ヘイトスピーチ

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さて、最近何かと朝鮮メディアがうるさく言っているのは日本における主として在日韓国朝鮮人に対するヘイトスピーチだ。彼等が固まっている東京新大久保で、主として在日特権を許さない会が行っている朝鮮人帰れコールが挙げられている。

これについては安倍総理も日本の品格を貶めるし好ましくないと言っており、まさにそうだと思う。私自身、ブログで、特亜、朝鮮、犬などと頻発しているが、同時に折有る毎に断っているのは、私が軽蔑しているのは現在の中国、韓国という国のあり方そのものであり、さらにそれに迎合するイメージ通りの、概念の中国人、韓国人であって、個々の中国人、韓国人に対する評価はそれぞれが自分で行うことだと言っている。

したがって、特定の相手ではなく、中国韓国人に対する侮辱は私としても慎むべきであるとは思うが、ただ、それを韓国があの国のあり方として日本に対する攻撃材料としていることは見過ごすわけにも許すわけにも行かない。

むろん、日本は、中国やその犬とはちがう。彼等が政府のお膳立てで反日デモを行い、日章旗や安倍総理、天皇陛下まで侮辱する行動を繰り返しているようなことを、同じレベルに落ちてすべきではないと思っているが、日本政府はこれらの行為に対しどのような抗議、批判をしているだろうか。

両国とも、政府が関与しているわけではない、個人が行っていることに関与することは出来ないとの立場で突っぱねているではないか。また、両国とも首脳が確かに汚い侮辱を口にしているわけではないが、口を開けば日本が反省し謝罪をしろと繰り返しているその問題に対し、なぜそれが事実だと断定出来る根拠も無しに第三国で反日キャンペーンを行っている。

日本は形ばかり遺憾だと言うのみで実際の行動をどれだけ採ったろうか。

そんな折、次のようなヘイトスピーチに対する判決が出ている。

日本の裁判所「嫌韓デモ、朝鮮学校に1226万円賠償を」

日本は三権分立の国であり、司法がこのように判断したことに対して行政が口出しは出来まい。また、今回の判決は在特会が朝鮮学校を標的にして、朝鮮人は国に帰れとコールしたことが罪になるとの判断だ。私としては、一般の在日外国人に対し無差別にこのような行為をしたのであればとがめられるのもやむなしとは思うが、問題は

【社説】日本在特会の嫌韓デモ・暴言は人種差別

今韓国が、あたかも全ての日本人が人種差別主義者であるかのように国際社会に訴えていることだ。彼等自身の、対日毀損ヘイトスピーチ、国旗や総理、天皇陛下への侮辱、毀損は国際社会に受け入れられるべき正当な行為なのか。

河野談話の検証に始まり、日本では急速に慰安婦問題の不当性が理解され始め、韓国に対する嫌悪感が高まっている。それにたいし、韓国は慰安婦が日本軍により強制連行された性奴隷だとの根拠を示すことが出来ず、その矛先を日本人全体がヘイトスピーチを行っているとのプロパガンダとして攻撃を始めたと考えるとわかりやすい。まず、そのプロパガンダの場が、れいによって国連人県委員会だ。

国連人権委、ヘイトスピーチ禁止勧告 日本に実行求める

国連と名が付いてはいるが、同委員会が札付きのプロパガンダの道具と化していることはすでに定評がある。この委員会と言えば、例のクラワスミ報告で、日本でも知られたが、構成メンバーが全て国際的に人権無視の腐敗した政府を持つ国ばかりであることが極めて特徴的だ。クラワスミ報告の場合も、日本に来て調査をしたこのクラワスミ氏が接したのは全て民間のお膳立てされたNPOばかりであり、報告書の根拠が例の吉田証言だった。つまり、この報告書は極めて意図的に作り上げられた日本毀損の作文だった。しかし、それに対し、日本政府は事なかれ主義で、特に反論もしなかった。

今回の勧告も、別に強制力はない。また、多くの国がこの委員会については全く相手にもしていない。金でどうにでも動く腐敗集団だと見られているからだが、だからといって日本政府が放置していることは、海外では否定しないのだから肯定していると考えられがちなのだ。

日本は慰安婦問題で謝罪していると言うが、謝罪したのなら事実と認めているのだ、と判断するのが世界の常識であり、事なかれ主義で謝罪すれば世界は忘れてくれるだろうとの日本式の常識は通用しない。

たとえ世界の主要国が相手にしていないプロパガンダの場である国連人権擁護委員会の戯言でも日本政府の立場で正式に否定し抗議しておく必要がある。これで問題が大きくなり正式に国連の本会議で取り上げられるなら、日本の主張をきちんと説明する場が出来ると考えるべきなのではないか。

が、その前に、とにかく自民の事なかれ主義を通してきた者達、河野氏の証人喚問を阻止している者達をあぶり出し、国内で糾弾するのが先だろう。また何度も言っているが、国内でネットや動画サイトを使って、公の下に、慰安婦問題、ヘイトスピーチ、日本の戦争犯罪を叫んでいる者達と正面から討論をすべきだ。原発問題も、集団自衛権も、核武装問題も出来ればそうすればよい。

今までは確かにそのようなことは技術的に不可能だったろうが、これだけネットが発達した現在、出来ないはずがない。ただ、問題は、ネットを使わないデジタルデバイドの問題、すなわちネットによる公開討論から取り残される人々の問題があるが、それはテレビや新聞などで解消出来るだろう。当然ながら、各社の報道に各社の主観を入れないルール作りは必要だ。テレビの実況中継も可能だろうし、編集した動画を各国語のスーパー付きで全世界に配信してもよい。当然ながら、この編集や新聞記事は第三者を交えて各社同じ物を報道する必要がある。

また、政府はきちんとした反証資料をそろえ、政府の名で白書を作り、抜粋でも各国語に訳して発信するなどは必要だ。事は日本国の名誉に関わる。単に日本人が理解すればよいと言うことではない。

折しも、韓国でもこのような報道が散見されるようになった。

国連、日本のヘイトスピーチに懸念=韓国ネット「日本人に付き合う暇なし!」「嫌韓は韓国のせいでもある」

あまり対日毀損を続けることで、日本から最大の反撃を受ける可能性におびえているような感じが漂っている。日本は今まで特亜のプロパガンダに表立って反論もしなかったが、日本人が一端覚悟を決めると、想像も出来ないほどの強い行動に出ることは、先の大戦で世界が思い知ったことだ。チャーチルなどがそれを言っている。

最近の日本の国民感情が今までとは違うと特亜は気が付いているのではないか。折しも、韓国経済は日本無しでは成り立たないと韓国経済連が言っているが、本当に日本人が韓国を突き放せば、いくら韓国よりの政治家が何をしても、それが支持率を下げるのであれば、それら政治家も口をつぐむだろう。良い例が、桝添都知事だ。自分に手腕が無く消去法でやっと知事になれたことを自覚している彼は、韓国との関係改善でスタンドプレーをした。その結果、かつて無いほどの反感がわき起こり、就任半年にして、リコール運動が起きる始末だ。これでは、彼はかつての青島都知事同様、議会で孤立し、何も出来ないまま良くて任期を終えるか、リコールされかねない。

そのような状況を目の当たりにして、韓国はおびえているような気がする。だから日本人の相手をする暇はないとか、目には目をで日本が反撃するのだろうとの認識が初めて出てきたのではないか。たしかに、朝鮮メディアの報道にも明らかに日本にすり寄る物が増えてきた。ただし、相変わらず上から目線であり、日本の嫌韓意識が収まる気配はない。

ヘイトスピーチPT設置 自民、対策検討へ

無差別なヘイトスピーチは確かに慎むべきだ。犬が吠えるからといって、四つんばいになって犬に吠え返すのは愚の骨頂だが、犬に吠えないように躾をする必要はある。

一部野党や桝添都知事などはヘイトスピーチを法的に罰則を設けて規制すべきだとの働きかけをしたようだが、それはすでに名誉毀損、恫喝、脅迫などにあたれば法的に違反を問われ、処罰の対象になるのは上記の通りだ。何も韓国に対するヘイトスピーチを特別扱いする必要はない。よって、法的規制は前提としないのは当然なのだ。

ヘイトスピーチの自主的規制はよいとして、同時に特亜におけるヘイトスピーチの実情をもっと日本人に知らしめ、国際的に知らしめ、問題視する必要はある。

さて、少し問題はずれるかも知れないが、新任の中央日報東京特派員が次のような記事を書いた。

【グローバルアイ】「戦争ができる国」日本の蒸し暑さ

戦争が出来る国が戦争を自らすると決めつけるのは特亜と日本の腐れ左翼の特徴だ。戦争は、何度も言うが、二国もしくはそれ以上の国の間で行われるのであり、日本が戦争をしなくても相手が戦争を仕掛けてくる。戦争とはいつの時代も一方が一方に戦争を仕掛けるのであり、双方が合意の上で戦争を始めるわけではない。

常識で考えて、戦争を仕掛けられた場合、それに備えがなければ一方的に蹂躙されるのも歴史の教えだ。今、日本の隣には狂犬と子分の馬鹿犬がいる。これらに対し日本が十分な対抗処置を執ることで、彼れから仕掛けられる戦争を未然に防ぎ、結果として戦争をしなくてすむ。戦争が出来る国になるのは、戦争をしなくて済む国になるためだ。

結局この特派員も概念の朝鮮犬であり、馬鹿犬であり、遠慮無く馬鹿にさせてもらう。まさに、日本の獅子身中の虫並みの馬鹿と言うことだ。ヘイトスピーチになるのだろうか。


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差別意識

まず訂正
 
 一昨日のエントリー「韓国 どこまでつけあがるのか」の中に、
 
 「三菱重工が補償交渉に応じる 元挺身隊の強制労働

 民間企業のやることに国は干渉すべきではないだろうが、たぶんに政府から陰で三菱に要請、あるいは恫喝などがあったのではないか、たとえばH2ロケットを取り上げるぞとか・・まあ、これは考え過ぎとしても、いかにもタイミングが合いすぎているのではないか。挺身隊の韓国側からの訴えに対しては日本の最高裁で拒否の裁定が下っている。」
 
 と書いたが、その後ネットの記事によると(正式な三菱のコメントではないので、これも真偽が不確かであることを前提で)次のようなことが書いてある。
 
 《》内は引用。
 
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出典はKJCLUB
 
 問い
     この記事に書かれた内容は事実か?
 
 答え
     表現において事実ではない。
     我々は、話し合いの場を設けるとは言ったが、交渉をすると言う話はしていないし、交渉するべき事項もない。
 
     また、韓国における展示場前や当社展示場前や本社前などにおける座り込み等の解消も考えなければならない現実もある。
 
 問い
     先の’65年条約において、戦後保障は”完全かつ包括的に完了した”と、言う国際条約に反する行為を、三菱と言う企業が先頭に立って行うつもりか?
 
 答え
     社内には多くの意見がある。 同時に外部の意見を聞く必要もある。当然に、尊重すべき国家間の約束、と言う概念も持っている。
     
     とにかく、わが社は抗議団体に対し ”交渉をする” と言う問題解決方法を図ったことはない。交渉、 と言う言葉自体、この報道をする報道機関の独自表現だ。
 
 問い
     挺身隊、と言う観点で見れば、勤労奉仕等も含め、日本国民は同等の義務に服した事実がある。
 
     2010年になって、突如半島出身者だけが被害者であり、しかも国家間の約束にあからさまに反する形で保障の話を受け付けるのは正義であろうか?
 
 答え
     繰り返し言うが、我々は交渉なるものを約束した覚えはない。
 
     今回の電話も、当然に貴重なご意見のひとつとして取り扱う。
 
 
     以上
          三菱重工業   03-6716-3111      (大代表)
 


と言うことらしい。


 直接三菱の答えを私が聞いたわけではないが、この内容は信ずるに足ると思う。というのは、いかにも韓国ならやりそうなことであり、また中央日報なら都合良く脚色していることが従来も常だったからだ。しかし、ここまで腐っている特亜とは知りながら、改めて呆れる。
 
 さて、コメントでもいただいたし、昨日のエントリーでも触れたが、差別は時にそれを言い立てる方の理屈になることを理解しておく必要がある。もちろん、現実に言われ無き差別に苦しむ人たちがおり、それに就いての問題はもちろん重大であって、いかなる場合も考えなければいけない。だが、それに便乗し、批判を差別の一言で交わそうとする者たちとははっきりと峻別する必要がある。
 
 たとえば、黒人差別については、かつて人間が無知であった時代、自分たちとは違う見かけの人間達を受け入れず遠ざけさげすむのが当然と考えられていた。フランスの思想家、モンテスキューは「法の精神」などの著書で知られ、三権分立の基本を考え出した人物として知られる。そしてその「法の精神」の中で、彼はこう言っている。
 
 「 《とても賢い神様が、このような真っ黒い肉体に魂、とくによい魂を吹き込んだとは考えられない。(略)黒人が人間だと考えることは不可能である。彼らを人間だと考えれば、我々がキリスト教徒でないことを認めざるを得なくなる》(同、第十五編第五章)。」
 
 彼が活動した17世紀のヨーロッパでは、これが当然であり、当時としては型破りな進歩的思想を有していた彼でさえ、こう信じて疑わなかった。彼自身が言っているように、これもまたキリスト教的基準だったのだろう。
 
 もっとも、キリスト教自体は中東で生まれ、キリスト自身もコーカソイドではなく、ヨーロッパからすれば色の浅黒い有色人種だった。むろん、マリアも、使徒達も同様だったはずだが、キリスト教がヨーロッパに入ってから、絵画に描かれるキリストもマリアも使徒たちも完全な白人であり、また神の姿も白人として描かれている。これはキリスト教の発生地から考えて全くの欺瞞であり、当初からヨーロッパ人が強固な差別意識を有していたことを示している。
 
 実際は、ヨーロッパが世界の頂上に至ったのは精々300年ほど前のことであり、それ以前はアラビアやペルシャが、文化や科学の面でも明らかに勝っていたし、中国はもっと勝っていた。ただ、ヨーロッパ人が知らなかっただけであり、以前に書いたように、日本はもっと勝っていた。これは単に願望ではなく、様々な客観的資料による事実だ。
 
 よく東洋近代史で引用されるイザベラ・バード女史の旅行記には日本人が清潔であり、日本は平和でありと書いてあると言うが、同時にこのようなことも書いている
 

 上陸して最初に私の受けた印象は、浮浪者がひとりもいないことであった。街頭には、小柄で、醜くしなびて、がにまたで、猫背で、胸は凹み、貧相だが優しそうな顔をした連中がいたが、いずれもみな自分の仕事をもっていた。(6-7頁) 

 日本人は、西洋の服装をすると、とても小さく見える。どの服も合わない。日本人のみじめな体格、凹んだ胸部、がにまた足という国民的欠陥をいっそうひどくさせるだけである。(14頁) 

 私はそれから奥地や北海道を一二〇〇マイルにわたって旅をしたが、まったく安全で、しかも心配もなかった。世界中で日本ほど、婦人が危険にも無作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている。(48頁) 

 私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。(86頁) 

 いくつかの理由から、彼らは男の子の方を好むが、それと同じほど女の子もかわいがり愛していることは確かである。子どもたちは、私たちの考えからすれば、あまりにもおとなしく、儀礼的にすぎるが、その顔つきや振舞いは、人に大きな好感をいだかせる。(86頁) 

 見るも痛々しいのは、疥癬、しらくも頭、たむし、ただれ目、不健康そうな発疹など嫌な病気が蔓延していることである。村人達の三〇パーセントは、天然痘のひどい跡を残している。(87頁) 」
 
 このような見方もキリスト教的価値観で判断しているに過ぎず、精神的な高尚性は認めていても外観では遠慮無くこき下ろしている。彼女の母国がその少し前まで、窓から道路におまるの排泄物をばらまき、たとえば14世紀のペストの大流行でヨーロッパの人口が3分の一になっていらい、その後も何回か大流行を繰り返している。
 
 日本ではこのような大流行は、強いて言えば1899年に流行したが比較的早く終焉しそのご、目立った大流行はなく、1926年以降、国内では発生していない。それだけ日本は清潔な社会であったと言うことだが、イザベラ・バード女史に理解できることではなかった。
 
 また、彼女以前にも大勢の宣教師達が日本人についてその優秀さを本国に書き送っているが、ただし、非キリスト教徒としては優秀だと言っているに過ぎない。つまり、ヨーロッパの差別意識には、キリスト教が頑強に絡んでおり、本来中東発生のキリスト教の神やキリストが白人として描かれているように、彼らがキリスト教を変質させ、キリスト教が彼らに差別の理論付けをさせていたと言える。
 
 話がそれたが、差別とは、根拠のない物だが、無知故に差別をする。そのような差別意識は絶対に排除しなければならないが、それに便乗して差別を利用する輩もそれ以上に排除すべきではないのか。
 
 私が日頃参考にさせていただいているブログの一つに
 
依存症の独り言

があり、中に

 私は、この時、確信しました。
部落解放同盟(解同)というのは、税金を食い物にし、国家に寄生する組織であると。
同時に、解同の存在そのものが、「差別の解消ではなく、逆に拡大させる」―そう考えるようになりました。
暴力と恫喝と威嚇で相手を屈服させる。
その拠りどころが「差別」です。
つまり、解同というのは「差別」を利権にして生きている団体なんです。
「差別」がなくなると、最も困るのが解同なんです。

との記述がある。

 繰り返すが、批判は差別ではない。批判が不当なら反論すればよい。相手にも誤解があるかも知れない。しかし、批判を差別として封ずること自体が、差別なのだと言うことだ。