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高野氏はもう少し根拠を調べてから脱原発論を

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下記は私がよくおじゃまする

The JOURNAL 原発は、もう終わった!(その4)── 水素エネルギー社会への道程


に対し、6/29に投稿したものである。


高野氏の問題は、脱原発のためには科学的理論などどうでも良いと考えておられるかのような矛盾を主張の根拠にしていることだ。前回も原子炉の中では核爆発が行われているなどの仰天ものの勘違い(だろうと思う。まさか、原発=核兵器とのイメージ操作ではあるまい)をされたりしているが、今回もそのような点がより多く観られる。要するに、科学的根拠を確認していないのだ。

> 私は、原発輸出などとんでもないことで、日本の誇るべき天然ガス火力の技術と並んで、この石炭ガス化の複合発電、超複合発電の技術を特に中国、インド、米国の3大石炭火力依存国に提供することが、CO2削減への決定的な世界的貢献となるのではないかと思っている。

 これは氏の思いであろうから原発輸出はとんでもないと仰るのだろうが、日本が輸出しなければ、韓国や中国が危ない原発をより多く輸出することになる。つまり、日本がどうであろうと世界の原発は減らないのだ。

 世界では脱原発が主流だと主張する人たちが居るが、実際は脱原発を表明したのはドイツ、イタリア、スイスくらいなものでしかもこれらの国々は安いフランスの原発による電気を買える。つまりこれらの国々は脱原発なのではなく、自分たちの国では嫌だといっているだけのことだ。

 日本が国策としてどうであれ、スリーマイルやチェルノブイリ事故以来原発製造を止めていたロシアやアメリカではまともな原子炉製造技術が無くなっている。だから、現在では世界の原発メーカーは3大グループに集約されており、全てに日本のメーカーが絡んでいる。つまり、日本の原子炉製造技術は世界トップクラスなのであり、相手が求めるので有れば、優秀な日本製原子炉を売るのには全く問題はない。日本が売らなければ、怪しげな原子炉がその代わりになるだけのことだからだ。

 むろん、石炭ガス云々設備の輸出は別途にやればよいし、太陽光発電でも地熱発電でも日本の技術が求められているのであれば大いに売ればよい。原発の代わりこれらを売ると言うことではない。あくまで相手の選択だ。

 >さて、水素である。本連載ではこれまで、"脱原発"の当面の決め手は天然ガス火力の増強であり、それで過渡期を凌ぎつつ太陽光や風力など自然エネルギーの開発と普及を思い切って進展させ、将来的にはそれら自然エネルギーを水素ベースで統合する「水素エネルギー社会」の実現を目指すべきだという趣旨を述べてきた。が、なぜ水素なのかについては説明してこなかったので、ここで私の理解する限りをまとめておきたい。
 
 と、ここから高野氏の水素礼賛が始まるのだが、基本的な間違いは、水素は自然再生エネルギーではないということだ。あくまでエネルギーの一形態であり、電気と同じこと。つまり、水素は石炭や原子力と対比させるのではなく、それによって発生した電気と対比すべきものなのだ。
 
 水素を発生させるエネルギー源に何を使うかが問題であって、(1)水素は化石燃料やバイオマス、水などさまざまな原料から製造できるというなら、電気もおなじことだ。
 
(2)燃料電池自動車や家庭用、業務用のエネルギーとしての様々な用途に利用可能であるなら、電気の方が手っ取り早い。
 
(3)燃やしてもほとんど有害ガスが出ないクリーンなエネルギーであるのは、電気の方が優れている。

(4)特に燃料電池自動車は水素エネルギー社会の牽引役を担うものとして大いに期待されているのは電池自動車の一形態としてだ、結局は電池自動車が期待されていると言うこと。

なぜ、高野氏の根拠が基礎の基礎で間違っているかと言えば、

 >ところが世の中の報道や論評では、「自然エネルギー」について語る際に、太陽光、太陽熱、風力、バイオマス、地熱、波力......などと列記されるのが普通で、それと並んで水素エネルギーが挙げられることはまずほとんどない。これはどうした訳なのか。
 
 そもそも水素と他のエネルギー源は無関係だという認識を持っていないからだろう。ちょうど、電気が自然エネルギーとして語られることがないようにだ。ところが、高野氏は次のようにも言っている。
 
 >本当のことを言うと、水素は、太陽光や風力などと同列に並べられるべき「自然エネルギー」ではないのである。
 
 なるほど、分かっているのかと思ったのが早とちりだった。分かっていなかったのだ。
 
>水素は無尽蔵で再生可能でもあるには違いないが、この地球上にはあるがままの純粋な形ではほとんど存在していないのである。

 つまり水素は自然に存在する化合物の形ではエネルギーではなく、水素をエネルギーとして使うためには、化合物から水素を取り出さなければならなく、その水素を取り出すためにエネルギーが消費される。そして、通常、水素を取り出すためのエネルギーは、水素から得られるエネルギーを上回るのだ。

 水の電気分解を考えれば分かる。100グラムの水素を水の電気分解で得るためにはそれなりの電力を使う。そしてその水素をたとえば燃料電池に入れて発生させられる電力は、電気分解で消費した電力よりかなり少ない。効率が100%でも上回ることは絶対にない。

 したがって、水素を分離するエネルギーをどこから得るかが、自然再生エネルギーだったり、火力だったり原子力だったりするのであって、水素自体がいくら自然に豊富にあろうと、脱原発とは全く無関係なのだ。


 >ということは、水素こそ地球を含む全宇宙のエネルギー原理の根本であるという意味では、究極の自然エネルギーであると言えるのだが、
 
 全く言えない。これが言えるなら、全ての物質がそういえる。
 
 >残念ながらその水素を地球上で直接的に利用する方法はない。
 
 >原水爆や原子力発電が間違ってしまったのはそこで、本来は神である太陽しか司ることの出来ない核融合の奇跡を、核分裂という形で擬似的に人工的に密閉容器内で作りだして、能動的かつ全面的に自分のものにして制御しうると錯覚した傲慢にある。
 
 これを言っちゃおしまいで、それなら人間が火を使い出したのも驕慢であり、鉄を利用するのも、驕慢であり、電気を駆使するのも驕慢だろう。大体、太陽の中の反応は核融合であり、人間が原子炉の中で起こしているのは核分裂であって、全くちがう現象だが、これを高野氏は「核融合の奇跡を、核分裂という形で擬似的に人工的に密閉容器内で作りだして」ととんでもない認識を示している。いや、核反応としてひとくくりにしたのだ、といなら、燃焼自体も物質のもつエネルギーを取り出しているのであって、同じことではないか。
 
 おそらく、高野氏はこれ以上発言をしない方がよいのではないか。

 >では何なのかと言うと、「2次エネルギー」である。槌屋治紀『燃料電池と水素エネルギー』(ソフトバンク・クリエイティブ、2007年刊)はこう述べている。

「自然界から入手できるエネルギーを『1次エネルギー』と呼びます。この1次エネルギーを変換して・・・・・・・・キャリアとは『運ぶ手段』を意味します」

 と書いていながら、高野氏の暴走は続く。つまり、全く理解していないのだ。
 
 これに続くいろいろな説明は、理解しないまま書いているだけだろう。二次エネルギーである水素を利用することと、一次エネルギーの選択は別問題なのであって、仮に脱原発、自然再生エネルギーの時代が来ても、それで水素時代が来るわけではない。電気が使われるだけのことだ。
 
 さて、水素が二次エネルギーとしても利用できないのは、取り扱いが非常に困難であり、市民生活の身近に置くことが出来ないからだ。試験的に水素を高圧で貯めるタンクは作られているが、もし、これが事故で爆発したときの威力はすさまじいものがある。なぜなら、エネルギー密度が非常に高いからだ。
 
 また、水素は実用レベルで液化出来ない。液燃ロケットのために専用の施設で強烈に冷却し、加圧すれば液化するが、(-250℃以下で液化させると体積は1/800となり、しかも軽いため低温貯蔵性には優れるが、絶対零度が-273.16℃であることを見れば、いかにこの低温を発生させ維持させることが実用レベルから離れていることは理解できるだろう)そのままでパイプ輸送をしたり人間の生活圏で貯蔵など出来ないし、またその状態を維持するために膨大なエネルギーが要る。
 
 また、水素は分子量が小さいためほとんどの金属の分子間に潜り込み、強度を低下させる水素ぜい化現象が常に問題になり、冷却した場合は金属自体の強度が極端に落ちる。
 
 つまり、安定した状態で安価に安全に水素を輸送し貯蔵する技術が無いのだ。将来は可能かもしれないし、今でも試験的には出来ているが、実用化にはほど遠い。
 
 つまり、水素を使うメリットは電気よりは貯蔵しやすいという点くらいだが、その貯蔵方法も技術的に確立していない。
 
 しかし、水素を二次エネルギーとして使うこと自体、これらの問題が解決されたなら良いだろうが、それなら、今全く問題のない電気を使う方がより確実でありより便利であり、より安全だろう。どうせ、水素も電気に変換して使うのだ。その分よけいな手間がかかりロスが増えるだけのことだ。

 
 貯蔵性は、水素もまだ確立していなく輸送なら電気の方がよほど有利だし、そもそも原発だろうが自然再生エネルギーだろうが、直接発生させればよいのだから、わざわざ水素にする理由など無い。
 
 となると、やはり問題は自然再生エネルギーか、火力か、原発かの話になり、水素は全く関係がない。化石燃料から水素を作る話なら、根本的に化石燃料の持っている不安定性、国際情勢へのマイナス要因、安全保障がらみで同じことだ。
 
 結論として高野氏の今回の論文は全く基本的な知識を欠いたために意味のないものになっている。つまりは何が何でも脱原発を主張したいがために、ひねり出した理論だからだろう。
 
 
 
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以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。


原発は、もう終わった!(その4)── 水素エネルギー社会への道程

 前稿で天然ガス火力の優位性について述べたが、追補的に言うと、実は石炭ガス化火力というのも馬鹿にならない。石炭は、石油や天然ガスに比べると遥かに埋蔵量が豊富で調達コストも安いが、環境汚染度が酷いということで「過去の燃料」のようにイメージづけられてきた。しかし実際には、3大エネルギー消費大国である米国が50%、インドが70%強、中国が80%を石炭に頼っていて、石炭は依然として世界の電力源の主流に居座っていると言って過言でない。日本でも1次エネルギーの25%が石炭である。

 石炭をそのまま、あるいは微粉炭にして燃やすのでは、CO2、SOx、NOx、煤塵などの大量発生は避けられず、中国のそのような旧式石炭火力から排出される汚染物質が黄砂に乗って日本にも飛来し、それが土壌汚染による森林破壊の一因となっているとも言われている。が、電源開発や日立などが担う日本の石炭火力技術は世界最先端で、石炭をガス化して燃焼させてガスタービンを回すだけでなく、その排熱をボイラーで回収して蒸気を発生させて蒸気タービンも回す《コンバインドサイクル方式》を採用することにより、発電効率を50%程度まで向上させ、さらにこれと燃料電池による水素発電を組み合わせて三重に発電する超複合発電も開発されつつあるし、またその過程で発生するCO2を回収して廃棄する技術も進んでいる。

 私は、原発輸出などとんでもないことで、日本の誇るべき天然ガス火力の技術と並んで、この石炭ガス化の複合発電、超複合発電の技術を特に中国、インド、米国の3大石炭火力依存国に提供することが、CO2削減への決定的な世界的貢献となるのではないかと思っている。

★日立の石炭火力:http://www.hitachi.co.jp/environment/showcase/solution/energy/coal_thermal_power.html

★電源開発の石炭火力:http://www.jpower.co.jp/company_info/rd/index.html

●水素エネルギーとは何か

 さて、水素である。本連載ではこれまで、"脱原発"の当面の決め手は天然ガス火力の増強であり、それで過渡期を凌ぎつつ太陽光や風力など自然エネルギーの開発と普及を思い切って進展させ、将来的にはそれら自然エネルギーを水素ベースで統合する「水素エネルギー社会」の実現を目指すべきだという趣旨を述べてきた。が、なぜ水素なのかについては説明してこなかったので、ここで私の理解する限りをまとめておきたい。

 水素エネルギー社会を目指すべきであることについては、例えば日本の新エネルギー研究開発の管制塔である「新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)」ホームページ→「よく分かる!技術解説」→「燃料電池・水素」の項は、「地球温暖化を抑制する水素エネルギー社会を目指して」というタイトルで、「水素は次代を担うクリーンエネルギーとして注目されており、水素の安全な製造、輸送、貯蔵、充填など、水素利用のトータルシステムを構築するための技術開発が期待されています」という書き出しで始まっていて、またその文中でも、(1)水素は化石燃料やバイオマス、水などさまざまな原料から製造できること、(2)燃料電池自動車や家庭用、業務用のエネルギーとしての様々な用途に利用可能であること、(3)燃やしてもほとんど有害ガスが出ないクリーンなエネルギーであること、(4)特に燃料電池自動車は水素エネルギー社会の牽引役を担うものとして大いに期待されていること----などが強調されている。

 また経産省の「燃料電池実用化戦略研究会」」は、燃料電池導入の意義として(1)省エネルギー効果、(2)環境負荷低減効果、(3)エネルギー供給の多様化・石油代替効果、(4)分散型電力エネルギーとしての利点、(5)産業競争力強化と新規産業創出」5項目を挙げ、燃料電池を21世紀のエネルギー・環境分野におけるキーテクノロジーと位置付けている

 ところが世の中の報道や論評では、「自然エネルギー」について語る際に、太陽光、太陽熱、風力、バイオマス、地熱、波力......などと列記されるのが普通で、それと並んで水素エネルギーが挙げられることはまずほとんどない。これはどうした訳なのか。

 1つには、NEDO解説でも「水素エネルギーの普及にはまだ多くの技術的課題があり、水素の製造、貯蔵、輸送、利用を含めた全体のシステムを構築することが必要不可欠」と言われているように、それがまだ技術的に未成熟な部分が多々あるためだが、実はそれは本質的なことではない。本当のことを言うと、水素は、太陽光や風力などと同列に並べられるべき「自然エネルギー」ではないのである。

 え?と思われるかもしれないが、自然エネルギーという場合は、この地球上にあるがままに存在しているが故に無尽蔵なものを活用して、有限な地下資源である化石燃料や天然ウランにこれ以上頼ることを止めようという意味で言われるのであるけれども、水素は無尽蔵で再生可能でもあるには違いないが、この地球上にはあるがままの純粋な形ではほとんど存在していないのである。

●太陽に手が届いた?

 水素の原子記号はHで、陽子1個と電子1個から出来ている原子番号1の最もシンプルな原子で、一般にはその水素原子が2個結びついた水素分子H2として気体の形をとる。このH2は、この世にある気体としては最も軽いので、あったとしてもたちまち空中高く上がって行ってそのまま大気圏を突き抜けて宇宙へと放散されてしまう。なので、気体としては地球上にはほとんど存在することが出来ないが、その代わりに酸素と結合して水となって海を作り、雲や雨や川や湖となって地球の生理を支えているし、炭素などと結合して有機化合物を作り、すべての生物の生命活動を促している。地球上では、至る所にあるが、そのものとしてはない。それが水素である。

 宇宙全体で見れば、宇宙の全質量の75%は水素で占められる。恒星が光るのは、水素が核融合を起こしてヘリウムを生みだす際に光と熱エネルギーを発するからで、太陽の場合で言えば、何と1秒間に6億トンの水素を呑み込んで爆発させて5億9600万トンのヘリウムを生みだし、その差の400万トン/秒分をエネルギーとして放射し、そのうち0.0000004%ほどが太陽光として地球に届くので我々の命が成り立っている。

 ということは、水素こそ地球を含む全宇宙のエネルギー原理の根本であるという意味では、究極の自然エネルギーであると言えるのだが、残念ながらその水素を地球上で直接的に利用する方法はない。そこで、太陽光が降り注ぐのをあるがままに部分的にでも利用させて貰うのが太陽光・太陽熱発電であり、また太陽のエネルギーと地球の自転が生みだす風を部分的にでも利用させて貰うのが風力発電で、そのように謙虚に、受動的かつ部分的に、ということは神である太陽に決して逆らうことなく、その恵みを享受させて頂こうというのが、地球人にとっての「自然エネルギー」である。

 原水爆や原子力発電が間違ってしまったのはそこで、本来は神である太陽しか司ることの出来ない核融合の奇跡を、核分裂という形で擬似的に人工的に密閉容器内で作りだして、能動的かつ全面的に自分のものにして制御しうると錯覚した傲慢にある。

 日本の原子力元年は1954年で、その前年のアイゼンハワー米大統領の「原子力平和利用」宣言に読売新聞社主=正力松太郎と改進党のチンピラ代議士=中曽根康弘が飛びついて、この年3月、初めての原子力開発予算を強引に通したのが、今日の事態を招いた根元だが、同年正月に始まった読売新聞の原子力キャンペーン連載のタイトルが「ついに太陽をとらえた」というものだった。古来、太陽は神で、日本でも天照大神で、そんな領域に手を掛けてとらえようとしてはいけないでしょう。その結末が今のフクシマの放射能の下血状態である。これを言うと顰蹙を買うかもしれないが、私は石原慎太郎都知事の「天罰」発言が、大地震や大津波にに向けられてものはなくフクシマに向けられたものだとすれば、全く以て賛成なのである。

 という訳で、水素は、宇宙の自然エネルギーの根本ではあるが、地球人にとっての実用的な「自然エネルギー」ではないということを理解する必要がある。

●2次エネルギー

 では何なのかと言うと、「2次エネルギー」である。槌屋治紀『燃料電池と水素エネルギー』(ソフトバンク・クリエイティブ、2007年刊)はこう述べている。

「自然界から入手できるエネルギーを『1次エネルギー』と呼びます。この1次エネルギーを変換して使いやすいエネルギーにしたものを『2次エネルギー』と呼びます。石油、石炭、天然ガス、太陽光、風力、バイオマスなどは1次エネルギーです。2次エネルギーの代表は電力です。水素は自然界にないので、1次エネルギーから水素を作ることになります。そのため水素は、電力と同じような2次エネルギーです。2次エネルギーは、エネルギーの媒体(キャリア)とも呼ばれています。キャリアとは『運ぶ手段』を意味します」


↑ 図1(クリックすると拡大します)

 ここで「エネルギー」のいくつかの概念について頭を整理しておく。図1は、資源エネルギー庁資料からとったもので、色づけは私がした。「エネルギー全般」は、(1)石油と、(2)「石油代替エネルギー」としての石炭、天然ガス、原子力、それに(3)「再生可能エネルギー」とに大きく分かれる。(1)と(2)は(ここにはそうは書いてないが)「再生不能エネルギー」である。特に(1)は、世界的に石油生産のピークが過ぎたと見られていること、第2次石油危機を受けた79年のIEA宣言で石油火力発電の新設禁止が謳われたことからして、すでに半ば過去のエネルギーだと言える。

 「再生可能エネルギー」には(4)「自然エネルギー」と(5)「リサイクルエネルギー」とがあり、(6)「バイオマス」はその両方に跨がっている。例えば木質バイオマスを使って発電・発熱すれば自然エネルギーの一種となるし、廃材や糞尿など廃棄物を利用すればリサイクルエネルギーの一種となる。

 ここまでに「水素」は出て来ず、右端の「エネルギーの新利用形態」の欄に「燃料電池」が出て来る。この図にはないが、この上に「エネルギーの旧利用形態」を付け加えれば、「ガソリン自動車、都市ガス、電力」などが挙げられるのだろう。

 1次と2次のエネルギーという分け方で言えば、石油、石炭、天然ガス、ウラン、水力、地熱、太陽光、風力、自然由来のバイオマス、将来の波力、海洋温度差利用などはいずれも1次エネルギーで、電力と水素は2次エネルギーである。

 また、図の中段の黄色に塗った横長長方形が「新エネルギー」の範囲で、これが97年施行の「新エネ法(新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法)」が対象としている分野である。太陽光、風力などの「自然エネルギー」、廃棄物利用などの「リサイクルエネルギー」、燃料電池などの「新利用形態」も新エネの範疇に入っている。

 さらに、どの時点でエネルギーを燃焼させて発電・発熱するかによって、オンサイトとオフサイトの区別がある。

▼石油(重油)・石炭・天然ガス・原子力・水力などによる大型発電所はまさにオフサイトで、電力会社による集権型の大規模送電網を通じて消費者に供給される。

▼同じ石油由来でも、LPG(プロパンガス)、灯油、ガソリン・軽油などは陸上流通を経て消費者のオンサイトでその場所の空気=酸素を使って燃焼され、電気、熱、動力などとして利用される。

▼都市ガスは、ガス会社による大規模パイプ網が必要なことでは電力と同じだが、燃焼は末端のオンサイトで起きる。そのため、最新の天然ガスによるコジェネなどは企業や地域で発電するだけでなく温水を利用して冷暖房を行うなど、高い効率でエネルギーの地産地消・自給自足を実現できる。

▼従って、プロパン、灯油、ガソリン・軽油などやカセット式ガスボンベなどは、手元にストックがある限り、大規模供給網が災害などで途絶してもしばらくはエネルギー利用を続けられるという意味で、より分散的ということになる。

▼水力でも、最近増えている小規模水力発電は、地産地消・自給自足的である。

▼太陽光、風力、バイオマスなど再生可能エネルギーは、大規模発電所として建設される場合もあるがそれはむしろ例外で、季節や時間帯、気象条件や自然環境などに左右されやすく不安定であること、遠距離を搬送すると効率が悪いなど、本質的に小規模分散型の地産地消・自給自足に向いている。

●分散型のエネルギー体系へ

 こうして見ると、原子力は絶対的にオフサイトでその電力は集権的な送電網を通じてしか供給され得ないのに対し、天然ガスは、供給そのものは集権的だが、オンサイトが可能であるため、企業の自家発電や地域発電&冷暖房システム、さらには企業・家庭の段階での燃料電池による発電発熱システムなどに活用可能で、そこに原発は早々に止めて、その分を天然ガスでカバーしていくことの妥当性がある。それによって自ずと、エネルギー体系の集権型から分散型への質的転換が進み、太陽光や風力はじめ自然エネルギーが大きく増える可能性が出て来る。

 電力にせよ都市ガスにせよ、大規模供給網のメリットは、スイッチさえ捻ればいつでも好きなだけエネルギーが使えるというところにあったのだが、今回のような大震災と原発事故が起きてみると、それが決して安全でも安心でも安価でないことを誰もが思い知らされた。私自身の体験に照らしても、いきなり13時間の停電とその後の計画停電に直面して、一番の安心の元は、少なくとも160万年前から人類が頼ってきた「薪」という原初バイオマスであり、またロウソク、灯油ランプ、プロパンガスなど自宅にストックが有る限りは使い続けることの出来る超分散型のエネルギー機器だった。薪は極端としても、こうなれば可能な限り大規模供給網に頼らないエネルギーの地産地消・自給自足を目指そうという人が急増するのは自然の流れで、そこへの過渡期として天然ガスの役割が見直されることになったのである。

 これを水素という側から見ると、まずは天然ガスを利用した燃料電池車や家庭用の発電・発熱装置「エネファーム」などの普及が進むだろう。天然ガスはもちろん化石燃料で、だからそれを使う燃料電池は「自然エネルギー」ではなく、そのことが「水素」の「新エネルギー」における位置づけそのものを理解しにくくしている1つの理由なのだが、他の水素製造技術が確立していない段階での導入期の方便としてはやむを得ない。それに、社会経済的要因としては、都市ガスとプロパンの供給網を活用した方が水素利用拡大の早道であるし、ガソリンスタンドやプロパン配給業者がいきなり廃業に追い込まれるのでなく水素ステーションや水素ボンベの配給で生き延びられるようにしたほうがいいという事情もある。

 バイオマスという観点からすると、原初バイオマスの薪と炭は別として、土中に蓄積されたバイオマスとして化石燃料を、人類は石炭→石油→天然ガスの順で活用してきたのだが、前出の槌屋によると、要は炭化水素である化石燃料の「水素と炭素の原子の比率を見ると、石炭には水素はほとんどなくて、石油はおよそ2:1、天然ガスは主として4:1、それが水素になると1:0になり......次第に水素の割合が大きくなってきた」。つまりわれわれは、次第に水素の割合の大きい燃料を求めてきて、水素にいたって初めてそれを純粋な形で最も効率よく利用できる段階に達するということである。


↑ 図2(クリックすると拡大します)

 図2は「水を原料とした水素をベースとする水素エネルギーサイクル」の簡略な模式である。要するに、太陽光、原子力、火力など1次エネルギーによる電力を用いて水を電気分解して水素を得、それで発電、輸送機器の動力、家庭や産業などのエネルギー消費を満たすと、出て来るのは水なので、それをまた初めに戻して電気分解する----というサイクルである。今のところ、水素を得る現実的な方法は、天然ガスなどを「改質」して中に含まれる水素を取り出すか、この図のように、化石燃料由来を含む電力で水を電気分解するか、どちらかが中心だが、これから天然ガス過渡期を通じて自然エネルギーの増大とエネルギー体系の分散化が一気に進展すると、例えば太陽光発電による電気を使って水を電気分解することが当たり前となり、脱化石燃料化が進む。また燃料電池の電力と比べた著しい特徴は、水素の形で輸送や貯蔵が自由になるところにあり、そのため、太陽光など自然エネルギーの不安定な電力をそのまま電気として使うのでなく、それで水を電気分解して水素を作って貯蔵し、必要な時に必要なだけ電気や温熱として利用する----つまりエネルギー消費の末端のオンサイトで、自由にエネルギーを溜め込んで自分で制御して使用することが可能になる。

 さらに将来のこととして盛んに開発が進んでいる技術として「人工光合成」があるが、これについては次回に述べる。▲




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コメント

vital signs

なかなか、来られずにすみません。どうも、いろいろ事情が……。
一応、生存報告をば。

閣下と違って The Journal には滅多に行かないので、高野氏の言は知りませんでした。
ま、彼の科学的云々は今に始まったことではなく。でもまあ、そう考えている人もいる、という例を身をもって提示されたわけで、いろんな材料にはなりましょう。

でも彼がとんでも無いことを書いているからと言って、放出され続けている放射性物質の悪影響が失せるわけでもなく。

アレヴァ社も、まあ、何と言うか。ありがちなプラント・トラブルの連続。

やっぱり、現状では原発を推進するには多方面で未熟だと思います。
(閣下の理学工学的見地からのリスク観は少しは改善しましたでしょうか)

vital signs

> 成瀬謙三様

>なかなか、来られずにすみません。どうも、いろいろ事情が……。
>一応、生存報告をば。

いやはや、これはご無沙汰でした。てっきり放射能にやられて、白血病にでもなられたかと。
>
>閣下と違って The Journal には滅多に行かないので、高野氏の言は知りませんでした。

ええ、私も最近はあまり行かないのですが、それでもトンデモ論を聞くためには良い場所です。最近は、あそこでさえ民主党万歳はあまり聞かれなくなりましたが、その分なおさらトンデモ論が跳梁跋扈しています。あそこだけじゃなく、方々の脱原発サイトに出没しては袋だたきになって喜んでいます。最近は少々快感を・・・いや間違った道に踏み込みそうで怖いですな。


>ま、彼の科学的云々は今に始まったことではなく。でもまあ、そう考えている人もいる、という例を身をもって提示されたわけで、いろんな材料にはなりましょう。

ええ、だからこそ言ってみる価値があるというものです。

>でも彼がとんでも無いことを書いているからと言って、放出され続けている放射性物質の悪影響が失せるわけでもなく。

悪影響なんぞ有りませんよ。悪影響は政府の無知と風評ですね。

>
>アレヴァ社も、まあ、何と言うか。ありがちなプラント・トラブルの連続。

CEOが急に交代したり、技術も対したモンはないんですよ。
>
>やっぱり、現状では原発を推進するには多方面で未熟だと思います。

何を基準にして未熟と仰るかは存じませんがね、完全無欠の安全な技術などあり得ないので、あくまで容認できるリスクかと言うことですわ。容認するしないは、正しい基準の適用と知識の普及次第でしょうかね。

>(閣下の理学工学的見地からのリスク観は少しは改善しましたでしょうか)

してますよ。というより、元から別に問題レベルではなかったのであって、問題があったのは人間の管理システムですよ。

No title

>問題があったのは人間の管理システムですよ。

それもあるでしょう。では、どこにどう問題があって、今後どう変えればいいのでしょう?これを合理的に指摘出来れば凄いですよ。貴方には説明できますか?

そうそう、こちらもよろしく。
http://takaojisan.blog13.fc2.com/blog-entry-620.html#comment_area

No title

>それもあるでしょう。では、どこにどう問題があって、今後どう変えればいいのでしょう?これを合理的に指摘出来れば凄いですよ。貴方には説明できますか?

もう説明していますが。

ただし、詳細な各項目は専門家の仕事ですので、私が説明しているのは何故人災かという点です。自ずから何をすればよいかも専門家なら分かるんじゃないですか。

リスク

やっと見つけました。すみません。

> 何を基準にして未熟と仰るかは存じませんがね

3月に事故が起こってから、未だ収束できていません。現状把握も原因究明もなかなか進みません。その事実をもって「未熟」と考えますが、如何でしょうか。
40年超に亘って使用され続けているのに、現況は実験や実証試験レベルにとどまっているのかな、という気がします。
少なくとも、実用技術としてはもう少し対処方法(技術、組織、政策、広報を含みますよ)がそれなりに出来上がってこないと厳しい。一般的な工学としてはそうなりませんか(IT系はベータ版レベルの段階で製品ver.1.0が出てしまうのかもしれませんが)。


> >(閣下の理学工学的見地からのリスク観は少しは改善しましたでしょうか)

> してますよ。というより、元から別に問題レベルではなかったのであって、問題があったのは人間の管理システムですよ。

……つまり「改善していない」というお返事のようです。
「人間の管理システムに問題がある」というのは、工学的リスクの一部なのですが。

この件に付きましては、追々他の記事にて。

No title

リスク
>
>2011-07-22 22:18 | 成瀬謙三様


未熟の件は却下。100%完全無欠な技術など存在せず、絶えず改善されているなら、後から観れば以前の技術は常に未熟ですよ。んな、当たり前のこと言ってもしょうがないですから。

ま、評価は誰かの物が基準になる訳じゃないですけどね。


>> してますよ。というより、元から別に問題レベルではなかったのであって、問題があったのは人間の管理システムですよ。

>……つまり「改善していない」というお返事のようです。

そうですね。だから私も大いに改善すべきであると主張しておりますよ。この点をおざなりにして、原発推進もじんましんもあったモンじゃありません。

>「人間の管理システムに問題がある」というのは、工学的リスクの一部なのですが。

はい、ですから、リスクのない技術は存在しないが、人為ミスによるリスクを当然含めるでしょうね。だから、機械化やフェイルセーフなどの確立で、それらのリスクを可能な限り少なくするわけです。現状でさえ、地震により原発は停止しているのであり、それ以降の事故は、後から検証してみれば全て人間の過小評価や非常訓練の怠りなどのヒューマンエラーですな。大いに改善しなくちゃ。

>この件に付きましては、追々他の記事にて。

リスクゼロがどうしたこうしたはそろそろ切り上げていただきたいですな。常に技術とはリスクの軽減との戦いですから。そして、得られる利益と、リスクによる損失のバランスでその技術を採用するかどうかが決まるわけで、当然ヒューマンエラーは含まれますわな。

完全無欠なんて。リスクゼロなんて。

早速お答えありがとうございました。

> 100%完全無欠な技術など存在せず

それを否定したことは一度もございません。誤解なさっていませんか。
現に事故が起こって、広範囲に放射性物質が拡散し(拡散するような事態には成り得ない、と説明していたのにも拘らず)、4ヶ月経っても収束のメドがつかない。そんな技術は未熟だろうと申し上げているわけです。まだまだ研究と試験を重ねてもうちょっとマシにしてからでないと「実用化」できた技術とは言えないだろう、ということです。
今回の事態になるまでは、「まあまあ実用化できている」と思われていたわけですから、それは認識が甘かったということになりましょう。
もちろんこれはわたくしの考え(主に工学的観点から)に過ぎませんから、閣下が現状の原発技術が「十分に成熟した技術である」とお考えになるのをとどめるものではございません。

> リスクゼロがどうしたこうした

そんなことも、申し上げておりません。
リスクゼロなんていうお話ではなく、リスク評価に関する事柄でございます。
「リスク軽減」をするには、その「リスク」を把握し理解し解明し評価しなくては、軽減のしようがありませんから(今回の津波事象がそれに当たりますね)。

閣下が説明して下さった日本経済に対するものももちろん含まれますから、原発を止めさえすれば万事OKなどということはあり得ません。だからリスクをどう評価し、どこまでリスクを受け入れ、どの部分をヘッジし、どの部分を排除するかという議論が必要になります。それに関して諸説紛紜になるのは当然のことです。いろんな立場や考えの人が関わってやるべきことと思います。そして、ある程度多数の賛同を得なければならない事項です。でも、残念ながら原発開発にあたってはそれをすっ飛ばしてしまったのですね。そのツケが今現在顕になっているわけで。

完全無欠なんて。リスクゼロなんて。

>2011-07-22 23:47 | 成瀬謙三様

>早速お答えありがとうございました。

まあ、金曜日ですから。

>> 100%完全無欠な技術など存在せず
>
>それを否定したことは一度もございません。誤解なさっていませんか。

あたしもそんなことを指摘してませんよ。原子炉は絶対安全だと売り込んだ奴について言っているはずですが。

>閣下が説明して下さった日本経済に対するものももちろん含まれますから、原発を止めさえすれば万事OKなどということはあり得ません。だからリスクをどう評価し、どこまでリスクを受け入れ、どの部分をヘッジし、どの部分を排除するかという議論が必要になります。

そんなの当然でしょ。

>それに関して諸説紛紜になるのは当然のことです。いろんな立場や考えの人が関わってやるべきことと思います。そして、ある程度多数の賛同を得なければならない事項です。でも、残念ながら原発開発にあたってはそれをすっ飛ばしてしまったのですね。そのツケが今現在顕になっているわけで。

ああ、そういうことですかい。そう、広汎な議論と説明が必要だったのに、それをしなかったから今ツケをはわされていると言うことでしょうが、その説明を求めなかった国民が一番大きなつけを払わされているんですよ。素人なんだから難しいことは分からないで済む話じゃないんですよ。国民が一番無責任だから、売国奴政権を誕生させたんです。一番被害を被っているのは、その国民でしょ。

でも、そのままで良いはずがない。諸説があるのはかまわないけれど、その中にオカルトがいて、扇動して、それにのせられて崖から飛び降りるレミングの群れを、しょうがないよな、俺は飛び降りないからね、と言う奴がいたら、ぶん殴りますな。

なるせぇ~、出て来い!

出てきました。

> なるせぇ~、出て来い!

出てきました。で、どうすればよろしいんで?


> 素人なんだから難しいことは分からないで済む話じゃない

じゃない筈なんですが……。でも、原発に限らずいろんなことがそれで済まされてしまっていますね。ほぼ、あらゆる領域でそうなっていると思います。

でもそのために専門職の公務員が居たり、公費を投入した大学や研究機関があるわけで。そういう所から『理解できる』『納得できる』説明がさっぱり出てこないから、「怖い」「危険」という不安が払拭できないのでしょう。興味も関心も知識も無かった素人に、それを理解させ納得させてから導入するのが筋ってものです。影響が広範囲に及ぶものなのですから。「説明責任」ってやつです。

まあ、もう過ぎたことをどうこう言っても仕方ありませんが。


今後は、定期点検等で停止中の原発の再稼働にあたり、どのように説明し理解と賛同を得るか。今までまともに説明してこなかっただけに、苦労してしまうことでしょうね。

> その説明を求めなかった国民が一番大きなつけを払わされているんですよ。

それに気づいたから、「納得できる説明をしてよ」と求める人が大挙して説明会に来るんじゃないでしょうか。

『オカルト』がどんなに扇動しようが嘘をつこうが、それに対して罵詈雑言を浴びせるだけでは状況の改善は望めそうにありません。

原発推進にあたり今までなおざりにしてきたこと、つまり地域住民の信頼を勝ち取り、正確な情報を的確に提供して、第三者や反対者の言にも耳を傾けた上でなぜ反対の意見を持つに至ったか謙虚に分析対処し、メリットとリスクについて包み隠さず説明し、理解を得る(「よくわかんないけどOK」と言わせることではなくて)ことにしっかり取り組んでいけば良いのではないかと思います。


閣下は 「十分に説明してやってるのに、ちっとも理解しないダメな連中」 と突き放すことを選ばれるかもしれませんが、それでは一般大衆の支持を取り付けるのは困難ですし、反対派から「強引」「不遜」のレッテルを貼られてしまい逆効果のような気がします。

出てきました。

>2011-07-23 20:41 | 成瀬謙三様
>> なるせぇ~、出て来い!

>出てきました。で、どうすればよろしいんで?

おお、いらっしゃいましたか。お待ちしてました。まあ、お茶の用意はしてませんが。

>じゃない筈なんですが……。でも、原発に限らずいろんなことがそれで済まされてしまっていますね。ほぼ、あらゆる領域でそうなっていると思います。

まあ、そこをいつもそうだからしょうがないとあきらめるか、少しでも啓蒙するか戸の分かれ道でしてね。

>『理解できる』『納得できる』説明がさっぱり出てこないから、「怖い」「危険」という不安が払拭できないのでしょう。興味も関心も知識も無かった素人に、それを理解させ納得させてから導入するのが筋ってものです。影響が広範囲に及ぶものなのですから。「説明責任」ってやつです。

いえいえ、全くその通りですよ。今回も政府はその説明責任を全く果たしていません。しかし、問題は、政府自体が理解していないことですよ。そして、場当たり的に延命策でしか脱原発を言わない馬鹿総理にくっついているのは、政府が真実よりも政権延命を優先しているからで、国民に説明をする必要があるなど全く考えていないからです。

あの汗かき無能枝野長官が、自ら風評被害をばらまいて一切其の自覚もないなど、最たる物ですね。世間では、枝野氏がよくやっていると評価する向きがいますが、岡田異音氏同様、癌と同罪ですよ。まあ、海江田氏もそうなんですがね。

マニフェストだって、説明できないことすら自覚していなかったから今になって詐欺でしたと自白する始末。

>まあ、もう過ぎたことをどうこう言っても仕方ありませんが。

それがいけない。過ぎたことをきちんと分析しなくちゃまた同じことの繰り返しですよ。


>今後は、定期点検等で停止中の原発の再稼働にあたり、どのように説明し理解と賛同を得るか。今までまともに説明してこなかっただけに、苦労してしまうことでしょうね。


そうでしょうね。

>> その説明を求めなかった国民が一番大きなつけを払わされているんですよ。

>それに気づいたから、「納得できる説明をしてよ」と求める人が大挙して説明会に来るんじゃないでしょうか。

地元の人はね。でもそんなところにもオカルトははびこる。

>『オカルト』がどんなに扇動しようが嘘をつこうが、それに対して罵詈雑言を浴びせるだけでは状況の改善は望めそうにありません。

いえ、罵詈雑言などとんでもない。何故彼らの言うことが根拠を欠いているのか事実を無視しているのか、コンコンと説明しているじゃないですか。でもね、オカルト地震は確信犯ですからそんなことは意味がない。意味があるのは、少しでもオカルトに疑問を持つ人たちにたいしてですよ。

たとえばね、ネットでは米の研ぎ汁を乳酸発酵させた液体を子供に拭きかけると放射能よけ(馬鹿ですねぇ、放射能はよけられる物じゃないのに)になるとのデマが飛び交いそれを信じた馬鹿親たちが子供に腐った米の研ぎ汁をかけて結膜炎になった、咳が止まらない、下痢をしたという話があるんだそうです。それでも、効き目が出た体の反応だと喜んでいるそうですよ。

放射線 米 研ぎ汁 発酵 でググルとたくさん出てきます。たとえば、
http://www.asyura2.com/09/health15/msg/344.html
などでまことしやかに言われてますよ。

オカルトに洗脳されると、子供が酷い目に遭うんですが、それでもしょうがないんでしょうかね。

>原発推進にあたり今までなおざりにしてきたこと、つまり地域住民の信頼を勝ち取り、正確な情報を的確に提供して、第三者や反対者の言にも耳を傾けた上でなぜ反対の意見を持つに至ったか謙虚に分析対処し、メリットとリスクについて包み隠さず説明し、理解を得る(「よくわかんないけどOK」と言わせることではなくて)ことにしっかり取り組んでいけば良いのではないかと思います。

無論それは必要。でもオカルト退治も急務です。


>閣下は 「十分に説明してやってるのに、ちっとも理解しないダメな連中」 と突き放すことを選ばれるかもしれませんが、それでは一般大衆の支持を取り付けるのは困難ですし、反対派から「強引」「不遜」のレッテルを貼られてしまい逆効果のような気がします。

いえ、本当に理解する能力のない人は何を言っても駄目なんです。その一人一人を説得するつもりはありません。自分で目を覚ます能力のある人以外は、だまされて痛い目に遭わない限り駄目なんですよ。

有給のお仕事の人たち

歓迎いただいてしまいました。てっきり罵倒されるかと(ry

> まあ、お茶の用意はしてませんが。

少々セシウムが入っておりましても、問題ないレベルでしたら気にせず頂戴いたしますのでご用意賜りましても構いませんが。

研ぎ汁の件は、わたくしも目にいたしました。
放射能云々に限らず各方面で蔓延しておりまして、それによって詐欺商売も成立してしまっており、日々の実務でも度々遭遇する困った事態でもあります。
社会的限界といいましょうか、社会心理学の課題といいますか。


> コンコンと説明

まあ、そういう表現も可能かと存じます。否定はいたしませんです。


> 本当に理解する能力のない人は何を言っても駄目なんです。

そういう方針で大多数の方々の賛同を得ることが出来るなら、特に問題はないと思います。
「本当に理解する能力がない」場合もありますが、理解させる方法に問題がある場合には精進していただいて、なるべく多くの理解を得ていただきたいものだと思います。
→経産省職員とか電力会社の広報とか公立研究機関の研究員とか、それを仕事にしている人たちのことです(広告代理店なんかに丸投げ外注するのは望ましくないですね)。無報酬で啓蒙活動をされている閣下にそれを求めるのは筋違いだということは理解しておりますつもりで。念のため。

有給のお仕事の人たち

>2011-07-23 22:34 | 成瀬謙三 様

>少々セシウムが入っておりましても、問題ないレベルでしたら気にせず頂戴いたしますのでご用意賜りましても構いませんが。

青酸カリくらいは入れたい気分です。

>社会的限界といいましょうか、社会心理学の課題といいますか。

そんな屁理屈を扱いても事態は良くならないわけで、一人でも多くにオカルトを辞めなさいと言い続けるしかない。

>否定はいたしませんです。

当然です。

>そういう方針で大多数の方々の賛同を得ることが出来るなら、特に問題はないと思います。

何を勘違いしてますの。大多数の方々の賛同を得ようとすれば、誰の賛同も得られませんよ。スピーチの名手は、会場の中に小数の同調者を見つけ(これは勘でしょうね)その人間に語りかけ、周囲に同調者を増やしてゆくものです。

>電力会社の広報とか公立研究機関の研究員とか、それを仕事にしている人たちのことです(広告代理店なんかに丸投げ外注するのは望ましくないですね)。無報酬で啓蒙活動をされている閣下にそれを求めるのは筋違いだということは理解しておりますつもりで。念のため。

一番効果の上がらない相手ですね。

一度、ナチスや中共、ボルシェビキなどのの宣伝方法を学んでみると良いですな。

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