移民社会のひずみ

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 日本では平和な国、テロとは無縁の国と思われいる北欧のノルウェーで、衝撃的な事件が起きた。一人の男が爆弾と銃の乱射で76名もの命を奪ったという。もっとも、日本もこのような事件とは無縁ではなく、あのオームサリン事件は世界に衝撃を与え、日本の安全神話も崩壊したと言われたものだ。
 
 もちろん、今回の事件とオーム事件は背景も動機も全く違うが、もしかしたら今後ノルウェーと同じような事件が日本でも起きるのではないかとふと考えた。むろん、杞憂に終わればよいのだが。
 
 移民問題についてはこのブログでも何度か採り上げた。去年の一月の「少子高齢化の暗雲をはね除ける移民1000万人構想」以来、何度も採り上げているが、要するに日本は移民を迎え入れて反映するタイプの国ではないと言うことだ。世界でも珍しいほどの均一化した文化、単独の言語、価値観でまとまっているから発展できた国なのだ。
 
 今回のノルウェーの事件は、イスラム系住民に対する政府の方針が許せず、自国の文化を尊重しない寛容性のない移民を無制限に受け入れる政府に対するテロであって、標的は自国の政府であり、自国の若者だった。
 
 最初に断っておくが、今回の事件に対し一部の同情も擁護もするつもりはない。これは単なる無差別殺人であり、犯人は厳罰に処せられなければならないし、何の罪もないのに犠牲になった多くの人々にたいする気持ちは言葉に表せない。とにかく犠牲になった人々の冥福を祈るばかりである。
 
 しかし、同じようなことをする人間がこの日本にでてこないかと、やはり恐れが頭をもたげる。
 
 そもそも、世界にはアメリカやオーストラリア、カナダのように移民を受け入れてできあがった国があるが、最初から人種間の争いが絶えなかった。それは今でも、表面上は消えているようだが、実際は根深く残っていて、これらの国々の正常な発展を妨げている。
 
 もともとは、ヨーロッパ人だけの移民による開拓が始まり、その内に労働力が足りなくなってアフリカやアジアから人間を入れたが、酷い差別が当たり前だった。はっきりとして奴隷として輸入したのはアフリカ系だが、特に奴隷廃止例が出来てからは、アジア人が奴隷に代わる労働力として入れられたから、当然やはり激しい差別が生じていた。
 
 基本的に今も状況は変わらない。むろん、先進国同士の人間達が単なる労働力として移住することはないだろうが、途上国から先進国の場合は、労働力の補充、つまり出稼ぎと、最悪の場合犯罪目的となる。
 
 それが近年顕著なのはヨーロッパ諸国であり、彼らはかつて植民地支配していたアフリカの国々や、労働力として入れた中東の国々、中国、韓国などからほぼ無制限に入れ、そのために著しく治安が悪化し、若者を中心に失業が増え、中には元々少ない国民、狭い国土に20-30%もの外国人が住み着いてしまって、国内の状況が極めて不安定になっている国が非常に多い。
 
 今回のノルウェー事件の犯人も、きけば韓国や日本のような排他的な国が理想だと言っているそうだ。韓国は知らないが、日本はただ排他的なのではない。むしろ、世界中の人間が、日本人は親切だ、文化も興味深く暖かく迎えてくれると言っている。が、後述するような問題、すなわち国策として反日政策を採っている国からの移入が問題なのだ。
 
 現実に、日本では近年急速に中国人や韓国人が増えているのが、都市部では顕著に現れている。むろん、日本の発展に従い、大勢の外国人が訪れているし日本に住み着く人々もいる。国籍は様々だが、おそらく100カ国ではきかないのではないか。そして、中でも中国人や韓国人が急速に増え、その割合は2008年のデータだが、在日中国人が655,377人(29.6%)、在日韓国・朝鮮人は589,239人(26.6%)ということだから、両国人で優に在日外国人の半数を超えている。ちなみに、日本の総人口を1億2千万とすれば、1%程度であり、諸外国の10-20%とはまだほど遠い。だが、安心は出来ないのだ。
 
 そもそも、私は外国人排斥主義者ではないし、人種差別主義者のつもりもない。人種という言葉は今では少なくとも学術的には用いられないが、肌の色、目の色、髪の色、顔かたちがどうであれ、日本に帰化し、尊敬すべき日本人となっている人々は大勢いる。最近帰化したドナルド・キーン氏、クロード・チアリ氏、ラモス・ルイ氏、ジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルア氏、C.W.ニコル氏、王貞治氏など、日本人の誇りとも言える立派な人たちだ。中国人韓国人だって、日本を尊重し同化してくれるなら大いに歓迎だ。

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上記の内、王貞治氏は、中華民国国籍だった。の成瀬氏のご指摘により、訂正。私の思い違いだった。
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 要するに、彼らが日本を愛し、日本文化を尊重しているから日本人として誇りに思うのであって、彼らの出身など問題ではない。
 
 だから、むろん、中国人であろうと韓国人であろうと、日本に対し少なくとも尊重する(必ずしも同化は求めない)姿勢を示さない限り、やはり警戒する。だから、日本に対して尊重の姿勢を示してくれるなら、もちろん彼らも歓迎する。
 
 また、国が近いこともあって、両国からは数千年にも渡って大勢の人々がこの国に来ているのだろうし、そしてこの日本という国を作り上げてきたのだ。もともと、日本には人間は居なかったがおそらく数万年前から、様々な地域から日本に集まってきた人々が私たちの先祖であり、今新たに様々な地域から人々が集まってくること自体はべつに問題ではない。が、問題なのは難題にも渡って日本に住みながら帰化もせず、反日教育を子弟に施している在日外国人は絶対に認めたくない。
 
 べつに中国韓国人に限ったことではない。日本に来て犯罪を犯すような不良外国人には来て欲しくないし、見つけ次第たたき出したい。ついでに、反日思想に染まった日本人もたたき出したい。
 
 ここではノルウェー事件に関連して、特に中国韓国人に言及するが、それは彼らの数が際だって多いことと、そもそもが中国にしても韓国にしても反日思想を国民に刷り込んでおり、日本に対しては何をしても良い、日本から盗めば英雄扱いの国だからだ。これはべつに想像ではなく、中国人犯罪は近年社会現象として目立ってきているし、黒社会の日本進出は日本人やくざが使いっ走りになっているとさえ言われている。韓国系の犯罪も目立つ。通名で報道されることが多いが、中にはまた韓国人かと思われる犯罪が多すぎるのではないか。
 
 尤も、中韓人が多いから在日外国人の犯罪の中でも中韓人の犯罪が多いのだ、との良いわけもあるが、彼らの出身国が反日政策を採っているのは間違いない事実なのだ。これが火種になっている。
 
 最近韓流ブームとかで、一部のテレビ局などはどこの国のテレビだと思わせるほど朝から晩まで韓国ドラマや、韓国タレントがのべつ幕無しにでてくるし、そして、韓流は日本で大人気と報道される割に、ライブの切符が大量にネット販売され全く売れていないとか、1000枚切符が売れたはずのライブで観客が数十名だったとか、とにかくヤラセ、サクラの話が多すぎる。
 
 わたしは韓流ドラマは全く観ないが、それでも好きだという人に、止めなさいとは言わない。しかし韓流ブームが全く作られた物であることは最近明らかになってきているし、何しろ、日本は金になるので、整形し、一日中拘束して日本語をたたき込み、そして歌や踊りをたたき込んで、露出の多い衣装で尻振りダンスをさせるために日本に送り込む。やかりそれら韓流タレントは商品でしかなく、日本人の好みに合わせ徹底的に加工された玩具と同じだ。
 
 これで、韓流というのは間違いだろう。日本市場に合わせた商品でしかない。単独で日本に来ている韓流タレント達も、テレビなどでは日本大好き、などと言いながら、国に帰れば反日発言をしなければならないと知れば、それを隠しているプロダクション、メディアに反感も覚えるだろう。
 
 これが韓日交流の姿ではあるまい。先日、世界的な大スターレディ・ガガが来日し、日本のためにいろいろな活動をしてくれた。むろん、営業もあるだろうが、それだけではなく、心がこもっていると感じる。まあ、私の思いこみかもしれないし、申し訳ないが彼女のパフォーマンスは実際私には理解不能ではある。だが、彼女に対する好意は本物だ。心を感ずるからだ。
 
 さて、話がそれた。
 
 反日教育を刷り込まれた大量の中韓人がもっと増えて、ある日日本社会の中で容認できないほどの集団になったとき、ノルウェーのような事件、あるいは中韓人による反日感情からの事件が起きるのではないか(もっとも、反日感情を理由にした犯罪は日常茶飯事だが)と思うわけだ。
 
 先に述べたように、日本列島は様々な地域の人が集まってきた場所だから、今も集まってくること自体はかまわないが、日本に同化せず、日本から奪うことだけを考える人間達が集中して日本に入ってくることは、日本の安全性をおおきく脅かす。
 
 民主党は何かの一つ覚えみたいに、グローバリゼーションの時代だ、国は開放されなければならない、日本列島は日本人だけの物ではない、少子高齢化で日本は衰退するなどなどというが、実際に日本に敵意を持った人間達を無制限に入れることが正しいわけがない。
 
 べつに純血論や、日本人優越論を言っているのではない。日本という国が繁栄してゆくためには文化的にまとまらなければならないし、そのために内部に日本文化を毀損する人間を入れてはならないと言っているだけだ。さもないと、いつかノルウェーと同様の事件が、日本人の側、あるいは彼らの側から起きる可能性がおおきいと思う。
 
 
今回は、参考までに財部氏の記事を巻末に載せる。もし興味があればお読みいただきたい。

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ノルウェー銃乱射事件の深層、移民社会に国民はどこまで寛容になれるか


2011年07月28日 


 寛容な移民政策に我慢がならなかった右翼の男がオスロ市中心部を爆破、ウトヤ島で銃を乱射し、76人もの命を奪ったノルウェーの惨劇を知った時、2年前の取材を思い出した。

 ノルウェーは「世界で最も暮らしやすい国」と言われてきた。税金は高いが豊かな福祉が実現されている北欧諸国のなかでも、人口500万人のノルウェーは産油国としてとりわけ財力を持ち、格別に豊かな国である。

 リーマンショックの翌年の2009年、私はスウェーデンから陸路でノルウェーに入国した。国境を越えた途端に出現した景色の変貌ぶりといったら衝撃的だった。国境に向かうスウェーデンの道路はよく整備された有料道路といった風情で、特別な感慨を想起させるものは何もなかった。移動が夜中だったこともあり、外の景色もよくわからず、さしたる印象は何も残っていない。

 ところが、ノルウェーに入った途端に景色が一変した。オレンジ色のライトに美しく照らし出された片側三車線の高速道路が突然、目の前に開けた。産油国の豊かさを思い知った瞬間だった。
 
 リーマンショックの影響はノルウェーも無縁ではなく、街には失業者があふれていた。そのなかにはアジアやアフリカからの移民も少なくなかった。オスロの職業安定所では職を失った移民から話を聞いたが、総じて言えることは、彼らはノルウェーの社会福祉政策に満足しているということだった。

 1年前にナイジェリアからノルウェーにやってきた若者は新聞配達の仕事を失って職安に来ていたが、すぐに働くのではなく「2週間に1500クローネ(約2万1000円)」の就学手当てをもらいながら、職業訓練をしていると話していた。

「仕事はすぐには見つからないが、勉強しながら職探しができるのはありがたい」
 たった1年前にナイジェリアからやってきた20代の若者は、ノルウェーの豊かな社会システムに大いに満足していた。
 
 だが、移民を受け入れる側のノルウェー人の受け止め方は一様ではなかった。オスロ中心部の公園でベビーカーを押していた20代後半の男性は、国の制度として認められている1年間の育児休暇を楽しんでいるところだ。その彼は移民問題について寛容だった。

 「ノルウェーは人口500万人くらいの少ない人口ですから、労働力として移民の方を受け入れる必要があると思います。この国の充実した福祉をその人達に分けられたらいいねという理想的な考えもありますよね」

 こうした寛容なノルウェー人は少なくなかった。しかしその一方で、移民急増が首都、オスロでは大きな影を落としていたことも事実だった。

 「今や人口の20%がパキスタン人、インド人、ソマリア人などの移民です。彼らの大半は収入が低いし、失業率も高い。彼らをこの国にどうやって溶け込ませるか、それが問題です」と、労働政策を専門とするシンクタンクの所長は移民問題の深刻さに言及した。

 「この近所の小学校では生徒の30%が移民の子供です。ノルウェーではパキスタン人の社会がかなり大きくなっています。彼らは多産で子供がどんどん増える。仕事はしなければいけない。教育はしないといけない。ノルウェー語も覚えなければいけない。受け入れ政策は複雑です」

 テレビカメラの前であけすけな本音を語る人間が少ないことは世界中、どこの国でも一緒だ。印象的だったのは、取材がすべて終了した後だった。

 高台からオスロ市内を見下ろす建物にあるシンクタンクの窓際に立った彼が、すぐ近くに見えるモスクを指さした。

 「見えるでしょ、モスクが。オスロにあんなものができるようになってしまった」

 ノルウェーの移民問題は「移民に職業を奪われた」ことへの反発といったような単純なものではない。労働力としての移民受け入れに大きく門戸を開いたノルウェーだが、人口の20%を移民が占めるまでになり、ノルウェーの社会は確実に変質してきた。

 その変化をポジティブに受け止めるのか。ノルウェー崩壊の危機と見るのか。評価は真っ二つに分かれるだろう。

 EU(欧州連合)諸国は移民を積極的に受け入れてきたが、豊かな石油資源に恵まれた高福祉国家ノルウェーの移民事情は他国とは明らかに違う。だからこそ今回のような悲劇が起こったのではないかと考えるのは私だけだろうか。

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少子高齢化の暗雲をはね除ける移民1000万人構想

The JOURNAL と言うサイトに、坂中英徳(さかなか・ひでのり)氏による次の記事があった。参考のためにとりあえず全文を載せる。そのあとで私の反論を載せる。この反論はコメントしようとしたのだが、登録する必要があるとのことで拒否された。登録の方法が書いていないので今のところ投稿は出来ていない。しかし、なにやら投稿制限の意図が分かる気もするが。反論が多くていやなのだろうか。そんな度量の狭いことではあるまいと信じたいが。

http://www.the-journal.jp/contents/sakanaka/2010/01/1000.html

少子高齢化の暗雲をはね除ける移民1000万人構想
 人口は国家と経済と社会を構成する基本的要素である。その人口が減少の一途をたどれば、国家は衰退し、経済は縮小し、社会は成り立たなくなる。これは自明の理だ。

 日本は未体験の人口減少期に入り、人口危機の重圧が社会全体を覆っている。特に、このままでは負担が重くなる一方の少子化世代(ゼロ歳から30歳まで)の未来に暗雲が垂れ込めている。少子高齢化がもたらした閉塞状況を打開し、未来への展望を開くために我々は何をなすべきか。それは青少年の共感を呼ぶ「日本の未来像」を示すことだ。

 一国の人口推移は、人の「出生」と「死亡」と「国際移動」の三つの要因によって決まる。出生者が死亡者を下回る人口減少問題に直面して、政府は少子化対策すなわち出生率の向上に全力で取り組んでいる。子育て支援のための予算も随分つぎ込んでいる。しかし、これを続けていけば、はたして日本人口は増加に向かうのだろうか。

 少子化の時代が訪れるのは高度文明国の宿命だと考えている。日本だけでなく世界各国とも、教育の充実、都市化の進行、女性の地位向上、個人の生き方の多様化など、文明の発達とともに少子化社会に入っている。成熟した文明社会の日本では、少子化時代がしばらく続くと考えるのが自然だ。仮に日本の少子化対策が成功を収め、出生率が飛躍的に高まり、人口が増加に転じる時が来るとしても、それは生まれる人の数も死ぬ人の数も少なくなった「少産少死」の時代以降の遠い先であろう。

 したがって、かなりの長期間にわたって、人口危機を和らげる特効薬と考えられる国の政策は、人の「国際移動」に焦点をしぼって、外国から移民を受け入れる以外にないのである。しかもこれは効き目が早い。

 私は、前述のとおり、50年間で1000万人の移民を迎えることを提案している。少子化と高齢化の人口問題に「移民立国」で対処し、日本の中に世界の「人材」を取り入れるものである。異なる民族がまじわることで、新たな文化と創造力とエネルギーを生み出し、日本を生き生きした国にしようというものだ。これは、日本の未来を担う少子化世代に希望を与える国家ビジョンではないか。

 多数の移民を受け入れた欧州では、生活習慣や宗教の違いによるトラブル発生など、国民と移民の社会統合に悪戦苦闘している。フランス、ドイツなどで起きている移民の問題点を持ち出し、「日本は移民を受け入れるべきではない」という意見もある。しかし、もう日本人だけでは経済と社会を運営できない事態に立ち至ったことを直視すべきだ。人口ピラミッドの崩壊が何をもたらすかに目をつぶり、無為無策のまま国力の衰微を速め、子や孫の世代を奈落の底に沈ませていいのか。

 例えば、人口激減に見舞われている農林業地帯では、耕作放棄地が拡大し、日本人が営々と守り続けてきた水田と森林の荒廃が進んでいる。食料・資源の確保のみならず、国土・環境の保全を図る見地からも、存亡の危機にある農山村社会を再生させる的確な手を打たなければならない。

 現在、300万の農業人口のうち、180万は65歳以上だから、あと20年もすればほぼ半減する。今でも食料自給率は4割前後にすぎないのに、将来の食料生産はいったいどうなるのか。林業の世界にいたっては、国土の6割が森林面積であるのに、9万人ほどしか就業者がいないと聞いている。歴史遺産の森林を荒れ放題にしていいのか。それがもとで川や海や空気を汚染させてもいいのか。水産業も同じで、海に囲まれ、水産物資源に恵まれているのに、就業者数も漁獲量も減り続けている。人口減の直撃を受けている第1次産業をどう立て直すか。日本が直面する喫緊の課題である。

 大不況に人口減少が重なる国家的危機の時代を迎えた日本は、国運をかけて、世界規模で行われている人材獲得競争に打って出るべきだ。欧州の失敗を他山の石とし、日本の伝統と精神風土に根ざした移民政策を確立し、移民開国に舵を切る時だ。

 移民1000万人は一応の目安で、50年かけて今の英国、フランス、ドイツ並みの「10人に1人が移民」の移民国家へ移行しようというものである。それを確固とした移民政策を打ち立てて達成する。受け入れ態勢と移民の社会適応の進捗状況を勘案のうえ、年次受け入れ計画を立て、秩序正しく入れていく。その場合、移民受け入れ計画は国会の承認事項とし、特定の国の人または民族にかたよった移民の受け入れは行わないことを鉄則とする。

 国民を代表する国会が移民政策の決定に関与するのは当然だ。世界各国の国民・民族を公平に入れる移民政策をとれば、外交上・安全保障上の利益にかなうだけでなく、多民族の国民統合を比較的容易に成し遂げられるだろう。

 大量の移民を受け入れるに当たっては、世界に開かれた透明で公正な移民受け入れ基準を定める必要がある。例えば、英国、カナダなどで導入されているポイント審査制を参考に、日本語能力、学歴、職歴、年収など具体的な審査項目を定め、公表する。

 日本の歴史において明治維新のときが第1の開国だと言われるが、明治時代には外国人はほとんど入っていない。江戸幕府が鎖国政策をとっていたからいかにも開国のように映るが、メインはたかだか500人ほどの「お雇い外国人」を欧米先進国から招聘しただけだ。今まさに日本国の大計を立てる案件として浮上した「移民1000万人構想」は、外国人材の受け入れという意味では、有史以来の日本開国を目指すものである。

 日本列島の中で1200年以上の長きにわたって同じ文化を共有する者ばかりで暮らしてきた日本人が、異なる民族と親密な人間関係を結ぶのは容易ではないだろう。気心の知れない外国人とつき合うよりも日本人同志でいるほうが気が楽だと思っている人々はまだ多いと推測される。私も心情的には、日本人が大半を占める「小さくてまとまりのある日本」が好きだ。

 しかし、グローバリゼーションの大波と人口崩壊の危機が迫る時代に生きる日本人は、もはや「日本人だけの世界」に閉じこもって安穏に暮らすことはできないと肝に銘じるべきだ。「移民歓迎」と「共生社会」の旗を掲げ、異なる民族と正々堂々と向き合い、「外国人と共に生きる世界」を築くしか生き延びる道はない。

 法務省入国管理局の役人時代、私は不法外国人などから「鬼のようにこわい人」とおそれられていたという話だ。そんな入国管理一辺倒の人間が、いきなり50年間で1000万人の移民受け入れをと言い出したのだから驚かれた人もいるかもしれない。一方で、出入国管理秩序を守るため厳格な入国管理を行ってきた元行政官の提言ということで、実際的な政策だと真剣に受け止められた面もあるようだ。「なるほどそういう考えもあるのか。現実みがある」といった感想も寄せられている。

 「『小さな日本』の立場から『大きな日本』の立場に変わった」ことが研究者のあいだで話題になっていると、私をよく知る山脇啓造明治大学教授から言われた。確かに未曾有の規模の移民受け入れを公言している。しかし、50年間で1000万人の移民を入れても、総人口は3000万人も減ることに留意すべきだ。私の基本的立場は「小さな日本」に軸足を置いたものである。50年後の日本国民に美しい自然環境と安定した社会を遺すことを国家目標とし、少なくともこの50年間は人口が減少していく社会を甘受すべきだと考えている。世界の先頭を切って人口減少時代の国のグランドデザインを描き、日本が世界のモデル国となってほしいとの思いに変わりない。

 21世紀の世界においては、主として人口の増加に起因する飢餓、資源の枯渇、環境破壊など、人類の命運にかかわる問題がいちだんと深刻になると予測される。そのような中で、人口の減少を肯定し、「小さな社会」を目指す日本の国づくりは、地球文明のあるべき姿を先取りした画期的な取り組みと国際社会から評価されるだろう。

以下、私よりの反論
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この主張にはかなり危険な要素があるし、その前提が間違っている。まず前提として間違っている点を挙げる。

>その人口が減少の一途をたどれば、国家は衰退し、経済は縮小し、社会は成り立たなくなる。これは自明の理だ。

全く自明の理ではない。人口が国家の力の源泉であるなら、どうして中国やインド、そしてアフリカの人口大国がいままで大国になり得なかったのか。過去に於いて、男子の数がそのまま兵力になっていた時代でさえ、これらの人口大国は常に欧米の餌食にしかならなかった。この歴史の事実を見るだけで、人口が減れば国家が成り立たないのが自明の理だとは言えないはずである。

>少子高齢化がもたらした閉塞状況を打開し、未来への展望を開くために我々は何をなすべきか。それは青少年の共感を呼ぶ「日本の未来像」を示すことだ。

問題は人口ピラミッドのゆがみであり、高齢化社会になることだが、これは本質的に1000万人の移民受け入れで解決するわけではなく、むしろ社会のゆがみをさらに拡大する要因となる。詳細は後述する。

>しかし、これを続けていけば、はたして日本人口は増加に向かうのだろうか。

確かに解決しなければならない問題だが、移民受け入れは解決にならない。

> したがって、かなりの長期間にわたって、人口危機を和らげる特効薬と考えられる国の政策は、人の「国際移動」に焦点をしぼって、外国から移民を受け入れる以外にないのである。しかもこれは効き目が早い。

まず少子高齢化社会が解決出来ないと決めつける根拠はない。方法は様々あるだろうし、現実にフランスや北欧諸国などでは積極的な政策で人口減にブレーキがかかっている。

> 私は、前述のとおり、50年間で1000万人の移民を迎えることを提案している。少子化と高齢化の人口問題に「移民立国」で対処し、日本の中に世界の「人材」を取り入れるものである。異なる民族がまじわることで、新たな文化と創造力とエネルギーを生み出し、日本を生き生きした国にしようというものだ。これは、日本の未来を担う少子化世代に希望を与える国家ビジョンではないか。

氏の提案では国家を破壊する。もちろん、自然な外国人の受け入れや帰化を防ぐ必要はないし、もともと、この島国の人間達も遠い昔様々な外国から渡ってきた人たちの子孫であり、また数百年、数十年にわたってごく自然に日本に住み着き、日本人となった人たちも多い。それはいわば自然増であり、1000万もの移民を政策として受け入れるのとは大きく違う。

まず受け入れる民族として考えられるのは隣の人口大国中国からであろう。今でさえ多くの不良滞在中国人が様々な問題を起こし、密航や偽装結婚で日本に入り込み、国から引き継いできた反日教育を子供達に施し、そして彼らだけの集団を作る。これが世界で大きな問題になっていることを無視してはならない。また、50年もの間に入ってきた彼らは、当然日本人よりも出生率が高く、結局彼らのみが増え、日本人の人口増が却って抑制される可能性が高い。すなわち、人口ピラミッドがますますいびつな形になるし、50年後、累計一千万の移住者はその出生率の高さから2000万ではきかない数に増えているだろう。一方、減少する本来の日本人の人口の5分の一以上を移民が占める状態が受け入れられるのだろうか。

もちろん、人種差別で中国人を排撃すべしと言うのではない。自ら日本を愛し、日本人として生きようと決心している中国人も多いだろう。だから、それは自然増に任せておけばよい。彼らが根強い反日教育で洗脳され、日本国内で人口の5分の1にもなるゲットーを作る危険性を考えたことがあるのだろうか。現実に、これは単なる杞憂ではない。私のブログttp://takaojisan.blog13.fc2.com/にも詳しく書いてあるが、中国は他国との協調をしない国であり、また政策として反日政策を採り続け、歴史を捏造し思想言論の自由を封じかつ強烈な日本憎悪思想を教育し続けている国である。そのような刷り込み教育を受けた大量の中国人が現実に周辺国に大量に流入し、その国の根底を揺るがしている例は枚挙にいとまがない。チベット、トルキスタン、内蒙古は言うに及ばず、現在ではミャンマー、ネパール、ブータンなどが彼らの浸食にあっている。

彼らが日本に住めば日本に敬意を払い価値観を自然に受け入れるだろうと考えてはならない。むろん、本人の理性で、本人の意思でそうなる中国人はいるだろうが、中国の国策としての道具として人民を使う手段は今に始まったことではない。

> 多数の移民を受け入れた欧州では、生活習慣や宗教の違いによるトラブル発生など、国民と移民の社会統合に悪戦苦闘している。フランス、ドイツなどで起きている移民の問題点を持ち出し、「日本は移民を受け入れるべきではない」という意見もある。

これに対する対策を一切述べずに移民作を主張するのでは説得力が皆無である。なにしろ、大規模移民以外の方法で人口増を実現する方法が無いと決めつける根拠がない。試行錯誤はあろうが、現実にフランスや北欧諸国などでは人口増に転じている例もある。日本独自の方法でそれを模索すべきではないのか。

また、日本の人口が果たして少なすぎるのかどうかは全く別の問題であり、かつて日本の適正人口は5000万と言われていたこともあるし、実際、大量の移民をブラジルやペルーに送り出していたこともあった。

適切な人口がどの程度かは正確には分からないが、少ない人口でインフラを集中出来、国民の生活レベルを上げ、ひいては購買力を上げることも可能だ。

人口と購買力は比例しない。経済力も比例しない。世界の2%しかいない日本人が世界第2位の経済大国を創り上げ、世界でトップクラスの技術立国となり、世界トップクラスの先進国になった。これは、国民の数が適切であり、教育やインフラ投下などがきわめて効果的に行われてきた為だ。

なぜ未だに中国、インドが途上国であり、さんざん欧米に蹂躙されてきたかの理由を考えてみるべきなのだ。人口さえ増えれば国力が上がるなどは余りに安易であり、危険である。

> 例えば、人口激減に見舞われている農林業地帯では、

農業、林業も大規模化機械化が可能であり、むしろ、もっと従事者人口を減らして効率を上げる方法を考えるべきなのだ。徒に人間を増やせばよいというものでない。

> 現在、300万の農業人口のうち、180万は65歳以上だから

労働力不足は存在しない。現実に今でも大量の失業者がおり、大量の不法滞在者が仕事をしている現実を無視してはならない。肉体労働は機械が取って代わり、事務、開発などはコンピューターがやる時代、20年、10年前と比べて一人あたりの生産性が如何に上がったかを無視することが出来るだろうか。農業も大型企業かを進めれば効率が上がり、省力化できる。今の農業労働力不足は、日本農業に魅力が無く、若い人間が離農するからだ。これを解決しないでただ海外から入れればよいと言うのは、本末転倒と言わざるを得ない。


>移民受け入れ計画は国会の承認事項とし、特定の国の人または民族にかたよった移民の受け入れは行わないことを鉄則とする。

これこそ、世界から不公平と言われるだけのこと。移民の必要性が多い国もあれば少ない国もある。要するに相手次第であり、これを日本の法律で決めるなど出来ない。現実に決めても、それが相手国の不満を生むだけだ。


>外交上・安全保障上の利益にかなうだけでなく、多民族の国民統合を比較的容易に成し遂げられるだろう。

現実に多民族国家がそれを理由に安定している例があるなら挙げてみて欲しい。アメリカの最大の問題は民族の和解ではなかったのか。

>例えば、英国、カナダなどで導入されているポイント審査制を参考に、日本語能力、学歴、職歴、年収など具体的な審査項目を定め、公表する。

これは自然増に適応すれば済むこと。

> 「移民1000万人構想」は、外国人材の受け入れという意味では、有史以来の日本開国を目指すものである。

その必要性はない。世界の多民族国家も、歴史の必然性で自然にそうなっただけであり、政策的に民族移動をしたわけではない。むしろ、現在シベリアやチベットなどに政策で大勢の中国人が移住し、急速に漢民族化が行われている。ロシアでは露骨にその締め出しにかかっているくらいだ。チベットやトルキスタン、内モンゴルでは民族浄化が行われている。

50年後、日本人口の5分の一以上が政策的に反日意識を植え込まれた中国人とその子孫にしめられることが何を意味するか、今主張している筆者が見届けられるわけではあるまい。政策的に反日思想云々は考えすぎだと言うのは自由だが、現実に中国が今やっていることを見、世界中に中国人ゲットーが出来ていて、世界でも犯罪の温床になっていると危機感を持たれている。中国人だけに門戸を開くわけではない、と言うのは勝手だが、需要と供給の関係からすればそれはあり得ない。

> しかし、グローバリゼーションの大波と人口崩壊の危機が迫る時代に生きる日本人は、もはや「日本人だけの世界」に閉じこもって安穏に暮らすことはできないと肝に銘じるべきだ。「移民歓迎」と「共生社会」の旗を掲げ、異なる民族と正々堂々と向き合い、「外国人と共に生きる世界」を築くしか生き延びる道はない。

しかし、世界では日本をうらやましく思っているとの本音もちらほら聞こえてくる。サルコジ氏だけではあるまい。

> 「『小さな日本』の立場から『大きな日本』の立場に変わった」ことが研究者のあいだで話題になっていると、私をよく知る山脇啓造明治大学教授から言われた。確かに未曾有の規模の移民受け入れを公言している。しかし、50年間で1000万人の移民を入れても、総人口は3000万人も減ることに留意すべきだ。

まさに、人口の民族分布の内、どの部分が減ってどの部分が増えるかを考えるべきであり、結果として中国の民族浄化作戦に手を貸すことになる。戦わずして日本を手に入れる事が出来るなら、中国がためらうはずがない。日本の意志だけで事が進むと考えるのは甘すぎる。日本人が減って中国人の出生率の高さから強固な反日意識を持った中国系日本人が数千万になると言うことは、どういう事か、1000万移住を主張される前に、きちんと説明していただきたい。

参考資料 古代からの世界主要地に於ける人口の推移

世界人口長期推移