがよく分かる。

さて、上記の読解力で日本が極めて成績が悪いとの結果、でたらめとは言わないがどうも腑に落ちない点もある。

同じ文章を各国の子供に読ませたのだから当然それぞれの言語で書いた文章の筈だが、それで同じ評価を下せる物なのだろうか。また人間は言語で物を考える。日本の子供の場合、数学や科学の成績は良いのに読解力が甚だしく劣る。では日本の子供は数学問題科学問題を解く時、言葉で考えることをしていないのだろうか。

また目についたのが、中国や韓国の成績が読解力も数学も科学も優れていて欧米がほとんど出て来ない。まあ、格差社会である欧米は、上層部の学力は確かに優れているが庶民階級の学力は全く話にならないほど低い。その意味でこの統計はある意味正しいと思う。

それなら日本の子供の読解力が低いのもある面正しいのだろうし、それは私も実感している。しかし、読解力も全体の学力も世界トップクラスの中国辺りが、パクリ技術しか物に出来ないのかとも気になる。ノーベル賞のこともあるが、今中国の科学技術が発展しているほとんどの理由は、海外から盗んだり、あるいは技術者を金で買っているためだ。

韓国に至っては言うまでもない。どうもこの検査結果の納得いかない面ではある。






国家は国民が作る

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国家とは、国土、政府、国民、最近では他国の承認も加わったが、これらの要素が揃って国家として認められる。それをふまえて、私は常日頃、国家とは国民が作ると言っている。世界には200以上の国があり先進国とされている国から未開国、民主国家、独裁国家、貧困国家、富裕国家と様々な違いがあるが、貧困国と富裕国は国土の条件に大きく関わるが、詰まりは面積、位置、資源、周辺国、気候など様々な条件は国土の条件ということだ。結果として、国土の条件によりある程度国の優劣が決まるが絶体ではない。日本は国土面積は世界で60番目、地下資源に恵まれているわけではないし気候も特に良いわけではなく山岳地帯が多いために農作にも不向きだ。さらに、自然災害は世界でも例外的に多く地震、台風、火山などの自然災害は言うまでもない。その意味では極めて不利な地理的、すなわち国土的条件を最初か押しつけられているのだが、それでも世界トップクラスの資産、文化、技術を誇る国になっている。外敵からの侵略の危険が地理的に少なかったという大きなメリットはあるが、なにより国民にその資質が有ったからだろう。

何も朝鮮のように自分で勝手にそう思っているのではなく、現実の資料がそれを事実としているのはここで繰り返す必要も無いだろう。国土の地理的不利を乗り越え今の地位を築いたのは残りの政府と国民の故だと言うのが当然ではないか。

さて、世界には本当に未開な国があり、犯罪が蔓延し、政治は腐敗し、国民は無知で貧しく寿命も短いし救いようのない国がかなりある。独裁国家で、少しでも政府に逆らうと命に関わる国もある。

それらは政府が悪いからだが、しかしそのような政府を生み出したのは国民なのだ。政府が国民を作ったわけではない。人間が集団となりその集団の中から出来上がったのが政府である以上、国民が政府を作ったとしか言いようがない。そして、惨めな未開国でも資源や国土条件に恵まれた国はいくらでもある。日本よりも気候に恵まれ資源に恵まれながら貧困と無知にあえいで日本など先進国の援助に頼っている国はいくらでもある。

だが、それらの国々も国民が作ったのだ。いや、生まれたくてそんな国に生まれたのではない、生まれたらそんな国だったのであって、国民に責任は無いという論も当然あるだろう。が、現実にはその国に生まれたからにはその国で生きることを甘受しなければならないのが国民なのだ。

こんなことを聞いた。朝鮮が反日であり、日本を敵視することでしか存在できないのはあくまで朝鮮政府の方針であって、朝鮮人には責任がないというのだが、それは違う。犯罪者に育てられた子供が罪を犯しても罰せられる。犯罪者の元に生まれたのは子供の罪ではない。が、その子供は親に倣って犯罪者になる可能性が極めて高い。ISの中で生まれた子供は大人になってテロを起こし人を殺してもそのような環境で育ったのだから罪はないとは言えないだろう。やはりIS殲滅作戦に合えば殺される。

どこで生まれ誰にどの様な教育を受けどの様な環境で育つかは本人にはどうしようもない事だが、その結果人殺しにためらいを持たず犯罪を犯すなら当然責任をとらされる。

国家の責任は国民が負わなければならないのであり、そのような国家を作ったのはそのような国に生まれてしまった国民以外にないうことになる。あの悪夢政権を作り出したのも日本人であり、その弊害は未だに残っている。が、それを甘受しなければならないのは、他ならぬ日本人が責任を負わなくてはならないからだ。

反日でしか生きてゆけない朝鮮に生まれたのは朝鮮人の罪ではないから受け入れようと言えるかどうかを考えてみれば良い。あくまでここで言っているのは概念の朝鮮人だが、個々の韓国人を受け入れるなら受け入れる人間の責任でやれば良い。ただし、自分が受け入れた人間が罪を犯せばとうぜん受け入れた自分も責任を取るという覚悟はしていなければなるまい。





先進国と未開国の分かれ目2


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つまり先進国とは、先進国の判断基準で、比較的それらの条件が実現している国のことを言う。たとえば、隣の超汚染(朝鮮)が先進国だなどとは当然言えるはずもないのだが、他国から見れば先進国に入る。

しかしながら、いつものことだが判断が西欧基準であることは調べてみれば分かる。つまりこのランキングを発表しているのが揃いも揃って欧米にあるということだ。たとえばリーマンショックの折、調査会社はそろってその原因を作ったリーマンブラザースの経営は最高ランクだと言い続け、結果米国の住宅投資などがバブル崩壊し、それが米国の金融機関を連鎖破綻させた。もう10年以上前のことだが、未だに尾を引いている。

当時、日本の経済状態は決して高く評価されておらず、確かに日本も大和証券の破綻など影響は少なくなかったがしかし世界の中では極めて被害は小さかったと言えるだろう。

あれが契機で日本経済が改めて信頼されるようになり、今では世界経済に何か不安が生ずると日本円が買われるようになっている。有事の際の日本円と言われる所以だが、結局はこの様な要素が先進国たる所以では無いのか。中国はしきりに日本の三倍の経済力を持っていると自慢するが、基軸通貨の一つにも届かない。実際は中国経済など信頼されていないのだ。かつてソ連は米国に次ぐ経済大国の筈だったが、ルーブルは国際市場では紙切れだった。

世界の先進国の大半が一つにまとまったEUのユーロが、基軸通貨ではあるが日本円ほどの信頼が無い。

通貨の信頼が結局はその国の経済の信頼を示すわけで、その意味では日米、それと基軸通貨(正確には国際決さし通貨)国であるEU、イギリス、スイスが経済上の先進国と言える。

文化においては、それぞれの価値基準があるので比べることはほぼ不可能だろうが、ただ世界から受け入れられているというなら、西欧文化がダントツだろう。が、近年日本文化も急速に受け入れらているのは、最近になってやっと日本のことが知られ始めた事情もある。ただ、ジャポニズムは100年以上前にヨーロッパを席巻し、未だに大きな影響力を与え続けているが、すでに日常に溶け込んでいて日本文化との認識が無くなっていると言うことだろう。カステラやラーメンが日本文化発祥ではないのと同じだ。

科学技術では明らかに欧米、日本が抜きん出ているが、西欧のレベルはこのところ伸び悩んでいるような感じがする。米国は確かに抜きん出ているがそれが国民の生活に直結していない。まあ、これも判断基準がいろいろあるので一概には言えないかも知れない。

さて、生活の質だが、これもやはり欧米日本と言ったところだろう。が、これもまた判断基準はそれぞれの民族、国の価値観によって変わる。欧米などは、とにかく金を持てば尊敬される、社会的地位が上がるとでも言うような基準があるように思えるが日本では金と尊敬は関係があまりない。一つの例として、日本には世界最古の企業はじめ、創業100年等という企業が普通に有る。西欧にも世界的なブランド企業には創業百年単位の企業が日本ほどではないにしろあるが、それが日本では桁違いに多いと言うこと。結局信用がその企業の価値だろうが、日本にそのような企業が多いとは、信用を商売の裏付けにしている文化が古くから日本にはあると言うことだ。他国にもあるが日本ほどではない。商売とは違うが、世界最古の王朝が今に至るまで途切れること亡く続いているというのと一脈通じているのではないか。権威が力を背景にしてこなかったと言う面もあるのだろう。

それが日本人の生活に反映している。すなわちいたずらに金を求めず、生活が成り立つなら自分の誇りを優先するという価値観、互いにそれを認める価値観と言うことか。だから金の奪い合い、欺し合いが無いということにもつながる。むろん、日本にも犯罪はあるがあくまでその程度を言っているのだ。

日本が世界でも一際犯罪の少ない国であり、争いも少ない国であることは今更言うまでもあるまい。ほんらいそれが人間の求める社会なのだろうと私は思うが、むろん金を持ち力を持ち、人々から仰ぎ見られるのが理想という国がむしろ普通で、そのように力を使えば結果として社会が安定すると考えるやり方が世界では普通(むろん先進国として)だと私には思える。未開国ではそれが無く、自分さえ良ければ他の者は力で従えることが出来るならそれでよいと言うことになる。となりの馬韓国などはそう見える。中国もだ。




先進国と未開国の分かれ目

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世界には凡そ200ほどの独立国があり、そのうちの195カ国を日本は承認している。しかし、国家とは何かを考える時、国土、国民および政府があれば国家と言うことになるが、あと他国からの承認という条件が加わることもある。

しかし、最低限これらの条件を満たしても本当に国家かと思えるような未開国が存在する。大体世界では大半がそうではないかと思える時があるが、とりあえず国家には格があり、いわゆる先進国、中進国、未開国と言うことになるだろうか。

そもそも、国家という物が成立したのは何年前かは明かではないが、上記の条件を満たす国は5000年前にはあった。エジプトや中国、インドなどはそう言えるだろう。これらの国々はかつては世界に冠たる先進文明国だった。が、今ではむろん到底そうとは言えない。つまり、歴史のどこかで進歩が停まったか、極めて遅くなったか、あるいは退化したと言うことだろう。

現在、世界の先進国とはどこかを色々調べてみると、様々な機関などが認定している先進国は凡そ30カ国だそうだ。大半がヨーロッパであり、あとは北米、そして東アジアの日本と、とりあえず韓国が入っている。これをみると、先進国の定義などかなり曖昧だと思うが、ただ確かに想像を絶した未開国が世界の大多数だとすれば、まあこんな物なのだろう。その中でも特に先進国というならG7加盟国だろうか。

ところで、これらの先進国と未開国の違いは主として政治の安定性、経済力、科学技術の先進性などが挙げられているが、今のヨーロッパが政治的に安定しているようには見えないし、米国などもそうだ。またヨーロッパの大半の国々はかつては確かに豊かで科学技術、文化の発信地だったろうが、今では単に昔の栄光にすがっているような国々にしか見えない。むろん、それでも未開国よりは遥かにましなのだが。言い換えれば未開国のレベルの低さは想像を絶している。

ただ、古代においてはどの国も似たような物だったろう。それが後年、特にヨーロッパが台頭してきたのはせいぜいこの500年くらいのものか。人類史から見ればごく最近なのだが、一時は確かに世界全体を支配したこれらの国々が今はそれこそ見る影もない。

国家の栄枯盛衰はそれなりの原因があるだろうが、それでも西欧が先進国であることに間違いは無いだろうと思う。

先進国の例外の無い条件として、

民主主義であること
科学技術のレベルが高いこと
犯罪発生率が低いこと
国民の教育レベルが高いこと
文化の発信が出来ること
政府が安定していること
政治が腐敗していないこと
言論の自由が成立していること

思いついただけでもこれらだろうか。しかし、当然ながらそれらもどれほど実現しているかは様々な段階がある。それ以上に、それらが必要か、あってはならないかまで様々な判断基準があり、これらの条件はあくまでそれを重要視する価値観を持つ国、さらに誰がそれを判断するかなどが違う。つまり、上記の判断基準はあくまで一部の国の判断基準と言うことになる。

ー 続く



ユネスコ


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ユネスコの審査など、あくまで誰が大きな声で主張するかで決める物であり、またもともとが国連の一機関であるように国連の、正確には戦勝国、欧米の価値観が基準になる。また申請資料にしても国連の標準言語、大体は英語で記されていなければならず、それは西欧基準の判断でされる。

たとえば南京虐殺事件を負の遺産に指定した時は、日本が知らない間に中国の申請をそのまま鵜呑みにして制定した。そのあと、日本が、当事者国の双方の意見を聞かずに設定するなどあってはならないと厳重抗議し、今は朝鮮の慰安婦問題が棚上げになっている。

ユネスコは日韓で協議するように言っているが、当然ながら朝鮮が引っ込むはずがない。つまり、ユネスコは自分たちで事実を立証するなどはしないのだ。

だから、南京虐殺も主張のあった方の意見だけを鵜呑みにして負の遺産に制定してしまった。

むろん、ユネスコの出鱈目が主原因と言って良いが、日本がそれに対し無策であったことは日本の非だ。主張すべきを主張しなければ、国際社会では声の大きな方の意見が通るし、またかつて朝鮮の言い分だけを採り上げた国連人権理事会のクマラスワミ報告があるが、この内容の裏付けが全く出鱈目であり、日本はこの報告に対し抗議した。更に、1996年3月、日本国政府は報告書を「極めて不当」「無責任で予断に満ち」「歴史の歪曲に等しい」「受け入れる余地は全くない」などと厳しく批判した全42ページにも及ぶ反論文書を作成し国連人権委員会に提出したが、すぐに撤回した。その理由については「反論することで、かえって慰安婦問題の議論を起こしかねないと懸念したため」とされている。

結局、このような日本のやり方が結果としてクマラスワミ報告を裏付けた形になり、クマラスワミ本人は日本の撤回要求に対し、根拠となった吉田証言は資料の一部に過ぎないと撤回には応じていない。

さらに、日本は朝鮮に対し慰安婦について謝罪し金まで払っていることから、朝鮮の言い分、クマラスワミ報告の内容を日本が裏付けた形になっている。

ところで、日本が抗議を引っ込めた時の日本政府は、村山内閣だった。なぜ日本が自ら出した抗議書をすぐに撤回したか理由が分かろうという物。

いま、ユネスコで慰安婦問題が棚上げになっているのは、むろんユネスコ自体の問題だが、なにより日本が国際社会に向けて協力に朝鮮の嘘を、事実を以て根拠を上げて反論しないからだ。

今では完全に慰安婦が日本による犯罪であるとの認識が国際社会に定着している。むろん一部の専門家や政府はそれが出鱈目であることは知っているだろうが、一旦信じ込まれてしまった事は理屈ではなかなか変えられない。一にも二にも日本の不手際が生み出したと言って良い。

今からでは遅いかも知れないが、それでも全力を挙げて慰安婦が単なる売春婦であったことを政府が国際社会に示すべきだろう。朝鮮との約束は約束で一度謝罪金まで払ってしまった事実は変えられない。が国際社会に対する真実の訴えは朝鮮との約束には関係が無いはずだ。

ユネスコはじめ国連関連機関が公明正大などはあり得ない。あくまで宣伝の場であることを、日本は本当に理解すべきだし、国際社会も真実が通る場ではないことも合わせて、日本は根拠を上げ証拠を示し、史実を基に主張すべきをすべきでありその為に予算を使うのは当然だろう。少なくとも、村山内閣(これはあくまで自民の責任だが)のような馬鹿なことを二度とさせないのが肝心なのに、悪夢政権まで成立させている。自民がだらしがなかったからだが、無論、その第一の責任は投票権を持つ日本国民にある。





教育の力

昨日の民主主主義について書いた記事でも触れたが、質の高い民主主義の実現のためには、国民の民度が高く、知識があり視野が広くなければならない。そうでない場合、その国はいずれ独裁者の物になる。結果として独裁でしか国が運営できないからだ。今、目の前にベネズエラやブラジルの例がある。つまり民主主義を実戦できるだけのレベルが国民になかったためであり、ベネズエラがどうなってもブラジルがどうなっても結局その責任は国民が負わなくてはならない。

さて、そうならないために必要なのが教育であり、文字通り教え育てるのが教育だ。が、教えることが誰かの都合で選択されたり、事実と異なることを教えられるなら、それは教育ではなく洗脳だ。本当の教育とは、思想とは関係なく国家の利害にも関係なく、事実のみを教え、その事実に対しどのように考えるかは教育を受けた本人に任せる。

日本で大体同じ教育を受けてきたはずの日本人にも保守主義から革新主義まであるし、ネトウヨからパヨパヨチーンまで様々だ。それは受けた教育内容をそれぞれが例えば育った環境や自分の生活環境などでそれぞれの解釈判断をした結果だ。

教育の結果どの様な思想を持つかはあくまで個人個人で違うが、それでも本来の教育とは元々は思想で偏ってはならないだろう。都合の悪い事実もそのまま教え、それをどの様に考えるか、解決するかを受けた側が考えることで改良が加えられて行く。

つまり教育の内容は中立無色透明でなくてはならない。仮に日本がかつて馬韓国を一方的に植民地にし、朝鮮人を奴隷にし、朝鮮女性を性奴隷にし、朝鮮の富を一方的に奪ったが、朝鮮が独立運動で勝利し、戦勝国になったという馬韓国では"正しい”歴史が、日本で習う歴史とはずいぶん違う。単に見解の違いではなく、日本か朝鮮が国民に嘘を教育しているのだ。つまりその嘘で国民を洗脳していると言うことだ。

そこで、その教育の内容を検証してみると、馬韓国で教育と称して教えられている内容は全て嘘であり、つまり馬韓国では国民を洗脳していることが分かる。どうして分かるのかは今まで何度も書いているので繰り返さないが、ほとんどの朝鮮人はその検証をしない。

むろん馬韓国内で情報統制をしている為もあるだろうが、もし知性と意欲があればいくらでも検証できる。ただし、知性と意欲があれば、だがそもそも洗脳でそれを奪われているのだから彼らが検証することなどはできない。

意図的に嘘を教えていなくとも、そもそも教育システムが機能していない国では国民がまともに教育を受けることが出来ない。なにしろ、未だに識字率が50%以下等という国がかなりあるのだ。


読解力・数的思考力 国別ランキング - OECD 国際成人力調査(PIAAC)2013年


次に識字の定義だが、自分の名前が書ければ識字と判断する国も沢山有る。また馬韓国の様に漢字を廃してしまったために同音異義語が無数に発生してしまい文字は読めるが文章を理解できない国も非常に沢山有る。つまり識字率とは文章読解力とは関係が無い。例えば、OECDの調査結果だが、日本は主要国の中で読解力と数的思考力の習熟レベルが極めて高い。二位との差もかなり大きいが、日本語は世界でも特別に語彙数の多い言語であり、その言語による読解力と数的思考力の習熟レベルが高いとは、即ち文章で物を考える、その能力が高いと言うことになる。

つまり日本人は世界で一番知的なのだ。別に私が勝手にそう思っているのではなく、正式に国際間で調査された結果だし、また日本は格差社会でないため,国民の全てが同じレベルの新聞を読み本を読んでいる。実際、日本に来て外国人が驚くのは、電車の中でも本を読んでいる日本人が極めて多いことだし、そして日本の図書販売量は世界でも極端に多いと言われている。

日本の教育レベルが極めて高く、しかも中立である事が分かるのではないか。そのような国だから先に書いたように、民主主義が最も正しく(完全にとは言わないし、それはあり得ない)機能している国であり、西欧も米国も全くそれとはかけ離れたレベルだからこそ、今の欧米の混乱と地位の低下があるのだろうと思っている。














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どいつが悪いのか

この場合、何奴、誰、が悪いのかではなく、ドイツが悪いのかと言う話。

馬韓国がよく引き合いに出すのが、ドイツは謝罪したのに日本は謝罪しないという戯言だが、バカの言うことはともかく、本当にドイツは謝罪したのだろうか。むろん、そんな事はない。

下記は、馬鹿連中がよく引き合いに出すドイツの謝罪の例だ。

----------------------------------------------

さきのドイツ大統領ワイゼッカーの発言;



「5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。

われわれは今日、戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべておりす。
ことにドイツの強制収容所で命を奪われた 600万のユダヤ人を思い浮かべます。
戦いに苦しんだすべての民族、なかんずくソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。

・・・・・・・・」

----------------------------------------------

以下非常に長くなるので割愛するが、ワイゼッカーで検索するといくつでもヒットする。

つまり、ナチスが悪いので我々は悪くない(とまで言っていないにしろ)と言うだけのことだ。実際に、何度も書いているが国家は結局国民が作る物だ。例え独裁政権であっても国民を弾圧する政権でも、結局はそれを成立させたのは政治を理解せず甘言に乗った無知な国民の責任でしかないだろう。

ナチスは独裁政権だったかも知れない。ヒトラーは極悪の独裁者だったろう。が、ヒトラーがいきなりあの地位に就いたわけではない。ヒトラーが台頭してきた時、彼を引き上げたのはヒンデンブルグだった。彼は優れた軍人で、ドイツを救ったいわば英雄であり、当時ドイツ国民の絶対的な崇拝を受けていた大統領であり、彼に取り入ったヒトラーを首相に就けた。むろん、当時のドイツ国民もヒトラーを熱狂して迎えた。

その結果がどうであろうと、ヒトラーをその地位に就け、彼の行動を支持したのはドイツ人だ。後にナチスやヒトラーのやることに疑問を持ち、反対をしたドイツ人もいたろうが、当然退けられている。どの国でも独裁者は甘言をを以て国民をだまし、一旦その地位を得ると、力で反対者を排除する。その時に反対しても遅い。独裁者をその地位に就けたのは国民なのだから。

ということで、現在のドイツ人にナチスの罪を負わせることは出来ないのは事実だ。なにしろ、当時今のドイツ人は生まれても居ないし、生まれていても何らナチスの行為に責任を持つ地位でもなかった。

だからといって、ドイツという国家の罪が消えるわけではない。それを今責め立てる理由はないが、ナチスを成立させたのは当時のドイツ国民だとの認識は持つべきではないのか。同じ事は広くヨーロッパにも言える。かつて彼らの祖先達はアジアアフリカ米大陸、豪州などを蹂躙し、略奪し植民地化した。そして多くを奴隷として使った。

その罪を今の彼らに負わせることはすべきではないがその事実を忘れてはならない。今欧米のメディアなどの一部に朝鮮のプロパガンダをそのまま受け入れ現在の日本人が責任を取るべきだとのコメントを出しているのを見ると、やはり欧米人にはそのような意識、即ち自分たちはどうなのかという見方が出来ないのだとはっきり分かる。

そして朝鮮のプロパガンダが事実かどうかなども自分たちでは検証しない。多分に、自分たちよりも発展している日本に対する嫉妬があるのでは無いかと思える。事実かどうかを確かめもせず、そして本来責任を問うべきではない現在の国民に対し因縁を付ける欧米の一部の本質を私たちは知っておく必要があるのではないか。

冒頭の朝鮮は二言目にはドイツは謝罪した云々だが、そのドイツが朝鮮を世界で一番嫌っている事実は朝鮮人には関係が無いらしい。それほど、朝鮮人は馬鹿だと言うことだ。断って置くが繰り返し言っている様に朝鮮人と言う場合、概念の朝鮮人であり、個々の韓国人ではない。

韓国という国は、国家として認めるべき存在ではなく、単なるゴキブリの巣という認識でよいだろう。




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国家の責任は誰が負うべき


独裁国家でも、その政権を作る民族性はその国民が保っている。子供はそこで教育され、その国民になる。そこに生まれた責任はないが、その国民になってしまえば責任を取らざるを得ない。

例えば独裁国家では国民に発言の自由はなく、常に監視され下手なことを言えば、あるいは言わなくても密告され投獄されたりする。あるいは強制再教育所に送られたり、過酷な労働をさせられたり、時には機銃掃射でミンチにされたりする。

ポルポトは国民を数十万、一説には二百万人以上を殺している。原始共産制を国家の理想とし、その妨げとなるインテリを中心に殺戮した。後にヘンサムリン政権が出来ゲリラとして政権と戦っていたが、死亡が確認されるまで殺戮以外には何もしなかった。

ルワンダの大量殺戮は民族同士の対立が原因だった。

独裁者による国民の大量虐殺は有史以来無数にあるだろうが、近年でもいくつもある。この大量殺戮の犠牲者は国民なのだが、ではその独裁者を生み出したのは誰なのか。むろん外国からの干渉などはあったろうし、それならアフリカに於けるかつての西欧の影響が無関係とは到底言えない。西欧は今になって口をつぐんでいるが、謝罪どころかそれに対する補償もしていない。もう済んだことだ、当時はそのような時代だったと言うことだろうが、その後遺症が未だに世界各地で大量殺戮の原因の一つになっている。

むろん大量殺戮は、繰り返すが有史以来無数にあったろうし日本にもあった。が、近代になってこのような大量殺戮を国内で行っていたのは中国や韓国、カンボジア、ルワンダとやはり続いている。

これらは独裁者の責任なのだが、その独裁者を生み出したのは国民なのだ。虐殺ではないが、今朝鮮では反日で国がまさに狂っている。その結果、韓国経済は目に見えて衰弱しつつあり、おそらく先のIMFの再来以上の災害に見舞われるだろう。それにつき、反日のやり過ぎで朝鮮自らが滅びるとの危機感を持った少しだけまともな連中は、文在寅をやめさせれば日本との関係が改善すると思い込んでいるが、それはない。文在寅を大統領にしたのは朝鮮人であり、朝鮮の破綻は文在寅一人に責任を負わせて済むわけではない。日本人が完全に朝鮮への見方を変えたのだ。

中国も似た様なものだ。今は米国との経済戦争で痛めつけられ、今まで反日で国家統一をしていたのが手のひら返しですり寄ってきている。日本も、単なる見せかけだけだとは知っているだろうが、とりあえずはそれを歓迎はしている。しかし、何時また手のひら返しをするか分からないから中国を信ずることはしていない。十分に中国への警戒を示し、いわゆるダイヤモンド体制、つまり日本、インド、オーストラリア、そして米国の連合で対中警戒線を作っているし、軍事力増強が対中であることを別に隠してはいない。それでも形だけでも中国がすり寄ってくるならむげにはねつけたりはしないだけのことだ。

さて、このような中国に対し、あれは独裁国家であり中国人に罪はないなどと思うのは完全に間違っている。中国人があの独裁政権を作ったのだ。

言い換えれば、独裁国家はそのような国しか作れないということであり、すなわち国民の資質がそうだと言うことだ。

今、ベネズエラが独裁国家となり急速に貧困国家になりつつある。本来石油が産出され豊かなはずだったが、自分たちに金があるから欧米は要らないとしたばかりに欧米資本も技術も離れ、結果として石油があっても金にならない状況になっているわけだ。ちょうど朝鮮がメモリーで世界シェア一位だから日本など要らないと考えていたのが、実際は日本からの基本材と技術がなければ成り立たない組み立て国家だという自覚さえなかった。そうして、反日教にはまり反日に明け暮れた結果がどうなるかはもう見えている。決して文在寅政権だけの責任ではなく朝鮮人の責任だという所以だ。自覚していようとなかろうと、子供であろうと無知であろうと、その責任は朝鮮人が採らなくてはならない。

国家とは政権が作るのではない。国民が政権を作り国家を作る。どんな政権であろうと、その政権は国民の無知、思い違い、愚かさでとんでもなく惨めな国家になる。国民が自分は被害者だと言っても通用しない。その国家を作り直すのはその国の国民しかいないのだから。

今西欧諸国が不安定になりつつある。それを煽り従来の政権を叩き、新しい勢力が伸びてきて政権に就いたりしている。政権を取るために、国民には耳辺りのよいことを並べ、そして票を得るわけだ。その結果、国家が傾きつつあるのが今の西欧だが、それは何度も言う様に階級社会の庶民階級には事実を理解する知力がないから、政権に対する不満解消をそのようなアジテーター政権に任せてしまう。つまり国民が無知である責任を取らなくてはならないわけだ。

どのような国家のどのような状況も、結局は国民に責任があり、国民が責任を取らなくてはならない。例え子供でも赤ん坊でもそうなのだ。



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第二次世界大戦がもたらした物

現在の日本の地位はあの戦争がもたらした物。もし戦っていなかったら、アジアアフリカの発展は無かった可能性さえある。それは人間の意識とはそのような物だからだ。そしてあの時代がいわば最後のチャンスだったと考えられる。

戦争は二度とすべきでは無いが、それは今の日本だから言えること。今の日本が被支配国家だったら、そもそも戦争すら出来ない。西欧諸国に挑む国力など、与えられるはずが無いからだ。

かつてはあったチャンスはもう絶対に訪れない。韓国が一流先進国になるチャンス、中国ロシアがそうなるチャンスもまずあり得ない。その意味では、今の国家秩序、即ち国家の順列はほぼ動かないと考えて良い。ただし、相対的な変化は無論あるだろう。

言い換えれば、それらの国が仮に彼らの考える一流国家になるとすれば、唯、力によるしかない。が、今中国が台頭してきているのに対し、米国が押さえに掛かっているのは当然のことだろう。チキンオバマはすべきことをしなかった。その意味で、最低最悪の大統領だった。トランプは個人としては極めて問題が多いし、人格ならチキンオバマの方が上なのかも知れない。が、人格者だから大統領が務まるわけではない。今のところ大統領としてはトランプの方がましではないか。ましとは言うがむろん問題は極めて多い。長期で考えれば、米国の衰退を彼は早めているとも見える。

人格者であるオバマ氏に対しチキンと言う敬称を付けるのはその為だ。

さて、今のところ日本が最もしっかりと協力しているのは米国であり、これは米国でも意外だと言う声が結構あると聞く。つまり、かつて米国は日本と戦争をし、圧倒的な国力の差がありながら思いのほか手こずった。なにしろ、今でもそうだが、これだけの圧倒的な力の差があれば戦う前から降伏し米国の言いなりになるのが普通だからだ。実際に多くの途上国が西欧の力に抗うことなくほとんど無抵抗で屈服し植民地になった。

今も日米の国力差は圧倒的だが、当時の差は現在の何倍もの差があった。国力をなんで測るかで比較の結果は変わるだろう。が、簡単にGDPで言えば凡そ日本1:米国4と言ったところだ。ただし、海外資産などを考慮するともっと差は縮まるだろう。軍事力では、核の有る無しで比較は出来ないが、そもそもかけている軍事費が違う。しかし、建前上同盟国なので日米戦争は考えないで置くとして、あとは資源量、国土面積等など様々な比較対象がある。それらを考えてみても日米戦争開始時の日米の差は1:40等と言われていた。従って米国は日本に対し好き放題の難題を突きつけても日本が逆らうとは考えていなかったし、後に開戦してからも簡単に片がつくと思っていた。まさか、日本との戦争が4年も続くとは考えていなく、それまで欧米にここまで歯向かった非西欧国家は無かったから相当驚いたと様々な記録がある。

日米が今強固な同盟関係にあるのは、米国にしても日本と争うより協力をさせた方がかつてはソ連、今は中国などに対する圧力になるし、そして日本は決して米国に対する野心などは持っていないことも理解しているだろうから、日本を敵視する理由が無いのだ。あくまで今はだが。将来のことは分からない。

日米がこれほど強固な関係を結んでいるのもあの戦争があったからではないのか。日米ばかりではない。西欧ともそれなりの良好な関係を日本は結んでいる。日本以外の非西欧国家で欧米とこれだけ親密な関係を結んでいる国は無いだろうが、これも生死をかけて戦争をした結果だと言える。

だからこれからも戦争を、というのではなくいざというとき死に物狂いで戦う気概は持っていなければならないと言うことだ。そうで無ければ隣の馬韓国の様になる。

中国は形ばかりは戦勝国だし、ロシアもそうだが、火事場泥棒なのであり、米国が日本に勝ったから戦勝国としてその座に居座っているだけだ。馬韓国が自分たちも対日戦の戦勝国だと馬鹿なことを言い米国などから無視されている状況で、馬韓国を同等の関係、つまり同盟国関係を結ぶ気になるだろうか。それは中国も同じであり、そしてロシアもそうなのだ。

命がけで戦ったから今の日本の地位がある。日本が俺は偉いと言っているのでは無い、現実に世界の先進国クラブである欧米が認めているのだ。自称先進国の馬韓国とは意味が違う。まあ、ここで馬韓国を出すこと自体が筋違いだが。とりあえず先進国の中ロが先進国ではないと、世界のどこからも認められていないのは戦勝国としながら実は自力で勝ったわけではないからだし、その意味ではフランスなども同様だろう。とにかく一端占領されているのだから。

イタリアは真っ先に降伏し、そしてドイツと戦っている。イタリアも実は戦勝国なのだが、枢軸国の中ではとにかく全く馬鹿にされているのが現実だ。西欧ではドイツは形ばかりはEUの牽引車として西欧内では一員として認められているものの周辺国との精神的な和解は未だ出来ていないと思っていい。

戦争は二度とすべきでは無いし、おそらくだが先進国同士で戦争になることは無いだろう。が、未開国である中国ロシアなどはその限りではない。

現在の世界で、敗戦国日本の方が、火事場泥棒戦勝国の中ロなどよりも認められている理由が何かを考えてみると、あの戦争の意味も分かるのではないか。ただし、繰り返すがその為に戦争をまたしても良いなどとは絶対に思わない。ただ、戦争を仕掛けられてもそのままずるずると言いなりになる様なことがあってはならないと言うことだ。





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先進国とは 二

日本の金持ちの数が少ないといつも世界のランキングでは出てくるが、途上国などにとんでもない金持ちがいたりする。その数では、中国や韓国の方が遥かに日本より多い。その本当の意味が理解出来ない知能の持ち主はむろんなにを見てなにを判断しなければならないかなど、到底無理だ。

考えてみれば一般の日本人に、北欧三国の国名と首都、位置関係をすぐに言えるか訊いてみればおそらく応えられない者がかなり居るはずだしアイルランドがどこにあるのか、アイスランドと違うのか、オーストラリアとオーストリアの違いも分からない日本人など沢山居る。欧米人を馬鹿にするわけには行かないだろうが、ただ、一般教養で一桁の暗算が出来ないとか、ヨーロッパがどこにあるかどんな国があるか全く知らない日本人は子供でない限り居ないだろう。

通常観光で、特に団体でツアーに参加する日本人は、現地の一般人に接触することがほとんど無い。接触するのは旅行業者、観光業者、お土産屋など外国人から金を貰っている人々で、それなら愛想笑いの一つもするが、一人で町歩きをして商店に入ったり往来でそこの人と接触すればまた感想も変わるだろう。別に一般欧米人が誰も彼も不親切だ、差別主義者だと言うつもりは無い。むろん、感じの良い人、親切な人は居る。が、相手が外国人でも日本人でも関心を持たない。だから、不必要に親切にするわけではないと言うことだ。

最近のyoutubeなど見ていると、海外から来る人が日本を礼賛している動画が多く、それをみて良い気持ちになっている日本人も多いだろうが、あれが欧米人の日本間の全てでは無い事は理解して置いた方が良い。

それらを全部(とは言え私が見聞きした範囲だが)欧米は決して先進国ではない。階級国家である時点でそうとしか思えない。階級社会は、かつては極めて効率的に機能したのだろうが、それは国家が強力で十分な経済力がある場合だ。庶民階級に国のやり方に口を出させない替わりに生活を保障してきた。それでゴタゴタすることも無く国を運営出来てきた。が、今、その経済力が落ちてきてその余裕が無くなり、十分な生活保障が受けられなくなって、政府はポピュリズムに頼るしか無くなった。それが今の彼らの混乱の原因だ。

もっと酷いのが中国韓国だろうしロシアだろう。結局一般庶民を政治に参加させない国々(無論法律上は全ての国民が政治に参加出来る建前になっているが、参加する知力が無い)は先進国とは言いがたいと思う次第だ。

どうしても、では日本は?と言うことになるのだが、日本は江戸時代から庶民教育を普及させ、一説には男女とも識字率が75%で、貸本屋が繁盛し、版元がベストセラーを出し続けていた国だ。当時日本に来た外国人が、日本人の識字率の高さ、礼儀正しさ、誠意などを母国に書き送っている。

終戦後、漢字などがあるから日本人は識字率が低い、だからアルファベットを使わせるべきだと考えた米国人が、日本政府から日本人の識字率は高いと主張され、試しに全国調査をしたところ、当時のレベルでも国際的には抜きん出て日本人の識字率が高く、自分たちが思い込みで間違っていたことを認め、日本人のアルファベット使用強制はなくなったという。

先進国の条件とは何かを一寸考えてみた。つまり、他国から先進国と認められるから先進国なのではないということだ。欧米の調査会社などが、国際比較をして自分たちが先進国だ、と言うのを懲りもせずやっているが、連中の基準で比較した調査など意味は無い。普遍的な基準で比べるしか無いが、そうなると国民の健康寿命、犯罪発生率の低さ、暴力性の無さ、公平性などが基準になるべきだろう。








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先進国とは

隣のニダ国は先進国を自称しているが、あれはゴミ国家であり、先進性などひとかけらも無い。それはあのゴミを相手にしてみればよく分かるが、欧米ではあれでもアジアの先進国と見なされているケースが多い。特に欧米の庶民階級はまともに新聞も読まないし本も読まない者が多く、それでも生活が保障されていたから物を知る必要が無かった。とにかく、自分で身につけた技術で仕事をしていれば、世界でもトップクラスの収入が得られるのだから仕事以外の努力をする必要が無いからだ、と言えば分かりやすいのではないか。人間必要の無い努力はしないものだ。

かつてフランス語が必要になり、会社から言われてごく短期間フランス語学校に入った。学校と言うよりサークルの様な場所で、生徒が何人かにつき教師が一人付いたグループがその習熟度によって別れてそれぞれが会話をして練習をするという場所だ。文法など一切やらず、とにかく会話を繰り返し覚えるやり方で、私の性にはあったと思う。まあ、基本的な会話くらいはそこで身につけたと思うが、面白かったのはそこに十年以上も通っているのに初歩のグループに居る女性がいた。通常、それほど進歩しないなら何か問題があると思うかそこをやめるだろうに、なんで通い続けているのか不思議だった。彼女は要するにフランス語をやっていることを楽しんでいたのだろうと後で思ったし、そしてその雰囲気が好きなだけでフランス語を話す必要など生活には全くないのだから覚えないのだと思っている。人のことを言えるほど私が話せる様になったわけではないが、しかし、必要だからとの理由があったからか、とにかくなんとか初歩の会話は出来る様になった。つまり、必要が無ければやっているつもりでも身につかないのだ。

日本人は英語が下手で、まるで能力が無いかの様に言う者が居るが、英語を話す必要が無いから身に付かないのだ。日本語だけで日本国内ではなに不自由なく生活出来、教育を受け、必要な情報が得られる。仕事で使うのではない限り、日本人が英語を身につけなければならない理由は無い。一方、途上国の人間でもまともに教育を受けていない者が他国に働きに行ってごく短期間にそこの言葉を覚えるのは必要だからであり、日本でも三ヶ月くらいしか経っていないのにかなりのレベルの日本語会話が出来る若いインド人を何人も見てそれを実感した覚えがある。彼らが英語を覚えるのは、そうしなければまともな教育も受けられず、仕事も出来ないからだ。

同様、欧州先進国の庶民階級にとって、国際情報を知る必要も無いし、基本的な教養を身につける必要も無い。日本人にとっての英語みたいな物、そんな物が無くても、生活は保障され楽しむことが出来る。教養を生活のために必要とするのは上層階級のみであり、多くの庶民階級には一般教養も要らない。

だから、日本と韓国の区別が付かないなどは序の口で、日本がどこにあるか知らない欧州人は沢山居る。アジア人を見ると中国人だと思うのは、中国の存在がそれだけ大きいからだろうし、近年は日本人かと訊かれることもあるが、だからといって中国韓国日本の区別がついているわけでも無い。

欧米系のアジアに対する印象を訊いて、アジアにある国のいくつかは分かるがどう違うのか分からない、韓国の方が日本より高い技術力を持っている、経済規模は日韓に違いは無いなどなどの認識がかなりあるが、まず韓国の方が声が大きく宣伝をするからと言う点がある。また韓国が記憶素子などで大量に販売しているなどもあるだろうが、その源泉技術や資材はどこからでた物かなどこのような知能の連中が思いつくはずも無い。かつて読んだ記事では、イタリアの医者が日本車を買ったので見せると言われ見に行ったらヒュンダイだった。指摘したら、ディーラーは日本車だと言ったそうだ。日本製を装って宣伝する韓国製品は実際に無数にある。

日本製の電気器具が故障したので修理に出したら中国の偽物だったなどもよく聞く話だ。

日本のはやぶさ2などは、専門家が知ればその技術力の高さに驚くが、欧米の無知な一般人には派手な中国ロケットの方が技術が高いと思い込む。無知とは表面だけで判断し、知恵があればその根本、原因で判断する。欧米の様な階級社会では、無知な庶民層にそのような能力しか与えないことで国を運営してきた。今更それを是正するなど不可能だ。

ー 続く






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日本産食品への認識

日本は改めてWTOに於ける国際会議で日本製食品を規制している国を含め各国代表に対し、その認識を改める様に主張する。

科学的には日本産食品の安全性が証明されても、感覚的に思い込む無教養な人間は、そのイメージを変えられない。その様な人間の票が得られなければ国家経営が出来ない国、例えばEUや中韓ロシアなどでは、理論的にいくら説明しても、そしてそれらの国の為政者が理解しても無知な国民からの支持を得るためにはその意向にそう。ポピュリズムたる所以だ。

現実には化学薬品、取り扱い環境の不潔などで海外製の食品の方がよほど汚染されているケースが多いのだが、世界の大半の人間には理解しろと言っても無理なのだ.日本でも、未だに福島産の食品はイメージがわるいから食べないと、テレビなどでむしろ誇らしげに言う馬鹿が実際にいる。

中国毒餃子などもう完全に忘れた様だ。中国では極めて効果であるにもかかわらず、日本の果物や米が非常によく売れる。何より安全なのだ。日本製の食品は決して安い物ではない。あくまで高級品として海外に売れているし、食品とは少し違うだろうが最近は日本酒が急速に欧米に広まっている。日本酒が旨くなったのでは無く、日本酒のことを知らなかった欧米人が日本で飲んだ経験などから広めたのだという。

さらに、本来西欧が本場の筈のウィスキーやワインで日本製の物が各種コンクールで優勝したり高値で取引されている。去年話題になったのだが、フランスでワインを作っていた若い日本人夫婦を現地当局が追放しようとし、住民から大反発を食らったとの報道があった。その地はフランスワインで名の知れた場所だったが、若い日本人がほんの短い期間にそれら従来のワインを凌駕する上質ワインを作ったことで、現地業者が当局を動かしたのだとか。

結局ワインはフランスとうぬぼれていた生産者のそれが本当の姿と言うことだ。一方、日本酒も米国では造られていて、結構旨かった。あくまで嗜好品だから好き好きだろうが、今の米国産日本酒は結構評判が良い様だ。

食料とは人間生きて行くために毎日食べなければならないが、それら基本の食料はとにかく豊富にあって安全で安いことが重要だろう。むろん味が良くなければならない。それとは別に嗜好品でもあり、目の玉が飛び出す様な値段でも納得しているなら別に構わないはずだ。

なにしろ、毎日食べるものなのだから、絶対に安全でなくてはならない。福島産の水産物も当然ながら念入りの検査をして合格している物を出している。それをイメージだけで拒否するのは朝鮮がそんな脳みそしか持っていない人間が作った国だからということになる。むろん、未だにぐだぐだ言う日本のお花畑もそうだが。

日本製品が世界で高い評価を受けているのはその品質が高いのと、ごまかしをしていないからだ。それは食品にも言える。日本の基準は世界でもかなり高い方だ。なぜなら、日本人が世界でも例外とも言えるほど潔癖症だからだ。

さて、冒頭のWTOだが、この組織も、朝鮮の訴えた福島産水産物に対し、安全性には問題が無いが朝鮮の訴えを支持すると馬鹿な結論を出し、日本が反発して世界に訴え、WTOの組織改革が現実味を帯びてきている。ようするにWTOの判断などそんな物であり、おそらく今回日本の主張に対しWTOは反論出来ないだろう。仮に反論すれば先に日本の主張に同意した各国の標的になるだけのことだ。いずれにせよ、朝鮮の味方など身を滅ぼすという一例かも知れない。

食品ではないが、日本による韓国向けの産業資材の輸出を優良から普通へ戻したことに対して西側で韓国に救いの手を差し伸べているところは無い。東側も、本当に救いの手、というより、弱り目の韓国からだまし取ろうとしている様な気さえするのは、私の根性が曲がっているからだと思う。




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ラプラドール

先日のことだが、外を歩いていたら犬の散歩をさせている人に会った。時折逢って何時しか会釈を交わす位の関係だが、それも私が犬好きだからそうなった。先日は彼が連れている犬が私に愛想を振りまいて尻尾を振ったので、それをきっかけにちょっと立ち話をした。

犬は真っ黒な雄のラプラドールで、七歳だそうだ。この犬種は非常に人なつっこく頭が良く、例えば盲導犬などに使われる犬種だ。似たような犬種で、ゴールデンレトリーバーがいて、見慣れていないと同じ犬種だと間違いそうなくらいよく似ている。性格もそっくりで、ただ短毛と長毛の違いくらいだが、こちらも盲導犬などによく使われる。

この犬に限らないが、性格の出来は育ちによる。特に盲導犬にするためには、子犬の時からきちんと愛情を注いで育て、人間を信頼させ好きにさせるようにしてから盲導犬としての訓練を始める。子犬の時に愛情を育てないと、盲導犬としての訓練も絶対にうまく行かない。つまり、自発的に主人を助けるのでは無く、単に義務として餌を貰うために仕事をするだけになるからだ。

彼とちょっとの間犬の話題で盛り上がったが、彼もまた飼い犬に深い愛情を注いでいることは、その犬を観ていれば分かる。

さて、ここから本題だが、百年以上前アジアを旅行しその旅行記を書いたことで有名なイザベラ・バードは開国期の日本についても様々書いている。同時期の英国人として普通にアジア人に対する蔑視が満載の旅行記だが、特に中国と朝鮮については嫌悪感丸出しでそれに差別意識を上乗せして書いているが、その感覚は基本的には日本に来ても同じだ。ただし、日本人の特性については驚嘆すべき物があり、どんな田舎に来ても不安は一切無く、日本人は礼儀正しく責任感があり、信頼出来たとしている。彼女だけでは無く、同様の感想は、開国以前から来日している西欧人が多く書き残しているようだ。

それはともかく、彼女の文章の中に日本人が子供を非常にかわいがり、子供も極めて素直で無邪気だと書いている。彼女の目にそう映ったとすれば、同時期の英国始め西欧の子供の育て方がそれとは両極端と言えるほど違っていたからでは無いか。すなわち、子供の頃から厳しくしつけないときちんとした人間にならず、子供は小さな大人として扱うべきと言うのが彼らの方針だった。特に上流階級などでは、親が子育てをせず、専門の乳母、少し長じては寄宿舎などで生活させ将来の紳士淑女としての教養を身につけさせるのが普通だった。

庶民階級でも、子供のうちから厳しく育てることで子供を競争に打ち勝てる人間にするのが親の務めだったようだ。

冒頭に盲導犬の話を持ち出したのは、結局人間の子供でも幼い時に愛情を注がなければ子供は大人になってからも自分の子供に愛情を注ぐことが出来ないということだ。

最近やりきれない子供虐待死の報道が相次いでいる。しかし、別に最近増えたのではなくそれが最近問題になってきたと言うことだ。知られている限りに於いて、虐待をした親たちは子供の頃虐待されて育ったという共通点があるようだ。

日本で親の子供に対する放置、虐待が話題になっているが、海外ではそれが当たり前なのでは無いかと思えるほど酷いケースが多い。欧米などで、決して貧困では無いのに同様のケースがあるようだが、一つ一つが日本にまで聞こえてくることは無い。

ただ、韓国から子供が大勢米国に養子として送られているなどは、結局子供がそれだけ親に捨てられていると言うことなのだろうとは思う。子供は親を見て育つ。親の生き方、考え方を基本にして育つ。

欧米の暴力、中韓の嘘でたらめがどうしてなのかを考えてみると、例えばピットブルとラプラドールの違いとそれらの育て方の違いだと思う。

同じ犬でもピットブルは極めて攻撃的で危険な犬として知られており、飼い主でも殺される事故が多発していて、米国などでは犬による事故の半分を占めるとか。ピットブルもラプラドールも人間が狼から改良しながら作り出した動物であり、遺伝子レベルでは全く同じと言って良い。無論個体差はあるだろう。また育て方によって凶暴なラプラドールや人なつっこいピットブルも居る。が、犬種としてこれら両者は全く同じ犬とも思えないほど性格が違うのだ。

中国人も韓国人も日本人も、それどころか西欧人も同一種の生物であり、交配可能であるから単一の人類として分類される。しかし、これらは現実にはラプラドールとピットブルの犬種としての違いが存在するのだと理解すれば、なぜ彼らは・・という疑問は晴れるのではないか。

むろん、これは本来口にすべきではない禁忌事項だろうが、事実としてピットブルもラプラドールも交配可能な同一の犬なのだ。

それは数万年にも渡るそれぞれの環境文化によって生じてきた差による物だろう。それを解決するには幼少時の育て方、教育に依るしかないというのが私の言いたいことだ。



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