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特亜の何が問題か

 以前、このブログにいただいたコメントに、私のエントリーが人種差別的だというものがあった。そのときは、そんなことはないと説明しておいたのだが、最近私の記事を読んだ知人が、やはり根本的に中国人や韓国人に差別意識を持っている、といわれた。
 
 そんな意識はないが、私を人種差別主義者と決め付けている人にとっては、私が何を言っても中国人や韓国人を差別し、憎んでいるから記事を書くのだということになるのだろう。
 
 私は仕事や個人的なつながりを持っている中国人や韓国人は今はいないが、何度も書いているように、直接中国人や韓国人に被害を受けたことはない。過去に取引先の会社にいた中国人とは友好関係を築いていたし、子供のころ近くに住んでいた韓国人にはかわいがってもらったしまったく悪い思い出などない。当時、父は口を極めて韓国人をあしざまに言っていたが、その韓国人一家については私が出入りすることをなんとも言っていなかったし、働く人たちだといっていた。要するに、父の意識の中で悪逆非道な韓国人は、目の前にいる韓国人とは別物だったのだろう。
 
 私は私で、父の韓国人に対する怒りとその私をかわいがってくれた韓国人とは結びついていなかった。いまも、別に個々の韓国人に対してはどうという感想はない。中国人に対してもそうだろう。周りには、コンビニや居酒屋に大勢の中国人と思しき人々が働いているし、別に彼らと問題を起こしたこともない。また時たま中国人観光客などを見かけるが、特にどうとも思わないし、むしろ買い物などで順番を譲られたこともある。
 
 したがって、私が問題視し、ある面悪し様に言うのは、あくまで中国という今の国のあり方、韓国という国のあり方、そしてその国のあり方を作り上げている概念上の中国人であり半島人なのだ。
 
 また単に価値観の違い、文化の違いで四の五の言うわけではない。それぞれの文化や価値観に簡単に優劣はつけられないだろう。相手の文化や価値観を認めるべきだという意見はあるが、受け入れる必要はない。好き嫌いで判断してよいものもあるし、自分で受け入れられるなら受け入れればよいだけのこと。いやなら受け入れない。それだけのことだ。
 
 韓国人は犬を食う。中国人も犬を食う。チャウチャウなどは食用犬だ。人間のペットであるべき犬を食うなどけしからん、野蛮だという批難や嫌悪が特に欧米を中心にあるし、日本でもそれに同調している人たちは多い。が、それも食習慣の違いであり、好き嫌いの問題でしかないと思っている。私も犬を食うことは嫌悪するし、自分でそんな習慣に同調するつもりはないが、それは差別とは違う。自分が食べなければよいだけのことであって、口出しをしてもしょうのない話だろう。
 
 しかし、これを差別意識に結びつける連中が大勢いる。それについては後述する。
 
 ただし、動物に対する扱いの違いは、単に価値観文化の違いとは捨てて置けないものがある。むろん、人間が生きてゆくためにはほかの生物を殺さなければならない。したがって、牛や豚、鶏を殺すことを世界中で、宗教的な理由以外で問題視することはないだろうが、同じ必要性から殺すにしても、苦痛を最小限にする配慮は、基本的な人間の感情の中に組み込まれておかなければならないと思う。むろん、これも教育の結果なのだが、動物を残酷に扱って顧みない文化があるとすれば、それは基本的なその民族の精神レベルが低い位置にとどまっているということだ。それは単に文化や価値観の違いなのではなく、そのことに対する嫌悪を生じさせるのも当然だろう。文化だから動物を残酷に扱って良いと言うことには決してならない。人間のあるべき最低限の条件として考えられことだ。
 
 以前、韓国人が食べるために生きている犬を熱湯に放り込んで殺す映像を見たが、こうすることで犬の味がよくなるのだそうだ。また、以前のエントリーでも書いたが、中国で毛皮を生きたままの動物からはいでいる映像も有った。普通、皮をはぐために養殖しているミンクなどは、皮に傷をつけないために青酸カリなどで殺すが、苦痛を最小限にする意味も大きいだろう。
 
 去年日本で口蹄疫が蔓延したとき、29万頭弱の牛や豚を殺処分しなければならなかった。その時は、獣医が一頭一頭に薬物注射をして殺し、その上で焼いたり埋めたりしている。それは、飼い主にしてみれば身を切られるようなつらさであったろうし、せめて牛や豚に苦痛を感じさせないとの思いがあったろうからだ。
 
 しかし、おなじ口蹄疫がいま韓国で猛威をふるっているのだが、同じ殺処分で次のような記事があった。
 
 《》は引用
 
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穴の中で豚があまりの恐怖に悲鳴…土で覆うとすぐ

2011年01月13日09時08分
提供:ハンギョレ新聞

 口蹄疫が発生した京畿道東部のある畜産農家で11日午後、生きている豚をフォークレーンャを動員し土地に埋めている。防疫当局が埋没対象豚の大部分を生きうめしており、2次汚染が憂慮されている。 キム・テヒョン記者 xogud555@hani.co.kr

去る11日、京畿道のある村。雪に覆われた森の間で、風に泣く芦原のような豚の悲鳴が聞かれた。
どうして分かったのか、畜舎の中の豚たちは墓穴を掘る時から助けてくれと大声を張り上げていた。深さ4mの穴に厚いビニール(遮水膜)が敷かれ、豚たちは列ばされた。フォークレーンは押し寄せ豚は抵抗した。数秒間もがき豚は穴に落とされた。起き上がったものの重心を失いすぐにまた転んだ。すでに穴の中に落ちた豚たちは反対側の壁に集まり呻吟していた。

白い保護服を着た防疫隊員が言った。「今日は250匹を処理します。口蹄疫の拡散速度が速く、最大限迅速に進めなければなりません。」

この村の10ヶ所の畜舎の内 8ヶ所の家畜がこのようにして埋められた。例年行事のように家畜の伝染病が発生しているが、生きうめ慣行は絶え間なく続く。‘人道的殺処分’に対する政府指針もないため、現場では‘速く速く’と叫ぶ。パク・ソヨン動物愛実践協会代表は 「現場では安楽死薬品がないといういいわけをしているが、生きうめはすでに慣行化されている」と語った。

←家畜衛生防疫支援本部職員と公務員たちが11日午後、京畿東部のある口蹄疫発生豚農家で殺処分作業の準備をしている。キム・テヒョン記者 xogud555@hani.co.kr

その上、殺処分薬品として供給される‘塩化サクシニルコリン’も動物の苦痛を和らげるには不十分だ。安楽死用途ではなく筋肉マヒ剤であるためだ。薬品がよく効かない豚の苦痛を減らすには麻酔剤とともに投与しなければならない。

生きうめの慣行は人間が暮らす環境にも悪影響を及ぼす。穴に生きたまま投げこまれた豚は泣き叫びビニールを破る。死体から出た浸出水は地下水に流れ込む。口蹄疫緊急行動指針に従い穴の底にビニールを敷き、1mの土で覆わなければならないが、相当数の現場ではこの過程が省略されていた。その上、埋没後の盛土作業も十分でなく土壌汚染の危険も高まっている。中部地域の豚殺処分現場を見回ったパク・ソヨン代表は「狭い穴にあまりに多い家畜を埋めたために土を少し取りはらっただけですぐに動物の死体が出てくるほど」と話した。

環境部は2008年にソウル市立大産学協力団に依頼し‘家畜埋没にともなう環境汚染 管理方案’報告書をだした。家畜伝染病にともなう体系的環境管理システムはまだ‘ヨチヨチ歩き水準’である。報告書によれば、2008年 忠南、天安の家畜埋没地周辺土壌のアンモニア性窒素成分が対照地域の約80倍水準で検出され、地下水の電気伝導度数値も農業用水基準を超えていたことが明らかになった。京畿道保健環境研究院が最近、漣川・坡州など7ヶ市・郡の埋没地周辺地下水55件を調査した結果、8件が適合しないことが分かった。

豚は地中に埋められると すぐに泣き声が小さくなり周囲は静かになった。防疫担当者たちは "許されないこと" と言いながら席をはずした。国際動物保護団体の‘世界営農に対する憐憫’(CIWF)は去る11日 声明を出し 「国際動物保健機構(OIE)の人道的殺処分指針を守っていない」として韓国政府を批判した。国際社会の非難も例年行事のように起きている。

国民14人当り牛1頭、4人当り豚1頭、5人当り鶏4羽が私たちとともに生きている。チョン・ジンギョン動物保護市民団体‘カラ(KARA)’理事は「動物たちを躊躇いなく生きうめにする行為への反省がないならば、今後も状況は何も変わらないだろう」と話した。

ナム・ジョンヨン記者 fandg@hani.co.kr

原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/environment/458454.html 訳J.S

処分数が170万頭に及んでいると言うから確かに大変だろうが、しかしそれを言い訳にしてはならないだろう。国際社会の非難も例年のように起きているというのであれば、このようなことは今回に限ったことではなく、韓国人の精神的な問題として指摘されているのではないのか。もちろん、韓国人の中にも心を痛めている人間はいるだる。だから、ここの韓国人云々ではなく、このようなことがすぐに起きる韓国の在り方が問題なのだ。

むろん先述したように中国人にも同じ問題がある。

さて、このような問題は別に中国韓国に限ったことではない。欧米にももちろんあり、彼らの場合は人種差別感情が一緒になっている。

このような記事があったが、これは中国人の反発する気持ちも分かる。ただし、カナダ側には、自分たちは食わないのだから中国人なら食うだろうし、売っても問題は無かろう、自分たちは食わないウニを日本人に売るのと同じ(と思ったかどうかはともかく)差別をしている意識があったとは思えない。それだけ根深い差別意識ということなのだが。

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アザラシ製品を売りつけるカナダは「人種差別」=中国国内で強い反発―英紙.

2011年01月18日12時46分

13日、英紙ガーディアンは「カナダが中国にアザラシ肉を売りつけるのは人種差別」と題した記事を掲載した。写真は秦皇島海洋園のアザラシ。2011年1月13日、英紙ガーディアンは「カナダが中国にアザラシ肉を売りつけるのは人種差別」と題した記事を掲載した。17日付で環球時報が伝えた。以下はその内容。

カナダと中国は、カナダが毎年大量に捕獲したアザラシの肉や油に対し、世界で最も成長スピードの速い中国市場を開放することで合意に達したばかりだ。だが、これに対して中国の動物愛護団体が、欧州連合(EU)が輸入禁止措置をとったアザラシ製品を中国に売ることは、「人種差別」で「文化帝国主義」だと非難している。

カナダのアザラシ業界は、EUがアザラシ猟は残忍だとして声高に反対を唱えるようになったことで窮地に陥っている。それまではアザラシ製品の4分の1を消費していたEUだが、2009年にアザラシ製品の輸入を禁止する法案を可決。そのため、カナダ政府はEUに代わる市場として野生動物を食べることに抵抗のない中国に狙いを定め、アピールしてきた。

だが、中国の動物愛護団体は「欧州や北米だけでなく、カナダでも大部分の人はアザラシ猟に批判的。それを中国に売りつけようというのは全く侮辱している」と怒りをあらわにする。中国小動物保護協会の責任者も「カナダのアザラシ業界は『中国人は何でも食べる』と馬鹿にしているのだろう。ひどい人種差別だ」と強い反発を示している。(翻訳・編集/NN)

しかし、欧米の、食習慣に関わる差別意識でなんと言っても挙げられるのは日本の捕鯨に対するものであり、前オーストラリアラッド政権は日本を国際法廷に提訴している。ただし、オーストラリア国内では敗訴する可能性が高いとの声が多く、支持率の下がったラッド政権の馬鹿なジェスチャーだとの批判もある。まあ、たしかに、ラッド氏があまり明晰な頭脳をもっていたとはいいがたく、自国民の人種差別意識におもねて政権の支持拡大をもくろんだのだから、むしろ愚かな人間だったといえる。だから、中国に対する幻想を抱いたのだろうが。

単に感情的に自分が中国に入れ込んだあげく中国に取り込まれ、それが結局支持率低下の最大要因になって、首相再選には出られなかったのだ。馬鹿だなぁと思うが、これはラッド氏個人に対する判断であって人種差別ではない。

そのオーストラリアでは様々な動物虐待が挙げられている。

しかし、最近オーストラリア国内でも、欧米でも問題になっているのは増えすぎたカンガルー駆除およびその殺処分方法だろう。

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オーストラリアで駆除されるカンガルーの殺し方

 以下のリンクはアメリカのカリフォルニア州においてオーストラリア産カンガルー皮の販売を許可する法案の通過を阻止しようという活動をしているアメリカの動物愛護団体のページです。(ここに書かれている元記事はリンク切れになっている)
 
 リンクをクリックするだけでは動画は始まりませんが、ページに含まれている動画はオーストラリアでのカンガルーの駆除方法を撮影したもので、最初にハンターがカンガルーを撃ち、倒れたカンガルーに近寄ってその袋からまだ生まれて間もない赤ん坊を掴みだして地面に叩き付け、足で踏み殺しています。そのハンターが連れている息子と思われる小学生くらいの男の子もその大人の真似をして、その踏みつけられた赤ん坊のカンガルーを去り際に踏んづけています。次の場面では、またカンガルーが撃たれて、今度は少し大きくなったカンガルーの幼獣が袋から無理やり出されました。これ以上、私は見るに耐えられず、慌てて動画を停止させました。続きを見た人によれば、私が見た場面が一番残酷で、その後は皮を剥がれたカンガルーの映像などが続いたそうです。
 
 私は動物を利用するとしても、最低限の苦痛の削減をしてやらねばならないと思っています。また、動物福祉の観点から幼獣は保護してやらなくてはならないと思っています。母親を亡くしたことによるストレスの大きさを考えたら仔は安楽死させてやった方が良いと考えられる場合は、必ず「安楽死」に当てはまる方法で息を引き取らせてやらなくてはなりません。その観点から見ても、死んだ母親の袋から無造作に取り出されて踏み殺すやり方は全く賛成できない、許容できない行為だと思います。
 
 この現状を見て、こんなやり方で殺されるカンガルーを増やしたくないと思われた方は、リンク先の署名に協力してあげて下さい。

Take Action: Save Kangaroos From Slaughter--Stop SB 880!

(このリンクはすでに切れており、カンガルーを虐殺しているという動画は削除されている)

 しかし、関連している内容だが、次のような記事もある。
 
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カンガルーの殺し方の豪政府指針、愛護団体は批判

 [キャンベラ 7日 ロイター] オーストラリアの動物愛護団体は6日、政府が新たに示したカンガルーの子供の「人道的な殺し方」の指針で、頭を自動車のけん引棒に「強力に打ち付ける」ことが推奨されていることに、疑問を投げ掛けた。
 環境省が発表した、銃殺されたり車にひかれた親カンガルーの袋から見つかった子供の扱いの行動規範案では、散弾銃で至近距離から撃つことも勧めている。

 野生動物保護団体「ワイルドライフ・プロテクション・アソシエーション」の代表、パット・オブライエン氏は、地元紙に対し「連邦政府は、無防備なカンガルーの子供を散弾銃で木っ端みじんにしても良いと考えていると言っているも同然だ」と述べた。

 環境省のスポークスマンは「誰もがカンガルーに愛着を持っていると思うが、数が多過ぎるのが問題」と指摘。時にはへき地でも使える現実的な方法を見つけようとしていると語った。
 
 ほかにも、オーストラリアではディンゴ(オオカミの一種)を大量に駆除しているが、それは羊を保護するためであり、羊の命は大切だがディンゴは憎いという矛盾を全く理解していない。また、最近だが、野良猫を駆除するのに毒を使って殺すという記事もあった。
 
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 【.オーストラリア】猫に毒噴射して駆除「鯨は生かすけど猫は殺すのか」
 
2010年02月25日10時22分
 
 オーストラリアの外来種共同研究センターや研究機関はこの程、国内の野良猫たち推定1800万匹を駆除するため、野良猫を誘い出して毒を噴射する装置を開発。野良猫の駆除活動をいっせいに開始すると表明した。AFPBBニュースによると、その装置は「音と光を用いてネコの好奇心を刺激し、近寄ってきたネコに毒を噴出する」罠との事。

オーストラリアでは海洋生物の保全活動をしているシーシェパード(Sea Shepherd Conservation Society)が、日本の研究的捕鯨に関して猛反発しており、研究捕鯨船に対して過激な攻撃をしてくるなど問題化している。そんななかで「猫に毒噴射をして駆除」というニュースが流れ、日本のインターネットユーザー達から怒りの声が上がっている。

日本人には「オーストラリア=シーシェパード」というイメージが定着しているようで、「鯨は生かすけど猫は殺すのか」という内容の意見が多いようだ。例えばこのような意見があがっている。

「シーシェパードは何やってんの? 金にならないことはやんないの?」、「さすがオージー。鯨は守っても他の生き物にはこの仕打ち。ご都合主義もここまでいくと・・・・。恥知らずめ」、「オージーの民度が低すぎてネコも迷惑」、「おまえら、猫を守るためにオーストラリアに特攻せよ! 」、「あんなかわいいネコを殺さないでください。ネコはクジラ以上に感情がある動物なんです。そんなネコを、数の調整で殺さないでください」、「俺はオージーのこのネコ殺しも日本のクジラ喰いも正当化される行為だと思うぜ。ただオージーがクジラ狩りを批判する資格はない」。

この毒噴射の罠だが、その場で野良猫を殺す毒ではなく、その場で深い眠りに落ちる毒なのだという。その後収容所等に運ばれ、大半が殺されることになると思われる。

 このようなオーストラリアでは、日本人の捕鯨船を妨害するシーシェパードが支持されている。つまり、人種差別とはこういうことを言うのであり、オーストラリアという国の在り方がきわめてうさんくさく低級であり、そして概念としてのオーストラリア人がきわめて程度の低い人間達と言うことになる。ただし、個別のオーストラリア人とは全く別の次元の話であり、アメリカも低級国家で概念上のアメリカ人も暴力好きの自己中の無学な低級人だが、個別ではすばらしい人間もいるし、良き友人もいる。
 
 国家や概念上の人間を嫌い低級だというのと、国籍を有する人間に対する判断は全く別物だということだ。





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在日差別

 或お方が私に対し、中韓人に対して差別意識を持っていると指摘されるので、それは心外であり、わたし自身人間としての差別意識は持っていないと反論したのだが、その方はどうしても私を人種差別主義者と決めつけておられるようだ。

 私が子供の頃、近くに韓国人のTさんという非鉄金属を扱っている人が居て、毎日積み上げられたくず鉄や金属屑を相手に働いていた。当時私はよくそこに行っていろんな物をもらってきていたが、その人は特に金を取るわけでもなく、時には一緒になって私の欲しい物を探してくれた。
 
 ある時は無謀にもオートバイを自分で直して見たいと思い(何か雑誌でそんな人が居たのを見たのだが)そのTさんの所にあった小さな50CCくらいのぼろバイクをくれと言ったら、じゃあ、直ったらそのまま自分の物にして良いから、直らないと思ったら返してくれと言って、そのバイクをわざわざ私の家まで運んでくれた。
 
 当然バイクの知識もないし、第一免許が取れる年齢でもないから、エンジンがかかればそれで良いと思っていたけれど、直せるはずがない。何とかばらしはしたが組み立てられ筈もなく、結局Tさんに返した。Tさんは笑って、まあやろうとしたことは偉い、と褒めてくれた。
 
 当時私は彼が韓国人だとは最初知らなかった。なにしろ日本人名を名乗っていたし、普通の日本語を話していたから。しかし、奥さんの発音が何となくおかしいとは思っていたし、またある日Tさんの家の玄関に見慣れない文字の新聞があって、後から考えればハングルだった。
 
 両親は以前から朝鮮人はすぐ裏切る、嘘をつくと言っていたが、Tさんが韓国人であることは知っていて、よく働く人だと言っていたし、私が彼の所によく行っていたのも知っては居たが別に何とも言わなかった。今から考えれば、朝鮮人は裏切る、嘘つきだという具体的な人間をさしていたわけではないのだろう。ただ、父達がそのように思った当時は終戦間もない頃であり、様々な朝鮮人関連の問題が確かにあったと言える。
 
 とにかく、私個人の韓国人体験はそのTさんが最初だった。もちろん、学校にも居たかも知れないが、韓国人名の生徒は居なかった。当時、わたし達は朝鮮人はバカだとか、方程式が理解出来ないとか普通に話していたが、そもそも朝鮮人とはどういう人なのか、身近にいるのかなど全く知らなかったから、単に大人達が言う朝鮮人の話をしていたに過ぎない。今にして思えば、もしわたし達がそう言うのを、韓国人であることを隠している生徒が居て聞いていたらどれだけ傷つけたかと心が痛む。
 
 子供の頃にそのような差別感を植え付けられ、中には大人になってもそのままの人間が居る。私は今のところ自分ではそのような差別感は持っていないと思っているが、冒頭の人に言わせれば私の言葉の端々に差別感がにじみ出しているとのことだ。
 
 さて、青年期になってからだが、アルバイト先でよく一緒に遊び歩いた友人の中に、一人韓国人が居た。もっとも彼も日本名だったし言葉も全く普通の日本語だったし、第一彼が何国人か考えなければならない理由もなかったのだが、余計なことにそのアルバイト先の担当者が、彼は韓国人だが仲良くしてやってくれと言った。ずいぶん余計なことをと思ったが、その担当者にしてみれば親切心だったのだろう。だが、余計なことだった。
 
 わたし達はそれ以後も別に意識しなかったし、彼は気が弱いところがあったが愛嬌のある奴で仲間内でも好かれていたし、私がアルバイトを辞めるまでつきあっていた。
 
 その後、取引先の人が韓国人だったことはあるが、それくらいのことで特に仕事上、個人的にも韓国人との付き合いはない。そして、私個人としては韓国人に被害を受けたり悪感情を持ったこともない。
 
 もう2,3年前になるが広島から乗った新幹線で隣の席に座ったのが韓国人の青年で、彼は日本語が話せないので英語で数時間話をした。面白い男で、日本に友人が居るので商売をするつもりだと言っていた。友人は日本人で一緒に仕事をしようと言っているとか。なんでも韓国から服飾関連を買って日本で売るのだとか。日本で商売をするなら日本語をマスターしなくちゃならないね、など話したのを覚えている。
 
 非常に礼儀正しく、快活な青年だった。サウナに行きたいというのでタクシーを探して近くのサウナに送り届けるように頼んで別れたが、最近では韓国人との接触はそのくらいの物だ。
 
 韓国人には、そして中国人にもだが、個人的なトラブルなど経験したことはない。むろん、私がそれほどの接触を持っていないからと言う理由もあるだろう。中国人なら近くの飲食店やコンビニで働いているのを見かけるし、別に問題が有るとも思えない。但し一回、飲み屋で中国人同士が客の前で殴り合いでもしそうな喧嘩をしていてあきれたことがあるが、普段特に中国人がゴミをポイ捨てしたとか痰を吐き散らしているのを見たことはないし、第一そう言う人間が居ても何国人か分かるはずもない。
 
 温泉で韓国人団体のあまりの不作法にあきれたなどはある。中国人の買い物団体が固まっているのも何度も見かけるが、それでも彼等に順番を譲られたこともある。
 
 さて、いろいろ書いたが不作法な奴、無礼な奴はどこにでもいるのだが、現実に中国人が海外で自分たちだけの集団を作り地域と摩擦を起こしていたり、犯罪集団を作っていたり、そして中国や韓国の国のあり方、反日政策、歴史の捏造、一方的な主張、決して譲り合いに応じない姿勢、中華思想の押しつけなどはやはり嫌悪感を感ずる。
 
 彼等の集団としての振る舞いには確かに問題があり、世界中から非難されているのもそれなりの理由がある。
 
 ところで、以前から在日特権として在日韓国人は5人中4人が生活保護を受け、その額は年間600万円であり、韓国人が申請すると審査もなしにすぐ保護が降りるとの話があった。しかし、それを裏付ける公的な資料は今のところ見つからず、単なる誹謗中傷のようだ。もし、一次資料でそれを裏付ける物があるならゆゆしき問題なのだが。
 
 また普通に考えて、在日韓国人が全て独居生活をしているわけではなく家族があるなら
家族平均5人として、一家族に4人分、つまり年間24,000万の生活保護が当てられていることになる。いくら何でもそれはあり得ないだろう。

 在日特権なる物が存在することは一次資料で確認してあるが、だからといって上記のような5人のうち4人が・・等との話を、そのまま信じて在日嫌悪を持つならいかにも情けない。
 
 何が在日特権か、何が中韓の問題なのか、地方参政権や子供手当の何が問題なのかは別に論ずるが、確かに在日特権は存在する。それは日を改めて、資料を挙げて書きたいと思う。
 
 ところで、子供手当が法制化され、それに対する批判が様々上がってきているが中でも海外に子供を持っている外国人に対する子供手当だろう。流石に厚生省ではそれに対策を立てたとの報道があったが、いかにもお役所的で何の解決にもなっていない対策であり、批判されてあわててこね上げた言い訳似すぎないことが分かる。
 
 下記はそれを伝えた報道だが、赤文字は私の反論だ。
 
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年2回面会に4カ月ごと仕送りチェック 子ども手当、外国人向け不正防止


 厚生労働省は31日、母国に子供を残す日本国内の外国人に対する子ども手当について、支給要件の確認方法を発表した。子供が養育関係にあるかを確認するため、手当の申請時などに、年2回以上子供と面会していることや概ね4カ月ごとに仕送りしていることを証明する書類を提出させる方針だ。全国の自治体に通知する。

 保護者らが子ども手当の支給を受けるには、子供の居住地に関係なく、子供を保護監督し、生計が同一であることが条件。母国に子供を残す外国人が支給要件を満たすか確認する方法として▽少なくとも年2回以上子供と面会しているかパスポートで確認子供手当一人分で年収を超すような国からの人間なら、そのくらいはするだろう▽子供に対する生活費などの仕送りが概ね4カ月ごとに行われていることを銀行の送金通知などで確認▽来日前に子供と同居していたかを居住証明書などで確認そんな証明書などいくらでも偽造される。役人が絡んでいれば確認のしようがない-などとしている。

 このほか、児童手当では市町村ごとにばらばらだった証明書類を全国で統一化。証明書類の翻訳についても、翻訳者は国内居住者に限定し、署名や押印、連絡先の記載を求める。外国人が出国した際は、法務省から1カ月以内に市町村側へ連絡が行くようにし、過払い分は返還請求を徹底させる。最初からだますつもりでやってる奴が金返すわけがない

 厚労省は、外国の犯罪グループが証明書類の偽造などで組織的に不正受給を行うことを警戒しており、不正に関する情報の相談窓口を省内に設置し、不正が疑われる事例について、市町村への情報提供を積極的に行う方針だ。さんざん不正を働く連中のチェックなど出来た試しがないだろう

民族とは

平成22年02月17日

先頃書いたよろんずへの投稿に対しいくつかのコメントがあったが、中に民族についての物がいくつかあった。驚いたのは、民族と言う概念が全く理解されていないことだ。日本が単一民族国家だという主張に、病的に噛み付く連中がいることは一般でも知られており、日本にも日本民族(大和民族)以外の人が居るのだから、単一民族国家だというのはその人達の存在を無視している、との理屈らしい。

実際には単一民族国家とは単に

「単一民族国家(たんいつみんぞくこっか)とは単一の民族からなる国家のことである。言い換えると少数民族をもたない国家という事である。対義語は多民族国家である。ただし他民族が存在していても単一の民族の文化や言語や価値観を前提として国の執政がとられる場合も単一民族国家であると捉えることができる。」とWiki(後述)に出てくる。

実際に、かつて日本は単一民族との発言をして叩かれた政治家もいる。

Wiki 単一民族国家

そもそも単一民族国家との例として

「日本は、大和民族が人口の大多数を占める。「一民族、一国家、一言語の日本」の類の発言は政界や言論界で時折語られる見解である。一方で少数民族と言われる集団も少数ながら存在し、それと看做される集団もまた存在する。

実際に日本が単一民族国家(Nation State)の典型であるとの認識は内外で見られる。しかし日本国内で日本を単一民族国家と表現すると少数ではあるが実在する少数民族を軽視(無視)しているとして批判が展開される。ただし「日本は単一民族国家」の類の発言はあくまでも制度や国家に対する言及であるという面もあり、その正当性には議論の余地がある。その点で「日本に異民族は存在しない」や「日本に人種差別の問題は存在しない」の類の発言は明らかに事実と異なる。この場合にアイヌや在日の団体が抗議を表明するのは当然であるといえる。もっとも、「日本に少数民族は存在しない」ことは長く日本政府の公式見解であった。これは後述の中曽根発言の際も行われたもので、国際人権条約で問われている意味での「少数民族」にアイヌは当たらない、との見解を示し、単一民族発言との整合性を取ろうとしていた。

単一民族発言で批判を浴びた著名人は、以下のとおりである。

中曽根康弘 - 「単一民族発言はアイヌ民族の存在を無視するもの」という抗議を受けた。
山崎拓 - 1995年、衆議院議員在任中、「一民族、一国家、一言語の日本の国のあり方がこれほどの国力を作り上げた。日本人が日本人を思いやる気持ちが阪神大震災の救済にも現われている」と発言[4]。

鈴木宗男 - 「(日本は)一国家、一言語、一民族といっていい。北海道にはアイヌ民族がおりますが、今はまったく同化されておりますから」と発言[4]。北海道ウタリ協会の吉田昇理事から「情けない。アイヌを一番知るはずの地元の鈴木代議士が正気で発言したとは思えない。

平沼赳夫 - 2001年7月2日、「小さな国土に、1億2600万人のレベルの高い単一民族できちんとしまっている国。日本が世界に冠たるもの」

鳥居泰彦 - 2003年2月13日、「日本が犯罪率が低いのは単一民族の国だからだ」という趣旨の発言をおこなう

麻生太郎 - 2005年10月15日「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」「今は(世界各地で)人種、地域、宗教でいろんな争いが起きている。日本は一国家、一文明、一文化圏で、そういう国はあまりない」

伊吹文明 - 2007年2月25日「大和民族がずっと日本の国を統治してきたのは歴史的に間違いのない事実。極めて同質的な国」「悠久の歴史の中で、日本は日本人がずっと治めてきた」と発言

中山成彬 - 2008年9月25日「日本は随分内向きな、単一民族といいますかね、あんまり世界と(交流が)ないので内向きになりがち」と発言。この発言が与野党からの非難を受け、同日に「誤解を招く表現であったので撤回します」との声明を発表。

これらの発言が本来日本には少数民族が全く居ないと言う主旨ではなく、概念的に日本は非常に均一な民族構成であり、日本文化を基とした統治でまとめられていると言うこと、つまり、Wikiでいう概念上の単一民族という意味にしか過ぎないであろう。

実際に日本にはアイヌと自称する人々が居て、独特の民族文化を継承しようとしていることは事実で、それを否定する物ではないが、実際にはアイヌ語は日常使われなくなり、アイヌ独自の文化、すなわち熊や鮭を捕って生計を立て、チセに住んで居るわけではない。むろん、彼等も日本語を使い、日本の教育を受け、日本的な価値観で生きているのではないか。それは沖縄にも言えるだろうし、遠い昔日本に定住し日本文化を基に生きている中国人、韓国朝鮮人、その他の外国人にも言えるだろう。

民族とは、同じ文化を共有する集団であり、それ以上の規定はない。

ちなみにまたもWikiだが、

民族の項に

「民族(みんぞく)とは一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体をいう。土地、血縁関係、言語の共有(国語)や、宗教、伝承、社会組織などがその基準となるが、普遍的な客観的基準を設けても概念内容と一致しない場合が多いことから、むしろある民族概念への帰属意識という主観的基準が客観的基準であるとされることもある[1]。また、日本語の民族の語には、近代国民国家の成立と密接な関係を有する政治的共同体の色の濃いnationの概念と、政治的共同体の形成や、集合的な主体をなしているという意識の有無とはかかわりなく、同一の文化習俗を有する集団として認識されるethnic groupの概念の双方が十分区別されずに共存しているため、その使用においては一定の注意を要する。

ー 一部抜粋 ー」


世界には様々な文化があり、日本文化も独自の物として認められている。それが事実であり、日本文化は存在しないと言うのであれば、日本語は何に属するのか、日本人独自の宗教観、日本人特有の自然との関わり、様々な文学、音楽、芸能、衣食住などなど日本文化として独特な物は枚挙にいとまがない。世界でクールジャパンとして受け入れられている物も、日本文化が彼等の文化と違うからだ。この日本文化が存在しないと言う連中はなにか日本を否定しなければならない理由でもあるのだろうか。

さて、民族とは同じ文化を共有する集団であるから当然日本文化を共有する集団が存在する。これが日本民族であり、当然ながら、日本文化が発生してからこの日本民族も発生したと考えるべきだ。

そもそも、この日本列島には数万年前まで人は居なかった。北方民族、南方系、海洋民族などが様々な時期にこの列島に渡ってきて、次第に集団を形作り、またそれらの各集団がまとまって次第にこの列島に大きな集団を形作りある時から日本という国の形を採るようになったと考えられている。日本という国名は7世紀に出来たとの説があるが、そうなれば国家という概念が出来たのはもっと以前と考えられる。ただし、当然ながら現代の国家という概念ではないだろうが、基本の土地、国民、政府の三要素を備えた存在という意味だ。

したがって、日本では古くから住み着いた様々な土地からの移住者の子孫が、日本という国家を形作り、日本国民であることを意識し、そして日本文化を共有するに至ったと考えるのはきわめて合理的である。DNAや祖先の出身国は民族の条件には一切無関係であり、今でも新しく入ってきた外国人達が日本文化に帰属すれば日本民族と考えて良いのだろう。ただし、国籍のような明確な基準がないので、あくまで本人の意識でしかないだろうが。

高見山やラモスルイ、クロードチアリなどなど、今では十分国籍のみならず、日本人であり日本民族として考えられる人たちが居るのではないのか。もちろん、本人がどう思っているかは、本人に聞かなければ分からないが、役所に届けて今日から日本民族というわけには行かないのだからしょうがない。

さて、日本は単一民族国家だと上記のよろんずに書いたら、今ではそんな概念などない、国民国家というのが基本だと噛み付いてきた御仁が居た。


国民国家とは、Wikiによれば

国民国家

に就いてはWikiに下記のような部分があるので、一部抜粋する。

「国民国家(こくみんこっか、英: Nation-State)は、領域内の全住民を国民という単位に統め上げて成立した国家そのもの、あるいはその概念やイデオロギーを指す。近代国家の典型の一つとされることもある。」

但し、国民国家の限界 として

「国民国家という大義は、先住民族や少数民族の権利と衝突することが多い。

第二次世界大戦後には、多国籍企業が台頭し、国民経済の枠組みを超える存在となっている。同じく、第二次世界大戦後には、東南アジア諸国連合や欧州連合や南米諸国連合のような地域連合も結成され、特に冷戦後には地域連合の動きが活発になるなど、国民国家という枠組みが問われる時代になっている。」

つまり、民族と国家は全く別物であり、国民は国家の三大要素の一つであることを確認しているに過ぎない。単一民族国家とはまったく矛盾しない表現なのだが、件の噛み付き亀の御仁には通用しないらしい。

およそ、人間を分類するとき

国民  ある国家に属する構成員
人種  この概念は今では使われないが、強いて言えば遺伝的なまとまりの集団
民族  同じ文化を共有する集団。したがって、国籍、人種を問わない。

噛み付き亀氏にはこの概念がどうしても理解出来ないようだ。それはどうでも良いが、民族を自覚することは別に悪いことではない。悪いのは民族の優劣を付けることだ。これは新しい人種差別に他ならない。人種という概念を差別意識の故に廃したのに、民族があたらしい差別意識を生むのでは人種概念を捨てた意味がない。だが、国民自体がすでに差別意識を生んでいる兆候もある。しょせん、集団を区別すればそこにどうしても差別意識が生ずるようで、問題は単に人種や民族、国民などと言う言葉の問題ではないだろう。

額に青筋を立てて日本が単一国家だというのはけしからん、国民国家という言葉が今では基準だ等と吠える人々は、それで差別意識を生み出しているのではないのか。

人種差別を考える

平成22年01月05日

私はさんざん中韓などの批判をしているが、けっして人種差別をしているつもりはない。そもそも、現在では人種という概念は無くなり、人類はただ一種であって、アフリカ系、ヨーロッパ系、アジア系はただ一つのヒトと言う生物に属している種類であるとの考え方からだ。したがって、アフリカ系、ヨーロッパ系、アジア系など、同じ人類であれば全く問題なく混血が可能であり、生物学上は却って従来純血種と言われていた人々よりも優秀であることが証明されている。

しかし、むろん、生物学的には差がないかも知れないが、当然ながら人間であるから価値観の違い、感性の違いが大きく存在する。日本人同士でも、友人間でも、いや家族の間でも価値観や思考方法が同じ人間など存在しないが、ただ、育った文化的背景により、日本人なら日本人で共通してくくれる部分は確かにある。大きく日本人としてみた場合、所謂国民性とか民族性としての特色があり、これが欧米系やアフリカ系、イスラム系、スラブ系、南米系、そして中国系や韓国系の人々と大きく違っている部分がある。

この違いを見ると、時には同じ人間なのかと思えるほどはっきりと別れている場合もあるが、紛れもなく同じ人類に属しているのだ。

したがって、遺伝的な違いで人種差別をする理由は全くない。しかし、文化的背景による国民性、民族性の違いは時に軋轢をもたらすが、これは当然であろう。アフリカ系でもヨーロッパ系でも彼らの社会の中でどのような価値観に生きようが、我々がとやかく言うことではない。しかし、もし彼らが自分たちの価値観を我々に押しつけようとし、妥協せず一方的に我々の価値観を変えようとするのであれば当然抵抗しなければならない。

価値観の違う人間同士は、家族でも友人でも妥協をすることで共存し、また価値観の違いがお互いの価値観を侵略するものでない限りそれを認め合うことで協調する。

中国人が自分たちのコミュニティに於いて中国人の価値観で生きるのは全く構わない。しかし日本社会の中で自分たちの価値観を押し通し、日本社会の中で協調して生きる意志を持っていないのであれば、排除するしかない。これは人種差別ではなく、当然の自己防衛ではないのか。だからこそ、国際社会では互いの価値観の違いを理解し合い、妥協しあって生きることが求められる。それを一方的に拒否し、単に日本側に歩み寄りを求めるだけの中国のやり方を排除するのは、人種差別とは一切関係がない。これは韓国にも言えることだ。

そもそも、人種差別は、日本が一番苦しんできたのではないか。日本が開国した当時、世界は欧米の白人種により支配され蹂躙されていた。日本もその犠牲になるところだったのだ。今も、白人種による人種差別意識は無くなっていないし、不況で失業率が高まったりすると、その不満の矛先が彼らの人種差別意識に火を点ける。彼らははっきりとした身分社会の人間であり、下層階級は、つまり一般庶民は、我々が想像も出来ないほど無知であり無教養であり、扇動に乗りやすい。このような人間達が一番乗せられるのは人種差別であり、かつてナチスはそれを利用したし、アメリカも利用した。今も、いつでもそれを利用出来る状態にあるのだ。

なにも、一方的に日本の価値観に合わせろ言うのではない。互いの違いを認めた上で、必要に応じて妥協すべきだと言っているのだ。

私は個人生活に於いては中国人との接点はあまり無いが、それでも街には中国人が沢山いる。コンビニや回転寿司屋にも大勢いるが、彼らに敵意を持ったことなど一度もない。また中国からの観光客の群に会うこともあるが、確かに不慣れな日本の習慣に合わせ切れていないところはあるとしても、それを非難するつもりはない。

町で彼らに待ち順を譲ってもらったこともある。道を譲ってもらったこともある。どこにでもいる普通の人たちだ。また、韓国人との私的なつながりを持った相手はいないが、かつて仕事で韓国人と仕事をし、きわめて人の好い人物だったし、子供の頃近所にいた韓国人は本当に親切な働き者だった。

もともと私は中韓に反感など持っていなかった。むしろ、かなり好意的だったと思う。乳の影響で中国古典に親しみ、古代中国の偉大さにあこがれ、不完全ではあるが中国語の勉強もした。

しかし、そのようにして中国のことを学ぶに従い、中国政府の成り立ち、彼らの政策を知り、彼の国の危険性を思うようになった。それは韓国についても同じだ。

私がここで中韓に対し危機感を述べるのは、あくまで彼らの国、民族のあり方を言うのであり、個々の中国人韓国人については一切悪感情も好感情も持っていない。良い人間であれば、そして信用出来る人間であれば親しくする事に全く問題はない。

残念なのは、中国人、韓国人を単に侮辱し、あるいは遺伝的に劣っているかのような罵倒を浴びせる日本人がたまにいる事だ。もっとも、これは中韓にも日本人を罵るものが少なくないからお互い様なのだろうが、私は与したくない。
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