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民主主義は劇薬

民主主義により滅びる国は後を絶たない。独裁から時を経て移行しない現在の途上国においては、民主主義は劇薬であり、絶対に取り入れるべきでは無いだろうが、民主主義をきちんと運営出来る国はほとんど無いと見て良い。西欧で民主主義が機能するのは階級社会だからであり、それにより西欧諸国は例外なく衰退している。米国も例外では無い。

日本は社会主義民主国家と言われた。かつて三公社五現業が国家を支えていた。税金により公共インフラを整備したが、これが私企業によって行われれば今の日本は無い。実際にフィリピンなどでは、フランス企業に水道インフラ整備を任せたところ、彼らは採算のとれる地域を重点的に整備し水道料金をそれに見合う物にした結果、それを払える資産を持つ者は水道料金をきちんと支払い水道を十分に使える一方、支払えない貧困層は水道を使えず、以前よりも水環境が悪化したというケースがある。

そのような例は世界に無数にあるが、本来ガス水道電気などは現代では空気と同じ、資力とは関係なく必要不可欠なのであり、利益を得る手段にできるのは、利用者が全て利用出来る環境でなければならない。したがって、日本ではかつて三公社五現業とし、それらの事業を公費で行い、その費用を税金でまかなう形にした。そして一部を利用者が負担する形をしたことで、現在のように整備され、それによってほとんどの国民がその費用を支払えるようになって初めて民営化に移行した。インフラ整備とは本来まず全ての者が利用出来るようにして、その初期コストが回収され、社会が富んでくることで利用者が負担出来るようになってから民営化するやり方がもっとも優ているし、適切だろう。その意味で、かつて日本が社会主義民主国家と言われたのは極めて当然であり優れた方式だと私は思う。

それも社会の合意が有ったからであり、その合意が成立するには民主主義が成熟していたからだ。税金で公共インフラを整備するとは、自分がその利益を直接受けなくとも費用を負担することに不満を持たない意識、すなわち国を国民全体が支え成り立たせるとの意識がごく自然にあるからだろう。

この記事のタイトルは、「民主主義は劇薬」だが、本来劇薬とは極めて毒性や副作用の強い医薬品を言う。抗がん剤などが挙げられるだろう。一部の抗がん剤は極めて副作用が強く、実際に経験のある人に聞いたことがあるが、本当に辛いと言っていた。が、それでも抗がん剤で癌が治り命が助かるなら、その後体力を取り戻す可能性はある。しかし、癌が進行してしまえばそのチャンスが無くなるのだ。したがって、抗がん剤の服用は選択の余地が無いのだが、実際は高齢者や元々病弱な人などでは抗がん剤の副作用に耐えられないと診断されれば無論本人の意思を確認の上、緩和療法に切り替える。つまり安楽死を選択するわけだ。

民主主義は、それを受け入れる能力の無い国、民族にとっては抗がん剤よりも酷い副作用がある。例えば、サウジアラビアはイスラム教を国教としイスラム法に基づいた国政を行うサウド家の独裁国家であり、今のところ大きな問題も無いようだ。いや、独裁体制自体が問題だろうと言っても仕方が無い。かつてチェニジアは民主化運動が起き、形ばかりは民主主義国家となったはずだが、現状では悲惨なものだ。民主主義を支える民度とはほど遠いからであり、むしろサウジのような独裁国家であった方がましだったかと思われる。が、むろんそれもサウジのように莫大な石油資産が会ってのことであり、サウジも現状の石油価格の低迷、石油離れが進めば課税の義務も生じ、インフラの維持もままならなくなり国民が黙っていなくなる。すると、後はどうにでもなれと民主化するか、力で国民を押さえつけるしか無くなるが、おそらく後者を選ぶだろう。民主化してもその先が見えている、つまり外国に食い荒らされるだけのことであり、サウジアラビア人は基の砂漠の民に追いやられる。

なにより、卑近な例では中国が民主化出来るかどうかを考えてみれば良い。他者のために負担する、公平にインフラを整備し公平に使わせるために資力のある者が多く負担するという意識など彼らには無い。ロシアが民主化したとされるが実態は独裁と言って良い。そうでなければロシアは分裂消滅しかねない。

更に卑近な例で言えば半島がある。あの国は反日が無ければ国がまとまらず、反日を成立させるためにはどのような事実でもねじ曲げる。自分たちだけならそれでも構わないだろうがそれを他国に押しつけ、日本には自分たちのために犠牲になれと強要する。そのような半島を国家と認めるわけには行かない。結局彼らが形ばかり民主化してもそれを活かし維持出来る資質が全くないから今のような状況になっている。なまじ民主化など考えず、中国の属国として数百年以上過ごしてきた形態を保っておけば良かったのではないか。日本の国防のためにはむろん半島が中国属国であれば様々な問題があるが、あくまで半島人の素質としては自立出来ない以上属国として存在するしか無いだろうという話だ。それに、裏切り者を中国のための盾として使うことはむしろ危険だとも言える。

何度か書いているが、民主主義とはそれを活かせる民度が無ければならず、誰か一人強く優れた力を持っていれば済む独裁とは訳が違う。独裁は簡単なのだ。民主主義は極めて難しく、世界でもそれを維持出来ている国はごくわずかだし、その先進国とされる欧米も実は民主主義の負の要素に蝕まれつつある。

日本のことは、客観的に判断は出来ないが、まだましだろう。完全無欠な民主主義など存在し得ないが、少なくとも同じ民主主義を標榜しながら自戒しつつある半島や、先がおぼつかなく見える欧米よりはましだろう。

なんと言っても民主化に費やした時間が違う。日本には絶対神による宗教がとうとう現れなかったし浸透もしなかった。これが欧米と基本的に違う。さらに、庶民教育の歴史がちがう。数百年前から庶民教育が当たり前に行われ、女子も含めた庶民の識字率が一説では七十五%とも言われ、独特の科学技術も発展していたから、開国後瞬く間に世界の列強に座した。そして数々の対外戦争に勝ち、WW2でも破れはしたがその実力を見せつけた。日本には少なくとも近代以降奴隷制があったことは無い。欧米やその他の国では、近代もごく最近まで、そして一部の国では現在も奴隷が存在する。後述するがその形で進化の袋小路に入ってしまっているのでは無いか。

西欧の宗教政治の基に発生した民主化より遥か以前から実質日本は民主国家だったことは様々な資料が示している。民主主義の定義が今とは違うが、ただ、日本が戦後民主化したなどと言う戯言は全く事実と違う。

今後世界はかつての何倍ものスピードで変化して行く。しかし、人間の意識はかつてと変わらない。つまり、本当の民主化実現のために人間が変わるには、時間が昔に比べとてつもなく早く過ぎてしまうのだ。人間の意識が変化に追いつけなくなっている。中韓ロやイスラム圏などは、一つの人類の進化の袋小路に入ってしまっている。そこから抜け出すことは不可能で、絶滅するほかは無い。生物の進化と同じなのだが、一方ゴキブリのようにあの形で完成してしまって、恐竜よりも古い時代から同じ姿で現代も生きている。それもまた凄いことなのだが、そうなりたいわけでは無い。

希望的観測だが、日本はすでに離陸している。が西欧は未だ滑走中、そして米国はエンストしかけている。他の模倣似非民主主義国家は、おそらくチャンスは無いだろうと思うのだが、むろんあくまで私の個人的な想像でしかない。朝鮮が民主主義国家として発展する姿など、私には想像も出来ない。ミミズが美しい羽を広げて優雅に飛び回る姿を想像するようなものだ。






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民主主義万歳

民主主義とは名ばかりの国もあるし、また国民に資質がなければ民主主義は国を壊す。途上国がまねで民主主義を採るべきではないし、先進国がそれを押しつけるべきでもない。

民主主義とは、国家が作るのではなく、国民がそれを支える資質があって初めて機能する。これは前稿の「誰がその国を作ったか」や「外から見た日本」などで繰り返し書いていることなのだが、民主主義もそれを使えるだけの資質がない国民にとっては役に立たないどころか最悪の事態に陥る。欧米諸国が途上国に対し民主主義を取り入れるように仕向け、また民主主義を取り入れればそれだけその国家が進歩したかのように評価する傾向がある。

が、西欧、米国でも民主主義が望むべき姿で機能しているわけではないし、むろん日本の民主主義も理想の姿とは言いがたい。

有名な言葉だが、チャーチルは「民主主義は最悪のシステムだが、それ以外のシステムに比べればましだ」と言ったという。彼が本当にそう言ったかどうかは分からないが、この言葉自体は一見なるほどとも思える。が、私にはそうは思えない。

まず、民主主義と名乗れば民主主義という物ではない。北朝鮮の国名は”朝鮮民主主義人民共和国”というが、あれを民主主義と見る者は居ないだろう。ロシアも民主主義なのだが、現実には民主主義は機能していない。そのように、民主主義と言いながら全くそれとはかけ離れた国は無数にある。隣の馬鹿ン国などもその甚だしい例だ。

民主主義とは国民の総意で政治が動き、国家の運営方針が決まる。つまり国民にそれだけの資質がなければ、到底民主主義など機能しない。

かつて韓国ではローソク屋の陰謀でデモが起き当時の朴槿恵大統領が追い落とされ、そして今獄中にある。むろん、朴大統領自身に問題があったのは事実だが、それをローソクデモで追い落とし、民衆の力で政治を変えた韓国はイルボンなど足元にも及ばない優れた民主主義の国だニダ、と言っていたその韓国で、今北の黒電話の部下が大統領になり、世界から孤立しさすがに韓国人もこれはまずい、イルボンのせいニダ、イルボンに謝罪をさせ金を出させるニダと言っている状況だ。

結論を言えば、民主主義を本来の目的で実践出来るようにするには、本来の目的を理解出来るだけの教養が国民に無ければならない。その為には、国民に対し、国にとって不都合なことも含め全てを公表し理解させ無ければならないが、国民がそのように理解するためには、識字率は無論、総合的に物を判断出来る知的レベルが必要であり、さらに自分を犠牲にしても全体をよくすれば結果として自分も利益を得ることが出来る環境、とくに国民同士が社会を信頼出来、互いに信頼出来る状況でなければ、それを保つだけの教養素質がなければ、民主主義で行使する力を自分のためだけに使うだろう。つまり、自分の利益を保証してくれる者を政権に就けようとするだろうし、そうなれば力による、あるいは買収によるやり方でそれが出来る者は多くの票を集めることが出来る。

形ばかりの民主主義国家ではそれが普通に起きるのであり、民主主義の結果政治が腐敗を極めることになる。資質のない国民の国が民主主義を真似で取り入れ結果として国を最悪の状態にしかねないのだ。おそらく、中国はそれを知っているのではないかとさえ思える。

それくらいなら、極めて強力な指導者が独裁体制を取り、強制的に国民の教育レベルを上げ、それから徐々に国民の意思を政治に反映させる形に移行して行く方がましだろう。但し、中国はその方向に動いていないことは明らかだ。

そして、中国のみならず実際の所それを目指している途上国、似非民主主義国家など無い。つまり、民主主義とはそれなりの数百年以上の時間をかけ、様々な試行錯誤を繰り返しながら国民に共同意識を作り上げつつ国民全体の教養や意識を作り上げて行かなければ成り立たないのだ。

西欧やそれを引き継いでいる国々はそれなりにその過程にあるとは言えるが、それでも西欧そして米国などは明らかに階級社会であり、庶民階級は自分たちの生活や平和を保証してくれる限り支配階級を支持する。が、経済的な疲弊などでそれが出来なくなると途端に庶民階級は支配階級に反乱を起こす。これが今欧米で起きつつある。

だからこそ、欧米は形振り構わず経済的な落ち込みを防ごうとしているしその為にも中国にすり寄り、米国は中国を落とそうとしている。欧米においては金がなければ民主主義が機能しなくなる危険性があるのだ。

まして他の似非民主主義国家がどうなるかは、たとえば隣の半島を観れば良い.彼らは自分たちが民主主義国家だと思っている。民主主義国家とは何かを理解していないからだが、自らの犠牲もいとわずに社会を向上させ結果として自らも潤うという概念を持てないのがこういった似非民主主義国家だろう。

さて、では日本はどうなのか。無論欠点は沢山あるが、客観的に観て民主主義が機能していると思えるのは単なるひいき目だけではあるまい。

まず、日本は江戸時代からある面民主国家だった。むろん今の民主主義とは違うがまず庶民教育に積極的であり、識字率の高さ、基礎的な数学の能力が当時の世界ではかなり高かった。というよりずば抜けていたのは、現在残されている数々の記録で明らかだろう。また、確かに幕府の独裁ではあったろうがかなりの部分町役人や村役人など庶民の代表が決定していた自治も認められていた。女性に対する教育も世界では例外的に高かった。

また子供の扱いにしても、欧米では子供は力で押さえつけながら教育しなければ一人前にならないと考えられていたが、日本では子供を社会が守り養育する考え方が普通だったことは当時日本を訪れた外国人が度々記録している。

一般庶民の選挙権が付与されたのは欧米に比べても決して遅い方ではない。なにより、開国後あっという間に世界の列強に加わり、当時の大国清、ロシアに戦争で勝ったことは日本がただの未開国ではなかったことを如実に示している。これは様々な記録が根拠を以て示しており、決して希望的観測ではない。

結局日本は大昔から国民の質をそれなりに民主主義が機能出来るレベルにしていたのだ。だから、民主主義が機能していると言える。むろん、完全無欠の民主主義など無いが、ただ、現在の世界を見回して、私が日本人であるひいき目を除いても、客観的な事実からそれは言えるのではないか。








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日本共産党は何をしたいのか


政治政党とは、本音はともかくスローガンでは政権を担当することを挙げている。そのためには全く主張も異なったり、そもそもかつての民主党のように主張すら無い政党が離合集散を繰り返し数をまとめて政権奪還を訴えるのが常だ。

ということは、日本共産党も当然目標の主たるものは日本の政権を担当することなのだろう。いや、それ自体は政党活動の一環として別に問題ではない。いずれ彼らが日本の政権を執った暁には、日本を共産主義国家にすることも当然その綱領に、それも第一に挙げられなくてはならない筈だ。何しろ、日本「共産党」なのだ。が、それが主張されたことは、少なくとも私は見たり聞いたりしたことが無い。もしあるなら、是非お知らせいただきたい。

言うまでも無く彼らの政治思想は共産主義なのだから、現実にどのようなことを言っていても共産党を名乗っていながらまさか資本主義を実戦するなどあり得ない。

共産主義を信ずること自体は、別に言論思想自由の国日本では構わないし、共産主義は全ての人間を平等に扱う、平等の権利を保障するというのだから実に結構なことだ。が、共産主義を政治思想に扱っている国で国民の平等、思想言論の自由が保障されている国があるだろうか。共産主義を採っている国は、かつてのソ連初め、現中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、ミャンマー、ベトナム、などなどいくつもあげられる。これらの国が経済発展しているだろうか、国民に言論思想の自由が保障されているだろうか。到底それとはほど遠い。

共産主義自体が人間の本質を無視した思想であり、実現などあり得ないことは私は何度も書いている。かつて共産主義は原始時代実在したと考えられている。原始共産制とする社会制度であり、全ての財産を共有し、狩りの出来る者が狩りをし獲物を平等に分け、果物を集めてこられる者達が同様にし、そして動けない病人、けが人、老人子供にも分けていた。当時の生産力や人間の寿命、集団の規模などからそれが最も適していたのだろうが、次第に集団が大きくなり、他の集団と利害が相反することになれば当然争いが起きる。そのためには強力な指導者が必要になりそれが階級を生み出していったと考えられる。

今の日本共産党に言わせれば集団が大きくなって争いが起きそうになったら話し合いで問題を解決すれば全く問題が無いのだろうが、その共産党では選挙が無い。そりゃ、確かに争いは無いわけだ。

委員長や役員は党内の執行部の話し合いで決まり、いったん決まれば委員長は十年二十年同じ地位にある。今の志位委員長はもう二十年その地位にいるし前任者達も似たようなもの、野坂参三や宮本顕治、不破哲三諸氏なども同じだ。野坂に至っては同志を裏切りソ連に売っていたことが判明し除名されたがそれまで数十年にわたり党のトップにいた。その間、自浄作用など全くなかったということだ。

その共産党が仮に日本の政権を執ったらどうなるかは想像に難くない。まあ、中国、北朝鮮並みになる、つまりバラ色の未来というわけだ。

そもそも共産主義を名乗りながらそれを実戦している国など無い。かつてポルポトがそれを実戦しようとした結果、やったことは大量虐殺だった。それ以外に実践する方法が無かったし、そしてそれでも実現できなかった。

日本共産党は何を目指しているのだろう。共産主義国家の実現か。まあ、どうせ政権が取れる見込みは無いから良いだろうが、現実に共産党支持者が特に高齢者には沢山居る。つまり、だまされやすい世代だ。オレオレ詐欺にだまされる世代に支持されるのが日本共産党というわけだ。たしかにこのような高齢者(だけではないが)、とにかく話など通じない。オームの信者となんら変わらない。言うまでもないが全ての高齢者のことを言っているわけではない、何も考えずに学ばずに、無駄に年を取った人々のことを言っている。

ただし、自民党に対する批判勢力としてなら、その主張はともかく存在する意味はある。共産党の主張、例えば憲法改正絶対反対など、あほらしくて問いかけをする気にもならないが、とにかく政府に対する牽制をしたいだけなら、まあ良いのではないか。ただし、党名を日本自民反対党などに変えることをおすすめしたい。






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民主主義



ウィンストン・チャーチル曰く「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」だそうだ。本当に彼がこう言ったかどうかはわたし自身出典を確認したわけではないが、この言葉自体は誰が言おうと本当だ。

世界には自称民主主義国家だと自称している国は無数にある。例えば北朝鮮でも選挙はあるが小選挙区制で立候補者は各地区一名のみ。つまり、候補者を支持するかしないかを意思表示するのが選挙であり、支持しない場合はそれがはっきりと分かる方式となっているから、そんなことをすればどのような処罰が下るか分からず、結局支持するしかない。そして投票率は90%後半なので、国民の意識は高い、と言うことらしい。

最初から反政府主義者の立候補が認められないとか、政府が指名する者しか立候補出来ないなど、世界の民主主義国家には様々ある。

さて、民主主義とは、専制主義の対立概念と言えるが、要するに一部の人間達の独裁ではなく、国民の総意に基づいて政治が行われる形式をいう。具体的な形としては、国民すべてが法律の設立是非を投票で決める形式であり、それも直接選挙と間接選挙に別れるのは周知だろう。

日本でも憲法改正などは国民全員による投票で行われるが、現実にこの国民投票が実施されたことは無い。今、憲法改正が現実味を帯びてきているが、もしそれが実施されるとなれば、日本初の国民投票、つまり直接選挙が実施されるだろう。

閑話休題、世界の先進国は一様に民主主義国家であり、間接選挙制を採っている。が、その間接選挙のありようで、先に書いたような北朝鮮などが民主主義国家なのかといえば論ずるまでも無いだろう。あれは最悪の独裁国家だ。

では、一部の似非民主国家を除いて、欧米や一部のアジアなどは民主国家とされているが、当然国によりその内容は違う。というより、民主主義国家の実態は一つではなく様々有るのでどの民主主義が本物という定義は無いのだろう。だから、自動的に民主主義は選挙で政治を行うということで、北朝鮮も”立派な”民主主義国家となる。

北朝鮮はともかく、民主主義にもいろいろあり、今世界で最も完成した民主主義国家といわれている欧米と日本を考えてみても非常に異なる。言い換えれば、完成した民主主義など存在しないのだが、それは完全無欠な国民が存在しない以上当然だろう。人間とはとにかく不完全な者だし、また人によって価値観、目的が違うのだからすべての人間にとって完全無欠などはあり得ない。これが民主主義の問題を作ってきていると言って良い。

完全無欠は神以外無いと言う者達も居るがこれこそとんでもない見方だ。今、世界には宗教国家がいくつか存在しているが、神の教えがそのまま法律になり、神の言葉に逆らうことが罪になる。つまり、人間は神の奴隷であり、神に逆らう、すなわち神と異なる価値観を持つことを許されない。これが奴隷で無くて何だろう。が、現実にこのような国が存在するし、それほどではなくとも宗教が大きく政治に関わっている国はその傾向がある。神が国を統治しないまでも、神に任ぜられた者達が政治を司るというわけだ。

米国通貨には、in God We Trustと印刷されているのは事実だし、大統領演説の最後を God bless America で締めくくるのが定番になっている。実際に、米国政治はキリスト教関連団体の支持が無ければ何も出来ないのが事実だ。つまり、神の言葉以外の思考は受け入れないと言うことだが、その米国で深刻な人種対立があり、暴力体質であり、銃規制が毎回潰される国だ。

神の言葉以外の思考が潰されるのでは民主国家と言えなさそうだが、ただ、多くの米国人が神の言葉を信じているなら、それもまた米国人の意思と言えるしそれを反映した民主主義と言えるのだろう。

つまり人々の中でも上下関係があるのが当たり前という意識なのだろうし、むろん、それをその人達が自覚しているわけではない。神の前では人は平等だと言うが、その神を信じない者達は同じ立場には居ないのだから。

これは一つ宗教を理由に挙げたが、階級社会も同じく民主主義国家の中に民主主義故の弊害を作り出している。西欧は明らかに階級社会であり、エリート階級が庶民(下層階級)を支配するのが当たり前というシステムだ。むろん、これが法定化されているわけではない。あくまで意識の問題だが、実際はエリートしか受け入れない教育機関、組織など普通にある。また、エリート階級が政治を司り国が豊かになって庶民の暮らしが満たされるなら、庶民はあえて政治に関心を持たない。実際に西欧ではエリート階級が国力を強大にし、被西欧諸国を侵略し富を簒奪し、奴隷として使った。これは彼らにしてみれば神に許されたことであり、実際に南米を侵略し、植民地としたスペインやポルトガルの侵略者に、彼らの司祭は神の加護と祝福を与えていた。

エリートは庶民に対し常に施しの心を持つのが正しかった。が、庶民を自分と同じ権利を持つ存在とは考えなかった。意識して無視していたのでは無い。それ以外の意識が無かったのだ。

その彼らが作り上げた彼らの民主主義は、庶民に豊かな生活を保障できる間は効率よく機能していたが、相対的に彼らの社会に余裕が無くなると、途端に不安定になり、不満を持った庶民をなだめるためにはポピュリズムを用いるしかない。これは、否定しようのない事実として今西欧諸国や米国を蝕んでいるではないか。

ゴーン氏逮捕、フランスのメディアは「それ見たことか」と冷ややかな論調

ゴーン氏は未だ罪を認めていないし、実際に有罪になるかどうかは分からない。が、西欧諸国が日本の司法制度に対し批判を強めているが、実際に一般人の反応はエリート階級であるゴーン師に対し、かなり批判的なようだ。これは、わたし自身、フランスの一般コメントなどをググってみた結果、本当のようだ。むろん、私のフランス語は初歩の初歩だが、フランス語で「カルロスゴーン、逮捕、フランス人、コメント」でやってみてそう判断したということだ。

一つの例を挙げるなら、彼の嫌疑の中に、自分の報酬を公的には実際より少なくしていた、と言うのに対し、西欧の大手の自動車会社のトップの報酬に合わせただけだ、と言っているとのこと。言うまでも無いが、欧米の大企業のトップの年収は、同規模の日本企業のトップと比べても数倍、数十倍が当たり前だし、企業の業績が悪化してもまず自分たちの収入を確保するのが優先する。つまりエリートの当たり前の権利であり、余った分を庶民に回すのであって、余裕が無くなれば庶民への分よりも自分たちの物を確保する。そうすれば自分たちが力を失わない限り自分たちの力でまた社会を豊かにするから庶民にも回せるようになる、という理論らしい。

今、フランスでは黄色いベストを着た大規模なデモが毎週あり、一部は暴徒化して商店などを襲撃略奪している。

フランス経済はもういずれ盛り返して庶民を豊かにする力など無いのだ。だからこそ、かつてのサルコジのように形振り構わず中国にすり寄り、今ではおそらく中国と離れて経済を動かすことは無理なのではないか。となると、行く先は見えている。

英国「合意なき」EU離脱なら世界経済は地獄の縁に国家をブレグジットに走らせたポピュリズムの怖さ

英国もにたようなものだ。

米国も言うまでも無いだろう。かつて無いほど資産格差が広がり、そしてトランプが大統領に選ばれる。もう、末期状態と言って良い。

それら欧米に比べ、日本は明らかに違う。階級社会ではないし、宗教国家でもない。日本が理想国家とか、理想の民主主義というのではない。が、極めて独自な発展をしてきた民主主義国家であり、欧米のような袋小路に入り込んでいるようには見えないということだ。

日本が欧米のまねをして近代化し民主化したと欧米は無論日本人もそう思っている傾向があるが、実は違う。日本は全く別の歴史を刻みながら独自の民主主義を作り上げてきたと私は考えている。完全とはほど遠いが、それなりに民主主義が機能している。民主主義の根本は、国民が広く知識を有し理解力を有していることだ。その点、日本は教育レベルにおいて世界でも突出していると言って良い。江戸時代から庶民が識字率一説には75%と言うのはよく知られているが、教育レベルが平均して高い事はそれだけ庶民が知識を持ちうるし、政府の意向も理解しうると言うことだ。

また市民が社会ルールを良く守る、すなわち法律がきちんと機能している。犯罪が世界でも桁違いに少ない、すなわちこれも自分のことだけではなく、他者の立場も理解し、協力し合うことが結果として社会の質を上げることを理解しているわけだ。民主主義とはこのような土壌で機能するのでは無いか。

未開国家がどれほど時間をかけても先進国から支援を受けてもなかなかその状況から脱することが出来ないのは、国民の資質が10年や100年で変わる物ではないからだ。

韓国がとりあえず見かけだけは先進国だとされているが、現実には全くの未開国だ。中国もロシアも同様だろう。いかに彼らが今の状況に危機感を持ってもどうしようも無い。どのように他国から支援を受けても今の状況から自力で向上することなど不可能だ。

仮に近代に搾って考えてみても、その間に西欧は専制国家から民主国家になった。成人男性のみの普通選挙が実施されたのはフランスにおいて18世紀末、その後欧米がまず男子のみの普通選挙を実施し、日本は1928年にまず男子のみの選挙、そして1940年に男女共の普通選挙が採用されている。しかし、同じ選挙が実施されても西欧、そしてその模倣である米国も結局階級社会が否定されること無く、今に続いている。日本の場合は、身分制度が廃止された時から、階級社会も解消されたと言えるのは無いか。むろん、形ばかりは階級社会がしばらく残ってはいたが、現実にはそれが特に戦後解消されたと考えられるのではないか。

完全無欠な平等社会、民主主義は存在し得ない。それでも日本の民主主義は欧米とは違いまだまだ進化できる可能性を持っていると思う。


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ヘイトスピーチ法案

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ヘイトスピーチ法案が今期国会中に成立する見通しだという。

ヘイトスピーチ法成立の可能性=自・民、修正で大筋合意

このヘイトスピーチと定義されるのは

 「与党側は当初、ヘイトスピーチを「他国の出身者であることを理由に、生命や財産に危害を加えることを告知するなど、地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」と定義。修正合意では、民進党の要求に応じて「本邦外出身者を著しく侮蔑する」との文言を追加した。」

との記事からすると、朝鮮人出て行け、とかチャンコロを閉め出せ等というのがヘイトスピーチにあたるので、法律で禁止すべきだと言うことらしい。今のところ理念法であり、罰則は伴わない。

ヘイトスピーチ 与党、罰則盛らず・・・法案提出へ

しかし、日本人は努力をしてこの様な行為を行わないような努力をしなければならないと言うことだ。

さて、私自身で言えば、いわゆるここで定義されているような外国人であることを理由に差別的発言をすることはしないし、すべきではないと思うし、一部の人間達がそのようなことをしているのには眉をひそめている。

が、法で規定することだとは到底思えない。この様な発言がヘイトスピーチにあたるかどうかは誰が判断するのか。言い換えれば、何を言ってもそれはヘイトスピーチだと言うレッテルを貼られるだけではないのか。むろん、言論や表現の自由があることは大切だが、自由には必ず責任が伴う。その責任は個人が負うべき物なのだ。

具体的に誰かをののしる理由など、正当な物があるわけがない。国籍もその理由になる場合があるだろうが、人間はそれぞれの条件が全て異なる。容姿、知識、学歴、経歴、家柄、出身地、性癖、資産などなど人を差別しののしる理由など無数にあるだろうしそれを好き勝手に口から出して良いわけではない。元々普通の人間で有ればそのような理由で人を軽蔑するなどあり得ない。

結局理由がどうであれ人を罵り侮辱する人間はその本人に問題があるのであって、表現の自由、言論の自由がそれを許しているわけではない。

この様なことを法で規定する必要があるのだろうか。あくまで個人が自らを律する問題であろうし、仮にそれが他者を著しく傷つけるなら、名誉毀損、脅迫、誣告などの罪で裁かれこちらはそれが認定されれば罰則がある。

一方、他者の批判と侮辱を誰がどのように判定するのだろうか。批判はそれこそ言論の自由で保証されなければならないが、これすらその批判を向けられた人物が侮辱だ、ヘイトスピーチだと言えばそれが成立するわけではあるまい。

私は国籍を理由に誰かをののしったり侮辱した覚えはないしこれからもするつもりはないが、批判はする。批判をされることもあるが、別にそれで相手を憎んだり侮辱されたなどと感じることなど無い。ただ、その批判が的はずれであれば時には反論するし、的はずれでも反論する必要がなければ黙っている。

当然、私が勘違いしていることもあれば知らないこともあるから、批判や指摘が正当だと思うこともある。そんな場合は受け入れるし自分の主張を買えなくてはならないだろう。まあ、ここに書いているほど精神的に私が割り切れているかどうかはともかく、そのようにつとめているし、少なくとも批判することを侮辱だとは全く考えていない。

しかし、今ヘイトスピーチ法案を推し進めようとしている人々にはこれが、即ち批判と侮辱は全く別物だとの理解が無いのではないかと思える。それどころか、質問さえ侮辱と採るようだ。批判や質問を封ずる社会であってはならないし、健全な民主主義社会を構築維持するためには絶対に必要だろう。場合によっては敬意を込めて批判することさえ有るし、尊敬する相手だから批判をする事もあるのではないか。

だから、明確な侮辱や脅迫に対しては前述したように名誉毀損罪、脅迫罪、誣告罪等という法律が存在し、罰則もある。どうして、今回のようなヘイトスピーチ規制法案が必要なのだろうか。罰則を伴わない理念法だとしても、法で規制すべき事ではなくあくまで個人が自ら規制することではないのか。その個人による規制が即ち言論の自由に伴う責任であり、これを根付かせるのはあくまで教育による物でしかない。

私はこれからも韓国人や中国人をその国籍故に侮辱したりののしったりはしないが、ただ概念の中国人や韓国人に対しては遠慮無く侮辱しののしるかと思われる。概念の中韓人とは、彼らの政府による捏造反日教育に染まり、日本をののしるのに理由は要らない、日本人に対しては何をしても正当であると思い込んでいる馬鹿者達のことだ。また、国籍は日本でも、日本の誇りを捏造、根拠を締めずにおとしめ侮辱する獅子身中の虫共はもっと軽蔑する。

ただし、日本や日本人が完全無欠であるはずもなく無謬であるはずもないから、正当な理由や根拠を以て批判する人なら国籍が何処であろうと尊重し意見を聴くこともする。

批判と侮辱の区別も付けられない、あるいは日本や日本人に対する侮辱が含まれていないヘイトスピーチ法案など絶対に成立させるべきではなく、こんな物を腐れド左翼との妥協のために持ち出す与党などは馬鹿の極み、獅子身中の虫と信ずる。←外国籍ではないのでヘイトスピーチではない。

引用記事の確認の場合は、上記のURLをクリックして元記事を参照してください

言論封殺

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留瀬「このごろ、ブログ主はなんだか面倒くさいことを言ってますね。カルトがどうしたとか盲信がこうしたとか」
高雄爺「おや、おまいさん、あの男の言うことを面倒くさくてどうでも良くて下らなくてつまらないことだと言いたいのかい」
留「いや、そんなこと言ってませんよ。ただ、いつも言っていることと違うなぁと思っただけです」
高「うん。あたしは、あの男が珍しく本質的なことを言っていると思ったよ。さすがはあたしが日頃教えているだけある」
留「へいへい・・要するに、人から吹き込まれたことをそのまま信じ込んで、それをまるで自分が元から考えていたように信じている人間をお花畑っていうんですよね」
高「まあ、そうだね。子供の内はそれで当然だよ。子供の頭は乾いたスポンジだ。赤い水も青い水もきれいな水も汚い水も区別無く吸い込んでしまうからね。でも大人がそれではしょうがない。素直だなどと言ってはいられないね」
留「そりゃ当たり前でしょう。人の言うことをそのまま信じていたら仕事なんか出来ませんよ」
高「でも、そのおまいさんが、自分の父親はあたしが知っているあの男だと信じているだろう。疑いもしない」
留「ちょっとぉ、怒りますよ。なんです、それ」
高「いや、信じていて間違いはない。おまいさんのおっかさんがおまいさんを身篭もって大きな腹をしていたときから見ているし、おまいさんの親父が自分のせがれだとあたしに見せたんだから、おまいさん以上に親子関係を確信している」
留「腹立つなぁ。で、なんですそれが」
高「いや、とにかくお聞き。おまいさんにとって父親が誰かは重大な問題だろうが、あたしにとってはたいしたことではない。おまいさんの親父とは確かに何十年来の友達だがね、でもおまいさんの事は生まれたときから見ているし、それはあたし自身のせがれと同じだ。だから、とくにどっちがどっちでも良いと思っている」
留「なんか、それも違うと思いますよ。まあ息子同様だと思っているということでしょうから、それはうれしいですけど」
高「素直になんなさい。言いたいのはだね、事実を知っておかなくてはならない条件というのはけっこく少ないんだ。ブログ主も言ってるだろう、天文学者や宇宙工学の専門家でもない限り、あたし達普通の生活では、太陽が地球の周りを回っていようが、月の周りを回っていようが中国の周りを回っていようが、韓国人が太陽を作っていようが一切構わないんだ」
留「例えが極端だからなぁ。でも確かにそうでしょうね。今までそれを知っていることで何か生活に役立ったという経験はないですよ。社会に出てからそれが話題になったこともないし。だから、仮に知らなくても恥もかかない」
高「うん。そうだよ。しかし、本来生活のためには絶対に知っておかなくてはならないことも、自分ではそれほど大切な知識だと理解していなければ知ろうとしないだろう。ブログ主が言っているように、小さな子供は仕事のことも簡単な読み書きも知らないだろうが、生活には困らない。なぜなら、大人が全て問題を解決して子供の生活を保障しているからだが、子供はそれが当たり前だと思っているから本来必要なはずの知識に気が付かない」
留「そりゃそうですよ、何たって子供なんだから」
高「そうだよ。子供だからそれで良いんだ。何を知らなくても大人が保護してくれるんだから。でも大人になったらそうは行かないのに、日本ではそのまま大人になったような連中が本当に多い。ブログ主がお花畑というのはそう言った連中だね」
留「でも、子供だって友達と遊んだり、学校に行ったり親から教えられたりして、色々なことを知るようになりますよ。社会のルールだとか決まりだとかを理解してそうやって社会に出ていくんでしょ。あたしだってそうやって一人前になったんです」
高「おまいさんが一人前かどうかはさておいて、とりあえず社会に出て仕事をして、結婚してかみさんと別れもせずにいるんだから、とりあえずは普通の生活をしているんだろう。いや、ブログ主がお花畑という連中だっておなじだよ。一般の生活をしている限り、普通の生活をしている普通の人間なんだ」
留「じゃあ、なにが問題なんです?」
高「だから、それじゃあ子供の時大人の庇護の元に普通に子供として生きていたのと変わらないんだよ。おまいさんもおまいさんのように普通に生活している人たちも、普通に生きているのは本当に誰の庇護も受けていないのかい?」
留「それくらい知ってますよ。日本という国のシステム、日本という国の社会に居るから普通に生活出来るんです。国が無く社会が安定していなければとうてい今のような生活なんか出来ませんよ」
高「うん、おまいさんはその認識を持っている。さすが、あたしの薫陶を受けただけのことはある」
留「自意識過剰は何とかならないものかなぁ・・・」
高「ん?何か聞こえたが」
留「気のせいです。でも、あたしは良いとして、いわゆるお花畑は、何を知らないんです?」
高「おや、あたしの薫陶が未だ足りないね。日本人の普通の生活が日本という国家の庇護の元に成り立っていることは理解しているんだね。では、この国家による庇護とは具体的には誰が作り上げているのかね」
留「そりゃ、日本人自身ですよ。日本は民主主義国家なんだから、国家の在り方を日本国民が決定しているということでしょ」
高「そこまで分かっていて、お花畑が何を理解していないか、それが分からないのかい」
留「あ、分かった。日本人が国家の仕組みや成り立ち、その存続に対して責任を持っていること、決して自分が単に国家に庇護されているんじゃなくて、自分たちが自分たちを庇護しなければならないことを理解していないと言う事じゃないんですか」
高「そうだよ。国家の存続自体が危うくなったら、それは自分たちの責任なんだと言うことだよ」
留「なるほどねぇ。子供にとって大人の庇護は子供自身の自覚なんか無関係ですからね。でも一般の人間が国家の庇護とは結局自分たちの作り上げているものだとの自覚がなければ、国家の庇護も存続出来ないという事だ」
高「そうそう。なのに、日本人は自分たちの安全で平穏な生活は誰か他の存在の責任だと思っている。だから、国家の存続が安泰であるためには必要不可欠な国家の安全保障、それを成り立たせる外交、経済、地政、それを理解するために必要不可欠な世界の歴史、日本の歴史、日本人の価値観、世界の価値観、世界情勢、緊張問題などなど様々な事を自分で理解しなければならない。そうでなければ、日本という国家が安定して存続するための、自分が為さなければならない決断はできない。選挙に行かないなんて最低だよ。権利も果たさずに、国家に要求するなどおこがましい」
留「確かにねぇ。となると、自分には関係がないと思っていたずいぶん沢山のことを知らなければ、自分が果たさなければならない責任も果たせないことになりますね」
高「それもこれも、日本が民主主義国家であり、国民が無制限に何でも考えることが出来、何でも発言出来る国だからだが、そもそも考えるためにも発言するためにも、その裏付けになる情報が自由に得られる物でなければならないし、そして、それらの情報を自分で分析し理解する能力も必要になる。そこまで考えると、例えば太陽と地球の関係とか、光の速度とか、リンゴがなぜ落ちるかなど、普段自分の生活に無関係と思われる知識まで正確に知り、理解する必要がある」
留「うーん、それはそうなんだろうと思いますけれどね、でもそんな何から何まで知って理解するなんて、人間には無理ですよ」
高「そりゃそうだ。一人の人間には無理だろうよ。でも、100人、1000人、100万人の人間が知恵と知識を持ち寄れば話は変わってくる。だから、国民が可能な限り多くの情報に接することが出来、それぞれの知識に応じた判断をぶつけ合う。それが民主主義なんじゃないの?だから、同じ情報に接しても出てくる結論は人それぞれだろうから、どんな結論を導き出すのも自由の筈だ。それを主張するのも自由でなければならない」
留「ふんふん」
高「で、次のような報道があるよ」

圧政に盾突くブラックユーモア 日本題材の絶品も

留「ふーん、中国人もなかなかですね。結構反骨精神があるんでしょうから、今の中国も国民がいつか政府に反抗して、倒して新しい中国を作るんでしょう」
高「昔からそう言われているけれど、そうはならなかったし、これからもならないよ。国民が政府に反感を持って政府を倒し新しい国をうち立てるのは中国では数千年の間に何度も起きている。短い場合は数十年、長くてもせいぜい300年くらいで国が倒れ、新しい国が作られている。それが中国だ。政府が変わっても政権が変わっても、中国が独裁国家でなくなったことなどただの一度もない。これからも無い。きっぱり!」
留「いや、きっぱりったって、現代は過去とは違いますよ。今度こそ今までの中国の在り方に絶対に戻るまいと、中国人だって思いますよ」
高「思うかも知れないけれど、同じ事の繰り返しだ。きっぱり!」
留「参ったなぁ。この記事で紹介されている中国人の本音からすれば決して同じ過ちは犯さないと思いますよ。違いますか?」
高「違うよ。もしそうだったら、中国はとっくに民主国家になっていたはずだ。清が倒れたとき、理想に燃えて新国家建設を目指していたのは孫文達だ。孫文は日本にも亡命し、日本の開国以来の発展に理想を見たんだ。特に日清戦争で勝った日本の発展に大いに触発されたと言われているね」
留「ええ、だから、今でも孫文は建国の父って言われてるじゃないですか。なにしろ、辛亥革命を起こした本人ですから」
高「で、孫文が理想とした新中国は今の中国かね」
留「あ、それは違うな。何処で間違ったんだろう」
高「一つは、彼に能力がなかったと言うことだろうね。理想はあっても、どのような方法を積み上げて国を作ってゆくかの手段を持っていなかったとしか言いようがない。だから、実際に新中国は袁世凱に実権をとられてしまった。袁世凱が初代大統領になったのは、彼の実務能力に敵わなかったからだろう。実際、袁世凱は清朝政府の中にあってその問題をきちんと理解していたから、辛亥革命のあと、外交などで結構功績を挙げている。日清戦争で負けた日本に対し、反日政策をきちんと採っている」
留「反日政策が正当な手段ですか?」
高「中国人の支持を集めるにはいつでも便利な手段だよ。孫文は巻き返しを図るために、とんでもない事をやった」
留「何です?」
高「ソ連のポルシェビキを自分たちの国民党内におくことを条件に、ソ連からの資金援助を受け入れた」
留「共産党の危険性を孫文は知らなかったんでしょうかね」
高「理解していなかったんだろうね。やがて、その共産党が国民党を内部から食い荒らし、結局国民党は共産党に駆逐されてしまって今の中共が出来たんだけれどね。その過程は以前このブログにも書いてあるけれどね、ようするに孫文はやはり中国人だったというわけだ」
留「そういやぁ、読んだような気がするなぁ」
高「気がするだけかい。ま、とにかく金が有れば中国人は味方に付けられる、それだけだったということだね。昔から、中国の兵は、金のある将軍の基に付くのが当たり前で、金回りが悪くなったり敗色が濃くなるとあっさりと集団で敵に寝返るなど当たり前だった。裏切ると言うより、略奪が出来たり金になるための仕事だから。それは今も変わらない」
留「あ、なるほど。解放軍とは人民から搾取するための機関だって、このブログでも言ってましたね」
高「結局、孫文もその法則に従ったのさ。共産主義の本質など考えなかった。金になれば、あとはどうせ間借りさせる共産党などどうにでもなると思っていたし、もうひとつ孫文が中国人、どうしようもなく中国人だったのは、共産党がいよいよ牙を剥きだしたことが分かってからも、その存在を認めた自分たちの過ちを認めることが出来ず、見てみないふりをした。事態の収拾よりも自分たちの面子を重視した。その結果が今の中国だ」
留「なるほどなぁ。だとすると、この記事でいくら中国人達が中共に皮肉を言っていても、中共にしてみればせいぜいガス抜きに言わせているだけで、実際には脅威になどならないから言わせているんでしょうね」
高「それは分からない。だが、孫文は本来共産党の敵だったはずだが、国父として黙認しているのはそんな事もあるんだろうね。そんな、中国人達が、仮に中共を倒しても、次に出来るのは同じような中国だろうよ」

米有力紙「言論の抑圧の実例」と警告記事 韓国政府の恣意的選択「非常に危険」

高「これは韓国の話だけれどね、中国と全く変わらない。韓国は自画自賛で非常に短期間の間に民主化を成し遂げた偉大な国と言っているが、むろん、これは連中が民主主義を知らないままパクっているだけのことであって、あの国が民主国家だったことはただの一秒もない。それを良く現している事件だよ」
留「あの産経新聞ソウル支局長がパクリゴネ大統領を侮辱したってんで出国禁止になっている件ですね」
高「あの国の法律が宗主国様と同じ、権力維持のための道具でしかないのは良く知られているが、親日罪だとか、対馬から盗まれた仏像が日帝による強奪品でないことが判明しない限り返還しないとか、あ、最近なんかはセオウル号沈没事件を起こした船会社の社長が行方不明になって腐乱死体で発見されたなんかも、どう考えてもおかしいだろう」
留「ああ、あれですね。本人は役人に金を握らせ、どこかからもって来た死体がちょうど腐乱した頃見つけて、本人だと発表してしまったんでしょう。あんな短期間にあれほど腐敗するなんておかしいし、だいいち自宅からあんなに近いのに発見されなかったし、それに体格なんかもずいぶん違うみたいだし」
高「そのくせ、権力闘争の材料として政敵を逮捕したり。とはいえ、歴代の大統領でまともに任期を全うした人間が居ないというのも驚きだが。前大統領は逮捕こそされなかったけれど、身内から本人まで疑惑で一杯だったしね。だから今のパクリゴネ氏も父親の二の舞にならない事だけで精一杯なんだ」
留「あ、話がずれましたね。要するに中国もその飼い犬も親日を口にしたとたんに社会的に抹殺されるということでしょ」
高「それに引き替え、日本は連中の天国だよ。日本の掲示板やブログなどには連中が本国で出来ない自由を満喫して好き放題なことを言っている。あのルーピー鳩や河野、癌、村山みたいな連中がどんなに日本を貶めることを韓国で言っても、批判はされるだろうが、別に生命財産を脅かされる訳じゃない」
留「それですよ。赤非があれだけの嘘を書いていてそれがばれたことに批判が集中すると、腐れ左翼が言論の自由が脅かされるって、自分たちが今まで安全に好き勝手を言っていたことも批判されると言論の自由が云々。馬鹿ですねぇ」
高「言いたくはないけれどね、ブログ主の友人だという老共産党員は、政治問題なんかは不愉快だから話さないとそれの一点張りだそうだ。これも言論封殺なんだが、連中にはその自覚がない」
留「中国にも朝鮮にも言論の自由なんか全くないし、思想の自由もないんだから、それがあって成り立つ民主主義なんかひとかけらもないと言うことですよね」


「日本兵は1000人強姦」「脇腹蹴って生死判別」 南京事件で不適切授業 仙台の中学、保護者に謝罪

高「それに引き替え、日本は言論思想の自由が行き過ぎている。何事も自由や権利には義務が伴うべきだ。だが、実際に日本にはこのような教師がいる。教師ばかりじゃないがね、でも教師が生徒にこのような教育をするのはあきらかに教育の中立性を冒している。だから、このような教師は単に謝罪すればすむのではなく、罰するべきなんだ。公器としての新聞が故意にねつ造をして読者に嘘を突き続けていたのなら、これも単に謝罪や責任者の辞任で許されるべきではない。公器としての責任を取らせるべきではないのかな」
留「そりゃそうですよ。言論の自由とは何を言っても良いという事じゃないし、そのために名誉毀損、脅迫などは刑事罰を科せられますからね。それに言論思想の自由とは、反論批判にも自由が認められるべきなのに、それを言論弾圧だ等という馬鹿が本当に日本には多すぎる。まあ、世界一般そうなんでしょうけれどね」
高「それが理解できないお花畑が日本には特に多いような気がするよ。子供と同じだ。自分が誰かに庇護されているから平穏に生きて行けるのを理解していない。誰かに庇護されると同様、誰かを庇護しなければならない責任があることも理解していない。こういう日本人の甘え、無知が国にとって大きな危険因子だと思うよ」
留「そうですねぇ、ほんとに。あれ、女房からメールだ。
ええと、今日は買い物で遅くなってしまったから、晩は外で食べようって。でも買い物で使いすぎてお金がないから、あたしのお小遣いで食べることに決めた・・・って。待ってるから、この店に早く来てって言ってますよ。そんなぁ」
高「おまいさんのところも民主主義とはほど遠いねぇ。まあ、しょうがない。少し出してあげるから、うまいもの食べておいで」

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特亜に見られる言論思想の自由とは

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最近話題になった事で、産経新聞のソウル支局長が、韓国のパク大統領を侮辱した記事を書いたとのことで検察の取り調べを受けたとの報道がある。詳細はネット上などでは話題になっているが、要するにパク大統領があのセオウル号沈没事件の最中7時間も行方不明で連絡が付かなかった件を、韓国紙が有る疑惑の男と会っていたのではないかとの噂があると報じたのを、産経新聞が紹介した記事が、パクリゴネ大統領の逆鱗に触れたと言うことらしい。

産経ソウル支局長の処罰は朴大統領の「意思」

その疑惑の相手は、大統領とは会っていないと言い、だから産経新聞は虚偽の報道で大統領を侮辱したと言うことらしい。まず、産経新聞は地元紙の記事を引用しただけであり、その元記事を書いた地元紙はおとがめ無し、また疑惑の相手が会っていないと言い、大統領が会っていないと言ったから産経新聞が嘘を書いたというのは、事実の検証も何もなく最初から産経新聞を虚偽の報道をしたと決めつける者でしかない。

そもそも、報道の自由とは民主主義の第一要素であり、いかなる弾圧が有ってはならない。ただし、名誉毀損、事実に反することを故意に発して人をだます、恫喝をするなどはそれぞれ名誉毀損罪、詐欺罪、脅迫罪など刑法に反する物であって、処罰の対象になるのは当然だろうが、その前にそれらの行為がその違反行為にあたるかどうかの検証がなければならない。

今回、大統領が誰に会っていたのか会っていなかったのかを産経が知る立場にあるわけではなく、産経が伝えたのは、地元紙の報道にこのような物があったとの伝聞でしかない。大統領の所在の裏を取るべき物ではない。産経が伝えたのは、このような記事があると言っているだけだ。

それがなぜ虚偽の報道になるのだろう。もしそれが問題なら産経が引用した元記事を書いた報道機関が虚偽の報道をしたことになり、処罰されるべきなのだがおとがめ無しであり、またそれが本当に問題になるなら、第三者の検証を大統領が受けるべきだろう。それもせずに、大統領の意志で産経新聞が有罪になるのであれば、言論の自由など存在しないと言うことだ。

権力を持つ者がその力で言論を弾圧しているのに他ならない。

また、韓国は民主主義国家を自称し、三権分立国家であるとしているが、司法が行政におもね、大統領の意を汲んで産経新聞を起訴するなら、これはもう法が全く機能していないことを示している。もともと、韓国の司法機関は遡及法やら国際法無視やらやりたい放題のことをやっている。到底法治国家の様相を呈していない。

以前から、私は韓国が民主国家だったことなどただの一秒もないと言っているが、正にその通りではないか。

折から日本では在特会の朝鮮学校に対するヘイトスピーチが有罪の判決を受けている。私は、この判決自体は正しいと思っている。理由は前回のエントリーで書いているので省くが、これがもし韓国であれば絶対に無罪になるだろうし、それ以前に起訴もされないだろう。なにしろ、日本国旗を毀損し総理大臣や天皇陛下の抄造なども汚しているヘイトデモにたいし韓国の警察も司法も全く無反応だし毎週水曜日に行われる日本大使館前の慰安婦デモも、国際ルールでは完全な違法なのだ。

おそらく韓国のこのような凶器じみた反日はますますエスカレートしてゆくだろう。かつて、中国漁船が日本の海保の船に体当たりして船長が逮捕されたとき、中国は報復としてフジタの社員を勾留した。韓国はこれをしているわけだ。実際にこの産経ソウル支局長が逮捕拘留などされた場合、日本政府は単なる抗議や遺憾の意の表明ではなく形として報復処置を執る必要がある。別に特定の韓国報道機関をねらい打ちにするのではなく、人的交流を停め、大使を引き揚げ、経済交流を停止し、貿易を停止し、通貨交換を停止するなど色々あるろう。一度にするまでもないが、その意志を見せるだけでよい。

ただ遺憾の意を表明したり抗議をするだけでは、恥知らずの未開人は何とも思わない。むしろ、日本を悔しがらせた事を手柄の一つくらいにしか考えない。

今韓国は必死になって中国に取りすがっているが、その中国ではむろん、言論思想自由など全くない。これも前回のエントリー、中国に対する備え、で書いているが彼等が言論思想の自由を人民に認めていないことで、彼等自身自覚はしていないだろうが言論思想の自由を放棄しているといえる。すなわち、自らを客観的な視線で見る必要が無く、すべて自分が力で押し通してきたことが彼等にその機会や習慣を与えなかった。中国では権力の座にある者が言論思想の自由を知らないのだ。

だから、異に染まない言論思想にあうと、理論で対処することが全く出来ない。彼等が出来ることは力で押さえつけることだけだ。また、そのために権力を握ったのだから。

次の記事は、中国に於いては珍しくも何ともない。無数にある事件のほんの小さなものに過ぎない。

韓国の検察、産経新聞ソウル支局長を名誉毀損で起訴へ


中国で出所の高氏、拷問で「精神破壊」 歯抜け22キロ減、会話不能…妻は米に対中圧力要請

今、中国では腐敗一掃と言うことで、習近平氏が江沢民派の重鎮、周永康氏を粛正したが、これは権力闘争以外の何物でもない。法律は権力者の道具であり、自らに逆らう者は粛正する。言論思想の自由などあり得ず、平気で他国の国民や企業を人質にする。

このような中国韓国と友好関係は無論、話し合いも不可能なのだ。彼等には、言論思想の自由という概念が元々無い。そんな物を数千年の歴史でただの一度も試そうとしたこともない。日本が彼等に言論思想の自由を認める理由があるだろうか。


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アジアの春


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先頃大きな話題になったのは、長らく軍政の続いているミャンマーで民主選挙があり、スー・チー女史が率いる野党、国民民主連盟(NLD)が圧倒的大勝利をしたとのことだ。これは、やはりアジア情勢にとってかなり意味のあることだと思うので取り上げてみたい。

まず、選挙結果を伝えた報道から。

赤文字は引用

ミャンマー補選 NLD大勝、スー・チー氏「新たな時代の始まり」

 NLD5万5902票、与党・連邦団結発展党(USDP)9172票、その他397票-。NLDにはこの日、選挙管理委員会からひそかに、スー・チー氏が出馬したコームー選挙区(ヤンゴン郊外)の暫定集計結果が伝えられた。同氏の得票率は約85%。この数字こそが彼女の人気と、国民の「真の民主化」への期待感を端的に示している。
 
 ミャンマー(旧ビルマ)は19世紀後半から第二次大戦までイギリスの植民地であったが、日本軍が後ろ盾になり、一度独立した。しかし、日本の敗色が濃くなると、スー・チー女史の父親であるアウンサン将軍が日本の指導下にあった政府に対しクーデターを起こし、イギリスに寝返った。だが、イギリスは独立を認めず、再びビルマを植民地とし、戦後、アウンサン将軍は暗殺されてビルマは再び独立し、その後軍事クーデターが起きて現在に至っている。
 
 ミャンマーの対日意識は、独立を支援したと言うことでかなり良いが、一方スー・チー氏に対する国民の熱狂とは別に、彼女の父親が国を裏切ったとの思いが未だにくすぶっているようだ。ただし、日本がビルマを支配していたその状態から独立を目指した英雄との見方もあるが、実際にはイギリスはアウンサン将軍を利用して日本からビルマの支配を奪っただけのことであり、アウンサン将軍が本当にビルマ独立を目指していたかどうかは分からない。
 
 水を差すわけではないが、彼女は旧宗主国に渡りそこでイギリス人と結婚をし教育を受け、それから祖国に戻ってきた人物であり、国民の一部には醒めた目がある。イギリスに渡る前は、ビルマが属していたイギリスのインドで学んでおり、今彼女が本当にミャンマー人の思いを理解しているのかとの批判も内外にある。しかし、彼女が軍政府から再三に渡る弾圧を受けながらもミャンマーにとどまり、次第にミャンマー人の心をつかんでいったことは事実だろう。そのような彼女に、軍政府はうかつに手を出すことが出来なかったわけだ。

 スー・チー氏とNLDの議会への参入を事実上、促したのは、テイン・セイン大統領その人である。そうすれば、「国際社会に民主化を示すことができる」(消息筋)からだ。

ミャンマーは已然軍政国家であり、政治の主体は軍人が握っている。国会議員のほとんどが軍人出身者であり、軍の意向で政治が動いている事実は変わらない。唯、そのためにミャンマーは厳しい国際社会からの批判に曝され、経済制裁などを受けているが、今このままで停滞していると明らかに中国の餌食になる。それでなくとも今中国はミャンマーに対ししきりに工作をしている。日本軍を退けミャンマーを独立させたのは中国軍だと主張し、その記念の碑を建てるべきだと先頃も中国大使がぶち上げたと報道されている。

しかし、全体的にミャンマーの対日感情は良い。ミャンマーの停滞を防ぎ経済発展をするには日本との関係を強化したいとの思いは政府にもある。それも今回のとりあえず民主化への姿勢となって現れたのだろうが、果たしてスー・チー女史が日本との関係を望むかどうかは分からない。あまりに過剰な期待はしない方がよいと思う。彼女が望むのは英連邦の一員ではないかとさえ思えるからだ。

 現在、議会の約85%は軍出身者だ。「大統領らは国際社会の支持獲得と引き換えに、議席の30~40%までは野党に与える心づもりだ」(同)という。その意味で、NLDの一定の議席獲得は「想定内」「許容範囲内」だといえる。
 
 このまま民主化に進むとは思えない。民主化にはそれなりの下地が必要であり、急いで民主化をしようとしている国の全てが失敗していると言えるからだ。民主主義とは単なる政治上のルールなのではなく、価値観、文化であり、一朝一夕に変わることは出来ないからだ。

 南洋工科大学ラジャラトナム国際研究院(シンガポール)のジョウ・サン・ウイ研究員は、「NLDの集計が正確であれば」との前提で「補選の結果は、そのまま15年の総選挙に当てはめられる」と話す。また、スー・チー氏の国政参加により「他の民主政党は衰退し、NLDとUSDPという構図に簡素化されるだろう」と分析する。
 
 これは、スー・チー女史の力がどれほど本物なのか、ミャンマーを理解しているのか、単なる象徴ではない力量を彼女が持っているのかによる。彼女自身は政治家としての経験は全くない。一介の学者であり、そして周囲にいる人々も政治経験は全くない。その人々が政治を動かすには、真の民主主義が国民に根付き、彼女を専門家が支える必要があるが、その体制が出来ているとはとても思えない。
 
 これが、かつてフィリピンなどで起きた政変とは全く違う点であり、実務経験のないNLDは、その点で軍部と協力体制を採らなくてはならないだろう。それが国民に失望を与えれば、今回の選挙結果は失敗につながる。軍部はそこまで見越しているのかも知れない。
 
 しかし、それにしても、ミャンマーは中国とは違う。中国が崩壊を免れないだろうと思うのは、軍部が国を私物化しているからだが、ミャンマーの軍部はそれとは違うのではないかと思えるからだ。紆余曲折はあるだろうが、最終的にミャンマーが民主化する可能性は高い。基本的な国民の資質は現在の中国よりも優れている面があると思える。つまり協調の精神であり、国のために努力が出来ると思えるからだ。
 
 ちょっと話がずれるが、中国について最近のような記事を読み、日本の問題がかいま見えたような気がした。

チャイナ・ドリームが破れる時

 比較文化史家 東京大学名誉教授・平川祐弘

 それが近年、学位を取り損ね中国へ戻った人も、自国の経済発展で大変な自信回復だ。昨今のベストセラーは劉明福『中国夢』(中国友誼出版)で、ポスト・アメリカ時代に中国が世界一をめざし、世界に中国時代を招来させるのがチャイナ・ドリームだという。
 
 確かに、ネットなどを見ると一部の中国人の鼻息は実に荒い。すでに日本を大きく引き離し、アメリカをキャッチアップするのも既定の事実だと言う主張さえ有るが、到底そうは思わないし、彼等には中国という国の在り方が全く見えていないし、そして政府は彼等に国の実態を見せないようにしているのだ。これについて、平川氏も言っているのだが、その前提がかなり問題だ。

 そもそも現役軍人がこんな世界戦略を売り物にしていいのか。中国政権内の開明派が軍部を統制しようにも抑えが利かず、中国の軍事大国化にもはや歯止めは利かないのではないか。何しろ軍幹部が退職後軍事産業に天下りし、共産党幹部の子弟が有力証券会社を牛耳る昨今だ。人治の国では私的な血縁関係が優先で、子弟集団の太子党はわが世の春である。アイゼンハワーは大統領職を去るとき、米国における軍産複合体の肥大化を警戒し遺言としたが、その異常増殖が今の中国であるらしい。
 
 ミャンマーと違い、中国はまさに軍人が己の蓄財と権力構築のために国を恣にしており、これが中国崩壊の最大の原因と言える。中国は紛れもなく軍政国家であり、中国は軍の意向で運営されている。これについては何度も書いているので詳しくは触れないが、解放軍が共産党の下部組織であるとの中国の組織図など信用する根拠にはならない。中国共産党は解放軍の政治部であり、軍の意向に反して国家経営は出来ない。
 
 軍が直接政治を動かしていない、すべて全人代と国務院の決定で中国が運営されているから中国がシビリアンコントロールされているなどは、国際社会の目をごまかし、中国人の目をごまかす嘘でしかない。国家主席も、首相も軍の意向を無視して政策が出来ないとはそう言うことだ。
 
 正確に言うなら、中国は匪賊国家であって、軍政国家ですらない。犯罪集団が住民を人質に取っているだけの存在だからだ。

 「史ヲ以テ鑑(かがみ)ト為(な)ス」とはよくいったものだ。少年のころ日本帝国は歪(いびつ)に発展した。軍部は満蒙は日本の生命線(核心的利益)だとして進出し、南シナ海で新南群島を武力を背に日本領とし、41年に仏印南部にも進駐した。米英中蘭は、America、Britain、China、Dutchの頭文字を取ったABCD包囲網で日本帝国を取り囲んだ。
 
 これが比較歴史の専門家である平川教授の前提なのだ。当時の日本と今の中国は全く状況が違う。今の世界で中国を蹂躙し踏みにじろうとする国が存在するだろうか。今の中国に対して人種差別により発言権を白人国家と同党に認めないとする国際決議が為されたろうか。平川教授はもう相当の高齢のようだが、日本が何故戦争に至ったかの原因は全て日本の野望による物であり、当時の日本に対する包囲網は今の中国に対する包囲網と同じだ、歴史は繰り返すと言っているのだ。

 そんな戦前について「日本こそ被害者だ、包囲した方が悪い」と言い立てる疑似愛国者は日本にもいた。今の北京にもそれと同種の愛国者は多い。しかし人民中国の有力者は口でこそ自国の正義を主張するが、陰では保身を計ってしたたかだ。バブルがはじけ国内外に大混乱が生ずれば、一党支配はもはや正当化もできまい。そんな未来を必至と見て賢明な共産党幹部や富裕層は宝石を買い、子弟を海外に送り、国外に預金、外国に親類を拵(こしら)え、万一に備えている。
 
 日本が被害者、包囲した方が悪いというのは疑似愛国者なのだそうだ。では、私も立派な疑似愛国者なのだが、当時の日本は実際に今とは比べ物にならない欧米の暴虐に、アジアで孤立しながら相対しなければならなかった。他のアジア諸国はタイ以外は全て欧米の植民地だったのだ。先述したように、日本がパリ講和会議において提出した人種的差別撤廃提案を欧米は拒否した。そのような提案が出来たのも日本しかアジアにはいなく、結局アジアのために日本が提出したような物だが、結果として否決された。今の中国が同じような立場だろうか。
 
 当時の日本は資源を本当に封鎖され、欧米にひれ伏すのでなければ、あとは戦って勝ち取る以外に選択肢はなかったはずだが、この平川愛国者教授は、それを口実にするのは疑似愛国者だという。
 
 今の中国は明らかに周辺国に対して軍事的脅威を与え資源を盗み領土は自国の国内法を国際法に優先させている。が、それでも資源を封鎖されているわけではない。かつての日本に対する資源封鎖と同じだろうか。
 
 このような平川氏のような人物は、自分では日本を貶めているとは夢にも思わないだろうし、自虐史を刷り込まれているとの自覚はないだろう。日本のかつての行為を擁護するのは疑似愛国者だと言うのだから、自分は愛国者と自認しているのだろうが、結果として、強烈な反日思考をばらまいているのではないのか。ある意味、反日左翼はわかりやすい。が、このような錯覚愛国者ほど始末に負えない物はない。自分では日本が過ちを犯したことを次世代に伝えることが正しい日本人の在り方だと信じているのだ。
 
 例の河野談話の当事者、河野洋平氏は、「従軍慰安所が存在し、従軍慰安婦もいた、そして彼女たちは管理されていた」だからあのような談話を出した、のように言っている。慰安所も慰安婦も実在したのは事実だが、それは世界中に有ったし、当時は当然の存在であり、そこの慰安婦が管理されていたのも当然だろう。管理が性奴隷としての管理なのか、たとえば兵士が軍によって管理される類なのかの区別を河野氏は付けられないであのような談話を出した。当時は国民も管理されていたのだ。
 
 河野氏が格別国家毀損をもくろむ左翼と見られることはないだろうが、それでも自分で物を考えず、単に高給に自らの意思で応募してきた慰安婦が性奴隷として管理されていたのと何の疑いも持たずに信じ込む、それをすり込みという。
 
 平川氏や河野氏は特別な存在ではない。左翼を非難しながら同じようなことをする人間は大勢居る。戦争はすべきではない、戦争は悪いことだと言うのは当然だ。私もそう言う。が、戦争をしないことはもっと悪いこともあるのだとの理解は彼等には通らない。戦争が悪い、というところで思考が停まっているのだ。平川氏も河野氏も、戦争は悪い、日本は戦争をした、だから日本が悪いとの思考以上何も思い浮かんでいない。
 
 今瓦礫を拒否する連中は、自分が無知から多くの人間に膨大な被害を与えている自覚がない。自分の無知から国の経済を疲弊させ、国家の安全保障を大きく危険にさらしている自覚がない。自分には責任など有るはずがないと思っている。だから、民主党政権が出鱈目だと、自分は責任がないと思っている。
 
 話がずれるが、いつもこの点が腹立たしいのだ。一般のお花畑ではなく、比較文化史の権威とされる人物や、ベテランの政治家がお花畑なのだ。
 
さて、アジアの春。ミャンマーの場合、明らかにシリアやリビア、エジプトの崩壊を目の当たりにし、だからこそ、見かけだけでもスー・チー女史との融和を図っていると思うが、それでも中国よりはましだ。そのような選択を取れるだけ、彼等は柔軟性があるし、そして彼等が権力を野党に仮に譲っても、彼等と妥協しながら自分たちの存在位置を保てるとの目算があるのだろう。中国にはそれが全くない。

次の記事は、米国の政策だが、これは世界にとっても重大なことなのだ。

米外交が抱える6つの試練、トップは軍拡著しい中国―米紙

1、中国―目覚ましい経済発展により、米国の「世界のリーダー」の座が危うくなっている。海軍の巡回水域も拡大を続けており、米国の制海権まで脅かされそうな勢い。

中国は、いかにどのように言いつくろうと世界にとって明確に軍事的脅威なのであり、自分たちのルールを他に押しつけるために力を使うことをためらわない。将来、アメリカがかりに衰退すれば、他国が協力して中国を抑えるしかない。しかし、そうなる前に、世界の先進国がアメリカを支えるだろう。アメリカに様々な問題があろうとも、当分はアメリカがスーパーパワーであり続けるのはそのためだ。中国に本当に信頼の出来る友邦があるだろうか。将来、出来る可能性があるだろうか。そう考えれば、中国が世界の覇権を握ることはない。万が一そんな兆候が有れば世界は一致して中国を抑えるだろう。

2、ロシア―対米強硬派のプーチン氏が大統領に当選。今後4年間はシリア情勢やイランの核問題で、協力を求めていくことになるだろう。

ロシアにとってもイスラム勢力は脅威であり、これは協力するだろうが、ただし、シリア制裁案をロシアが中国と共に拒否したように、イスラム圏は脅威でも独裁国はロシアにとって数少ない手駒なので、アメリカがその辺りを理解しない限り、ロシアとの協力も当てはずれになるのでないのか。ロシアは中国のことも信用はしていないが、対アメリカとなれば中国のと協調を選ぶ可能性もある。ロシアが常に裏切る可能性を想定しての協力関係しか得られない。

3、アラブ世界―この地域を激震させた政変の数々を米国は理解できるだろうか。次期大統領はこの地域に言論の自由、自由選挙、司法権の独立を呼び掛けていくべきだ。

これは絶対に無理。下手な押しつけは益々彼等の敵意を買うだけであり、人権や民主化、特に司法権の独立など、イスラム原理主義者にとっては神に対する冒涜以外の何者でもない。アメリカは、彼等の価値観とルールを認めるしかない。

4、イラン―今後4年間、誰が大統領になっても米国にとっての「時限爆弾」であることは間違いない。イランに対する非軍事圧力を強化し、核開発を阻止していくしかないだろう。

上記に同じであり、イランに核の保有を禁ずる権利など、アメリカにはない。要するにアメリカに対する核の使用がなければよいのであり、そうさせないようにイランとの妥協を図る方がよほど安全性が高まるはずだ。つまりイランに核を持たせ、そのかわりアメリカとの妥協を呼びかける方がよほど可能性が高い。今イランに核保有を強制的に止めさせようとしてもイランは全てを奪われると思うだけのことだろう。話し合いなど成立するはずがない。アメリカの今までのやり方が、イラン国内の改革派を窮地に陥れた反省が全くアメリカにはないが、そもそもアメリカは他文化を理解し、価値観を理解するなどの気は全くない。したがって、イラン情勢はますます悪化するしかない。

5、北朝鮮―新指導者・金正恩(キム・ジョンウン)氏がうそ偽りなく誠実に好戦的な考え方を捨て、米国の食糧支援を得るつもりがあるかどうか、次の大統領は良く見極める必要がある。

朝鮮にはむろん、食料をアメリカに貢がせる気はあるだろうが、うそ偽りなく誠実に好戦的な考え方を捨てるなどあり得ない。朝鮮人に誠実な対応を求めるなど、神様にも無理だと思うが。

6、パキスタン―国際社会の経済援助が必要なパキスタンに対し、米国はいつでも巨額の援助をする準備がある。ただし、テロ対策への協力が不可欠だ。(翻訳・編集/NN)

なぜパキスタンでビンラディンが何年もかくまわれていたのか。パキスタンは部族集合社会であり、今の政府はパキスタンのごく一部を把握し、あとは部族との妥協で成り立っているだけの原始社会だ。放って置くしかない。このような国は世界中にあり、アメリカの民主主義など塵紙ほどの価値もないが、それを絶対と思いこんでいるアメリカの額主力のなさが問題を大きくしている。この点、中国の方が数段やり方が上手い。人権など糞食らえでやれば上手く行く。


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信念の人

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 人は他から仮に批判をされようとも、己が信じた道を進み続けることが基本的には必要だろう。むろん、生きてゆくためには妥協もしなければならないし、他の人にも信念はあるのだとの理解も必要だ。この信念がないと、今の民主政権のような得体の知れない物になる。彼らには権力にしがみつく私欲だけが全てであり、政権を採ったらこの国をどうするという信念も矜持もない。
 
 むろん、人の評価とはその時点では定まらないことが多いし、歴史上の人物でも立場や時代が変わると評価が変わる。
 
 三国志の中で私が一番好きなのは曹操だが、日本では劉備が主人公として書かれた吉川英治の三国志以来、彼の人気が一番高い。しかし、横浜の中華街に行くと、関羽廟があるが、彼の人気は劉備を凌いでいるし、中国では諸葛孔明が尊敬されているという。
 
 前漢をうち立てた劉邦がもし項羽に負けていたら、中国の歴史はどうなっていたか、もしかしたら今よりもずうっと安定した歴史を刻み、まともな国になっていたのではないかと想像するものだがむろん、これは私の想像に過ぎず、つまりは項羽の方が好きだと言うことだ。
 
 日本でも信長、秀吉、家康などの評価は時代によって大きく変わってきたし、将来も変わるのだろう。ただ、彼らがそれなりに信念を持っていたことは間違いなさそうで、単なる私利私欲で天下を取ったわけではないと思う。そこが民主党とは違う。
 
 さて、昨日、次のような記事を読んだ。韓国の、故朴正煕大統領だが、割合日本では評価が高いようだ。彼についての解説はたとえばWikiなどにもあるが、つまりは日本軍の中で出世をし、そして韓国をとりあえず近代化させた偉人としての認識がある。
 
 その点では韓国でも評価はされているし、彼が断行した漢江の奇跡が実際当時世界最貧国の一つで北朝鮮よりも貧しかった韓国を、今の世界15位(ウォン安だからもっと下がっているかもしれない)の経済国家に押し上げた事実は誰も疑わないだろう。
 
 ただし韓国人は韓国が自力で成し遂げたと主張しているが、一から十まで、技術から人から資金まで日本が提供した結果であることは、少しこの地域の歴史を学んだ欧米の専門家ならかなり知られているし、まともな韓国人の研究者も知っている。今の韓国が日本の技術で成り立っていることも十分知られている。
 
 しかし、それでも朴正煕氏が今の発展の基を作ったのは事実だ。そのためには、彼は日本に対しかなり強行に金を出せと迫り、半ば強奪でむしり取っていった事実も事実だ。
 
 また、彼が金大中事件を引きおこしたようにかなりの強権政治を行い、なにより軍事クーデターで政権を奪ってからの独裁体制が批判を浴びている。また、彼が日本軍で出世をし、日頃から日本に対しては好意的な発言をし(だから日本も彼に金を与えた面もあるとは思う)親日派と見られているのが、彼を国賊と主張する者達の根拠だ。
 
 先日も書いたが、彼は韓国人を良く知っており、仮にどこかから資金が来てもそれを自分の懐に入れることばかり考える人間が群がってくること、国民が自分のことしか考えず、国を作ると言うことの理解が出来ていないことを知っており、さらに国を作り上げるためには己を捨て協力し合うという意識がないことも知っていた。
 
 民主主義では韓国は成り立たないことを知っていたのだ。これは今の韓国にも言えるのだが、冒頭に書いたように、人は信念で行動するが他者にも信念があり、それも尊重しなければならないという意識を全員が持たなければ民主主義は成り立たない。なぜ、中国やロシアで民主主義が成り立たないかと言えば、民主主義とは政府に対して自分たちが権利を主張することだと考えているからだ。自分たちが互いに尊重し合わなければ民主主義は成り立たないのだが、西欧がそれを学ぶのには数百年かかり、しかも悪しき階級制度を残したままであって、真の民主主義ではない。まして、中国ロシアが民主主義を理解し国民が自らの物にするには国が存続して、彼らが本当に学ぶなら、これから数百年かかる。韓国が民主主義だというのは大間違いであることは彼らの政治を見ていればよく分かる。

 まあ、最近の日本を見ていると少々自信も揺らぐが。とにかく、朴正煕氏は民主主義では韓国は成り立たず、結局独裁のそしりを受けてもそのようにするしか選択の余地がなかったのだろう。だから、彼の独裁は決して私利私欲のためではなく、彼自身の生活は極めて質素であり、金銭欲とは無縁であり、さらに親族の利権を防ぐためにソウルへの立ち入りを禁止している。
 
 その朴正煕氏についての記事が次の通りだ。
 
 赤文字は引用
 
[社説]補修しなければならない朴正煕、捨てなければならない朴正煕

1996年までの7次5ヵ年計画で圧縮成長を推進し、1970年代に重化学工業の育成にまい進する過程で、大企業集中、所得分配の悪化、労使間対立など今日まで尾を引いている両極化の陰は乗り切らなければならない課題だ。経済成長を盾にした長期執権や民主主義の後退、言論弾圧や人権蹂躙もまた負の遺産だ。しかし、独裁に対する批判に目が覆われ、韓民族の潜在力を呼び起こし、数千年に渡る貧困を克服した奇跡を否定してはならない。

しかし、その朴正煕大統領を暗殺したのが誰かは未だに分かっていない。むろん、実行犯はその場で捕まっているが、本当の動機、陰に誰がいたのかは実際には分からない。誰の既得権が守られたかも未だに分からないし、今後も分からないだろう。なお、彼はその前にも暗殺未遂にあい、夫人が殺害されているが、北朝鮮が絡んでいるとの観測もあったのに、当時の日本(田中内閣)が暗殺に関係したという朝鮮総連を擁護したなどの問題もある。

そして、漢江の奇跡は決して韓国人が韓民族の潜在力を呼び起こし、数千年に渡る貧困を克服した奇跡を起こしたのではない。これも決して韓国が忘れてはならない歴史だろうが、むろん彼らは韓国が自力で成し遂げたと歴史書に書いている。なぜ数千年に渡ってその韓民族の潜在能力が一度も呼び起こされなかったかも、もちろん彼らの歴史書には書いていない。ただ、日帝に全てを奪われたとしか書いていない。

韓民族の潜在能力、そんなものがないことを朴正煕大統領は良く知っていたから、独裁体制を執り、民主化要求、実は既得権の主張をする連中を弾圧した。何故彼が独裁者でありながら金銭欲から無縁であったかを、韓国の歴史学者はよく考えてみるべきだ。

1日3食をまともに食べられなかったあの時代、我々が汗と涙で成し遂げた漢江(ハンガン)の奇跡を軽く評価してはならない。何もない野原で企業を育て上げた鄭周永(チョン・ジュヨン)、李秉(イ・ビョンチョル)、朴泰俊(パク・テジュン)氏らのような企業家精神が今財界に充満しているか聞きたい。若者も弱音ばかり吐かず、can-do-spirit精神から学ばなければならない。

おそらく、次の朴正煕大統領が現れなければ、同じことだろう。

さて、同じく信念の人と言うべきか、政府の犬と言うべきか、もう一人の人物を挙げてみたい。

先日も触れたが、南京映画の一つ金陵十三釵が米国では大不評だとのことだ。


南京大虐殺描くチャン・イーモウ監督新作、「リアリティない」と米国では大不評

中国メディアの絶賛と対照的なのが米メディアでの不評だ。12月の南京で足を露わにしたチャイナドレスをまとう女性に代表的だが、誇張表現が多くリアリティが感じられないというのが主な批判点だ。

映画評論家として知られるコロンビア大学のエマニュエル・レヴィー教授は「本当の生活から生み出されたアイディアではなく、チャン・イーモウ監督が作り出しただけのもの。バランスに欠けている。チャン・イーモウ監督のワースト作品だ」と酷評した。(翻訳・編集/KT)


ここでは虐殺の描写よりも女性の服装などが当時の生活感を全く感じさせないとのコメントなのだが、何故こうなるのか。張芸謀監督がプロパガンダ映画を作るにあたり、現実の生活感を出すわけに行かなかったからだ。とにかく平和な中国を残虐に踏みにじる日本という図式のためには、このような演出が必要だったのだろう。

先日も書いた、実際にはあり得ない設定でのシーンを作っているのもそのためだ。

確かに映画は虚構であり、芝居であり事実を描いた物ではないと言えばそれまでだし、張芸謀監督自身、日中戦争では日本人も犠牲者であり、これは憎しみをかき立てる作品ではないと言っている。が、知る限りに於いては、イメージとして日本人の残虐さを描写するためにあり得ない設定をする、これがプロパガンダではないとどう言い逃れをするのか。むろん、彼にはそんな言い逃れをする必要があるとは思ってはいないだろう。

自分は映画を作る人間であり、良い作品を作るためならその努力をする。国家が希望する映画を作ることで自分はよりよい映画を作る機会が増える、何が悪い、と言ったところだろうか。

確かに一時期のハリウッド映画などは酷い物だった。出てくるドイツ軍人に人間は居ず、必ず獣じみた怪物として描かれ、犠牲者はいたいけな子供、けなげな女性、勇敢な市民達であり彼らを救うのは勇敢なアメリカ兵に限られていた。タリバン兵の遺体に小便をかけるようなアメリカ兵は出てこず、少女をレイプしたりひき逃げをするアメリカ兵の姿はこれらの映画には皆無だった。

冷戦時代のソ連もそれこそ悪の帝国ぶりを映画では遺憾なく発揮していた。

むろん、ヨーロッパで上映されるハリウッドの戦争映画に出てくる敵役は、ドイツ人の代わりに、朝鮮人が演ずる猿のような日本兵だ。ウィリアム・ホールデンの「戦場に架ける橋」では、人間味の一切無い日本軍人が無知で橋の設計一つ出来ないと描写されているが、実際の記録では、あの橋は日本軍が設計し、それを造るイギリスの捕虜があまりに無知で日本軍が驚いている。当然サボタージュもあったろうが。それはそうだろう、庶民教育では当時のイギリスは到底日本の足元にも及ばなかった。

「戦場に架ける橋」を書いたピエール・ブールは日本軍の捕虜になった体験が悔しく、日本人を猿に見立てた猿の惑星を書いた。
比較的最近でも、インディージョーンズの「失われたアーク」にはドイツ人(ナチスとなっているが)が徹底した悪役として健在だ。

映画が作り物だと言っても、それをプロパガンダにする国はたくさんある。むしろ日本が原爆映画の中で鬼畜米英を描いたろうか。売春婦が必ず韓国人だとの映画を作ったことがあるだろうか。「パッチギ」や「血と骨」などで、韓国は敵だと主張したろうか。それどころか、「あなたを忘れない」のような馬鹿な映画に補助金を出すようなおめでたい国だ。むろん、韓国側には反日映画が目白押しだ。歯の浮くような韓流映画だけが韓国映画ではない。

だが、そのアメリカも、「戦場のメリークリスマス」や「硫黄島からの手紙」のように、双方の立場から理解をしようとする映画も作られるようになっている。しかし、中国は全く変わらない。国策としてプロパガンダ映画である南京映画を多数作り、張芸謀氏はそれで名声を得て数々の映画を作るようになれた。

最初は江沢民時代の出世作「赤いコーリャン酒」の日本軍による中国ゲリラの生皮を生きたまま剥がすシーンだろう。そうやって、張芸謀氏は政府に取り入り、今では世界的な名監督になっている。さぞ満足だろうと思う。

彼にとって、名声を得るためにはどのような嘘もかまわない。北京五輪での演出は彼による物だが、例の口ぱく少女、CG花火、56民族の子供の筈がほとんど漢民族の子供だったなど、指摘されてもあれは演出だからと恥じる素振りも見せない。演出だろうと、最初から口ぱくと言わずに口ぱくをやれば嘘であり、最初から漢民族の子供が演ずると言わずに56民族の子供と言えば、それは嘘なのだ。花火とは空に打ち上げる物であって、CGを花火とは言わない。最初から言わずにCGを使えばそれは嘘なのだ。

もちろん、演出で最初からそのように作ったと言っていれば問題はないだろう。南京映画でも、演出のために日本軍の残虐行為のシーンを創作したと言えばよいのだ。

結果を得るためには嘘を言う。それを何とも思わないのが張芸謀氏であり、そしてそれが認められ、当然とされるのが中国なのだ。そして、その演出を事実と信じ込んで反日感情を高ぶらせるのも、何が真実かを見極める能力のない中国人の常なのだ。

多少ともそれはアメリカの評論家には通用しなかったと言うことだろう。

ここで朴正煕と張芸謀という二人を紹介した。私は朴正煕氏の方を評価する。嘘つきではなかった。嘘つき国家である韓国で、嘘を付かなかった彼を、嘘つき国家で嘘を付いて出世をしている張芸謀氏と比べるのは間違っている。

所詮格が違う。信念が違う。志が違う。

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日本は民主主義国家か

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タイトルは疑問形で付けているが、実際には日本は歴とした民主主義国家であると分類されているし、それに対する疑問を呈する国はおそらく世界にはない。しかし、以前から何度も民主主義について書いているように、完全な民主主義は存在しないし、また今後も存在しないだろう。

つまり最大公約数で民主主義国家とは、というなら、国民が直接間接的に法律を作り、それによって国家が運営されている国は民主主義国家であり、間違いなく日本は民主主義国家だ。なにしろ、一般選挙で選挙民が選出した代議員が、立法と行政を司っている。

だが、世界には、朝鮮民主主義人民共和国のように、どう見ても自称の民主主義はかけらもない国もある。北朝鮮は一般選挙のある国だ。したがって、国家元首は今は廃止されているが、最高権力者である国防委員長は一般国民の選挙によって選出されている。投票率はほぼ100%であり、日本の半数割れが恥ずかしくなるくらいだ。

だが、国防委員長に金正日と書くように監視されており、それ以外の名前を書くとすぐに逮捕強制労働に追いやられるために、全ての票が金正日に集まるように出来ており、その結果選出された金正日が絶対権力を握って全てを決定するので、これも間接的に人民が選んだ人間による政治であるから、民主主義だと言うわけだ。

近年のロシアも似たようなものであり、民度の低い、民主主義を経験したことのない国民にソ連崩壊後一般選挙をやらせてみたところ、国内は乱れに乱れ、経済はどん底に陥り、マフィアが台頭し、ソ連崩壊どころかロシアも崩壊しかねない状態に陥った結果、一般選挙の形は残すが、それは形ばかりの必ずプーチン、メドジェーゾフコンビが強権を持つ形に改められつつある。なにしろ、プーチンはかつてKGBに属しており、対立者や政権に批判的なジャーナリストが次々に不振な死を遂げたり、また政府に批判的だった新興石油会社ユコスがプーチンによって解体され、設立者は未だに獄中にある。それに震え上がった他の大企業は今ではプーチンの意のままになり、社内のトップには必ず政府の、プーチンの息がかかった者を据えなければならない。

宗教を取りこみ、精神面から国民を支配する方策も抜かりはない。

これが民主化したロシアだ。

しかしロシアではプーチンの人気は非常に高い。ロシア人にとって、弱いロシアを強くしてくれたプーチンは最高の指導者であり、ソ連解体後の惨めな国に戻るよりはプーチンを支持すべきだと考えているようだ。逆に、西欧や日本では人気の高いゴルバチョフ氏等は、ロシア国内ではほとんど支持をされていない。

ロシアの場合、やはり歴史上一度も民主主義を経験したことが無く、結局民主主義よりも専制主義を国民自らが選んだと言えるだろう。

中国は、一党独裁国家であり、一般選挙がないので民主主義国家ではないし、それは彼ら自身が民主主義は中国にはふさわしくないと明言している。中国のように広大で、多種多様の価値観や文化を持った地域同士を一つにまとめるには、正しい政策を持った中国共産党が強力に統制する以外に方法がないと言うことだ。

いかにも尤もらしく聞こえるが、現実には中国もまた歴史上民主主義を経験したことが無く、さらに今の政権が暴力で成り立った政権であり、その過程で筆舌に尽くしがたい弾圧を人民にくわえ続け、さらに現在も暴力で支配している現実から、民主主義などに移行したとたんに政権が倒され、指導層は凄惨な報復を受け、国家は木っ端微塵に砕け散る。当然、民主主義など実現できるものではない。

完全な民主主義など無いと書いたが、そんなものは存在しうるのだろうか。私は無いと思っている。民主主義とは国家毎に、民族毎に定義されるものであり、日本が目指す民主主義と西欧諸国の目指す民主主義とは違うと考えているから、全ての人類に共通の完全な民主主義などあり得ないと思う次第だ。

日本では前回までに書いたように、比較的国民の教育レベルが平均して高く、突出して優れた者が居ないかわりに、箸にも棒にもかからないほど劣った者も居ないから、なんとなくいつの間にかみんなの合意が出来てしまうような所がある。が、ごく一部のエリートは優れていても一般大衆のレベルが非常に低い欧米型の社会では、他者の価値観を理解したり譲歩することが出来ず、それを利用した一部の者達が大衆を扇動して政治を動かすことが非常に多い。また、一般選挙である以上、どんなに民度が低かろうが彼らが自分勝手であろうがそれに迎合しなければ支持を集められない。理論よりも民族感情や宗教感情が優先する。

アメリカは民主主義国家の筈だが、未だに全米ライフル協会の力により、銃の規制が出来ない。キリスト教団体の力が強すぎるため、計画出産が思うに任せない。黒人差別をあからさまにするKKKは未だに一定の勢力を持っており、またネオナチスも勢力を保っている。

ブラックパンサーなどの黒人組織が過激化したり、またイスラム勢力が拡大しつつあるなど新しい不安が増大しているし、さらにミリシアと称する民間軍事組織の中には公然とアメリカ政府を敵視している団体もある。武力によってアメリカ政府と戦うことも辞さないと言うのだ。

これも彼らの民主主義の結果なのだ。

ヨーロッパでは、全ての人間、即ち外国人でも平等であるべきとの意識を、結果も考えずに主張する政策が優先して、結果として深刻な文化侵略、民族対立、移民排斥が取り返しのつかないところまで進んでいる。宗教観が大きく政治を動かし、場所と状況によっては宗教間の武装対立が起きかねないところまで言っている。さらに、福祉を充実させることが国家の目標だとの主張は国民の支持を集めやすく、結局多くの国々が高福祉高負担をとり、今のように欧州崩壊の危機を招いている。高福祉高負担は、金融が上手く機能して利益が得られる間は良いだろうが、新興国が急速に分け前を取るようになると西欧の高福祉高負担は非常に重荷になり、結果として急速な経済の破綻をもたらす。

新興国に資金や資源が回るようになると、それを生み出すだけの経済力は世界にはないから、結局付加価値を生み出せない西欧から資産が新興国に流れてゆくことになる。具体的には、各種資源や食料の急速な値上がりが、欧州経済を直撃しているわけだ。

結局欧米型の民主主義とは、一部の人間が大衆の支持を得るために民意を作り出しまとめて、それを自身の政治基盤として政治を行う。日本は、むしろ、民意が代表者を選び出すのではないのか。両者に明確な境界線はないが、ただ、民度が高い、国民が政策を理解する能力を持っているのといないのとでは大きく違うと言うことだ。

隣のなんちゃって民主主義国家では、国民が一部の政治家にすぐ扇動され付和雷同して国政を引っかき回している。つい30年ほど前まで軍政独裁国家だった彼らがまねごとでも民主主義など実践は出来ない。

そのように考えると、外から見た日本の民主主義も、政府がこれだけ馬鹿げていても暴動一つ起こさない日本人は愚かだと言う奴が居るが、暴動を起こして良くなるならそれもよい。彼らの国々で暴動は結果として何を残したかを考えもせず、単に腹が立つからと暴動を起こす連中の言葉など別にどうでも良いが、それにしても暴動はともかく、なぜこれほど無能で無責任な政府に対して国民がもっと声を挙げないのかとは思う。

いや、民主政権の支持率は急降下しているというのはよく分かるが、それでも40%もの人間が未だに野田政権を支持し、20%もの人間が民主党政権を支持しているのだ。一番多いのが無党派層であり、支持無しが一番多い。

なぜ、危機感を持たないのか、それほどあきらめているのか或いは関心がないのか、或いは誰が政権をとっても結局はなるようになると思っているためなのか。そこの所は分からない。

ただ、様々な比較をしてみると、アメリカはもとよりかつて民主主義のお手本だと思われていた西欧の民主主義よりも日本型民主主義は格段にうまくいっている。これだけ不満があるが、それでも民主主義が一番まともに機能しているのが日本なのではないかと思えるほどだ。つまり、理想とはほど遠いが、そもそも理想の、完全な民主主義など存在しないと言う所以だ。

決して現状に満足は出来ないが、新左翼の主張するように国家を破壊する様なことが民意として台頭してくるような事態にならないように、日本型の民主主義を形作ってゆかなければならないのだろう。

さて、次のような動画を観た。中国のネットが国家により厳重に管理されていることは言うまでもないが、この動画が本当に国家の管理をくぐり抜けて広まったのかは極めて疑わしい。つまり、これも中共の計算によるのではないかと思えて仕方がない。この動画の中で発言した学生がその後どうなったかも興味はある。

ちなみに、中国が早く民主化すれば、もっとまともな国になり、日本との真の友好関係も出来るだろうとの声もあるが、上記のような理由で中国は民主化が不可能であり、仮に民主化要求の声が激しくなってそれにより政権が倒れても、中国の地に民主主義は根付かない。いちども民主主義を経験したことのない中国人が真に民主主義を理解し実践できるには100年はかかるだろうが、当然それだけの期間不安定な状態で国がまとまっては居られない。

また何かの奇跡が起きて中国が民主化したとしても、対日姿勢が変わるとは思えない。それは民主主義とは別の彼らの理論から成り立っているものだからだ。軍政独裁国家の韓国が形ばかりでも民主化しても結局は対日姿勢が変わらないのと同じだ。彼らの民族性では、四の五の言わずに力でねじ伏せる以外に対日姿勢は変えられない。まあ、それをする必要も無いと思うし、それ以前にしてはならないと思うが。

【新唐人】中国左派学者講演会で質問攻めに遭い 失態

なんちゃって民主主義国家の実態を示す記事が最近ネットをにぎわせている。これもまた彼らならこそだ、国会に催涙弾を持ち込んで主張を通すことが民主主義であり、そのような人物に喝采を送るのが彼らの民主主義と言うことだ。むろん、恥ずかしさになく韓国民主主義というくらいだから、批判も大きいのだが。

赤文字は引用

「恥ずかしさに泣く韓国民主主義」…世界各紙が“催涙弾国会”を報道

 その後に続いた文章は「米議会よりひどい(dysfunctional)立法府が(この世に)一つ残っていた」だった。財政赤字縮小策の準備のために設置された米議会の特別委員会(スーパー委員会)が交渉失敗を宣言したことよりも、韓国の‘催涙弾国会’がひどいということだ。

英インディペンデント電子版も「恥ずかしさに泣く韓国民主主義」と題した記事で、「野党議員が討論する人たちを窒息させようとした」と伝えた。


韓国国会を観ていると、パフォーマンスが全てであり、論争は二の次のようだ。特に日本がらみとなると理論などかけらもなくなる。恥ずかしさに泣いた韓国民の共通の姿に思える。したがって、実は催涙ガスもなんちゃって民主主義では異例ではなく、出るものが出たにすぎないと思える。

しかしなんちゃって民主主義は実は我が民主党政権でもある。催涙ガスとは趣が違うが、

欠席ばかりの民主党代議士会「緊張感がない」と平野氏苦言

 この日、衆院本会議前に開かれた代議士会に出席した衆院議員は約60人で、党所属全衆院議員の5分の1でしかない。平野氏は18日の代議士会でも出席が半分に満たず「しっかりと出席してもらいたい」と注文したばかりだった。

代議士とは、国民の付託を得て、自分を支持してくれた選挙民の意思を政治に反映させるために存在する。その義務を果たす為の会議に出席しないのは、自分の身分が何であるか、自分の義務が何であるかを全く理解していない屑だと言うことだ。このような屑たちの集まりが民主党政権であることを私たちは忘れてはならない。

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独裁者の末路


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10日ほど前、リビアのカダフィ大佐が死んだ。死因は未だ解明されていないが、大方捕まった後、民兵に射殺されたとの報道がおそらく正しいのだろう。その後も、遺体は、彼らの最大の侮辱の方法である靴で打たれ続けたと言うし、リビア国民の大半がこれでリビアは開放されたと大喜びをしたというのだから、カダフィ大佐が日頃からいかに憎悪されていたかが分かる。

ことの始まりは北アフリカ一帯で始まった各国の反政府デモだが、まずチュニジアでジャスミン革命が成功し、エジプトが無血革命に成功した流れのなか、リビアは最後までカダフィ大佐が政権を手放そうとしなかったため、最終的には大規模な暴力革命に至ったものだ。

もともと、この一帯はイスラム圏であり、大半が独裁国家に分類されるのだろうが、今まではそれほど問題にはされていなかった。国内の状況がそれほど悲惨だとは海外では思われていなかったのと、国により生体が異なるのは当たり前であって、国際的な注目を浴びるような大規模な暴力支配体制でもない限り、外部から体制を倒すことは滅多にはない。例外と言えばイラクやアフガニスタンだろうが、アメリカとの関係が引き金になっているので同じとは言えないだろう。

一帯の反政府デモは未だに収まらず、周辺国では未だに拡大中で、おそらく後いくつかの国々が政権交代になるのではないだろうか。なにより、カダフィ大佐の悲惨な最期が、周辺国家の独裁者達を震え上がらせているという。

赤文字は引用

「次は誰だ」震撼する独裁者

 20日死亡したリビアの元最高指導者、ムアマル・カダフィ大佐(69)は、反カダフィ派「国民評議会」の民兵に生きたまま拘束された後に銃殺された可能性が高いことが分かった。中東各地に広がった民主化運動「アラブの春」で初めての指導者死亡。しかも「民衆による処刑」となったことで、シリアやイエメンなどの独裁者は背筋を凍らせているに違いない。
 
 独裁者と言えば、私たちの印象にある彼らの末期は、ルーマニアのチャウシェスク大統領夫妻の公開銃殺や、イラクのフセイン大統領の処刑などが記憶に焼き付いているが、過去にもムッソリーニがリンチに会い逆さ吊りにされて処刑されたとか、ヒトラーが自殺に追い込まれたなど、民衆の怒りを買って惨めな最後を遂げた例がある。が、歴史上は天寿を全うした独裁者の方が断然多い。
 
 数百万人の粛正を行ったスターリンは長らく死後も崇拝されていたし、スターリンが公に批判されたのは、プーチンによって最近のことだが、そのプーチンは明らかに独裁者への道を目指している。
 
 数千万人を殺した毛沢東は未だに礼拝の対象になっている。この国で人命が羽毛のように軽いのはこのような人物がこのような扱いを受けていることが価値観をゆがめており例の2歳の女の子ひき逃げ黙殺事件が起きるのだ。そうしなければ彼の後継者である中共が存続できないのだ。
 
 北朝鮮の金正日が天寿を全うするかどうかは分からないが、おそらくするだろう。徹底的に国民を恐怖で押さえつけ情報を管理すればそれが可能だという一つの見本であり、他国で独裁者が追放されるきっかけは、情報の自由化と外部からの干渉だ。
 
 が、北朝鮮は外部からの干渉を核の保有と中国の庇護の二つの手段で崩壊を切り抜けている。そもそも、独裁国家中国が崩壊しないのは、絶対的に巨大となった軍事力のためであり、こうなると情報が自由になったとしても圧倒的な政府の暴力支配に国民は反抗できないし、外部からの干渉もない。
 
 あとは、内部からの崩壊しかないが、中国の崩壊はそれに因るだろうし、そうなると北朝鮮も連鎖崩壊するだろうと思われる。
 
 ところで、なぜこのような独裁国家があるのかと言えば、言うまでもなく効率がよいからだ。有史以前の人間の集団は、血縁関係で集まった数十名の規模だったから年輩者による合議制だった。そのくらいの集団であれば誰もが年輩者の合議で決まったルールに逆らうことはないだろうし、せいぜい年輩者の中でも特に経験を積んだ尊敬を集める人間の決定が全てで、別にそれで問題はなかった。
 
 しかし、次第にそれぞれの集団が利害でぶつかり争うようになったり、或いは協力をし会うようになると結果としてそれは血縁以外の利害で結びつくもっと大きな数百人、数千人の規模になる。となれば、集団内でもグループ分けが出来るしそれぞれの利害の対立から年輩者の合議では間に合わなくなり、結局それぞれのグループからの代表者が集まっての合議制などもその過程で出来るだろうが、ごく自然に一部の人間に決定権が集中するようになる。決定権が集中する理由は、人脈を多く持っている者達、私有財産のおおきい物、なにより腕っ節が強くて有無を言わさず相手を従えるものなどが決定権を持つようになるのが当然の流れだ。
 
 都市国家が形成されるかなり前からそのような一部の人間が集団のルールを決定するようになっており、部族長制が出来たりそれが発展して王政になり、ますます権力が一部の人間に集中するようになる。人類の歴史の大半はその形態であり、今でも世界の一部ではこの形態のままの国々は結構ある。
 
 その変形が中共やロシアが回帰しようとしている独裁国家であり、結局は権力の私物化されたものが独裁だと言って良いのだろう。
 
 独裁は国民が自由であってはならず、国民が政府の決定に不満を持ってはならず、当然ながらそれらの不満や自由に対する要求が強まれば、それを押さえつける力も大きくしなければならない。その力が限界に来ると、チェニジア、エジプト、リビアのようなことになる。
 
 しかし、それらの国々が、イランやアフガニスタンなども含め、国民の望む民主国家になるかと言えばそうはならない。独裁国家の問題は何も独裁者の側にだけ有るのではなく、国民の側にもより多くあるからだ。民主主義が自分の要求を通す体制だと思いこんでいる国民は遅かれ早かれ分裂し新たな紛争を起こし混乱し、次の独裁者を生むことになる。
 
 何度もそのようなことを経験しながら、次第に民主主義とは互いの利害をすりあわせ妥協しなければ得られない、自分の要求の多くを放棄しなければ得られないものだと国民全体が理解するにはさらに長い時間がかかる。国家の利害を中立した目で見られるようになるには、民度の熟成、教育レベルの上昇が不可欠だ。それが成し遂げられて国の民主化が出来るのであり、ロシアが明らかに独裁国家に戻りつつあるのは、ロシア人が民主主義を理解していないからだ。もっとも、日本にも民主主義を理解できない左翼と称する連中もいるから、珍しいことではないのだが。
 
 西欧でも民主化には長い時間がかかり、未だに東欧などでは上手く機能していないし、中央アジアなどには新たな独裁国家が生まれている。独裁でなければまとめられない国はなお多くあり、そうすれば独裁者は権力を私物化する。
 
 西欧諸国が独裁国家に干渉せず、独裁者を糾弾しないのはそのためだ。国民に能力がなければ、独裁国家が民主国家になりはしない。ただ、人道的な抑圧があまりに激しければ懸念の表明や、独裁者に対する警告は与えるが、それ以上はしない。
 
 チェニジアは政府が倒れるまでは全く独裁国家としては一般には認識されておらず、イスラム世界でも先進的な世俗国家と認識され、加工貿易で経済を成り立たせる工業国家の一員だ。
 
 エジプトはいち早くイスラエルとの和解を成し遂げたやはりイスラム圏では先進的な民主国家と見られていた。リビアも、かつての反米から、核放棄を経て親米国家になりつつあったはずだ。結局、外から見ては分からないと言うことだろう。
 
 日本はどうなのか。
 
 独裁や民主主義の定義が時代によって変わるので今の規準では何とも言えないだろうが、少なくとも日本は数百年以上ただの独裁ではなかった。むろん、最高権力者の決定が絶対だったとしても、その決定を合議制で行っていたのは、スターリンや毛沢東などよりよほど民主的だったと言えるだろう。
 
 開国をしていち早く帝国議会を設け、一般選挙で議員を選ぶ民主国家形態を採っていたし、それを理解する能力が国民にあった。ブッシュ元大統領が、日本は終戦後民主国家になったなどと無知なことを言って笑われるのはアメリカが民主主義を理解していないためだろう。アメリカによる独裁が世界のためだと考えている内は救いようがない。
 
 最後に、ついでと言えばついでだが、大王製紙と言えば国内でも三位の製紙会社であり、しかも歴史は比較的新しい。創立されたのが、四国の伊予三島市(今の中央市)で戦後すぐだと言うし、今問題になっている前会長は創立者の孫だという。業界三位の大手でありながら、創業した井川家の支配が絶対であり、その結果が今回の仕儀に至ったわけだが、考えてみれば同族企業で井川家の意思が絶対であったからこそ、急速な成長が出来たのだろう。日本の企業で問題とされるのは意思決定の遅さであり、未だに創業家の影響が強い韓国の大企業に負けるのはそれが原因だとされているが、創業家の支配が強ければ、一旦ぼんくらがトップについた場合、あっという間に没落する可能性がある。それ以上に、独裁的な決定に誰もが逆らえなくなれば、その決定以上の成長が出来ない。
 
 独裁国家が絶対に独裁のまま先進国になれないのは歴史が証明しているが、かといってそれが出来ない国が非常に多いことも理解しておかなければならない。異論はあるだろうが、日本は世界でも最も早く民主化した国の一つであり、そして隣は未だに民主化できない国ばかりなのだ。それを十分に理解し、いずれ訪れる崩壊に備えなければならないと言うことだ。

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民主主義の欠点(本題)


 今日こそ、昨日書きそびれた民主主義の欠点について書きたいが、その前にちょっと午前中に見た菅総理と小沢氏の討論番組について触れてみたい。結論を言えば、管氏は観念論に終始し、目標ばかりを上げているがその具体的な方策についてはまったく何も持ってていないことが改めて分かった。その意味では小沢氏の方が理論的にはっきりしているが、なにしろ、彼は平気で嘘をつく人間であり、そして、その論も確かにそれなりに筋は通っているが、その通りになったら困る政策を隠している様な気がする。つまり、一軒筋が通っている様な話で納得させながら、その陰にある悪意というか、本来の目的を言っていないと思えるわけだ。どちらが悪質かと言えば、もしかしたら小沢しかも知れない。しかし、今日触れる様に、民主主義社会では、管氏の様な観念論の方が受けがよいのかも知れない。
 
 具体的に言うなら、景気浮揚対策に関連して、管氏は公共事業費を14%カットし、福祉関連を6%増やして景気浮揚をさせる。まず雇用を確保すること等の事を言ってる様だが、雇用とは需要があって初めて発生するのであり、仕事がないのに人を雇う企業など無い。福祉を重要視するのは大切だとは思うが、考え方によれば公共事業が最大の福祉でもあるのだ。
 
 前にも書いたが、交通インフラや通信インフラなどにきちんと公共投資が為されているから、普通の国民が非常に簡単に遠方に移動でき、遠方の人と連絡が出来る。そのために仕事もやり易くなるし、余計な負担をしなくても良いので喩えその分の収入が増えなくても生活の質はあがる。極論を言えば、管氏の理論では、公共交通機関を使わず、電話を使わず、その代わりタクシーの費用や飛脚を雇う金をばらまく様なものであり、管氏はそれでタクシー業界や飛脚に雇用が生まれると威張っているのだ。これを本末転倒という。
 
 本来公共事業は利益を生まず、国民の負担を減らすための費用なのであり、公共投資を削るとは、その分国民に余分な費用負担を強いることなのだ。もちろん、貧しい人ほどその打撃を受ける。公共インフラが乏しくなれば、事業コストもかかるしその分大体産業も振興させられないので、結果として雇用が減る。
 
 公共投資を減らして福祉に金を回すのは、正に経済減速政策なのだ。たしかに、公共事業には利権や汚職がはびこる。それは自民党の時代にさんざん問題になったが、だから公共事業は悪だと簡単に決めつけてしまうのがいかにも左翼脳内お花畑の管氏の面目躍如だ。
 
 一方、小沢氏は予算の組み替えで財政を支える、たとえば地方に財源を一任し、地方で一番使いたい様な金の使い方をすれば、財源が活きるというのだ。結局公共投資に金を使うにも、現場に任せれば一番効率的ではないか、というのだが、かつて幹事長だったとき、地方の陳情を幹事長質に集め、そこから政府に上げるシステムを作った張本人が言う言葉とも思えなかった。今回言っているいることは正しい。が、明らかに彼が言うなら嘘だと言うことになる。
 
 管氏はいう。事務次官会議を廃止し、国民に選ばれた政治家が主導して予算の決定や法案の制定に努めるという。むろん、国民に選ばれた政治家が政治を主導することは正しいが、そのために各省庁の横の連絡である事務次官会議を廃止したため、各省庁は互いの予算請求額の調整を行わず、それぞれがほしいだけの概算要求を出すことになった。したがって、無駄を排すると言う民主政権において、予算額が限度無しにふくらむことになった。
 
 脱官僚主導を唱えながら官僚を使いこなす知恵も力もない民主政権は、結果として財源一つ裏付けが出来ず、そこを突かれてマニフェストが何一つ実行できない状態になっている。
 
 きりがないから止めるが、民主政権は全くの素人集団であり、政権を担う能力も知識もないし、第一何をして良いのか分からないでいる。菅内閣が存続するとすれば、本気で日本の大衰退を心配しなくてはなるまい。雇用が大切だ、雇用があれば経済は回復すると事ある毎に管氏はわめいているが、やっていることは国民の労働意欲を削ぎ、雇用の機会を減らすことばかりだ。
 
 さて、どうしてこんな愚かで現実離れをしているお子さま政権が出来てしまったのだろう。これこそ民主主義の最大の欠点の結果だと私は思っている。
 
 ところで民主主義というとあまりに身近すぎて改めてなんだろうと考えてみると漠然としか知らないようだ。文字通り、(国)民が主である主義と言うことであって、現在欧米や日本などは民主主義国家と認識されているし、多くのアジア、中南米や中央アジア、ロシアなどもそのように認識されているケースが多い。しかし、現実には朝鮮人民民主主義共和国などの国名を有する独裁国家がある様に、民主主義などは見かけでは分からないものだ。
 
 民主主義とは、つまりはみんなで決めようと言うことであり、世界で一番古い政治システムだと言って良い。人間は本来集団生活をする動物であり、集団生活をする動物でも多くはリーダーに従う種類が大半であって、集団の構成員が集まっていろいろなルールを決めるのは人間だけらしい。みんなの意志をまとめ統一し判断する知性を人間が有しているからだが、当然ながら経験や能力差により構成員がすべて同じ知的能力を有しているわけではないから、当然、知的能力、経験を積んだ者が集団のオピニオンリーダーになる。集団の規模が大きくなればなるほど、その傾向が強くなり、歴史上人間が、集落を作り、都市国家を作り国家を作り、そして互いに争う様になるとなおさら集団内で全員の意志を確認するなどの時間も余裕も無くなるので、一部の強力なリーダーがその意志で全員を率いることになる。
 
 集団が大きくなり、構成員のすべてが等しく利益を受けられなくなれば当然指導者の決定に逆らう内部集団も出来てくる。集団の規模が大きくなればなるほど、その対処が難しくなる。結果として、そのような不満分子を力づくで押さえつける必要が出てくる。歴史の流れでは大体世界の国家はこのような段階を経て発展してきた。
 
 しかし、ますます国家規模が大きくなれば、ますます価値観は多様性を増すから、様々な利益集団が現れ国が分裂する危険性がまし、それは単に暴力だけでは押さえきれない事態に至る。大体、現在多くの先進国はそのような経過を経て、一部の強力なリーダーによる独裁よりも国民全体の意志の中から最も望まれている物をくみ取り、それを実践する方式に切り替えてきたし、そしてその要求は大概国民の方からわき上がり、時には内戦まで発展して、その結果国民の意思を政治に反映する方式になってきたわけだ。先進国以外の民主国家は、結果として民主主義が国家を繁栄させることを先進国に見て民主主義に切り替えた国が多い。
 
 しかし、当然ながら民主主義を実践するためには、主人たる国民全員が互いの意見の違いを認め合い、調整しあい、妥協しあうだけの知性、教養を持っていなくてはならない。また一度決まった結果については、喩え自分の利益に反する物だとしても従う意識、すなわち遵法意識がなければならない。
 
 この遵法意識は、また国民が自分たちの意志を政府が確実に実現してくれ、また公平にその結果を適用してくれることを信じていなくてはならないし、政府は国民が自分たちの決定に最終的には従ってくれることを信じられなくてはならない。つまり、民主主義の実践のためには、国民の民度が非常に高く、また政府が誠実であることが条件となる。
 
 つまり、理想の民主主義は、理想的に聡明な民度の高い国民と、理想的に誠実な政府が存在すれば存在しうるのだろうが、当然そのような国家もないし、従って理想的な民主主義も存在しない。
 
 だから、世界中に名前だけならたくさんある民主国家でも、民主主義が比較的高度に実践されている国から、名前だけの国まである。おそらく、日本は世界でも最も高度に民主主義が実践されている国だと思う。単に私が日本人だからそう思うのではなく、様々な客観的事実からそう判断できる。
 
 もうこのブログでは何度も書いたが、結局日本はいくら不景気だと言っても失業率は世界でも最低の部類であり、犯罪発生率もこの規模の国では(いろいろな意味で日本は紛れもなく大きな国であり、よく世界で幸福度ランキングの上位に並ぶ小国と同じような判断は出来ない。なにしろ、国の規模が大きくなればなるほど、民主主義とは実践しにくいのだ)例外的に低くて安全であり、教育程度は非常に高く、宗教的から自由であり、科学技術力は世界トップクラスであり、内戦が無く、資産格差は小さく、政治の腐敗が少ない。これは世界中のどの国も目指す状態であって、日本に於いて民主主義が最もうまく機能している事実を示している。
 
 だが、その日本ももちろん欠点はあるし、特に日本人は日本がまだまだだと思いたがる性癖がある様だが、世界も自分たちのことだけで精一杯であり、また他国のことをきちんと理解できる教養が国民に行き渡っていない国が先進国を含めてほとんどであるから、日本のこの業績もあまり評価されていない嫌いがある。
 
 ただ、評価がどうであれ、統計を見ると確かに上記の様に日本は世界が目標とする状態を備えているのは事実だ。それでも、様々な問題を抱えており、特に今は史上最低としか思えない政権にこの国をゆだねている状態であることを考えると、理想の民主主義とはよほどほど遠い物らしい。というより、そんな物はないのだろう。
 
 チャーチルが言ったと伝えられている言葉に、「民主主義は非常に欠点の多いシステムだが、他のどのシステムよりもましだ」というのがある。実際は彼がこういったというのは作り話らしい。いかにも彼なら言うだろう皮肉だと受け取るべきだろう。
 
 では、どうしてこんなに進んだ民主主義国家で、こんな最低の政権が誕生するのだろうか。本当は私たちの要求が高すぎるから、こんな政権でも他国よりはましだと考えるべきなのだろうか。
 
 私は到底そうは思わない。今までの自民政権も確かにひどい面があり、それが国民を怒らせ、政権の座から追い落とされたのだが、いわば漁父(漁夫)の利で政権が転がり込んだ民主党は、結局嘘つきで国を売る売国政権だった。むろん、この政権を選んだのは日本の有権者なのだから、その責任は日本の有権者の責任であり、だからこそ民主主義なのだ。
 
 その意味で、最も進んだ民主主義国家である日本で、最も悪い民主主義の欠点が出てしまったとしか思えない。
 
 これは欠点と言ってはならないのだろう。民主主義では国民が言論や思想が完全に自由でなければならない。だからこと、多種多様な価値観を互いに理解し、妥協しあい、選挙を介してその意思を政府に伝えることが出来るのだ。となると、喩え現政権に反するものでも攻撃するものでも自由に発言し、他者にその考えを吹きこむことが許される。そして、その意見に接したものに十分な知性がないと、自分の意志で判断するのではなく、単純にその吹きこまれた思想に染まってしまう。だから、その意味でも自由な発言を許されている国民は同時に他者の発言をきちんと理解し判断する能力が求められるわけだ。
 
 ところで、先に、現政権に反する思想、現政権を攻撃する思想云々と言ったが、もちろん、このような思想や発言が許される以上に、決して禁じられてはならない。あくまで思想を発するのも他者を啓蒙するのも、そして他者の意見を判断するのも国民自身の能力に任されているのだ。
 
 さもなければ、私がここで民主政権に真っ向から反する意見を書くことも許されないことになる。あくまで私の発言を読んだ人たちが自分で判断し、間違っている思うなら否定すればよいし、正しいと思えば同意すればいいし、分からなければ疑問を発すればよい。
 
 話がそれたが、この発言の自由、思想の自由は当然守られなければならないが、そうすると、まったく根拠のないオカルトの様な発言も含まれることになる。ただ、オカルトの様な、とか根拠がないと言っても発言する当人達の何人かは心底それが正しいと信じているだろう。しかし、同時に、自分では信じていないのに金のため、権力のため、存在感の誇示のために確信犯としてオカルトの様な思想を振りまくものがいる。また、主張する方が利益を得る機会が多い。つまりゴネ得が通るのだ。
 
 様々な発言や思想を可能な限り受け取ることが出来る社会もむろん、思想言論の自由と表裏一体であり、つまり情報の制限があってはならない。あくまで言論を発する側の責任もあるが、受け取る側の判断力も問われるのであり、結局ここでも国民全体の高い知性が求められるのだ。だが、今の状態は明らかに、情報が制限されており、従って受け取る側にそれを判断する基準が出来ていない状態が生じているとしか思えない。それが私に言わせればオカルト政権の誕生を許してしまった原因だと思っている。
 
 民主主義では、とにかく国民の支持を集めさえすれば政権を執れる。そのためには、支持を得られる様な甘言を労することで、つまりは国民を騙して政権を執ることも出来るのだ。結果として、そうやって政権を執った民主党は、実は全くの素人集団だった。だから、裏付けのない政策を主張する。
 
 誰もが戦争はしたくない思っている。ずうっと平和が続けばよいと思っているだろうから、それに迎合した発言が政権を執るためには多くなる。事実、裏付けのないまま:
 
 今の政権は、戦争は日本がしないと決心すれば戦争に巻き込まれることはないと主張している。非戦の誓いとはそう言うことだ。日本が決心すれば他国は日本に戦争を仕掛けるはずがないと考えている。
 
 今の政権は、日本が非核を願えば、いずれ世界がそれに同意すると思っている。よもや、米ロを始め核保有国が心にもない核削減を口にしているとは想像もしていない。
 
 今の政権は、中国は日本に必要不可欠であり、喩えどんな理不尽を押しつけられようと辛抱強く話し合えばいずれは友好関係を築けると主張している。中国が如何に裏切りを繰り返してきたかをまったく無視している。
 
 今の政権は、韓国に対しては日本が一方的に侵略し略奪した過去があるので、誠心誠意謝罪し、補償をしなければならないと主張している。過去の行動を今の価値観で論ずる愚を理解していない。
 
 今の政権は、国際は国民の借金であり、いずれこのままでは破綻するので国債の発行は押さえなければならないと言っている。国際が国民の資産であることは理解していない。
 
 今の政権は、外国人にもこの国の政治に関与する権利を与えるべきであると主張している。グローバル時代なので、日本人だけのものではないこの日本列島の出来事を外国人にも決めさせなければならないと主張する。世界には日本に対して悪意を持っている国などあるはずがないと主張している。
 
 今の政権は、家庭は解体すべきものであると主張している。子供は社会が育て、夫婦は別姓であるべきであると主張するのもその一環だ。
 
 今の政権は、国家も解体すれば戦争が無くなると主張している。
 
 今の政権は、公共事業は無駄が多いので削減し、国民に金をばらまけば消費が増えるので経済が向上すると言っている。公共投資により国民、特に貧困層の生活の質を上げる事実は認めない。
 
 今の政権は、経済状態の改善のためには、まず雇用だから、雇用対策を重要視しなければならないと言っているが、そのための産業の育成については、いまのところ介護関係以外具体的な提案がない。
 
 今の政権は、友愛はいずれ世界に広がる。中国や韓国とも友愛で結ばれると主張している。民族毎の歴史観、価値観の違いは問題にならないと主張しているわけだ。それが事実なら、そもそも世界に戦争など無かったはずなのだが。
 
 今の政権は、財源が無くてもとにかくばら巻きをすればいずれ財源が出来てくると主張している。
 
 今の政権は、円高は日本経済にとって、百害あって一利無しだという。
 
 今の政権は、日本は外需で経済が成り立っていると主張している。
 
 今の政権は、役人が国を動かすのは間違いだから、役人は政治家のコントロール下に完全に置くべきであり、一方的に指示を与えるべきだと言っている。
 
 今の政権は、教育に中立など無く、三権分立は守るべきではなく、場合によっては政治を変えるために暴力も容認すべきだと公言している人間を閣内に置いている。
 
 今の政権は、従軍慰安婦問題、強制連行問題、南京虐殺、朝鮮の植民地支配による文化の抹殺、言葉を奪い文字を奪い自由を奪い財産を奪ったなどの彼らの主張はすべて正しいと主張している。
 
 今の政権は、数を頼んで政策を決めるのは間違いだと言い、政策は閣内で一方的に決めるべきだと考えている。つまり、民主主義の大原則、多数決を否定している。
 
 
 多少誇張はまじえたが、どうだろう。私の認識は間違っているだろうか。もし、私が極端に誤解していないとすれば、彼らの主張は正にこの通りであり、その裏付けが一切説明されたことがないと考えるのだが、間違っているだろうか。
 
 なぜ、こんなオカルト政権が誕生したのか。先述した様に、情報が公平に与えられていない事が最大の原因であり、おそらく従来の政権が故意にそのようにしたと考えられる。
 
 具体的には、学校では近代史をまともに教えず、しかも中立で教えていない。各種報道メディアの報道が、非常に偏っている事実もある。公共放送であるべきNHKの報道内容が非常に偏ったものであることは、今はもう覆うべくもない事実であり、他局は商品である報道をスポンサーの意向に添った形でしか流さない。
 
 考えてみれば常に報道メディアは国民をあおって戦争に駆り立て、または政府をたたいてまともな政策をつぶし、あるいは必要な情報を握りつぶしている。
 
 世界が暴力に満ちていて、結局は軍事力が国力の背景の大きな要素である事実を国民に伝えず、世界は互いに騙しあいをしており、すべて国益が最優先されるから、妥協させ等れるのは常に国力の劣る国である事実、その関係図を理解するための地政学、軍事学を一切国民に教育してこなかったことがこの国の最も進んでいると思われる民主主義の中で行われてきた。
 
 世界中で先進民主主義国は軒並み政権が不安定で、常に政権の足下がぐらついている。これこそ、民主主義の欠点が、民主主義の完成度に比例して出現してくるからなのだろう。
 
 だが、我々は独裁体制を取り入れる訳にはいかない。民主主義を追求してきた結果、オカルト独裁政権を誕生させてしまった事実を国民が理解しなければならないと私は思う。
 
 
 
 
 
 
さて、核軍縮だが、あるサイトに、先日私が投稿した記事を次に紹介する。これはこのブログでもさんざん言ってきたことなのだが、要するにそのサイトの元記事では、オバマ氏の宣言した核廃絶は嘘だと言っているのであり、私はそれに賛意を示したわけだ。少し事実を考えれば分かることだが、我が国の政権の方々には、到底同意いただけないだろう。

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 オバマ氏の核廃絶宣言は、最初から欺瞞だったことが明らかで、私のブログでも何度も書いているが、現実に核廃絶は全くの幻想だ。

オバマ氏のあのプラハ演説の直後、アメリカは新しい核兵器の開発に着手することを公表したし、またオバマ氏自身、アメリカは防衛に必要な核武装は保持すると明言している。

それは核保有国すべてに言えることであり、結局世界中が一斉に核を廃棄しない限り核廃絶などあり得ず、そして核保有国はどの国も、他の保有国すべてが核を捨ててから、自らも捨てるかどうか考えるだけだ。実際は、唯一の核保有国としてその優位性を保とうとするだろう。

オバマ氏の演説を受けて、長崎市長などは、自分たちはこれからオバマジョリティと名乗って非核運動を続けると、高らかに宣言した。

むろん、形だけの核兵器の数削減は進行するだろう。それは、古くて不確実、安全性が低く、維持費がかかり、扱いが難しい古い兵器は常に処分しなければならないからだ。旧型の兵器を常に処分しながら、同時に新型に置き換える。新型は精度が高く、旧型よりも少ない数で戦力としてはまったく減少しないどころか、増強になる。

米ロはこの旧型核兵器の削減に合意したのだが、これは合意しようがしまいが、どのみちしなければならない作業だ。これをいかにも核削減であるかの様なパフォーマンスとして使い、世界を騙し、実際は日本の民主政権やオバマジョリティたちだけが騙されているわけだ。

岡田外相など、アメリカに核の先制不使用を宣言してくれと申し入れ、即座に拒否されている。先制使用をしないと宣言した核抑止力は半減する。

むろん、世界中で核先制不使用を明確に宣言している国など無い。

さらに岡田氏は、印度に対し、核実験をするなら核技術協力を拒否すると言っている。それも印度にしてみれば単なる内政干渉、横暴であり、日本に対しとうぜん拒否し、これから中国の代わりとして重要視しなければならない印度を不必要に敵に回した。

さらに、イランに対し、核保有志向を理由に様々な日本独自の経済政策を実行し、西側先進国では唯一と言っていいほどイスラム圏との良好な関係を築いていたのにそれをぶちこわした。

核廃絶などあり得ず、日本はその嘘に踊らされ世界で孤立しつつある。イランや印度に制裁を加えるなら、どうして中国に対して最大の制裁を加えないのか。なぜ、アメリカに制裁を加えないのか。

挙げ句の果てに非核三原則を法制化するとも言っている。

これをお花畑思考という。自分の理想が世界を動かし、世界はきっと核廃絶を実現すると信じ切っているのだ。

オバマ氏自身はもしかしたら核廃絶を実現したいのかも知れないが、彼がアメリカ大統領である間はそれは出来ないし、大統領でなくなったらもっと出来なくなる。

とうぜん、民主党のお花畑宣言など、世界ではまったく相手にされない。口先では、日本の理想に賛意を示すだろうが、もちろん、それを実行するなどするはずがない。単に日本の今の政権のピエロ振りを笑い物にしているだけだ。

何とか主義

平成22年03月04日

 日本は民主主義の国であり、資本主義の国である。これは大方の人の常識と思うが、中には、「違う、日本は民主主義ではないし、むしろ社会主義だ」と主張する人もいるので、そうなると政治や経済の議論をするには、まず何とか主義の意味をきちんと確認して置かなくてはならない。それが曖昧なので、どこでも彼処でも無駄な論争が繰り広げられているような気がする。
 
 ここでは、民主、資本主義、それらに対立する言葉は何かを考えてみる。というのは、某サイトで、民主主義に対立するのは非民主主義だとのたまうヒトが居てのけぞったことがあるからであり、また共産主義では民主主義が成り立たないから共産主義が民主主義に対立する言葉だともおっしゃっているので、さらにのけぞり、ひっくり返りそうになったことがあるからだ。
 
 とりあえず次の言葉をオンライン辞書で調べてみる。
 
 みんしゅ‐しゅぎ【民主主義】
「みんしゅしゅぎ」を大辞林でも検索する


人民が権力を所有し行使する政治形態。古代ギリシアに始まり、17、8世紀の市民革命を経て成立した近代国家の主要な政治原理および政治形態となった。近代民主主義においては、国民主権・基本的人権・法の支配・権力の分立などが重要とされる。現代では政治形態だけでなく、広く一般に、人間の自由と平等を尊重する立場をいう。デモクラシー。

対立する言葉としては

ぜんたい‐しゅぎ【全体主義】
「ぜんたいしゅぎ」を大辞林でも検索する


1 個に対して全体を優先させる主義。

2 個人の権利や利益、社会集団の自律性や自由な活動を認めず、すべてのものを国家の統制下に置こうとする主義。独裁や専制政治などと同義に用いられる。→個人主義 →自由主義


きょうさん‐しゅぎ【共産主義】
「きょうさんしゅぎ」を大辞林でも検索する


1 財産の私有を否定し、生産手段・生産物などすべての財産を共有することによって貧富の差のない社会を実現しようとする思想・運動。古くはプラトンなどにもみられるが、現代では主としてマルクス・エンゲルスによって体系づけられたマルクス主義思想をさす。

2 マルクス主義で、プロレタリア革命によって実現される人類史の発展の最終段階としての社会体制。そこでは階級は消滅し、生産力が高度に発達して、各人は能力に応じて働き、必要に応じて分配を受けるとされる。→マルクス主義


関連する言葉としては

しゃかい‐しゅぎ〔シヤクワイ‐〕【社会主義】
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《 socialism 》

1 生産手段の社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする思想・運動。空想的社会主義・共産主義・社会民主主義など。

2 マルクス主義で、資本主義から共産主義へと続く第一段階としての社会体制。各人は能力に応じて働き、働きに応じて分配を受けるとされる。1917年のロシア革命により、22年に世界初の社会主義国家としてソビエト社会主義共和国連邦が成立したが、硬直化した官僚体制への不満などから91年に崩壊した。



対立する言葉としては

しほん‐しゅぎ【資本主義】
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封建制度に次いで現れ、産業革命によって確立された経済体制。生産手段を資本として私有する資本家が、自己の労働力以外に売るものを持たない労働者から労働力を商品として買い、それを上回る価値を持つ商品を生産して利潤を得る経済構造。生産活動は利潤追求を原動力とする市場メカニズムによって運営される。キャピタリズム

関連する言葉としては

ていこく‐しゅぎ【帝国主義】
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《 imperialism 》政治・経済・軍事などの面で、他国の犠牲において自国の利益や領土を拡大しようとする思想や政策。狭義には、資本主義の歴史的最高段階として19世紀後半に起こった独占資本主義に対応する対外膨張政策。「―戦争」


じゅうしょう‐しゅぎ〔ヂユウシヤウ‐〕【重商主義】
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16世紀末から18世紀にかけて西ヨーロッパ諸国において支配的であった経済思想とそれに基づく政策。自国の輸出産業を保護育成し、貿易差額によって資本を蓄積して国富を増大させようとするもの。イギリスのトマス=マンらが代表。フランスではコルベールによって推進された。

と言うことで、簡単だが定義としては使える。

共産主義と民主主義は全くカテゴリーが違うので、共産主義の反語が民主主義というわけではないが、共産主義とは生産を自由化せずすべて管理するので個人の自由意志は無視され、全て国家が生産や消費を管理することになる。すなわち、個人の意志が無視されなければ共産主義は成り立たないので、共産主義と民主主義は両立しないとはいえる。実際従来から今に至るまで共産主義国家で民主主義は成立した試しがない。

ただし、共産主義国家が存在し続けている例もない。すなわち、共産主義、すなわち、能力に応じて生産し、需要に応じて消費する形態は、無限の生産力を実現しない限り成り立たないことから、共産主義国家が成り立つこともない。実際、全て破綻している。

ところで、資本主義は現在の多くの国が採っている形態だが、基本は労働の価値に対しさらに付加価値を付けることで利益を得るのだから当然自由競争でなければならない。とうぜん、個人の権利を認める民主主義がもっともなじむ形態であると言える。

しかし、この民主主義にも資本主義にも様々な欠点があり、チャーチルに言わせれば民主主義とは最悪のシステムであり、他のどんなシステムよりはましだが、欠点だらけだそうだ。なぜなら、民主主義では買収や扇動が起きやすく、衆愚政治に利用される。そのため、民主主義はきわめて運用が難しくて、曲がりなりにもそれが実現している国家は世界でも数えるほどしかない。曲がりなりであって、完全な民主主義は実現しないし、おそらく存在しない。

なぜなら、民主といえども個人の価値観は異なるため、全ての個人の権利を尊重していては社会が成り立たないので、かならず民主主義の実現の結果権利を阻害されて不満を持つ人間が出てくる。ただ、全体の利益が自らの利益に関わることを理解出来なければ、そのような不満分子は常に民主社会のマイナス要因になるので、つまりは国民の素養の高さが民主主義の実現のための重要な要素となる。つまり、世界でも数えるほどしか曲がりなりにも民主主義を実現出来ないのは、国民の素養、民度がそのレベルに達している国、と言うことになる。

この民度の高さ、つまり国民の素養の高さ、具体的には政治や社会を理解出来るだけの教育レベル、遵法精神などを備えていなければ、資本主義も自由競争ではなく不当競争、暴力による競争に陥る。すなわち帝国主義はその弊害の最大の物であろう。

となると、容易に理解出来るのは、中国がどうしてこれだけ経済規模が大きくなっているのに民主化出来ないかだ。経済発展のために形だけ資本主義を取り入れたが、国民が自由に思考し発言し学ぶ機会を与えられていないので民度が低く、結果として資本主義の自由競争が不当競争に陥り、経済を破壊している。

日本は資本主義国家だが、当然ながら全ての事業が利益を生むわけではない。国家事業は殆どが利益とは無関係であり、軍事、治安、法曹などなど利益が発生するようではそれを腐敗という。また国民にとって必要不可欠なインフラ、教育、食料確保、医療なども利益とは無関係であり、国民は最低限の生活を保障されている国では、最低限のこれらの事業は無償でなければならない。ただし、要求に応じて付加価値を付けること自体は構わないから、私立教育機関、医療機関などが存在しうる。

中国などではこの最低限が国民に保証されず、金がなければこれらを利用出来ないのだから、とうぜん金のみが生存の要素となり、拝金主義に陥るのは当然と言えるのではないか。

非常におおざっぱだが、共産主義は平等を目標とし、資本主義は自由を目標としている。しかし、両者が完全に切り離されることはなく、日本のような国にも共産主義的な要素は福祉や教育などの分野では必要不可欠であり、完全な資本主義国家はあり得ないと言える。

自由と平等は完全には両立出来ない。どこかで折り合いを付けなければならないのだが、アメリカは平等が為さすぎて社会が混乱し、中国は自由がなさ過ぎて社会が混乱し、しかも平等は最初から全くない。敢えて言うならアメリカの方がましだろうが、日本がアメリカから離れ、中国と同化するべきだとでも言いたげな民主はやはり国を滅ぼすために中国に国を売っているとしか言えない。