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日中もし戦わば

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高雄爺「時間の経つのは本当に早いねぇ。ついこの前正月だと思っていたら、もう五月だよ」
留瀬「でも、まだ今年も半年以上ありますよ」
高「おやおや、いつもの事だが、楽観的に物を考えるのは、おまいさんの長所の一つだろうよ。しかし、全てが楽観的とは言えない」
留「おや、何か気がかりな事があるんですか」
高「具体的にその懸念が急に高まったというわけじゃないんだが、日本が中国と戦争をしたらどうなるかなって、考えてみた」
留「あ、それは大変だ。そんな兆候があるんですか」
高「いや、今急にそうなった訳じゃないが、中国が日本にとって脅威である事はおまいさんも知ってるだろう?」
留「知ってますよ。ブログ主なんか、散々そんな事を言ってますから」
高「ああ、あの男は何事につけても大げさだしね、それほど差し迫っているとは思わないよ」
留「差し迫ってはいないとしてもその可能性があると言う事ですか」
高「そりゃ、絶対に戦争にならないなんて事は言いきれない。実際、世界中で戦争が絶えた事なんか無いしね。世の中には、憲法で戦争を禁じているから戦争なんか無い、とか日本が武力を持たなければ戦争にならないとか、話し合いで戦争を止めればいいとか、まあ馬鹿みたいな、というより本当の馬鹿なんだろうが、そんな戯言をいい年をして言う奴が結構居るんだよ」
留「そりゃどうも、糞味噌ですね」
高「だって、どう考えてもそんな事を言う連中、まともに物を考えていないというか、物を考える能力がない、はっきり言って思考力のない馬鹿者と言う事になるじゃないか」
留「そりゃそうです。ブログ主も言ってますよ、ああいう連中は本当に自分で者を考えていないのに、誰かから吹き込まれた事を自分で考えた結果だと思い込んでいる。」
高「まあ、言いたい気持ちは分かるね。」
留「ブログ主、あれで本心では日本と中国が戦争になればいいとでも考えているんじゃないですかね、どうも日頃から中国が何をするか分からないから、日本はそれに備えておかなくちゃならないって繰り返し繰り返し言ってますよ。でも、実際、戦争になる可能性って、ほとんど無いんでしょ?中国だって今日本と戦争をしても打撃が大きすぎるし、アメリカが黙っちゃいないし」
高「今日は帰んなさい。当分来ないで良いよ。手に持っている煎餅は戻しなさい。あ、慌ててかじったな」
留「あれ、あたし、何か気に障る事言いました?」
高「おまいさん、ブログ主を馬鹿にするんじゃないよ。あの男はきちんと理解した上で言ってるんだ。あたしが教えたからね」
留「じゃあ、ブログ主が言うように、戦争になる可能性もあると言うことですか」
高「おまいさん、生命保険をかけているだろう。傷病保険付きだ」
留「そりゃ、あたしに何かあったら女房が大変だし、重い病気にでもなれば大変な金がかかるしあたしが働けなくなるかも知れないし」
高「で、重い病気にでもかかるつもりなのかい。それとも事故か何かで死んでしまうとか」
留「やだなぁ、そんな予定を立てている人なんか居ないでしょ。でも、何が起きるか分からないのが人生だし、別にあたしの意志で決まる事じゃないですからね」
高「そうだ。戦争も同じ、必ずしも誰かの意志で始まるわけではないし、誰かの意志の通りに推移する訳じゃない。だから、不測の事態に備え、国も保険をかけなければならない。それが国防だよ。絶対に戦争にならないなら、自衛隊も要らないし日米安保も要らないし、憲法9条も別に変える必要なんか無い」
留「まあね、ブログ主も軍備とは使わないために持つのだ、って訳の分からない事を言ってます」
高「おや、おまいさんは軍備を持ったからには戦争をしなくちゃ無駄になるとでも言うのかな。まるで日本の腐れド左翼みたいな言い方じゃないか」
留「いや、そんな事言ってませんよ。でも使わないなら持つ必要なんか無いじゃないかと言うのも尤もだと思いましてね」
高「だめだ、こりゃ。たった今保険の話をしたばかりじゃないか。おまいさんが保険に入っているのは、せっかくかけた保険だから死なないで無駄にするのはもったいない。だからさっさと死んだ方がいいと言う理屈だ。受取人をあたしにするんならそれで構わないよ」
留「参ったなぁ。受取人は女房ですよ」
高「そんな事は言ってない。軍事力とは使わない事を前提に持つ物だという話だよ」
留「でも絶対に使わない軍事力なら、持っていてもしょうがないじゃないですか。金の無駄ですよ」
高「警察官が拳銃を持っている。あれは誰かを撃つためかい。交番勤務が退屈だから今日は一丁交番の前を通る人を撃ってみて誰が一番上手いか競争するとか」
留「馬鹿言わないでください。アメリカの警官ならともかく、日本の警察官は市民を守るために働いている。で、犯罪者の中には本当に凶悪な奴が居て、刃物や時にピストルで抵抗する奴が居る。そんな奴を取り押さえるには、警察官だってピストル持たなくちゃならないでしょう」
高「そうだよ。で、日本の隣には、大量の殺戮兵器を持っていて折に触れて日本を恫喝する国があるじゃないか。中国、ロシア、北朝鮮。北朝鮮なんか、日本をミサイルで攻撃して火の海にしてやるなんて言ってるし、中国も同じ様な事を何度も言っている」
留「ああ、そいいやぁ、そんな事もありましたね」
高「なんか、人ごとだなぁ。あたしも好きだった美人女優で吉永某というのが居て、武器を持たなければ戦争にならないと言っていた。それが積極的平和主義だってさ。まあ、共産党の看板だな」
留「あの某小百合とかいう女優ですね。日本に戦争をする気がなくても、戦争は一ヶ国で出来る訳じゃない、相手が戦争を仕掛けてきたら国民の生命財産を守るのは国家のやくめだから、その手段を持っているのが国家として当たり前の事だって、そうそう、思い出した、ブログ主が言ってましたよ」
高「もっと言ってたろう」
留「そうですね。これも思い出した。平成22年12月18日の”軍事力を考える”の中で

”もちろん、これがとんでもないおとぎ話というか、傘を捨ててしまえば雨が降らない式の理屈だ。警察を廃止すれば犯罪が無くなり、消防を廃止すれば火事が起きなくなり、医師を居なくしてしまえば病気もなくなる理屈だ。ついでに葬儀屋も禁止してしまえば、誰も死ななくなる。”

って、言ってました」
高「うん、その通りだ・・・って、ほんとかい。良くまあ覚えていたなぁ」
留「あ、ついでに思い出しましたよ。軍事力はあくまで外交の一手段であり、いざとなれば力尽くでも言う事を聞かせてやるという意思表示であり、もし攻撃してくるなら倍返しをしてやる。だから大人しく協議に応じた方がよい、という事ともブログ主は言ってましたね」
高「その通りだよ。さすが、あの男は私が教えた事を良く理解している」
留「で、それが軍事力は使わない事を前提にして持つということとどんな関係が・・・」
高「吉永某小百合を笑えないね。もう2,3ヶ月前だが、一寸したパーティーに出たんだ。そこであった人達は、あたしは初対面だったが彼らの内何人かは知り合い同士だったようだ。話をしている内にその中のご婦人が、戦争は話し合いで防げばよい、と言い出した」
留「ああ、なるほど。予想が付きますよ。で?」
高「で、あたしは訊いてみた。今まで戦争が絶えないのはどうしてなんでしょうか。誰も話し合いをしなかったんでしょうかってね」
留「そしたら?」
高「話し合いが足りなかった、と言うんだ、そのご婦人」
留「おやおや、馬鹿だなぁ。話し合いって、話が通じる相手としかできない事は結婚してからよく分かりましたがね、そのご婦人、亭主の話なんか聞かないんでしょうね」
高「そうだろうよ、だから亭主が文句を言わないのは話し合いで納得したからだと思い込んでいるんだろう。・・あれ?今家内の咳払いが聞こえなかったかい?」
留「気のせいです。・・・きっと」
高「先の戦争では日本が戦争を避ける手段はあった、アメリカは何度も戦争を避ける選択肢を日本に示した、と書いている本がある。」
留「それ、本当なんですか。選択肢があったのに日本は戦争に突き進んだって事ですよね」
高「選択肢があったのは別に秘密でも何でもない。アメリカは、戦争をするかアメリカの奴隷になるかと選択肢を示したんだ。実際、当時はアメリカに於ける人種差別、とくに有色人種に対する差別意識は当たり前で、日本が列強に入るなど認められるはずがなかったし、それに先立つ少し前だが国際連盟で日本が有色人種差別法の撤廃を訴え、英国などは賛成したがアメリカのウィルソン大統領がそれを拒否した。奴隷制度は無くなっていたが、現実に黒人差別はすさまじい物があり公民権法が成立するのは戦後20年も経ってからだ」
留「なるほど、それは酷い。まあ、知ってはいたけれど、確かに戦うか奴隷になるかとの選択肢なら戦うしかない」
高「じっさい、欧米はアジアアフリカに多くの植民地を持っていたからね。日本も本来彼らの植民地であるべきだと連中がごく当たり前に考えていたのは事実だろうよ。結局あの戦争は人種差別が原因だった。ナチスのユダヤ人迫害もそうだろうし、アーリア人優先思想もそうだろう。ナチスのユダヤ人迫害は事実だが、それはフランスでもイギリスでも当時は当たり前だった。シェークスピアのベニスの商人など、ユダヤ人に対する認識として当たり前に受け止められていて、最近になってやっとあれは不当な差別の芝居だと言われるようになっている。モンテスキューは・・・」
留「ええと、モンテスキューって、確か三権分立を唱えて近代国家の在り方を最初に提唱した人ですね」
高「うん。今の三権分立は、モンテスキューの法の精神という本に書かれている。が、その本の中で、モンテスキューは、黒人に魂がある事を認めるのは、私たちがキリスト教徒ではないと認める事だ、てな事を書いているね」
留「そりゃ酷い」
高「でも、それがキリスト教徒の実際にやった事を見れば彼らにとって当たり前の事なんだ。神の名においてキリスト教徒はアフリカ人を奴隷にしたし、アジアアフリカ、中南米を侵略し植民地にし、スペインポルトガルなどは、インカやアステカ文明を滅ぼし現地の人間を大量虐殺した。法王の祝福を受けて行った行為だ。ローマ法王がそれを認めて謝罪したと聞いた事があるかい?バチカンがナチスを支援していた事は、法王は絶対に口にしないが、否定できない事実だよ」
留「なるほど、それもブログ主が怒っていたなぁ」
高「で、アメリカは疑いもなく宗教国家だ。キリスト教が国政に大きな影響を与えているし、キリスト教の支持がなければ大統領にはなれない。紙幣に In God We trust と印刷し、大統領の演説の締めくくりがゴッドブレスアメリカだ。こんなアメリカが、今トランプ政権になって人種差別が急増しているが、本質は全く植民地時代と変わらないからだ。そんなアメリカが76年前日本に突き付けた選択肢が、戦争か奴隷かだったわけだ」
留「ブログ主が言ってましたよ。アメリカとの融和も協調も大切だろうし、同盟関係も信じていいだろうが、アメリカ自体は絶対に信じてはならないってね。それはアメリカ人だからだって。個々のアメリカ人を信ずるのは個々の日本人の判断だが、国家としてアメリカという国家は日本とは別の価値観で存在することを忘れてはならないって言ってましたよ」
高「そりゃ、聞きようによってはかなり過激だね。でも、今のアメリカを見ていると、真実味がある。アメリカが日本と同盟を組んでいるのはあくまでアメリカの今の国益に適うからだ。日本の国益は日本が考えなくてはならない。当たり前の事であって、アメリカが考えてくれるわけではないからね。その意味で、まるでアメリカが自国民を犠牲にしても日本を護ってくれるみたいなことをいう愚か者が結構居るんだよ」
留「あれ、それは本質的な事ですね」
高「うん。本質的な問題に入ろう。ここから本題だ」
留「今までのは前振りですか」
高「そりゃそうだよ。今回のタイトルは、”日中もし戦かわば”だよ」
留「なるほど。あ、女房からメールだ。いけね、待ち合わせをしていたんだっけ」
高「おやおや、遅れたのかい」
留「いや、今から行けば間に合います。駅ビルですから。忘れるなという確認メールです」
高「じゃあ、直ぐお行き。続きはまたにしよう。約束を守らないと何事も信用されなくなるのは国際関係も同じだ。約束を破る奴は殴るしかない」
留「いや、行ってきます。また来ますよ」

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明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

日章旗


ずいぶん長い間更新が滞っており、忸怩たる思いですが、いろいろ集中して取り組んでいることがこの数ヶ月続き、気ばかり焦っています。しかし、このブログを停止するつもりはさらさら無く、再スタートを改めて誓っております。

みなさまにも良き年でありますように。

たかおじさん

自国は自力で護る 2

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さて、現在日本にとって脅威であるのは言うまでもなく中国と北朝鮮であろう。かつて、米ソ冷戦時代米国はソ連と対抗するために日本を自陣営に置いた。が、ソ連は事実上米国との対立が出来なくなったと言えるだろう。ソ連に代わって台頭してきた中国は米国と世界を二分支配する夢は持っているかも知れないが現時点では米国との正面対決する意識は無いと思える。つまり米国にとっては、その生存を脅かすほどの脅威は今のところ無いと言って良いが、だから世界は平和だ等とは言っていられない。

厄介な島・尖閣に関わると米中戦争を誘発 米国で勃興する「日中武力衝突を無視せよ」論

これが米国の本音かどうかは分からないし、むろん、政府の公式発表ではない。しかし、結局は日中が戦争状態になっても米国は関わったり首を突っ込む事はないから、日本は独力で中国の脅威を何とかしろ、というメッセージと見るべきではないのか。何があっても米国は日本を護る等と信ずる方がむしろおかしい。

この記事の元記事は多分

Senate Approves Webb Amendment to Reaffirm U.S. Commitment to Japan on the Senkaku Islands

であろう。つまり、あくまでこの様な意見も米国にはあるということであり、しかもそれが決して少数意見ではないことを日本人はもっと理解する必要がある。たとえば

トランプ氏「在日米軍撤退も」=駐留経費、負担増求める―米大統領選

で見られるように、当初泡沫候補と見られていたトランプ氏が現時点では指名競争のトップに立っている事実を、米国人は馬鹿だからと見過ごすわけには行かない。むろん、トランプ氏が米国大統領になるかならないかは米国人が決めること、誰が大統領になっても米国に於いて、今トランプ氏のような人物が支持を集める状況を理解する必要がある。

さて、上記のストーリーに依れば日本は日中戦争が始まれば5日間で負けるとのことで、つまり日本が白旗を掲げればそれで戦争は終わる。だが、米国が下手に手出しをすれば米中全面戦争に至る可能性もあり、それなら米国は手出しをすべきではなく、世界が壊滅しかねない戦争を防ぐためには日本が負けてもやむを得ないと言うことになる。ただ、日本にとって見れば、かつて米国に負けた時と同じというわけには行かない。なにしろ、権力維持のために自国民を億単位虐殺し、チベットやウィグルなど一方的に弾圧従属させてきた中国が、日本が負けたとしたら何をするかは容易に理解できる。が、米国にとっては、それもやむを得ないと言うことを、この記事は言っている。

むろん、これは一専門機関の言葉であり米国の公式見解ではない。が、米国が明らかに内にこもり、世界の警察官の役目は果たせないと表明したのは事実なのだ。そして、日本が5日で負けるかどうかはともかく自国は自力で護るべきだとの指摘は当然すぎるほど当然だろう。

米国の内向き政策は、別にチキン大統領がそう決めたからそうなのだ、と言うわけではない。まずオバマ氏が大統領になったのは彼の対中政策、対日政策が支持されたからだ。オバマ氏の政策とは親中政策であり中国との共存であり、対日より対中重視政策であって、そのためそれ以前の閣僚から親日派が一掃され親中派がそれに入れ替わった事でも分かるだろう。

また、実際チキンオバマ氏が西欧の信頼を失い、西欧は悪化する経済を中国頼みで建て直すためにはなりふり構わず中国に擦り寄っている。もともと、エリート階級と庶民階級がはっきりと分かれ、政治はエリートが行い、庶民は生活さえ保障されるなら政治に口出しをしないのが欧米の民主主義であり階級制度なのだ。エリートが政治を安定的に行うためには庶民の生活水準を保つ経済力が必要だが、今の西欧にはその能力がない。なにしろ、富を生み出す技術がすでにその優位性を失っているのだ。

となると、庶民が不満を抱いて政権が倒れるのを防ぐためにはなんとしても金が要るのであり、さらに地球の裏側のもめ事など彼らにはたいした関心事ではない。なにしろイスラム圏との対立、イスラムテロ、移民問題、ギリシャやアイルランドの経済破綻、ロシアの南下など、問題は山積している。日中戦争がどう等という関心を持てる状況ではなく、米国は自分を護ることだけに集中しているというのも当たり前だろう。米国が裏切った、西欧が堕落したとここでわめいても叫んでもなんの意味もない。

現実に日本の隣には中国という古代国家そのままの野蛮国が核を持って日本を恫喝しているという事実があり、絶えず軍事的圧力をかけているという事実がある。戦争を日本がしたいわけがないが、このままでは日本は中国に従属させられ、国民はチベット人の二の舞になるとの現実を考えるなら、日本は独力で国を護らなければならない。これが好戦的だ、軍事大国化だ、戦前に戻るなどと言うのはとんでもない言いがかりだろう。戦争をしたくないから軍備を整え国を自力で護る体制を作らなければならないのだ。

仮に日中戦争が始まり日本が徹底抗戦をし、その結果戦火が拡大しいずれ米国に飛び火をする可能性、日本が米国に対し敵意を持つ損失を米国は理解していない。また、中国が尖閣を採るだけで満足する可能性などなく、次は沖縄、いずれは日本を手中に収めた場合、日本の富と技術が中国に渡った場合の危険性を米国は想定していない。万が一そうなった場合、米国は日本を敵国と認定し、日本を攻撃するだろう。

日本が5日で戦争に負け、それでアジアの平和、世界の平和が守れると考える人物が米国では外交軍事の専門家として存在している。日本に軍事的支援はせず、日本は独力で国を護れと訴える人物が大統領選でトップの支持を集めている。この候補の無知を指摘しても意味はない。現実に彼が支持を集めていると言う事実を無視すべきではない。

米国はなんと言っても他国を全く理解せず、将来を見通す能力が徹底して欠けている。マニフェストデスティニーというが、結局米国の価値観でしか他国を判断しないからだが、それが様々な世界紛争を作り出し、結果として世界の敵、米国の敵を生み出している。

中国も他ならぬ米国がここまで育てた。今の中東の混乱は、殆どが米国の作り出した。たとえば、イラクを攻撃しフセインを排除したが、そもそも中東諸国は国家を建設する能力が無くもともと部族社会がたまたま豊富な地下資源によって得た資金で形だけ近代化した地域だ。フセインの独裁は我慢がならなかったかも知れないが、それでも彼らの国家の在り方であり米国の基準に合わないから叩き潰した結果が、現在の混乱の全ての原因だ。アルカイダ然り、タリバン然り、IS然りだ。

今北朝鮮がいわば自暴自棄ではないのかと思える暴走をしている。あの独裁体制はは完全に行き詰まり自ら改革するなどあり得ず、今の体制を守るには、唯一米国との取引材料である核開発、弾道ミサイル開発に突き進むしかない。そして、米国との真正面からの対決が出来ずとも、日本を核で人質に取る可能性が皆無とは言えない。なにしろ、通常の判断力や理性が無いのだ。

これは実は中国も全く同じと言っていい。今中国は経済的破綻が目前に迫り、国内では環境問題の悪化、国際的な包囲網などが確実に中国を締め上げている。それに対する中国の反応は、東京を核で火の海にする、核の先制使用の可能性を排除しない、世界が滅んでも、中国の半分が生き残ればいずれ中国は復活するなどなど常軌を逸した言葉が政府に近い筋から散発している。単に一部の左巻きが言っているのとは違うのだ。

現実に今中国が対日対米軍事行動を起こすつもりはないだろう。が、偶発や一部の跳ね返りによる暴発はあり得るし、そして今までも何度もあるのだ。そのために関係国は水面下で連絡を取っていると思われるが、だから暴発しないなどとの安心は出来ない。

熊本の地震も、まさか起きるまでは誰も想像もしていなかった。日本は地震国であり、何度も地震による大災害が起きている。それでも、熊本地震が起きることを誰も想定していなかったはずだ。

中国は軍事的挑発、恫喝を繰り返している。ある日誰の意志も関係なく偶発戦争に至る、暴発する、誰の意志も関係が無くそれが全面戦争、核ミサイルの撃ち合いにならないとの確信を持つ根拠など無い。

絶対確実に中国の暴発を防ぐ方法はない。が、より確実に近くそれを抑止する方法があるとすれば、力によって中国を押さえ込む以外の方法だ。結局、力によって押さえつけるしか中国に対処する方法はない。話し合いや協調は、中国側にはその概念がない。

ISやアルカイダ、タリバンと同じなのだ。話し合いで解決できるのではなく力による抑止力以外に選択肢はない。

日本が、この理性を欠いた中国に対し採れる抑止力は力による物、それも圧倒的な力による核抑止力以外の選択肢はない。

戦争をしないための抑止力であることを全く理解できない馬鹿者があまりにこの国には大すぎ、それが国の安全を脅かしている。自力で国を守る、これはいつの時代、どの地域にあっても不変、普遍の事実ではないのか。


ー 続く


引用記事の確認の場合は、上記のURLをクリックして元記事を参照してください

国土地理院へのメール 寺社のマーク変更について

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正月が明けて少ししか経っていないのにまた腹の立つ記事を見た。

「卍」ナチス連想で三重の塔に…外国人向け記号

要するに、近年増えてきた訪日か外国人に便利なように地図で使う記号をわかりやすく作り替えたと言うのだが、その中に寺社を表す卍がある。それが、ナチスを連想させるので、三重の塔のマークに替えたというのだ。卍は元々はヒンズー教や仏教で尊い印であり、実際に多くの寺でこのマークを見ることが出来る。ナチスのハーケンクロイツはこの卍をまねしたものであり偽物なのだが、なぜ偽物と混同されるから本家を替えるなどという馬鹿なことをするのだろうか。

アンケートを採ったらナチスと紛らわしくて誤解を与えるからとの理由だと言うが、ではヒュンダイがホンダと紛らわしいロゴマークを使い、米国などではホンダイと発音し、コマーシャルには力士や富士山を使い、実際多くの外国人がヒュンダイを日本メーカーであると誤解し、中にはホンダと混同しているケースがある。

その誤解を避けるためにホンダがロゴや社名を替えるべきなのだろうか。

国土地理院のやったことは、実際寺社を表す卍がハーケンクロイツと同一だとわざわざ認めるようなものではないのか。まるで、慰安婦問題の妥結のために安部総理が謝罪し、慰安婦の生活支援を補償したようなものだ。あれで、日本がいくら道義的責任(そんな責任も日本が感じるひつようなどないが)だけだと言っても世界ではすでに日本が法的責任を認めて謝罪したと受け取っている。日本の言い訳など全く無視されているし、だからこそ、韓国は民間がやることだから政府は干渉できないと、売春婦増を世界中に立て続け、日本を侮辱する宣伝をますます強めている。

今回こんな小細工をすることで、日本はナチスのマークを寺社に使っていると日本が認めた様なものではないか。役人の事なかれ主義の浅知恵に本当に腹が立ち、下記のようなメールを国土地理院に送った。

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国土地理院へのメール


このたび、外国人向けに造る新しい地図のピクトグラムの内、寺社のシンボルとして従来の卍に替え三重の塔にすることが決定されたとの報に接し驚いています。理由が、ナチスのハーケンクロイツを思わせるから、似ているからというアンケート結果が多かったからだとか。

ハーケンクロイツが本来の仏教の吉祥であり、ナチスがまねをしたものです。ハーケンクロイツこそがいわば偽物なのであり、その偽物に似ているからマークを替えたとは、あまりにみっともない小細工なのではありませんか。

誤解をする外国人には本来の所以を説明すれば済むこと。誤解をする報が悪いのであり、西欧ではどうであれ、仏教では尊いマークだと説明することがむしろ、彼らのためにもなるでしょう。

単に誤解されるのが嫌だ、西欧がクレームを付けるからと本来の意味を無視して簡単にマークを替えることは、卍がハーケンクロイツと同じものだと日本自らが認めることです。あまりに浅はかな国家毀損です。

ぜひ、卑屈な小細工をやめて、堂々と従来の卍にしてください。なお、私の知る限り、この卍が外国人に非難されたという話は聞きません。

なお、この様な例は初めてではなく、阿波踊りを欧州で紹介した際、阿波の蜂須賀家の家紋である卍を消した法被を着ていたと聞き、本当に残念に思った次第ですが、民間のやること、仕方がないとは思いました。親善が主であれば一々説明できないと思ったのでしょう。しかし、国家機関がこのような誤解を助長するような行為はすべきではないと思います。

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多少言葉がきついとは思うが、事なかれ主義がどれだけ日本を毀損しているか彼らには全くその感覚がない。アンケートでナチスのマークに似ているといくら多くの回答があったとしても、では日本の寺が千年以上も使っている卍を寺から全てなくすべきなのか。いや、世界の全ての仏教国、ヒンズー教国を侮辱するものではないのか。

小さな事かも知れないが、一般の日本人がこんな事すら何とも思わないなら、慰安婦問題で事実を国際社会に明らかにする、南京虐殺が嘘だと訴えるなど、夢のまた夢ではないのか。

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月は存在するはずがない?

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晴れてさえいれば、月はほぼ毎夜出てくる。時には昼間から見えることもある。が、衝撃の事実が判明した。あの月は実は存在していないのだ。我々は数十億年もの間存在し続けていると信じていたあの月は、単なる幻であり、我々は月があるとあまりに固く信じているので、幻とは気づかずに月見をしたり汐の満ち退きを見ていたわけだ。

実は、多くの科学者が、どうやれば人類に実はあの月は存在しないのかを分からせることが出来るか腐心していると言う。とりあえず、この説明から簡単に書いてみようと思う。

私が子供の頃は、月は地球の一部が遠心力で吹き飛んで出来たもので、太平洋はそのあとだと言うのがまことしやかに信じられていた。それが正式な学説だったのかどうかはともかく、子供同士ではそれが疑いもない事実だと思っていた。

が、物理的にそれはあり得ないことで、大陸移動説が真実と認められてからはますますそうなのだが、むろん、原始の地球はどろどろの液体で、高速自転をしていたから、遠心力で溶けかけた固まりが飛び出したなどと聞けばいかにもありそうだが、小さな固まりが仮に飛び出しても直ぐに重力で地球に引き戻される。また隕石の衝突や何かの爆発で勢いよく飛び出したとすればそれは粉々の細かいかけらで、殆どは地球に引き戻され、引き戻されない物は遙か彼方に飛び去るか、もし残ったとしても小さなかけらがバラバラに地球の周回軌道を回るようになる。つまり、月のような大きな物体が(直径で主星である地球の3.6分の1)まとまって遠心力で飛び出す筈がない。物理的にあり得ないのだそうだ。

次に私たちが信じていたのは、どこか他から飛んできた天体が地球の引力に捕まって周囲を回るようになったと言う説だ。確かに原始の太陽系では無数の天体が太陽の周囲を回っていて、それが互いにぶつかり合いくっつき合いして次第にまとまり、内惑星、すなわち水、金、地、火の岩石惑星が出来たのは事実だ。その過程で惑星にまで成長できなかった小さな準惑星があるとき地球に接近し、そのまま引力にとらわれ衛星になったというのだ。これは、他の惑星の衛星などに当てはまることで、木星や土星など巨大惑星には10個以上、あるいは火星にも2個の衛星があり、それらはこの様に初期の段階で小さな天体が主星の引力に補足された物だという。が、これらの衛星は主星に対し精々数パーセントの大きさしかない小さな物ばかりで、地球の月は極端に大きすぎると言うわけだ。こんな大きな天体が地球の傍に来れば間違いなく互いの引力で引き合い、衝突するはずで、実際惑星はそうして出来た。都合良く主星の周回軌道に乗るなど、これも物理的にあり得ない。

今主流となっている説は、ジャイアントインパクト説で、ある時火星クラスの惑星が地球と衝突し、大半は元の地球と合体して寄り大きな惑星になったが、大きなかけらがまとまりきれずにその大きくなった地球の周囲を回るようになったと言うわけだ。なるほどと思ったが、上記のあり得ない説を信ずる科学者達は、これも実はあり得ないと言っている。上述したように、原始の太陽系では小さな惑星が互いに衝突し成長して出来たのだ。その過程で地球の月のような物は唯の一個も存在しないし、これも物理的にあり得ない。巨大な天体同士が衝突した場合、そのエネルギーは衝撃で飛び出した物を粉々にし、遙か彼方に吹き飛ばすか細かい塵となって主星の周りを回るだけだ。それが土星の輪であり、これほど大きくはないが殆どの惑星にはこの様な輪が存在する。地球にも見えないがかすかな輪があるという。いずれにせよ、天体同士がぶつかってその弾みで月が飛び出して更につごう良く地球の周りを回るなんてあり得ないと言うのがこの科学者達の言い分だ。

となれば、我々が毎晩見ている月は、本当は存在しない幻である。以上。

で話が終わるなら、何もここで長々と書く理由もない。実は、日本はどうして存在するのかと言う話をしたかった。

色々考えてみると、実は日本の存在は月の存在のように本来あり得ない事なのだと言える。むろん、日本列島という土地は他の土地が出来たように地球の様々な活動の結果出来たのであり、特別なことではないし、その土地に大昔大陸や太平洋の島国などから人間が移り住んできたことも、他の土地で普通に起きていたことで不思議でもなんでもない。が、日本人が発生して、この日本という国を作ったのが月の誕生ほどもあり得ない事だと言いたいのだ。土地があり、そこに人が集まり歴史を刻みそしてそれぞれの民族が出来それぞれの国が出来る。世界中に今存在する国は殆ど全てそうであり、日本も例外ではないが、しかし世界中の国々は同じではない。

サミュエル・ハンチントンは彼の著書「文明の衝突」の中で、日本は一国で独自の文明を築いていると書いている。日本の人口は世界の2%未満。国土面積は世界の0.25%ほどだ。が、その日本が他の文明と同等の単一文明を築いているというのは、考えてみればきわめて意味が大きい。

ちなみに、ハンチントンは下記の文明をそれぞれ独立した文明としている。


中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方正教会文明、 西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明 ただし、ラテンアメリカ文明は古代のマヤ、インカなどの文明に西欧のカトリック文明が重なったもの、アフリカ文明は、独自の文明といえるほどの存在とは言い切れないとも書いている。

彼の分類が正しいかどうかは異論があるだろうし、日本文明はドイツに似ているなどと言う者も居るようだが、仮に似ている部分があったとしても文明のルールや成り立ちは全く無関係だ。それを言うなら、中国は米国にきわめてよく似た部分があるが、分類としては全くの別物だろう。また、彼は、米国の文明を独立した物と認めていないが、歴史が浅く西欧文明の亜流でしかないとも言えるだろう。キリスト教文明であり、多くの移民のために多少独自性はあるが、独立したアメリカ文明とは到底言えない。

さて、日本文明が古代中国から影響を受けていることは異論はない。文字や宗教、美術などなど多くの影響を受けたことは事実だ。それは地理的条件からも当然であり、日本列島で独自に人類が発生し文明がゼロから始まったのではない限り、一番近い大陸、及び太平洋地域からの人々が集まってきて文明も持ち込んだのは当然だが、それでも日本が独自の古い文明を持っていることは今では世界が認めていると言っていい。なにしろ、言語は文明の根幹を為す要素だろうが、世界中で日本以外に日本語を公用語として使っている国はない。

ところで、話は一寸ずれるが、何十年か前、何かの本で読んだ記憶がある。日本語は世界で一番古い言語なのだとか。そもそも今世界中にいる人類は生物としてはホモサピエンス唯一種であり、およそ4万年前にアフリカから全世界に進出し世界に広がったとされている。それだけの大移動が出来たと言うことは、すでに人類は当然かなり複雑な言語を使用していたはずで、その言語が様々に変化し、現代世界に数千あると思われる多様な言語に分かれた。

もともと、アフリカで一つだった言語が世界各地でそれぞれ違った変化をし、それぞれが影響しあい4万年の間に全く異なった言語になったのだが、それでもインドヨーロッパ語、ウラルアルタイ語など大きな言語ファミリーに属している。が、日本語は全く独立して何処の言語ファミリーにも属していない。しかし、日本語がいきなり日本列島で出来たはずはなく、必ず元の言語があるはずだが、それが何処にも見つからない。

他の言語が変化したのは、主として互いの交流で言語の交換や流入が行われそれぞれの言語に吸収され変化した結果だ。ヨーロッパで使われている言語は数十種類もあるが、元々は共通言語がそれぞれの方言として発達し、ついに全く異なる言語となった。だから、ヨーロッパ言語には語源を共通にする単語がきわめて多い。

人間がヨーロッパからアジアに進出するに従い、その気候に適応した進化をしてアジア人が出来、そこでまた独自の言語が発達した。最後にアジアの果ての日本列島に住み着いた人々は他民族の接触もなく、結局一番ふるい言語を元に最も変化せずに形成されたと言うのだ。

この説が正しいかどうかは私には分からないが、ここで取り上げたのは、文明とはこの様なものではないかと考えるからだ。考えてみると、日本文明の基本はなんと言っても自然との調和であり、現代に至るまで日本人と自然の関わりは他文明とは明らかに異なる。一方西欧文明は自然の克服であり、人間は自然を支配する存在であり、それを神に許されているとする。どちらが古い価値観かと言えばどう考えても自然との協調がもっとも無理がないと思えるのだが。古いとは言ったが、その古い価値観が今でも残っているのは、それが最も人間として無理がないからと思える訳だ。言語がもし世界最古の言語だとするなら、文明も同じ、すなわち他民族からの接触が少ないために価値観の変化も少なかったと考えるのが無理がないと思う。もちろん、他にも日本が自然に恵まれたので、自然を克服する必要がなかった、また自然災害が多いので、自然と闘うよりも自然と協調する方が楽だったとも言える。

言語が世界で孤立しているように、日本文明もまた世界で孤立していると言えるのは、上記からもそうだろうし、なにより海外に出てみて改めて日本が特殊なのだと実感することは多々あるし、また近年日本文化が海外に知られるに連れてその特異性が海外で認識されているようだ。

言うまでもないが、先に書いたように、日本文明が多く中国文明から影響を受けたことは間違いがないが、近年は多く西欧文明の影響も受けている。が、日本は中国の縮小版にはなっていないし、西欧文明の出店にもなっていない。考えてみれば、あたかも中国から派生したように見えながら日本は全く独自の存在であり、まるで地球に対する月のような存在だ、つまりどう考えてもあり得ない存在ではないか・・・ときわめて強引なこじつけだが、冒頭の月の話になるわけだ。つまり、月は存在する筈がないのと同様、日本文明は存在するはずがないということだ。

実際は我々は日本に住んでいるし、生まれてこの方他文明とは全く違うこの日本文明の中で生きている。日本の中にいれば気が付かないが、改めて、日本はきわめて他文明とは断絶しているのだと痛感せざるを得ない。ただし、これは他文明と敵対していると言うことではない。敵対なら、現実には中華、イスラム、東方正教会文明、 西欧文明は明らかに相互に敵対していると見て良い。日本文明は中国とは敵対しているが、文明として敵対しているわけではないし、そもそもハンチントンは中華文明を挙げているが、本来の中華文明は他ならぬ中国人の手によって徹底的に破壊され、今それらしく見えているのは日本などに保存されていたものを中国が再吸収したに過ぎない。中国語や、中華思想はそのまま残っているだろうが、今中国が世界に発信できる中華文明など、唯の一つもない。一方、日本文明は100年以上前から世界に発信され西欧美術や思想に大きな影響を与え続けているし、現代は国家交流や情報交換が進みますます日本文明は広がっている。場合によっては受け入れている方が日本の影響とは全く気が付かない内に受け入れている。

私は、文明の優劣を論ずるつもりはないし、それは無意味だ。文明とはそれぞれ必要に応じて変化し他者と別れ発展してきたものであって、その文明の中にいる人々にとっては一番適切な形になったのだ。が、それが他文明と接触した場合、協調できるか、不干渉でいられるかはきわめて重要な要素だと思う。

西欧文明は他文明を大きく侵略し征服してきたために、他文明はその効率、特に機械文明を受け入れてきた一方、過去の歴史から西欧文明を強く拒否し、さらに敵意を持っているケースが多い。それは中国文明にも言えることで、特に今は形骸化されている中華文明とは別にその根幹を為している中華思想はきわめて独善的であり、絶えず周辺との軋轢を生んでいる。中華文明そのものはすでに消滅しており、残っているのは中華思想のみだが、新しい文明を創造する能力は全くない。

イスラム文明は西欧文明とは明らかな敵対関係にあるが、それは両者が絶えず戦争をしてきたこと、近年は西欧文明によりイスラム文明が侵略されそれに対して強い敵意を持っている。今、たまたま偶然からイスラム圏は豊富な地下資源により膨大な資金力を得ているが、それを活かして機械化するなどが出来ず、その実態は一千年以上も同じ宗教文明であって、いわば袋小路に入っている。今、世界はイスラム圏の石油から離れようとしている。原子力然り、自然再生エネルギー然り、シェルオイル然り、世界各地に比較的広範囲に広がっている天然ガス、さらには核融合やハイドロメタンの実用化を目指して技術発展が進み、そのどれ一つにもイスラム圏は関わっていない。つまりイスラム文明は完全に過去の遺物でしかない。

過去の遺物としては、インダス文明もそうだろう。かつてはインドは世界4大文明(この概念はすでに使われなくなっているが)の一つとして数えられていたが、それは過去の話だ。今はヒンズー教などで残っているとは言えるが、それがインドの最も大きな闇となっている。インドは近年発展してきてはいるが、インダス文明を捨てて発展してきているのであり、大多数の国民はその発展とは無関係だ。

東方正教会文明は、ロシアなどスラブ民族の文明と言っていいかと思うが、明らかに世界の発展からは取り残されている。彼らの存在は、広大な国土、自然資源、人口、軍事力によるものであり、東方正教会文明としては殆ど存在価値が認められていないし、それが彼らの発展に寄与している面は少なくとも外からは見えない。

言っては悪いが、アフリカ文明、ラテン南米文明も同じではないか。彼らにとって近代化、発展とは西欧文明化に他ならない。結局、これらの文明は西欧化することで近代化してきたし、そうしなければならないほど文明としては袋小路に入り込み引き返すことも変化することも出来ないと言うことだ。中華文明、イスラム文明はそれすら出来ていない。1000年以上昔のまま、進化が全く止まっているのに西欧文明を取り入れることも出来ていない。他文明から取り入れることもまた自らの文明を高める大切な新陳代謝なのだし、西欧は今でも比較的積極的にそれをしている。

文明の優劣を論ずるつもりはないが、事実としてそれぞれの文明を比較することは意味がある。結論として私が思うのは、現実に西欧文明が現代の世界の基準であり、近代化とは他の文明が西欧文明に近づくことで為されていると言うことだ。それを拒否するイスラム文明、中華文明は結果としてそれぞれの文明として発展する能力がないために古代の状態で停滞しているか退歩しているし、またそもそも中華文明自体はすでに消滅している。現在あるそれはあくまで複製であり、中国人の日常生活に密着しているわけではない。

インダス文明は、それ自体が発展の障害になっており、今後の発展のためにはインダス文明を棄てるしかない状態になっている。ラテン文明も同様だろう。

結局、西欧文明が他の文明をことごとく侵略し支配した事実は、少なくとも近現代において他の文明よりも優れていたからだとしか考えられない。その顕著な証拠の一つが、他の文明の悉くが、西欧諸国の言語を公用語として取り入れていると言って良い状態だからだ。例外は中国だけだろうが。中国は西欧化を拒み、それならそうしなくとも良いだけの自前の文明を保存発展させているかというと、決してそうではない。要するに、中国には今文明などと言える物が無く西欧化も出来ない状態だと言ってかまわないのではないか。

ところで、日本文明はどうなのだろうか。確かに近代、特に開国後は急速に西欧文明を取り込み、主として科学技術の面で奇跡的な発展をし現代では、西欧文明地域以外で唯一の先進国と言っていい存在になっている。では、日本は西欧化したのか、といえば全く違う。まず上記のような西欧の言語を国語とするような事は決してなかった。宗教も西欧のそれとは全く違う体系であり、しかも日本独自の宗教さえ日常生活の隅々まで浸透させている。ただし、この宗教、神道が果たして宗教なのかといえば、様々な異論があるがつまりは信仰の対象となる神にあたるものがない。天照大神も教義を以て信徒を導いているわけではない。自然の一部、太陽を神格化した存在であり、キリスト教やイスラム教の神、仏陀ともちがう。

一番大きい日本文明の特徴は、確かに最初は他文明、主として中華文明から色々受け取ったろうが、それを完全に自らのものに消化し、今では完全に異なるものに仕上げている。他文明が西欧文明を受け入れているのはあくまで西欧化であって、自らの文明に取り込み消化しているのではない。自らの文明を保っている場合でもあくまで記録として保っているのであって、日常生活がそれに則っているのではない。あくまで生活の基準は西欧文明のままなのだ。一方日本の場合は、日常生活に日本文明がそのままあり、別に残っているのではなく日本文明の中で日本人は生活し、生活の便利なところには西欧文明を取り入れていると言う点だ。

西欧文明の最大の特徴は優れた機械文明だろうが、それはあくまで人間が自然を克服した過程で発展したものだ。一方、日本は世界に冠たる機械工業技術を持っているしそれも西欧のまねではなく(当初は真似だった)、日本独自のきわめて優れたトップクラスのものだ。確かに総合的には米国が突出しているだろうが、米国の科学分野で特に進んでいるのは軍事技術だ。が、民生品で言えば、おそらく日本の技術は米国も凌駕しているだろう。

米国が最先端を行っているその軍事技術を支えている技術、たとえば航空機に使用される軽量高強度の様々な素材や、光学分野などでは今では日本のものが欠かせない。

戦争中、日本は世界でトップクラスの高性能兵器を様々作り、あの工業大国、日本の40倍の工業力を持っていた米国と4年もの間戦い続けた。戦後、米国は日本の科学技術のレベルに驚愕している。つい最近まで世界最大だった潜水艦を日本は作り、航空機を積んで米国本土の爆撃までやっている。高度2万メートルのB-29爆撃機を撃ち落とした15センチ高射砲、絶対に戦うなと米軍パイロットが恐れた零式艦上戦闘機など数々の傑作戦闘機、酸素魚雷、世界最初にブロック工法で組み立てた世界最大の戦艦、なにより世界初の本格的空母機動部隊を造り、それを真似た米国と空母同士の戦闘をやったのが、世界史上唯一の空母対空母の戦闘だった。日本の科学技術が当時世界で有数だったことは、なにより工業技術の粋である兵器を見れば分かる。日本は原爆も開発していたが、いかんせん電力不足と材料になるウラニウムが確保できず実現できなかった。が、技術としては確立していたと言われ、戦後米国が仁科研究所にあった粒子加速器を破壊したことでも日本の核物理学がただならぬものであったことを示しているし、なにより日本人初のノーベル賞がその方面の権威、湯川秀樹博士だったことでも分かるだろう。

他の文明が滅びるか発展するかの基準が西欧文明と反目するか取り入れるかによって決まっているのに、日本文明だけは全く違うのだ。西欧文明の良いところは取り入れるが、それでも日本独自の文明は全く色あせることなく日本人の生活に存在している。ほんの一つあげてみるなら、どの国にも伝統的な文学としての詩はある。が、日本では俳句や短歌がそれこそ何処ででも普通に日常生活の中にあり、テレビやラジオ、新聞、雑誌などにも普通に投稿欄があったりする。天皇から庶民までの歌が編纂された詩集が1300年も前に出来、今に伝えられ、宮中では毎年詩のコンテストがあって、日本中から応募がある。そこでは天皇陛下の作と一市井人の作が同じ場所で発表される。そんな国が他にあるだろうか。

日本文明が日本単独で存在している事も驚きなら、西欧文明とこの様な関わりを持ちながらその独自性を全く失わず、むしろ、近年は日本文明が自分たちの到底及ばない発展をしていることを一部の外国人は理解し始めている。

これが話題になったのは、10数年前の阪神淡路大震災や、4年前の東日本大震災の折、あれだけ悲惨な状況で日本人が全く静かに助け合いルールを守り静かに対処していた姿だった。日本人はあんな時こそ助け合うのは当然だろうと、海外の反応が不思議に思えたが、海外ではあのような場合、警察が最も苦労するのは治安の維持であり、多くの場合大規模な略奪や支援物資の奪い合いが起きる。日本では、警察はまず復興に全力を注ぎ、その能力を治安の維持に割くことなどない。被災地でなくとも一時的に物資が不足したりしたが、それでも被災地に送ることを最優先することに誰も異論を唱えなかった。

津波で流された多くの金庫が警察に集められ、莫大な現金が所有者に戻された。私たちには当たり前でも海外では驚嘆されることであり、あれが日本人は自分たちとは違うと強く彼らに印象づけたようだ。

別に日本文明が一番優れていると言うのではないが、これらは私の作り話ではないことはおわかりになるだろう。日本では当たり前、しかし世界では奇跡などということがいくらでもある。他にも、日本の奇跡的な治安の良さ、犯罪の少なさ、平均寿命や健康寿命の長さ、また外国から帰ってくれば日本の町がどこもかしこも路地の隅々まで驚くほどきれいなことをあらためて認識する。それはまた海外から来る人々が驚くことでもある。

かつて、写真では絵のようにきれいなヨーロッパの町がゴミだらけだったのを初めて見てショックを受けた記憶があるが、その反対のショックを海外から来る人々は受けているようだ。他にも紛失したものがきちんと持ち主に返ってくる、日本人は本当に親切だし店でもごまかしや嘘が無く製品の品質は文句の付けようがない。これは私がそういうのではなく、また私の目から見ても全てが海外の人間の言うとおりだとは思わないが、比較で言うなら明らかにそうだろう。

中国と日本は昔は区別できない外国人は大勢いた。中国から分かれた国が日本だくらいの認識がなかったのは事実だろう。が、実際は、日本は他のどの地域とも違う、全く別の存在であり、こんな国、こんな文明が存在するなどあり得ないと言えそうだ。ちょうど、月は存在するはずがないと言うのと同じでありこじつけながら月の話を最初に持ってきたのはそんな意味がある。

私は日本人だし、他の文明の中で生きたことはない。訪問者として彼の地を訪ねたことはあるがあくまで部外者であり、何処にいても日本人だった。だから、日本にいれば当たり前のことが、外から見れば極端に特別なことであることに気が付いたし、最近ネットで事細かに海外のことを知るすべがある。また、幸い、英語は一応それで仕事に不自由はしない程度に使えるし、初歩的だが他の言語も出来る。それだけ、生で海外の情報を見ることが出来る時代になりだからこそ日本文明がいかに他の文明と異なり、しかも未だに色あせることなく進化を続けている事実は改めて驚嘆に値する。それこそ、月の存在のように、本来あり得ないものが存在していると言うわけだ。

さて、月は存在するはずがないと言って、現実には月はある。幻想でも何でもない。それはあり得ないほどの偶然が重なった結果なのだそうだ。太古の地球がまだ小さくどろどろの状態だった頃、火星くらいの大きさの天体がちょうど絶妙な角度、絶妙な速度で地球にぶつかり合体して今の地球のサイズになった一方、その衝撃で飛び出した一部が飛び去ることもなく粉々になることもなく地球に引き戻されることもなくあの月になったのだという。理論的にはそんな偶然が重なるなどゼロに等しいが、実際に月が存在するからにはそのような偶然が重なったのだ。それは韓国人が月を造ったと主張するのと同じくらいあり得ないが、実際はあり得ない偶然が重なった結果が、月の存在であり、おなじくあり得ない偶然の重なった結果が日本の存在というわけだ。

で、結論だが、先に挙げたサミュエル・ハンチントンの言う中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方正教会文明、 西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明のうち生き残るのは西欧文明と日本文明であり、他の文明は滅びるか、すでに形骸化しており、あるいは西欧文明化することで生き残り、西欧文明は他の文明を吸収しながら発展し、日本文明は西欧文明を取り入れながら決して西欧文明化することなく独自に発展を続け、世界は意識せずに日本文明を取り入れてゆくことで変化する。意識せずに取り入れてゆくとは、若い世代が日本初のアニメやゲームに取り込まれ、和食が世界中に広まってゆく過程が、ちょうど西欧発のポップス、ジャズ、映画、スポーツなどを通じて他の地域の若い世代に浸透しているようなものだと言うことだ。他の文明発のそのようなジャンルで世界に浸透し続けているものは考えつかない。一方、西欧は次第にその根幹としている宗教から、若い世代が明らかに離れている。これは西欧文明が従来のコースから別のコースを進み始めており、これはまた彼らの特徴である優れた機械工業技術も日本にその地位を譲っている厳然たる事実からも言えるだろう。にほ日本文明化とは言えないだろうが、明らかに西欧文明はその姿を急速に変えつつある。

どうも結果として自画自賛に陥っている観があるが、それほど的はずれでもないと思う。それに懸念がないわけでもない。日本文明があまりに異なっていることから、理解されるのは難しいだろうが、それが敵意を生むことも世界には普通にあるのだ。誰かが優れた業績を上げるのは無論当人が表には見えない努力をした結果だろう。むろん、努力の出来る環境にあった事も大きい。貧しく無知な家に生まれた人間は努力のスタート地点にも立てないのだ。

日本文明が発展し続けるのを、どう努力しても、あるいは努力する方法さえ見つからない場合敵意を買うことは、我々は隣国の言いがかりを見るに付け思う。なぜ自分たちで努力をしないのか、と彼らに言っても仕方がない。彼らには努力をする能力さえ最初から無いのだ。むろん、人間としていっているのでない。個人的には他の文明圏の中で育ち教育を受けることで成果を上げることは無数にある。が、他の文明圏に移住しても家庭の中で自分たちの文明を注ぎ込まれれば自らの成果を上げることは極端に困難になる。一方、国から一歩も出なくともその家庭環境などから努力をするチャンスを得ることが可能な場合もあるだろう。が、基本的に人間はその文明が全てのスタート地点であり、そのスタート地点が人間としての可能性をのばしたり摘んだりする。

努力をせず、いや努力をする能力がないために他者を妬み憎む、理不尽と言っても現実にあるのだ。結局、日本文明は世界からすれば孤立しており、もし一人勝ちを続けるならそれが理由で敵意を買うだろうし、現実に日本を良く知る隣国が敵意を向けている。世界に日本文明が知られてゆくに連れ日本がますます敵意を買うとしてもそれは日本にはどうにも出来ないことだと覚悟をする必要がある。どう見ても西欧文明がかつての勢いを失いつつあるとしか思えない今、我々は十分にそれを理解しておく必要があるのではないか。
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