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外交音痴の外務大臣

岡田異音外務大臣は、人間的には非常にまじめで敵が少ない人だとの噂がある。確かに、極左である管氏、興石氏、枝野氏のようなどぎつさはなさそうだし、小沢氏の様などす黒さもなさそうだし、鳩山氏の様な破廉恥漢でもない様だ。しかし、とにかく融通が利かなく、おもしろみもなく誰も気にしない人物だから、敵も居ないので外務大臣の様なポストにつけておけば無難ではないかとの思惑から、あのポストにいるのではないだろうか。

しかし、外交というのは、国家経営にとっては一方の柱であり、国家の安全保障にも関わる重要な部門であって、どの国でも相当の専門家が担当する。たしかに、選挙で選ばれた担当大臣が専門家とは限らず失敗をすることもあるが、外交だけにその失敗は海外にいち早く知られる。いわば国家の顔であり、従来の自民党でも総理大臣を伺う立場の経験者が外務大臣に任命されてきた。

しかし、いくら民主党が素人揃いだといっても、この岡田異音外務大臣はひどいのではないだろうか。自分の理想は結構だが、国家の顔として存在し発言しなければならないと言う自覚がない。

先頃も、日韓併合条約が当時国際的に合法と認められていた、つまり完全に有効な条約であった事を明言しなかった。後でどんなに言い訳をしようと、それで韓国に言質を与えた事実は変わらない。

先頃も、アメリカに対し、核の先制使用をしない様に宣言してくれと申し入れ、即座に拒否されている。なぜ馬鹿な行為なのかは説明するまでもないが、性懲りもなく中国に核の削減を申し入れるなど、意気軒昂たるどうしようもない音痴なのだ。岡田異音氏面目躍如たるものがあるが、今回もやってくれた。

《》内は引用。

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核実験すれば協力停止 インドとの原子力協定で岡田外相

2010.8.21 23:47
 
 【ニューデリー=田北真樹子】岡田克也外相は21日、ニューデリー市内でインドのクリシュナ外相と4回目となる「戦略対話」を行った。岡田氏はインドとの原子力協定交渉について、「核軍縮、不拡散の考え方が協定の中に盛り込まれるように努力してもらいたい」とインド側に協力を要請した。また、インドが核実験を実施した場合、協定を停止する規定を盛り込みたいとの考えを伝えた。

 これに対しインドのクリシュナ外相は「インドは核実験の一時停止を他国から強制されているわけではない」と反発。両外相は「交渉には期限を設けない」としているものの、インドが核実験を実施した場合の規定などをめぐり、交渉が難航するのは必至だ。

 会談で岡田氏は、唯一の被爆国の日本が核拡散防止条約(NPT)未加盟のインドと協定締結の交渉を進めることには日本国内の反発があることを説明、「インドとの交渉開始は外相としての決断の中で最も困難なものだった」と伝えた。

 両外相はこのほか、協議中の経済連携協定(EPA)を、今年秋に予定されるシン首相訪日の際の合意に向けて努力することを改めて確認した。また、岡田氏は日印間で経済分野における閣僚級協議の設置を提案した。
 
 いくら脳天気に民主政権が、核廃絶のリーダーシップを取れば世界から核が無くなると信じていても、そんなことはまったく考えていない国はたくさんあるのだ。核廃絶を訴えたオバマ氏がそのすぐ後に新しい核ミサイルの開発を命令したなど、岡田異音氏には裏切りに思うかも知れないが、オバマ氏には核廃絶の意志など無い。同様、世界中の核保有国にもそんな意志はない。そして、これから核を持とうと思っている国にもない。
 
 印度には印度の核保有の理由があるのだ。現実に戦火を交えた中国が核を持っていることは大きな脅威であるから核を持ち、抑止力としているのだし、長年の戦争相手パキスタンが核を持ったとなればなおさら核の縮小など出来るわけがないと考えるのが当然だろう。日本が印度を守ってくれるわけではあるまい。
 
 そんな印度に、核実験をしたら核協力をしないなどと言ったら怒るのが当たり前だろう。そんなことも理解できないのだろうか。
 
 中国とのバラ色の夢を見ている様だが、現実には中国からは外資が逃げ出し、印度などに移ろうとしている。印度もまだ様々な問題があるが、それでも中国を牽制する意味としても、印度は決して無視は出来ないし、可能性もいろいろあるだろう。
 
 日本の核廃絶の方針は結構だが(私は反対だが)それを条件に印度に干渉するなど愚の骨頂であり、印度にしてみれば内政干渉されたとさえ、感ずるのではないか。
 
 印度は別に日本に核兵器開発技術を求めたわけではあるまい。高度な原子力発電技術を求めたのだろう。それにたいし、核を減らなければ協力しない、でもビジネスは協調しようと言っても、馬鹿にするな、と内心思うのが普通ではないのか。
 
 それでなくとも、中国を牽制するためには(地政学のかけらでも民主が理解していればその重要性が分かるのだろうが、無いもの望みをしても仕方がない)印度とは協調関係を築いておく必要があるのだ。
 
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原子力協定に「核軍縮」明記を=岡田外相、日印戦略対話で要請 

 【ニューデリー時事】岡田克也外相は21日、インドの首都ニューデリーでクリシュナ外相との日印戦略対話を行った。両氏は6月に開始した両国の原子力協定の締結交渉を加速させることを確認。ただ、岡田氏は国内の慎重意見を踏まえ、協定の中に核軍縮に向けたインドの考え方を盛り込むよう要請した。
 岡田氏は会談でクリシュナ外相に対し、唯一の被爆国である日本では核拡散防止条約(NPT)非加盟のインドへの協力に慎重な世論があると説明。インドが再び核実験を実施した場合には協力を停止する考えを伝えるとともに、協定への「核軍縮」明記に理解を求めた。
 これに対しクリシュナ氏は「交渉は難しいかもしれないが、良い協定ができるよう努力する」と応じた。
 
 そりゃ、こうは答えるだろうけれど、腹の中では「この馬鹿野郎」と思っていたのではないのか

 経済連携協定(EPA)をめぐっては、年内のシン首相訪日までに交渉妥結を目指すことで一致。岡田氏は経済協力拡大のための閣僚級協議の創設を打診した。同氏は会談後の記者会見で、交渉は比較的順調だとしつつ、「最終的には政治的決断を求められることもある」と述べ、両国間で妥協を図る可能性も示唆した。 
 外相戦略対話は2007年から毎年行われ、今回が4回目。これに先立ち、岡田氏はシン首相を表敬訪問し、インド政府に核不拡散への取り組みを強化するよう要請。シン首相は核実験モラトリアム(凍結)を継続する考えを示した。(2010/08/22-00:31)
 
 
 岡田異音氏はアメリカにももう相手にされていないし、時々岡田氏がルース大使に逢っているだけが日本の有するアメリカとの唯一のパイプなのだろう。それも細くて詰まりそうなパイプ。
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インドは中国の替わりになるのか

平成22年01月15日

 中国はもうすぐ駄目になる、アメリカも衰亡を免れない、EUは域内だけの繁栄をもくろんでいる、となると、日本はどこと組めばよいのか。日本では、中国が駄目ならインドに投資すればよいとの声が聞こえてくる。

 しかし、ある意味インドは中国よりも絶望的と言っていい。中国の格差もひどいし、生まれながらの不公平も厳しいが、運が良ければ金を儲けることも出来るし、教育も受けられるし役人にもなれる。絶対に不可能というわけではない。インドでもこれらは絶対不可能ではないだろうが、中国よりも厳しいようだ。それより、絶対に不可能なのは、カーストで上のランクになることだ。生きている間は不可能だと本人も固く信じている。

 つまりインドではカースト制度の最下層から上級層へ移るなどはあり得ない。この世で良い行いをすれば前世で上級層に生まれ変わることだけが唯一の希望であり、現世での良い行いとは、上級層に奉仕することだ。

 ヒンズー教はインド人の人生観そのものであり、教育で変わるなどない。むろん、今のインドではカーストは法律上存在せず、身分差別を禁じているが、実生活では全くかわっていない。

 藤本欣也著 「インドの正体」扶桑社版という本がある。実はこれは過日図書館に本を返しに行った時、書棚を覗いて見つけた本であり、その場で借りて読んだ本だ。インドに投資をすれば全てが解決するような話が多いが、それが全くの幻想であることは以前から思っていた。だから、この本を読んでみようと思ったのだが、目新しいことはない。まさに、インドの問題を正確に書き表している。インドは決して夢の国ではない。

 絶望的な差別があり、それは生まれつき絶対に変えることが出来なく、しかも差別を受けている階層の人間達がそれを当然とし、来世に上の階層に生まれ変わることを夢に見ているのだ。

 このカーストについてはWikiなどネットからでもかなり知識を得られる。カーストとは、生まれながら決まっていて終生変わることのない身分であり、上からバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ、そしてどれにも属さない不可触賤民(アンタッチャブル)ハリジャンだが、実際は数千とも言われるランクに別れ、これにより職業の選択自由が存在しない。どこの国でも産業が発展するに従い職業そのものが変化してゆくが、ヒンズー教徒にはこの変化が許されず、つまりは産業の発展に伴う新しい職業に就けない事になりかねない。

 インドでは英語が公用語であり、地球でアメリカの裏側にあるため、アメリカの真夜中にインドがアメリカからの仕事を引き受けることが出来たことからインドではプログラミングなどが盛んになった。しかし、これでインドがIT大国だというのは間違いだ。単に安い賃金でアメリカから仕事を回してもらえるから学んでいるに過ぎない。

 インドは大きな国土を持ち、人口も中国に次いで多い。だから2,30年で中国もアメリカも抜き去る経済大国になるとの夢が語られているが、それはおそらく夢に終わるだろう。中国もそうだが、今まで貧しいままで欧米に蹂躙されていたのはそれなりの理由があるからであり、その理由がなければとうに中国もインドも大国になっていたはずだ。

 インドの資産格差は中国以上であり、しかも中国にはない現世のカーストがある以上、絶対にそれは縮まらない。もっとも建前上法律でカーストが禁止されているので、最下層カーストの出身でも政治家になったり医者や弁護士になる例もある。だが、それでも最下層であり、最下層カースト出身の政治家は、その上の階層の地主や商人よりも下なのだ。

 先に挙げた「インドの正体」にこんな話がある。最下層カースト出身の政治家が故郷に錦を飾って帰り凱旋パーティを催して、そのパーティーが終わって後かたづけをしているのを見ながら感慨にふけっていたら、最下層カーストの人間が来て自分の食器だけを片づけているので、どうしたのだと訊いたら、この食器は自分のもので、あなたに用いるために役人が借りに来ていたのだ。だから、それを回収に来た、と応えたそうだ。故郷に凱旋してきた政治家でも、最下層カーストであればその上の階層の人間と同じ食器を使うことは出来ないということだ。

 またインドでは持参金を持ってこない嫁を嫁入り先の家族が殺すという事件が後を絶たない。

 インドで政治のトップや実業家は殆ど最上級カーストに属している。彼らは、他宗教のものは一応は差別しないことになっているが、他宗教からヒンズー教に改宗する場合は必ず最下層に属することになる。インドの政治家、実業家は日本など海外の取引先を自分と対等とは思っていない。それは彼らが皮膚の色の濃さで相手を自動的に階層をわけ、また身長の高い人間の方が尊いと判断する傾向があることは、たとえそれを表に出さなくとも、しばらく彼らと接してみると分かる。これらの特徴が、外見から階層を判断する手段だからだ。

 インドはもしかしたら豊かになるかも知れないが、それぞれの階層なりに豊かになるのであり、国が一致して豊かになるのではない。階層毎との隔たりは、民族毎の違いよりも遥に大きい。

 中国以上の拝金主義であり、しかし中国人ほど働かない。こんな話がある。日本から行った農業指導者がインドで米の作り方を教え、インドでは三期作などが可能であって、管理した水田に管理した農薬や肥料を使い、徹底して管理した稲作をしたところ、それまでの八倍の収量を上げるようになったそうだ。日本人達は喜んで、これで、この地方も豊かになるだろうと信じながら帰国し、翌年また行ってみたら誰も働いていない。田圃も荒れ放題なので、どうしたことだと聞いたら、去年たくさん稼いだのでしばらく働く必要がないのだ、と彼らは答えた。八倍の収量が上がるなら八分の一だけ働けばよいと言う考え方なのだ。

 インドは乞食が多い。子供をたくさん産み、わざと障害者にして乞食にするなどは今でも当たり前にあるし、手っ取り早く女の子に売春をさせることは全く当たり前の生活手段なのだそうだ。

 都市部は確かに発展しており、豊かなインド人が大勢集まっている。当然貧しい者達は都市部に住むことなど出来ないので、外国人の目に触れない田舎に惨めに住むことになる。

 むろん小学校始め学校はたくさん出来たが、貧しい者は徹底して貧しく子供を学校に通わせるなどしない。

 インドの実情を描いているとやりきれなくなるが、ある意味中国よりも絶望的な状況ではないのだろうか。

 日本に働きに来るインド人は決して最下層ではない。昔若いインド人と個人的にかなり親しくつきあったことがあるし、仕事上大勢のインド人とも接した。日本でも海外でも接したが、彼らは優秀だし、働き者だし、教育程度も高いしむろん頭も良い。日本人がインドに行って接するインド人達はおそらくそうなのだろうが、少し注意をしてみると絶望的な生活の人々が都市にもいる。おそらく、数の上では絶望的な生活をしていて、しかも生まれ変わらない限りそのまま死んでゆく人々が大半だと考えて良い。

 中国の替わりにインドというのは幻想に過ぎない。現時点ではインフラも中国には遠く及ばず、科学技術レベルも及ばない。そのつもりでインドに関わるしかない。

 その意味で、東南アジアのどの国も日本が全面的に投資して安心できる地域など無い。結局、少しずつ広く浅く投資をし進出し売るしかない。ベトナムもフィリピンもマレーシアもタイもミャンマーもインドネシアもパキスタン、バングラディシュも全て似たようなものだ。彼らに問題があるから(その問題が彼ら自身の責任かどうかは別として)今の彼らがある。短期間に改善されるものではない。

 アジアの成長率が高いから有望と言われるが、貧しい国の成長率が高いのは当たり前なのだ。日本も戦後焼け野原に掘っ建て小屋が立ってもそれだけで飛躍的なGDPののびになる。分母が小さければ途上国のGDPの伸び率が高いのは当たり前なのであり、日本のように飽和状態にまで発展してしまった国では精々1,2パーセントの伸びでも途上国の20%位ののびはすぐに超してしまう。

 広く薄く投資し、広く薄く利益を上げるしかないだろう。中央アジア、中南米、アジア諸国、アフリカなど広く浅く金をばらまき回収する方法を採ることが大切だと思う。下手に一国に集中することはまるで博打のようなものであり、底なし井戸に金を投げ込むようなことになりかねない。

 しかし、世界の大半は貧困国であり、彼らに売る商品はむろん低価格商品と言うことになる。日本は高品質高価格商品で競争率が高いのであり、貧困国に売る商品は少なくとも消費財では無い。だからインドでもロシアでも東欧でも韓国製品や中国製品が日本製品を押しのけてシェアを伸ばしている。日本は韓国や中国に中間財を売って利益を上げるのと、開発途上国にインフラの廉価版を売って利益を上げるのが良いだろう。日本製のテレビや電化製品、車などは、貧困国には売れない。トヨタのプリウスが二〇〇万円ほどになり、日本では半年待ちの予約が入るほど人気だが、年間所得が二,三〇万円の人々にはタタモーターのナノしか売れないだろう。

 将来インドや東南アジア、アフリカなどが今より豊かになるかも知れない。しかし、そのころには日本の製品はもっと高くなっている。いつまで経っても同じ事だ。なぜそうなのか。地球上の資源は、これから増え続ける全人口に同じ豊かな生活を許すほど豊富には存在しないからだ。もし全人口に公平に資源を分けるとすれば全人類が食うや食わずになるし、その前に大戦争が起きる。きわめて不公平だとは思うが、地球上の資産格差は絶対に無くならない。したがって、日本の高い民生品を買える人間の数は将来も限られている。

 これが現実であることを理解する必要がある。

 ただし、これで終わっては余りに希望がないので、次のことを付け加えておく。

 少しずつではあるがインドも変わってきているし、意識も変わってきている。まだまだ時間はかかるだろうが、中国のような独裁国家ではない以上国民の自由意識も反映してくるだろう。ただし、その過程で又新しい混乱が生まれるとは思えるが。

 インドには製造業が発達していない。これからの問題だが、日本の対印投資が対中投資を上回った。チャイナリスクを回避する意味でもこれはよいことだ。

 インドの本当の発展はまだまだずっと先だ。中国には崩壊の危機があるが、インドにはその危険性は中国ほど大きくはないだろう。だから、今からその未来についての投資はしておく必要がある。
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