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日本人は殺されても殺さない覚悟を
2010/08/25 20:36

*日本人は殺されても殺さない覚悟を


 ふとした機会に次の様な動画を見た。以前にも見たことがあるが、記憶がうやむやになっていたのだ。
 
 日本人は殺されても殺さない覚悟を

画像

 
 さて、評価はいろいろであろうが、ここで発言している面々は、左から次に説明する連中である。なお、一人一人の簡単な説明は、ちょっとWikiよりそれぞれ拝借した。


永六輔

自分の信念にこだわった為に、差別または犯罪肯定発言と認識されて抗議を受けるケースも多く、「無名の人物、とりわけ己の名前を名乗らず黙々と仕事する職人と日本の文化・礼法を伝承している農民こそが模範である」という考えから、職人・農民以外の業種を"賎業"と見下す発言をして、業界団体から抗議を受けたり、「日本では本来ありえない病気」との考えから糖尿病に罹った人々を中傷した発言をして、患者団体から抗議を受けたり、運動競技全般を軽蔑する発言をしてスポーツ関係者を激怒させたり、近年は自身の実家の寺の宗派浄土真宗の開祖親鸞聖人の教え「悪人正機説」こそが正しいとの考えから暴力団を「社会になくてはならない存在」と発言して暴力団追放運動関係者を激怒させたり等がある。




松崎菊也

来歴・人物 [編集]
大分県別府市生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。

劇団民芸を経て、コントグループ「キモサベ社中」「キャラバン」で活動。「キャラバン」では日本テレビ『お笑いスター誕生』優勝、および1986年度の『NHK新人演芸コンクール』演芸部門で最優秀賞を獲得。その後、1988年に社会派コントグループ「ザ・ニュースペーパー」の結成に参加、リーダー兼脚本家として活動した。

「ザ・ニュースペーパー」退団後は、TBSラジオ『松崎菊也のいかがなものか?!』パーソナリティーを経て、現在はラジオやテレビにて、ものまねに社会風刺やユーモアを織り交ぜた「戯作」を一人芝居の形で披露したり、コメンテーターやエッセイスト・作家として活動中。

戯作の中で「永 七輔(えい ななすけ)」の名を騙り、永六輔のものまねを披露することがあるが、既にTBSラジオ『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』にて、永本人との共演も果たしている。


辛淑玉(シンスゴ)

2008年3月18日、恒久平和のために真相究明法の成立を目指す議員連盟(会長:鳩山由紀夫)に招かれて講演。日本では血のつながりが重視されるあまり在日韓国・朝鮮人を差別、排除する傾向があり、在日コリアンに日本への所属意識が生まれないと述べた。

2009年11月18日、日本軍慰安婦問題の立法解決を求める緊急120万人署名の賛同人になる。

前田日明(元在日韓国人、1984年に帰化)に「名前を出して悪いんだけど、辛淑玉さんなんか見てると、情けなくなってくる。差別されたとか、日本は加害者だとか言うだけで、それだけ叫び続けて一生を送るのかなと思うと、とてもおれは共感できない。」と批判された。この前田氏の批判は実に当を得ている。彼がもと韓国人だったことを知らなかったが、別にそれはかまわない。何の問題もない。あくまで、考え方の問題だから。彼から見れば、辛淑玉氏が如何に異常に見えるかなのだろう。もちろん、私が見ても異常だが。


石坂啓

同じくピースボート水先案内人の1人である、主宰者・辻元清美とはプライベートでも友人であり、お互いの著書に推薦文や後書きを寄せあったりしている。辻元の秘書給与詐欺事件に際しては灰谷健次郎と共に、「裁判を支える会」の呼びかけ人を務めた。また、楠瀬誠志郎らと共に「さくらちゃんを救う会」の呼びかけ人を務めた。テレビ朝日放送番組審議会副委員長も務めている。


中山千夏

時に社民党、民主党、共産党などと共闘することはあるが、根っからの政党政治嫌いで、支持政党はなく、政治的支援は無所属候補、無所属議員に限っている。

現在は、2004年に結成した「おんな組いのち」を拠点に、反戦、反DV、死刑廃止の主張を展開。「おんな組いのち」では、伊豆半島某所在住にちなんで「在日伊豆半島人」を名乗っている。

天皇制廃止論者であり、「そのうち皇室が消滅するから」という理由で女性天皇の即位に賛成している。

また、2002年〜2007年の間、連続講座「学校ごっこ」(定期講師陣は中山のほかに永六輔、矢崎泰久、小室等)を主催した。


まずこれはお花畑同盟の座談会であり、反対論を口にする物が一人も居ないのが特徴だ。お互いに同じような極論を吐き合い互いに認め合っているだけで、いわば自分たちだけの毒花畑で好きなことを口にしているに過ぎない。反論をする者が居ないのだからどうとでも自分たちの言葉に酔えるわけだ。このようなことを口にする人々が、まともに反対論者と討論をすることは無い。ちょうど先日のNHKの公開討論会の様な物だ。あれは放送一週間前に収録し、編集してまとめた物であることが出席者のブログで暴かれている。

彼らの肩書きを見ると共通している特徴がある。いわゆる似非文化人としての側面で、それぞれがタレント活動をしている内になにやら発言が注目され、自分でもいっぱしの理論家だと勘違いをしてしまったと言うところだろう。このようなタレント上がりの評論家気取りは大勢居る。むろん、タレントであろうが自分の意見を持ち公表する権利はある。喩えお飾りでも参議院に立候補する権利があるのと同じだ。だから、何を言っても別にかまわないのだが、人と同じ事を言ったり常識を言うと目立たないので、一ひねりした言い方を好む様だ。

たとえば、フェミニズム、女性の権利(むろん大切であり私も、女性の権利を尊重するのは当然のことと思っているが、これが勘違いの方々の脳を通ると、女性の権利は必ず軽視されており、必ず勝ち取らなければならない物と言うことになる。女性党が旗揚げしたり、中ピ連がピンクヘルメットをかぶって気勢(黄声)を上げる様な物だ)獲得に血道を上げたり、従軍慰安婦への補償を求めたり、日本の国防を不要だと言ったりする。

発言が注目を集めるためには、常識を語っていてはならないのであり、必然的に常識を無視した物言いが多くなるのだろう。そうすればテレビなどでも物珍しさから呼んでもらえるので、過去の栄光にすがるにも都合がよいのではないか。

この国は言論自由の国であり、どんな発言も基本的には許される。だが、言論が他者に影響を与える立場の人であれば、当然自分の言葉の根拠を示さなければならない。従軍慰安婦なども、本当にそのような物が存在した証を示さなければならず、誰かが被害を訴えたから補償すべきだというのでは泥棒に追い銭をしている様な物だ。

が、今回は、日本人は殺されても殺さない覚悟をすべきだとのたまう。もちろん、本人達がそう考えるのは自由だからさっさと殺されればよいだろう。ただし、相手が中国人だと、通州事件の犠牲者達の様になりかねないし、凌遅、剥皮、抉眼、抽腸、腰斬、車裂など実にバラエティに富んだ殺し方をしてくれる。それをご自分達で体験するのはまったくかまわないが、それは自分たちが守る者の居ない場合に限ってほしい。

自分たちが抵抗せずに敵を引き入れたために、周囲にいる人間達が同じような目に遭う事に対して何も感じないのだろうか。

自分たちがどのような殺され方をされようと、それは好きにすればよいが、他の日本人を同じように殺されるのが正しいと思っているのであれば、おそらく精神に異常を来しているのではないか。(まあシンスゴ女史はそれで満足かも知れないが)

国を守ると言うことは、自分個人のことではない。誰かを守らなければならず、そして誰かに守られると言うことだ。誰かが殺されようとしているとき、自分は静観している、一切抵抗をしないというのか。

いくらこのようなことを言っても、このような連中には届かない。が、このような連中の言葉に惑わされる人間が一人でも二人でもいるかも知れないことを理解して置かなくてはならない。

現実に、民主党の言う友愛や非戦の誓い、絶対平和も国家が存在して初めてなし得るのであり、それは結局絶対的な安全保障が成り立って手にはいることなのだ。この連中がこんな脳天気なことを言えるのも、日本が平和だからなのであり、この平和を手に入れるために先人どれだけの血を流したかを一切想像できない連中の戯言と聞き流して良いのだろうか。

平和はただ願っても向こうからはやってこない。平和は自ら努力して手に入れる物であり、その努力にはもちろん血を流してでも為さなければならない努力が含まれるのだ。絶対的な力を手に入れて、初めてそれに応じた平和(絶対的な平和ではないが)を手に入れられる。

この漫談にもでてくるが、自衛が正しい見たいな考え方がでてくると中山千夏大先生がおっしゃっているが、むろん、彼女にしてみれば自衛は正しくないのだろう。本当にこのようなことを臆面もなく言う人間が知識人のように振る舞っていることが今更ながら日本の言論の自由を実感させ、すばらしい動画であった。・・・いや、とんでもない話だ。

現実の世界は、彼ら戯作者が作ったり演じたり漫画に描く世界とは違うのだと言うことを5,6歳の子供達に教えたことはあるが、まさか誰にもそれを教えられないまま還暦も過ごしてしまった人間が居たわけだ。

まあ、森永卓郎氏なども同じ事を言っているので、案外沢山居るのかも知れない。

カテゴリ:戦争・平和

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